太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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女子会という戦い、開かれるは最上階(ラップ調)

 シオン・エルトナム・アトラシアはホテルピラミッド冬木へと足を進めていた。

 その歩みは決して遅くは無いが、内心ではその道程がもっと長ければ良いと感じていた。

 当初よりこうする予定だったとは言え、あの見透かしたように妖しく光を宿す瞳の持ち主に会いに行くのは正直に言えば気が引けた。

 

 勿論、今回の雇い主に対する建前(言い訳)は最初から用意していた。

 実際に、軍師として作戦の立案とした準備も含めて、メルタトゥムは好きにすれば良いと許容するであろう。

 だが、あの全て解っていそうな微笑みは、本能的に敵対することを許さない何かを感じる。

 嘘をついて神の眷属を欺く者には、どのみち死後その心臓と羽根を秤にかけた後、アメミット(アーマーン)に喰われる定めが待っているのだというような…。

 

 それでもシオンは『死徒タタリ』を倒すと決意した。だからその不安など今更だ。

 ある意味、蘇った死者であるメルタトゥムも死徒と呼んで良いかも知れないが、シオンが倒さなければならないのは『死徒』ではなく『タタリ』である。

 

 

 シオンは先程まではある意味でメルタトゥムを裏切るような行為を見せていた故に、凛からは一時的な協力者としてそれなりに距離を詰めることが出来ていたが、それもメルタトゥムの己の計画の内と言った発言以降は、再びメルタトゥムの駒の一つとして警戒されるようになっていた。

 僅か一言でこうも立ち位置を変えさせるメルタトゥムは流石古代の王女であるとシオンは思う。

 しかし、その発言のおかげでオジマンディアスから不興を買うことは無くなった以上、安全を確保して貰ったという側面も大きいことはシオン自身も自覚していた。

 それに、既に遠坂凛には『タタリ』の事を教え、討伐するように契約を取り付けている。

 必要なことは揃えた。

 他のマスターにも『タタリ』討伐に参加させ、その上でメルタトゥムには嫌われず取りなして貰えた。

 ここまでは予定通りである。

 遠坂凛はこの後、強力な敵がいることと陣地を破壊されたことを受けて、他のマスターと同盟を結ぶであろう。

 しかし最初に協力しようとした相手が、優勝候補のメルタトゥムの手の者であったという印象は残る。

 それでも、メルタトゥムの陣営に更にもう一組他のマスターがいるという状況は、凛に同盟を急がせざるを得ない。

 メルタトゥムとしてもオジマンディアスという手札がある以上、細かく戦うよりも早く纏めて潰したい……そう考えるに違いないからだ。

 

 元から他のマスターという対立候補ではあったものの、随分と信用を失ってしまった凛とセイバーと離れ、帰路についたシオンは遂にホテルの入り口に着いていた。

 気は重いが、そもそもこれは聖杯戦争(・・)であるからして今更だ。

 例え同盟を組んでいたとしても、最後の最後には倒すべき敵となる事は全てのマスターが理解していることだ。

 全ては聖杯を手にする為、『根源』へと繋がる万能の魔法のランプを欲しがるからこそ、皆戦場(冬木)にいるのだから。

 『タタリ』同様に、聖杯では無くタタリの討滅を求めてこの戦場にやってきたシオンの方こそがイレギュラーなのである。

 そして、シオンの戦いはこの後にも続いていた。

 

 エレベーターに乗って屋上にあがると、己の部屋の前でカーペットの上をコロコロ転がっているネコがいた。

 もしかしなくてもメルタトゥムの用いる現代風スフィンクスだった。

 随分とカーペットが気に入っているようだ。

「………にゃん」

 

 ネコは、シオンから少しだけ目を逸らして鳴いた後、何事も無かったようにスイートルーム横の部屋へと歩いて行った。

 時折シオンの方を振り返ってはまた前を向いて歩き出す。

 その様子はまるで着いてこいと言っているようだった。

 

 

 ネコは部屋の前で扉にパシュパシュとリズミカルなネコパンチを入れる。

 すると、中から薄手のネグリジェを着けたメルタトゥムがドアを開けた。

 

「シオン、入りなさい」

「……はい」

 

 

 電気もついていない暗い部屋に、シオンは連れ込まれた。

 夜の室内であることを加味しても余りにも暗い部屋。

 しかし、メルタトゥムが二回手を軽く叩くと、周囲に小さな光が幾つも灯り始めた。

 光はメルタトゥムとシオンを囲むように浮いている。

 よく見ると、それは光るスカラベだった。

 シオンはこの状況を捕らえられたと認識した。

 

 着いてきたキャスターはこの状況を打破すべきかと己のマスターに念話で問いかけたが、シオンは首を振ってそれを断った。

 余計なことはするなと。

 …もし、これから行われるのが拷問だとしても。

 

 メルタトゥムは母親譲りの美貌で艶やかに微笑んで告げる。

 

「安心して良いのよ?

ここに父上はいないし、これから話すことを聞くことも知ることも出来ないのだから」

 

 

 シオンはキャスターを連れている。

 しかし、メルタトゥムは己一人で此処にいる。それはそういうことだった。

 サーヴァントが必要無いだけの仕掛けがあるのか、それとも仕掛けなど無くとも渡り合えるとでも思っているのか。

 キャスターはその眦を鋭くし、シオンは一つの安堵を得た代わりに別の恐怖を手にすることになった。

 

「何か勘違いしているようだけれど、今から行うのは男子禁制のガールズトーク。

先程言った通りよ。

第一、貴女が為した行動が私の利に反することなのか、私に利益をもたらす為の独断行動なのか確認していないわ。

もしかしたら、私がリンを瞞し討ったり利用する手管を邪魔してしまったかも知れないもの。

理解できていないことで貴女を責めるのは流石に不寛容が過ぎるというものよ」

 

 メルタトゥム自身がそう言ったように、その後は極めてどうでも良いたわいの無い話が始まった。

 当初は固まっていたシオンや、警戒を解かないキャスターであったが、話が進み、恋愛についての話になると、何だかんだで解れてきた。

 女性同士の恋愛についてや近親相姦、野性味がある男か知的な男かという話…そして眼鏡男子の是非、ヒモ男の見分け方など、大いに盛り上がった。

 そしてそろそろ寝ようかと言うときに、メルタトゥムはシオンに告げた。

 

「…シオンはズルいわね」

 

 最初言った本人以外はその意味を理解していなかった。

 先程の盛り上がった話の後なので、虚を突かれたこともあっただろう。

 しかし、そうだとしても少々シオンとキャスターは無防備であった。

 とはいえ、元々後ろめたいところがあったシオンである。見当が付かない訳では無かった。

 

「…私が貴方のサーヴァントを遠坂凛に教えようとしたことですか?」

 

 シオンの言葉にメルタトゥムは首を振る。

 答えは違ったようだ。

 

「…秘密裏に聖杯戦争に参加したこと、かしら?」

 

 次いでキャスターが出した回答にもメルタトゥムは首を振った。

 これも違ったようだ。

 

「正解は、それでも私が許すであろうと貴方が理解している事よ。

ねえ、ズルいと思わないかしら?」

 

 蝶を捕らえた蜘蛛のような瞳で、メルタトゥムは問う。

 

「貴女のような聡明な女性に限って大事なことには感情的に動くことはままあることだけれど、もしそうで無いと仮定して、

…私達の手札を明かしても、こっそりマスターになっていたとしても、そもそも聖杯では無い別の目的があってやってきたのだとしても、私に父上から庇い隠させるだけの価値が己にあることを貴女は知っている。

シオン・エルトナム・アトラシア。一体『タタリ』とは何かしら? 何故、死体も無いのに死者が蘇り地を歩いているのかしら。

そして――――――――――貴女は一体、何なのかしら?」

 

 今まではエサに見向きもしなかったメルタトゥムは遂に食いついた。

 ここで、シオンはひとまず土俵に乗ることは出来た。

 古代エジプト王族という聖杯戦争最強の組の庇護下に入りながら、他の主従に介入して『タタリ』を排除する。

 その肝心要はここからだ。

 その為に、わざわざ(・・・・)己もキャスター(・・・・・)のマスターとなった。

 

 大事なのは、誰かの起こした波に呑まれる事無く、誰かの起こした波に乗る事で満足するので無く、己が波を起こすこと。

 しかも最初から波打ち際から離れたところに相手がいたのでは何にもならない。

 波打ち際まで引き寄せてから波を引き起こすのは、最低条件だ。

 

「第六法に挑戦し、伸ばした手が届かなかった者の末路、死徒『タタリ』、又の名をズェピア・エルトナム・オベローン。

――――もうおわかりですね。そういう事です。

タタリは、規則に則って不規則な場所で人々の願いや恐れが反転したもの、本来は希望や勇気に駆逐されるべきもの、噂や恐怖を元に仮初めの魂を顕現させます」

 

 シオンは言外に『タタリ』は己の先祖にあたる者であることを明かした。

 先程までは、何処かからかい好きのネコのような瞳をしていたメルタトゥムの目付きが変わった。

 

「…まるで実体化した英雄譚(サーヴァント)の裏側のような存在なのね。

監督役に命じて『タタリ』を討った者に令呪を増やして貰えるように調整できれば貴女としては満足でしょう。

その為にはもっと『タタリ』を泳がせて監督役に被害の大きさを認識させる必要があったかも知れないわ。

私なら『タタリ』を利用して相手の恐怖(弱点)を暴き出すのに利用することを選ぶでしょうね。

この後だけれど、貴女ならどうする? シオン・エルトナム・アトラシア(私の可愛い軍師さん)

 

 敢えて軍師という立ち位置を解除しない。

 これは理性的に見えて感情的なシオンやキャスターにはやりにくい手腕だった。

 二人ともここぞと言うときは感情的に動く。

 ただその感情を他者に上手く隠せるだけなのである。

 理性的な相手こそ、利でも理でも無く情で縛る。

 それが何人もの王族がいる中で生き延びたメルタトゥムのやり方だった。

 

「…私なら、『タタリ』の出現場所をある程度予測できます。出現精度を上げることも。

そしてその場に他のサーヴァントやマスターをおびき寄せます。

ですが、それは貴方にとって最適解では無い上に、呼び寄せるだけのエサ(・・)が必要です」

 

「軍師である貴女がそれを献策するなら、私はそれを採用しましょう。素直に私にそのエサ(・・)になって欲しいと言ってくれれば更に(二重丸)をあげたのだけれど。

………ねえ、シオン。もしここで私が母上が恐いと言えば、『タタリ』は母上の姿を取るかしら?」

 

 それはけして願ってはならぬ願い。穢れ歪み落ちた顕在装置は願いを歪めて形にしてしまう。

 墓標に堕ちた理想の肯定者は過程だけを真逆にして、逆さに嗤う願いを叶えてしまう。

 報われぬ徒労に終わる滑車を逆しまに回すように、善意を悪意として貌を与えてしまう。

 

 先程のガールズトークで嫌と言うほどシオンたちは教えられた。

 間違いなくメルタトゥムは己の母を心から愛している。

 だからきっと、その願いを求めるなら――――――――

 

「…貴方が悪性と化した理想を見て耐えられるというのなら――――」

 

「……シオン、やはり貴女を殺さなくて正解でしたね。

そして貴女はその正解を見付ける私という答えを成功していた。そうでしょう?

ただ媚びる従者でも、敵対するだけの愚者でもこうはならなかったでしょう。

私と縁を結び、遠坂凛には契約を成立させ、私にタタリに興味を持たせ、こうして生き延びている。

やっぱり、貴女はズルいわ」

 

 少しだけ濡れた目でメルタトゥムはそう告げた。


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