たった一人の賞品を巡った、一人と一人による大戦争。
それは幻想的で、凄惨で、残酷で、恐ろしくて、そして美しい調べの物語。
開幕の一手で、公園で在った場所は更地になった。
しかし、これは互いの陣営にとって小手調べである誘いの一撃に過ぎない。
一瞬の交錯程度のものでしか無い。
凡夫であらば、この光景に腰を抜かすどころか、生きて見学することは能わない。
しかし、この場にいるただ三人の演劇者にして観測者は、誰もが皆その表情に笑みを浮かべていた。
「やるようでは無いか。娘が欲しいと言うだけはある」
「この程度で理解したつもりか?
では―――行くぞ」
相対する二者は楽しみを表情に灯し、それを眺める王女もこの特等席に期待を隠さない。
参劇者が纏うは揃って黄金。
その気質、覇気もまた黄金。
放たれる閃光、放たれる武具もまた、それに似つかわしい輝きを証明する。
黄金のドレスを身に付けた姫が謡うは、『起』。
『承・転・結』は姫にも知るところでは無い。
しかし、それを知る必要も、知ろうとも思わない。
何故なら、知るまでも無く彼女の父が太陽たる神の王、ファラオの中にして偉大なる男、オジマンディアスなのだから。
此処は物語の世界。
お伽噺のようなお伽噺の世界が此処にある。
ならば如何なる幻想神秘の存在も許される。
戦いは未だ始まったばかり。
幾数、幾十、幾百、幾千、幾万の互いの軍勢を打ち合わせて、それを命じる王達は未だ無傷。
ならば幾億、幾兆、幾京を打ち合わせるだけ、それだけの話。
細かい探り合いや、搦め手など圧倒的強者には不要。
ただ暴力的な正面突破で押し通せば、他者がその意思に関わらず道を譲る。
彼らはそうやって生きてきた。
彼らはそうやって生きている。
そして――――これからも彼らはそうやって生きていくのだろう。
「これ程の宴、参列者がいないのが勿体ないほどだ。
…いや、有象無象では参列に格が足りんか」
「至高の王の力の一端を見られる栄誉を承れんとはな」
威光と威光が衝突する。
その過去においても未来においても眼に収めることは無いやも知れぬ光景に、姫は己が上気していることを自覚した。自覚するまでも無かった。
己を求めてこれ程の戦いが引き起こされる。
支流たるトロイアの姫でさえ、この光景が想像出来ぬ事は諳んじる必要さえない。
しかし、これが必然である事を王女は誰よりも理解していた。
ある意味女冥利に尽きるとも言えない幻想を、偶然の余地も無い一種の呪いとして。
それでも王女は謡う。
「更に美しく、凄惨で、残酷な戦いを」
その望みは令呪によって為されるものでは無い。
ただ
既に、この物語の中では冬木は存在しない。
その周囲さえ地平に至るまで更地である。
人も建物も何も無い。
あるのはただ三人の魂だけがこの場にある。
その物語が閉じられるまで、登場人物が舞台を破壊し続ける快活にして虚無の歌劇。
財宝の貯蔵にも、栄光の貯蔵にも陰りは無い。
今こそが全盛期、いや一秒先の己こそが更なる全盛期とばかりに激しさを増す。
煌びやかな暴威に光景が埋まる。
神威が原初の英雄の腹を割き、宝剣が偉大なる太陽の首を割く。
しかし、顔には苦悶の表情では無く、己の力をぶつけられる喜びが其処にある。
これ以上は無いと思われる輝きの密度が更に増す。
主演にして劇場支配人たる姫の周囲だけを除き、更なる黄金が世界を圧迫する。
黄金が、黄金により、黄金になる。
最早、黄金以外に何に例え得るべきか形容すら為し得ない光景が、物語の許容を超えたとき世界が砕け散った。
「いと早きと惜しむは、ヒバリが日照を告げる刻。
物語を紡ぐ夜は終わり、歌劇は幕を下ろす」
薄らと空の色が変わり始める頃、世界は再びお伽噺から現実へと巻き戻される。
大地が、町が、公園が、夢を見ていたかのように巻き戻されていた。
あの何も無くなった黄金の世界は、まるで夜が更けるまで編み続けられていた夢物語の世界であったかという風に。
血を流す二人の男達。
しかし互いに膝を突くことは無い。
尤も、死んでもその様な事は無いであろう。
彼らは真に王という人種であるが故に。
ただ一人、無傷な姫が己の父親に近付く。
「失礼します」
その一言を告げた後、己の手首を咬み千切り、その血で父王の首をなぞった。
太陽王の流血は止まり、その傷が癒える。
「どう為されますか?」
娘はそう訪ねる。
彼女にも答えはわかっていたが、それを敢えて神たる父に尋ねた。
「娘よ、どうするも何も日が昇った。休戦であろう、なあ英雄王」
「ふっ、我と后の披露宴だぞ。たかが一日在ったとしても足りるものか」
その結論が、目的の為の手段として、非合理的だと理解して尚、姫はその応えに満足した。
「では英雄王ギルガメッシュ。また、夜会にて。
…帰りましょうか、父上」
メルタトゥムは、ラムセスの手を取った。
父の手を繋ぐなど、数千年ぶりのことではあるが、これ程の輝きを魅せてくれたのだ。
甘えたフリをして父を喜ばせてやる位の褒美を与えなければ、母に苦言を呈されるだろうと王女は己の中で結論づけた。