蟲の老人と虚影の劇団長が率いるは、世界中の神話や伝説で語られるような輝きを呑み込む逸話を持つ闇の側の存在達。
いずれも完成品とは言いがたい。
しかし、以前王女達に駆逐された者達よりは、遙かにその完成度を高めてきている。
雑兵扱いにいたる者でも、以前の軍団の最後を飾ったメドューサを超える。
とはいえ、それでも本来の英雄の側面を写し出したサーヴァントの、更にその側面程度の強さでしか無い。
しかし、それであっても七体もいれば、並のサーヴァント一体とは同等以上には戦える。
そしてその数は、現段階で確認出来るだけでも五十を超える。
通常であれば七騎全てのサーヴァントを揃えても打ち破れない戦力。
これらが本来の聖杯戦争でサーヴァントだとするのなら、明らかに聖杯のキャパシティを超えたサーヴァントの吐き出し。
それらの軍勢が一人の舞台監督によって纏められる。
一騎のサーヴァント如きでは、常識的に考えれば対抗手段すら存在しない。
鏖殺は一瞬にして完了する。
そう、これは通常のサーヴァントが相手である場合。
太陽の親子の前に、その常識は当てはまらない。
非常識の塊である魔術の世界で、非常識とされるサーヴァントの強さの中でさえ非常識。
魔力量だけならばキャスター以外のサーヴァントと勝負が出来て、その出力も限定下という前提の元であれば匹敵する世界に愛された理想の姫。
その娘の血の源流であり、魔力の伝達効率まで極めて相性が良い上に、そもそものスペックが規格外な太陽王。
好戦的な二人の眼差しはよく似ていて、改めて親子だと誰もが認識するだろう。
太陽王の宝具の一部と化したホテルピラミッド冬木の付属物である、王の名を冠した戦車群が一斉に射撃を開始する。
その威力は本来の砲撃威力の比では無く、何よりもサーヴァントに通用する。
太陽の覇気によるコーティングが浸透したことにより、影の亡霊達を引き倒して掻き消すだけの威力を得た。
逆にサーヴァントからの攻撃は、娘が付加した黄金の流砂装甲壁により、その内部へダメージを与える事も無い。
マキリを蹂躙する戦車達を、間桐家強襲作戦で殉職した兵士達が見たら、胸のすく思いだったであろう。
「太陽が昇ったというのに、夜の闇の分際でいつまでもそこにあるのが悪い」
「ええ。私と父上と、今に続くエジプトの民が築き上げた力に挑むことが、敗北の原因だと知るには少々遅すぎたようですね」
有象無象の大衆達が、たった一人の
多数の結束は、ただ一人の強者によって踏みにじられる。
多数の個人意思は、ただ一人の圧制によって叩き潰される。
存在価値の圧倒的格差。
まさに王政復古の大号令。
近代において、一人の権力者よりも大勢の意思を尊重する様に変化していった常識は、この時この場所に置いては基盤ごと破壊された。
閉じた手を優しく開いた王女の手からは、翡翠の蝶が無尽蔵に現れては王女の周囲を護っている。
王女は先程の姫騎士の姿から元に戻ってはいるが、最早彼女が攻めに転ずる必要さえ無い。
間桐邸の工房では制御を奪えた独立型制御使い魔である蟲達も、メルタトゥムの工房とも呼べるここでは臓硯にさえ奪えない。
何時でも己の存在と引き換えに、王女を守り抜ける翡翠の蝶に愛される姫。
最初の姫にして、続くシンデレラ達への魔法使い。
ズェピアが挑んでも掴めなかった、第六法のスカートの端を掴んだ者。
臓硯が望んでも手に入らなかった、ハッピーエンドの切符を手渡す者。
全ての人では無く、お姫様に限って
姫では無く后となり、挙げ句死した母に叶わぬ魔法を掛けようとしてその反動で滅びた者。
原初のシンデレラにして、限定された魔法使い。
外資系企業としてホテルピラミッド冬木は、日本にありながらエジプトの性質をも持っている。
エジプトにありてファラオは神であり王。
即ち、今この地において、神王たるファラオは万物に陽光を与える者。
暗黒に住まう場所無く、乾き飢えて無に還る。
容赦ない熱線の光源にして、比類無き威光の光源。
黄金の中の黄金。王の中の王。正義の中の正義。
サーヴァントの性能の良いデッドコピーでしかないズェピアの制作物達の中に、彼らを倒せる者はいなかった。
民衆の革命は、ただ格の差によって正面から蹂躙される。
王に剣を向けたから悪。姫に矢を向けたから悪。勝者に槍を向けたから悪。
ただ駆逐される悪として、正義の踏み台として正義の前に蹂躙される。
元々臓硯とズェピアはアーチャーを捨て駒にして、首尾良く王女を潰せるならそれで良かった。
心の底では、王女との決着はやはり手ずから付けたいという想いもあった。
しかし、それを互いに口に出さなかったが為に、結局今回の策となった。
だから何処かホッとした想いもある。
だが、それ以上に許せない。
正義の女神に愛されて、幸福の女神に愛された親子が、誰にも愛されなかった悪を当然のように蹂躙していることが。
だから、ここは逃げて、やはり最終作戦を以て決着を付ける事にした。
しかし、それまでは逃げのびなければならない。
これまでやってきたように、今回も醜く浅ましく生き延びなければならない。
だが、それを許してくれる環境は無い。
正義は唯々正義であり、悪は唯々悪である。
悪が逃げ延びることを、正義は認めない。
だが――――――
「…行けよ爺さん。
横槍を入れられたのは癪だけど、僕はこいつのマスターで、間桐家の次期当主だ。
逃げる為の時間稼ぎが必要なんだろ?
僕はこいつと死ぬだろう。だけど勝つのは
悪いね親友。――――僕と一緒に死んでくれ」
「慎二。
共に死んでくれと言われるのは、実にサーヴァント冥利に尽きる殺し文句だが、
別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
弓の主従は似たような皮肉を顔に貼り付けて笑う。
戦いを穢した孫に庇われ、助けられ、代わりに犠牲になられる。
今まで、子孫をどれだけでも犠牲にしてきた。
時には玩具のように使い捨てた。
今回とて同じ。
寧ろ相手の側からそれを望んで実行してくれるなんて、運が良い。
ああ、実に運が良い。
見れば、太陽王達の攻撃も少し収まってきている。
慎二達が戦士として死戦を望むなら、それに免じて許すと言うことだろう。
岩の後ろには影も出来る。
岩は、陽の位置が変わるまでは影を作り、容赦ない閃光から弱者を護る。
全く、実に運が良い。
――――――本当に、そうだろうか?
視界の先にいる少年が、もはや思い出せないかつての己に、どこかが重なる。
セピア色さえも失った写真のような記憶に、僅かに色が灯り始める。
勿論、アーチャーごと慎二を捨てて逃げる選択は、既に臓硯達の中で決定済みのことだ。
だが、その上で納得を仕切れない何かが臓硯の中で息を吹き返し始めていた。
「頼むぞ、孫よ」
申し訳なさそうにして、その実そんな感情の欠片も無い。
しかし完全にそうとも言い切れない中で、臓硯達は逃げ出した。
「待っててくれたのか?
お優しいことで。
いや、何時でも倒せるから余裕ですってか?」
若き日の臓硯に似た容姿の少年は、王女に皮肉を浴びせる。
「ええ。その言葉の全てを肯定するわ。
そして、最初に言った私の言葉も思い出してくれると嬉しいわ」
「確か勇士として立派に殺してくれる…だったかな?
願い下げだよ。このクソッタレ」
光る神達と、影の勇士達は互いに視線をぶつけた。