太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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成虫原基

 輝く太陽を頭上に掲げる象徴の美姫メルタトゥムと、深き闇を這う醜悪な老人間桐臓硯には幾多の類似点がある。

 特性とするのはどちらも『集』。

 『虫』の使役に極めて造詣が深い。

 共に長き時を生きた者。

 両者同じくして聖杯戦争のマスター。

 

 だが、それらは類似しているだけで、その根幹は決定的に違う。

 醜い老人の『集』が示すは『吸収』。

 ()の足で探し、()の手で集め、()がその核となる。

 己を改造したとしても、己のまま目指す。

 それは、吸収の先に()の手で目的を掴む為。

 

 美しき少女の『集』が示すは『集合』

 ()の意思で命じ、他者(・・)を集めさせる。

 それは、他者が()の延長でしか無い為。

 ()の輝きを一身に浴びる星に手足が無いのは、その必要さえ無いからに過ぎない。

 

 『虫』への扱いも同じ。

 自身が虫となり、手足をもがれても、使役する虫たちと集まり、己と同体としてある臓硯。

 虫は砂を纏う核として捉え、己の配下として使うメルタトゥム。

 

 死と生への在り方も対極にある。

 生の延長として恐怖から無理矢理寿命を引き延ばした死ぬように生きている臓硯。

 死を眠りと捉え、怯えることさえ無く、その死の先を征くメルタトゥム。

 

 己の下にある悪魔のサーヴァントを同胞と捉えて、一蓮托生とする臓硯。

 共にある神のサーヴァントを上に掲げて、傍観者であるメルタトゥム。

 

 類似しているのは表層だけ。

 天に頂かれるままに眺める手足の無い空月と、地の底で尚も手足をもがれたとしても身体を伸ばして足掻く虫。

 

 其処に真なる共通項などあるはずも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

「爺さん」

 

 己を本心では恐れ、不必要に真正面からは向き合おうとしない不肖の孫が、先に家に帰っていた臓硯の所にやってきた。

 

「如何した」

 

 言葉ではそういうものの、端から期待などしていない。

 臓硯はそういった態度を隠しはしなかった。

 

「僕は、勝ちたい」

 

 孫は勝ちたいと言った。誰にとは、言わなかった。

 それは、いつもの怯えでは無い。何時か何処かで見た瞳があった。

 どこか思い出せない、しかし癪に障るようであり、懐かしい瞳であった。

 

 

 慎二は、アーチャーに無理矢理連れられて教会へと辿り着き、そして見た。

 魔術師として自分を対等に扱わなかった、遠坂を。

 魔術師とは思ってもいなかったのに、そういう意味では見下していたのに、サーヴァントと肩を並べた衛宮を。

 そして、衛宮(親友)が行き着いたその先を。

 己などとは到底違う、運命に愛され舞台に上がることを許された者達を。

 

 屈折した彼にはそれが悔しかった、羨ましかった。

 でもそこで終わりなんて――――それで良いはずは無かった。

 

 遠坂や衛宮のように、いや、そんなチャチ(・・・)なものじゃなく、あの大英雄(ヘラクレス)の様になりたい。

 浅ましくも尊敬されて認められたい。

 しかし、現実としてその為の力が無かった。

 

 間桐を潰す魔術に才を持たなかった男は、それでも届かぬ空へと手を伸ばしたいと思った。

 臓硯は、その瞳を何処かで知っていたような気がした。

 故に、告げる。

 

「お前には才能が無い。諦めろ」

 

 

 それは間違いなく何処までも残酷な正しさだった。

 それはもしかすると天に灼かれる後続を諫める優しさであったかも知れない。

 故に、何処までも底冷えする声が臓硯から出た。

 それは彼の意図さえも越えるものだった。

 だが――――

 

「それが如何した。

才能が無ければ他から持ってくれば良い。

奪って集めてでも、如何なる犠牲を払ってでもそうする。

それが間桐の魔術だろっ、才能が無いなんて今更そんな甘さ(・・)は必要無い」

 

 狭い知識で、狭い視野しか持てないから、こんな馬鹿げたことが言える。

 そんな無様な孫を見て、臓硯は何かを思い出しそうになった。

 しかし、思い出すことは無かった。

 だとしても、その在り方は何処までも間桐らしいと感じた。

 

「死ぬ覚悟は出来たか」

 

「出来てるわけ無いだろ」

 

 

「それで勝てると思うのか」

 

「それでも勝つんだ」

 

 

「失敗するとは思わないのか?」

 

「失敗なんて認めない」

 

 

「敗北すれば死ぬかも知れん」

 

「だからこそ勝ちたい」

 

 

「苦痛に耐えることは出来るか」

 

「それで勝てるのならな」

 

 

「他人の夢を踏みにじれるか?」

 

「そうしてでも勝ちたい」

 

 

「他人の幸せを切り裂けるか」

 

「出来る」

 

 

「醜く浅ましく無様にもがけるか」

 

「やってやるさ」

 

 

 

「――邪悪に堕ちる覚悟は出来たか」

 

「はっ、僕は間桐の嫡男だ」

 

 

 

 

 それは、何処までも醜悪な問答だった。

 だが、それでも、何処までも、愚かしいほどに彼らは人間だった。

 

 

 

 

「ならば、儂の代わりに客人に会うと良い。

答えの一つでも見付けて見せよ。

期待など、してはおらぬが」

 

 

 臓硯が出て行った部屋に残った慎二は、暗殺者の容をしていたナニカを見る。

 暗殺者というよりは、学者か貴族の方が似た姿であり、人というよりかは悪魔に近かった。

 だが、何故か慎二にはそれが『人』に思えた。

 

「お前が爺さんのサーヴァントか、名前は」

 

「…色々名前はありますが、そう――――『ワラキアの夜』とでも。

我がマスターには同情しか無い。

私も出来の悪い子孫を思い出してしまう」

 

 

「出来が悪くて悪かったな。

で、他の名前は?」

 

「アサシン、とでも名乗れば良いかね?

最早、名乗るにはキャストミスが過ぎるが」

 

 

 アサシンの器を喰らって世界に固着された悪夢。

 それが、敢えてアサシンを名乗ることは、アサシンと慎二を馬鹿にしているのは明白だった。

 

 

「成虫原基というものがある。知ってるか?」

 

 間桐の家に生まれた魔術以外に幅広い才能を持っていた慎二は、一般的な虫についてはある程度の知識はあった。

 その知識が目の前のサーヴァントにあるかを訪ねた。

 

「成虫原基? セイチュウゲンキセイチュウゲンキセイチュウゲンキ――言い続ければ寄生虫元気。

贄になったアサシンがまさしくそれだろう?

そう言った言葉遊びは別に嫌いでは無い」

 

「成虫原基が、寄生虫か。

確かにそれも側面だ。

成虫原基というのは――――」

 

 

 

 慎二は語る。

 成虫原基は幼虫の中に予め仕込まれた、成虫の基盤。

 成虫は幼虫に産まれながらに寄生する『別種(・・)』であり、幼虫に寄生して栄養付きの蛹殻として利用するという説を語るときに良く使われると。

 だが、本当にそうだろうか。

 成虫に必要な栄養素が、成虫に害が無く成虫を護る毒が、幼虫によって都合良く集められるのは、ただ利用されているだけか?

 そうでは無いかも知れない。

 幼虫も、己の命を捧げるに充分な希を成虫に託すからでは無いのか?

 ハサンと呼ばれた悪魔を腕に宿した英霊は、内側に仕込まれた悪魔に身を喰われた。

 生け贄として生まれてきたとも言えるかも知れない。

 だが、それがハサンの希を叶えることになるかも知れない、と。

 

 

 それは、何処までも身勝手な言い訳だった。

 自分が相手を食い破って取り込んでも、犠牲になった相手が満足する結末が来るなどと、臓硯やズェピアですら烏滸がましいと考える。

 どこまで自分の矮小さが理解できていないのか、何処まで世界を甘く見ているのか。

 その程度の観測力で、その程度の思考力で、何が導き出されるというのか――――――

 

 ズェピアはそこまで考えて――――

 

「…カット」

 

「つまらなかったか、まあ面白い話でも無いな」

 

 ――――そこまで考えて一瞬、やはり間桐とは不思議な縁があると、そう思ってしまった。そしてその思考をカットした。

 観測力も思考力も無い少年は、それも理解できていないようだったが。

 

 

 

 その話が終わった頃、客が訪ねてきた。

 客は、アラブの大富豪であった。

 名は、アトラム・ガリアスタ。

 経済体アフリカベルトの権利を魔城に住まう財界の帝王から回()するエジプトの王女に、足がかりとして、否、財界の魔王ヴァン=フェムへの撒き餌として利用された事。

 そして、聖杯戦争のマスターとなる機会をシオン・エルトナム・アトラシアに奪われたこと。

 それも、アトラス院がアフリカベルトへの立ち位置を強める一環でしか無かったこと。

 何より、メルタトゥムへのプロポーズを断られたこと。

 それらへの復讐の為に、何とかして聖杯戦争に参加して、間違いなく参加しているメルタトゥムを倒せないかと思ったが、途中乱入の手段を持たない為に、聖杯戦争始まりの御三家である間桐に話を付けに来たのだと、彼は語った。

 

 そして、その切り札として、若しくは英霊の触媒として、人間の命で作られた力の結晶、彼曰く『賢者の石の原石』を持ってきたと告げた。

 これがあれば魔力が尽きて無くなっても、予備魔力電池として使うことも出来ると、彼はそう告げた。

 

 なるほど、後ろめたいにも程がある内容で、石油王が人に知られること無くお忍びで島国にまで来るわけだった。

 その顔は魔術師のサーヴァントが平行世界を覗く術を持っていれば、即座に殺したくなる程度には整った顔であり、何処か慎二に似ていた。

 

「オーケー。間桐の次期当主である僕がその話、引き受けよう。

確認だけれど、メルタトゥムを倒したい――――――間違いないね」

 

「ああ、間違いない」

 

 

 

「そしてアトラス院から来たハイエナも倒したい――――――間違いないよね」

 

「ああ、その通りだ。許せるはずがない」

 

 

 

「その魔力電池は、人の命を犠牲にした、魔力が無いものでも魔術師になれるもの。

――――――間違いないんだよね」

 

「そうだ、そう言った」

 

 

 

「そしてこの契約は未だ誰にも知られていない。

――――――これも間違ってはいないよね」

 

「遠坂よりもアインツベルンよりも先にここに来た。そこは買って欲しい」

 

 

 

「未だ現在サーヴァントを連れていないから、どうにかして参戦したい。

――――――そうなんだよね?」

 

「ああ、そのサーヴァントでも、いや、もっと強いサーヴァントが欲しい。

そして勝ちたい。見返してやりたい」

 

 

 

 

「そうか、喜んで良いよアトラム・ガリアスタ。

君の願いは――――――漸く叶う」

 

 

 慎二の目配せで、ズェピアは意味を得たと嗤った。

 

「合格じゃ慎二よ」

 

 背後から聞こえた声を聞いたとき、青年は意識を失った。

 

 

 この日を境にアトラム・ガリアスタは消えた。

 ――――間桐慎二という成虫原基を成長させる贄として。


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