ポケットモンスターS   作:O江原K

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第102話 人間のクズ 

 

カントーとジョウトのポケモン界の未来を占う対抗戦。両陣営が互いの拠点で調整を

続け、とうとうその前夜となっていた。セキエイ高原が管轄するこの二つの地方のみ

ならず、国内の他の地方や海外にも大きな影響を及ぼす可能性が高く、各リーグの

チャンピオンや影響力を持つ人間たちが続々と空港に姿を現していた。テレビでも

連日この戦いのことばかりが扱われ、盛り上がりは最高潮に達していた。

 

ワカバタウンが生んだ若きチャンピオン、ゴールドが故郷に建てたトレーニング施設、

そこで彼と仲間たちは本番に備えていた。長年使われていなかった土地であり、周囲に

民家はなかった。報道陣への対応は別の場所で行われ、この日は完全に取材を拒否し

彼らを帰らせていた。ポケモンたちの訓練がすでに終わった時間であることも、

たまに野生のホーホーが鳴く以外は都会では味わえない静けさをもたらしていた。

ゴールドは一人で夜風に当たっていた。すると後ろから彼に近づく人間がいた。

 

「・・・ゴールドさん・・・となり、いいですか?」

 

「ああ、ミカンさんでしたか。構いませんよ、どうぞ」

 

許可を得てゴールドの隣に立つミカン。その姿を更に後ろから眺める二つの影があった。

クリス、そしてシルバーだ。シルバーは尋ねるべきか迷ったが、気になっていたことを

思い切って聞いてみた。これまではっきりと彼女からは聞かされていない事柄だった。

 

 

「・・・・・・クリス・・・えーと・・・お前はこれでいいのか?」

 

「これでいい?何が?」

 

「いや・・・お前はゴールドのことが・・・好きだったんじゃないのか?なのに今

 あのミカンに出し抜かれている。こんな平然と見守っていていいのかと聞いている」

 

ここでクリスからゴールドへの好意を聞いたら自分の恋も諦めがつく。さっさと

あいつのところに行って来いと背中を押すつもりでいた。しかし彼女はさっきから

ゴールドではなく自分のそばから離れない。もしかしたら、とシルバーは期待していた。

明日の決戦の前にどちらに転ぼうと白と黒のケリをつけておきたかったが、クリスの

答えはシルバーの願いとはやや違った、第三のものだった。

 

「う~ん・・・今まではそう思っていたんだけど、よくわからないのよ」

 

「は?よくわからないだと・・・?」

 

「あいつに抱いていたのは恋心じゃないかもしれない、そう思い始めているところなの。

 ミカンちゃんのあいつへの気持ちは本物の恋する心なんだろうけど私のは違う。

 私のお節介焼きな性格、それに・・・あいつへの嫉妬のせいで勘違いしていたのかも。

 私は実はまだほんとうの恋を知らない、今ならそう結論できる」

 

ライバルのゴールドは消えたが、自分を好きだというわけでもないらしい。チャンスは

残ったが今のところ脈なしか。今日中の決着を望んだシルバーには困った返答となった。

 

「そうか・・・お前がお節介なのはオレも知っている。何度もこの身で味わってきた。

 だが嫉妬というのはわからないな。お前は自分と他人と比べて優越感に浸ったり

 対抗心を抱いたりするような人間ではない。それがどうしてあいつのことを?

 チャンピオンとして遠い存在になってしまったからか?それとも名声や大金か?」

 

「・・・簡単に言うと・・・あいつがみんなに認められているってところかしら。

 きみの言う通りチャンピオンの立場がそうしているのかもしれない。それでも

 あいつはポケモンを愛する優しいトレーナーだと誰もが口を揃えて認める。

 無敗の王者としてよりも、そっちのほうを称賛する声も多いほどに・・・」

 

シルバーのために助言を、時には厳しい言葉で励まし続けたクリスが自分の

抱える悩みを口にするのは初めてだった。シルバーはそれに耳を傾ける。

 

「別にあいつよりも私のほうが、とかいうわけじゃないの。ただ、羨ましいだけ。

 あいつみたいに有名になれば私も認められるトレーナーになれたのかなって」

 

「お前が認められていない?そんなはずはないだろう。いまは施設内で休んでいる

 スイクン、あの伝説のポケモンのマスターであるお前が何を言う。スイクンを

 追い求めたトレーナーは山ほどいたがお前だけが認められ、あいつはお前の

 ポケモンになった。それを知った人間たちもお前を尊敬しているじゃないか」

 

他人と比べない代わりに自分に求めすぎるものが大きくなりすぎてはいないか、

シルバーはそう考えた。クリスは己に厳しく、向上心が強いあまり余計なスランプに

陥っていると指摘したかった。だがクリスの悩みの原因は別のところにあった。

 

「そう、それが嫌なのよ!みんなスイクンのことでしか私を評価しようとしない!

 チコちゃんたち他のポケモンたちと時間をかけて築いた絆や愛情・・・それも

 本物なのにみんなどうでもいいことだと興味を示さない。伝説のポケモンが

 いることや稀少価値のあるポケモンのデータ以外は無価値だというかのように!」

 

「・・・そんなもんだろ。わからないやつにはわからない、それでいいだろう」

 

「いいえ、そもそもスイクンが私といっしょに来てくれるようになったのは私と

 ポケモンたちの関係を見て、私にその資格があると認めてくれたから。決して

 優秀だから、才能があるからって理由じゃなかった。なのにみんなそれを

 信じようとしてくれない!ほんとうに私が認めてほしいことに気がつかない」

 

 

クリス、本名クリスタルはワカバタウン一の名家クリスエス家の生まれであり、

本来ポケモンと気ままな旅ができる身分ではなかった。タマムシのエリカ同様、

十年以上先の結婚相手まですでに将来が決められているほど束縛されていた。

それを受け入れたエリカと異なりクリスは反発したため、両親は条件を出した。

何らかの成果、目に見える結果を残せばクリスの求める自由を与えると。

 

「親も友達も博士も・・・スイクンをはじめとする貴重なポケモンを連れてきた、

 そのことに喜んで私を自由にした。もっと大事なことを見てほしかったのに。

 だからそれを正当に評価されているゴールドが羨ましく思うの。それだけの話」

 

「価値観なんか人それぞれだ。自分の望み通りにならないのは運が悪いせいだ。

 顔も知らない男と結婚させられるのがなくなっただけいいじゃないか。しかし

 お前でも認められたいと思ったりするのは意外だった。明日の戦い、他でもない

 このオレが戦う理由の大きな一つ、それが認められるためなんだから凄い偶然だ」

 

「きみも・・・!誰に、何を認められたいの?」

 

シルバーも『認められる』ことを願っていた。クリスとは違った方向ではあるが。

 

 

「当然・・・全ての人間にだ。お前が味わったように・・・結局この世界は最後には

 目に見えるものしか大半の連中は認めない。権威やカリスマ、能力に金・・・。

 オレが明日の戦いで勝てばまとめて手に入る。それに伴う称賛や栄光もな」

 

第一試合、サカキの代打としてシルバーはフィールドに立つ。そこでアカネを倒せば

シルバーの野望はすでにほとんど成就すると言っても過言ではない。これほどの騒動が

起きた後なのだから四天王やジムリーダーの再編は確実で、サカキとゴールドは

シルバーを高い地位に推薦し、それに異議を唱える者などいないだろう。

 

「たった一回バトルに勝つだけでオレの人生は大逆転だ。これまで明るい時間に街を

 歩くのも一苦労だったオレが日の当たる場所で輝く勝ち組の仲間となる・・・。

 すでに勝利のための道筋は見えている。明日が待ち遠しいぜ————っ・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

クリスはこのときシルバーから不穏な気配を感じ取っていた。このところはすっかり

隠れ、もう完全にいなくなったと安心していたシルバーの邪念が蘇りつつあると。

ポケモンは目的を果たすための道具であり、どう使おうが構いはしないという考えで、

千載一遇のチャンスを前にシルバーが再び悪の道に戻ろうとしている気配があった。

ここでそれを説いても効果は薄いと感じたクリスは、別の手段に出た。

 

 

「・・・ねえシルバーくん。私とここで・・・約束してくれないかしら」

 

「約束?ああ、誓ってやろう。オレは明日お前たちの眼前であの女をぶちのめす。

 必ずやつを殺してオレは無事に帰ってくる。完勝を宣言してやるさ」

 

ここでクリスが望むことなど自分の勝利のほかにないだろうとシルバーは考え、

力強く約束の言葉を口にした。ところがクリスは首を横に振りながら言った。

 

「いいえ、私が約束してほしいのは・・・明日の戦い、勝敗はどうであれきみが

 ほんとうに欲しいものを手に入れ、ほんとうに認めさせたい人たちにきみの

 ポケモンたちとの時間の集大成を見せ、認めさせる!それをお願いしたい」

 

「・・・?オレの望みはもう言ったはずだが?しかもそれらは勝利でしか得られない。

 それなのに勝敗は構わないというのは理解できないが?」

 

「・・・・・・きっときみ自身もまだわかっていない。でもバトルの途中で必ず

 気がつくと信じているから・・・私の言葉とこの約束を忘れないでね」

 

「・・・・・・・・・」

 

シルバーはクリスが言いたいことがわかっていた。これまでの話の流れから、

彼女が大切にしているものが何であるかなどすでに理解している。そうなると、

もし数日前にロケット団幹部たちから入手した薬を使ったらどうなるか・・・。

 

 

(・・・ポケモンの寿命を大幅に縮め、代価として生物の限界を超えた異常な

 パワーを与える薬・・・きっと軽蔑され罵られ・・・絶交だろうな。だがオレは

 もう止まれない。こんな機会は生涯で二度とない。逃すわけにはいかねぇんだ)

 

たとえポケモンを真に愛するクリスやゴールドとの友情を失おうが構わない、

使わないで済むのならそれに越したことはないが勝利のために避けて通れない

道であるのなら突き進むだけだ。シルバーの決心は固まっていた。

 

 

 

 

「ゴールドさん、明日は・・・ほんとうに大丈夫なんですか?」

 

「ええ。シルバーの実力はミカンさんもこの一週間でよくわかったはずです。安心して

 アカネを任せることができます。とはいえ仮にあいつがしくじったとしたら・・・

 それはそれでいい展開です。ナツメを倒した後でぼく自身の手でアカネを殺せる。

 今から楽しみで仕方がありませんよ、あのバカが死の直前でどんな顔を見せて

 くれるのか。戸惑うのか、怒るのか、恐怖するのか、泣いて命乞いするのか・・・。

 やつを許してやる気など全くありませんが一通り堪能するのも悪くないでしょう」

 

「・・・・・・・・・」

 

すでに完成されつつある強さを持つゴールドは、サカキやミカンたちとの訓練で

大きな上積みを得ることはなかったがそれ以上に不安材料は見当たらなかった。

よって彼の勝利は確信できたのだが、それでもミカンの表情が曇っていたのは、

 

(・・・またアカネ・・・クリスちゃんも口にしていましたが・・・いくら憎い敵

 だからとはいえ・・・ゴールドさんの頭のなかはアカネのことばかり・・・!)

 

彼が明日の第二試合で対戦するのはナツメだというのに、アカネについて話す機会の

ほうがこの六日間、ずっと多かった。自分がいくら頑張ってもゴールドのなかのアカネの

存在感を上回れない、ミカンはそのことに胸を痛め、悲しんでいた。

 

「・・・ゴールドさん、それでもポケモンバトルは何があるかわかりません。負けたら

 命を落とすかもと言われている明日の戦い、どうしてもやめることはできませんか?

 危険すぎるバトルに挑まなければならないほどの憎しみや恨みがあるのですか?」

 

「これはぼくだけの戦いじゃありません。前にも話した通り、ここであのバカを

 止めないと大変なことになります。ジョウトはおろか世界中に悪影響が及ぶ前に

 あいつの息の根を止める・・・チャンピオンとして当然の責務ですから」

 

ミカンの求めている答えではなかった。これまでだったらこの優等生の返答を

喜んでいたかもしれない。しかしいまは違う。ゴールドの本性は年相応の少年、

それも不良の悪ガキだとクリスから聞いている。それを自分相手には隠し続けて

いること、因縁の敵アカネと過去に何があったかをいまだに教えてくれないこと、

ミカンの不満は溜まり限界に達していた。そしてこの状況を変えるには一人で

もやもやしていてはいけない、大きな行動が必要だと決心しミカンは勝負に出た。

 

 

「・・・・・・ゴールドさん!」

 

不意を突いてゴールドに抱きついた。以前もクリスと張り合ってそうしたことはあったが

今回はそのとき以上に体を寄せた。彼女は薄着だったので体の感触が、特に下半身の

柔らかさがゴールドによく伝わってきた。あまりのことにゴールドの化けの皮が剥がれた。

 

「お・・・おい!突然何を・・・!」

 

「私がこうして頼んだら止まってくれるかな、と・・・」

 

「・・・あんたほどの賢い女が馬鹿な真似をしやがる。おれ相手だからまだよかった。

 そのへんの男にやろうモンなら勘違いされてあっという間に押し倒されちまうぜ」

 

勘違いしてもらっていいのに、と言いたかったがさすがにそこまでの勇気はなかった。

変な女だと距離を置かれても困るし、目的は果たせた。ミカンは満面の笑みを浮かべ、

 

「あははっ!やっと・・・私にも見せてくれた。これがほんとうのゴールドさん・・・」

 

「・・・・・・!ちっ、ハメやがったのか・・・あんたがこんな罠を仕掛けるなんて。

 つーかあんたも何だか話し方が違うぜ?もっとおっとりとしてたし自分のことは

 あたしって言っていた。あんただって同じじゃねーか、猫っかぶりめ」

 

「・・・あーあ、ばれちゃったかぁ。でもいいや、あなたとこうやって話すのが

 夢でしたから。お互い余計な壁がなくなったところでゆっくりと・・・」

 

 

ここでミカンはゴールドから離れ、二人はその場に座った。田舎街ワカバタウンの

中でも特に夜空が美しく見られる、他に邪魔の入らない静かな場所だった。

 

「こんな夜だった。自転車で気持ちよく走ってたら警官に呼び止められてうるさく

 説教された。こんな遅くまで何をやってんだってな。一気に最悪の気分になっちまった」

 

「心配してくれてたんでしょう?子供が一人で夜中に自転車を乗り回していたら・・・」

 

「どうだが。偉そうな口調でへらへら笑ってやがった。だからポケモン勝負して

 小遣いを貰ってやった。それで少しは気が晴れたけどな」

 

ゴールドも完全にミカンに気を許したのだろうか。チャンピオンになるまでの間の

旅のエピソードを語るが、どう考えてもテレビや公の取材では言えないようなもの

ばかりが続く。それをミカンはにこにこと笑いながら楽しそうに聞いていた。

 

「なんだなんだ、そろそろおれに愛想を尽かして帰ると思ったら意外と・・・」

 

「ふふっ、もっと聞かせてほしいくらいです。これを知ったらもうあなたが雑誌や

 テレビ、ラジオで話す言葉なんかくだらなさすぎて聞けなくなっちゃう」

 

「・・・そうか、なら望みに応えてやろうか。これはクリスにもシルバーにも、

 お袋にも話していない・・・あんたに話すのが初めてのおれの秘密を教えてやる」

 

ついにきた、とミカンは小さくこぶしを握った。他の誰よりも自分がいま一番

身も心もゴールドのそばにいる。彼が頑なに話そうとしない秘密、つまりアカネと

何があったのかを知るチャンスだと胸を躍らせた。ところがここでゴールドが口に

したのはそれとは違う事柄、しかしとてもショッキングなものだった。

 

 

「・・・むこうに川があるだろ?おれはあそこで・・・自殺しようと思った。

 本気でそう考えた・・・だけど悩んでいるうちに怖くなってやめた」

 

「・・・・・・・・・は?」

 

「おれは人間のクズだ。作り笑いと偽りの化粧を続けすぎてこのままいくと

 ほんとうの自分を忘れちまいそうだ・・・でもそれをやめることもできない」

 

ゴールドの言う作り笑い、偽りの化粧。いつも演じている利口で真面目な若き王者、

そのことに違いないとミカンは察した。あまりにも素行が目に余ればチャンピオンの座を

追われるのは当然のことで、ゴールドは優等生であり続けるしかなかった。

 

「協会の偉い連中やスポンサーども・・・あいつらが裏でポケモンたちにどんなに酷い

 ことをしているか知っているのに何も言えないどころかやつらの言いなり・・・。

 やつらの指示通りスケジュールをこなして指定された衣装で試合をする。これが

 全てのポケモントレーナーが目指す頂点なのかと思うと笑えてくるぜ」

 

「・・・・・・ゴールドさん」

 

「あいつらと同じほど腐った心の持ち主なのさ、おれは。王者になって最終目標を

 達成してしまったら次に何をしていいのかわからず・・・楽な道を選んで

 偉い連中と仲良くやっている。おれのようなクズはなかなかいないぜ」

 

ただバトルに勝って強さを示せばそれでいい、そんな楽な立場ではなかった。

明らかに正義から逸脱した行為を愛する者たちと良好な関係を築かなければ

ならない毎日を若き王者は偽善であると認め、自分を人間のクズと呼んだ。

彼にどう励ましの言葉をかけたらよいかミカンはわからなかったが、別の

慰め方があった。ゴールドのように本心を告白するだけでそれができる。

 

「・・・それを言うなら私も似たようなものです。どこにもほんとうの顔がない、

 自分の意志が弱い情けない人間は・・・私のほうが深刻だと思います」

 

「・・・・・・あんたが?あんたは立派に・・・」

 

「今回の騒動だけを考えても・・・ゴールドさん、私は実のところ考え方としては

 あなたの大嫌いなアカネたちに近いものを持っています。もしあなたがいなければ

 私はあの反乱に加わっていたかもしれない。そして協会の人間と戦っていました」

 

ゴールドは黙って聞いていた。それ自体を別にどうとも思っていなかったからだ。

しかし最後、協会の人間という言葉に反応し、不快を露わにして返答した。

 

「おれは協会のジジイどものためにやってるわけじゃないぜ。あいつらのために

 なんか命どころかジュース一杯すらも賭けてやるもんか。協会側対ナツメ軍とか

 言われているがおれはあくまでアカネを殺すために参戦したんだ」

 

そこもまたゴールドを悩ませるところだった。協会の手駒、巨大な組織の犬だと

言われても仕方ないのは承知しており、それでも協会の味方につくしかなかった。

チャンピオンという立場である以上、ゴールドの選択肢は限られている。仮に

アカネがナツメの誘いに乗らず反乱を鎮圧する側にいたとしたら個人的な感情を

押し殺して彼女と肩を並べて戦っていただろう。

 

 

「しかしあんたも似たようなモンだな・・・要するにおれがいる、つまり

 勝ち目があるほうに乗ったってことだろ?自分の意思や信念を曲げてまで

 保身に走るのか。ちょっと・・・いや、かなり意外だったぜ」

 

「・・・私はゴールドさんのいるところならどこへでも行きますから」

 

ゴールドはどこまでも鈍い男だった。ミカンはあくまで自分の才能と実力を

認めていて、誰が相手だろうが負けるはずがないから安心してついてきていると

ズレた結論にたどり着いていた。ゴールドがたった一人でカントーとジョウトの

全エキスパートトレーナーを相手にする勝ち目のない勝負に挑むとしても、ミカンは

彼の味方だろう。とことんゴールドを支え、共に戦うと決めているのだ。

 

「そんなんじゃあ他人の言いなりになっちまうぜ?たとえばこれから先あんたに

 彼氏ができたとして・・・肉付きのいい女のほうが好きだから20キロ太れって

 言われたら素直にそうすんのか?逆にもっと痩せろって命令されたらただでさえ

 スリムなのに骨と皮になるまでガリガリになるつもりか?」

 

「・・・・・・しちゃうかもしれません」

 

「ははっ!あんたみたいなアホなやつがいるから悪党どもがいい気になるんだ。

 あんたクズだな、どうしようもない人間のクズだぜ。とことん強いやつに流されて

 ペラッペラな生き方をしてるようじゃ鋼の少女の異名は返上したほうがいいぜ」

 

愛する男からクズだと言われた。しかしそれこそミカンの待っていた言葉だった。

 

 

「・・・ふふっ、これでお揃いですね。二人ともみんなから信頼されて憧れる

 存在なのに自分のほんとうの顔すらない・・・人間のクズ!クリスちゃんや

 クルミさんでは共有できない、ゴールドさんと私だけのもの・・・」

 

「・・・・・・!なるほど・・・ミカン、あんたおれを力づけるために・・・。

 いきなり自殺しようとしたなんて聞いたらびっくりするよな。でもあんたは

 うまくやったよ。一人じゃない、おれだけが悩む必要はないって伝えたいんだろ?」

 

元気づけるためにミカンはいろいろやってくれた、ゴールドはそう思っていた。

クズ呼ばわりされてまで慰めを与えようとしてくれる、どこまでも優しい人間だと。

だからこそ話の途中でも危惧したように権力者や変な男に騙され食い物にされないか

心配になった。だが、どうやらその必要はないようだ。

 

 

「いいえ、違いますよ?私もスッキリしたかっただけです。お利口さんでいるのも

 疲れますよね。たまには本音で喋りたくなります。それが好きな人、生まれて初めて

 この人とならどこまでも運命を共にしたい、身も心も全てをあげてしまっていい、

 心からそう思える人にそうできたのだから・・・とっても幸せです。こんなに月が

 きれいな夜空であなたと二人きり、何も隠さず語り合えたことが・・・」

 

さすがのゴールドもとうとう気がついた。ミカンの顔を見ればもう間違えようがない。

ところが彼は鈍いままの自分を装い、急に立ち上がると海へ向かって歩き出した。

 

「・・・ハッ!その手には乗らないぜ!並の男なら騙せるだろうがおれ相手じゃあ

 そうはいかないぜ!そうやって協会のお偉いさんを接待してジムを豪華に

 してきたんだろうよ。残念だったな!おれは捕まらないぜ!」

 

「・・・・・・」

 

「チクショー!やってらんねえや!帰らせてもらうぜ、失礼する!」

 

悪態をついてその場を去ろうとした。ところが巨大な鋼鉄の蛇が行く手を阻んだ。

 

「うおっ!こいつはハガネール!ということは・・・・・・」

 

ハガネールの使い手ならよく知っている。立ち止まったゴールドの袖が掴まれる。

 

「・・・ミカン・・・・・・」

 

「私は本気です。あなたと初めてアサギの灯台で出会った日からずっと」

 

「・・・・・・仕方ねえ、今日だけ騙されてやるか!」

 

 

大事な戦いが明日に控えているというのに二人は夜中まで星空の下で寝転びながら

過ごした。時々手を握り合ったり体が触れたりしたがそれ以上のことはなかった。

何でもないことを語り合い、頷いたり反論したり笑い合ったりしただけだ。それでも

これまでとは違い、飾ることなく素直に本心を口にするのは爽やかさを生み出し、

まるで夢のようなひと時であったが、これは今日限りだと二人とも感じていた。

 

持ち前の優しさで今のところは隣にいてくれるが、やはりミカンは自分とは違い

真の優等生だ。やがて自分から離れていくだろうとゴールドは察していた。

本性を知れば知るほど、幻滅し失望して少しずつ距離を置き、去ってしまうだろう。

 

ようやく誰よりも彼に近づくことができたが、ミカンにはわかっていた。どれだけ

ここから頑張ってもゴールドのなかで最も大きな存在、アカネを超えるのは不可能だ。

彼はアカネのもとへ行き、自分に残るのはクリスを裏切って出し抜いた卑怯者の名だけだ。

 

それなのに、今の二人はなぜかとても穏やかな気分だった。明日の危険なバトルの

ことも、その先のことも、悪い予感の欠片もなかった。

 

 

 

「・・・う~ん・・・こんなに見せつけられてもやっぱり特に感じるものはない。

 本物の恋ってどんなものなのか・・・きみは知ってる?」

 

「あ、ああ!?オレはそんなくだらないものに興味はない。求めるのは高みだけだ」

 

「そう・・・ま、ミカンちゃんを恨んではいないけど私を出し抜いた件に関しては

 後でたっぷり弄ってやろっと。もう遅いし私たちはそろそろ戻らないと」

 

ゴールドたちを見届けるのを終えてクリスが引きあげていく。シルバーにとっては

ゴールドとミカンがどうなろうがクリス以上にどうでもいいと感じているので

これ以上この場にいる理由はなかったが、いまだ悩みの種を抱える彼は動かなかった。

 

 

(・・・人間のクズ、か。明日無様に負けたらオレはただのクズだ。だが禁断の手を

 使ってしまったら勝利したとしてもそれ以下の男になるんじゃないか?親父や

 ゴールド、それにクリスは・・・オレが悪魔に魂を売ったと知ったらおそらくは)

 

アカネを完全に実力で圧倒する以外に道はない。ゴールドとは真逆にシルバーは

自分で自分を追い詰めプレッシャーをかけていた。デビュー戦独特の緊張も

あるとはいえ、余裕のないこの状況は決してプラスとはならないだろう。

一度は固まった心も揺らぎ始めていた。

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