「我が娘メルタトゥムよ、このピラミッドは素晴らしいな。温水シャワーや戦車やテレビまであるピラミッドはそうそうないぞ。
形がダサいことを除けば、良く出来ている。
入り口に我が妻ネフェルタリの像と説明書きが置いてあるのも非常に素晴らしいっ!!」
機嫌が良さそうなオジマンディアス。
今の彼の姿はTHE・シャワーあがりと言ったような姿で、未だ湯気の昇る身体を冷やす為に、上半身は裸にジャケットを羽織ったままという割と年頃の娘の前とは考えられないようなデリカシーの無い姿である。
尚、この服装はシャワーあがりだけで無く、割と普段からそんなスタイルな事と、娘もまるで気にしていないので問題は特にない。
何故なら娘も普段から割と際どい服装をしているからである。オジマンディアスは自分を棚に上げて娘のそういう所を少し心配していた。
彼の娘は父親の言葉に対して、優雅を売りにしている遠坂家以上の優雅さで「ええ、そうですわね」と答えた。
父親とは違い、少しだけ機嫌は悪そうだった。
因みに、オジマンディアスが言っているピラミッドとは、ピラミッドホテル・冬木のことである。
そして彼女は父親に形がダサいと言われたホテルの持ち主である。
しかし、父親は不機嫌な娘の様子に気が付かず、小粋なジョークを飛ばし始めた。
「メルタトゥムよ、ピラミッドは死んでから入るものなのに、ピラミッドで
「…お言葉ですが父上。私も父上も既に一度は死んでおります。ピラミッドで寝起きする資格は充分かと」
「ああっ、そうであったな。余としたことが失念していた。許せ」
うっかりうっかりと自分で言いながら自分で受けている父親の親父ギャグに極めて冷静にツッコミを入れる娘。
両者の対応の温度差が良く解る光景である。
メルタトゥムの言うとおり、片や
どちらもピラミッドに入っていても全然おかしくない存在である。
「それにしても、このようなピラミッドは余のモノの中でも一際珍しい」
メルタトゥムはまた少し、イラッとした。
一応父への敬意はそれなりにあるが、譲れないものはそれなりにあるのだ。
例えば母上とか母上とか母上とか、その他諸々とか。
今度、日焼け止めのCMにでも出演してやろうか程度には腹を立てていた。
「………お言葉ですが、これは父上のピラミッドではありません」
「これはおかしな事を言うな。この地にあるピラミッドで余のモノで無いものがあるはず無いだろう」
認識の相違は深い。最高のファラオ故に全てのピラミッドの所有権を主張する父親と、自分のピラミッドは自分のモノだと告げる娘。
どちらにも自分の言い分はあった。
だから、娘は先に切り込んだ。
「――母上が死の眠りから目覚められたときに、娘のピラミッドを取り上げる悪いお父さんだと報告しておきます」
「……何故だかわからないが、ネフェルタリは怒るような気がする」
そこが何故だかわかって貰えないところが父の大王らしいところであり、迷惑なところなのだとメルタトゥムは思った。
一方、オジマンディアスは久し振りに『父上』ではなく、幼いときのように『お父さん』と言われたことに少し手応えを感じていた。
いっそのこと、『パパ』と呼んで貰うのも割と
大正解である。
「とにかく、私のピラミッドは全て私のモノです。
宜しいですね? 父上」
「まあ、許そう」
割とスケールが大きいのか小さいのかわからない親子喧嘩が始まりかけて、始まらずに終わった。
オジマンディアスは割と心配していることがある。
愛の形は人それぞれであるが、娘のそれは少々非生産的であると。
主に、オジマンディアスとネフェルタリの間に割って入って邪魔をするという意味で。
例え娘の相手が同性であろうと血縁であったとしても、ちゃんとした相手であれば応援するつもりである。…但し、相手がネフェルタリでなければ。
何処かに良い
…尚、相手を女性と決めてしまっている辺り、割と諦めてしまっている部分はある。
この親子は、父は娘に愛情をもって接し、娘は父親に敬意をもって接しているが、そこまで仲が良さそうには見えない。
それの大きな原因は、生前互いを最大の恋敵と競い続けてきたところが大きい。
「妹が泣いているから、お姉ちゃんは相手をしてあげたらどうだ?」などといい、メルタトゥムの動きを封じている間に妻に逢いに行く父親。
「大臣が仕事が溜まっているから早く父上に面会したいと言っていたので、連れて参りました。勿論書類と机は用意させております」と仕事を押し付けている間に母に逢いに行く娘。
端から見れば、どっちもどっちである。
ネフェルタリが死ぬまでその調子であった故に、世間一般の仲良し親子のようにはいかなかったのは、仕方がないことなのかも知れない。
寧ろ聖杯戦争が終わった後にこそ、ネフェルタリを巡る戦争があるのだと彼らは確信している。
無論、命を奪い合うような戦争では無く、ネフェルタリの愛を奪い合う戦争だ。
だが、聖杯戦争よりも遙かに価値がある戦争だと彼らは確信しているようだ。
この二人がオジマンディアスとメルタトゥムで無ければ人は捕らぬ狸のなんとやらと笑うのであろうが、この二人だからこそ己達の勝利を確信していた。
慢心するだけの理由は十分にあったのであるから、当然のことだった。
「ところでメルタトゥムよ」
「…何でしょうか父上」
オジマンディアスはそれでも何だかんだで可愛い妻に似た娘の為に、弾みそうな話題を探してみることにした。
「『父の日』というものを知っているか?」
「『母の日』なら良く存じております。エジプトには『父の日』は無いでしょう?」
少し機嫌が悪そうな娘は拗ねてしまっているようだった。
余程ピラミッドの所有権を勝手に取ろうとしたことに腹立てたのだろう。
だが、メルタトゥムは基本他者に対して拗ねることは無い。基本的に余裕ある優雅な対応で相手を翻弄する。
ある意味、この時のメルタトゥムの対応は父親が相手だからこその甘えと言っても良かった。
勿論、メルタトゥムはエジプトを含むアラブ地域以外の国では『父の日』が普通にあることを知っている。
だが、敢えて
この時の彼女の顔は澄ました表情で、見ただけでは拗ねているとはわからない。
わかる人物がいるとすれば、ネフェルタリとその子供達と、オジマンディアスを除いて他にはいない。
不敬ではあるが、間違いでは無い小賢しげな物言いで数千年続く娘の反抗期に、オジマンディアスは若干の面倒臭さと、可愛らしさを感じていた。