幸せとは、何であろう?
幸せとは、お金持ちになる事であろうか?
幸せとは、世界を支配することであろうか?
幸せとは、愛する者と結ばれることであろうか?
どれも正解に近いようで、正解のその手前で止まっている。
では、『正解』とは?
幸せとは、幸せだと感じる主観である。
お金持ちとなって幸せだと感じるなら幸せであるし、世界を支配出来て幸せなら幸せであるし、愛する者と結ばれて幸せなら幸せと言える。
極端な話、痛めつけられて幸せでも、支配されて幸せでも、殺されて幸せでも、麻薬や洗脳によって幸せと思い込まされて幸せでも、当人が幸せであれば幸せなのだ。
神を信じる者にとっては、神の言葉が聞けることが幸せだろう。
尊敬する者がいるならば、そのものに尽くせることが幸せだろう。
究極のお姫様であるメルタトゥムには、全ての民を幸せにする力がある。
物語のハッピーエンドは、いつもこうやって終わる。
~~勇者はお姫様と結ばれ、民達はそれを心から祝福しました~~
究極の姫が選んだ究極の英雄。
それらを祝福する権利と義務を、祝福して幸せになる権利と義務を全ての民は与えられる。
民にはそれだけの役目だけが与えられる。
優れた
彼女たちの言葉は神の言葉に等しく、それに答えて奉仕する事は幸せとなる。
幸せは権利であり義務となる。
幸せと誰もが感じる故に、全ての民は幸せになれる。
常に心から絶対の幸せを感じざるを得ない精神構造に改変されれば、世界の誰もが幸せになれる。
メルタトゥムの究極形態はその最初の鍵となる。
世界の幸せを詰め込んだ原初の型無き宝物庫の鍵。
幸せだから幸せになる。
限りなく正解であるその答えは、何処までも不幸を受け入れて生きる者を否定する存在であった。
もはや満身創痍。戦力差は自明瞭然にして何処までも昭然。それでもただ己の意思一つで立ち上がる間桐の面々に対して、その意思そのものを塗りつぶす最悪の敵。
「「「「ユルセルモノカ…ユルセ――――」」」」
虚構の悪に生きる者達は、そう怨嗟の声を上げようとするのに、何処までも美しく可愛らしい究極の美を、ハッピーエンドの擬人化存在をその瞳に写すだけで、その声を聞くだけで、その香りを嗅ぐだけで、次々と幸福にされて、浄化されて消えていく。
姫に頭を垂れて、解けるように光の粉になっていくズェピアの呼び出したサーヴァント達。
強制的にハッピーエンドに、誰もが幸せを押し付けられて
誰もが幸せになれる。
この対義語となるものは――――幸せになれない者は、この世界には存在してはいけない。
これ程までに、残酷な幸せがあるのだろうか?
心を書き換えられて幸せを与えられて自死させられる。
心を書き換えられることを拒んで崩壊させられる。
その二択を選ばされる。
究極のハッピーなエンド。
それが、永遠の姫が世界に与えられた、人々の願いに与えられた力。
不幸を認識する意思を放棄して、不幸な現実から神話の世界へと回帰を願う力。
かつて人々は英雄に神から切り離された。
人は人に支配されるようになった。
しかし、それは完全な黄金の世代からの劣化を意味し、白銀、青銅を通って、鉄の時代へと時代と共に劣化した。
人は神に支配される特権を失った。
その結果、己で己を支配せざるを得なくなった。
しかし、多くの人々にはその力が無かった。
神に管理されない人は弱すぎた。
故に――――願いが始まった。
幸せになりたい。
それは己の支配者を神に還すことを意味した。
主権の
自分の意志では無く、与えられたドレスで、与えられた馬車で、与えられた靴で綺麗になりたいと。
自分が幸せになれないのは管理者が悪いからで、優れた管理者がいれば、幸せになれるはずだと。
己に対して己が主権を持つから、幸せ以外の様々なことを考えてしまう。
神に支配される時代、人間はただ一人の英雄応を除いて幸せ以外を甘受しなかった。
人が今の人になった瞬間、苦難の時代は始まった。
しかし、それでも――――――
「認めない。そんな
そう叫んだのは、間桐桜だったか、メドゥーサだったか、それとも臓硯だったかズェピアだったか。
それは分からない。
しかし、彼女たちは未だ明確に拒絶をしていた。
歯を食いしばって眼から血を流して『絶対の幸せ』を拒絶していた。
「ええ、それでこそ私の敵」
幸せの化身であるメルタトゥムは優しく微笑んだ。
ドレスはただの布きれに、硝子の靴は光を失った石に、馬車は小さなカボチャへと変わって彼女の手に乗る。
しかし、それを纏う彼女の輝きは変わらない。
それは、ドレスを与えられたから、馬車を与えられたから、ガラスの靴を与えられたからシンデレラになれたわけでは無く、彼女だからこそそれら全てを手に出来たことを証明していた。
例え質素な衣服しか持たなくとも、誰もが彼女をお姫様だと思う。
彼女の横に並べばどれだけ豪奢なドレスを着ても意味を成さない。
最初から誰がシンデレラになれるかは生まれながらに決まっており、それ以外の者はどうやってもシンデレラには勝利し得ないと証明するかのようだった。
つまり、幸せという結果を予め定められるという真理があった。
それは、女の子の誰もがシンデレラになれることを否定する。
シンデレラになれる女の子だけが、どうやってもシンデレラになれることを意味していた。
最初から意地悪な姉たちには、その権利なんて何処にも無かったことも同時に意味していた。
シンデレラになれないものは、分不相応な望みなど抱かずに、シンデレラを祝福することを幸せに感じて幸せになれ。
それは、何処までも傲慢なシンデレラの物語。
弱き悪を絶望させる、強き正義による希望のお伽噺。
灰を被って尚、王子が一目惚れするほどに美しい姫が手元のカボチャの馬車を放り投げると、再びカボチャは巨大な宝石の馬車になり、布きれは豪奢なドレスになり、石の靴は透き通りながらも輝くガラスへと変わる。
気が付けば、
幸せに終わらされたサーヴァント達は、もはや強化再生して蘇ることも無い。
その上、メドゥーサ以外に残ったサーヴァントは、メルタトゥムを直視しなかったり、眼を失っていたり、意識が無かったり、王女自ら敵として残した者しかいない。
勝てない。
どう足掻いても絶望でしか無い。
だが、それでも、それでも――――。
天に愛される才が無くとも、何度壁にぶつかっても、穴に落ちても、痛みを無視すること無く受け止めた上で、それでも前へと進む。
その為に足を進める。その為に手を伸ばす。
それが――――――神と決別した普通の人間に出来る数少ない抵抗だから。
「雑種だと何だと嗤うがいいっ!!
功績の材質でしか無い悪役だと見下すがいい。
私達は、私達は人間だっっ!!」
血を吐く様に
「まだだっ、まだ死ねぬ。
忘れた願いを掴むまで、我らの正義を終えるまで、与えられるものでは無い幸せを掴むまでっ!!
我らは、我らの
我らはまだ戦えるっっ!!」
命をすり潰すように
力が欲しいか――――――
地に堕ちた聖杯はそう問いかける。人の子を愛し天より堕ちた天使のように、真摯に問いかける。
――――――力が欲しい。
意思だけで場違いな舞踏会に辿り着いた醜き者達は迷い無くそう叫ぶ。
ならば――――――――――その願いは漸く叶う。
堕ちた聖杯。世界全ての悪は、己を授けるに相応しい、役に立たない脆弱な悪に、己の力の全てを信託する。
運命が閉じる時間――――