有象無象の影。
それぞれが現代の格闘家に等しい戦闘力を持っている。
加えてその肉体は、サーヴァントの反存在。
通常攻撃は通用しない。
故にそれまでの葛木宗一郎は躱しやいなしに特化した動きを取っていた。
葛木宗一郎ほどの一流の武術家でさえ一筋縄ではいかない相手が数十体。否、それ以上。
だが、誰も不安そうにしているものはいない。
先程防戦でばかりいた葛木宗一郎もそうだった。
ただ一言、「わかっている」とキャスターに告げた。
これで漸く戦えるのだと、説明を受けずとも本能的に理解したのだ。
「では、葛木先生とシオンで合わせて一割。
残りは私達に」
メルタトゥムは平然と告げる。
神秘そのものである彼女にとっては、その肉体が敵に対して普通に通用する。
寧ろ神秘の濃さでは上回っている。
残りは、彼女の戦闘技能だけだった。
故に、問題は何も無い。
突き刺すような右足上段蹴りで顔面を揺さぶり、更に反った体制を更に後ろに崩して地面に着けた左手を起点にして左に身体を捻りながらのかかとでの蹴り上げでアゴを打ち抜いて跳ね上げる。
そしてその体制のまま軽く跳躍してのかかと落とし。
頭に落とした足を肩の所に下ろし、もう片方の足を首を挟んで反対側に突き入れて、両足を閉めると同時に身体を丸める勢いを利用しての投げつつ追い打ちの空中蹴り。
これで一体が消滅した。
そのまま隣の影にビンタ。
硬直した相手に容赦の無い回し蹴りを胴と足に対して二連撃。
相手に向けて背中を晒した状態となり、そこに影にも反撃のチャンスはあったが、振り返りながら行われたかかと落とし。
それも鋭く流動する魔力を纏った足で、180度開脚して地面に付くほどの勢いで行われたそれは影を真っ二つに両断した。
開脚座をした無防備な状態のメルタトゥムの頭部へ、また別の影が蹴りを放つが、開脚したまま身体を横に倒したメルタトゥムは両手を地面に付けると、開脚したまま逆立ちした状態になり、回転して相手の蹴りを蹴りでいなした。
そのまま足を閉じると、再び相手の首を挟むような状態となり、先程同様に投げ飛ばしながら最後の瞬間に足を締めながらひねると、先程と同じように影は消滅した。
別の影の攻撃を腰を落として膝を付きながら回転して軸をずらすように躱し、その勢いのままローキック。
倒れ込んで来た相手にハイキックで体制を押し返したところでその身体を掴んで膝を押し付けながら、反対側の地面に叩き付ける。
大地によって大きくバウンドした相手をハイキックで跳ね上げ、更に前に前転のように飛び込んで逆立ちするように両足で更に蹴り上げて、逆立していた足が地面に着くやいなや跳躍し、三度の回し蹴り。
そして大地に向かって投げ飛ばす空中巴投げにより、メルタトゥムより少しだけ早く地面に辿り着いた影の頭部を踏み付けて消滅させた。
更に別の影へは鋭い肘打ちから裏拳が入り、そのまま影の首の後ろに両手を回し、胸元に抱きしめるようにして密着状態からの膝蹴り。
そこから垂直に近い上段蹴りがアゴに入った直後、ムーンサルト。
二度同じ位置に蹴りを受けたアゴは完全に崩壊するが、そこに更にムーンサルトが刺さり、またしても影は消滅した。
王女は止まらない。
すり抜ける様に相手の手刀を躱すと、後ろに姿勢を低くして回り込み、頭部に向かって蹴り上げる。
首から上が砕けて跳ね飛んだ相手に合わせて、自身も跳躍すると宙で相手を捉え、地面に向かって巴投げの要領で影を叩き付けるように投げ飛ばした。
その反動で自身も再び滞空し、地面にバウンドして跳ね上がった相手を、再び大地に向かって巴投げで叩き付けた。
今度は空中へは跳ね上がらず、手刀を交差するようにして敵を切り落とす。
影の見事な手刀の後でさえ惚れ惚れする技のキレであった。
「良い準備運動になったわ」
これまでの動きはあくまでも慣らしに過ぎないと言い放ったメルタトゥムは、それを証明するかのように、更にキレが良くアクロバティックになった動きに加え、魔術を行使し始めた。
そんな彼女へ、実験後期型と思われる影の濃い個体が数体近付いていったが、彼らは所詮供物に過ぎなかった。
右左のワンツーパンチから後ろ側から振り抜いて上を通り、回しかかと落としに近い軌道での蹴りで相手を地面に沈めると、相手の直ぐ手前の地面を鋭く拳で打ち抜いた。
地面と拳が触れた瞬間、地面は斜め上へと吹き出す砂となり、影ごと宙へと打ち上げた。
「ここですか」
吹き上げられた影。
しかしその真下から突如細長く聳える砂嵐が発生して、影を取り込んだ。
触れる砂は影を削り裂くと共に、その生命力を吸っていく。
メルタトゥムが伸ばした掌を上に向けて、招くように閉じると、影を閉じ込めた砂嵐はメルタトゥムの前まで接近してきた。
「では、お別れよ」
王女は惑う事無くその砂嵐の中に手刀を繰り出した。
砂嵐が霧散すると共に、影は粉々になった。
その粉へと、王女が地面の砂を蹴りかけると鋭い錐となり、粉さえも駆逐した。
メルタトゥムは更に自身の分身を三つ作り出し、別の影を囲むと寸分違わぬ動きで一切のズレなく攻撃のラッシュを始めた。
同時に対向方向から攻撃を受けた影は、衝撃を逃がすことが出来ず、潰れるように砕けて消えた。
背後から襲いかかって来た影は、王女の背後の地面から鋭く伸び上がった砂の牙に串刺しにされて消えた。
王女は振り返りもしなかった。
思わず、葛木はメルタトゥムに問う。
「…人間なのか」
「いえ、王族です」
「…そうか」
教師からしても成績の良い生徒ではあったが、今回のは質問の応えとしては不適当であった。
更に言うと紀元前から存在する吸血種のマミーであり、吸血種でありながら太陽に極めて耐性が高い永遠の独身シンデレラである。
そもそも葛木宗一郎も、若干人間を辞めた動きをしているのだが、此処にツッコミを入れる者がいない。
シオンからすれば、メルタトゥムも葛木宗一郎も格闘ゲームの住人だし、メディアに至っては弾幕シューティングゲームをそれに足した感まである。
とはいえ、シオンも一般人から見ればどちらかというと十分そちら側の人間である。
瞬く間に人数を減らした影たち。
その内何体かが共食いを初めて、残った個体の色が濃くなり始めた。
夜の闇の中で尚暗い影。
それまでの薄ぼやけた影とは違い、明らかな漆黒がそこにあった。
濃い十体の影は、先程とは見間違うばかりの速度で襲いかかってきた。
反応の遅れたキャスターを保護するように、縦回転の回し蹴りを放ちながら前へと躍り出たメルタトゥム。
しかし、別の個体の突きが刺さったのか、手首からは血が少し垂れていた。
動かないコルキスの姫に対し、エジプトの姫は「気にしないでいいわ」とだけ告げた。
その血が地に落ちた瞬間、大地から巨大な砂のムカデが現れて影へと襲いかかった。
メルタトゥムは吸血種であり、その血は強力な防具であり武具である。
意図されている流血はデメリットでは無く行動の手段に過ぎない。
メルタトゥムが立つだけで砂化した地面を蹴り上げると、砂が下から伸びる刃のように伸び上がった。
そのまま跳躍したメルタトゥムは肩のブローチとしてとまった蝶を外して自身の出血部位に付けると、蝶は元よりそうであったかのように瞬く間に巨大化した。
蝶により空を舞うメルタトゥムが隣を見ると同じ高さに、これもまた蝶のように空に浮かぶ者がいる。
「終わらせましょうか」
「ええ、前夜祭当日は量より質だと良いわね」
空に浮かぶキャスターに同意したメルタトゥムは二重圧縮術式を解凍する。
「死になさい――――――
「
光杖が降り注ぎ視界が光に埋め尽くされる。
光が晴れた後、大地に残された影はいなかった。