太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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三振りの聖剣

 町は破滅をお伽噺の中の世界だったことにして、今日も太陽を迎えた。

 神話を再現した滅びの詩を本の中に閉じて、逃げるように未来へと進む。

 

 

 黄金の王達が宴をしていた頃、一方ではアイルランドとブリテンの英雄たちが雌雄を決しようとしていた。

 勿論文字通りの雌雄では無く、英雄としての決着である。

 予備の令呪を6画も消費して、全力でセイバーを倒せと命じられたクー・フーリンの猛攻は、狂戦士の如く荒々しく、剣士の如く真っ直ぐに鋭く、騎兵の如く豪快に、暗殺者の如く冷酷に隠行し、弓兵の如く多彩で軽やかでありながら、魔術師の如き冷たい理性を働かせていた。

 クー・フーリンの伝説の原典には、超常の杯、強固な盾、カラドボルグに並ぶ剣、話すマジックアイテムなど、アーサー王の逸話に並ぶほどの多彩な武具が存在する。

 サーヴァントのシステム上、というよりは世界に定められた制限の枠組みの中では、クラスに限定しないと再現できないものが多く在る。

 勿論、クラスを重複させる裏技はあるが、そういった裏技は、始まりの御三家などに限定される秘中の秘であり、言峰綺礼にその手段は無い。

 故に、予備の令呪を使って存在しない槍兵以外の側面を部分的に後押しする。

 これが――――――この戦争における言峰綺礼の秘中の秘。

 

 この瞬間、クー・フーリンは黄金の王達さえ凌駕していた。

 最優のサーヴァントであるアーサー王をして、完全な防戦へと、いや敗北へと追い込まれていた。

 少し油断すれば、セイバーは即消滅する。

 それだけの性能が間違いなくこの時のクー・フーリンにはあった。

 

 セイバーが持ちこたえたのは、極めてシンプルな理由である。

 仲間がいたというだけの話だ。

 多彩で軽やかな技を持つ弓兵。

 そして冷たい理性で先を見通す魔術師。

 

 計算高い魔術師がそこに現れたのは偶然で、正義を目指した弓兵がそこに居合わせたのは必然であった。

 魔術師が魔術で魔術を打ち消し、弓兵の剣士を知り尽くしたかのような援護の中、剣士が十全を振るう。

 魔術に強化された肉体、投影により再現された武器。

 その利を以て、漸く槍兵と呼ぶのも怪しい槍兵へと近付く。

 

 

 だが――――――

 

「…甘ェよ。

突き穿つ(ゲイ)――――死翔の槍(ボルク)

 

 必滅の槍は、あらゆる破壊の衝撃さえ破壊し、理の中にありながら理を超えて神話を再現する。

 対抗手段は、いや、対抗できないまでも可能性を残す手段はほぼ無いと言ってよかった。

 それでも弓兵エミヤは諦めない。

 今度こそ、今度こそ切り捨てた笑顔を守り抜く為に。

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 とある王女を巡った争いに埋もれた伝説の誇りが振り払われた。

 暴虐を防がんと光の花弁が展開される。その数実に七。

 

 

 …しかし、古代トロイアの防壁を以て尚、易々と一枚ずつ花びらは散っていく。

 

 

 

 

 

一――――

 

 そして、零。

 その零へと至る道筋に、新たなる花弁が差し込まれた。

 

「やっちゃえ」

「ああ、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)ッ!!」

 

 

 

「――――衛宮士郎」

 

 剣士達の更に前に立ち、今まさに破られた障壁から迫る殺意に貫かれようとした男は、現れた男の名を紡ぐ。

 彼の生み出した花弁の数は四枚でしか無いが、英霊である弓兵と全く同じ伝説が再現された。

 見ただけで英霊の御技を再現せしめた彼の名は衛宮士郎。

 即ち、英霊エミヤシロウに至る雛形である。

 それは、弓兵が言わずとも、その技を以てこの場にいる誰もがそれを理解した。

 

 

 

 師であり姉であるイリヤスフィールに朝も夜も鍛え続けられた男は、理由の無い胸騒ぎによって目が覚めた。

 そして理由の無い歩みを伴って教会へと向かった。

 最早、それが理由であると言っても良いのかも知れない。

 アルトリアと凛(ヒロイン)を救うのが、衛宮士郎(主人公)の運命なのだから。

 離れて尚、前進に響くが如き凄まじい魔力の発露、それは姉との適切すぎる訓練で疲労の限界に追い込まれたことにより魔術回路が一時的に過敏化した士郎を反応させた――――等といった賢しい理由などは其処には必要無い。

 これは最新の英雄譚。

 物語の勇者がお姫様を救うことに理由など求める方が無粋なのだ。

 

 

 七枚と四枚、合わせて十一枚の城壁を貫くに時間をかけた神話の槍。

 貫くに、時間はかかったが、それでも尚十一の城壁を突破した。

 後は、有象無象を貫くのみ――――――

 

 

「…いえ、十分よ。

――――――私には、ね。瞬来(オキュペテー)

 

 

 空間座標を移し替える神話の魔術を行使する魔女は、衛宮・エミヤが挟み込んだ時間の間に己の手札を遂行した。

 勢いと速度を落として未だ余り在る暴威を空間ごと反転させる。

 

 

「それがっ、如何したァ!!」

 

 クー・フーリンは、その衝撃をあらゆるルーンを重ね掛けした腕で消し飛ばした。

 数人がかりでやっとで止めた破壊すら造作も無いというかのように。

 無論速度も威力も極めて消耗し、そして使い慣れた己の宝具であろうとも、まさしくそれは破壊すら破壊する英雄であった。

 

 

「…充分と言ったはずよ。圧迫(アトラス)

――今よっ!!」

 

 圧迫(アトラス)――――其は敵の動きを一時だけ封じる魔術。

 この魔術は時間や消耗魔力こそ対象によってばらつきがあるものの、起動範囲の中に相手がいるのならそれは確固たる縛りとして機能する。

 根源が身近にあった時代に大魔女達が使っていた秘蹟の一つである。

 

 クー・フーリンは、ほんの僅かな瞬間だけ、空中に縛られた。

 

 

 

 ――――そして、その隙を逃す者は此処にいなかった。

 

「再現しろ」

 

 英霊エミヤはあるもの(・・・・)を投影して、それを再現するよう衛宮に告げた。

 其は、永遠に理想を目指す贋作。

 其は、彼が愛した女性(ひと)

 其は、永久に届かぬ輝き。

 其は、狂おしく愛した今。

 其れは――――――――永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)

 

 それは出来ないはずが無いという、確信めいた声であった。

 

 

 

 二振りの星の聖剣の贋作が、一人の女を挟むように立つ二人の男によって握られた。

 慎二がエミヤに、イリヤが衛宮に、そして遠坂凛がアルトリア・ペンドラゴンに命じた。

 そして、伝わる意思と魔力を持って、寸分の違いなく気迫と共に剣は振り下ろされた。

 

 

 

 

「「「――――エクスカリバーッッ!!!!」」」

 

 

 

 大地から空へと昇る流れ星が、太陽神の血を引く戦士を呑み込んだ。


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