ポケットモンスターS   作:O江原K

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第103話 最後の夜

 

ワカバタウンのゴールドたちと同じようにナツメとアカネも決戦前夜を静かに

過ごしていた。すでに本番へ向けてのトレーニングは終え、夕食後はくつろいで

体を休めている。大勢の強豪トレーナーたちをスパーリングのために招いたが、

いま残っているのは彼女たちの正式な仲間である元ロケット団のウパー使いの女、

それにレッドとエリカしかいなかった。大人数での夕食の時間は毎日が宴会の

ような騒ぎであったが、この日は終始静かだった。この空気に耐えられなかったのは

やはりアカネであり、皆の中心になる位置を選んで座り大きな声を出すのだった。

 

「なんだか寂しいなぁ。昨日までワイワイやっとったのにいきなりこれじゃあ・・・。

 まさに祭りのあとって感じや。いや、ほんとうの祭りは明日なんやけどな!」

 

「ああ、さすがに前日までバカ騒ぎというわけにはいかないから彼らは帰した。

 わたしのポケモンもあなたのポケモンも状態はこれ以上なく好調だ。あとは

 わたしたちがその力を引き出してやるだけなのだから、二日酔いや食べ過ぎで

 足を引っ張っていては最悪だ。今日はこれでいいだろう」

 

ナツメがワタルやカンナたちを帰らせた理由はもう一つある。自分たちとは

無関係であることを明らかにするためだった。万が一ナツメとアカネが敗れると

それに加担した者たちもいま持っている特権や役職を奪われ、代わりに協会の

権力者たちの手先が入りこみ、今回の行動を起こす前よりも環境は悪化してしまう、

それを避けたかった。彼らが最終的にはこちら側についてもいいという意思を

示したからこそ、いまのところは仲間にしなかった。この屋敷でナツメに力を貸した、

そのことを決して口にしてはいけないと言い聞かせてから彼らと別れていた。

 

 

「でもそんなら真っ先にこの二人を追い出すべきやったで!」

 

「・・・僕たちを?練習の協力はしたし身の回りのことは自分たちで・・・」

 

レッドとエリカに攻撃の狙いを定めたアカネ。二人の秘密を暴露した。

 

「この二人はアカン。ナツメ、あんたの立派な別荘をホテルと勘違いしとる。

 たまたまうちは見てもうた。詳しく言わんでも・・・心当たりがあるやろ、なぁ」

 

「ア、 アカネ・・・ど、どこでそれを・・・」

 

珍しくエリカが狼狽える。誰にも気づかれていないと思っていたようだ。レッドは

室内だというのに帽子を深々とかぶるだけで、二人がこの屋敷で皆に隠れて何を

していたのか、確かにそれ以上言葉にしなくても十分だった。

 

「・・・ちゃんと掃除はしたのか?洗濯はしていたようだが・・・」

 

「そ、それはもちろん。汚れは残さずに・・・」

 

「なら不問だ。わたしはいままでわからなかったし他の者たちもそうだった。

 アカネもそのせいで夜中起こされて眠れなかったというわけではないのなら

 誰の迷惑にもなっていない。堂々としていればいいさ」

 

 

ナツメの反応はあっさりとしていて、しかも予想外だった。激怒しないまでも

皮肉や痛烈な一言くらいはあるはずが、二人を許して話を終わらせようとした。

 

「ちょ、ちょっと待たんか!そんな問題ちゃうやろ!こいつら多分この家の

 いろんなとこでやりよったで!ベッドはもちろん風呂場やトイレ!これから

 何かするたびにもしかしたらここであの二人がって・・・モヤモヤするがな!」

 

それに対しアカネは猛抗議したが、ナツメはまたもや驚くようなことを口にした。

 

「いや、わたしがこの屋敷に来ることはもうないのだからそんな心配は不要だ。

 レッドにエリカ、これからは海外で活動すると言っていたがたまには故郷に

 帰りたくもなるだろう。人々の邪魔が入らずに落ち着ける別荘として・・・

 この屋敷はあなたたちにくれてやろう。明日からここはあなたたちのものだ。

 だから自由に使ってくれ、男と女の営みだろうが何でも好きにな」

 

「・・・・・・!?まさか僕たちが汚したせいでここにはもう住めないと!?」

 

「そうではない。不要になったから処分するだけのこと。あなたたちもいらないと

 いうのならまた別の誰かにくれてやるか壊してしまっても結構だ。そうだ、

 これで思い出した。あなたにもわたしの・・・こいつを譲ろう」

 

食器の片付けなどの雑用をしていた元下っ端の女とウパーを呼び、ナツメは

多くの権利書や株券、その他価値のあるものをまとめて渡した。一億円は優に

超えるであろう財産をワイルド・ワンズのコンビに押しつけるようにして渡した。

 

「じょ、冗談・・・ですよね?これ全部くれるっていうのはさすがに・・・」

 

「いや、全部だ。加えてあなたたちが先日手にした八つのバッジ、それさえあれば

 何でもできるだろう。好きなように使い夢を叶えるといい」

 

なぜ急にこんな簡単に所有物を気前よく手放すのか。皆が喜びよりも不安を抱くなか、

ナツメを絶対的に信頼するアカネは深く考えずに愉快に笑っていた。

 

「あっはっは!これは明日のバトルの勝利宣言や!うちらが協会の犬どもを

 蹴散らせばこれからはうちらがセキエイ高原のトップに立つ。そうなりゃあ

 金は腐るほど入ってくるし別荘だってここよりもっと豪華なやつをいくらでも

 おっ建てられる!そんなトコやろ、ナツメ!」

 

「・・・ああ、その通りだ。あなたたちに渡した何十倍、何百倍のものが手に入る。

 そんなもののために戦っているわけではないがそれだけの金を自由にできると

 いうのなら気前もよくなるさ。もともとわたしは金遣いが荒いからな」

 

敗れて死んだときのことを見越すのではなく、勝利し栄誉を掴んだときを考え

気持ちが大らかになっている、ナツメはそう主張した。その思いがこの場で

ただ一人わかっていたことにアカネは喜びながら彼女に肩を寄せて言う。

 

「ところで・・・うちにも何かあるやろ?もっとたまげるような豪華なものが・・・」

 

ここまでの二組よりも遥かにナツメとの関係が親密な自分には更なる莫大な富が

与えられるのは当然だと期待していた。ところがナツメはさらりと答えた。

 

「ん?特にないぞ?いま誰かに渡せる金目の物はこれで全てだ。別荘はレッドたちに、

 資産は彼女たちにと決めていたが・・・あなたにこんな大金を渡すとくだらない

 ことに散財してすぐに食い潰されそうだからな。残念だが・・・」

 

「・・・え!?ナ、ナシ!?い、いやいやいやいや!そりゃうちだって金が欲しくて

 あんたといっしょに戦うわけやあらへん!でもあんまりやろ、こんなん!」

 

何もなし、それにアカネはひどく動揺しナツメの両肩を持って何度も揺さぶった。

するとナツメはアカネの手を取って落ち着かせた。心配する必要はない、話はまだ

終わっていないとその目で語っているのがアカネにはわかったので静かになった。

アカネにだけ何一つ与えないはずがなかった。ナツメはこれまでとはちがい真剣な

口調でゆっくりと、大事な言葉として語り始めた。

 

「アカネ、わたしにとってあなたはもはやそんなものを渡すような間柄ではないと

 いうことだ。あなたに渡すものはこの心、ポケモンを愛し不正を許さず、たとえ

 孤独であってもその信念を曲げない決意だ。すでにあなたにはそれがあるが、

 わたしの分も加えれば更に強固で揺らがないものとなる。それを受け取ってほしい」

 

「・・・あんたの分を?いやいや、心をもらったらあんたが空っぽになってまうやろ」

 

「明日の勝負は命を賭けたものになる。もしかするとわたしも敗れこの世から

 消え失せるかもしれない。そのときここにいる者たちや昨日までいた者たち、

 そしてあなたの命名したリニア団に入る大勢のトレーナーたち、それをあなたが

 教え導いていかなければならない・・・その責任も託しておこう」

 

まさに全てを託す、と言われているかのようだったが、実際にこうなるのはナツメが

いなくなる、つまり負けて死んでしまった場合の話なのでアカネには受け入れがたい

ものだった。勝てばこんな必要はないのだから、そのほうがずっといいに決まっている。

 

「あはは!あんたほどのトレーナーが何を弱気な・・・もし負けたらなんて

 考えたらアカンで、縁起でもない・・・現実になってまうで」

 

「・・・くくく、そうだな、考えすぎかもしれない。この話は保留にしておこう。

 しかし備えをしておくというのは大事なことだ。いざというとき堂々と落ち着いて

 対処できるかただ慌てふためくかは大きな差がある。そういう意味で一つ話を

 しておきたい。これはわたしとレッドしか知らないであろう衝撃の事実だが・・・」

 

ナツメとレッドだけが知っている、果たしてどんなことだというのか。

 

 

「明日の展開次第でこんな話になるかもしれないからあなたがそのときになって

 驚きのあまり混乱しないようにいま教えておこう。わたしたちが戦う敵の大将、

 カントーの帝王と呼ばれるサカキ!やつこそがかつてカントーとジョウトを

 支配しようと悪事の限りを尽くしたマフィア、ロケット団の首領だった男だ!」

 

「・・・・・・な、なんやて!?あのサカキが・・・失踪したロケット団のボス!?」

 

アカネは驚きのあまり立ち上がり、サカキが去った後とはいえロケット団に所属していた

元下っ端の女とウパーも全く想像していなかった真実に動揺を隠せないでいた。

 

「幹部たちがいまだにその伝説の存在を神様のように崇めていたのは知っています。

 トキワジムの前リーダー、サカキ・・・あの人がそのボスだったとは・・・」

 

「うぱ~~~っ・・・うぱぱ・・・・・・」

 

「やつがトップに立つとあの組織は急速に成長した。カントーはおろかジョウト、

 あのままいけば世界中を手に入れかねない勢いでな。その野望を阻止した勇者が

 ここにいるレッドだが・・・エリカ、あなたはちっともびっくりしていないな。

 他者にあまり興味を持たないあなたのことだ、この事実も驚くには値しないか?」

 

エリカは話を聞いても少しの反応もなかった。その理由をくすりと笑ってから語った。

 

「うふふ・・・当然です、わたくしはすでに知っていましたから。レッドがトキワの

 ジムに挑む日にはもう情報を掴んでいました。余計なことで集中を乱さないために

 あえて教えずにバトルに向かってもらいましたが、どこかへと去ってしまったと

 聞き、ならばもうあえて公表する必要もないと黙っていただけのことですよ」

 

三年以上前のロケット団との戦いの日々、彼らを追い詰めたのは少年レッドであり、

彼は組織のブラックリストに載っていた。ロケット団と癒着はしていないが敵対も

しなかったエリカが立ち上がったのはレッドと共に戦うため、彼を守るためだった。

現役チャンピオンのままレッドが姿を消したとき、敵の残党による報復の可能性を

考えてエリカはロケット団の調査を続けていた。もし愛する彼が捕まっているのなら

何としても救出に向かい、命を奪われているのならその報復をするために。結局

無関係であったのだが、ウパーを連れた女が元ロケット団だと一目でわかったのは

そのためだった。墜落したロケットの残骸だと正確に言い当てたのだ。

 

「・・・しかしほんとうによかったです。レッドとナツメだけが共有する秘密があり

 わたくしは蚊帳の外だなんてことになったら・・・とても耐えられません」

 

「くくく、この程度でも駄目なのか。嫉妬深いな。これは大変だぞ、レッド」

 

話の本題はサカキについてだ。衝撃の事実を伝えたが、あくまでアカネが本番になって

余計な動揺のせいで集中を欠くのを避けるためでしかなかった。

 

「だがそのことを武器にするつもりはない。秘密をばらされたくなければ負けろなどと

 卑怯な取引の証拠にはしない。レッド、あなたもシロガネ山で彼と会ったと言ったな。

 そのときすでに彼がロケット団ではなく一人のポケモントレーナーであったからこそ

 あなたも彼と山を下り、その過去については口を閉ざしていた。そうだろう?」

 

「・・・はい。トキワジムでの最後の勝負の後、あの人は僕に誓いました。ロケット団を

 解散させトレーナーとして一からやり直すと。その言葉に嘘はなかったとはっきりした、

 だから僕は過去のことを水に流しました。これでよかったと思っています」

 

「う~ん・・・警察に突き出せばイチコロなのに惜しいなぁ。ま、うちらも叩けば

 いくらでもホコリが出てくるようなことばっかしとるし・・・トレーナー同士、

 ポケモンバトルで全ての決着をつける、ってことでエエんやろな」

 

皆の意見は一致していた。それを確認するとナツメの表情は穏やかになった。

 

 

「ああ、それでいい。彼もこの場にいるあなたたちと同じだ。最初は心の正しい

 夢に満ちたポケモントレーナーだった。しかし歯車が狂い暗闇に沈んだ。

 そこから復活するのがあなたたちよりも時間がかかっただけのこと。だから

 失われた時間を取り戻そうと青春時代の若者のような輝きを見せている」

 

「・・・トキワジムも初めのうちは健全に運営されていたと聞いています。

 そのうち大企業と手を組みわたくしたち他のジムやポケモンリーグの四天王、

 ついには本部までも操り利用してお金儲けに走っていくようになった・・・。

 おそらくどこかでロケット団と頂点として暗躍を始め、そして別のどこかで

 初心に立ち返る機会があったということなのでしょうが・・・」

 

「彼がロケット団のままでいたならわたしも手段を問わなかった。ポケモンを

 虐げる者たちの一人として有無を言わさず裁いていた。本来わたしや彼など

 若きトレーナーたちに道を譲り今回のような大舞台に出てくるべきではない

 年齢だが・・・彼が再び立ち上がったのならバトルで相手する以外はない」

 

アカネがサカキと対戦することになってしまったため、ナツメが直接サカキと戦うには

彼の用意する代役のトレーナーにアカネが負けなくてはならない。それは望ましくない

展開であるが、アカネが気になったのは別のところだった。

 

「あっはっは、あのオッサンはまあいい齢やけどあんたはちゃうやろ!あんたで

 厳しいならほとんどのトレーナーが引退になってまうで!」

 

いまだナツメの正確な年齢を知らないが、さすがにサカキと同列に考えるのは

無理がある。まだまだ全盛期で、誰かに後を託し自分は表から退くというのは

早すぎると、アカネだけでなく誰もがそう思うだろう。

 

 

「そうですよ、ナツメ。受け入れ難いことではありますがこの一週間、模擬戦

 とはいえあなたはレッド相手にも互角以上に戦っていました。いくらレッドが

 まだ本調子ではないとしても・・・そこまでの実力者であったとは驚きでした」

 

ほぼ完璧な内容で屋敷に招いたトレーナーたちとのスパーリングを終えていた。

不利な展開からの巻き返しを練習するためにあえて劣勢から始めたバトル以外は

ほとんど勝利し、ナツメはここまで強かったのか、と皆の度肝を抜いた。

 

「ヤマブキジムでナツメさんと戦ったあのバトル、今でもあれが一番苦戦した

 思い出です。エリカの応援、それによって発動した不思議な力がなければ

 僕は負けていました。あのときの僕はよく勝てたなぁと・・・」

 

四天王とグリーンを倒しチャンピオンになった戦い、王者として勢いのある挑戦者や

他の地方のチャンピオンとのバトルを経験してもナツメとの勝負が一番苦しく

追い詰められていたとレッドは語る。そしてエリカがいたからこそ勝てたとも言い、

二人は顔を合わせると手を固く繋ぎ、愛情に満ちた笑みを交わしていた。

 

「なんやなんや、結局ノロケかい。ならさっさとベッドに・・・ん?」

 

そのとき、ナツメのモンスターボールの一つが激しく動き、中からポケモンが

飛び出してきた。いまナツメが持っている五体のポケモンのなかではエース格の

オスのフーディンだった。自らの意思で人間たちの前に現れたのだ。

 

「そう、あの日勝つべきは我が主のほうだった!敗北は全てこの私に責任がある!

 たとえどんな力を発動させようが大逆転は起こらないはずだった!」

 

フーディンは力強い声でそう主張した。バトルの最終局面、レッドのピカチュウは

すでに残りの体力は僅か、あと一押しでナツメとフーディンの勝ちというところから

不思議な力に満たされ赤い光に包まれたレッド、それにピカチュウに敗れていた。

 

「お前は覚えているのではないか?我が主ナツメの最後の指示を!」

 

「え・・・えーっと、うん、覚えている。きみにサイコウェーブを放つようにと。

 その直後にエリカの声が聞こえてきて・・・マックイーンという名前の僕の

 ピカチュウが攻撃を寸前でかわしてみせたんだ」

 

「半分は正解だ。だがその前・・・我が主は私にサイコキネシス、そう言いかけて

 急遽サイコウェーブに変えたのを忘れているようだな。威力でも命中率でも

 サイコキネシスのほうが勝っている。こちらを使っていれば勝敗は逆になっていた、

 それがわからないお前ではあるまい。もちろん我が主が勝利を目前に慢心し

 手を抜いたはずがない。だから私に全責任があると言っている」

 

ナツメは沈黙していた。他の者たちも話が掴めていないせいでただフーディンの

主張に耳を傾けるしかできなかった。数年前の熱戦、勝ちたかったバトルの敗因を。

 

「あのとき・・・私はサイコキネシスが使えなかったのだ!このために!」

 

フーディンは自らの右肘を見せた。すると痛々しい針の痕が大量にあった。

 

「うぱっ・・・!」 「こ、これは・・・手術の痕!」

 

「そうだ。ポケモンセンターの装置でも治せないほどの重傷はこうするしかない。

 私の場合は・・・この肘を若い時から何度も故障し、それをかばい肩や足も

 痛めてしまった。手術回数は九回、200に近い針の痕がある!もちろんこれは

 勲章や功績などではない、バトルのためのポケモンとしては失格と言えるほどの

 惨めな痕だ。だが・・・それでも我が主は私を決して見捨てなかった!」

 

 

 

 

ナツメがジムリーダーとなって間もないころだった。己を神の使いと称する並外れた

強さを持つあのフーディンとバリヤードしかいない時の話だ。ジムのトレーナーが

ある一体のポケモンの登録を抹消し、処分しようとしているのをナツメは目にした。

 

『何をしている、そのポケモンはあなたの主力だったはずだ。高齢というわけでも

 ないはずだがなぜ外す?しかもトレードではなく処分とは』

 

『ナツメさん・・・見てください。とうとう限界になってしまったんです。

 これまでずっと頑張ってくれましたがこれ以上戦わせることはできません』

 

そのポケモンはユンゲラーだった。能力は優秀なのだが生まれつき体質が弱く、

特に肘の怪我は致命的で、癖になってしまったため回復してもすぐにまた痛め、

ハイレベルのバトルには耐えられなくなっていた。

 

『私だって処分なんてしたくありません。ですが私の貯金ではこれ以上手術させたり

 長期の治療というのは・・・何よりユンゲラーにもう闘志がない。このまま野生に

 放ったとしてもタマゴのころから人の手によって守られてきたポケモンです。

 どうにかなりませんか、ナツメさん。いい引き取り手を知りませんか?』

 

『フム・・・どれ、この程度の傷か・・・ならわたしが引き取っても構わないか?

 わたしならしばらく休養させて徐々に復帰させる余裕もあるし、あなたたちよりも

 戦う数は少ないからこのポケモンにとっていい環境の変化になるだろう』

 

『ええっ!?ナツメさんが!?い、いや、そりゃあありがたいですけど・・・』

 

ジムリーダーが使えるようなポケモンではないとそのジムトレーナーは驚いたが、

ナツメはもう自分のものだと足早にユンゲラーの前に立ち、そして彼を迎えた。

 

『あなたの炎はまだ消えていない・・・心を読まずともわたしにはわかる。あなたが

 一見やる気を失っているように見えるのはこれ以上手術やバトルで痛い思いを

 したくないから、というわけではない。わたしたちに遠慮しているだけ、そうだろう?

 いつ再発してもおかしくない自分に大金と時間を使わせるのが悪いと感じて・・・』

 

『・・・・・・・・・』

 

『安心しなさい、わたしたちは対等だ。最初から人間に育てられたポケモンはどうにも

 人間を絶対的な主人、自分はその家来か奴隷だと思ってしまう例が多い。だがそれは

 全くの間違いであると知りなさい。これまで散々人のために戦ってきたんだ。その分

 金や手間をかけさせたって何の悪いこともない・・・支え合うのは当然だ』

 

当時からナツメはポケモンと人間の関係は対等であるべきと語っていた。ナツメの後ろにいるバリヤード、そして圧倒的な威圧感を放つあのフーディンも同じ考えだった。

互いに支え補い合い、人のポケモンもレベルアップを続ける。誰もが簡単に口にはするが

それを真に行動で表している者は稀だった。自分の特に大切にしているポケモンには

愛を注ぐのも容易いが、そうではなくしかも欠陥があり、他の者たちは見捨てようと

しているポケモンを相手に自分の資産や時間を少しも惜しまずに与えることができる

トレーナーが果たしてどれだけいるだろうか。ユンゲラーの目つきが変わった。

 

『・・・・・・!!』

 

『おお、そうか。もう一度頑張ろうという気になってくれてうれしいぞ!さあ行こう!』

 

元のトレーナーもそのユンゲラーがナツメに引き取られるのを見て、心からよかったと

笑顔を見せた。自分ではどうやっても復活させることができなかっただろうが、ナツメは

ほんの少し言葉を交わし、目を合わせただけでユンゲラーの闘志を蘇らせたのだから。

肘の故障はまだこれから治さなくてはならないが、うまくいくという確信があった。

ナツメと歩いていく後ろ姿が大きくなっていたためだ。ユンゲラーからフーディンに

進化を遂げた彼のピークはまだまだこれから先にやってくるだろうと言い切れた。

 

 

 

 

「我が主はその後も私に無理をさせなかった。期待に応えられず再び手術の必要が

 生じても、何度でも私を支え励まし、治療に付き合ってくれた。サイコキネシスは

 負担になるからとあえて封じ、他の技での戦い方を学ぶよい機会だと考えようと

 私に言ってくれた・・・そのために敗れるバトルがあっても私のせいにせず、

 次にどうすればいいかと時間を取って夜遅くまで様々な方法で指導してくれた。

 この方に勝るトレーナーなどどこにもいないことを証明してみせる、そのために

 私は、いや・・・私たちは戦うのだ——————っ!!」

 

「ふふ・・・頼もしいな、幸ちゃん。肘の調子もいいようだし明日は・・・」

 

ナツメは周りに目をやった。つい出てしまった言葉を聞かれていないかと確認するために。

しかしこの場にいる者たちは誰も聞き逃さなかった。ナツメの一瞬の気の緩みを。

 

「幸ちゃん・・・なるほど、あなたもポケモンに名前をつけるのですねぇ」

 

「うちはもう知っとるで!モルフォンにはZUZU、スリーパーにはパトリック、

 隠しとるけどナツメはみんなを愛称で呼んでることくらいはなぁ!別に恥ずかしい

 話やあらへん、コソコソやる必要はないと思うがなぁ・・・」

 

このフーディンの正式な名前は幸之助(こうのすけ)、そこから幸ちゃんと呼ばれていた。

 

「こう言っては何だけど意外だった。まさかナツメさんも!あの人に続いての驚きだ」

 

「あの人?誰のことや」

 

「サカキさんだよ。あの人も公の場では使わないだろうけど・・・ポケモンをちゃんと

 自分のつけた名前で呼んでいた。そしてポケモンたちの表情が生き生きとしていた。

 そこで僕はあの人が生まれ変わったと判断できたんだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

レッドの口からサカキの話を耳にした瞬間、ナツメは確かに笑った。話題が自分から

逸れたからではない。サカキのことを純粋に喜んでいたのだ。

 

 

「・・・彼は生まれ変わったのではない。元に戻っただけだ。だから彼と戦える、

 それが楽しみで仕方がない。直接対決はなくなったが明日の第一試合、彼が

 用意するトレーナーとアカネの勝負はわたしたちの代理戦争とも言えるだろう」

 

「ヘッ、任せとき!あんたの期待は裏切らんで!うちはそいつに勝つのはもちろん、

 その後あんたに勝たにゃあならんのやからな!最初はまるで話にならん惨敗やった。

 でも今日の昼はついにあと一歩までいった。明日こそあんたを超えたるわ!」

 

「ふふっ、そうだったな。わたしとあなたで決勝戦をやる、その約束だった。

 あなたの成長は相変わらずわたしの予想を大きく上回るものだ。ぜひわたしを

 倒してほしいところだが当然手加減はしない。恨みっこなしの最後のバトルだ」

 

 

ナツメとアカネはそれぞれ頷きあった。そしてアカネのほうが先に席を立ち、

そのまま部屋から去ろうとしていた。その去り際に指をさして叫んだ。

 

「よーし、今から明日の決着までうちらは仲間やけどライバルや!今日はこの間とは

 違う、あんたと一緒には寝ない!そんな馴れ合いはその後でたっぷりとできる!」

 

「素晴らしい・・・ますます楽しみになってきたな、これは」

 

「最高のコンディションとあんたを倒すための秘策で挑ませてもらうで、覚悟しいや!

 そのためにもレッドとエリカは今日ぐらいは静かに頼むで!ナツメがオッケーくれた

 からってうちらのこともちょいとは考えて合体してくれや!」

 

「・・・・・・・・・」

 

またしても余計な一言で場を締めることになりそうだったが、ここでレッドの

ピカチュウがどこかから現れて、通訳ができるフーディンに何かを伝え始めた。

 

「ピカッ!ピカピ~・・・ピカピカ」

 

「ん?あの二人は両方ヘタレだからまだそこまでやってない?抱き合ったり撫で合ったり

 その他いろいろはあるが・・・ぼくとモンちゃんはもう何度も楽しんでいるけど」

 

「・・・お、おい!マック!変な話をするなよ!それよりお前・・・もう手を出したのか!

 僕より先に大人の男になったというのか・・・・・・ほんとうに?」

 

「本番はない・・・逆にやらしく聞こえるで。何をやっとるのか・・・もっと詳しく

 聞かせてくれんか、頼むわ!あんたとモンジャラのことも気になるで・・・」

 

 

レッドとエリカが自分たちのポケモンに対し先ほど以上に顔を真っ赤にして怒ったり、

モンジャラの隠された素顔は実はとても美人なんだとピカチュウが自慢したりと、

終わりかけていた場がもう一度盛り上がりを見せた。その騒ぎの隙にナツメは自室へ

戻り、紙と筆を用意すると、書き上げたものを入れるための封筒に二文字、彼女は

『遺書』と記した。明日の戦いは命を失うかもしれないものであり、いまのうちに

書き残しておくべきこともあるだろうが、ナツメはすでにこの時決めていた。

勝負がどうなろうとも自分は明日この世を去ると。戦いに敗れて死ぬか、何者かに

討たれるか、そうでなくとも自らの手でその命を終わりにすると定めていた。

 

「・・・すでにわたしには勿体ないほどの希望の光をいくつも見ることができた。

 そしてわたしは長く生き過ぎた。わたしのやってきたことなど意味のないちっぽけな

 ものだと思っていたが・・・いや、わたしがいなくても彼らならできたのだろう、

 レッドとエリカが結ばれたのも、アカネが素質を開花させたのも、そして彼が

 幼き日の夢を思い出し復活したことも・・・全ては彼らの力によるものだ。

 わたしなど世の中の誰も必要としていない。そしてそれでいいんだ」

 

以前から何度もそれを書こうと思っていたのだろう。すらすらと書き上げていた。

希望と絶望が交差し、愛する者たちの顔が浮かびながらも、そこに自分は不要と

いう思いは変わらず、あっという間に書き上げて机の上に置いた。

 


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