ポケットモンスターS   作:O江原K

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第105話 最強の誓い

強大で誰も逆らえないほどの力を持つ、とある神の使いがいた。その者はポケモンを

深く愛し、ポケモンを虐げる者や自分の欲のために利用する者、うまく扱えずに

いる者たちを裁くためにやってきた。それはあまりにも強引で暴虐に満ち、多くの血が

流されることになり、すでに一部の人間がその手で殺されていた。悪人を除くという

考えには賛同しているがこのままでは地上にほとんどトレーナーが残らないと危惧した

仲間の天使が立ち上がり、人々を救おうと立ち上がり多くの業を行った。

 

しかし人々は彼女を退けた。奇跡的な力は悪魔によるものであり、人々の心を読む

だけではなく乗っ取って操っていると彼女を悪く言った。言葉は偽りに満ちていて

聞くに堪えないと早急に結論し、その話に耳を傾けずに軽んじた。ついには

これ以上惑わされないためにと彼女を捕らえ、牢獄に入れてしまった。

 

 

『ここは・・・知っているような初めて訪れたような・・・不思議な場所だ』

 

サカキは人気のないところに導かれ、一本道を真っ直ぐに歩き続けていた。やがて

山奥で洞窟を見つけ、それが天使の捕らえられている牢獄だと気がついた。直接

会って話をして彼女が善なのか悪なのか、自分の目と耳で知りたいと彼は思った。

 

『しかしこんな小さな入り口では・・・いや、これなら余裕で・・・』

 

子どもでなければ入れないだろうと思ったが、なぜかサカキは苦労せずに洞窟へ

入ることができた。不思議なことに、いまサカキは少年の姿になっていた。

身体は小さくなり、未知の冒険に胸を躍らせ、汚れや危険を躊躇わない。

洞窟の内部は牢獄になっていたが、誰もいなかった。実はここは孤立した独房で、

たった一人しかいなかった。その最深部に天使はいた。フラッシュが必要なほど

真っ暗だった洞窟のなかでそこだけ光があり、見ると寝床の上で本を読んでいた。

檻はなく、洞窟から出られない以外はかなりの自由があるようだ。

 

『後ろ姿だけ見ても・・・思っていたよりもリラックスしてるんだなぁ』

 

口調も思考も少年のころに戻っていたが、記憶だけは元のまま残っていた。

 

 

『よし、声をかけてみよう。こんにちは—————っ!』

 

コソコソ気配を隠し様子をうかがうのが目的ではない。天使と話をして彼女が

どんな人物であるかを知るために来た。サカキは元気よくあいさつをした。すると

彼女のほうも本を閉じ、寝床から降りて振り返ったが、その顔にサカキは衝撃を受けた。

 

『ああっ・・・あああ・・・き、君はあのときの・・・!』

 

『お久しぶりね、サカキくん。こっちに冷蔵庫があるから好きな飲み物をどうぞ』

 

なんと、幼い日にトキワの森で一度だけ出会った初恋の少女がそこにいた。

捕らえられた天使とは彼女のことだったのだ。冷えたおいしい水やサイコソーダに

目もくれず、サカキは少女の目の前まで駆けだし、確かに間違いないと確認した。

 

『どうして君がこんなところに!君はあれからどこで何をしていたんだ!?』

 

『ふふ・・・わたしのことなんてどうでもいい。それよりあなたはどう?

 あの日誓った最強のトレーナーになれた?わたしに教えてくれないかな』

 

サカキの問いには一切返答せず、逆に質問を投げかけてきた。トキワシティや

カントー地方という狭い範囲ではなく全世界で最強になると少年サカキは言った。

あれから数十年が過ぎた。サカキは彼女には嘘をつくことができなかった。

 

 

『・・・ぼくは・・・駄目だった。単に失敗したどころか最低のトレーナーになった。

 たくさんの人たちを傷つけて多くのポケモンを殺してしまった。君も知っている

 あのスピアーをとってもがっかりさせて・・・今ではとても後悔している。

 約束を破ったこと、ポケモンを愛さなかったこと・・・もう取り返しようがない』

 

声を震わせて罪の告白をした。数えきれない過ちは許されざるものだった。

少女にも合わせる顔がなく、すぐにでもここから消えてしまいたかったが、

俯くサカキの右手を少女の柔らかい二つの手が包み、彼の視線を正面に戻した。

彼女に幻滅や失望の様子は見えない。それよりも哀れみや同情心に満ちていて、

犯した罪に潰されそうになっているサカキを慰め、癒したいという思いに溢れていた。

 

『・・・・・・どうして?君は怒っていないの?こんなどうしようもないぼくを・・・』

 

『全くと言えば嘘になるけれど、もうあなたは反省し悪いことをしていないのだから

 それでいい。いつまでも昔の間違いを後悔して落ち込んでいたらダメ、せっかく

 もう一度やり直そうと決めたんだから後ろや下じゃなくて前を見なきゃ!』

 

サカキを励まし、力を与える言葉だった。とはいえただ甘い蜜を与えるだけではない。

 

『でもあなたがほんとうに許されるためにはなかなか大変だと思う。あなたは

 これからこれまで傷つけた人よりも多くの人を助けなくちゃいけないし、

 命を奪ったポケモンの数よりたくさんのポケモンの命を救う必要がある。

 残りの人生の全てを捧げることになるけれどサカキくん、あなたにそれができる?』

 

反省したから無条件で許されるという話はない。罪を償うための行いが不可欠だ。

しかしこれはサカキにとっての救いの道だった。一度は逸れた夢へと向かう道を

再び歩み、再生するための扉が開かれたからだ。もはやどうしようもない、

手の施しようがないと匙を投げるのではなく、再生への希望を与えていた。

壊れかけた人間やポケモンの再生を何よりも望む彼女ならではの慈悲だった。

 

『・・・できる!一人でも多くの人とポケモンをこの手で・・・必ず!

 そして君とスピアーに誓った最強のトレーナーになってみせるよ!』

 

『ふふふ・・・楽しみだわ。最強であるあなただからこそそれができる。

 単に力を誇示して破壊して勝負に勝つだけでは真の最強とはとても呼べない。

 戦いに勝ったうえで、倒した相手を思いやり共に成長し未来へと繋ぐ。

 勇ましい、それと同時に優しさがないと最強にはなれない・・・・・・』

 

『うっ・・・そう言われると難しいかも・・・』

 

『心配しなくてもいいわ。サカキくん、あなたも昔はそれができていたのだから。

 すぐに勘を取り戻せるに決まっている。そんなに力を入れなくても平気よ』

 

サカキは思い出していた。十歳になる前から森で捕まえた虫ポケモンを使い友だちと

対戦した日々、成長し旅立ち、トキワのみならずカントーじゅうのトレーナーたちと

切磋琢磨した毎日、そしてトキワジムのリーダーとなった最初の数年間のころを。

そのときの彼は意識しなくてもできていた。それが当たり前のことだった。

 

『ジムの挑戦者がどんなレベルだったとしても真剣なポケモンバトルをして

 勝負の後は相手がどうすればもっと優秀なトレーナーになれるかを丁寧に

 指導していたあなたは輝いていた。だからみんなあなたに憧れ力を称え、

 カントーの帝王と呼ばれるほどになった。それを忘れないでほしい』

 

息子シルバーも、ロケット団の首領として富と組織を自在に操るサカキにではなく、

ポケモントレーナーとして無敵のサカキを尊敬し、父のようになりたいと思った。

大切なのは何だったのかを我が子によってサカキは改めて知る結果になっていた。

 

すでにサカキは進むべき道、その答えがわかっているので何の問題もなかった。

ならばいま、どうしてこの場所に招かれる必要があったのだろうか。サカキは

すぐそこにいる少女のことを考え始めた。なぜ彼女は捕らえられているのか、

先ほどははぐらかされたが今度は彼女に詳しく話を聞く必要がありそうだ。

 

 

『でも君も、ここにいるってことは悪いことをしたの?』

 

少女は今回は応じるようだ。和やかな顔のまま、淡々とそれに答えた。

 

『そうね・・・わたしもあなたと同じように失敗した人間だから仕方ない。

 大きな違いがあるとすれば、わたしの場合は許されない罪であるということ。

 だからここで死ぬのを待っている。でも悲しみや恐怖の気持ちは全然ないわ。

 けっこう快適だし、こうしてあなたにも会えたのだからなかなかいい気分』

 

『死ぬのが怖くないだって!?君にはまだやりたいことはないのか!?』

 

『・・・わたしのしてきたことなんか全部意味がなかった。わたしがいなくても

 きっとあなたは正しい道に戻れたし、世界は何不自由なく回っている。死にたいと

 いうよりはもう生きていたくない・・・生きていても意味がないのだから』

 

言葉に嘘はないようだ。しかしその奥底には寂しさがある。彼女もきっとサカキと

同じように挫折し目的を失い、必要以上に自分をちっぽけなものと思ってしまっている。

考えるより先にサカキは動いていた。彼女の手を力いっぱい握ると叫んだ。

 

『だったら・・・ぼくが君を助ける!ぼくが必ず救ってやる!』

 

『・・・決して許されざる罪でも?しかもわたしが助けを望んでいなくても?』

 

『君が言ったんだ!真の最強なら命を救うことができると!その命のなかに君が

 含まれているのは当然だ!その生きていたくないという気持ちすらどこかへ

 吹き飛ばしてみせる!これこそ君との約束を果たす最高の方法だ!』

 

少女はくすりと笑った。そして手を離し、背を向けるとその姿は消えていった。

 

『くすすっ、わたしはもう救われているよ。その力は他の人に使ってあげて。

 でも・・・それでもあなたに力が有り余っているのならそのときは・・・・・・』

 

『ま、待って!まだ君との話は終わって・・・・・・』

 

 

視界が眩しくなった。サカキが目覚めるとそこはワカバタウン、決戦の朝だった。

彼が起きるのを待っていたのか、すぐそこにスピアーがいた。このスピアーが

サカキの夢に介入し特別な幻を与えたと考えていいだろう。

 

「・・・スピアー・・・それが望みだというのか。真の敵だけを討てと・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「そうか、わかった。しかしなぜあの女を天使やわたしの初恋の少女で表現した?」

 

サカキには夢の意味がすべてわかっていた。倒すべきは虐殺を重ねる神の使い、

つまりスピアーが敵視するフーディンであり、ナツメは救うべき存在だと。

 

「・・・もしかしたらお前は知っているのか?あの日の娘とナツメの関係を」

 

「・・・・・・」

 

「いや、答えなくていい。バトルに集中できなくなるだろうからな。全ては

 決着の後だ。そのためにも・・・神の使いなどと己を偽る悪魔を倒さねばな」

 

 

 

これがサカキの見た夢だった。しかし美しい天使、まして自分の初恋の相手が

出てきて、それがナツメだというのはとてもではないが言えなかった。よって

詳しい中身については語らず、要点だけを公にしたのだった。ナツメは操られ、

実際は救うべき人間だということをいま、直接本人に伝えた。

 

「くくく、理解できんな。わたしは操られてなんかいない。わけもわからないまま

 戦いに参加させられたアカネやカンナたちならわかるがわたしは自分でフーディンと

 共に行動を起こすと決めた。全く的外れな発言だな」

 

当然の反応が返ってきた。しかしサカキは続けた。

 

「いや、お前とフーディンの間には最初から大きな溝があった。お前たちの目指す

 ゴールは同じだと主張していたがわたしが見る限りそうではない。お前の理想と

 フーディンの理想は実のところ全く異なっている。いま仲違いをしているからでは

 ない。もともとお前たちは力を合わせるべき存在ではなかったのだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「お前はそれに気がついていない。物事の進め方や速度の違いだけだと思っている。

 だから利用され操られていると親切に教えてやっているのだ。そう、全ての

 黒幕であるこの悪魔の思い通りに—————っ!!」

 

 

サカキが上空を指さした。すると何もなかったはずの空間が割れ、そこから

徐々に姿を現したのは彼とスピアーが狙いを定めた敵、フーディンだった。

一週間前からナツメとは別行動し、どこにいるのか誰も知らなかった。

 

「うわ—————っ!出たぞ—————っ!!」 「あ、あいつが・・・・・・!」

 

すでにその姿を幾度と見た観衆は圧倒的な力と残忍性が記憶に強く残っているため

恐れおののき、他の地方から来た強豪トレーナーたちも、一目でそのポケモンが

規格外の怪物であると認めた。伝説のポケモン、神に近いとされるポケモンを知る

トレーナーであっても、このフーディンからはそれ以上のパワーを感じたからだ。

 

 

「・・・黒幕・・・神に代わり地上に正義をもたらすわたしをそのように呼ぶとは、

 お前たちはどうやら今日ここで命を終えたいらしい。しかし今は無礼な発言も

 不問としよう。お前たち反逆者を殺すのはあくまでバトルによってだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「またしてもお前か、スピアー!わたしに何の恨みがあって邪魔をする!

 お前ほどのポケモンはそこの男のような罪人に服従する必要はない、

 わたしと共に人間たちを裁き支配するにふさわしいはずだ!それなのに

 敵対行動をとるというのなら・・・全力で相手してやらなければなるまい」

 

フーディンとスピアーの間はかなりの距離があったが、それでもいつ戦いが

始まってもおかしくないほど互いの殺気による火花が散っていた。放っておくと

今日の試合が台無しに、というよりも巻き添えを食らいそうになったことを恐れた

アカネが真っ先に二体の視線の中間あたりに割って立ち、危険な空気を鎮めた。

 

「ちょ、ちょい待ち!あんたらの戦いは最後って約束やったやんか!その前に

 うちらのバトルやろ!フーディン、あんたがルールを発表せな始まらんで!」

 

「・・・そうであったな。命を賭けたバトルに同意した四人による勝負の方法、

 いまのうちに告げておこう。お前たちには馴染みのないやり方であるからな」

 

ひとまず最悪の事態は避けられた。予定通りまずは通常のバトルが行われる。

だがそのバトルは皆がよく知るものとは大きく異なったルールだった。

 

 

「ポケモンバトルの歴史はせいぜいここ数百年、この国では百年と少し程度と

 言われているがそれは間違った教えだ。古代より人々はポケモンたちと

 共に暮らし、他の者たちと競いあったりしていたという。中でも特に

 重要な決め事をするための真剣な勝負というものがあり、今日はその

 方式で戦ってもらう。未来を決める決戦にふさわしいバトル形式だ」

 

「・・・ほう、あれを・・・!確かに死人が出るな、それでは」

 

ナツメだけがわかっているようだが、この方式で戦うということまでは

聞かされていなかったようだ。他の者たちはさっぱりわからないので

フーディンの続く説明を待つしかなかった。

 

「六体まで使用可!最初に手持ち全てが戦闘不能となった時点で負けとする!

 道具を持たせるのは構わないが戦いの途中でトレーナーが使用するのは禁止、

 重大な反則が認められた場合はその時点で失格、ここまではお前たちの

 通常行っているルールと変わらない。大切なのはこれより先だ、よく聞くことだ」

 

フーディンは中身が空のモンスターボールを六個取り出すと、それらを念力で

粉々に破壊してしまった。ボールの破片が地に落下したまま説明が再開される。

 

「古代・・・いや、現代でもしばらくはこのようなボールなどなかった。よって

 このバトルではポケモンは一度ボールから出たら役目を終えるまで・・・つまり

 ボールに戻ればそこで戦闘不能となる!交代したければそれは構わないが

 バトルフィールドの外に出て待機となる。もちろんバトルの邪魔は許されない。

 そしてボールに戻ったならば二度とバトルには参加できない。これが肝心だ」

 

「ボールに戻れない、戻ったらそれは戦闘不能扱いということか・・・。

 ん?外に出たままだったら技による能力の増減も解除されないのか!」

 

ゴールドがいいところに気がついた。だがそれよりも重要なことがあった。

 

「ああ。だから有利に働く点もあるだろう。しかし傷ついたポケモンをそのまま

 外に出しておくということは・・・死ぬかもしれないということを覚えておかねば

 最悪の事態を招くだろう。退くべき時は退かなければ・・・」

 

サカキの指摘に皆がはっとした。ポケモンはバトルでダメージを負い瀕死の状態と

なってもボールの中に入ればそれ以上傷は広がらないことがわかっていた。

しかしずっとその保護の外にいれば衰弱は止まらず、やがて死んでしまうだろう。

 

「そうだ、バトルの途中でポケモンが命を落とすようなことがあればトレーナーは

 どんな反則よりも重い罪を犯したのだから即敗北だ!それだけでは済まない、

 わたし自らその責任を問い、愚かで無能極まりないトレーナーを処刑してやろう」

 

「・・・・・・なるほど、まーそんなアホは殺されても文句は言えんわな。

 で、フーディンはんよ、これがあんたの言うとった命を賭けるとかいう

 ことかぁ?うちらがポケモンを殺すようなトレーナーに見えるんか?」

 

「フフ・・・まさか。だが事故というものはバトルにつきものだ。この一連の

 戦いでもわたしの技がゴミトレーナーどもを襲い彼らを病院送りにした。

 つまり・・・トレーナーが攻撃を受けたとしてもそれは試合の流れによる

 不運であり勝負を止める理由には、まして反則とはならない。ポケモンが

 体を張ってバトルをしているのだからトレーナーにも危険があるのは当然!

 何なら武器を使わなければポケモンを守るため戦いに参加しても構わん!」

 

トレーナーへのダイレクトアタックを認めるかのような発言だった。フーディンは

それを推奨してきたのだから今さらおかしくない話であったが実際に公言されると

緊張感は高まった。トレーナーの命が奪われる確率がこれでぐーんと高まった。

 

「ふ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ!そんなものただの殺し合い・・・」

 

「・・・いや、いいんじゃないか、これは。いいルールだ。ポケモンだけが

 傷つくなんて不公平だ。おれたちにもそれくらいのリスクはないと・・・」

 

断固として認められないとクリスが叫んだがゴールドがそれを制した。

ゴールドは命を賭ける当事者であるはずなのに不気味に微笑んでいた。

合法的に自らの手で敵を葬るチャンスが巡ってきたからだ。今日の主役たちが

乗り気になっていることをフーディンは喜び、両手に力を込めていた。

 

 

「どうやらこの勝負に反対、ここで降りるという者はいないようだな。では

 フィールドをよく見るといい!これがこのバトルで一番大きな特徴だ!」

 

「・・・うおおっ!オレたちの足元が・・・!」

 

フーディンの超能力によってフィールドが紫と黄色の混ざった不自然な色に変わった。

いまそこに立っていても何の害もないが、単に外見を自分好みに変えただけのはずがない。

 

「用意は整った。これこそ人とポケモンが運命を共にするにふさわしいステージだ」

 

「・・・この悪趣味な雰囲気のフィールドが?」

 

「色合いは関係ない。重要なのはその効果だ。このフィールドは人とポケモンが痛みを

 共有できる素晴らしいものだ。ポケモンが攻撃を受けると同時にトレーナーにも

 ダメージが入る。電撃のような鋭い痛み、殴打されたかのような鈍い痛み・・・!

 ふふふ、ポケモンはまだ戦えてもトレーナーが絶命し続行不可能という展開も

 十分にありえる。いかに自分の愛するポケモンを傷つけずにバトルを進めるかが

 勝負の鍵だ。口だけ、見せかけだけの愛情や絆、信頼が崩壊することになるだろう」

 

どういう仕組みでそうなるのか、とは誰も聞かなかった。フーディンならばこれくらいは

可能だというのはわかっていたからだ。様々な特殊ルールをこれまでも聞かされたが、

今回は決定的だった。いつもと変わらない戦術では何もできずに命を落とすと。

 

 

「これで説明は終わりだ。ルールに反する以外の全ては・・・何でもありだ」

 

六体までポケモンを使えるフルバトル、木の実や技の威力を強化する道具を持たせても

いいが回復や一時的に能力を高めるための薬は使用禁止、そこまでは普通のバトルだ。

しかしボールに戻したポケモンは戦列に復帰できない戦闘不能扱いとなり、フーディンの

張り巡らせた力によってトレーナーに大きな危険が及ぶという条件が追加された。

 

「このバトルで審判団が判断するのは反則行為の有無のみだ。ポケモンがもう戦えない、

 瀕死もしくは他の理由による戦闘不能状態になったかどうかはトレーナー自身が

 責任をもって判断しなければならない!そこを見誤るとポケモンは命を失うか

 重い障害を残す結果になり、そんな無能な人間をわたしは決して許さないだろう」

 

今日の審判はヤナギ、シジマ、マチスだった。どちらの陣営にも加わらなかった

中立派で、しかも前回の審判団はフーディンに襲われ全滅したことを踏まえて

この三人が選ばれた。デリバードが空を見張り、オコリザルやエレブーが周囲を

警戒する。シジマとマチスならその腕っぷしで自分の身と最年長のヤナギを守れる。

 

「ウム・・・主役はお前たちだ。好きにしたらいい。我々はこのバトルが公正に

 行われるかを公平な目でチェックするだけだ。とはいえ明らかに勝敗が決し

 命の危険が迫っているのにバトルを続けようとする場合はストップさせてもらう」

 

ヤナギはあっさりとこの特殊な戦いの審判を受け入れた。ここで異議を唱えたところで

怪物を怒らせますます混沌となってしまうだろう。これからバトルに臨む者たちは

誰もやめようとしていない。危険を理解し納得した上でやると言っているのだから

それを止める理由はなかった。火がついた彼らへの説得もやはり無意味であるからだ。

 

 

「ほう・・・一人も降りないか。あたふたしているのは外野のクズどもばかり。

 最高の日になりそうだ!わたしたちが全てを変える歴史に残る一日だ」

 

「ああ、お前たちの野望が砕かれ消えてなくなる素晴らしい一日にな」

 

ナツメとサカキはそれぞれ短い言葉だけ、視線も一瞬だけ合わせてこの場は終わった。

ここで余計な舌戦や睨み合いをする必要はない。二人の対決はすぐ始まるからだ。

アカネとシルバー、二人の代理とも言える者同士が戦うのだから決着はそこでつく。

どちらが指導者として上かが明らかになる、試合開始の時間となっていた。


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