ポケットモンスターS   作:O江原K

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第101話 最終試験

ナツメとアカネの結成したリニア団の一員となったロケット団の元下っ端の女と

彼女がただ一体連れているウパーのコンビ、ワイルド・ワンズの戦いは四戦目、

トキワジムリーダーグリーンとのバトルが始まろうとしていた。全てのタイプの

ポケモンを使いこなせるグリーンだが、ウパーとの相性はよくもなく悪くもない

コラッタを繰り出した。コラッタの姿が見えた瞬間レッドが立ち上がった。

 

「・・・!グリーン、それは・・・!」

 

「フフフ、驚いたか?これから育てるんだよ。ジムの初心者向けのためじゃない、

 もう一度チャンピオンに・・・いや、お前に勝つためにな、レッド!」

 

グリーンが旅の途中でラッタを亡くしたことをレッドはよく知っている。あのラッタが

コラッタのときから強かったのを敗戦という苦い結果によりわかっている。あのような

特別なコラッタの代わりはいるはずもなく、グリーンが新たに別のコラッタを育てずに

いたこともレッドは昨日エリカから聞いていた。ジム戦でのルーキー相手の試合には

ポッポやキャタピー、サンドやオニスズメが出てもコラッタだけは決していなかった。

 

「おれの失敗は数えきれないほどある。過去を気にしすぎていたことや自信過剰な

 ところ、キリがねーが・・・一言で言うなら口だけの男だったということだ!

 それがいま、ナツメとその仲間たちのおかげでハッキリとわかった」

 

「口だけの男・・・どこが?」

 

「これも多すぎるほどだが・・・レッドに勝つという一番の大きな夢だ!

 絶対にリベンジしてやると言いながら心のどこかで諦めていたのさ」

 

初めは自分のほうが上だったのに気がつけば並ぶ間もなく追い抜かれ、とうとう手が

届かなくなるほど差が開いていた。それを受け入れ、敗北は仕方ないと思うようになった。それからレッドが失踪し、勝利するどころか対戦すらできないのでは困ると捜索を続け、

公の捜査が打ち切られた後も自分は諦めずに探し続けると宣言したが、こんなに探して

駄目だったのだからもう無理だ、という思いとジムリーダー業の多忙が重なりついには

諦めてしまっていた。だがいま、それら負の感情や罪悪感は消え、解放されていた。

 

 

「だが今日からのおれは違う!挫折や失意から立ち上がってやり直すのは実は簡単だ!

 ナツメの言葉、それにこれから対戦するこいつらが教えてくれたからな。レッド、

 お前が生きていてくれた以上おれの目標もまだ生きている。再生してやるさ!

 そのためにこのコラッタを鍛えぬいて・・・あいつ以上のラッタに育ててみせる!

 ずっと使えなかったがとうとうお披露目だ・・・思いっきり暴れてこい!」

 

「チャア—————ッ!!」 「うぱ~~~~~っ!」

 

まだ捕まえたばかりの状態、たいあたりしかできないようなコラッタだ。

これでは結果は見えている。客席からも疑問の声が飛んだ。

 

「グリーンさんは初心者相手のバトルが弱いというのは聞いています。元チャンピオンで

 あるために高レベルのバトルを重視しているということと、その強さのせいで手加減が

 ヘタで力を抜きすぎて負けてしまうそうです。やる気もあまり乗らないみたいですし」

 

「そうね・・・あのコラッタじゃさすがに善戦すら・・・」

 

それに対し、グリーンが直接返答した。確かな理由がありこのコラッタを使ったと。

 

「いや、これでいい!一番初めのバトルは負けてもいいんだ。レッドのピカチュウだって

 最初はおれに負けたからな。勝ちっ放しのポケモンは自信過剰になって前のめりに

 なりがちだ。もちろんトレーナーもそうだ、だからあんな事故が起きたんだ・・・」

 

ラッタを失ったのは、グリーンもラッタを含めた彼のポケモンたちも慎重さを欠いた

結果であり、真の実力と限界をしっかりわきまえていれば防げたかもしれなかった。

 

「だから上には上がいること、体力には限りがあり無理は禁物だということ、

 そんな中でトレーニングを続けて最後には世界最強になる・・・それをポケモンに

 教えてやるのがおれたちの務めだ!そしてそっちのウパーにも、自分よりずっと

 弱いポケモンが相手のときどうすればうまく戦えるかを勉強させてやれる!

 オーバーキルになって命を奪うことも油断しすぎて不覚を取ることもない力加減を!」

 

ワイルド・ワンズにも大切な教訓を学ばせることができる、最善の選択だった。

もしナツメが何も言わずにいたらウパーの弱点を突けるナッシーあたりを出して

秒殺してしまおうと考えただろう。しかし間違った歩みをやり直そうとする決意を

行動で示したとき、自分も相手も多くを学び前進できる手を打つことができた。

 

 

「・・・そこまで!勝者、ワイルド・ワンズ!」

 

当然勝利を譲ることにはなったが、グリーンは確かな手応えを掴んでいた。今後その

機会があるのかは不透明だがジムで様々な挑戦者相手にもっとうまく、もっと楽しく

バトルができる、そう感じていた。そしてライバルであるレッドを倒すための準備も。

 

「素晴らしいチームワークだったぜ。約束通りバッジは後日渡す。細かい手続きは

 こっちでやっておく。しかしお前ほどのトレーナーが埋もれているとはな・・・」

 

「は・・・はは、どうも・・・」

 

正式なトレーナーではないだけにほんとうにバッジが手に入るかわからない。こうなると

この場で渡してもらったほうがよかったのかもしれないが、もともと挑戦権を持たない

身であるので彼女はそこまで気にしなかった。貰えなければそれでも構わない。

今はただこの夢のような連戦をウパーと楽しんでいたかった。

 

 

「さて、次はおれが行かせてもらう。しかし・・・きみとは以前に会ったような?」

 

ワタルの記憶は正しかった。チョウジタウンの地下にあったアジトで実際に彼女を

見ていたからだ。すぐにロケット団だと気がついたエリカには劣るが顔を見ただけで

後ろめたい過去がばれたと思いワイルド・ワンズは焦ったが、すぐにアカネがフォローした。

 

「そりゃあそうやろ。あんたは長いことチャンピオンとして試合に出とったやんか。

 客席のファンの顔も常連やったらそのうち覚えるやろ。何回も見に行ったんやからな!」

 

「・・・そ、そうか?それは逆に失礼なことを言ってしまったな」

 

「い、いえ・・・いつも最前列ってわけじゃなかったですし・・・」

 

何か違うようなと思いつつもワタルはそれ以上考えずにアカネたちの言うことを信じた。

とはいえワタルが完璧に思い出したところで今さら彼女を罪に問えないだろう。

現行犯でもなければ証拠もない。忘れてしまっていても問題なかった。

 

「さて、おれはきみのトレーナーとしてのセンスを試してみたい。予想外のことや

 準備していなかった展開に対応できるかどうか・・・確かめさせてもらうぞ!」

 

そう言ってワタルが繰り出したのは彼が誇るドラゴンポケモンではなかった。

 

「ロッス—————ッ!」

 

「げっ!!こいつは・・・勝手に屋敷についてきよったツクシのカイロス!

 まさかワタル、あんたが使うポケモンは!?」

 

「そう、このカイロスだ。それなりの実力はあるようだからな。ドラゴンが相手なら

 イブキのときのように氷で楽勝と思ったら大間違いだ。さて、どうする?」

 

試合開始の合図と同時にカイロスが自慢のハサミを鳴らしながら迫ってくる。

しかしワイルド・ワンズに焦りはなかった。どんな相手だろうが動じない。

 

「ウパっち、あれはオスのカイロス!ここで一回あの技を!」

 

あの技、と言われただけでウパーは理解した。すでに以心伝心の名コンビだった。

これまでどんな敵にも勇ましく挑んでいったウパーが突然体をくねらせ始めた。

媚びるような姿に、まさかカイロス相手に恐怖しているのかと思われたが、

 

「・・・・・・ウホッ!ロ、ロス~~~ッ」

 

「・・・!?そうか、メロメロの技を使っていたのか!そのウパーはメスだった!」

 

メロメロ状態になって攻撃が不発に終わるカイロス。異性を誘惑するこの技は

事前にアカネが技マシンを与えて覚えさせていたものだった。

 

「グヘヘ・・・ロッスロス・・・」 「うぱ—————っ!!」

 

よだれを垂らしたカイロスがふらふらと近づいてきた瞬間、ウパーは高くジャンプし、

カイロスのハサミをすり抜けて頭部に着地、そのまま地面に叩きつけた。

 

「ギャ——————ロス!!」

 

「ウパーのたたきつける攻撃がまともに入った!カイロスはしばらく立てないだろう!」

 

「・・・なるほど、確かに強いな。いいだろう、降参だ。しかし次回はそうはいかない。

 おれのドラゴン軍団、それも中堅クラスの実力を持つポケモンと戦ってもらおう。

 きみがそのウパーとポケモンリーグに挑戦する日を心待ちにしているぞ!」

 

「は、はい!ありがとうございました!」

 

 

変化球で攻めてきたワタルをも退け、こうなると快進撃は止まらなかった。六戦目の

カリンは主力のヘルガーの弟分とも呼べる、レベルの低いヘルガーを繰り出したが、

なみのりが決まりこれを撃破。七戦目アンズはベトベターとドククラゲ、これらはバッジを

四つ程度持つトレーナーを相手にする際に使用するポケモンだったが、負けたくないから

そうしたのではない。これまでの試合を観察し、これくらいのポケモンを用意しないと

あのウパーに失礼なのではないかと考えそうしたのだが、それでも甘かった。

 

「勝者・・・ワイルド・ワンズ!これで七連勝・・・しかも疲れてもいないだと!?」

 

まさかのじしん攻撃の前にアンズの毒ポケモンは簡単に沈んだ。こんな高威力の技を

使えるというだけでも驚きだったが、自身の完敗という結果にアンズはここで確信した。

 

「・・・や、やっぱりだ!間違いない!そのウパーは・・・成長のスピードが普通の

 ポケモンとは全然違う!エリカさんと戦っていたときのウパーだったらもっと

 接戦になっていたはずなのに、あたいが見誤るとは・・・・・・」

 

「ふっふっふ・・・今さら何を言おうが負け惜しみにしか聞こえんで。よし・・・」

 

いよいよ八戦目、最終戦となるからか、三戦目のシバとの戦いの前に皆の前で話を

してからはずっと静かだったナツメが客席からフィールドに降りてきて、ついにその

中心に立った。ということは、何らかの形でこのバトルに関わるということだ。

 

 

「とうとう最後のバトルだ!ここで彼女が勝利すれば一流の証となる八ツのバッジを

 手にするトレーナーとなる!すでにあなたたちなら気がついただろうがアンズの

 言う通り、このワイルド・ワンズは急速に成長を遂げている!我慢と辛抱を強いられる

 不遇の年月が長かったからかもしれないが、この急成長はほんとうに素晴らしい!」

 

「・・・・・・急成長トレーナーにそのポケモン・・・どこかで聞いたな・・・」

 

「そう、アカネだ。こいつも注意して見ていなければ見逃すほどのスピードで

 強くなっている。だがそれはわたしが仲間だからと超能力によるパワーで

 力を引き出しているのではない。この場にいるあなたたち全員にそれができる」

 

ワイルド・ワンズやアカネはまだ発展途上中だから成長できるのであって、すでに

円熟し完成された強さを持つ自分たちであってもまだまだ上昇の見込みが、それも

かなりのパワーアップが可能だと言われては皆目の色が変わった。

 

「おれたちもここから急成長出来るだと?」

 

「ああ。そのためには以前までのあなたたちの常識と限界を捨てなければならない。

 自分の立ち位置や強さはこのくらい、権力者に従うのはいつでも正しいことでそれに

 逆らうのは決まりの悪いこと・・・そんな考えはクソくらえだ。それがあなたたちを

 現状に満足させ今ある以上の力を得られなかった原因だ!」

 

「・・・・・・!」

 

「だがわたしたちはどこまでも求め続ける。トレーナーとしての強さを、ポケモンとの

 絆を、たとえどれだけ敵を作ろうが自分の信じ夢見る事柄を追い求めることを・・・。

 もし変化しようとしないならあなたたちは衰退して減り続け、わたしたちは繁栄し

 その勢力を増し加え続けるだろう。再生への道は間に合わないということは決して

 ないが早く始めるに越したことはないと思うがな・・・・・・」

 

ここでもナツメは自分たちの仲間になれば力を与えようとは言わなかった。とはいえ

このままではアカネやワイルド・ワンズがあっという間にこの国の勢力を塗り替えるほど

成長し、旧勢力は消えてなくなるという忠告をした。消えゆく者たちと運命を共にするか、

それとも見えない壁を打ち壊し限界を突破するか。二つの選択肢を与えていた。

 

 

「さて、話を戻そう。最終戦だが・・・これまではわたしが指示した順番で戦って

 もらったが最後の対戦相手はあなたが選ぶといい!三人の候補がいる。一人は

 あなたの幼き日からの憧れカンナ、もう一人はいまあなたの隣にいるアカネ、

 そして最後にこのわたしだ!誰と戦うか・・・あなたが決定を下すのだ!」

 

「最後の対戦相手は・・・私が!しかも・・・」

 

ジムリーダー、もしくはその代行としてバッジを渡す資格を有さないレッドを除けば

残るのは三人だけ、その三人もナツメが意図的に残したトレーナーたちだった。

名前を呼ばれたカンナもフィールドにやってきて、その場でラプラスを出した。

 

「フフ・・・このラプラス、私のファンだというのならわかるでしょう?」

 

「は・・・はい!見間違えたりしません!カンナさんのエースポケモン、確か十歳で

 初めて大会に出場した日からの相棒で、先日の対抗戦まで戦ったあのラプラス、

 ユウゾウという名前の最高の氷ポケモンがわからないはずは————っ!」

 

「ええ。私も最初はユウゾウ一人しかいなかった。今のあなたたちのようにね。

 私があなたとの戦いで使うのはユウゾウ。もちろん普通に戦ったら私たちの圧勝、

 だから少しでも傷を与えることができたらあなたの勝ちというルールでやってあげる」

 

カンナのラプラスは大勢の挑戦者を凍りつかせただけでなく、カントーの帝王サカキの

ポケモンすら倒している。一撃でも食らわせたら勝てるとは言われても、その前に

一撃で倒されることが濃厚なので非常に厳しいバトルになるだろう。

 

「次はうちや!うちはこの子たちでいくで!細かいキメなんてありゃあせん、ただ

 バトルで勝ったほうが勝ち、それが一番ハッキリしてて面白いバトルや!」

 

アカネはトゲピー、ピィ、ラッキーを紹介した。この瞬間、誰もが同じ感想を抱いた。

 

(・・・アカネはやっぱりアカネだったか。自分が勝つことしか考えていないのか)

 

ナツメへの弟子入りは自分のほうが先だという嫉妬からか、もしくはこれまでと

何ら変わらないだけなのか、全力で勝利を狙う構えだった。ミルタンクやピクシーを

使わないだけまだましだが、さすがはカントーとジョウトの十六のジムはもちろんのこと、

北や南を含めた全国のジムの中で最もバッジを渡さない負けず嫌い、その本領発揮だ。

 

「・・・・・・・・・」

 

アカネのポケモンの実力はこの日の朝、つい数時間前にアジトを壊滅させた進撃が

証明している。一対一ならわからないが三体もいてはやるだけ無駄だ。そうなると

最後の一人、ナツメがどんな条件を出すかに注目が集まった。

 

「・・・確かナツメもバッジをあまり渡さない・・・というかムラがあるって

 聞いたわ。普段ほとんど渡さないのに突然何回も連続してサービスするとか。

 アカネのように悪目立ちしないように数字を調整してるって噂だったけど」

 

「うーん、そこのところはあたいたちもよくわからないんですよ。あの人の

 やることは特に・・・。今回はどうなるのか、ちっとも読めません」

 

リニア団の仲間であるので出来レースをして簡単に勝たせるのか、更なる成長を

促すために敗北の味を教え込むのか、それともそれ以外の何かがあるのか。

皆がざわつくなかでナツメが繰り出したのは最強格のフーディンだった。自らを

神の使いと称し多くの血を流したあのフーディンではないが、それでもナツメの

五体のポケモンではこのオスのフーディンが一番強い。彼は人の言葉で話した。

 

「我らが主ナツメの要求はただ一つ、お前の勝利だけだ。しかしそれをただで

 与えるようなことはなさらない。お前たちの本気を見せてもらおう」

 

この言い方からしてカンナのようなルール上の譲歩は一切ないだろう。しかも

忖度はない。全力でナツメに挑み、勝利をもぎ取らなければバッジは得られない。

アカネ以上に無理だ。対戦相手はカンナとアカネ、どちらかに絞られたも同然だったが

ナツメはある救済策を与えた。圧倒的な差を埋めるハンデを提示したのだ。

 

 

「だが安心するといい。わたしはあなたがこれまでに倒したクズ共とは違うため

 あなたはここにいるエキスパートたちのポケモンを三体までレンタルしていい!」

 

「ポケモンをレンタル・・・!?誰のポケモンでも?」

 

「もちろん。さすがにそのウパーではひっかき傷の一つすら残せないだろうからな。

 レッドのピカチュウだろうがワタルのカイリューだろうが構わない!あなたは

 選抜した三体、わたしはフーディンだけで戦う。これならいい勝負になるだろう。

 ちっともチャンスのないカンナやアカネとのバトルよりずっといい条件のはずだが?」

 

信じられない提案だった。確かに近頃ポケモンジムを手っ取り早く攻略するために

そのジムで使用されているタイプの弱点を突けるポケモンを貸し出すレンタル屋が

流行していた。目先の勝利だけを求め、ポケモンジム本来の目指すべきものから

逸脱させるこの商売はジムリーダーたちに嫌われていたがどうやらナツメは

容認派であるらしい。ますますナツメという人間がわからなくなっていった。

 

「これまでのバトルでわかっただろう。彼女はただの素人ではない。ポケモンを

 貸しても無茶苦茶な使われ方をして壊されるという不安はないはずだ。だから

 頼まれたら断ることなく受けてやってほしい。嫌ならいまのうちに言ってくれ」

 

「・・・・・・おれたちはいいが・・・しかし・・・」

 

誰も反対はしなかった。とはいえ少しも納得できず疑問だらけのままだった。

 

「言っておくけど私と戦う場合は助っ人なんか認めないわよ」

 

カンナが釘を刺した。何でもありと言われても仕方のないバトルに付き合う気はなかった。

アカネもそのつもりでいたが、すぐに返答はせずにひたすら思考を巡らせていた。

 

 

(これは・・・たぶんそういうことやな。ならうちはしばらく黙っとこか)

 

幾度もナツメのやり方をそばで見てきたアカネには、ナツメの秘めた意図がほぼ正確に

読めるようになっていた。なぜ突然これまでとは真逆のことを言い出したのかわかった。

この場のトレーナーたちをクズ呼ばわりしたり、そのウパーでは勝負にならないと

言い始めたり・・・二重人格としか思えないような振る舞いはただの芝居に過ぎない。

ナツメはいま、ワイルド・ワンズを試している。八つめのバッジを受け取るにふさわしい

トレーナーとポケモンであるか、すでにテストは始まりどころか正念場を迎えていた。

 

(できるかダメかは別として道はぎょうさんあるように思えるが実は・・・)

 

まずは最初の選択だ。三人のうち誰と戦うか。正解は一つしかなかった。アカネが

見守る中、女は時間をかけて考えた。なかなか答えが出ずにいたが、ウパーの目を

見つめ、言葉は交わさずとも互いの思いが伝わったようだ。ついに結論が出た。

 

「おお、決まったようだな。誰と戦う?」

 

「・・・カンナさんは私の憧れであり最終目標です。もっと強くなってから正式に

 戦いたいと思います。アカネさんには最後のバトルも後ろで支えてほしいので・・・

 ナツメさん、あなたとの勝負を希望します」

 

「ふむ・・・あえて最も勝機の薄いいばらの道を選ぶか。いいだろう、受けよう」

 

一番厳しいと思われるナツメを指名したことでざわめきが起きたが、

 

(・・・よっしゃ、まずは第一関門クリアや。三分の一を乗り切った!)

 

アカネは小さくこぶしを握った。ワイルド・ワンズは最初の試練を突破した。

もし彼女たちが自分を対戦相手に選んだのならアカネは全力で叩き潰すつもりでいた。

今日の朝ロケット団から足を洗ったばかりのトレーナーに負けるのはプライドが

許さず、ナツメに認められているワイルド・ワンズへの対抗心もあった。そして

カンナも手心を加えず勝ちに行く気でいた。バッジを八個揃えるということは

セキエイ高原への挑戦権を得るという意味であり、現状ではトレーナーの女もウパーも

その域に達していないため跳ね返すと決めていた。よってこの二人を指名した時点で

敗北が確定した。ナツメと戦う、それだけが次の段階へ進める正解だった。

 

 

「だがここからあなたのトレーナーとしての能力が試される。これだけの超一流が

 揃ったのだから選り取り見取りすぎて迷ってしまうだろう、じっくり決めるといい」

 

ナツメのフーディンを三体で倒す。あの規格外の強さを誇る個体のほうではないので

意外と簡単なのではないかとギャラリーたちはそれぞれ自分の考える選抜チームを

口にして意見を交換し合った。その傾向は案外似たようなところに収まっていた。

 

「レッドのポケモンを並べるだけで勝てるでしょう。ですがわたくしのフシギバナか

 ラフレシアを加えたら強力なねむりごなで勝利をますます盤石なものにできますよ」

 

「レッドのピカチュウはその圧倒的な強さ、カリンのヘルガーは相性面から外せない。

 あとは・・・おれのギャラドスか。フーディンは物理攻撃に弱いからな」

 

「ある程度体力を削れる二体を出して最後は私のキングドラでフィニッシュ・・・」

 

ピカチュウやカイリュー、ヘルガーという勝つためには鉄板とも呼べるポケモンを

二体選び、最後の一体の枠に自分のポケモンをねじ込むといった形だった。

戦術などなく数の差で無理やり押し切って勝つのが簡単であり一番無難だった。

 

「だがそんな勝利に意味はあるか?これだけのポケモンから選抜できるというのなら

 やつもフーディンだけではなく三体使うはずだ。力任せに勝つのでは失格で、

 何かしらの技術や戦法を求めているのではないか?」

 

「それか最初からの懸念通り形だけのバトルをして仲間にバッジを渡したいのか。

 でもそういうのはナツメが一番忌み嫌いそうなものだが・・・」

 

外野はあれこれと議論していたが、ワイルド・ワンズの返答は早かった。

三分の一どころではない選択肢の多さであるにも関わらず、先ほどの半分も

時間をかけずに答えは決まった。いや、最初からそれ以外の選択はなかった。

 

 

「・・・私が使うのはウパっちだけ、これまで通りのバトルでお願いします」

 

誰もレンタルせず、一対一での戦いを決めていた。別世界のポケモンともいえる豪華な

顔ぶれに目移りすることもなく、自分のウパーのみを頼りにナツメに挑むというのだ。

 

「・・・あなたにチャンスは全くなくなるがほんとうにそれで構わないのだな?

 ウパーを外さずに二体だけ借りてもいい。考え直すなら今だぞ」

 

「いいえ、これは譲れません。ここまでお膳立てをしてもらって七連勝はしましたが、

 本来私たちはまだそこまで行ける力はないはずです。だから勝てなくたっていいんです。

 ウパっち以外の力で勝ったって大事なものを失うだけで何の意味もありません!」

 

「ほう、こんな機会は二度と来ないかもしれないぞ?それでも思いは変わらないか?」

 

女はウパーを肩に乗せた。顔に最も近い場所だった。互いに二つの目をしっかりと見つめ、

それからすぐに鋭い目つきになって恐れることなくナツメに向かっていた。

 

 

「それに・・・負けるって決まったわけじゃない!私たちは勝ってみせる!」

 

女はウパーを愛し、目先の勝利よりも生涯続く相棒との関係を何よりも大事なものとした。

ウパーも女を愛し、超格上挑戦とも呼べる戦いにも不安や恐れは一切なかった。

その友情のためなら命をも投げることができるのをロケット団アジトですでに実証した

このコンビは本物の絆で結ばれている。裏切りや疑念の入り込む余地は毛ほどもない。

 

「あなたに私たちの全てをぶつけること、それが私たちの勝利だ———————っ!!」

 

「うっぱ————————っ!!」

 

 

そのときだった。いまトレーナーたちの間で持ち切りの話題であるあの力が発現した。

ウパーを含めた彼女の全身が眩しく輝きだし、不思議なパワーに満たされていた。

 

「・・・あはっ!こいつら・・・やりよったで!」

 

「いくよウパっち!私たちには失うものも怖いものも何もない—————っ!!」

 

「うぱ—————————!!!」

 

ただの青や水色ではない、海の色だった。その覚醒した状態のままフーディンに突進した。

奇跡を起こすには勇気ある前進しかない。急所に攻撃を当てるか猛攻の勢いで相手を

怖気づかせて一気に畳みかけるか。迷いのない先制攻撃を仕掛けていった。この突撃が

どのような結果をもたらすか注目を集めたが、思わぬ結末を迎えた。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・ひ、引きあげていったぞ!フーディンが・・・背を向けた!」

 

なんとフーディンはウパーとは逆、ナツメのもとへと歩き始めた。これにはウパーも

攻撃を中断した。フーディンから戦意を全く感じられなかったであり、むしろすでに

戦いは終わった、とフーディンは言っているかのようだった。そして一言も発さぬまま

ナツメの前で跪いた。それに対しナツメはモンスターボールを取り出した。

 

「よくやったフーディン。わたしの望み通りの働きだったぞ」

 

そう言うとボールの中に戻した。目の前で何が起きているのかがいまだによく

わかっていないワイルド・ワンズのもとにナツメが歩み寄ってきた。

 

「・・・バッジを七つ集めたトレーナーは・・・あと一回勝てば夢の舞台だという

 思いが強すぎて目の前の誘惑にすぐ手が伸びる。これまで苦楽を共にしてきた

 ポケモンすら躊躇せずに捨ててしまうのだから人間の欲とは恐ろしいな」

 

「・・・そこまで考えていたわけじゃ・・・ただ・・・」

 

「しかしあなたは違った。これだけのスターたちを自分の指示で動かせる二度とない

機会よりも相棒との絆を選んだ。たった一日の喜びと快感ではなく今後数十年と

続くであろうそのウパーとの歩みを大事なものとした。これなんだ、わたしが

求めていた答えは。富や名誉を何にも勝ってひたすら追い求めるよう教えられ続けた

トレーナーたちがすっかり忘れてしまっている宝を見せてくれた・・・」

 

後ろでアカネが笑っていた。この正解にたどり着けるか見守っていたが、

思っていた以上にすんなりと試練を乗り越えた様は爽やかさすら感じられる。

自分とナツメの仲間にふさわしいと明らかにしたコンビの勝利を喜んでいた。

 

 

「わたしはこれまでの者たちとは違う。いまあなたにその証を渡そう。

 ヤマブキジムを制したトレーナーに与えられる、ゴールドバッジを!」

 

「・・・・・・!!」

 

金色に輝く、ナツメに認められたトレーナーであることを示すバッジだった。

 


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