太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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悪い魔女の決断

「で、アンタはそれで良いの?

桜を救うと私に見栄を切っておいて、結局そっちに付くの?

まさか用が済んだら奴らが桜を無事に解放――なんて信じてるんじゃ無いでしょうね」

 

「はっ、そこまで楽観的でも無いさ。

だが、少しだけ友人に付き合うのも悪くない。そう思っただけだ。

それに――――いや、それを言うのは無粋か。

…悪いが、慎二が満足するまで付き合って貰うぞ」

 

 慎二では話にならないと、凛が話を振った弓兵も、結局話にならなかった。

 これが男のロマンだというのなら、男なんて馬鹿ばっかだと凛はため息をついた。

 

 言えなかった続き。

 それは、遠坂凛に召喚されたセイバーに、今の自分が何処まで届くか、アルトリアにこそ見て欲しい。

 アルトリア・ペンドラゴンに、そして遠坂凛に見て欲しい。

 そして認められたい。

 そんな馬鹿馬鹿しい男のロマンを、敢えて口にすることこそ無粋と英霊エミヤには思えた。

 

 エミヤも頃合いが来るか、慎二が満足すれば、マキリに反旗を翻すつもりであり、その承諾は慎二にも取ってある。

 故に、剣士と弓兵が戦う理由など、何処にも存在しないのだが、何処にも存在しないからこそ、戦う理由が際立つのであろう。

 

「では、行くぞセイバー」

 

「ええ、始めましょう」

 

 互いに寸分違わぬ剣を構えてぶつかり合う二人の英霊。

 セイバーの見えぬ剣を、まるで正確に測ったかのようにカリバーンで受け止めるエミヤ。

 しかし、剣の英霊の名は伊達では無く、受け止められた上から力の向きを鋭く変えて、崩れたところを別角度から斬り掛かる。

 アーチャーは剣を捨てる形でそれを辛うじて躱した。

 

「――やりますね」

 

「こんなものじゃないさ」

 

 君に教えられて、その後も鍛えた剣はまだ見てほしいものが多くある。

 心の中で赤き弓兵はそう答えるが、決して口には出さない。

 それが、彼の中の男のロマンなのだから。

 

 

 セイバーが再び仕掛け、鋭い突きからの三連続の斬撃を見舞うが、アーチャーは、二振りのカリバーンを起用に使い捨てて、三振り目のカリバーンで逆に攻めかかる。

 セイバーが咄嗟に距離を取ったところで、先程アーチャーが捨て置いたカリバーンが爆発。

 思わず、身を備えるが、目は決して閉じない。

 同じ剣を持った男が煙を突き破って、剣を振り下ろしてくるのを視認するやいなや、合わせるが如くその剣の根元へと切り返した。

 

「流石だ。追いつける気がしない」

 

「弓兵に剣で負けては英霊の名折れです」

 

 憧れの存在としてセイバーへと言葉を投げるアーチャー。

 英霊としての技量のことと受け止めるセイバー。

 

 そこには見えない溝があるのを、弓兵は自覚するが、それを正そうとも思わない辺りが、彼も中々面倒な男と言えた。

 

 

「残念だが、そのようだ。

…では、弓兵として頑張らせて貰うとしよう」

 

 英霊エミヤは弓を携えると、捻れた剣を矢として引き放った。

 セイバーはその射線から直ぐさま外れ、距離を一気に詰める。

 馬鹿正直に弓に持ち変えた弓兵は、今近接戦に対応出来るとは思えない。

 それは、間違いでも無かったが、正解でもなかった。

 

 矢が引き放たれた瞬間の爆発。

 半ば自爆に近いこの行動は、セイバーに躊躇を与え、アーチャーには爆風による距離を与えた。

 セイバーは仕切り直して戦闘を続行しようと考えた直後、風切り音を感じて背後に剣を振り払った。

 

 甲高い音を立てて弾かれるは、中華風の曲刀。

 

 弓を構えて、接近戦をセイバーに誘い、爆風で視界を塞ぎ注意を前方に向けたところで、側面を通って背後に回り込んだ刀による攻撃が本命。

 流石のセイバーも感心したが、しかして対処出来ない攻撃でもない。

 その証拠に未だ、セイバーの息は上がってさえいない。

 

 対して、捨て身の策を講じたアーチャーは、セイバーにまだ傷を負わせてもいないというのにダメージを負う様だ。

 だが、それで良いと弓兵は笑う。

 それでこそ、衛宮士郎が憧れた女性()だと。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「選択肢は二つ。

馬鹿正直に悪を倒すか、混乱に乗じて優勝候補を潰すか」

 

 コルキスの魔女は意地悪げに己の主にそう問いかける。

 

「はあ…。言って良い冗談と悪い冗談がありますよ。何より――――」

 

 その主は、考えるまでもないとそれを否定する。

 

「――――――『タタリ』は今夜で終わらせます」

 

 

 その瞳は、強い意思を湛えていた。

 

「でもその『タタリ』はエジプトのお姫様に夢中みたいよ。此方なんて視界にも入っていないわ」

 

「だったら、無理矢理にでも振り向かせてやれば良いだけです」

 

 現代のヒロインは随分積極的だこと。と魔女はわざと意地悪く笑う。

 そんな彼女たちに、明確に視線と敵意を向ける者がいた。

 

「つれない人が相手をしてくれないなら、私が相手をしましょうか?」

 

 その視線に石化の呪いを持つ魔性の女、メドゥーサ。

 その石化を妨害する魔術を己と主に重ねながら、メディアは上品に嘲る。

 

「ギリシャ体系に呑み込まれた時に、勇者(ペルセウス)の生け贄にされた女が悪役を務めてくれるとは適任と言うほか無いわね」

 

 本質的に相性が悪いのか、メドゥーサもまたメディアを煽り返す。

 

「ギリシャ体系に呑み込まれた時に、勇者(イアソン)の生け贄にされた女が言うと説得力があるわ」

 

 互いに瞳に冷ややかな光を携えたまま笑い合う。

 互いに似た境遇でありながら、互いに折り合いが付かないのは、同族嫌悪というのが近いのかも知れない。

 

 

「早く目障りな魔女を倒して太陽を呑み込まないといけないので、消えてくれると嬉しいわ」

 

「意見が合うわね。私も陰湿な蛇女に消えて欲しいと思っているわ。

…それと、知っていたかしら?

――――コルキスの王女メディアもまた、太陽神の系譜に連なるものだって」

 

 貴方には眩しすぎる戦い方、教えてあげる。

 メディアは薄く微笑んだ。

 

 復讐の魔女のベールの下には、ギリシャの太陽を輸血された土着の信仰神が眠っている。

 イアソンの妻の側面もまた、確かにメディアを位置づける側面でこそあるが、側面でしか無いとも言える。

 かつて小国の信仰を受けた女神であり、大国の侵攻によって滅ぼされることなく上級神の系譜を授けられた者。

 奇しくもメルタトゥムと同じ時代に生きた者。

 それが魔女メディア。いや、女神メディアである。

 

 サーヴァントの形式である以上、神霊本来の力を行使出来るはずもない。

 聖杯のオーバーヒートにならぬように、自制の為のリミッターが組み込まれている。

 ならば、その枠組みを少し弄ってしまえば良い。

 魔術とは、所詮は魔力による術の式に過ぎない。

 結局の所魔力記号の羅列に過ぎない。

 それは、現代ではプログラムのコードと言えるだろう。

 端末に過ぎないユーザーが、クライアントサーバーに侵入して自己の権限を書き換えるチートプログラム。

 それを紡ぐは歴史上でも指折りのハッカー。

 ――――これは、とっておき中のとっておき(マキア・ラストリゾート)

 

 実在の神霊には遠く届かなくても、並のサーヴァントでは発威出来ない神性が吹き荒れる。

 これは、冬木の町を疑似的にコルキスという神殿(・・・・・・・・・)に命名し、その主への聖杯からの顕現許可値を操作する反則技。

 繋がったタタリを通じて堕ちた聖杯から魔力供給を受ける、メドゥーサに対してのカウンター。

 この世全ての悪という悪性ウィルスに冒された聖杯の中へと、感染することなくアクセスする。

 寧ろウィルス感染で開いたセキュリティホールを割り出して、そこから侵入する。

 他者の仕組んだマルウェアを掌握して馬乗りする超絶秘技。

 この場に聖杯があるからこそに出来る、魔術によるコンソール型ハッキング。

 

「ファーストダンスは同い年のお姫様とって思っていたけど、向こうには本命がいるから貴女で我慢してあげるわ」

 

 それは、余りにも傲慢な物言い。

 太陽の系譜は悉く、他者を勝手に寄ってきて燃え尽きる程度のものとしか虫を見ていない。

 故に、公平に見下す。

 決して対等とは思わず、その上に正義は自分にあると信じて疑わない。

 

「貴女にとってはこれがラストダンスになるのよ。可哀想に。

それに、あのお姫様は貴女のことさえどうでも良いに決まってる。

あの何処までも残酷で冷酷な太陽(正義)は」

 

 メドゥーサの侮蔑に、メディアは一呼吸おいた後、それを笑った。

 

「何も知らない人が見れば優しい名君。

少し知っている者が見れば残酷な姫。

けれど、私は知っているわ。

私の親友は、とても女の子らしい女の子よ。

ワルツよりもタンゴが好きだし、カクテルよりもアイスクリームが好き。おべっか使いよりも好敵手を、冷静さよりも愚直を、淑やかさよりも情熱を尊ぶわ。

誰もが彼女に理想を求め、彼女もまたそれを否定しないけれどね。

ねえ、貴女が一体彼女の何を理解しているというのかしら。

…当たり前のことだけど、彼女は人を――愛せるの」

 

 

 それは同じ太陽(お姫様)だからこそ辿り着けた真実(答え)

 同じ姫だからこそ、お姫様というフィルターを抜けて見ることが出来た姿。

 

 何処までも何時までも公平な太陽。

 しかし、特別な誰かの為にその身を焦がすのは血筋か。

 メルタトゥムは遠坂凛にであってしまった。

 母以外の特別にであってしまった。

 そして恋を知った。

 そうなれば、それまでと同じではいられない。

 

 

「そんなわけはないっ!! 正義は何処までも残酷になれる。

正義の終焉を祝福する姫もまたそれに等しい。

そうで無ければ、そうで無くれば」

 祝福からこぼれた私達は――――

 

 メドゥーサのその言葉は、メディアに完全に否定された。

 

「それは同じよ。

悪役には正当性があっては困る。

英雄が気持ちよく潰して、民衆が気持ちよくそれを喜ぶ為には、怪物に優しさや愛があってはならない。

故に、それを見ないものとする。

貴女には見えたかしら?

醜い己(グライアイ)を切り捨てて、鏡を突き付けた者(ペルセウス)に斬り捨てられた貴女には」

 

 それは何処までも正論。

 何時だって、正論は弱者に厳しい。

 弱者()はズルをしなければ強者と勝負出来ないのに、正論はその武器を奪ってしまう。

 

「…知っているかしら?

昔、妻を捨てて他の女にはしった男がいた。

けれど、誰もがその男を褒め称えた。

男は英雄であるからして、前妻を捨てても誰もが正義を疑わず、寧ろ前妻に異常があったと同情した。

ええ、よくある昔話よ。

女神信仰から男神信仰へ――。世界が傾いた頃には良くあったお伽噺の一つ」

 

 シオンはメディアが何のことを言っているか分かったが、それを口にしなかった。

 同じ時代に生きたメドゥーサも当然理解していたが、だからこそ理解出来ない。

 太陽という絶対正義の系譜を与えられながら、英雄に使い捨てられた女。

 時にアヴァロンと同一視されるエリュシオンの管理者、即ち湖の乙女やモルガンとも関連付けられるとはいえ、彼女は確かに英雄の犠牲になったのだ。

 

 英雄(正義)を恨むなら悪。

 正義に敵対するなら即ち悪。

 この様に晴れやかにあれるはずなど無いのだ。

 本来の復讐の魔女メディアは――――――

 

「だったら――」

 

「聞きなさい。

けれど、その前妻はバッドエンドで終わりはしなかった。

別れがあったとしても、もしかしたらその後にもっと素敵な出逢いがあるのなら、それはきっとハッピーエンドに繋がるのだから。

…私の友達が言っていたわ。

他者の言葉など意に介すな。

鏡の声に耳など貸すな。

停滞は後退。行先を知らなくても、己の意思を道標に進め。

正面から見つめた鏡に映る自分を、世界で一番美しいと自分自身が告げられるのならば、己こそが物語の主役になれる。

王子様の目の前で毒リンゴを食べたフリでもして、あざとく自分から王子様(幸せ)を掴みにいけってね」

 

 それは、まさしく物語のお姫様(主役)の様な、恋する乙女の笑顔。

 己の勝利を微塵も疑わない、最大のハッピーエンドフラグ。

 

 メドゥーサの周囲に、幾つもの鏡が展開される。

 その鏡全てから、同時に破壊の光線が放たれる。そうなればメドゥーサですらもタダでは済まない。

 蛇の呪いを受けて不幸に落ちた女は、起こりうる攻撃に耐えるべく防御を固めた。

 

 しかし、その鏡から攻撃が放たれることはない。

 その鏡にはメドゥーサが、女神でもない化け物でもない等身大の女性が写されているだけだった。

 

 次いでメドゥーサは鏡ではなく己の身体を視認した。

 そこには悪意の聖杯の力を得た化け物の姿はなく、鏡に映る姿しか存在していなかった。

 戦う力など、あるようには思えない。

 しかし、不思議と悪い気持ちではなかった。

 これでもはや、勇者と魔王の英雄譚の舞台には立てそうにもない。

 かつて女神と扱われ、そして化け物と呼ばれた女は、少しだけ安堵のような何かを感じた。

 

「…十分よ、殺しなさい」

 

 メドゥーサは敗北を認めた。

 メディアはそれを見ると意地悪く笑った。

 

「断るわ。私は相手の嫌がることが好きなの。

だって、私は悪い――――――そう、悪い魔女だから」

 

 運命が閉じる時間――――今日が明日に変わるまで(12時の鐘が鳴るまで)、残り一時間半。

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