ポケットモンスターS   作:O江原K

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第1話 大いなる復活!

『・・・ああっ!見て!とても格好いい!すごいよ、えーっと・・・』

 

『あれはスピアー。集団でいることが多いのに今日は一匹で飛んでいるわ。

 ふだんは危険で威圧的だけど確かによく見ると・・・・・・』

 

『うん、強くて速くて素敵、つまりスピアーは世界で最強のポケモンだ!

 いつかきっと、大きくなったら・・・あのスピアーのようになりたい!』

 

『ふふふ・・・じゃあそろそろ帰りましょうか。他のものはともかく、

 あのスピアーはきっと捕まえるべきではないのでしょうね・・・・・・』

 

 

 

 

 

「むむ・・・そうか・・・眠っていたのか。わたしとしたことが・・・」

 

目を覚ましたのは中年の男だった。深い眠りではなく、三十分程度の睡眠で

あったが、数時間も眠っていたかのような感覚になっていた。

 

(・・・わたしの幼いときの夢・・・?あまりにも昔のことでもはや

 自分のことではないような気がするな。ハハハ、わたしも老いたな)

 

男は起き上がると、自らのそばで眠っているポケモンたちに一匹ずつ

声をかけて昼寝の時間を終わらせた。そのポケモンの顔ぶれはというと、

ニドキングやサイドンといった怪力で殺傷力の高い危険なものたち

ばかりであった。それらのなかで男は平然と眠っていたのである。

 

「よし、では午後の訓練といくか。お前たち、いくぞ!」

 

その合図とともにポケモンたちは日課となっているトレーニングを自主的に

始めた。この男はポケモントレーナーであり、ポケモンを戦わせるために

鍛えている者の一人であった。しかしいま、彼と彼のポケモンたちは

三年間近く公の場での実戦から遠ざかっていた。それには大きな理由があり、

 

 

「フム、ようやく文句のない動きだ。わたしもお前たちもな。かつての

 カントー最強のジムリーダー、サカキの名に恥じないほどに」

 

彼の名はサカキ。彼こそ、カントー地方で最も難関と言われたトキワシティの

ジムのリーダーとして人々から敬われる立場でありながら、その逆、多くの

心のまともな人間たちからは忌み嫌われる犯罪集団、ロケット団のボスとして

暗躍した、表でも裏でも圧倒的な影響力と支配力を誇る、カントーの帝王だった。

しかしトキワジムのリーダーとロケット団ボスが同じ人物であったなど知る者は

両手で数えられるほどしか世界におらず、それを証拠を積み重ねて主張したところで

誰も信じないはずだ。それだけかけ離れた二つの顔を彼は持っていた。

 

「むしろ三年なら早いほうか。ロケット団として活動していた時はこんなに

 まともなトレーニングなどしていなかったのだからな。積み重ねた経験や

 技術、持ち合わせている素質だけで戦ってきたが・・・」

 

ジムリーダーとしての最重要な仕事は果敢な挑戦者たちを退けることではない。

彼らを一人前のトレーナーとして育て上げることだ。だから相手に合わせて

使うポケモンのレベルも戦術の幅も調整している。そのせいでバトルに敗れ、

ジムを制覇した証であるバッジを献上したところで責められたりはしない。

むしろ戦いに熱くなりすぎて誰一人として認定者が出ないということのほうが

ジムリーダーとしての資質を問われるだろう。あまりにも高く厚い壁の役割は

最高峰とされるポケモンリーグの、そのなかでも特に力量の抜けている

トレーナーたちに任せたらよいのだ。

 

あまりにも勝率が低かったなら問題になるだろうが、サカキはうまくやっていた。

なのに彼がトキワのジムリーダーをその日限りで辞任し、しかもロケット団の

ボスとしての自分をも死んだことにしてしまったのは、絶対に勝ってやろうという

真剣勝負で敗れ、いかに自分がポケモンの訓練をおろそかにしていたかという

事実を叩きつけられた、あの日の敗北に他ならなかった。

 

(・・・レッド・・・わたしのロケット団の計画をことごとく打ち破り、しかも

 トレーナーとして本気の戦いを挑んだわたしをも倒してしまった・・・。

 フフ、後にあの若さでチャンピオンの座に輝いた男であれば当然か。

 わたしがもう少し若ければきっと復讐に燃えたのだろうが・・・)

 

サカキは全てを処分した。不正な行いによって得た資産は一切残らないようにした。

多くの部下も無数の権利も車も別荘も捨てたも同然の形で手放し、『まっとうな』

働きで手に入れたものだけを残したところ、いま彼とポケモンたちのいる

周りに何もない静かな環境の住宅兼トレーニング施設、そして贅沢せずに慎ましく

生活するならば老後まで暮らしていけるであろう金だった。とはいえ彼のポケモンは

大型のものがほとんどで、当然食べる量も多い。まあどこかで尽きるだろう。

 

ロケット団を解散させただけでなくジムリーダーをもやめてしまったのは、

もう一度ポケモントレーナーとして自分を鍛えなおすことが目的だった。

ジムリーダーをしながらでは失われた年月を取り返せない。真っ向勝負で

自らを負かした天才少年レッドへのリベンジが目的ではないが、彼と再び

顔を合わせたときに恥じないトレーナーになりたかった。

 

(・・・よってわたしは彼に感謝すらしているのかもしれないな。いま彼は

 どこかへいなくなってしまったとのことだが・・・簡単に敗れたりする

 男ではあるまい。きっと腕を磨き続けているのだろう)

 

サカキは決して筋肉質ではなかったが、それでもその体は締まっていて、

日々ポケモンを鍛える時間には自らも共に汗を流した。二つの顔を持つ

生活を続けていた日々に弛んでいた体が輝きを取り戻し、さらに増し加えていた。

 

 

「よ―――――し、今日のぶんは終了だ!食事にするぞ!」

 

今日三度目の食事の後、しばらくポケモンたちを自由気ままに遊ばせてから

モンスターボールに入れた。窮屈な環境と思われがちだが、ポケモンにとっては

リラックスできる自分の部屋のようなものであるとも言われている。もちろん

それは仮説であり、ボールの中に入れることは虐待に等しいとする意見もある。

その証拠に、頑なにボールに入ることを拒むポケモンがわずかに存在していた。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「おお・・・スピアー。うむ、わたしの隣にこい」

 

サカキのもとに控えめな羽音を響かせて飛んできたのは巨大な蜂の姿をした

ポケモン、スピアーだ。このスピアーもモンスターボールに入ることを

拒否するモンスターだった。他のスピアーではそのような話は聞かないので、

この個体が特別なのだろう。基本的には従順で、命令には何でも従うが、

モンスターボールの中だけはよほどいやなのか、常に外にいた。

 

幼い日にトキワの森でサカキ少年が見た孤高で気高い、彼の心を奪った

特別なスピアー。それから十年以上過ぎてからサカキは同じ場所で

このスピアーをゲットした。おそらくは違うスピアーなのだろうが、

今に至るまで大切に自らのそばに置き続けていた。決してスピアーは

最強のポケモンなどではないとわかってからも彼の特別なポケモンだった。

 

 

「明日もまた早朝から訓練だ。わたしたちの戦う体の再創造はもう完成に

 近づきつつあるが一日でもさぼるとそれを取り戻すのに時間を要する。

 調整を続けていくぞ。ニュースでも見てからわたしも眠るとしよう」

 

「・・・・・・・・・」

 

人里離れた地で修行に励んではいても、世の流れに無関心というわけでは

なかった。この日もテレビをつけて世の情勢を確認しようとしたが、

以前から繰り返されて宣伝されていた一大イベントが翌日であることを知った。

 

「む・・・そうか。もう明日に迫っていたか。昔のわたしであればこのような

 儲け話にはすぐに飛びついていただろうが・・・いまはどうでもいい」

 

サカキはそのイベントに何ら興味を示さなかった。今後の自分には一切

関係のないことであると思い、すぐに別のチャンネルへ変えた。

 

「スピアー、あと少しでお前たちの仕上がりは全盛のときの輝きを得る。

 そうなればどうしようか。ポケモンジムへ挑戦しに向かうのもいいだろう。

 わたしにも資格があるのだから何ら遠慮する必要はあるまい」

 

サカキがジムリーダーだったころも様々なトレーナーがやってきた。

トキワの町に住む少年が森で捕まえた虫ポケモンばかりを連れてきたり、

老人が気軽に訪れたりしていた。さすがに彼らにジムを制覇したことを

認定するバッジを渡すことはなかったが、挑戦することはポケモントレーナーで

あれば誰でも歓迎だ。多くの者にその機会は開かれている。

 

 

『これはサカキさん、お久しぶりです!なるほど、もうジムリーダーでない以上

 挑戦者として来たと・・・もちろん受けますよ!あなたが相手ならぼくも

 久々に手加減なしのバトルができますからね。滾ってきましたよ』

 

もし自分がただのトレーナーとして各地のジムに顔を出したら彼らはどんな

反応をするだろうか。ニビジムのタケシやハナダジムのカスミなんかは

その性格からして喜んで戦ってくれるはずだ。

 

『ハッハッハ!若手のトレーナーの活躍が増えた今だからこそわしら中高年が

 元気でいなければならないからな!だがせっかく来たんだ、昔話でも・・・』

 

グレンジムのカツラ老人は話が長くなりそうだ。それは覚悟しなくてはならない。

だがその後は問題なく本来の目的を果たせるだろう。その他のリーダーたちも

サカキの裏の顔など知らないのだから喜んでくれるのは確実だ。

 

 

「だが・・・あのなかに一人・・・非常に厄介で対処に困る者がいる。

 あの者のジムに足を運ぶことは躊躇われるな。その顔を見ることすら」

 

サカキがそう言った理由は、使うポケモンの相性が悪いなどという簡単な

ものではなかった。できることならば二度と会いたくない、それほどの

相手であり、少なくとも久々の再会に談笑などありえなかった。

 

「ポケモンバトルであれば負けることはないだろうが・・・まあいいだろう。

 お前もだいぶ眠そうだし・・・今日はもう寝るとしよう」

 

 

ポケモンの修行のみに費やす一日が今日も終わった。明日もまた変わらぬ日と

なるだろう。サカキは自らの寝床のすぐそばで眠っているスピアーの顔を

見ながら自分も目を閉じた。トキワの虫取り少年たちの夢の光景だった。


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