ポケットモンスターS   作:O江原K

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第106話 ビジネスパートナー

 

ルールが特殊で複雑なだけではなく命を失う可能性があるバトルが始まる。

フィールドには第一試合を戦うアカネとシルバーだけが残される。後ろに用意された

席へと他の者たちは下がっていくが、その前に言葉を交わし合うのだった。

 

「いよいよだな・・・アカネ、緊張はともかく・・・恐怖はないか?」

 

「あはは!何を言うとるんや!うちは圧勝するんやからちっとも心配するモンなんか

 ありゃあせんわ!まあ・・・ちょっぴりは怖いけど」

 

命を賭けた戦いになるというのは一週間前から予告されていた。そのときナツメから

何が起ころうと死なせはしないと約束されている。恐怖を克服するためにミュウツーとの

対面やロケット団基地の攻略も行い、バトルで勝つという自信をつけるために豪華ゲストも用意されたが、アカネは恐怖心を完全には払拭できなかった。しかしナツメは言う。

 

「いや、それでいい。死を恐れ回避しようという思いが0パーセントになってしまうと

 あなたもポケモンも強引な攻めが増えて逆効果だっただろう。危険を予知し僅かな

 流れの変化も見逃さないためには必要な物だ。恥じることはない」

 

多すぎず少なすぎず、適度な恐怖心を維持しているのだから問題なかった。

 

「あのシルバーとかいう小僧の実力も使うポケモンもわからないままだ。しかもやつの

 目を見る限り真っ当な方法で勝利を目指すトレーナーではなさそうだ。反則寸前の

 攻撃も躊躇わないだろう。常に気を抜かないようにしなければな」

 

「安心せい!うちの本番はあんたとの決勝戦や!あんなガキ片手で倒したる!

 あんたを超えるために特訓を重ねてきたんや、それまでは絶対負けへんわ」

 

「・・・ふふ、頼もしいな。楽しみにしている」

 

ここはあくまで通過点。アカネの視線はその先にあった。自分もナツメも勝ち上がり

勝者による決勝でナツメを超えるだけでなく、さらにずっと先のことを考えていた。

ナツメと共にセキエイ高原の王として頂点に立ち、ポケモンを虐げるトレーナーや

他の地方からの侵略者たちを退けることでもたらされる、皆が笑顔の絶えない毎日を。

 

「・・・何が起ころうがうちに後悔はない。じゃ、行ってくるで」

 

「ああ、行ってこい。わたしもあなたを選んだことに後悔など微塵もない」

 

 

 

「シルバー、デビュー戦だからってあまり気負うなよ。普通に戦えば勝てる相手だ。

 ほんとうならおれが倒したかった相手だが遠慮はいらない、叩き潰してこい!」

 

ゴールドが力強くその背を叩いた。続いてサカキが近づく。サカキとシルバーの関係は

キョウ以外には秘密のままだったので、一先輩トレーナーとしての助言を与えた。

 

「あまり長期戦にすると厄介だ。加えてポケモンの受けたダメージがトレーナーにも

 襲いかかるといういまだ全容が明らかでない要素・・・速攻で決めろ」

 

「あんたに言われなくてもそのつもりだ。体力比べ、根性勝負になったって負ける気は

 しないが確実な勝利を得るためにどうすべきか、そのくらいわかっているさ」

 

サカキは軽くシルバーの腰を叩いてからキョウたちと共に席へと向かっていった。

最後にシルバーのもとに残ったのは彼が密かに想いを寄せるクリスだった。

 

「・・・クリス・・・」

 

「ここまで来ちゃった以上はもう止められないみたいね。でもきみなら大丈夫。

 何が大切かを見失ってさえいなければ必ずいい結果になる。ポケモンたちを

 信じてその可能性を自分で閉ざしたりしなければ絶対に・・・」

 

「オレは勝つ。だからお前はあいつらと静かに見ていてくれ。仮に戦況が

 厳しくなったからって余計な手出しはするなよ?お前は熱くなりやすいからな」

 

「・・・でもあなたが負けたら次は私の番、それだけは言っておくわ!」

 

何としても勝たなければいけないバトルだ、シルバーは改めて気合を入れた。

クリスの性格からして自分が殺されそうになったら戦いに乱入するかもしれない。

そうしなかったとしても、シルバーの敵討ちのためにこのデスゲームの舞台に

立とうとしていることを思うと、負けるわけにはいかない重大な一戦となった。

 

(善戦じゃ意味がない・・・。勝たなければ誰も認めてくれない)

 

アカネとは異なり全てのエネルギーを込めて必勝態勢で臨む記念すべき初陣だ。

この点でシルバーが試合前からリードしていたが、実はもう一つ彼が有利な

状況でバトルを始められる理由があった。それはすぐ明らかにされることとなる。

 

 

『ついに、ついにこの時間がやってきました!カントーとジョウトのポケモン界が

 大きく動いた一連の騒動の決着がこれより始まります!ナツメが唯一残った

 仲間のアカネを出したのに対し、サカキは正体不明の謎の少年を自身の代打として

 起用しております!我々の資料にもないこの少年の実力やいかに————っ!?』

 

ナツメとフーディンは一時的にコンビを解消している。フーディンは空から戦いの

様子を眺めるようで、ナツメは一人で座っていた。一方サカキたちはゴールドの

他にもキョウ、クリス、ミカンと総勢五人でシルバーの後押しをする。もちろん

勝負は一対一で行われるので応援の人数は勝敗に何の影響ももたらさず、彼らは

途中でアドバイスをくれるだろうがそれに素直に聞き従うシルバーではないからだ。

 

 

「あんたに恨みはない・・・けどうちらの敵になるんなら容赦はせんで!」

 

「フッ・・・オレもお前にはこれといって思うところはない。運悪くオレと

 戦うことになってしまった、その不幸には同情するがな」

 

すでに両者準備万端だ。よほどのことがない限り勝つのは自分だという自信がある。

特殊な条件で戦うことにはなるがやっていくうちに慣れてくるだろう、ルールが

どんなものであっても相手を圧倒して倒せば勝ちというのは変わらないのだから

問題ないと二人とも考えていた。序盤から出し惜しみせず攻めていけば勝てると。

 

「では二人とも、最初のポケモンが入ったボールを置くように。それからトレーナーの

 立つべき位置まで戻るのだ。それから試合開始の合図が出されるであろう!」

 

相手のポケモンを見てやっぱりこっちにしよう、という後出し戦法を避けるために

互いに中央にボールをセットしてからバトルは始まる。シルバーの使うポケモンなど

一体もわからないアカネはあらかじめ決めておいたポケモンに大事な先発を任せた。

このポケモンはアカネがあまり公式戦では使わない、意表を突いた選出になったはず

だったが、実はすでにシルバーはそのポケモンが何であるかを見抜いていた。

 

「・・・お前の一番手はわかっている。悪いがオレの有利な対面で始めさせてもらう」

 

「ナツメみたいなエスパーでもないのにわかるはずないやろ!」

 

「いや、お前がその口で教えてくれた。調子に乗って自分の首を絞めていることに

 気がつかなかったアホが一週間前、公の電波を使ってオレに伝えてくれた」

 

「・・・・・・さっぱりわからんわ。うちがいつ・・・・・・あっ!!」

 

ようやくアカネは思い出した。確かに一週間前の自分がヒントを出していた。

 

『最初に使う子だけは決めとるんや。うちとあんたの絆を体現したポケモン、

 その子がトップバッターと予告しとくわ!』

 

出演したラジオ番組で喋ってしまっていた。シルバーにはこれだけで十分だった。

 

「お前と共にいたのはナツメ、そしてお前はノーマルポケモンの使い手でナツメは

 エスパーのスペシャリストだ。そこから導き出される答えはもう簡単だ!

 ノーマルとエスパーの複合ポケモン、キリンリキしかいないということだ!」

 

「ニャパ—————ッ!」

 

シルバーが語り終えたと同時に、彼のモンスターボールからはニューラが出てきた。

悪タイプであるのでキリンリキのエスパー技を全て殺せるという武器を持つ。

尖ったツメが最大の攻撃手段だが、素早い動きに加え獰猛さとずる賢さを兼ね揃えた

何でもできる嫌らしいポケモンだ。その分トレーナーの腕が試されてもいるわけだが。

 

 

「どうせキリンリキが来るのはわかっている。さっさと始めようぜ」

 

「・・・ふっふっふ・・・残念やったなぁ!うちが使うのはキリンリキとは違う・・・

 どの地方にもいない世界でこの子一人だけの新種ポケモンや!」

 

スタジアムがざわめき始めた。アカネはまだ隠し玉を用意していたというのか。

まさか、とシルバーも驚きを隠せない中、ボールが揺れそのポケモンが飛び出した。

 

「いけ————っ!これがうちの秘蔵っ子、プリンリキや————っ!!」

 

「・・・・・・は?プリンリキ?い、いや・・・というよりこいつは・・・」

 

人々の期待も驚愕も一瞬で消え失せた。キリンリキの上にプクリンが騎乗して

いるだけで、それを新種だと言い張るまさかのダジャレだったからだ。

当然この大一番を軽んじるような冗談に対し場内は大ブーイングの嵐となった。

 

「真面目にやれアホ—————ッ!」 「死ね————っ!百回死ね—————っ!!」

 

ブーイングを受けても平然としながらやれやれ、といった顔でアカネは指を鳴らす。

するとプクリンがキリンリキから降りて悪びれることなくアカネの元へ歩き出した。

 

「しゃーない連中やなぁ。ジョークを楽しむ余裕もないんかい。けどあんたの読みは

 正しいで。予定通りキリンリキで相手したるわ。相性の差くらい軽いハンデや」

 

「当たり前だ、何がプリンリキだ。オレを脱力させる作戦なら失敗だぜ、ブタ女!」

 

「いーや、いくらうちでもただの冗談でこんな真似はせん。バトルの前にこの子たちに

 力を与えるのが真の目的や!このキリンリキはうちのポケモンで唯一のオスなんやけど

 名前は『しゅんいち』、こっちのプクリンは『なおこ』。二人は恋人同士なんやで?

 スキンシップさせとけばやる気もアップ、いつも以上の力が出るってわけや!」

 

アカネにちゃんとした狙いがあったと知り観衆もひとまずブーイングをやめた。

本気でプリンリキとして二体がかりでバトルに挑もうとしたわけではなかったし、

ポケモンの感情や喜ぶことをしっかり考えているのが伝わってきたからだ。

 

 

「この子たちはとても運命的な恋愛をしとる。野生のポケモンとして同じ場所で

 生まれ育ったのにそれぞれ別の人間に捕まえられて離れ離れになってもうた。

 その辛さを二人とも文字にして綴るほどやったとか・・・しゅんいちは牧場の

 土に足で、なおこはペンを持ってポケモンの言葉で書いとった。そのときの

 写真をこの間ナツメのポケモンに見せて解読してもらったんや!」

 

「ポケモンの文字?知能の高いポケモンが稀に用いるとは聞くが・・・」

 

「別れを受け入れながらも会えない辛さや悲しみがそこにはあった!しょせんみんな

 一人ぼっちなのか、それとも違うのか。誰かの力を借りるべきなのか・・・。

 何回か季節が巡っても幼いころに将来を誓い合った相手への想いを捨てきれん、

 そろそろ諦めるべきなのかこの遥かな旅を続けるべきなのか・・・二人の

 祈りのような心が書かれていたのを聞いてうちはそれを『春を待つ手紙』と呼んだ!」

 

ポケモンの生態を調べる研究者たちにとってこれは貴重な資料になるだろう。会場に

訪れていた各地の研究所の博士や研究員たちは、全てのバトルの終了後にどうにか

アカネに接触できないかと考えた。特別な力などないと思われるキリンリキや

プクリンが深い感情と一途な愛を持ち、書き記そうとしたというこの話が真実で

あるならば、ポケモンに対する認識や接し方を大きく変えていく必要がある。

 

「キリンリキとプクリンではタマゴが生まれないはずだ。それなのに・・・」

 

「ポケモンのパートナー選びは種の本能だけではないということか」

 

一流トレーナーやブリーダーたちは優秀なポケモン同士を配合させて両親の長所と

得意技を遺伝させた、さらに強いポケモンの生産と育成に励んでいた。タマゴが

見つかるのだからその二体の相性は抜群だと思い込んでいたが、実はかなりの

ストレスを与えているのではないかという意見も出ていた。これは仕事であり

人間には逆らえないから、と仕方なく好きでもない相手と繁殖行動を行うのは。

 

 

「でも二人の愛は見事ハッピーエンドを迎えたんや!たまたま・・・ほんとうに

 偶然の話やった。まだプリンだったときのなおこをショップで買って、それから

 少ししてからミルちゃんのいた牧場に行ってバトルで使えるポケモンを譲ってと

 お願いしたら紹介されたんや。このキリンリキ・・・しゅんいちを!二人の

 長い長い冬は終わって・・・ずっと待ち焦がれとった春が来たんや!」

 

アカネのポケモンとなった二体が運命の再会を果たしたとき、あまりにも大きな

鳴き声で叫び興奮していたので、いきなり大喧嘩かとアカネが誤解したほどだった。

それから二体がいつも離れずに過ごすようになったので勘違いに気がつき、なるべく

他のポケモンや人間が邪魔しない時間を作るようにアカネも気を配った。

 

「このドラマの前には有利不利だのレベルの差だのはちっぽけな話や!愛情パワーで

 あんたのポケモンを次々と戦闘不能にしたるで————っ!」

 

アカネによる長話をシルバーはずっと黙って聞いていた。ところがそれが

終わった途端、沈黙を破りわざとらしく嘲るようにして大声で笑った。

 

 

「ククク・・・アッハッハ!何が春を待つ手紙だ!春なのはお前の脳ミソだ!

 愉快で呑気なお花畑そのものだな。ブタ女らしい現実離れしたメルヘンな世界だ。

 ポケモンにそんなドラマがあるものか。馬鹿な空想も甚だしくて笑っちまったぜ」

 

これまでの全てを否定した。想像上の物語に過ぎず、信憑性に乏しいと。

 

「お前が馬鹿だから騙されているだけだ。その文字も牧場やペットショップの人間が

 裏で合わせて書いておいたんだろうよ。奇跡が起きたって喜ぶお前から普通より

 多くの金を得るためにな。今ごろお前を見てオレ以上に大笑いしているはずだ」

 

ポケモンの新たな可能性や新発見の要素などない、金儲けのために人間たちが

用意したストーリーだとして、それを信じ込むアカネを罵った。それに対し

彼女はつい今までの笑顔が急変し、憤りと敵意に満ちた目つきでシルバーを睨んだ。

自分が馬鹿にされていることへの怒りではない。ポケモンなんて所詮こんなもの、

そんな態度でポケモンを軽視しているシルバーの話し方に怒っていた。

 

「・・・あんたも・・・ポケモンは都合のエエ道具とか考えとるわけやあるまいな?

 自分のための道具、バトルで使う武器・・・愛情なんか注がずに訓練とエサだけ

 やっとればそれでいい、そんなアホなことをほざくつもりやあらへんやろ?」

 

ゴールドとクリスは急に不安になった。確かにシルバーは出会ったばかりの

ころ、そのような性質を示していた。バトルに負けると使えない連中だと罵倒し、

毛づくろいもせず雑に扱っているのが一目で見て取れた。しかしやがて考えを改め、

ポケモンとどう接するべきか真剣に向き合うようになった。真の強さを得るためには

何が必要なのかをシルバーはすでに知っている、ゴールドたちはそう思っていた。

 

「あの野郎・・・昔に戻っちまったんじゃないだろうな。勝つことが全てだと

 思い過ぎて掴みかけていたものを手放しちまったってことは・・・」

 

「・・・大丈夫、シルバーくんは口は悪いけれどほんとうは優しいから。

 照れ隠しで言っているだけだって信じましょ。そうじゃないとこのバトルは・・・」

 

シルバーはしばらく返答しなかったが、再びにやりと笑うとアカネに向かって答えた。

 

「愚問だな。ポケモンを道具だと思っているようなヤツがこんな舞台には立てない。

 そんなヤツらはクズ以外の何物でもないからロケット団のような腐った組織で

 群れになって威張り散らすのが限界だ。オレをそんな連中といっしょにするな」

 

 

ゴールドとクリス、それにサカキたちを安堵させる言葉だった。それで終われば

よかったのだが、シルバーはさらに続けた。

 

「だがお前のようなポケモンを家族だとか親友だとか言っているヤツらとも違う。

 本来あるべき種族の垣根を踏み越えようとポケモンに愛情を押しつけている。

 さっきのクズどもに比べりゃずっとマシだがやはりオレには受け入れられない」

 

「・・・ほ~ん・・・ならあんたとポケモンたちの関係は何なんや?」

 

「それは・・・ビジネスパートナーだ!一方的に利用するのではなく互いの利益の

 ために力を尽くす。それぞれするべき仕事を果たすことで両者が得をする。

 人間とポケモンの関係はそれが理想であり本来のものだったと言えるだろう!」

 

この発言にアカネは思わず首を傾げ、ゴールドたちは顔をしかめた。シルバーは何を

言っているのかと眉間にしわが寄ったが彼には彼なりの理由があるようだ。

 

「こいつらはオレのためにバトルで勝てるよう精一杯戦う。オレはこいつらの

 頑張りに応えて野生のポケモンのときには考えられないほどのうまい食事と

 快適な環境を与える。こうしてオレはトレーナーとしてのし上がり金と名声を

 手に入れ、こいつらもハイレベルなバトルで勝つ満足感と優雅な生活、それに

 繁殖用のポケモンとして花嫁候補をたくさん手に入れられるってわけだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「もちろんあくまでオレたちはビジネスパートナー、仕事ができなくなれば

 そこまでだ。オレは戦えなくなったポケモンを容赦なく切り捨てるし、

 こいつらだってオレがトレーナーとして無能だと思えばどこかへといなくなる。

 人間の商売と同じさ。利用価値がなくなれば相手の生活や家族、その命すら

 知ったことじゃねぇ・・・無慈悲に縁を切って新しい相手を探すまでさ。

 余計な同情心や友情が足を引っ張らない分オレはお前より上のトレーナーだ」

 

完全なる仕事の付き合いであるからこそ強い、とシルバーは言い切った。負けが

続けばそれはシルバーにもポケモンたちにも危機となる。敗北の責任を取らされ

追い出されるポケモンがいるかもしれない。シルバーは自分たちの力をうまく

引き出せないのでもっと才能に満ちた人間に仕えたいとポケモンたちが去っていく

可能性がある。もし家族関係であるならば絶対に起こらないような事態だ。

 

「・・・ずいぶんと冷たいんやなぁ。あんたは機械か?」

 

「何とでも言え。お前らみたいな暑苦しいのも考え物だぞ」

 

 

まだバトルが始まる前だというのに二人は激しくぶつかり合う。その様子を客席から

注意深く眺めていたのはかつてレッドとも戦った北の地方の女チャンピオンと、彼女が

一目置いているトレーナーの少女だった。もし自分がチャンピオンでなくなるとしたら

この少女に負けるだろう、という予感が北の女王にはあった。

 

「こんなのどっちが正しいか・・・もうわかっているはずでは?」

 

「・・・理想は確かにアカネの言うポケモンとのより緊密な間柄でしょうね。でも

 それはポケモンと生きる上でのこと。バトルとなると時にはドライに徹さないと

 判断ミスをする場合もあるわ。愛情や信頼が強すぎると盲目になりがち」

 

「じゃああの男の子のほうが・・・チャンピオンにふさわしい考え方なんですか?

 そうだとしたらポケモンリーグは私の目指す場所じゃないのかもしれません」

 

「それはどうかしら。彼がどこまで本心から言っているのか知らないけれどただの

 ビジネスパートナーとしか考えていないとすれば・・・そこから先はない!

 実力差がハッキリしている試合なら問題ないけれど劣勢を跳ね返す必要が

 あるときに・・・果たしてどこまで食い下がれるかしら」

 

普通を超えた力、ポケモンとの絆が生み出す奇跡の勝利は望めないだろうという。

そうなるとシルバーが王者になるためには素の能力と地力を相当強化しなければ

ならず、相手のほうが格上の場合は順当に負けるだけとも言えた。

 

「だからこのバトルで彼が勝つにはこの時点でトレーナーとしての腕前やポケモンの

 レベルが数段上回っていないといけない。それが譲れない最低条件ね」

 

彼女たちも知っていることとして、アカネには窮地からの逆転勝利を決められる力が

ある。力の差は歴然だと誰もが認めるほどでないとシルバーが勝てる保証はない。

奇跡の逆転など許さない圧倒的なバトル運びが求められていた。

 

 

「・・・・・・シルバー・・・それがお前の結論なのかよ」

 

「・・・いいえ、まだ決まったわけじゃない。シルバーくんのほんとうの気持ちは

 どうなのか・・・バトルが進んでみないとわからないわ」

 

他所から来た者たち以上にシルバーを理解している二人であっても不安は隠せない。

シルバーの強さは確かなものだがアカネをノーダメージで倒せるかと問われたら

そうではない。必ず一度は反撃に遭うだろう。北の地方から来たトレーナーたちが

危惧したように、実力以上のものがここぞというときに出せないというのは厳しい。

特に今回は命を賭けたバトルだ。信頼と絆が試される瞬間がやってくるはずだ。

 

 

『試合前の小競り合いも大事には至らずいよいよバトルが始まります!特殊な

 フィールドの仕掛け人フーディンが不気味に上空から見ているなかで・・・

 このシリーズでの戦いで二戦二勝、急成長を続けるコガネジムリーダーアカネ、

 そして経歴も実績も使うポケモンも全てが謎に包まれたトレーナー、シルバー!

 二人の勝負が審判団の合図と同時に幕を開けます!』

 

アカネはキリンリキの頭を撫ででからその背中を叩いた。シルバーはというと

ニューラに目もくれず腕を組んでいた。すでに必要な指示は与えている。

 

「あんたの力、存分に見せつけてやれや!頼りにしとるで・・・」

 

「キュルルル・・・・・・」

 

耳元で励ましの言葉をかけ続けるアカネ、一言もないシルバー。どちらが強いか、

どちらのポケモンへの接し方が正しいのかへの審判が下される時が来た。

 

 

『試合・・・開始だっ!!』

 

ヤナギが目の前に置かれた大きな赤いボタンを叩くと場内に開戦を知らせる音が

鳴り響いた。その音を観衆の大歓声がかき消していった。

 

「うおお—————っ!いけ————っ!!」 「シルバー頑張れ—————っ!!」

 

キリンリキとニューラは地鳴りのような観衆の声に惑わされず、真っ直ぐに敵目がけて

ダッシュした。しかしどちらがそれに成功したかは明らかだった。

 

「ニャギャ——————ッ!!」

 

本来持つスピード能力の問題ではない。ニューラは完璧なスタートを決めていた。

 

「・・・!な、なんちゅう速さや!フライングやないんか!?」

 

「オレの正しさがもう証明されてしまったな!お前たちが呑気に会話している間に

 こいつは精神を集中させていたんだ!これがオレたちの強さだ!あいさつ代わりに

 一発食らえ——————っ!!」 「シャ——————ッ!」

 

「ガァッ・・・!!」

 

 

ニューラのきりさく攻撃がキリンリキの急所にヒットした、それと同時だった。

フーディンの予告していた通りの出来事が起こった。

 

「おわっ!?・・・・・・・・・」

 

アカネを激しい衝撃が襲った。その瞬間、視界が暗転し意識が飛んだ。


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