ポケットモンスターS   作:O江原K

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第104話 全世界への宣戦布告

 

ついに決戦の日を迎えた。一週間前同様、決められた時間よりも早くナツメたちは

スタジアムのフィールド、その中心にいた。すでに会場は満席で、注目を集めるのは

わかっていたのでアカネは今回も観衆を味方につけるためのトークショーを提案し、

ナツメもそれを承諾した。カントーとジョウトのポケモン界の未来を左右する運命の

戦いが目前であるというのに弛緩した空気が充満していた。

 

「この会場のメシは当たり外れが大きいんや!同じ商品でも信じられんくらい味が

 違うんや!まあタコ焼きは本場コガネのホンマにうまい店を知っとるからうちには

 どれもこれもしょーもないモンにしか思えんがなぁ!」

 

「ふふっ・・・わたしはここに観客として来たのはずっと前だからな。すっかり変わって

 しまったのも当然だが、確かにコーヒーは差があるとジムリーダー仲間も言っていた。

 あなたは今日の戦いでチャンピオンの座を手にしたらそういうところから改革を

 始めたいと口にしていたな。具体的に案はあるのか?」

 

「セキエイ高原はカントーとジョウトの中央にあるはずや。なのにカントーの味つけで

 出してくる店と屋台が多すぎる!うちが推薦するコガネの名店の数々をそいつらと

 入れ替えて・・・せやな、8:2くらいの割合でジョウト風味の店にしたるわ」

 

ジョウト地方からの観客、特にコガネシティからやってきた者たちからは大歓声が

沸き起こる一方で、カントーのファンからは大ブーイングが起きた。ジョウト寄りの

売店が増えるのも許し難いが、セキエイを私物化するのかという憤りの声もあった。

 

「ふっふっふ~!それくらい当然や!ここはうちの国になるんや、勝手に決めさせて

 もらうで!その代わりいまのボッタクリ代金から何割もサービスするで!入場料、

 座席料だけやない、うまいモンを安くあんたらに届けると約束したるで———っ!」

 

トークショーの司会役はナツメとアカネの仲間であるロケット団の下っ端だった女と

ウパーが務めていた。初めは戸惑っていたがやっていくうちに調子が上がっていた。

 

「なるほど、これまでのセキエイスタジアムはお金を取りすぎ、その金儲け主義に

 真っ向から立ち向かう・・・さすがです、アカネさん。しかしそうすると会場の、

 確か東西南北それぞれにそのスペースがあると思いますが、あなた方『リニア団』の

 Tシャツや応援グッズを売っていたのは果たして・・・?」 「うぱ~~っ」

 

「それとこれとは話は別や、あんまり大声で言うなや。いや、やっぱり大声で

 宣伝しといたほうがエエな。うちらのサポーター希望は大歓迎や!もし今日

 売り切れになったとしても安心してくれや!後日改めてみんなの手に入るように

 するから、でもなるべく早いうちに買っておくことをオススメするで!バトルが

 始まってもうたらもう席を立てんようになるからなぁ—————っ!」

 

 

無関係の人間のふりをして宣伝の流れに持ち込んだ司会のコンビのファインプレーだ。

そしてアカネもまた、バトルに注意を向けて次に話すナツメへのお膳立てをした。

 

「そう、熱いバトルが始まったら最後、もはや誰も立ち上がれなくなる。そして

 全ての決着がついた後もそうだ。今日は遠路はるばる各地からこの戦いの行方を

 見守るべくトレーナーどもが来ているようだがいまのうちに言っておこう!

 この先あなたたちにできることなど何もない!もちろんバトルへの介入もだ!

 せいぜい来場記念のスタンプを集めるか、地元への土産探しでもしておけ!」

 

この国の他の地方、それだけでは収まらず海外のポケモン界にまで影響を及ぼすかも

知れない今回の騒ぎを聞きつけ、あらゆる地からジムリーダーや四天王、更には

チャンピオン自らセキエイに足を運んだリーグもあれば、その土地で影響力の高い

企業や団体の代表がやって来たりと、座席の至るところに大物がいた。

 

 

『セキエイ高原での騒ぎは聞いていましたがこれほどのものとは・・・。もし

 彼らのなかで問題が解決できないようなら我々がどうにかしますよ。ただの

 観戦や昔を懐かしむ観光のためにわざわざここまで来ませんよ』

 

外国の強豪が自信満々に言う。彼は自分のほかにまだ幼いトレーナーたちを

数人連れていた。いずれもジムリーダークラスに相当する実力の持ち主だ。

 

『俺たちの関心はただ一つ、あいつらの暴走がこの自然を破壊しないかということだ!』

 

『そう、この男たちが愛する海を、そして我々が愛する陸を・・・。すでにバトルの

 用意はできている。少しでもその気配がしたなら戦わせてもらう』

 

ジョウトよりもさらに南からやって来たこの二人組の男たちだけではない。これまで

数々の暴虐を重ねたナツメとフーディンが『裁き』という名のもとに何をしでかすか

わからないことへの警戒が強まり、大切にしているものを守るために会場にいた。

そんな彼らに対しナツメは何もできないと言い切った。そして更に挑発を続ける。

 

「あなたたちは哀れだ!有り余るほどに富んでいて人々からの信頼も厚い、自分では

 そう思っているのだろうが実は汚い裸の乞食であるということを理解していない!

 あなたたちがどれだけ立派な言葉を宣おうがそれは無意味だ。それを実行する意思と

 行動力、それに実現させる力に欠けているのだから価値のない戯言に過ぎない!」

 

会場にいる力あるトレーナーのなかには善人もいれば悪人もいた。自分では正義と

思いこんでいるが実は悪だという者も。それらをまとめてナツメは非難した。

彼らは何を言おうがいざ大きな問題が起きたとき無力であり、何もできないか

何もしようとせずに日和見しているか、大した差のないどちらかでしかないと。

 

「もしくは余計な真似をして世に混乱をもたらすか!あなたたちの正義の行為など

 独り善がりな自己満足以外の何物でもない!少し考えたらわかりそうなものだが」

 

ナツメの言葉は真実だった。実際に彼らはそれを経験したか、これから経験しようと

している者たちだったからだ。自分たちの地を襲う問題を何ら解決できていない。

 

「もちろんわたしたちのやり方に文句があり見過ごせないというのなら勝負は

 いつでも受けてやる!ただしルールに則ったポケモンバトルでのみだがな!

 数の暴力で黙らせようとか自らの巨大な組織の力を用いるとか更には幻と

 呼ばれるポケモンの助けを借りようとかしているやつらの相手などしない!

 わたしがあなたたちを取るに足らない存在としているのはそのためだ!

 他所に首を突っ込む暇があったら自分の庭をどうにかしろ、クズ共が!」

 

自称セキエイ高原の騒動を止めにきた各地の実力者たちに対し厳しい糾弾の

言葉を投げたナツメは、その険しい目つきを維持しながらも穏やかな声で

隣にいるアカネの肩に手を置いた。

 

「いまはあの連中は黙っているだろう。しかしやがてわたしたちに敵意を向けて

 攻撃を仕掛けてくるはずだ。だがその戦いの際にあなたがいれば頼もしい!

 敵どもは各地のチャンピオンやロケット団のような大きな組織の者たちだ。

 あなたなら返り討ちにできる!ポケモンへの愛情の点で完勝しているからだ!」

 

「ナツメ・・・」

 

「今日、そして今後の戦い・・・この一週間多くのトレーナーたちと過ごしてきたが

 あなた以上にわたしが信頼できる者はいない!これからも頼むぞ、アカネ!」

 

これ以上ない言葉にアカネは体を震わせ、白い歯を見せて力強く笑った。

 

「当然や!誰よりもあんたを理解しとるのはうち、チームを組んで力を発揮できるのは

 うちとあんたや!うちらが本気になりゃあどんなことでもできる!敵が多かろうが

 強かろうが・・・不可能なことなんて一つもないんや!」

 

 

アカネの思いは半分だけ正解だった。確かにナツメの心の奥や真の顔を誰よりも

わかっているのはアカネだろう。しかしそれでも全然足りないレベルだった。

最後までナツメの抱えるものを知るには至らず、現にいまも勘違いをしていた。

 

ナツメが今後の話をしているのは実のところアカネからほんのわずかな疑いも

除き去るためだった。これからも自分が共にいると強調することで、勝敗が

どうなろうと去っていこうと思い定めている決意を隠す嘘に過ぎなかった。

今日のために前回以上に派手な虎柄の勝負コスチュームに身を包んだアカネと違い、

それといって着飾っていないのもこの日を特別な日と考えていないと思い込ませる

フェイクだった。アカネですら騙されるのだから誰も正しい答えにたどり着ける

はずがなかった。

 

 

「よっしゃあ!だったら早いうちに雑草は抜かんとアカンなあ!今からうちらが

 ストレートでバトルに勝つ!その時点で乱入を認めたろうやないか!観客の

 みんなもたった二試合で終わってもうたらつまらんやろ!うちらが気に入らん

 命知らずのアホどもを一人一人粉砕したるわ—————っ!!」

 

「ああ、しかし代償は高くつくと覚悟して戦いに挑むことだ!二度とバトルが

 できないほどの屈辱的な惨敗を、場合によっては文字通りの死を与えてやる!

 それでもいいというやつだけがフィールドに降りてくることだ—————っ!!」

 

なおも超一流トレーナーたちを煽り続ける二人であったが、ここで大きな歓声が

沸き上がった。場内の至るところから拍手と声援が鳴り響きだした。

 

「おっ?うちらの勇ましい言葉にみんな大喜びしとるな?」

 

「・・・いや、そうではないらしい。見ろ、わたしたちの敵が来たからだ」

 

 

大歓声はナツメとアカネへのものではなかった。誰からも愛される国民的人気を誇る

チャンピオン、ゴールドが駆け足で入場してきたからだった。人々の持つ応援グッズや

この雰囲気からして、今日の主役は彼だと言えるほどだった。ところがその声援が

やがてどよめきやざわざわとした声に変っていく。その原因は彼の隣にいる少年にあった。

 

「チャンピオンの隣にいるあの赤い髪の男は何者だ?知らない顔だが・・・」

 

「ゴールドくんに付き人なんていたかしら?いや、もしかしたら・・・・・・」

 

サカキは第一試合に自らの推薦するトレーナーを代打として使うと宣言していた。

よく見ると彼も腰にモンスターボールが数個あり、彼こそがアカネと戦う男ではないか、

そう噂し始めていた。しかしこれだけの大人数、彼のことを知る者はほとんどいない。

 

「よく逃げずに来たなぁ!ションベンちびりながら布団から出てこんと思ったで!」

 

「相変わらず馬鹿丸出しの言葉だな。本来ならもう少し後になってからの入場だった。

 ところがお前らが他のポケモンリーグのチャンピオンやエキスパートトレーナーを

 攻撃し続けているのだから早めの登場も当然だ。お前らのせいでよそとの関係が

 悪くなったら頭を下げに行くのはこのおれだ。ふざけた真似をしてくれたな」

 

「ふっふっふ、安心せい。あんたは今日無様に負けてチャンピオンじゃなくなるんや。

 約束通りコガネの地下街の便所掃除かミルちゃんのいた牧場のフン拾いに転職や。

 せやからあんたが心配する必要はこれっぽっちもあらへんで。それはともかく・・・

 ゴールド、あんたの隣、その兄ちゃんは誰や?あんたのセコンドか?」

 

アカネも彼を知らなかった。一度も会ったことがない上に彼は公の大会にも

出場経験がないのだから当然だった。もちろんナツメや今日の試合の審判団、

実況や解説もその正体がわからない。ゴールドの紹介を待っていた。

 

 

「隠すことじゃない、教えてやろう!こいつがこの後始まる第一試合、お前を

 殺すことになるトレーナーでありおれの友人・・・シルバーだ!」

 

「・・・・・・」

 

「・・・そ、そいつがうちの相手?どこの馬の骨や、見たこともないで・・・」

 

スタジアムはますます騒然とした。まさかとは思っていたがほんとうに彼が今日まで

謎に包まれていたアカネと戦うトレーナーだったなんて。サカキが選びゴールドが

信頼を置くのだから実力は申し分ないのだろうが、やはり全くの無名トレーナーが

大役に抜擢されたことへの驚きや不安は場内を駆け巡った。この事態には異国から

観戦に来たジムリーダーも困惑するほかなかった。

 

「・・・これは大事な大一番、最終決戦だと聞いていた。それなのにこんな

 トレーナーが出てくるなんて・・・カントーはよほど人がいないのかしら?」

 

彼女はジムリーダーでありながら世界的に有名なモデルであり、空港に姿を現すと

大勢の報道陣が彼女を囲んだ。これは例外と呼べるケースだったが、彼女ほどの

知名度がないとしてもポケモンバトルがこれほど普及し海外の情報も手に入る

時代だ。共に来ていたその親友であり同僚のジムリーダーも首を傾げるだけだった。

 

「私ですらサインをくれって何人かに頼まれたりしてるのにね。あの男の子は・・・」

 

ポケモンバトルに詳しいファンであれば他の地方、または海外のトレーナーであっても

顔を見ればすぐにわかる。なのにシルバーという少年を知っている人間は皆無に近い。

だが隠れた実力者、決して表に出ることはないが仮にそうすればあっという間にリーグを

制覇できるトレーナーはどの地方にもいる。人が足りないのではなく緊急事態だからこそ

真の強者である彼が呼ばれたのではないか、とも考え始めていた。

 

 

「なるほど、あなたがあの男の連れてきたトレーナーか。なかなかいい目をしている。

 確認するまでもないかもしれないが今日のバトルはもしかすると命を落とすことに

 なりかねないものだが・・・全てを聞かされてこの場に立っているのか?」

 

「言っとくけどうちはめっちゃ強いで~?帰るんなら今のうちや、このままやと

 うちの新しい獲物になるのは確実や。バトルが始まったらもうおしまいやで」

 

ナツメとアカネから威圧的に迫られてもシルバーは物怖じせず、にやりと笑った。

 

「フッ・・・獲物になるのはお前のほうだ、ブタ女め!」

 

「ほ————ん・・・威勢がエエなぁ。いつまで続くか楽しみにしとるわ」

 

睨み合いが始まり、今にもバトル開始となりそうな雰囲気となった。それを

止めたのは遅れて入場してきた、今日の主役の一人だった。

 

 

「そうだ、そいつは君を食い殺して全てを奪い取るだろう。そしてお前たちの

 野望もまた同じだ。我々の手によって潰え葬り去られるのだ」

 

「・・・・・・サカキ!」

 

サカキがゆっくりとフィールドの中央に近づいてきていた。彼の隣には古くからの

友人キョウが、その後ろにはクリスとミカンがいた。ナツメとアカネに対して

サカキたちは総勢六人で向かい合う形となっていた。

 

「お前たちの命運は風前の灯火だ。たった二人しか残っていないのではな」

 

「ハハッ!オッサン、ナツメの言ったことを聞いとらんかったんか?うちらが

 やんのは一対一のバトルや!数合わせの雑魚をどんだけ連れてこようがちっとも

 意味ないで。そんなチンケな脅しでうちらがビビると思ったら大間違いや!」

 

「どうかな。これはお前たちにとって周りは敵だらけだという忠告だ。試合が

 始まればこの大観衆のほとんどが我々の味方だ。バトルの邪魔は誰にもさせる

 つもりはないがお前たちは常に命を狙われていると教えてやっている」

 

試合前のパフォーマンスで少しは支持を集めたが、現チャンピオンと協会に

歯向かう危険な者たちというレッテルは簡単には拭えない。ナツメもアカネも

誤解されることが多く嫌われやすい人間であったのも痛かった。ただ、ブーイングに

慣れている二人にとってこれはそれほど気になる話ではなかった。

 

「そんなんどうでもエエわ。お偉いさんたちの犬が何匹集まろうが勝つのはうちらや。

 ミカン、それにそっちの姉ちゃんも・・・結局あんたらは何もできん。せいぜい

 ゴールドに手や腰を振って精一杯応援しとれ。どうせ昨日もゴールドと寝たんやろ?

 尻軽女どもとはいえそんな男のためにようやるで・・・」

 

どうせ言い返せないだろうと言わんばかりにアカネは後ろにいたミカンたちを罵った。

 

 

「・・・ねえシルバーくん、私と代わってくれない?この手で懲らしめてやりたいわ」

 

「おいおい・・・落ち着けよ。まあ・・・オレが負けたらお前の出番ということに」

 

クリスはシルバーがどうにかなだめていた。彼女はゴールドを愛しているという

わけではないが、以前からアカネという人間そのものに苛立ち、ついに直接の

宣戦布告を受けたのだ。すぐには収まりそうもなく、ゴールドやキョウも彼女を

落ち着かせようとしていた。逆に言えば、全員そろってミカンは無警戒だった。

まさかミカンがこんなくだらない挑発に乗るとは夢にも思わなかったからだ。

だが、『ダイナマイト』の異名もあるアカネに対しミカンは爆弾を投げ返した。

 

「ええ・・・昨日はゴールドさんと寝ました。素晴らしい夜でした」

 

「・・・・・・は?・・・・・・・・・マジで?」

 

大爆発クラスの発言に、アカネは口を開けて唖然とするだけだった。人気の高い

若きチャンピオンとジムリーダーが、と悲鳴や絶叫、罵声が飛ぶはずの場内も

すっかり静まっていた。誰もがアカネと似たような顔になっていたからだ。

焦っていたのはゴールドだ。すぐに弁明しないと今は静かでもそのうち大騒ぎになる。

 

「ちょ、ちょっと待て!あんたと寝た・・・いや、それは外で横になっただけだろ!

 この話の流れだとみんな誤解するぞ!あんたほどの人があんなクズの相手をするな!」

 

並んで横になり夜空を眺めながらくだらない話をしたに過ぎない。いや、それだけでも

二人の仲はかなり緊密なものであると思われてしまうがこのままではもっと大変だ。

優等生であり続けるのも疲れると互いに言い合っただけに、いまのミカンが何を

しでかすかわからない。クリス以上に止められなくなっているかもしれなかった。

 

「・・・ふふっ、私は最初からその話をしているつもりでしたが?」

 

冗談だった、と恥ずかしそうに舌を出すミカンにゴールドは、そして人々は

一斉に、は———っと安堵の声と息を出した。しかしミカンの話は終わらなかった。

 

「アカネ、私はあなたに感謝しています。私はこれまで自分のことがあまり好きでは

 なかったんです。常に自信が持てずおどおどしている毎日でした。そんなとき、

 テレビで熱く語るあなたの言葉に私ははっとさせられました」

 

「・・・・・・ああ、あれかい。まさかあんたが見とるとはなぁ」

 

決戦までの一週間の間、ナツメとアカネは何度か屋敷を出てテレビ出演もしていた。

好意的な他の出演者たちに乗せられて上機嫌になり、ファンに向けて一言、と言われて

叫んだ一文こそ、ミカンが変化しようと決意したきっかけだった。

 

『エエかみんな!今の自分を変えるのは今や!そこで大切なのは思い切りや!

 遅すぎることなんかない、誰でも間に合うで、今からでも十分!』

 

半分はナツメの教えをそのまま流用したものだったが、黙っていればわかりはしない。

ナツメもそれをわざわざ追及したりはしないのでアカネは自分の言葉にしていた。

 

「今の自分を捨てるのは今なんだと教えられました。そのおかげで余計な重荷はなくなり

 こんなに自由になれたことには感謝しています。しかし勝負とはまた別の話・・・。

 勝つのはゴールドさんだと決まっています。ですが誰も命を失うことなく戦いを

 終えられたらこれ以上ない結末だと・・・そうなることを祈っています」

 

「・・・・・・」

 

まだバトルの詳細な方法は知らされていない。命を賭けた勝負とはフーディンが

勝手に言っているだけだ。ゴールドはアカネを本気で殺そうとしているが、

後になって彼が罪悪感に襲われないためにも、ミカンは本心から全員の生還を望んだ。

ところがしばらく黙っていたナツメが即座に彼女の願いを否定した。

 

 

「・・・残念だがそれは叶わない夢だ。ここまでの大事になったのだ。もはや

 このなかの少なくとも一人は死ななければ終わらないだろう。それがバトルで、

 それともその後になるかはわからないが・・・この勝負に関わった者全員が無事に

 生きているということにはならない。誰かしらは死ぬ。いまのうちにそれは予告

 しておこう、そこの小僧がそうならないことを願っておくんだな」

 

「・・・・・・・・・!!」

 

空気が凍りついた。幾度も脅しを使ってきたナツメだが、あくまで相手を試すために

そうしていた。覚悟や決意が見せかけではなく本物なのか、言葉に嘘はないか、

確かめるためのものだった。しかし今回は現実にそうなるという警告だった。

誰が死ぬのか、何人そうなるのかは明らかにされなかったが、未来を見通す力が

あるとされる超能力者の言葉に戦慄が走った。そんななかで笑ったままでいられるのは

やはりこの男、サカキだけだった。何度も頷きながら笑い声が出ていた。

 

「・・・フフフ、そうか・・・なるほど」

 

「どうした、何がおかしい?面白い話ではなかったと思うが、あなたほどの狂人は

 これくらい賭ける物のレベルが高くないとつまらないか?金や権利や地位を

 いくら奪い合ったところで満足せず命こそが最高に心を躍らせる・・・」

 

「いや、違うな。そういうことではない。お前の話を聞いて確信したからだ。

 全て夢の通りだと。わたしに昨日の夜与えられた一つの幻、まさに

 そのままだと思い興奮している。ふざけた話だと言われるかもしれんがな」

 

夢の中でサカキが見た幻、それは特別な力によって授けられたものだった。

ナツメやフーディンではない、また別の普通ではない存在が彼に与えたのだが

すでに誰がそうしたのか、サカキにはわかっていた。

 

「・・・スピアーだ。そもそもわたしは今回の騒動には関わらないつもりでいたが

 そのときもスピアーはわたしを動かすように力を使った。そしてこの度も

 わたしに進むべき道を指し示してくれた・・・昨夜の夢の正しさがその証明だ」

 

「くくく、そのスピアーがただ強いだけではなく特別な存在であるのは誰でも

 わかっているが・・・フーディンと似たような奇跡まで行えるとは驚いた。

 で、その夢での幻はあなたにどうしろと言っていた?」

 

サカキは上空から飛んできたスピアーと目を合わせ、幻の内容を明らかにしても

よいかと視線だけで尋ねた。するとスピアーはそれを許可する素振りを見せた。

 

「・・・・・・」

 

「そうか、感謝するぞ、スピアー。ではやつらにも教えてやるとしよう。わたしが

 その幻から得た結論から先に言おうか。わたしは今日、最強であることを

 世界の前で明らかにしよう。ナツメ、お前たちに勝って終わりではない。

 真の黒幕でありスピアーが決着を望んでいるフーディンを倒す!そしてやつに

 操られ破滅の道へ突き進む人間を救う、それが戦う理由であり実現すべき未来だ!」

 

ナツメとアカネではなく、その裏にいるフーディンを打ち倒すことこそサカキと

スピアーの最終目的だった。このフーディンこそが諸悪の根源、今回の騒動を

引き起こし多くのトレーナーの命と血を奪おうとする者だったからだ。

 

「操られている・・・アカネのことか?わたしたちが都合よく洗脳していると?」

 

サカキは首を横に振った。操られ破滅の道へと突き進んでいる人間というのは・・・。

 

「・・・・・・お前だ、ナツメ。お前こそ利用されている哀れな女だからだ」

 

 

遥か予想外のサカキの言葉にそばにいた者たちは思わず彼の顔を見た。

 

「・・・・・・・・・」

 

そして驚愕を隠さない周囲の人間とは違い、ナツメの顔色はみるみる険しくなっていた。


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