太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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眠り姫は踊りたい

 眠り姫。

 その始まりは、宴に招かれなかった者が宴の主役を呪った事より始まる。

 争いの女神エリスも宴に招かれなかった怒りから、トロイア戦争を引き起こした。

 …とはいえ、招かれなかった間桐臓硯は、間桐家に招待状が来たことは知っていたし、そもそも桜の心臓ごと来ていたと言えなくも無いのだが。

 

 晩餐会にマスターのサーヴァント達が参加すると言うことは、逆説的にその夜に限っては臓硯やタタリの行動を阻害する者はいないということ。

 恐らくその可能性に気が付いていて、その上で無関心(寛容)な王女も何もしては来ないだろう。

 下手をすれば、臓硯やタタリさえ己の所有物扱いをしておかしくも無い。

 臓硯たち(所有物)無辜の民(所有物)をエサとしたところで、気にも留めることは無い。

 そう判断した臓硯とタタリによって、その夜二桁の死者と行方不明者が出た。

 霊地とは即ち、霊を呼び込む生者にとっての災厄の地、なのかも知れない。

 

 次の日、”冬木の殺人鬼復活か?”

 その様な見出しの朝刊が発行され、それを知った遠坂凛は表情を落とし、それを知った王女は哀れみという形式で想定内の情報を処理した。

 そして、そうある王女の優雅さを、錬金術師は少し恐ろしいと感じた。

 

 

「おはようシオン。昨日は遅かったのだから、もう少し寝ていても良いのよ」

 

「…確かに、未だ少し眠くはありますが、何もせず寝ておいて対価を頂くというのは」

 

 

 シオンよりメルタトゥムの方が遅くまでキャスターと夜更かしをしていたが、マミーとサーヴァントなのでそれは考慮に値しない。

 しかし、眠くとも生真面目な気質のシオンからすれば、雇い主が起きているのに何時までも雇われた側が寝ているというのも気が引けた。

 

 

「なら、一緒に寝ましょう。

私も、もう一眠りしたいと思っていたの」

 

 そうやってシオンに対して蠱惑的に微笑む王女。行動と一体化した権謀術数として無関心に哀れみを被せる王女。

 そのどちらが本当の彼女なのか、シオンに対しての態度も謀略の一環なのか、被害者への哀れみが本物なのか。

 どちらも偽物なのか?

 どちらも本物なのか?

 メルタトゥムに抱きしめられたまま、柔らかなベッドに身を倒されたシオンは、緊張と混乱と残っていた酒気の為に並列思考を全て夢の中に投げ出した。

 

 

 

「私のマスターを、代用品にしないでくれないかしら」

 

「ふふっ、でもシオンの事も好きなのよ。

それより、随分大人しめの格好なのね。

昨夜の夜会より余程気合いを入れる場面でしょう?」

 

 隠匿が掛けられた睡魔を呼び込む魔術を、マスターに掛けられたことを察して現れたメディアは、魔術を使われる前にほぼ夢の世界に落ち込んでいた主を抱きしめる、昨夜どころか数時間前まで二人きりで酒盛りをしていた王女に苦言を呈した。

 勿論、隠匿が掛けられたシオンに当てた魔術がメディアを呼ぶ為のものであることも、それをメディアが気付いたことを王女が気が付いていることも想定の上での事だった。

 

「普通に考えて、現代で豪奢なドレスを着ていたら驚かれるでしょう?」

 

「それに、寡黙な男性相手には自己主張が強すぎては良くないものね」

 

 やはり、わかっていて言った砂漠の王女に、小国の王女はため息をつく。

 

「わかっているなら、言わないで」

 

「こんな意味の無い会話が、意義のある日常を作る。

そうは思わない?」

 

 総合的に合理的な手段として情緒で搦めて遂行することを好むメルタトゥムが言うと、それは極まった冷静さの証明でしか無い。

 

「そうね、悪くは無いわ。

それと――――セイバーと遠坂凛を襲って、貴女が遠坂凛を、私がセイバーをって話だけれど」

 

「応えを急ぐ必要も無いわ。

先ずは貴女の王子様を追いかけてきたらどうかしら?

城で眠っていれば、王子様が来てくれる時代はもう古いそうよ」

 

 昨夜共に太陽に連なる二人の王女が、太陽の落ちた夜の帳で語った契約の締結は先に流れた。

 メディアにとっては、それより優先したいことがあったし、メルタトゥムにとってはメディアを巻き込んだ策も数ある選択の一つに過ぎなかったからだ。

 

「可愛らしいシオンや、可愛らしい騎士王より、寡黙な男が好みなのね。

でもそんな貴女も可愛らしいわ」

 

 

 部屋を出て行こうとするコルキスの姫に、太陽王の娘は蠱惑的に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メディアはそこらの深窓の令嬢が鼻で笑われるレベルの、箱入りのお姫様である。

 というか、箱入りのお姫様だった。

 ギリシャが小国を呑み込む流れの象徴でもあった。

 そこに彼女の意志は無かった。

 彼女が幼き日に自ら選べたのは、魔術の深淵を学ぶことだけ。

 

 そんな元王女様は、エジプトの王女が昨夜おまけと言って渡された、晩餐会で使われた和食レシピを睨みながら、ルールブレイカーではなく包丁を使って食材と格闘していた。

 エジプトの王女であれば、自分が作るのも自分が(配下に)作らせるのも、変わらないと考えそうなものだが、コルキスの方の王女様は違うのだ。

 それを理解する故にエジプトの王女は、プレゼント用に、自分には必要無いレシピ本を取り寄せたのだが。

 

 ホテルの一流の機材が揃った厨房で、彼女は1人。

 竜牙兵にでも手伝わせれば良いのだろうが、彼女にその選択肢は無い。

 慣れぬ和食に1人挑む。

 魔術や錬金術は料理と近いという。

 特に錬金術の秘奥は、料理のレシピに偽装したものも多い。

 メディアにとっては朝飯前。

 

 …その筈だったのだが。

 

 

「何故なの…」

 

 それは当たり前である。

 王族を含む超MVPに出されるレシピを、和食料理初挑戦のメディアが完璧にこなせるはずも無かった。

 道具作成(A)をしても、設定されたハードルが高すぎたのである。

 エジプトの王女は自分で食事を作る事が無いので、渡すレシピを見誤ってしまったのだ。

 それでも、初めてとは思えない基準ではあったのだが。

 

 奮闘すること1時間半。

 朝飯前どころか、一般的な朝食の時間など疾うに過ぎていた。

 

 

「私も協力させて下さい。料理は錬金術と同じようなものです」

「頼ることを学びなさい。殿方は甘え上手がお好きと聞くわ」

 

 そんな時、エジプトから来たメディアのマスターともう1人の王女が厨房に入ってきた。

 2人ともエプロン姿である。

 当初、メルタトゥムがほぼ裸エプロン染みた格好だったで、シオンが必死に止めたことは、深く追求しないし、するべきでも無い。

 

 

「…良いのかしら」

 

「ええ、任せて下さい」

 

 己のマスターの返事を聞いた王女メディアは――

 

「王女が料理を作る側に回るなんて、これも時代かしら」

 

「城で眠っていれば、王子様が来てくれる時代はもう古いという言葉を言ったのは誰だったかしら」

 

 ――隣の王女のからかいを皮肉で返すと料理を再開することにした。 

 

 

 

 

 結局完成までには、そこから数時間の時が経ってしまった。

 エプロンを抜けて服に付着した染みを魔術で落とし、料理を手にしたメディアはウキウキと五段重ねの重箱を持って行く。

 重箱には軽量化の魔術だけでなく、殺菌・保温の魔術も掛けられている念の入りようである。

 

 柳洞寺という霊地に近付くにつれ、奇妙な何かを感じながらも、それでもメディアの足は止まることは無かった。

 あと一歩で階段を上り終えるというとき

 

「何のようだ」

 

「えっ、ふぇっ?」

 

 先程まで気配の無かった背後から声がして、待ち焦がれた声に思わず振り向いたメディアは、転倒しそうになったが魔術で姿勢を維持した。

 しかし、折角思いを込めて作ったお弁当は空へと投げ出された。

 念には念を入れた魔術で保存された重箱だが、内部への衝撃対策は行っていなかった。

 

 しかし常人では無いのが声を掛けた葛木宗一郎。

 倒れかけたメディアを後ろから抱くように支えつつ、お弁当箱を掴んでいた。

 まるで武術の達人である。

 いや、メディアにとってはまさしく王子様であった。

 

「大丈夫か」

 

「………は、…はい」

 

 色々といっぱいいっぱいなメディアを優しく地面へと下ろした宗一郎は、「何のようだ」再度最初と同じ言葉を告げた。

 

「あっあのっ」

 

 本屋で高いところにあった本を取ってくれたお礼に――――――

 その一言が言えない。

 高速神言を有するキャスターの英霊でありながら、簡単な一言が言えない。

 そんな普段口が回るのに、今は少しも回らない彼女は、

 

「この弁当を、誰かに…?」

 

 日頃寡黙でありながら、今必要な事を聞いてくれる彼の言葉に頷いた。

 そして、渡す相手は貴方だと、細い声で告げた。

 

 

 特に意図は無かったのだろうが、五段重箱(これだけの料理)を一人で食べることは厳しいと言った宗一郎は、折角だからとメディアを含めて寺の者達と食事をしようと言い出した。

 幸運Bは伊達では無かった。

 聖杯に頼ること無く願いが叶ってしまう時点で、サーヴァントとしては極めて幸運なのは間違いない。

 …本当は、二人きりで食事が出来れば幸運はAだったのかも知れないが、それを望むのは未だ早すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルンルンで帰ってきたメディアに、ホテルで佇んでいたメルタトゥムは訪ねた。

 

「その顔を見れば聞くまでも無いと思うけれど、敢えて聞こうかしら。

どうだったの?」

 

「上手くいったわ。ありがとう」

 

 

 

「それは良かったわ。

なら聖杯はもう要らない? それともこのハッピーエンドの続きを奏でる為に聖杯(誓いの杯)が必要?」

 

 それは悪魔の誘惑。

 しかし、かつて神々によって定められた英雄の花嫁という逃げ場の無いレールとは違い、己の意思で決められる道であった。

 

「…まだ保留にしておいても良いかしら」

 

「ええ、今後その答えを私から急かすつもりはないわ」

 

 

 エジプトの姫は、今も焦らせる気は無いのだろう。

 故に、今このことを聞いたのは、意思確認では無くお遊び。

 中々に性質が悪いとコルキスの姫は苦笑する。

 

 コルキスの姫は、そんなエジプトの姫に尋ねた。

 

「…知っていたかしら?

聖杯だけど、少々怪しいかも知れないわ」

 

「そうなのね。

恋のことだけに集中していても良かったのだけれど、盲目にはなっていなかったのね。

回答だけれど、私は気が付いてはいなかったわ。

それに、願いが叶えられるのなら、それ以外は些事でしょう?」

 

 

 コルキスの姫は、更にエジプトの姫に問う。

 それは、悪魔に問われない為に、悪魔に問う行為でもあった。 

 

「じゃあもう一つ。

ゲームで勝った者が賞品を手に入れるというルールがあったとして、貴女ならどうする?」

 

「そうね、ゲームを楽しんでも良いけれど、どうしてもその賞品が欲しいのなら、

――――――――ルールなんて無視してその賞品を直接手に入れるわ。

私はそうするし、貴女もそうするだろうし、他の人だってそうしたいと思うわ。

そんな方法を知っていればね」

 

 聖杯の場所を暴いて直接介入。

 他の者が聖杯を巡って争う間に、その器に溜められた願いを叶える力を奪う。

 キャスターが己の手持ちであればそうしたと、メルタトゥムは告げた。

 ルールを敷く側の人間が、どうして他者のルールの中で動く必要があるのかしら。

 でしょう? 同類(ルールブレイカー)――――――と。

 

 

 

 

 

 

 心理の駆け引きは分が悪い。そろそろ話を変えようかと考えていたメディアは、ふとある事を思い出した。

 

「ごめんなさい。もう一つ聞いても良いかしら」

 

「ええ」

 

 

「貴女のお父様は、娘の手料理を喜んでくれたかしら」

 

 そう、宗一郎へのお弁当を五段重ねにして尚、余ってしまった料理を、「余ってしまったのは勿体ないわね。どうしようかしら?」とメルタトゥムが言っていたことをメディアは覚えていた。

 普段なら「余ってしまって勿体ない」などと王女様の感覚で宣うことなどそうそう無いのだ。

 つまり、これはワザとだ。

 そう気が付いたメディアは、ワザとその様な事を仕掛けてボロを出した王女へと食らいついた。

 

「喜んでくれたでしょう」

 

「ええ、それなりには」

 

 

 はいダウトー。

 メディアは心の中でガッツポーズを取る。

 あの太陽王が娘の手料理を振る舞われて、それなり程度で喜ぶはずも無い。大喜びしたはずだ。

 しかし、それを敢えて言わないのは何故か?

 ――――――即ち、照れ隠しである。

 

 照れなんて一切無く、相手を照れさせて優勢に事を進めるもう一人の王女の弱みを握ったメディアは、内心で勝利を確信した。

 

「そうかしら、きっととても嬉しかったはずだわ」

 

 そう。確かにメディアはそれを見抜いていた。

 本当に完全な推理だった。

 

 

 だが――――――、

 

「でも流石にお姫様抱っこされる本物のお姫様ほどは、喜んではいないでしょうね」

 

 そう言ってメルタトゥムの胸元から取り出されて、見せられたのは一枚の写真。

 

 

「貴女が行く場所はわかっていたもの。

…この喜びを大切にすると良いわ。

写真は差し上げるから」

 

 

 写真の中にはいつの間にか撮影されていた、葛木宗一郎に階段で姫抱きにされるコルキスの王女が写っていた。

 

 

 

 

 

 故に、その写真に気を取られた余り、エジプトの少女の頬と耳が少し赤くなっていた事までは気がつけなかったのである。


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