太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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温泉回~エジプトから来たお友達を添えて~

 メルタトゥムにとって母ネフェルタリとは全てである。

 母に向ける感情は、敬意であり、独占欲であり、恋慕であり、愛である。

 父オジマンディアスは最大の理解者であり、最大の宿敵である。

 彼女の妨害が無ければ、オジマンディアスはネフェルタリとの間にもっと多く子を作ったかも知れないし、そうで無かったかも知れない。

 何だかんだで母親に嗜められたときはメルタトゥムは大人しく従った。

 父親と仲良くしたい母親に怒られるのもまた、ご褒美である。

 

 メルタトゥムはオジマンディアスから見れば母親似ではあるが、本人としては父親に似ていると思っている。

 古代エジプトとは違い、遙かに反射度の高い鏡が作られる現代を生きるようになってメルタトゥムは尚のことそう思う。

 …ぶっちゃけ、良いところより嫌なところが目に付くというやつなのだが。

 

 メルタトゥムは母より巨乳である。

 しかし、敬愛する母上のプロポーションこそ天上にあってさえ至高と断ずるメルタトゥムには不満がある。

 ミイラになって戻ったときに胸が小さくなっているかと思ってはいたが、現実は非情であり、生前と何ら変化が無かった。

 尚、巨乳美少女が薄着でいる環境は、穂群原学園男子には大変ありがたくけしからない状態だ。

 

 

 さて、メルタトゥムは本日ある人を待っていた。

 今回の戦争の軍師である。

 王はマスター。兵はサーヴァント。故に足りない軍師をこの冬木に呼び寄せたのだ。

 

 高級ホテルのスイートルームの部屋の中にある風呂に浸かっているメルタトゥムの下に、客人は通された。

 

「お初にお目にかかります。私は、シオン・エルトナム・アトラシア。お会いできて光栄です」

 

 

 美しい礼で敬意を払うアトラス院から派遣された軍師に、メルタトゥムは大変気をよくした。

 

「私はメルタトゥム。貴方なら想定しているでしょうが、本名よ。楽になさい。

何なら、この湯に入りながらお話ししましょう」

 

 羞恥心がまるで無い様なメルタトゥムと、初対面からいきなり裸体で接するメルタトゥムを直視できないシオンは極めて対照的だったと言えよう。

 尚、確かにメルタトゥムには羞恥心は無いが、父親がこの場に入ってきたら令呪を使って記憶を飛ばさせてやろうか程度のことは考えている。

 

 取り敢えずお風呂に入らないと話が進まないことを理解したシオンは、恥ずかしがりながらも衣服を脱ぎ、室内にしては広いお湯に入った。

 

「失礼します」

 

「ええ、許すわ」

 

 シオンが想定するとおり、隣にいる美女は古代エジプトの王女メルタトゥムその人であった。

 相手は本物の王族。次期アトラス院長候補のシオンであれ、緊張しない訳にはいかなかった。

 

 

「あの、それでこれからのことなのですが…」

 

 差し入れた爪先に感じる熱さに我慢して、湯を荒立てないようにゆっくりとお風呂に入ったシオンは、控えめにメルタトゥムに話しかけた。

 

「戦争においては貴方は軍師に徹して貰って構わないわ。戦う役割は他にいるのですから。

安全なところで計算される可能性を提示してくれれば、後は私が選んで命じることにする。それが方針よ。

ああ、お湯に浸かったときは気を楽にするのがこの国のやり方らしいわ。もう少し気楽になさい」

 

「…ありがとうございます」

 

 そう言われても、相手が相手である。お偉いさんの楽にしろという言葉ほど、加減が難しいものは無い。

 生真面目なシオンであれば尚のことである。

 シオンをまっすぐ見つめてくるメルタトゥムの瞳は蠱惑的で、思わず視線をずらした先にあるきめ細かい肌や、大きく実った双丘――――

 

(カット カット カット カット カット)

 

 シオンは幾つもの並列思考を強制的に終了させて、再起動することにした。

 再起動の合間に、自身の意識を逸らす為にも仕事の話へと持ち込む。

 

「…それでは、呼び出したサーヴァントというのは?」

 

「残念なことに、ラムセス二世(父上)よ」

 

 心底ガッカリしたように告げるメルタトゥムだったが、シオンからしたら大当たりにも程があるサーヴァントを何故ハズレたかのように言うのかが理解できなかった。

 しかし、その答えは考えるでも質問するでも無く、メルタトゥムの方から話し始めた。

 

「誰よりも美しく、可愛らしく、愛らしく、聡明で、麗しく、華やかで、慎ましく、気品があり、愛おしく、神々しく、素敵で、輝いていて、賢く、無欲で、慈悲深く、愛おしい母上が来てくれるものだとばかり思っていたのですけれど残念としか言えないわ」

 

 一息でそう言い切った雇い主の説明で、シオンは大体の流れを大凡理解した。

 そう言えば、ラムセス二世ことオジマンディアスも妻ネフェルタリを敬愛したことで有名だが、娘もこのようなのではネフェルタリという王妃はどれだけ凄い人なのかと、思わずシオンは聞こうと思ったが止めた。

 流石はアトラス院きっての才媛である。危うく聖杯戦争が終わるまでネフェルタリの素晴らしさについて語られる所を寸前で回避した。

 そして、自慢する上司に同調する部下の如く、それに賛意を示した。

 

「今も尚伝説に謳われる麗しの王妃ネフェルタリ。素晴らしい方だったのですね」

 

「貴女…」

 

 メルタトゥムはシオンの頬に手を添えて、視線を己に向けさせた。

 シオンの体温が上昇したのは、お湯のせいだけではあるまい。

 

 

「わかっていますね。実にわかっていて素晴らしいわ。流石はアトラスの次代を引き継ぐに相応しい人物と評しても良いでしょう。

貴女がアトラスを継いだ暁には、第19王朝の王女として惜しみない協賛を約束しましょう。

戦争が終わった後も、私の友として今後とも宜しくおねがいしますわね」

 

 互いが裸であることも忘れて、シオンに抱きつくメルタトゥム。

 上半身で温かくて柔らかいものが色々当たっているこの状況、シオン的には先程から並列思考が次々とシャットダウンしていっているが、メルタトゥムは気にしない。

 ある意味暴君である。

 

 

 因みに、ネフェルタリを冒涜する様な発言、例えば、かのネフェルタリよりメルタトゥムの方が美しいなど――――

 そう言う発言を述べるものが此処にいたならば、メルタトゥムは赤く染まった湯に浸かってお風呂を楽しむことになっただろう。

 今回はそうならなかったので、シオンの鼻から出る血液がお湯を染めるだけにとどまった。

 シオンは、計算が大きく崩れたものの、奇跡的な大正解を探し当てた自分を褒めた。

 そこまでが、シオンが持っている記憶の終わりである。

 

 ……わかりやすく言えばシオンはのぼせたのだ。

 湯あたり、と言うやつだろう。

 

 

 

 

 意識を失ったシオンを抱きかかえてメルタトゥムは湯船から出ることにした。

 この日本の地で出会った同郷の友人は、母上とは比べるわけにはいかないが、非常に愛らしいと王女は優しく笑った。

 

 シオン・エルトナム・アトラシアは戦闘者としても優れていることは、メルタトゥムも知っていた。

 事前に送られてきた資料で知っていたからだ。

 だが、余程の必要が無ければ友を死地に送るつもりも無い。(但し父を戦場に送ることには抵抗は無い)

 身体を拭くタオルを咥えて持ってきてくれた、魔術生物スフィンクスア・ラ・モードの頭を撫でた後、女性の使用人を呼んでシオンを介抱して華やかな服を着せるようにメルタトゥムは命じた。

 …華やかな衣装というのが、薄布と金細工で作られた、いささか視界的防御力に劣る、現代風に言えば少々破廉恥な服装であった為に、起きたシオンが顔を真っ赤にするのは、また別の話である。


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