太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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闇を祓う者達

「ゆっくり殺されるのと、ひと思いに殺されるの、どっちがお好みかな。

凛ちゃん、選ばせてあげよう。

因みに俺のオススメはじっくりゆっくりと恐怖の中で殺される方」

 

 雨生龍之介。一見はどこまでも爽やかな好青年。

 だが、凛は知っている。それも、そこらの専門家や噂に詳しい情報通なんかよりも、もっとずっと遙かに詳しく。

 その女受けしそうな爽やかなマスクの下に、破綻した狂気の本性が眠っていると言うことを。

 

 何故なら、遠坂凛はかつての連続殺人事件の被害者に危うくなりかけた当事者であるからだ。

 無垢で、弱かったあの時とは違う。

 それでも、それは確かに凛にとって未だ恐れたとしても仕方ない存在だった。

 

 龍之介は凛に見せつけるように、此処に来るまでに作ったアート(・・・)を見せつける。

 自作のドリームキャッチャーであった。インディアン発祥の有名な悪夢を捕らえる魔除けのお守りである。

 但し、その材料はまだ新鮮な血が滴る人間の指で出来ていた。

 

「これ知ってる? 恐い夢を防いじゃうんだって。

でもさ、溜まりに溜まった恐怖ってどうなるんだろうね?」

 

 ――この町を恐怖に陥れたかつての恐怖が、再び凛を追いかけてきた。

 

 

 

 そして、セイバーにとっても龍之介と共にあるサーヴァント、ジル・ド・レェは因縁ある相手だった。

 以前の聖杯戦争で戦った英霊が、その直後の聖杯戦争で再会する確率は極めて珍しい物だと言えよう。

 だが、確かにこの場において、それは為されていた。

 

「ああ、再び貴方に逢えるとは、望外の幸せ。

今私はまさに祝福の中に居る。そうでしょう、ジャンヌゥゥゥゥッッ!!」

 

 そう発狂する、否元より狂った男があげる歓喜の声に引き摺られるように、周囲からヒトデに似た気味の悪い軟体動物じみた海魔達が湧き出てきた。

 セイバーは今すぐにでも宝具で薙ぎ払ってしまいたいが、周囲の住宅への被害を考えるとそうもいかない。

 

 

「倒しなさいセイバーッ!! こいつらを今すぐっっ!!」

 

 恐怖を覆い隠すように己の正義から湧き出る勇気で蓋をして、セイバーのマスターは叫んだ。

 セイバーは剣を構えるが、ジル・ド・レェは残念そうに告げる。

 

「ああ、ジャンヌ。貴方は騙されているのです。

その少女が貴方を誑かしているのですね。ええ、わかっています。わかっておりますとも。

ですから私が貴方を解放してあげましょう。

――――そこの少女、これ以上罪を重ねるのは止めなさい。大人しく裁きを受けるのです」

 

 

 己の行いには間違いなど無く、凛の倫理観の方が異常だと告げるジル・ド・レェ。

 当然、凛はそれに従うつもりなど無い。

 恐怖を覆い隠した強い視線で敵対者達を睨み付けた。

 

「…残念です。更に罪を重ねるというのですね。

最早、その罪は貴方だけでは償えないものですよ」

 

 凛とセイバーは当初その意味が理解できなかった。

 …近隣の民家で悲鳴が上がるまでは。

 

「あーあ、旦那の言うとおりにしないからだよ」

 

 龍之介は平然とその事実を受け入れている。

 だが、凛にもセイバーにも無関係な人々を襲う龍之介達のやり方は受け入れるものでは無かった。

 どこからともなく現れた霧が当たりを包み、空気が暗く昏く淀む。

 不思議なことに、あれだけの悲鳴が聞こえたというのに、両隣の家の住人達には一切反応がない。

 それの意味することは――――

 

「因みに、今叫んだ家の周りの住人は合計で9人。

1人当たり手の指が10本あるから合計、90本。丁度このドリームキャッチャーと同じだね。

あと残り10本あれば丁度100本で完成さ」

 

 

 凛は血の気が引くのを感じた。

 生ける邪悪とは目の前の者達のような存在のことを言うのだろう。

 メルタトゥムの主従という明確な最大の敵が構えている中、無駄に令呪を消費するのは余り賢くは無いことは凛もわかっている。

 だが、小賢しく生きて己の信念を曲げるほど、遠坂凛という少女は弱くは無かった。

 セイバーはその宝具の解放を除けば、対軍戦闘よりは対人戦闘に特化している。

 大量の敵を用意したジル・ド・レェの行動は、思いのほかセイバーを苦境に追い詰めていた。

 しかも、まだ海魔に襲われていない人々に、文字通りの魔の手が伸びていく可能性は十分にある。

 相手はそういう戦術は使わない高潔な人物だとは、とても思えなかった。

 故に、凛は決断する。

 

「令呪を持って命じる。セイバーあいつらを――――」

「――――その必要はありません。下がって下さい」

 

 凛の背後から声がしたと同時に、空から雨のように降り注ぎ始めた魔弾、魔弾、魔弾。

 神代の魔術師による魔術の嵐による蹂躙が、海魔達を薙ぎ払った。

 建物を透過して対象だけを焼き焦がす魔弾は静かな夜の住宅街を静かなまま守り切った。

 

「――――バレルレプリカ・ロック解除」

 

 凛に話しかけた声の持ち主は、そう呟くと構えた銃の引き金を引いた。

 迸るは『天寿』の概念の模造品。タタリの残滓から汲み出した特殊弾頭の解放からなる光線。

 その出力は住宅地に被害が無い様に完全に計算されて尚強大。

 ジル・ド・レェと龍之介を光が包んだ。

 

 

 光が収まったとき、そこに狂気の主従の姿は無かった…。

 

 

「………逃がしてしまいましたか」

 

 紫の髪をした銃の担い手は、その光景を見てかぶりを振った。

 

 

「貴方は一体、何処の何方なのかしら?

いえ、キャスターのマスターということがわかれば、それで十分なのかも知れないけれど」

 

 凛は銃の担い手、シオン・エルトナム・アトラシアに対して、そう問いかけた。

 

「失礼な小娘ね。マスターがわざわざ貴方を巻き込まないように注意してあげただけで無くて、令呪も温存させてあげたというのに。

――これなら勝手に戦わせておいて、消耗したところで纏めて攻撃した方が良かったのではないかしら?」

 

 人としてはあんまりな、だが聖杯戦争の参加者としては至極真っ当な事を言ったのは、先程魔弾の雨を降らせた魔術師。

 メルタトゥムという特例はあるが、少なくとも現代を生きる人間の魔力量では無いわけで、ほぼ間違いなくサーヴァントだろう。

 凛が敢えて『サーヴァント』ではなく、『キャスター』といったことを否定しない当たり、その可能性は高い。

 凛に対しての第一声が、こんな言葉なので印象は良くはないかも知れないが、元よりキャスターにとって凛は聖杯戦争のマスター(殺し合いの相手)である。

 

 

「キャスター。私の目的は聖杯そのもので無く、『タタリ』の消滅です。この冬木にタタリが発生した以上、タタリを倒せる存在は温存しておきたい。

それに彼女(・・)も言っていました。遠坂凛は魔術師としても人間としても気持ちが良い友だと。

タタリが極めて危険な存在だと知れば、セカンドオーナーとしての立ち位置もあり、協力してくれるでしょう」

 

 凛は目の前の少女が自分を知っていたことで、警戒を引き上げた。

 セイバーも凛を守るように、己のマスターの前で不可視の剣を構える。

 

 それに、凛にとってはいくつか気になることも言っていた。――――『彼女』が気に入った『友』であると。

 だとすれば、最悪の場合その『彼女』の勢力という場合もある。

 

「良いのかしらマスター。敵のマスターに情報を簡単に教えて。

そもそも相手を助けたようなこの状況といい、私の存在を隠したことといい、『彼女』に対する裏切りではないかしら?」

 

 キャスターは諫めるようにシオンに告げた。

 

「…かも知れませんね。私を信じて衣食住を提供した『彼女』にとっては明確な利敵行為でしょう」

 

「……私も裏切りは経験済みだから、その心苦しさは理解できるわ」

 

 割と気にしているようだったマスターをフォローしようとする辺り、キャスターのサーヴァントはそこまで悪いやつではないのかも知れないと凛は認識したが、それはそれだ。

 他のマスターとサーヴァントであるというだけで、最終的には不倶戴天の敵となるのだから。

 

 

「マスター、命令を」

 

 凛のサーヴァントであるセイバーは、キャスター相手に仕掛けるのなら早いほうが良いと促した。

 決して、ここまで一言もセリフがないから、何か言わなくてはと焦っていたわけではない。

 だが――――――――

 

「向こうのマスターが戦わないというのなら好都合だわ」

 

 『彼女』ともし目の前の少女が対立するなら、それは凛にとっては願ってもみないことだった。

 間違いないだろうとは思うが、『彼女』というのがメルタトゥムの場合、余程ハズレのサーヴァントでない限りは、同盟相手は少しでも多い方が良いからだ。

 場合によっては、メルタトゥムの主従に対して、他全てのサーヴァントで応じなければならない可能性すらある。

 例え、ファラオ自体ではなくその権力の座についたことはないとは言え、ファラオその人の娘である。

 というか、アニメやゲーム、映画や小説によく出てくるあのとても有名な、空前絶後の超絶美女と謳われるネフェルタリの娘である。

 間違いなく、それらの娯楽媒体の影にはメルタトゥムがいるのだろうが。

 

 世界的な大財閥のトップが常に同一人物で、古代の王女メルタトゥム本人だとすれば、その子会社がスポンサーをして現在放映しているネフェルタリというヒロインが人気な百合アニメ『魔法王女☆メルタトゥム』は彼女が主導した可能性もある。

 というか、まずそうだろう。

 因みに『魔法王女☆メルタトゥム』のあらすじは、蘇った母親と、主人公であるその娘が次々と苦難を解決し、その絆を深めていく今期の覇権アニメであり、実写化も予定されている。そう言えば当て馬役でラムセスというキャラクターもいた気がする。

 確か史実ではラムセス二世はメルタトゥムの父親の名前であった筈だと凛は記憶している。

 凛は思う。メルタトゥム(この女)、父親を当て馬にして母親と百合の花を咲かせるとか業が深すぎだ、と。

 そして凛は考える。……友やめしようかな、と。

 

 

 魔力に優れ、権力に優れ、資産力に優れ、政治力に優れ、謀略にも優れた上に、手段を選ばずに躊躇もしない。

 業が深いと言えど、先ず間違いなく今回参加したマスターでは最強の存在である。

 そして本人自体が数千年規模の神秘であることも、無視できない。

 というか、それ自体が極めて危険である。

 その上、まだ凛の所には監視のスフィンクス以外の勢力が見えていないのだから手の内が読めない。

 

 そう簡単に情報をくれるとは思っていなかったが、凛はダメ元でシオンに問いかけた。

 

「メルト…メルタトゥム王女のサーヴァントについて、心当たりは無いかしら」

 

 ダメ元故に直球である。

 

「心当たりは無い…とは言いませんが、それを簡単に答えると言うつもりもありません。

ですが、見合う対価次第では…とでも言っておきましょう」

 

 シオンは涼しげな顔でそう答えた。

 

「条件…? 聞かせて貰おうかしら」

 

 そこに凛は食いついた。心は逸れど、しかして冷静さは忘れるべからず。

 せめて表面だけにでも氷の表情を羽織れば、僅かにでも頭の芯は冷えるだろう。

 どんな時でも余裕をもって優雅たれという父の言葉を、凛は実行した。少なくとも実行しようとは努めた。

 

「先程貴方達を襲ったのは、真っ当なマスターとサーヴァントではありません。

噂や恐怖を元に実像を結ぶ現象『タタリ』がその正体です。

死徒(・・)たるタタリ自体は不滅であり、定期的に様々な場所で現れては、極めて危険な殺戮者として顕れます。

…尤も、先程のマスター達はタタリが歪める事無くとも、元から危険そうではありましたが」

 

「それで?」

 凛は焦りを完全に隠し通して次の言葉を促す。

 

「結論を言いましょう。私はサーヴァントという規格外の戦力がこの冬木に集結している内に、『タタリ』を討ちたい。

それを目的に此処へとやってきました。当然、先に述べた対価(・・)への等価交換というのは、タタリ討滅への参加です」

 

 等価交換という言葉に、凛はシオンへ大凡の見当を付ける。

 目的は理解したし、嘘をついているようにも見えない。

 冬木のセカンドオーナーとしては、土地を荒らす危険な死徒(・・)を知らせてくれ、なおかつ排除に動いてくれるのは正直に言えば助かる。

 それに先程も同じ事を言っていたことから、最初からそのつもりだったのだろう。悪い人物とは思えない。

 …だが、何故彼女がその死徒を追うのか疑問が残る。

 偶々その存在を知った正義感が強いだけの少女と結論を付けるのは、余りにも楽観視が過ぎるという物だからだ。

 それでも、それを聞く以上に答えなければならないことがある。余計な手札は晒せない。余計なことは聞くべきで無い。

 錬金術師(・・・・)に借りを作るだなんて、後で何を対価に要求されるか解ったものでは無いからだ。

 

「そのタタリ包囲網というものに参加させて貰うわ。

それで、彼女のサーヴァントは誰なの?」

 

 包囲網(・・・)という言葉を使うことで、凛は己の他にもタタリ討滅の参加者がいるのか、若しくはこれから作るのかというカマをかけた。

 あくまで自然に、である。

 

「助かります」

 

 シオンはふぅとため息をついてそう答えた。

 そして、その協力への対価を払うことにした。

 

「古代エジプトのファラオ、ラムセス二世とあのネフェルタリの娘メルタトゥム王女の呼び出したサーヴァントは、彼女自身の父親。即ち――――――――――」

「――余だ」

 

 

 凄まじい存在感が場を覆った。

 最早、そこにある輝く覇気は他者に意識を逸らすことを許さない。

 空に浮かぶ空間から顕れた何かの舳先の上に立つ、太陽のように煌めく、いや太陽そのものであるような貴く眩いばかりのその存在は――――――――

 

 

 

 凛はその存在の名前を知っていた。

 想像通りなら、太陽のように感じるのも決して間違いでは無い。

 いや、それ程の存在を遠坂凛は間違えるとは自分でも思っていなかった。

 映画でも、アニメやゲームでも、何故か登場したときに顔が映らないキャラクターで表されるラムセス二世。

 偉大なるネフェルタリの内助の功で偉業を成し遂げたとされる大王。

 本人自体は凄く有名なファラオだが、映画などでやたら登場シーンが少なかったり、出ても顔が映ってない背後だけのシーンであることが多いことで有名な、あの(・・)ラムセス二世である。

 ぶっちゃけネフェルタリの方がずっと有名で、その夫というついでのような立ち位置で有名な古代エジプトの王だ。

 だが、あの有名すぎるネフェルタリの夫という部分を思い出したことで、凛は急激にその脅威を認識した。

 それは、知名度や生前の権威だけの問題では無い。

 

 どの映画でも必ず彼はこういう立ち位置で語られるからだ。

 女神のようで女神のような女神、超絶無敵にビューティフルでプリティな王妃ネフェルタリの夫であり、ネフェルタリとは彼女の最愛の娘メルタトゥムほどお似合いではないが、

まあまあそれなり(・・・・・・・・)に、ネフェルタリの夫として釣り合いの取れている古今無双の神王(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だと。


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