太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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幽雅たる隔絶

 メディアとのプリンセシーズトークで少々盛り上がりすぎたメルタトゥムは、冷風を浴びる為に夜の帳の降りた町に繰り出すことにした。

 冬の夜は寒い。薄着趣味のメルタトゥムも上にロングコートを羽織って外に出た。

 …ロングコートの下は、肩だしニットとホットパンツな辺り、少し間違えれば痴女なのかも知れない。

 

 

「ニャー」

 

 静かな夜道。

 メルタトゥムの近くに侍る家庭用スフィンクスが小さく鳴く。

 それは常人には聞き取れない、微細な音を感じたからに他ならない。

 

「ええ、わかってるわ。

私も感じてるから」

 

 サイドアップにされた髪の反対側の肩によじ登ってきたスフィンクスに、視線を逸らさぬまま王女は答えた。

 動物のみが感知できる、遠くからの足音。

 メルタトゥムは、音より先にそのものに宿る何かを感じていた。

 

 

 視線は揺るがない。

 次第に大きくなってくる足音に、そして視界の中で大きくなってくる姿にメルタトゥムは表情も変えず待ち受けた。

 

 

「こんばんは、リン」

 

「メルト、悪いけどまた今度にしてくれるかしら」

 

 

 

 道路の向こうから駆けてきた凛に声を掛けたメルタトゥムに対し、彼女の友は素っ気なく先を急ごうとした。

 それもまたよし、とは考えたものの珍しいことに王女はそれ以外の行動を取った。

 

「随分と恐い顔をしているのね。

何かを失った?

…それとも、何かを奪った相手を今になって知った?」

 

「――――――どうして、それを」

 

 

 先程、凛の前に戯れに現れたにウルクの王によって、先代の遠坂当主が何故死んだか、その答えを遠坂凛の兄弟子に聞けと、綺礼が関与している節を匂わされた。

 そこまで言われてしまえば、最悪の可能性の一つが思い浮かばないほど今代の遠坂家当主は愚鈍でも無い。

 故に、教会まで駆け続けたのである。

 

 問題は、何故それをメルタトゥムが知っているかということだった。

 

 

表情(かお)よ。奪われた側に同じ表情(かお)をしていた者は多かったわ。

――家督争い。あの時代の名家には良くあったこと、よ」

 

 誰もが、偉大なる神王の後を継ぐ事を求めていた。

 その時代に生まれた為に、メルタトゥムの母を含めて父以外に血の繋がった者で長生きした者はいなかった。

 それが自然な死でないことは誰もが感づいており、誰も口にすることは無かった。

 ただ、彼女の父親が、己の妻の喪失を悼んだのみである。

 未だに続く反抗期の一つは、母や兄妹達を守れなかった父への理不尽な恨みということもある。

 

「だからね、忠告してあげる。

そんな理性を失った顔で、その後長く生きていた者もいなかった。

リン、貴女は今、とても酷い表情(かお)をしているわ」

 

 王女自身は口に出しては言わなかったが、ネフェルタリを喪ったときのメルタトゥム自身が絶望と憎悪に堕ちていた。

 そこに余裕も、優雅も無かった。

 結局、それから暫くして王女は一度目の死を迎えた。

 

 

「家族同然の人間は、即ち家族では無い。

人は死を盛る害意を笑顔で隠し、死を盛らせた悪意を涙で彩れる。

そんなことにすら気がつけていなかったから、弟も死んだ。

弟を神輿にと考えていた者達は、義憤を名誉の盾にして進み、そして散った」

 

 珍しく淡々と物事を語る王女。

 気が付けば凛の足は、いつの間にか止まっていた。

 

 

「貴女の最後を看取るのは、私だと思っていたけれど、貴女が選択する路を私は否定しないわ」

 

「忠告ありがとう。私が負けることを決めつけた態度は気に食わないけどね」

 

 

 限りなく黒であろう綺礼に、決着を付ける前に凛はある程度の冷静さを取り戻した。

 

「貴女の敵を、私が倒しましょうか?

貴女が殺しても、貴女の為に私が殺しても同じでしょう?」

 

「随分と入れ込んでくれるのね。

でも、綺礼にはきっちりこの手でケリを付けたいの。

…冷静にさせてくれたお礼に此方からも忠告するわ。

ギルガメッシュは危険よ。万が一、私が死んだら――――」

 

「凛が死んだら、その後のことは私に任せなさい。

全て終わらせた後、リンの死体を探して永遠を与えてあげるから。

…それにしても負けを前提に話すなんてらしくないのね」

 

 温度の無い表情から、普段の余裕ある笑みに戻った親友のからかいに対し、凛は笑い返すと同時に冷静さを完全に取り戻した。

 

「そうね、らしくなかったわ。

それにしてもあの金ピカ――ああウルクの方の金ピカは、雑種である人類を間引いてやるなんて傲慢なことを言ってたわ。

…エジプトの金ピカ親娘は違うわよね」

 

「酷いわ。そんなことを言う殿方も、私を疑うリンも」

 

 王女は、優雅な笑みのままそう告げた。

 

 

 

「私には本音を言ってくれても良いんじゃ無いかしら」

 

 凛はその優雅な態度を否定するように断定した。

 

 

「あら……そうね。

いいわ、だって他でもない貴女(リン)だから。

ねえ、リン。――水族館は好きかしら」

 

 

 唐突に水族館について聞かれた凛は、否定する要素もないので肯定した。

 

「私は好きよ。

所狭しとお魚たちが賑やかに泳ぐ水槽を眺めるのも、静かな水槽を眺めるのも、どちらにも愛でる風情は存在するわ」

 

 それは、この世界についての観点。

 それは、ギルガメッシュによる選別の有無にさえ示される寛容。

 永遠を与えられた超越者の視点。

 そして何より――――――、

 

 

「何時まで分け隔てられた神族や王族(透明なガラスの向こう側)でいるつもり?

そういった態度、気に食わないわ」

 

超越者たる父の意思(水槽の温度を上げるだけで)だけで、お魚たちは死んでしまうというのに?」

 

 良く顔を合わせる凛でさえ、見下された怒りどころか、怖気がするほど、美しい表情で語る王女。

 それは、太陽王に対する純然たる信仰であり――――

 

 

「――――それに、水槽の外で迷子になった私を探す(ひと)がいる。

迷子になっても私が探す(ひと)がいる。

雑種たちの世界(ガラスの向こう側)には行けないの」

 

 その姿は、ガラスに護られていなければ存在できないような儚さを湛えていた。

 見下された怒りなど沸いてこない。

 凛は、水の中では生きていけない可哀想な王女が、可哀想だと感じられた。

 

 

「そう?

なら、そのガラス、ぶっ壊してあげるから覚悟なさい。

家族みんなでずぶ濡れになったところを笑ってあげるから」

 

 故に、彼女は宣戦布告をするのだ。

 それこそが、きっと自分達に相応しい間柄だと思うから。

 

「…期待しているわ」

 

 

 欠片も期待していないような余裕を以て、親友である王女は優雅に答えた。

 冬の夜空は冷たい。

 けれど、そこに生きる人々の魂は確かな温度を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 太陽ほど熱くは無いが、有限故に輝いている駆け抜けていった少女を振り向くこと無く見送った王女は、同じく太陽の残滓たる青年に声を掛けた。

 

「私達の会話(ワルツ)が終わるまで待ってくれていたこと、感謝するわ。

次のお相手は、貴方かしら」

 

「これ以上無いって程身体が高ぶるお嬢さんだが、心にはどうも響かねえな」

 

 互いのルーツ故に、互いの肉体は惹かれ合う。

 しかし、互いの魂は全く相手を求めてはいなかった。

 

「…貴方が上品を知らない人種とは思えないのだけれど」

 

「なら上品なまま死んでな」

 

 野性的な男は、わざと下品な笑みを浮かべた後、その得物を突き出した。


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