宴の次の夜。
主催者を変えた、新たな宴が幕を上げた。
参加者は燃え尽きた城の幼き城主と、永遠を求める蟲、そしてそれらのサーヴァント。
「なんで…なんでなの…。負けないでバーサーカー。
バーサーカーが負けたらわたし…、――ひとりになっちゃう」
ギリシャの大英雄ヘラクレス。
英雄の中の英雄である彼は、狂気の中己の子を殺めた。
神の
故に此度こそ狂気の中であれ、いや狂気の中でこそ幼子を護りたい。
狂える意識の中でただ一つ大切なもの。
それを守り抜くために、彼は既に
『タタリ』にエキストラサーヴァントの枠を与える事で消滅から繋ぎ止めた臓硯。
容赦なく生み出される虚構のサーヴァント達。
先日はそれを薙ぎ払い撃退することができた。
他でもないイリヤスフィールの信じるバーサーカーにはそれが出来た。
だが、バーサーカーが対するは
「大英雄を殺すには、やはり大英雄しかあるまい。敗北を認める理性があればよかったものの」
臓硯が笑うように、バーサーカーに対するは、セイバー、アーチャー、ライダーであるヘラクレス達。
バーサーカーが一人では、どうあっても勝つことはできない。
だが、それがどうした?
勝つことができぬ相手に勝ってこそ英雄。
不可能という言葉の首を落として、可能へと変える。
よりにもよって『ヘラクレス』に幼き少女を殺させてなるものか。
その為に
負けなど許されない。
他でもない己が許さない。
狂える思考の中、バーサーカーは理性無き咆哮を上げ、信念をもって斧剣を振り下ろした。
アーチャーのヘラクレスが消滅した。
しかし、その背をセイバーのヘラクレスが切り付けた。
多頭の蛇の再生を否定する剣は、バーサーカーが復活しようと傷跡を残す。
そこに
12の試練を攻撃に転用した力がバーサーカーを襲う。
そこでバーサーカーはまた1回死んだ。
しかし、ライダーを道連れにしてだ。
しかし、更にランサーのヘラクレスがそこに現れた。
夜が明けるまで、時間は長すぎる。
バーサーカーを捨てて、足止めさせているうちに逃げるほか選択肢がないのは、バーサーカーもイリヤスフィールもよく理解できていた。
イリヤスフィールは決断しない。
イリヤスフィールは決断できない。
巨人の優しさを知ったから。
家族の温かさを知ったから。
だから決断できない。
故に――――――バーサーカーが決断した。
パスを通じて、狂気の中とは思えない温かな気持ちが伝わってくる。
「■■■■■」
その咆哮は、イリヤにははっきりと理解できた。
(さようなら)
だから、イリヤも伝えるのだ。
「別に、アレらを倒してしまっても構わないんだからねっ!!」
少女は冬の夜を走る。
足音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
大丈夫だ。まだ命は4個もある。
命の貯蔵と、夜明けまでのチキンレースを始めよう。
狂える大英雄は、今まで以上に咆哮をあげて、少女と繋ぐために残した僅かな理性を全て手放した。
冬木の夜の町。
ドラッグストアの前にある宣伝用のテレビ画面で、イリヤスフィールにとって憎き王女が、
「強すぎる太陽の愛から守るベールをあなたにも♪」と日焼け止めのCMに出演していた。
そのCMの直後に「太陽の祝福をあなたに♪」とサンオイルのCMにも出ているCM女王な王女だが、彼女の存在は、とにかくイリヤスフィールの心をかき乱すには十分すぎた。
液晶テレビにわざと腕をぶつけて棚から落とすと、イリヤスフィールはその場を走り抜けた。
後ろから、何か店員が叫んでいるがそんなことは気にせず、知らぬ間に重たくなる体を引き摺って、ただ寒い風の中を少女は走り続けた。
世界に救いは無く、英雄は神の贄であり、助けを求める少女に祝福はない。
奇跡が起こったとしても、人ならざる少女に、人としての平穏は与えられない。
そんなことはわかっていた。そんなことは期待していなかった。
だというのに、イリヤスフィールは己の頬を伝う雫を止める術を知らなかった。
疲れるまで走り抜け、疲れても走り続けた少女は、気が付かぬうちに、ある日本家屋の前までやってきていた。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。舞踏会を開くなら紹介状を頂きたかったわ」
少女の背後に足音もなく現れたのは、何処までも余裕があり、何処までも優雅で、何処までも
イリヤスフィールの怨敵。
夜に輝く栄光。
象徴の姫。
英雄への賞品。
太陽王の娘。
「メルタトゥム…ッ!!」
絶望と、恐怖を上回る、殺意と怒気に埋められたイリヤスフィールは、血管だけは熱く滾っているのに、思考だけは夜風より冷たく醒めていた。
「私は殿方しかいない社交場に出るほどはしたない事はしたくなかったから、父が出向いたわ」
その言葉の意味から最悪の可能性を想像する思考を食い止めようとするイリヤと、わかりきった結末が他者にも共有されていて当然だと笑う王女。
無言の二人の間を風だけが通り抜けた。
大丈夫。バーサーカーは強いんだから。
そう健気に最悪の想定を無視して、祈るように言い聞かせる少女に、王女は事実だけを突き付けた。
「流石は大英雄ヘラクレス。魔術師以外の全てのクラスの紛い物を打ち滅ぼすとは、此度で召喚されたサーヴァントで次点と言って良かったわ」
自らの父が此度の最優秀サーヴァントであることを微塵も疑わぬ姫。
それは傲慢でも自惚れでもなく、彼女にとっての真実であるが故に。
その言葉は、一瞬イリヤスフィールに希望を与えた。
全ての紛い物を打ち滅ぼした――――。
つまり未だバーサーカーは…。
そう期待したイリヤの聡明な思考は、直ぐに憎むべき女の語尾に気が付いた。
そう。
「…バーサーカーは?」
「その栄誉を認めた
きっと素晴らしい戦いだと思うわ。
けれど、殿方同士の真剣勝負に観客がいては無粋だから、私は今ここにいるのよ」
つまり、バーサーカーは…。
いや、重くなった身体と、パスが何より雄弁にそれを教えてくれていた。
それに気が付かなかったフリをしていただけだった。
「残念だけれど、わかっていたことでしょう。
私と父が参戦した以上、他のサーヴァントに勝利などないわ。
敗れた貴女を保護してあげましょうか?
――貴女が…、それを望むなら、だけれど」
同じ立場の隣人への温かみという類ではない。
ただ上からの温度のない慈悲。
「ふざけないでっ!!」
イリヤスフィールは、自身の髪から作り出した使い魔を4体作り出して戦闘態勢に入る。
「…残念ね。
――――貴女たち。夜酒とあては出さなくていいわ。
お客様はコブラの毒がご所望みたいだから」
王女メルタトゥムが死を迎えたときに、死した後も仕えんとする忠義の為に自ら死を選び、同じ墓に入った召使いたち。
生き返った王女の使い魔として存在する彼女たちは、メルタトゥムの言葉と共に姿を現した。
四方を生ける死者たちに囲まれて尚、イリヤスフィールは闘志を蔭らせることはない。
「優れた従者を侍らせるに値するは、優れた主人というわけね。
素晴らしいわ。
…その心意気と、隣で起きた騒ぎで目を覚ました家の住人に免じて見逃してあげる。
どのみち、もう
クルクルと回したグラスを口に宛がいながら、王女とその従者たちは砂となって姿を消した。
残された少女に、王女が予告した如く、騒ぎに気が付いた家の住人が出てきた。
「…シロウ」
「君は…?」