太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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決戦前の一時

 聖杯は既に間桐の手中にある。

 後はズェピア・エルトナム・オベローンの虚と汚染された聖杯の虚が完全に一体と化すのを待つのみ。

 差し出した側である間桐家が、約束の時間を違えて奇襲したというイレギュラーこそあったが、予定通り各陣営は文字通りの最終決戦へと向かっていた。

 

 悪い魔女に魔法をかけられたルーキープリンセス。

 星の剣を携えた騎士とともに歩む挑戦者。

 完全にして万全たる豪華絢爛な世界最古の英雄。

 そして寛容にして残酷な太陽。

 

 待ち構えるは正義を捨てた少女の守護者とその友。

 そして、挑む度に残酷なハッピーエンドに裏切られ続けてきた仇役(かたきやく)

 

 

 

 

 

 

―――

 

「ねえ、マスター」

 

「何でしょうか」

 

 

 悪い魔女に魔法を掛けられた新人お姫様は、少し笑みを浮かべた魔女とは対照的に真面目に答えた。

 

「何を書いているのかしら」

 

 命を落としかねない、否、生きている可能性の方が遙かに低い決戦の前に、手紙を書いている己の戦友に魔女は問いかけた。

 …やはり、その目はどこか生温かく笑っている。

 

「その表情、見ましたね」

 

「ええ」

 

 手紙の内容を盗み見られた事を咎めるが、メディアは悪びれた様子も無い。

 何故なら彼女は悪い魔女だから。

 

「ええ、そうですよ。

これが終わったら三咲町に行くんですよ。

ええ、例の眼鏡の彼です。

…盗み見た貴女にはお見通しでしょうけど」

 

 拗ねた様子で皮肉る主人に、魔女は優しく笑う。

 

「シオン・エルトナム・アトラシア」

 

「…何でしょうか」

 

 笑いを止めて、真面目な顔で魔女は少女に告げた。

 

 

「それって、世間一般では『死亡フラグ』というらしいわ」

 

 そして、その理由はとてもどうでも良いものだった。

 紫の髪の少女は、小刻みに震えながら下を向いていたが、再び己に魔法を掛けた魔女に視線を向けた。

 

「死亡フラグ?

上等です。やってやれば良いじゃ無いですか。

相手は物語の王道のお姫様。

定められた物語をぶっ壊そうとしている私達が、死亡フラグの一つや二つぶっ壊せなくてどうするのですかっ!!」

 

 ぶっちゃけ、やけっぱちである。

 煽り耐性がそれほど無かっただけなのかも知れないし、先程の手紙を見られた恥ずかしさで色々ギリギリだったのかも知れない。

 だが、その心意気は真っ直ぐに伝わった。

 

「大体貴女だって、あの眼鏡教師に何かアプローチを取ってるのですか!?

策士ぶってる割りには、全然そちらの準備は出来ていなさそうなのですが」

 

「えっ、私?

私は良いのよ。だって、先ずはこの聖杯戦争で――――」

 

 

 まさかのぶっ放し大技がカウンターで入った。

 順当にコンボを決めていれば完封出来た相手を逃がした上での、必殺技での返しは戦いを再び混沌へと引き戻した。

 命をかけた戦いの前だというのに、悪い魔女と新しい姫の陣営は、恋の戦いについて論戦を続けていた。

 おかしな事では無い。

 ――恋する乙女にとって、恋愛は命がけの戦いよりも大切な戦いなのだから。

 

 

 

 

 

 

―――†―――

 

 

 

 

 

 星の剣を携えた騎士とともに歩む挑戦者は、親友との決着に薄い胸を昂ぶらせる。

 尤も、彼女の剣にして盾であるアルトリアの胸も薄いので、特にそれが目立つわけでは無い。

 他の陣営の女性達は、極めて蠱惑的な肉体の持ち主ばかりである故に、最終決戦(舞踏会)では胸囲の格差に憤慨することになるだろうが。

 

 アーサー王は、凛に己の過去の話をした。

 英雄譚で語られる悲劇として完成した物語を否定する為に、この戦いに挑むのだと騎士王は語った。

 

「…そう。

それで終わり?」

 

 真剣に語った内容とは裏腹に、マスターの反応は芳しくなかった。

 以前の戦いで、マスターとの意思疎通が上手くいかず、元よりそういった期待は無理に行うものではない。

 アルトリアもそう思っていた。

 

「少し癪だけれど、親友(アイツ)ならこう言うわ。

悲劇であろうが、それは貴女が主役の物語。

その主役の座をむざむざ放り捨てるのかしら――――ってね。

…わかってる。英霊にまでなった貴女の覚悟が、私の言葉一つで変わるなんて己惚れてはいないわ。

だけどね、一つ覚えていて。

――――――女の子には誰にだってお姫様(幸せ)になる権利があるんだから」

 

 呆けていたアルトリアは、無防備になった自分を自覚すると再び己を引き締めて――――引き締めようとして、それを止めて笑った。

 

「何かおかしい事を言ったかしら」

 

「意外でした。

リン。貴女がそんな夢見る乙女のようなことを言うだなんて」

 

 自分がからかわれたと理解した凛は、少し顔を赤くして頬を膨らませた。

 少しは自分でも恥ずかしいことを行った自覚はあったようだ。

 こんな恥ずかしいことを言ってしまうのは、恥ずかしい言葉を恥ずかしげも無く垂れ流す親友のせいに違いない。

 

「悪い?」

 

「いえ、悪くはありません。

ええ、寧ろとても良いものです」

 

 大人の余裕みたいなからかい方をする敬虔なる神の信徒たる騎士王に、赤い悪魔は一矢報いる事にした。

 

「別にハッピーエンドを目指すのは私だけじゃ無いわ。

セイバー。貴女もお姫様になるのよ。

バッドエンドで終わらせたままで良いわけなんか無いじゃ無い。続編でハッピーエンドに繋げた方が絶対に楽しいわ」

 

「…ええ、確かに」

 

 今度の騎士王の笑みは、からかうものでは無く、どこか希望を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――‡――

 

 

 

 

 

 

 世界には、三種類の人種が居る。

 選ばれた者。選ばれなかった者。そして――――――選ぶ者。

 

 運命の女神とて、女性である。

 寧ろ、女性的な女性である。

 己に優しい低収入の醜男よりも、己に優しくない高収入の美男子を好きになってしまう事なんて、何もおかしな話では無い。

 己を愛してくれる相手よりも、己が愛する相手を選ぶ。

 至極当たり前のことである。

 …少なくとも、選ばれる側では無く、選ぶ側にとっては。

 

 己が選ばれる側であれば、己が愛されるかどうかが基準になるだろう。

 しかし、己が選ぶ側ならば、己が愛するかどうかが基準であろう。

 

 これは、男女問わず、神人問わず言い得る事だ。

 

 人類最古の英雄。

 即ち、英雄王ギルガメッシュの伝説においてもそうであった。

 女神イシュタルは、己を愛する有象無象よりも、己が愛する英雄を求めた。

 …ただ、ギルガメッシュにとっては、自らが選ぶ側である故に、その愛を拒絶する権利があっただけに過ぎない。

 ギルガメッシュにとっては、女神イシュタルでさえも、『選ばれる側』であったのだ。

 

 

 そんな英雄王ギルガメッシュにとって、この感情は初めてのことだったのかも知れない。

 初めて、自分が選んだ相手に、自分も選んで欲しいと感じたのは。

 愛した相手に愛されたい。

 言葉にすれば、ただそれだけのことである。

 虫にとっての太陽のような、手の届かないと思われる相手に対しては、自分もまた選ぶ側であるとの発想は出てこない。

 完全な超越者相手にも自分が選ぶ側であるとなんて思わないし、思えたとしたら思い違いの自惚れとされるだろう。

 ただこれは、己も超越者でさえあれば、対等へと変わる。

 全ての勇者の原典であるギルガメッシュ。

 全てのお姫様の原典であるメルタトゥム。

 お互いが自身こそ選ぶ側であると認識している存在である。

 その構図は、かつて愛と戦争の女神イシュタルに英雄王が見初められたときと何ら変わりも無い。

 

 では、何故ギルガメッシュがメルタトゥムを好きになったのか?

 その正当な理由は、正常な理屈は――――――結局の所、存在もしない。

 誰かを好きになる事に、理由や理屈なんて必要も無い。

 ただ誰かを好きになった。

 ただそれだけで良い。

 

 神も王も人も虫も関係なく、誰もが持っている権利。

 否、権利でさえも無く、好きになる事に権利を持ち出す方がナンセンスと言えよう。

 

 

「魔王を倒した英雄が、姫と結ばれる。

これ以上に完全な英雄譚は無い。

お前もそう思うだろう?」

 

「…さてな。

からかってやろうと思っていたが、流石に宝物庫から指輪を探していた姿を見ては、その気も失せてしまった。

…これでも神父であるからして、言祝ぎの文句と宴の流れ程度は覚えているつもりだ。子細任せるが良い」

 

 姫を手にする為に剣を取る勇者。

 ありきたりにして、王道。

 その道の最初を行った者が、シンデレラを迎えに行く。

 精々その披露宴には、激辛麻婆でも出してやろう。

 勇者と姫の反応は如何なるものか今から楽しみであると、神父は昏く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 絶世の美女は血の様な鮮烈な赤、いや明らかに血そのものである液体をワイングラスの中で回した後、その波が収まると、血の表面に一人の少女の姿が映り込んだ。

 それは、強い意思を瞳に秘めた黒髪の少女。

 

「貴女は私の特別よ。だから――――」

 

 永遠の姫はその続きを口にすること無く、その液体を飲み干した。

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