太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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堕ちた友人達

 夜、間桐家の一室にして、偽りの主従関係を結ぶ男達が向かい合っていた。

 

「アーチャー、いや衛宮。

聞かせろよ、お前は間桐(今の僕)をどう思う?」

 

「…」

 

 

 

「オイオイ、だんまりは無しだぜ衛宮。

お前が間桐のやり方が嫌いなのはわかってる。

だけど僕には他者の犠牲(間桐のやり方)しか無いんだ。

…お前は未来の衛宮なんだろう。知らなかったとは言わせないぜ」

 

守護者()としては碌でもない男だとも思うが、――――衛宮士郎(オレ)は未だ友だと思ってる」

 

 

 慎二はアーチャーの答えに、一度言葉を詰まらせたものの、直ぐにそれを冷笑した。

 

「僕を大事に思ってくれて嬉しいよ衛宮。

でも、それは桜より大事なのか? 遠坂より大事なのか?

あの二人と比べて、それでも僕を選ぶのか?

わかりやすい正義よりも、碌でもない男を庇うのか?

…違うよなあ衛宮。お前はきっと――――――そうじゃない」

 

 

 アーチャー、いやエミヤはそれを否定出来ない。

 それを否定してしまえば、口先だけで虚構を紡げば、僅かに残った慎二との友情が完全に消え失せてしまうような気がした。

 

「僕を裏切るんだろう?

見下していた桜や遠坂のように。

お前も、僕を見下しているんだろう。

おためごかしは無しだぜ衛宮。

未来の衛宮は今の衛宮よりも賢いから、きっとそんなことしないと思うけど」

 

 

 己への忠誠心が無いと、その裏切りがお前にはあると慎二が追求するのは、それを「違う」と否定して欲しいから。

 最悪の可能性を思い浮かべて、それを否定してくれる何かを探すのは、『間桐』の(さが)そのものだった。

 慎二も、桜も、臓硯も、己の無力や汚さを否定してくれる何かを探し求める弱者の性を根底に宿している。

 …それは別におかしな事でも無い。

 裏切りを本心から許容して寛容を示す方が、相手への関心が無い方が余程異常なのだから。

 

 

 しかし、その機微が理解出来ないエミヤには、

 

「ああ」

 

 慎二の予想を肯定することしか出来なかった。

 

 

「くっ、ああそうだろうさ。そういうものだ。

どうせ護ってやるなら、可愛い女の子の方が護りがいがあるよな、正義の味方様は。

その方が、きっと正義のヒーローみたいだ。

いや、それとも後ろめたい陣営に居たくないからなのかもな。

…そうやって、護らないものを切り捨ててきたのか、そうなんだろ未来の衛宮士郎」

 

 

 その慎二の僻みは、偶然かはわからないが一部エミヤの本質を突いていた。

 

「………………ああ」

 

「はっ、そういう所だぞエミヤ。

僕がからかってるだけなのに、いつもマジになっちゃうんだからな」

 

 慎二は下を向いたまま掌を上に向けて呆れたように苦笑する。

 それは、かつてエミヤの過去(衛宮士郎)が何度も見た光景だった。

 けれど、今になってみてみると、何処か救いを諦めた振りをしているようにも見えた。

 

 

「考えてみれば、衛宮が英霊になっても便利屋であるのは意外でも何でも無いか。

ああ、僕以外の便利屋もやってるというのは、ちょっとムカつくけどね。

さて、情報交換といこうじゃ無いか。

お前の未来の知識、今まで辿ってきた路を話せ。望みを語れ。お前は嘘をついても真実を語っても良い。

代わりに僕は、知っている間桐の全てを話すよ」

 

 

 

 慎二は語った。

 間桐のこと、桜のこと、祖父のこと、そして自分のことを。

 間桐という家を束ねるのは始まりから今に至るまでただ一人、間桐臓硯である事。

 桜は他家から連れてこられて間桐の蟲地獄に堕ちた事。

 可哀想だと思っていたのに、才覚の無い慎二に同情していたこと。

 慎二が桜に人に言えないようなことをしていたこと。

 桜はきっと衛宮士郎が好きである事。

 慎二は語り続けた。

 

 間桐の秘めるべき闇。

 語りすぎることは危険であったが、今の彼は間桐家の次期当主の自負が内心に不安を抱えながらも確かにあった。

 故に、彼は臓硯を恐れること無く、正義の味方に悪事を全て語った。

 

「どうだ、失望したか?

…答えは聞かなくてもわかるさ、じゃあ次は衛宮が話す番だ」

 

 一口で言い切り、答えを受け入れることを拒絶したのは慎二の弱さとも言えた。

 口先で拒絶を許したとしても、他者の心の底からの侮蔑、特に認めて欲しい相手からのそれには耐えきれない。

 それが間桐慎二という、いや、間桐という在り方であった。

 非情を自認しながらその実は情に基づく。情を語りながら本質的には地上の民の情を理解し得ない太陽の娘とは其処が決定的に違った。

 

 

 弓兵は面白い話では無いがと言いながら、己の話をした。

 護ろうとする為に、護らないものを切り捨てたこと。

 護ろうとしたものが護れなかったこと。

 護ろうとしたものに否定されたこと。

 本当に護りたかったものこそ、己の手で切り捨てたこと。

 遠坂凛、間桐慎二、イリヤスフィール、藤村大河、そして聖杯と化した間桐桜。

 それら全ての死には己が関わっていること。

 

 特に間桐桜は、己の手で殺害した事。

 

 それを今度こそ護る為に此処にいること。

 此処にいられることが望外の幸運であったこと。

 この戦いに、桜を巻き込みたくは無いと言うこと。

 既に聖杯としては巻き込まれているから、これ以上は関与させたくないこと。

 出来ればこのまま慎二と共に聖杯戦争をどうにかしたいということ。

 

 

「はっ、桜は駄目で、僕なら良いのかよ」

 

 そうやって弓兵を批難する慎二が何故か笑っていたのは、己を護られるだけの役立たずでは無く、共に戦う者として選んでくれた喜び故なのかも知れない。

 その真相はわからない。他ならぬ間桐慎二ですらわかっていないのだから。

 

 

「衛宮、お前は僕が間桐としてやろうとすることを否定するか?」 

 

 

 それは、更なる犠牲を罪無き者に求める宣告であるようにエミヤには聞こえた。

 大切な人(友人)を取るか、正義を取るか。

 それは、何度も突き付けられた問であった。

 

 単純であり難解、選択肢は自由を嘯きながら限定的、そして締め切りまで存在する。

 どちらを選ぶか、言い換えればどちらを切り捨てるか。

 守護者(エミヤ)であれば、その答えは決まっていた。

 ただ、間桐という危険と、聖杯戦争という危険のどちらを切り捨てるか、それだけだった。

 だが、衛宮であった者としての答えは、考えればわかるはずの答えが其処にあるのに、しかし掴めないものであった。

 

 此処でアーチャーが容認すれば、偽りの主従関係により魂喰いを命じる可能性は決して低くは無かった。

 しかし、この世界線におけるアーチャーは、護りたい人々を護れればそれで良かった。

 聖杯に願いを求める必要は無く、聖杯に呼び出されたことで願いの始まりは叶っていた。

 その続きを叶えるのは、彼自身に他ならない。

 

「その願いは、聖杯が無ければ叶えられないものなのか?

聖杯以外で認められる手段や、魔術以外で認められる手段は幾らでもある。

それが不可能だとは思えない。

何故なら間桐慎二は私のマスターで――――オレの友だから」

 

 至らぬ己でさえ守護者へと上り詰めた(堕ちきった)のだから。

 そう笑う弓兵へ絆されそうになった慎二は、敢えて己の罪状を告げる。

 

「僕は既にある男を贄とした。

その男が贄とした他人の命を己の物にした。

後戻りが出来るとでも?」

 

「出来る」

 

 己の罪状をひけらかす少年に、青年は断定した。

 

「僕は贄に、曲がりなりにも復讐を肩代わりしてやると誓ったわけだが、それを反故にするのはどうかと思うけど?」

 

「全てを賭して聖杯を望む者に聖杯を与えない。それだけで充分な復讐だと思うがね」

 

 

「はっ、甘いな。

ちっとも成長してないな未来の衛宮は。

それとも……いや、それは良い。

聖杯を与えないって言ってたけどさ。

それは、桜を助けたいって事か?

桜を使いたいって事か?

それとも、桜を救いたい(殺したい)って事?」

 

「愚問だ。間桐桜を今度こそ護る。

オレはその為に此処にいる」

 

 

 慎二はいつも友人に見せている小馬鹿にした笑顔を貼り付けていった。

 

「偽悪的で実際人に言えない事してきたのに、機械になったと自称しているのに、今になって結局は他者に善性を求めるなんて実に滑稽だ」

 

「その言葉、そのまま返すぞ」

 

 

 少年であった男と少年は笑い合ったが、結局これからどうするかの話は何一つ進んでは居ない。

 

「あー、そうだ。

桜を今度こそ救いたいんだったよな、未来の衛宮」

 

「あ、ああ…」

 

 未だ話すべき事はあるのに、もう一度同じ話を掘り返した慎二と、言葉の切れが悪いエミヤ。

 それは両者ともに、部屋の前の戸で聞き耳を立てている少女の存在に気が付いたからに他ならない。

 

 

「だそうだ、桜。お前の先輩は英霊に成り果てでもお前を救いたかったらしい。

女冥利に尽きるじゃ無いか? そう思うだろう」

 

 戸を開けて、その向こうにいた妹にわざとらしい悪意を貼り付けた顔を兄は貼り付けた。

 

「先…輩……」

 

「後は、二人で話をしているといい。

僕は爺さんと話すことがあるからね」

 

 部屋を出た慎二は、振り向いたイイ笑顔のまま己が出た戸を閉じた。

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