太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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怪物王女と『へびがみ』

 女の子には誰にだってお姫様(幸せ)になる権利があるんだから――――――

 

 いつの日かに聞いた母の言葉を思い出した。

 

「…嘘ばっかり」

 

 

 現にこうして、己は穢れ堕ち、幸せになれると言った母の末路も良いものでは無かった。

 全ての女の子が幸せになれるのなんて嘘。

 幸せになれる女の子だけが幸せになれる。

 当たり前だけど夢なんて欠片も無い事実。

 

 

 誰も、お伽噺のお姫様になんかにはなれない。

 

 それなら逆に不公平じゃ無い。

 誰もが権利があるのに私にだけその権利が無いのなら許せない不幸かも知れない。

 けれど、それが否定されるなら、不平等ではあっても不公平では無い。

 

 

 だから私は、物語のお姫様なんて虚構だと否定していた。

 ハッピーエンドを確約された存在などいないと理解した。

 虚構をうらやんでも仕方の無いことだと思い込むことにした。

 

 

 

 だけど、本物のお姫様がいた。

 本物の、お伽噺のお姫様がいた。

 

 

 私の全てを――――――否定された気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 †▽□▽†

   ▽

 

 

 

 影人達を駆逐した柳洞寺に佇む者達を、突如凄まじい振動が周囲を襲った。

 

「地震かしら? 日本には多いそうね」

 

「この状況で本気でそう言っているなら笑えないわ」

 

 冗談よ。

 呆れた振りをしていたメディアに対し、ふざけた振りをしていたメルタトゥムはそう答えた。

 

 

 幸せな少女は不幸に穢れて女になる。

 メディアもかつてはそうあり、そして現世に舞い戻って今度こそ再び幸せを見付けた。

 しかし、そうあれずに終わった者も多い。

 

 

 地上に、新たな影が姿を現した。

 

 不幸に落ちたまま、その不幸のまま命を落として挽回の機会も無い者。

 不幸な者同士で傷を舐め合う愚か者。

 愚かに過ぎるほど愛の深い者。

 本来は召喚者と同じ髪の色を持ち、似つかわしく縁のある者。

 自己を否定する者。

 実験の最新の失敗作(廃棄物)

 ――地震が収まったときに、それ(・・)はそこにいた。

 先程のどの影人よりも深い黒で構築されたそれ(・・)は、それまでの無個性な影人形とは違い、明白な個性を姿に滲ませていた。

 

「…サーヴァント。これが実験の目的、ということかしら」

 

「いえ、所々崩壊が始まっています。

明日の前夜祭にはこれの完成品で彩られることは想像に難くありません」

 

 

 メディアの言にシオンはそう答える。

 その表情は決して明るいものでは無い。

 

 一方、輝くような表情を向ける者もいた。

 

「良いわ。実に私達に相応しい晩餐よ。

太陽神の天敵(蛇神アポピス)を打ち倒せば、我が両親(太陽)は再び昇る。

蛇髪の女を試食品の最後に宛がうなんて、実に趣向が素敵ね」

 

 何処までも他者を自分達の為に存在していると憚らない王女にとって、メドゥーサは打ち倒されてハッピーエンドに至る為の手段にしか写っていなかった。

 それは、メドゥーサには己の栄光の為に首を刎ねに来た英雄を思い起こさせた。

 お姫様がハッピーエンドを掴む為に打ち倒される魔女。

 英雄がハッピーエンドを掴む為に打ち倒される怪物。

 どちらも、メドゥーサの死を手段としてしか認知していなかった。

 メドゥーサには、そんなお姫様が許せなかった。

 

「A"A"A"A"A"A"a"a"a"a"」

 

 声すらまともに発せ無い。

 不完全な虚構の身体。

 不完全な身体が動くだけで崩壊していくことも恐れずに、メドゥーサは他の何にも目をくれずに王女へと襲いかかった。

 

「許すわ。蹂躙なさい」

 

 

 メルタトゥムは胸元のペンダントを外すと、それを前へと放り投げた。

 それは、彼女が身に付けていた宝飾具。

 それは、生前から身に付けていたもの。

 それは、ペットのスカラベの死骸を魔術で宝石に置換したもの。

 それは、思い出の品。

 それは、彼女の母が褒めてくれたもの。

 それは、巨大にして強大な彼女の為だけの戦士へと変わるもの。

 

 

 放り投げられたペンダントは、その放物線上の頂上に達したとき、本来の姿へと戻った。

 それは何処までも巨大な黄金のスカラベ。

 全身が鏡面の様に輝くそれは、魔眼の持ち主であるメドゥーサの天敵でもあった。

 

 

 

 相手が悪かったとしか言いようが無い。

 本来のサーヴァントよりも遙かに性能が劣る、サーヴァントの形を取れた第一号でしか無い失敗作と、魔眼の効かない王女の切り札。

 王女の言葉通りにスカラベは蛇女の手足をもぎ、ヘビの様な姿にした後それを踏み潰した。

 目的を果たした戦士は、再び仮初めの姿へと身を戻した。

 

 首から下が潰され、残された頭部も上から溶けるように消えていくメドゥーサは、己を倒した相手――ペンダントを拾い首に付け直している王女に、この時代では一度目の遺言を残した。

 

「次の私を楽しみにしていなさい」

 

 

「ええ、きっと父も喜ぶと思うわ」

 

 既に溶けて消えた呪詛に満ちた瞳を幻視しながら、スカラベのペンダントを付けた王女はその布告を受託した。

 

 

 

 

 

 

 

 大義名分を持つ分だけ、正義は時として悪よりも残酷だ。

 それは強すぎる太陽の輝きがもたらす乾きに似ている。

 怪物よりも遙かに残酷な仕打ちをしておきながら、決して見るものには王女は怪物とは認識出来ない。

 ハッピーエンドが約束された存在は、何をしても正義の側にある。

 それは幾多の神話で、太陽の属性を持つ者が正義の側にあることと似ている。

 明らかな太陽(正義)の系譜である以上、物語のお姫様である以上、どれだけ苛烈で残酷でも、王女が蛇の女のように悪へと墜とされることは無い。

 太陽であることを、お姫様である事を辞めない限り、メルタトゥムを見る者、聞く者、知る者は須く彼女を正義の側だと認識する。

 何故なら、ハッピーエンドは正義の為だけ(・・)のご都合主義であり、怪物や魔女の想いや過去など省みることさえないのだから。

 シンデレラを愛する者が正当で、継母達に同情する者は異端。

 

 メディアは、その事を少しだけ恐ろしく感じた。

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