太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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セトの花嫁

 ホテルに戻ったばかりのメルタトゥム。

 まだ太陽が輝く時間だというのに、不敬にも太陽の娘に襲いかかる者がいた。

 

「全く、…またかしら?

…もしかして、昼間に襲撃することがご趣味なの?」

 

 

 たった今、射出された剣によって貫かれた砂で作った虚像を眺めながら、王女は呆れたように言った。

 

「さあ? 姿を消して虚像と並列して移動するなんて警戒の仕方をしておいて、想定外のような顔をされても困る」

 

 

 赤き弓兵の皮肉に、王女は態度を変えることは無い。

 その程度で取り乱すようなら、彼女は生前ですらもっと早く死んでいた。

 彼女は他者の感情を自在に振り回すことはあっても、他者にその感情を振り回されることは彼女の母以外においては生前では無かった。

 ここ数年で、遠坂凛がそのカテゴリーに加わったようだが。

 

 

 

 多神教であるエジプト神話には、様々な神がいる。

 その中には不当に貶められた神々も多くいる。

 

 例えばミン神は快楽と子孫繁栄の神であり、常に勃起した姿で壁画にも描かれている。

 ミンの様な男。

 これは常に頭の中が快楽を求めることで一杯になっている男のことである。

 

 アトゥムという最高神は自慰を司る神でもあり、真の意味で彼の妻は彼の右手あり、彼の愛人は左手である。

 元々は、(配偶者)のいない全て始まりの存在を意味し、自己完結による生殖からなる逸話であったが、時代を下り、くだらない冗談にも使われるようになった。

 それが、どのような冗談かは言うまでも無い。

 

 

 そして、最高神級の神でありながら、不当に貶められた神の中で、最も有名なのはセト神である。

 戦争と闘争の神であり、オシリスと並ぶ至高に近い神である。

 しかし、民衆には戦争は人気があるものでは無く、次第に平和と豊穣の神であるオシリスへと民衆の信仰は移った。

 戦争の価値を民衆は認めはしない。

 それがどれだけ美しく気高く生命の本質に近いものであろうと、国家にとって必要であろうと、民衆にとってそれは恐ろしい災いに過ぎない。

 時代を下るにつれて、その民衆を纏める立場にある貴族達も、人気取りの為か次第にセトの信仰を疎かにしていった。

 

 しかし、第十九王朝であるセトの化身を名乗るセティ一世の時代に復権が為される。

 そしてメルタトゥムはその孫であり、母譲りの美しさと聡明さから祖父に溺愛されたメルタトゥムは、父と祖父の威光もあって、そして何より本人の性癖によって男が寄りつかなかったが、民衆の多くはそれを信仰に己を捧げた巫女としての責務だと評価した。

 

 セト神に己を捧げた無垢なる姫。

 民衆は彼女をこう呼んだ。

 ――――――――セトの花嫁、と。

 

 

 

 

「澄んだ空を舞う鷺よ彼の者を記せ。乾いた地を走る犬よ彼の者を測れ。死の海に潜む鰐よ彼の者を裁け。

我は戦神の膝元で賛美歌を歌う者。我は闘争を夫に迎える者。我はセトの花嫁なり――――」

 

 それは古代において己に捧げられた信仰の役割を、時代を越えて現代に再現する魔術(祝詞)

 戦闘において人類の上位存在と言えるサーヴァントに、戦闘者では無いお姫様が肉薄する為の秘術。

 

 仕える相手であり、巫女にとって宗教上の夫であるセトの力を行使する大魔術。

 これをもって、姫君は闘争の位階をガラスの靴で駆け上がる。

 これは、王子様を迎えに行くお姫様の物語を謳った賛美歌。

 王子様がいないのなら、己が王子様になれば良い。

 そんなヒロインをヒーローに成り代わらせる邪法。

 一度目の死を迎える前のエジプトで、メルタトゥムが時折披露していた男装の麗人とも言える姿へと変わる。

 それはエジプトの婦女子を熱狂させた巫女、セトの花嫁の姿。

 

 魔術が切れるのは、意図して解除したときか、魔術を掛けた本人が死んだときか、12時の針が重なる(今日が昨日になる)瞬間。

 もう一つ上の最終形態を除けば、直接的な戦闘力を底上げすることが出来る、単体戦闘では最もシンプルに勝利へと近づける手段。

 最終形態は、世界の概念と密接に結びついている為に、リスクが大きすぎて取り得る手段では無い。

 何より、ここはホテルピラミッド冬木。

 

 彼女が絶対と信じる勝利の象徴()がいる。

 その存在がここに着くまでに、時間を稼ぐだけで良い。

 

「貴方にとっての十二時の鐘は、それほど先の話ではありません。

それまでは、ダンスのお相手を務めさせて頂きましょう」

 

 深夜の鐘の前のシンデレラにダンスを申し込む王子様のように、メルタトゥムは礼を取った。

 対するエミヤも、相手の本拠地に入り込んで虎が出てくる前に、全てを終わらせることが正解だと理解していた。

 お得意の皮肉を返すことも無く、彼は己の進んだ道筋を詠唱した。

 

体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

血潮は鉄で、心は硝子(Steel is my body, and fire is my blood)

幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades)

ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death)

ただの一度も理解されない (Nor known to Life)

彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons)

故に、その生涯に意味はなく(Yet, those hands will never hold anything)

その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS)

 

 世界が変わる。

 比喩では無く文字通りに。

 現実でも無く、お伽噺話の世界でも無く、ただ一人の男の生涯を投影した世界へと変質する。

 

「僕とエミヤがお前を倒す」

 

 己のサーヴァントに変わって、慎二が高らかに宣言する。

 マスターとして、メルタトゥムの敵として、明確に名乗りを上げた。

 

「この閉じた世界には少々夢と希望と角砂糖が足りないようですね。

焼け落ちた空と乾いた荒野。夢見る女の子には残酷な世界。

まあ良いでしょう。

…改めて、お二人のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか」

 

「今更だな。必要性を感じない」

 

 アーチャーは、下らなさそうに姫の嘆願を切って捨てた。

 

 

「必要性はあるわ。

――――だって、お弔いの時に必要になるでしょう?」

 

 己の中で興味の段階を一段階上げた王女は、しかしそれでも倒されて然るべき障害として以上には修正しない。

 彼女の中では、シオン(Q)ギルガメッシュ(J)、そして遠坂凛ほどには大切な敵では無かった。

 それでも、敵として十分に敬意を持ち得る対象だとは認識していた。

 戦闘力としての意味では無く、本質的な存在自体の意味において。

 

 勿論、相手に対しては仮初めとはいえ一定以上の敬意を以て振る舞うようにメルタトゥムはしている。

 それが上から目線でこそあるが、相手を相手として認識しての上から目線である。

 しかし、それは彼女の身体に染みついた処世術に過ぎない。

 手段に過ぎない。

 そう、メルタトゥム個人としての興味の対象では無いのだ。

 

 ギルガメッシュやズェピアと同じ、スポンサーや脚本家やプロデューサーを気取りながら現世で活動している。

 対等な顧客同士、商売敵同士ではない。

 君臨者としての在り方。

 兵士では無く王としての在り方。

 それが自然である故に、相手にお褒めの言葉を与えてやる以外の関わり方を基本として取らない。

 

 その特例が唯一許されるのは、一定以上の敵となりうること。

 それは、遠坂凛が通り、シオン・エルトナム・アトラシアが続いた道。

 彼女にとって、親族以外で大切な者になり得る者は、舞踏会で勝利を約束された物語のお姫様に挑む悪役令嬢。

 逆の視線で見れば、それは即ち圧倒的に有利な貴族令嬢に挑む、灰被りの小間使いとも言える。

 貴族令嬢しかいない舞踏会に挑むのがシンデレラの筋なら、お姫様だけが佇む舞踏会に挑む悪役令嬢もまた、もう一人のシンデレラ。

 シンデレラに挑むシンデレラ。

 それが、メルタトゥムが求める理想の少女像。

 何処までも傲慢な優しき温情。

 

 それ以外の存在については、無償の愛以外は授けられない。

 無償の愛も有償の愛も、祝福には違いないが、やはり己の身を切る様な有償の愛の方が、思い入れが深くなるのは仕方の無いことだ。

 

 王女は多くの者に一人一人を個人として扱うように振る舞うが、それは行動だけに過ぎない。

 無償の愛と寛容を振りまく対象に、メルタトゥム個人として一人の人間と認識を、深層でされるものはそうはいない。

 とはいえ慎二はここに来て、真の意味で初めて王女に個人として認識された。

 有象無象の敵から、個別に認識するに相応しい敵へと。

 (サーヴァント)に振り回される御者(マスター)から、(サーヴァント)の手綱を握りしめた御者(マスター)へと。

 

 

 

「弔われるのは君の方では無いか?」

 

 幾多の剣を王女に向けて構えた英霊エミヤはそう呟くが、王女はまさかと首を振ってそれを否定する。

 

「私を殺せるのは二人だけ。

私が愛する(ひと)と、私が恋する(ひと)だけよ」

 

 王女が向けるは一本のレイピア。

 正当なプリンセスストーリーから外れた、姫騎士や男装の麗人の物語。

 己を護る為に身に付けた棘で、摘み取られるだけの姫君という華が抵抗する物語。

 それらを己の神官時代、世界で初めての姫騎士の物語と組み合わせて己に着せる。

 それがメルタトゥムの此度の魔術。

 

 長い髪を後ろでリボンを使って縛り、涼やかな風に靡かせるその様は、婦女子達を歓喜の絶叫に陥れるのもおかしくも無いほどに麗しかった。

 

 

 彼女に対し、幾つもの魔剣宝剣の軍勢が矛先を構える。

 中には鬼をきった刀や、竜をきった剣、空想上の刃まであった。

 

「…剣の王様がお相手という訳ね。

貴方の蔵庫には私を切れるものはあるかしら」

 

「――――まさか無いとは思っていないだろう?

毒蛇・姫斬り。知らぬだろうが、どれもそれなりの業物だぞ」

 

 その(つるぎ)は源家に由来する故あるもの。

 優雅に挑発する王女に対し、何本も同一の(・・・)刀を大地に突き刺した状態でエミヤは投影した。

 

「令呪を以て命ずる。

エミヤ、最高にカッコいいところ見せてくれよ」

 

 そして更に令呪によるブーストがかかる。

 

「やれやれ、これでは気張らざるを得ない」

 

 英霊エミヤは、生前からの悪友の声援に苦笑を以て応えた。

 王女もそれを微笑ましく見つめる。

 

 王女はエミヤが宝具と思われる刀を幾つも投影したことに驚きも見せず、己の私兵である軍勢を呼び出していた。

 赤き弓兵と姫騎士は同時に開戦を告げる。

 

「やりなさい」「いけ」

 

 蟲と名刀が弾け合い、ミイラと宝剣が砕き合い、スフィンクスと魔剣が交錯し、砂と聖剣が衝突する。

 それは王女の父親と、もう一人の黄金との戦いに似ていた。

 勿論、スケールはまるで違うが、共に軍勢同士の戦いであり、支配者の戦い方の様であった。

 蝶の様に蠱惑し、蜂のように支配する。

 地に堕ちるは何れの骸かでは無く、何れの国か。

 

 

 …だからだろうか、メルタトゥムは英霊エミヤの本質を見誤っていた。

 そこには慢心があったのかも知れない。

 勿論、これまでに二度も暗殺を行ってきたような相手であるから、彼女なりの警戒はあった。

 しかし、その上をエミヤは超えた。

 

 

 投げ抜かれた中国刀が、メルタトゥムの後ろから引き帰るように帰ってきた。

 回転するその刀の柄をさらりと姫騎士は躱し、大地の砂を滑らせながら高速で迫っての反撃に向かったが、飛来してくる魔術師の杖にして戦士の刀、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)は一つでは無かった。

 四対五対六対――――少なくともその刀は十対は超えていた。

 

 しかし、それでも鮮やかさに特化した形態の王女には、目で追える速度。

 それら全てを蜂のように躱し、蝶のように迫ってくる。

 

 それでも尚、エミヤには余裕が崩れる様子も無い。 

 それは刀に刻み込まれた魔術故に。

 

 複雑な軌道を描く刀の軌跡を全て静止画に収めれば、その目的は理解出来たであろう。

 それは衛宮の魔術。

 義父の亡霊が、コンテンダー(起源弾)と共に、衛宮最後の魔術使いに継がせたもの。

 それは――――――

 

 

「あら、刀の動きが加速――――いえ、私が遅くなったのね」

 

「そうだ。だがもう遅い(・・)――――固有時制御・二重停滞」

 

 

 刀が飛来した軌跡で描く魔方陣。

 その中心にいた王女の時間だけが急激に遅くなった。

 しかし、その上で尚王女は飛来する刀を避けながら、エミヤの攻撃を排除するべく指示を出す。

 

 だが、それすらも実はエミヤにとっての切り札では無い。

 

 

「お前の敗因がわかるか?」

 

「さあ、それを考える必要は無いわ。何故なら――――」

 

 

「そうか、では反省会は冥府でしろ――――――慎二」

 

「ああ、わかってる」

 

 

 剣と砂漠の魔が争う世界で、銃声が鳴り響いた。

 引き金を引いたのは間桐慎二。

 銃を与えたのはエミヤ。

 そしてその標的はメルタトゥム王女。

 

「言っただろう?

『僕とエミヤがお前を倒す』って」

 

 腕を打ち抜かれた王女は肩から切り離して、腕であったものを砂へと換え、そして再構成する。

 そこに更に銃弾が放たれて、反対側の腕も打ち抜かれる。

 最初に撃たれた腕は、未だ再生しきってもいない。

 魔術的再生機構の一部が崩壊したまま結合させられており、そこを再度分解して、再結合させる必要があるからだ。

 そこに、姫を斬る曰く付きの業物が飛来して、王女の身体に突き刺さる。

 

「…見事よ。おめでとう。

貴方達は、実によくやったわ。

賞賛しましょう。本当におめでとう」

 

 撃ち抜かれ、突き刺された王女は、己相手にここまでよくやったと、心からの賞賛を送る。

 頭に向けて銃口を向けられて尚、その余裕は崩れない。

 その理由は、彼女を支えるように、後ろに表れた者に由来する。

 

 

「――――でも、残念ね。

それと、先程言いかけたこと、もう言わなくても良いでしょうけど、お伝えするわ。

考える必要は無い。何故なら――――私の父上のお出ましよ。頭が高いのでは無くて?」

 

 

 メルタトゥムが絶対的に勝利と信じる太陽王が、閉じた世界を壊すように現れた。

 

 

「父上。彼らは実に立派に戦ってくれました。

ですから、勇士として立派に殺してあげてください」

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