それぞれの意思を尊ぶメルタトゥムにとって、意思のない奴隷など面白みの無い存在だ。
それが今の今まで究極のお姫様の最終形態を取らなかった理由の一つである。
それぞれが己の意思を武器に、舞踏会で美しさを競い合い、シンデレラを目指すことを愛でている。
己の真の能力とは裏腹に、いや、寧ろ己の役割とは相反するからこそ、その願いを夢見ている。
そのお眼鏡に適ったのが、遠坂凛であり、シオン・エルトナム・アトラシアである。
「貴方の意思を祝福しましょう」
しかしその上で、己の意思が、能力が、存在が、何よりも勝ると信じて疑わない。
両親という例外を除けば、己こそが世界で最も優れており、勝利は必然。
それでも己に挑むその意思を、与えられた祝福を拒絶する意思こそを、メルタトゥムは上から目線で祝福する。
それは、――――――マキリ達の逆鱗に触れた。
「「舐めるなァッッ!!
それが傲慢だと何故分からんっ!!」」
新たに血塗れ道化の脚本家に生み出されたサーヴァント達は、此度の聖杯戦争のアサシン。
即ち――――ズェピア・エルトナム・オベローン自身達。
キャストがキャストを呼び、しかしてエキストラの如く増えながらも、それぞれが主役のように力を湛えた意思をそこに持っていた。
前へと進めと一つの意思を与えられるのではなく、己の意思一つで進みたい前へと進む老人達は、眩き天を眼を細めること無く睨んだ。
「「「慢心?
――――それが王の生き方というものよ」」」
輝く太陽の親子と輝く黄金は、それを真正面から跳ね飛ばす。
慢心せずして何が王か。
その本意そのものは三者共に同じである。
メルタトゥムがその上で男達と違うのは、何処までも全ての努力が報われる事が確定した努力家である事だ。
己の努力が何処までも報われることに慢心しているからこそ努力する。警戒する。策を張る。しかして問題の芽そのものが輝く道そのものは潰さない。
今の時代、フェミニストが経済を語り、反戦主義者が理想の国防を語る。
専門の知識や地位があるわけでも無いにも関わらず、国家の為でもなく、己の意思を実現するツールとして利用する為だけに立場を弁えず主張する。
法律に定められているからこうあるべきだと主張する者の多くは、法律を守ることを第一義にしているわけで無く、偶々現状の法律が自分の主張にそぐうから法律を擁護しているだけで、法律が己の主張と真逆なら改法を要求する。
民が個人の自由を得た結果、国家の頂点を始点とした直進性は弱まった。
分を弁えない有象無象が好き勝手にスカラーを発意すれば、全体はベクトルを失う。
メルタトゥムは己の意思一つでそれを纏めることが出来る。
吹けば飛ぶ様な脆弱な意思の方向性を集合させることなど容易く、他者の意思を踏みにじることなど容易に出来る。
しかし、それは彼女の好むところでは無い。
美しくも無い女がシンデレラを夢見ることも、才覚の無い男が英雄を夢見ることも、メルタトゥムはその分不相応な夢を否定しない。
美しくなければ応じに選ばれない。才覚が無ければ偉業は成し遂げられない。
そんな誰もが心の中では知っていた冷めた事実は、敢えて口に出すのは風情が無い。
第一、どれだけ自分と競って踊る女性が増えたところで、己がその中で一番になれないなんて事はあり得ない。
ならば、精々己の引き立て役が増えることを喜ぶべきだと王女は認識している。
結局それは、敵を百人葬った英雄より、敵を百万人葬った英雄の方が箔が付く――――その程度の理由でしか無いのだが。
何処までも努力が報われる努力家と、生まれ持っての完璧に最終的な差違は無い。
結局は、彼女もまた
簡単に黄金になれる鉄など、白銀や青銅には理解出来ない。
白銀や青銅から見れば、何時でも黄金であれる金属は、結局は黄金でしか無い。
そもそも、鉄のような努力をしているように見えて、結局彼女は
素の時点で、努力をした白銀や青銅程度が追いつけるものでは無い。
だからこそ、努力をした白銀や青銅程度が追いつけないほどの、更なる努力をした白銀や青銅を待ち望んでいる。
それが、遠坂凛であり、シオン・エルトナム・アトラシアだ。
しかし、非常に残酷なことに、ただの鉄ではその選択肢には入れない。
故に、鉄であるマキリが舞踏会のステージに上がる為には、努力をした白銀や青銅程度が追いつけないほどの、更なる努力をした白銀や青銅以上の更なる努力と工夫が求められる。
そして、何よりもそれを為す為の意思が、求められるのだ。
しかし、鉄に生まれた多くの者が挫折するのだ。
黄金はただあるだけでよく、白銀は努力すれば良いし、青銅は更に努力を、鉄は更にその上の努力をすれば良い。
だが、白銀が少しの努力で易々と結果を出していくのを目にしながら、如何して鉄ばかりが倍の倍の倍の努力をしなくては同じ結果に辿り着けないのか?
鉄がその様な苦労をしている間に、努力を経て成長した白銀は上のステージに上がっている。
RPGで言えば、最初の村で最弱のモンスターを必死で倒しているのが鉄で、白銀はさっさとレベルを上げて、更に多い経験値を得られるモンスターが跋扈する場所へ進み効率よく進んでいる。更にはおまけで手には入ったお金やアイテムで自己を強化出来る。
現代社会で言えば、低収入の者は生活に必死だが、高収入の者はその資産を投資して更に資産を増やすようなものだ。
しかし低収入なら睡眠時間や余暇を削って更に別の仕事を掛け持ちすれば良い。
その中で更に隙間の時間を使って、副業の収入を使って資格を取得すれば良い。
自身を追い込めるならば、底辺からでも上は目指せる。
そうは言っても誰もがその苦痛を当然のように耐えられるわけでも無い。
イージーモードで生きていられる人間を目にしながら、ハードモードの人間が敢えてベリーハードモードを選べるはずも無い。
いても、それは例外だ。
それはメルタトゥムだって理解はしている。
故に、恵まれない者にも
それでも、それでも分不相応な町娘が、己の意思だけで揃えた衣服で舞踏会に飛び込んでくる様な事をメルタトゥムは待っている。
例外の少数派こそを、全体の頂点であるメルタトゥムは求めてしまう。
これは彼女の数少ない悪癖だった。
メルタトゥムの愛は平等ではない。
基本においては、何処までも公平なものである。
彼女の愛は、弱者には向けられない。
しかして、弱者が想像する程度の強者にも与えられない。
一般の社会における強者など、彼女の中では弱者に過ぎない。
彼女にとっての強者は、神に連なる者や、それに匹敵する規模の強者のみ。
それ以外には公平に、彼女の寛容な愛は与えられる。
彼女の確かな善政を布く善性は、
そんな倫理観の中で、彼女の特別に成り果てた遠坂凛は特級の別枠なだけでしかない。
黄金達にとって、敵としては認めても、特別にはなり得ない。
メルタトゥムには遠坂凛がいて、黄金にはもう一人の黄金が最後の敵として明確にある。
故に――――――
「「貴様の祝福など要らぬっ!!
そんなものなど要らぬっ!!
ただ我らを見ろ。
我らは――――此処にいるッ!!」」
黄金は勘違いをしている。
鉄は黄金の施しなど無くても、黄金と対等であれることを望んだのだ。
能力が無くても、運命に愛されなくても、上位者の祝福が無くても、生きているだけで対等だと、此処に存在しているだけで良いと、そんな世界を望むと。
かつて神に対して人の対等を望み、権能が無くても、創世が出来なくとも、神の愛が無くとも人は生きていけると英雄は定めた。
しかし、世界はその後人の中で、王と民に別たれた。
それを間違いだと、革命が起き、民だけの世界になって尚、民の中に上下は生まれた。
その上、神であり王である姫が、実は現代にもただ一人現存していましたなんて。
そこに弱者への救いはあるのか?
確かに今存在する強者を遙かに超える絶対の強者が支配を敷けば、好きかってする強者を抑え、弱者を救う社会も定められるだろう。
しかしその本質は絶対の強者による全ての支配。
それはある意味、絶対の正義と幸福を成し遂げようとしたゾォルケンやズェピアを否定するもの。
絶対の正義と幸福がもたらされれば、それより小さな力は全て屈服させられる。
結局の所、王女のもたらす祝福と変わりなど無い。
それでも、それでも手を伸ばすのは何故か? 前を向くのは何故か? 足を進めるのは何故か?
決まっている。
彼らは姿形を変質したとしても、何処までも人間であるから故に。
最早、正常な判断など怨嗟に狂った老人達には出来ない。
やってしまえば、今まで生きてきた全てを否定することになる。
これまでの歴史を、踏みにじってきた全てを、全て否定することになる。
手に入れた全てをつぎ込んで『此処』まで来たのに、引き返せない、やり直せないリスクを負って、漸くここまで来たのに、今更リスタートなんて認められない。
そんな余裕は鉄には無い。
怒りに染まった老人達は際限なく増え続ける戦力を持って、黄金達へと激突した。
一方、セイバーを携えた遠坂凛には、アーチャーと共にある慎二が相対していた。
「一応聞いてあげるけど、如何してあの化け物の側にいるのかしら?」
誰もが明確に悪と認識するマキリの陣営に、然りと立っている慎二に凛は問いかけたが、問いかけられた青年は目を閉じて嗤った。
「家族の情? それとも恐怖に縛られて逆らえないだけ?」
見下すような凛の言に、耐えきれなくなった慎二は遂に大声で笑いを吐き出した。
「はははははっっ。家族思い。臆病者。
うん、いいね。それもそれで面白い。
何より、
「違うようね。…何かしら?」
慎二は、そんなことも分からないのかと、哀れみを一瞬浮かべたが、それを直ぐに取りやめると、未だ笑みを少し残したまま続きを語った。
「女に男のロマンを語っても理解は出来ないだろうね。
僕は何処までやれるかやってみたいのさ。
やれるだけ自分を貫き通して、己を世界に傷跡として残したい。
お爺さまのことは、最終的に決着を着けるつもりだけど、現状その手段は無い」
では何故、ワクチンも持たずに病原菌をばらまくような自滅めいた行為を行うのか。
凛には到底理解出来ないものだった。
そして、理解する必要も無いと思えた。
「まあいいわ。そんなことは」
「遠坂はそういう奴だと思ってたよ」
慎二を取り敢えず潰す対象と定めた遠坂に、激昂すること無くその蔑みを受け入れた慎二は更に言葉を紡ぐ。
「だから証明したいのさ。
遠坂を倒すことで、僕は本当の意味で僕を生きられる」
なんて小物。
凛は、自己愛に生きる小さな怪物を哀れんだ。
醜悪な大怪物と、無様な小怪物に今までどれだけ桜は傷つけられたのだろうか。
可哀想な桜のことが心配で、その為に、慎二は早々に排除して助けに行かないと。
遠坂凛にとっては、実の妹である間桐桜――――旧姓遠坂桜の方が、他人である慎二よりも重要視されるのは仕方の無いことだった。
「折角マスターとなれた。
一騎当千のサーヴァントを従えることは、即ち王になること。
男なら一国一城の主を目指すロマンを生きずして、何が男か。
…女に語っても理解は出来ないだろうね」
間桐慎二は、何処までも純粋に自分が何処まで上に行けるかを試したい。
そうやって、自分を見下す女、遠坂凛に認められたい。
その願望は、恋に似ていた。
認められたいだけの為に、悪の側に立つ慎二を凛は軽蔑するが、その間桐と同盟を組んでいたのは他でもない彼女自身だ。
元より魔術師など外道の生き物。
外道の手段を行きながら正義を語るなど烏滸がましいにも程がある。
間桐桜が酷い目に遭ったのも、親の因果が子に報い、外道の魔術に手を出した側面があった事も否めない。
しかし、それでも遠坂凛は、正義の陣営として間桐桜を助ける為に、悪の側に立つ間桐慎二を倒すことを決意しているのだ。
例え薄っぺらくても構うものか。
薄い鉄板が、厚い餅より弱いと誰が言ったか?
胸が薄い二人組、遠坂凛とセイバーは、薄っぺらい正義に鉄壁の意思を持って戦いに挑んだ。
運命が閉じる時間――――