太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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招待状には祓邪の銀を添えて

 『余裕を持って優雅たれ』

 言わずと知れた遠坂家の家訓である。

 この言葉は如何にも貴族的。

 

 そう思えるだろう。

 一般的な日本人に限っての話という枕詞を付けるのならば。

 諸外国の上級階級からみれば、それは家訓にするほどの話では無い。

 

 余裕・優雅。

 この対局に位置するのは、忙殺・疲弊。

 

 『お忙しいところすみません』『どうもお疲れ様です』

 この言葉は、直訳として諸外国の上流階級へ伝えると、極めて失礼へと当たる。

 忙しそうに見える。疲れているように見える。

 日本であれば、そうなるまで全力で働いているとして美徳となる。

 しかし、外国では、今やっている仕事で全力を出している。

 即ち、今やっている仕事量が限界(・・・・・・・・・・・・)として認識され、更に上へは上がれなくなる。

 考えてみれば当然である。

 今居る立ち位置が限界の人間にそれ以上高みは目指せない。

 故に、余裕であり優雅であるのは敢えて言うべき程のことでは無い。

 

 結果も出せずに、努力という経過だけを見せても外国では切り捨てられる人材としか扱われない。

 それが管理者という人種である。

 

 だが、メルタトゥムは所謂管理者と純粋に呼ばれるものでは無い。

 どちらかと言えば、君臨者の立ち位置である事が大きい。

 普通の人間より優れた人間である人々は、自分達のような能力の無い人間が、自分達と同じように受益することを認めない。

 だがメルタトゥムにとっては、自分より隔絶して劣る別種の人間の優劣に目くじらを立てるものでは無い。

 家畜や機械(労働者)の僅かな性能差などどうでも良い。メルタトゥムはそれを使う使用者(管理者)ですらない。

 その成果物を貢がれるのを待つだけの存在故に、労働者や管理者の都合など、全て寛容を旨とする。

 現代で言えば、株主が最も近い立ち位置だろう。

 

 人に使われる平民でも無く、人を使う貴族でも無く、人を使わせた利益を享受する王族という人種。

 故に、気が付かない。

 故に、気にしない。

 労働者の気持ちも、経営者の気持ちも理解出来ない。

 彼らの心など、見る必要も知る必要も考える必要も無く、彼らの起こす行動の集合の和から、今後の結果の成り行きを期待したりしなかったりするだけなのだ。

 

 

 英雄王との一戦に満足しながらもその続きに飢える父親を横目で見ながら、常勝の英雄であった生前の全盛期の父を、そしてその父の隣に立って微笑んでいる母をメルタトゥムは幻視した。

 

「母上、もうすぐです。

もう暫く間だけお休み下さい。

私と…父上でお待ちしています」

 

 小さく、とても小さく声に出して王女は目を閉じて祈った。

 勝利は既定。

 太陽が落ちた夜に戦うのはハンデに過ぎない。

 何故なら父と己以外が勝利するなどありえはしない。

 対戦者達は己の下にひかれた長い深紅の絨毯の両脇で己達を賞賛する引き立て役に過ぎない。

 これは慢心ではあるが油断ではない。

 定められた運命である。

 彼女も彼女の父もそう信じて止まない。

 

 そんな彼女は、目を開けると己宛てに来た招待状を物憂げに眺める。

 

「招待状の添えが銃弾なんて、吸血鬼狩りみたいなのね」

 

 メルタトゥムは、真昼の無粋なエスコートを思い出していた。

 普段の彼女にとっては思い出すほどのことでも無かったが、気まぐれのようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、事業の関係で訪ねてきた代理人との面会の後だった。

 アクアマリンで出来た蒼い蝶のブローチを肩上にのせたメルタトゥムの首筋に一発の弾丸が飛来した。

 まさしく吸血鬼を殺す銀の弾丸の如く、その首筋に吸い込まれていく弾丸。

 その弾丸を、羽ばたいた宝石蝶が受け止めた。

 

 蝶は瞬く間に物理的・魔力的に切断されて結合され、元の機能を完全に停止した。

 

「無粋ね。昼は紳士的に、夜は猟奇的に。

これがこの戦争のルールだと思っていたけれど私の思い違いだったのかしら?」

 

 招待状を王女に渡すことを命じられたエスコーターは、あわよくば間桐が悍ましい手段を使う前に片を付けるつもりであったが、それを諦め本来の仕事をすることにした。

 蝶は地に落ちて、今は無防備な王女の首筋。

 しかし、もう一発弾丸を錬成するつもりは無かった。

 気が付けば先程撃ち果たした蝶と同じものが、狙撃者の周囲に羽ばたいていたからだ。

 

「物騒なのはお互い様では無いか?

まさか此方に気が付いた上で己を囮に罠を張っているとはとても静謐とは言えまい。

己を危険に晒し、一体の使い魔を犠牲にして後の先を取る、か。

それにしても自律した使い魔をこうも扱うとは流石だな」

 

「お褒めにお預かり光栄ですわね。…感謝しても良いのよ。暗殺者紛い相手の賞賛にも貴賤を付けないであげるのだから」

 

 メルタトゥムは膝を曲げて地に落ちた蝶を拾い手で包んだ。

 手を開くと、再び蝶は羽ばたいて主の肩に止まった。

 

「殺したと思ったが」

 

「ええ、死んだわ。

だから先程の子とこの子は別物。

けれど役割は変わらないわ」

 

 それは、個々の存在に人格(こころ)を求めない使う側の言い分だった。

 とはいえ、その被使用者を撃ち殺したアーチャーに何かを言う資格も無い。

 

 

「そうか。…本題に入ろう。

招待状だ。内容の説明は必要か?」

 

 

「結構よ。招待状に招待以外の意味があって?」

 

「ないな。…それと伝言だ。

『地獄が待っている』」

 

 

「死んだ貴方が使者で、招待客が生ける死者(わたしなら)、招待者も死者かしら。

楽しみね。いいわ、先程のことを父には秘密にしてあげる」

 

 

 後ろ髪を払いながら背を向けて去って行く一見無防備な太陽王の娘。

 弓兵はその背中越しに左胸に向けて銃を構えて、そしてそれを下ろして背を向けた後、己の居場所へと戻っていった。

 

 

 

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