「・・・あ、ありゃ!?何が起きたんや・・・いま!」
アカネは気がつくと尻もちをついていた。彼女は一瞬だけ意識を失っていたのだ。
ポケモンが攻撃を受けるとトレーナーにもダメージが入るというバトルの最初の
犠牲者はアカネだった。しゅんいちという名のキリンリキが心配そうにアカネを見つめる。
「ポァ~~~っ・・・」
「うちは大丈夫や、しゅんいち。あんたは自分のことを気にしとき。けど今日は
ショートパンツにして正解やった。スカートやったらとんだサービスショットを
全世界に提供しとるとこや。ふふふ・・・残念やったな、兄ちゃん!」
対面にいるシルバーに向かいけらけらと笑いながらアカネは言う。それに対し
シルバーも笑みを見せ、挑発的な態度で返した。
「フン・・・お前の格好になんか興味はない。趣味の悪い虎柄の服だけどうにか
ならないかと思うだけでな。ブタ女の体に発情するほどオレは飢えていないさ」
「・・・おい兄ちゃん、さっきからうちのことをしつこくブタ女呼ばわりしとるな。
そろそろやめないと怒るで?まあしゃーないところもあるけどな。あんたくらいの
歳で女の子とあまり接する機会がないと照れ隠しにそーいう態度をとる照れ屋も
おるからなぁ。うちのような美人が相手だと特に・・・」
アカネは寛容な姿勢だったが、シルバーはなおも言葉による攻撃を続けた。
「ブタをブタと言うことにそれ以上もそれ以下もない。無駄な脂肪は全身どころか
脳味噌にまで達してお前の頭の悪さの原因となっている。しかもブタというのは
何でも食う悪食だ。貪欲で決して満ち足りることのない意地汚さ、まさにお前だ。
ウリムーやマンキーだったら興奮するかもしれないが人間様に相手してもらえる
だなんて思うな、ブタが!この試合でお前は手も足も出ず料理されるだけだ」
「ほざきよって—————っ!うちが下手に出とったら偉そうに——っ・・・」
アカネを怒らせてしまったが、シルバーの狙いは彼女の冷静さを失わせることなので
これでよかった。シルバーの後ろに構えている陣営ではゴールドが愉快そうに笑う。
「ハッハッハ!こりゃあいいや、おれもこれからはあいつをブタ女と呼ぼう!
これまでは牛女だったが・・・このほうがあいつをうまく表現している!」
「牛女・・・?アカネのエースがミルタンクだから?それとも牧場のコマーシャルに
出ているから?牛の着ぐるみを着ているバージョンも確かあったはず・・・」
「ん?そんなの簡単だろ、でかい胸以外にあんのかよ。あいつの数少ない長所だぜ」
観衆たちには聞かれていないのが幸いだった。いくら彼の本性を知っているとはいえ
クリスは冷ややかな視線を浴びせた。そしてミカンはというとみるみる表情が曇り、
「・・・ゴールドさんも・・・やっぱり大きいほうがいいんですか?」
アカネに完敗している自身のコンプレックスを見ながら低い声で問い尋ねるのだった。
「え・・・いや!決してそんなことは・・・!ただぜんぜん無いよりはあるほうが・・・」
「・・・・・・・・・」
「ああっ、で、でもあんただってそういうのが好きって男は探せばそれなりの数・・・」
どう繕おうとしても事態を悪化させるだけだった。そんなゴールドに対しどうしても
アカネに負けたくないミカンは強硬手段に出ようとした。
「わ・・・わたしだってちょっとはあります!触って確かめてください!」
「お!おいおいおい・・・待て————っ!」
ゴールドの手を取って無理やり自分の胸部へ向けて引き寄せようとした。さすがに
こんなことをしたら人々に見つかって大問題になるだろう。クリスが一喝した。
「あんたたち、いい加減にしなさい!いま大事なのはシルバーくんのバトルでしょ!」
「は・・・はい。ごめんなさい・・・」 「・・・反省してるよ」
若者たちの元気なやり取りをサカキとキョウはにこやかに眺めていた。いつもは
優等生を演じているゴールドの素の姿に一週間共に訓練したサカキも、またいつも
ポケモンリーグで顔を合わせる四天王キョウも最初はおや、と感じたがそれほど
驚かなかった。元気な少年なのだからこれが普通だとすぐに受け入れていた。
「やはりあの歳ならばこのくらい元気でないと。いつもは我々に遠慮して
いるのかまたは気を許してくれなかったのか。これがいい機会になってくれたら
よいのだが。あの若さで自分を押し殺すのは相当のストレスだろうからな」
「ああ・・・他人に生き方を強要され、それに応じるかどうかは本人次第だ。
そのほうが結果的に本人にとってよいこともあるから世の中はわからないが。
お前の娘だって自分の意思でお前の後を継ぐと決め結果を出したのだ」
「フフフ、一週間前は文句ひとつ言わずにアンズをメンバーに加えてくれたことには
改めて感謝する。たった一試合で心身共に急速に成長できたのだからな。そして
今日はあなたの番だ。自分の試合よりも緊張するものだろう?」
「・・・・・・ひとまずは幸先のいいスタートだがこれくらいは当然だ。
やつにとって長いトレーナー人生の初陣、圧勝してもらわねば困る」
先制され手痛い一撃を受けたアカネが立ち上がった。まだまだこれからという顔だ。
「最初の一発で即KOとはいかないか・・・だがそれでいい。オレの強さを世界に
見せつけるにはもう少しサンドバッグとしての役目を果たしてもらわないとな」
「ふっふ・・・うちはスロースターターなんや。あんたが偉そうにできんのも
いまのうちやで。ここからはうちらの・・・ん?雨が降ってきたんか?」
地面にぽたぽたと水の跡ができていた。僅かに濡れている感覚もある。しかし空は
快晴だしポケモンが天候を変える技を使ってもいない。どうなっているのかと
思ったところでアカネはようやく気がついた。これは自分の頭部からのものだった。
「・・・あ・・・ああ~~っ!こりゃあ血や!う、うちの・・・!」
流血の量は大したものではないが、早々に血が流されたことで場内は騒然とした。
『こ、これは————っ!!ニューラの素早い一撃でキリンリキにダメージが入った
だけでなくアカネも負傷した———っ!これはほんとうに死人が出るぞ————っ!』
急所に当たった攻撃とはいえこの程度で流血するとなると、更なる大技を食らえば
どうなってしまうのか・・・考えただけでも恐ろしい。そしてこのバトルを提案し
実行するフーディンの残虐さを誰もが再認識させられた。空中で醜悪な笑みを
浮かべながら腕を組むフーディンに対し被害者のアカネが叫んだ。
「お———い、フーディン!あんた・・・よくもこんなバトルにうちらを巻き込んで
くれたな————っ!あんたに言いたいことは山ほどあるけどそんなヒマはない、
だから一言だけ言わせてもらうで——————っ!!」
「・・・・・・・・・」
どんな恨み言が飛び出すかと思ったが、アカネが伝えたい言葉、それはフーディンにも
予想できなかったものだった。アカネの顔に怒りや焦りは一切なかった。
「・・・こんな素晴らしいバトルを『どうもありがとう』ってな!」
「・・・・・・!!」
「うちはこの子たちのことを何でもわかっとるつもりやった・・・でもその痛みを
今になってホンマの意味で理解できた!きっとこれでもこの子らの半分ほどの
ダメージも受けとらん・・・まだまだ足りん!ポケモンたちといっしょに笑って
いっしょに泣く、うちはまだ勉強せなあかんと教えてくれて感謝しとるで!」
アカネの口から出たのはまさかの感謝だった。フーディンの心が動いた。
「・・・この者・・・思っていたよりも数段上のトレーナーなのかもしれないな。
わたしやナツメの足手纏いだという間違った考えを変える必要が出てきたな」
「くくく・・・だから言っただろう、アカネのことは問題ないと」
うれしそうに笑っているのはナツメだった。そしてアカネに声を飛ばす。
「アカネ!傷は浅いようだが無理はしていないか!」
「うちは全然大丈夫や!こんな傷は食らったうちに入らんで!」
「それならば安心だ!それと向こうの小僧だが、あなたを執拗に煽る理由は単純だ。
やつは自分に自信がないのだ!だから己を誇大化させると同時にあなたの
ペースを乱して実力を出せないようにしているに過ぎない!礼儀に欠けた
品の無い挑発は無視していい。やつの小細工を相手にする必要はない!」
シルバーの言葉は強がりに過ぎず不安を隠しているだけだとした。これが初めての
セキエイ高原での試合、しかもエキスパートトレーナーとの真剣勝負も初となると、
本来であれば不安が先行するはずであり、シルバーの自信には根拠がないと指摘した。
「アハハ、それくらいわかっとるで!実際に戦っとるうちにはあんたよりもしっかり
聞こえてきよる!あの兄ちゃんの緊張と強がりが!二、三発ぶちかましてやりゃあ
すっかり大人しくなってまうってこともなぁ——————っ!!」
アカネが腕を高く上げるとキリンリキは攻撃の動きに入り、ニューラをふみつけた。
「ニャガ!ニャッギョ——————!!」 「ハァ————!」
攻撃は命中したが素早いニューラがそれを軽傷にとどめ、またしても爪で反撃した。
しかしキリンリキのほうも今度は急所を回避し、すぐに足でニューラを振り払う。
『先制はシルバー!だがその後は両者互角の好勝負だ————っ!キリンリキも
ニューラもさすがは鍛え抜かれたポケモンだ!動きに隙が無いぞ————っ!』
それでも速さに勝るニューラがやがて手数で押し切るのではないかと皆が思い始めた
ところだった。アカネとキリンリキにはそれを覆すための技があった。
「よし、今や!こうそくいどう!」 「パワッ!」
キリンリキがあっという間にニューラのスピードを上回り、不利は有利に変わった。
『あ———っと!ここでこうそくいどう発動だ!キリンリキの素早さがぐ——んと
上がったことでバトルはますます展開が読めなくなった—————っ!』
「ち・・・キリンリキがそいつを覚えるのは知っていた。しかし頭の弱いお前だ、
攻撃技ばかりで固めているものと思っただけに・・・こいつは意外だった」
「甘い、甘すぎるで!うちのことを調べもせんで勝とうなんぞ百年早いわ!」
シルバーは一週間しっかりとアカネの資料を研究し試合に臨んでいた。彼女が
攻撃一辺倒ではなく、メロメロという技を多くのポケモンに仕込んでいることや
タマゴうみなどの回復技を使いこなすことも知っていた。ところが念入りに
調べすぎたせいでその性格や傾向までも考慮に入れ、動きの鈍いポケモンたちの
弱点を補うのは最初から放棄してくると決めつけてしまっていた。それよりも
攻撃や耐久といった武器を磨き、そちらに重きを置いているだろうと読んでいた。
「これならちょこまか避けたりできんやろ!踏み潰したれ—————っ!!」
「ニャグァ・・・・・・」
キリンリキの動きを見切ることができず、とうとうニューラはまともに被弾した。
威力の低い技であっても、このバトルで初めてよろめくほどのダメージを受けた。
そしてニューラがこうなったということは、シルバーにも痛みがやってくる。
「ぐおっ・・・!こ、こいつは確かになかなか・・・だがこの程度か!
ニューラ、やられた分はきっちり返してやれ!同じ方法でな————っ!」
シルバーの言う同じ方法とは他でもない、こうそくいどうによるスピードアップだ。
ニューラもこの技を使うことができたので、キリンリキより更に素早くなればいい。
ところがニューラは動かない。指示を無視しているのではない。動けなかった。
「・・・おい、何してやがる!聞こえなかったのか・・・いや、違う!
踏みつけられたせいで怯んじまったんだ!くそ、こんな時にツイてねえ!」
怯んでしまいその場に硬直したままだった。シルバーは早々の不運を恨んだ。また、
自分のツキのなさと同時にアカネが豪運の持ち主であるという事実も彼を苛立たせる。
実力で負けるのなら仕方がないが運に左右されるというのは一番やりきれない。
しかしこんな思いを見透かされたのか、アカネの厳しい声が彼の間違いを批難した。
「おいあんた!まさかうちらの差を運だけやと思っとるんか!?だったらあんたこそ
脳ミソが足らんで!センス、経験、先を読む力・・・うちのほうがずっと勝っとる!
もちろんポケモンたちの力もうちらの圧勝や!あんたはせいぜいしょーもない挑発を
繰り返すしかできん!ナツメはそんなモン相手にすんな言うたがあえてうちはぜんぶ
受け止めたる!その上であんたを圧倒したるわ、粉砕や!」
「ケッ・・・オレも運だけが違うとは思っていない。それ以外は全てにおいて
オレが格上、そこはお前と違う意見だがな。たった一回うまく攻撃が決まった
からっていい気になるなよ。それだけ後で恥をかくことになるんだからな・・・」
口では一歩も引かずアカネと張り合うシルバーだが、心の中では彼女の実力を見直し、
予定よりも厳しいバトルになると気を引き締めた。強運だけではこの展開にはならない。
優れた直感と閃きを持つアカネの才能、ポケモンバトルのセンスを甘く見ていた。
(最初からこうそくいどうを使ってくれていたら・・・オレも最善手が打てたのに)
シルバーがきりさく攻撃から入るように指示した、そこに責められる点はない。
そのままの速さでキリンリキに勝っているのだからこうそくいどうは不要だ。後に
出てくるアカネのポケモンたちも全員ニューラ以下の素早さだ。今回のように何らかの
変化が起きるまでは攻撃を優先すればそれでよかった。こうそくいどう合戦に
なったとすれば結局元々のスピードでニューラが勝つ。ところが思わぬタイミングで
出し抜かれ、しかも怯んでしまったせいで先制攻撃の貯金は消え失せた。
「フム・・・カツラさんとのバトルでもこんな展開があったな」
「しかもそれを意識せずにやっているのだから策士と呼ばれる私よりも恐ろしい」
サカキとキョウもアカネのセンスに驚嘆した。一週間前のカツラ戦で彼女は三体目に
繰り出したカビゴンにずつきばかりを何度も指示し、それしか技がないと皆を騙した。
だから真の必殺技すてみタックル、起死回生の眠って全回復、それらが生きる結果に
なったのだ。今回も一番初めにこうそくいどうであれば脅威とはならなかっただろう。
「勢いのある少女だと思っていたがこれほどとは・・・正直なところ見抜けなかった」
「・・・できたのは・・・あやつだけだった、ということか」
超能力者ナツメの、その能力とは全く関係のない別の力をサカキはすでに認めていた。
フーディンであっても今日になってようやく考え直しを強いられたアカネの潜在能力、
それをアカネ本人よりも正確に評価し、しかも急速に引き出し続けている。
「おりゃ————っ!もう一撃——————!!」
アカネではない、ナツメが間接的にいま、息子シルバーの命を脅かす。ジムリーダーの
同僚だった時代に彼女に抱いていた悪寒は人の心を読む能力のためだと思っていたが、
もしかすると今日これから息子を襲う惨劇を数年前から警告していたのかもしれない。
それでもサカキは不穏な予感を振り払い、シルバーの反撃を信じた。
「どうした————っ!お前の力はこんなモンじゃないだろシルバー!」
ゴールドがサカキと同じくシルバーの巻き返しを確信し声を出す。チャンピオンの
声援は会場を動かし、押され気味のシルバーへの大コールとなった。
「シールーバ———!シールーバ—————!シールーバ—————!!」
この大きな歓声がシルバーの劣勢を変えるものとなることを誰もが期待し、現にこの後
すぐに戦況は変わった。だがそれはシルバーとニューラが奮起したからではなかった。
「よっしゃあ!そのまま・・・・・・ん!?あ、あれは・・・・・・!」
キリンリキの攻撃ラッシュが始まろうかというところで待ったをかけたのは、
他の誰でもない、アカネだった。イケイケムードを自ら断ち、大声で叫んだ。
「タイム!!審判、タイムや!バトル中断を要求するで!」
「・・・・・・タ、タイムだと?ここで・・・か?」
審判団の一人シジマは耳を疑った。確かに自分のポケモンが一方的に攻撃を
受けているのなら待ってくれと言いたくなる気持ちもわかる。もちろんそんな
都合のいい願いが認められるわけはないのだが、逆の立場、自分たちがいま
攻め続けているというのにストップを要求するのは前代未聞だった。
「君に試合を止めるメリットがいま全くない。だからそちらのシルバー、
彼が合意したなら我々審判団は認めよう。シルバーくん、どうだ?」
「・・・オレは願ってもねえ。仕切り直しなら大歓迎だ。だが・・・」
アカネの狙いが全くわからない。下手をすればこのまま一気に戦闘不能に追い込まれる
可能性もあった。シルバーとしては大助かりだったが、素直には喜べなかった。
そのシルバーがバトルの中断を受け入れた瞬間、アカネはフィールドに駆け出していた。
『これはどうしたことだ—————っ!攻撃どころか試合が止まってしまったぞ!
アカネは何を考えて・・・おっと、キリンリキのところで立ち止まった!』
アカネはその場に座り、キリンリキの右足をずっと眺めていた。ニューラに
切り裂かれた傷が開き出血が目立っていた。それからゆっくり立ち上がると、
キリンリキの顔に頬を寄せて、両手で抱きしめるのだった。その瞳は潤んでいた。
「・・・すまんなぁ。あんたのその足は命も同然・・・無理してたんやろ?
歩くくらいならできても走るのは・・・とても痛かったはずや・・・」
「・・・・・・プルル~・・・・・・」
「うちはあんたらと痛みを共有する、その気持ちがまだまだ足らんかった・・・。
しゅんいち、あとはみんなに任せい。あんたのファイトは伝わったで!」
首を優しく数回叩くと、なんとその場でモンスターボールに戻してしまった。
このバトルでは一度ボールに帰ったポケモンは二度と戦闘に復帰できない。
アカネは自ら残るポケモンの数を減らしてしまったことになる。
「・・・待たせたなぁ。さあ、勝負再開や!」
「・・・・・・あ、ああ・・・次のポケモンを出しなさい」
フィールドには敵が勝手に退場したためピンチを脱したものの唖然としている
ニューラしか残っていないため、アカネが二体目のポケモンを出してからでないと
バトル再開の合図は出ない。キリンリキと共に登場したプクリンをアカネは呼んだ。
プクリンは静かに前へ出て、一歩ずつ指定の位置に向かっていた。
「フフフ・・・アッハッハ!これだ、これがさっきオレが親切に説明してやった
オレたちの強さ、そしてお前たちの弱さだ!確かにキリンリキは負傷していた!
だがあの程度でバトルを止めるバカがどこにいる!?おっと、そこにいたか!」
この事態にシルバーは笑いが止まらなかった。一気に流れは自分のものになったためだ。
「家族だの親友だの・・・そんな甘い考えが目を曇らせる!オレだったら絶対に
攻撃を続行させる!ポケモンだってやる気だったじゃないか、それをお前は
過保護にも程があるぜ!勝利を追い求める心が致命的に不足しているようだな」
「・・・まあ外から見りゃあ軽いケガや。でもキリンリキ、特にうちのしゅんいちは
右足が敏感でしかも一番の武器や。こうそくいどうのせいで足の負担も普段以上、
放っといたら大変なことになっとったかもしれん。ヤメさせるのは当然や」
「それが甘いと言っている。お前はその手でチャンスを逸したんだ、愚かにも」
ここで試合開始の音が鳴り響いた。再びニューラは猛ダッシュを決めた。
こうそくいどうは必要ない。プクリンの体を切り裂くだけだ。一方その
プクリンはスタートに失敗したのか、元の場所に留まっていた。
「なおこ————っ!あんたの恋人の無念を晴らしたれ—————っ!」
「バカが!ポケモンにドラマを求めてんじゃねえ!ニューラ!」
アカネの理想や思想ごと切り裂けというシルバーの声に応え、プクリンの腹部に
爪が突き刺さり、肉を割いた。痛々しい傷跡から血が噴き出した。
「うあっ・・・!!ぐうう・・・・・・!!」
アカネに二度目の激痛が走る。今度はどうにか意識を失わずに堪えきった。
「ほう・・・痛みに慣れてしまったか。だが苦痛を隠せてはいないぜ?
辛かったら倒れて寝てしまってもオレとしては構わないが・・・」
「・・・ア、アホなこと言うなや。なおこが堂々としとるのにうちが倒れて
たまるか!うち以上にあんたらに怒っとるこの子の決意は固いで!」
「まだ言ってやがる・・・だが特別なことなんか起こりは・・・」
ここでシルバーは見てしまった。ニューラに切り裂かれたプクリンは少しも
よろめかず、鳴き声を漏らしてもいない。そしてその表情は非常に険しく、
恋人の敵討ちに燃える激怒の炎の熱気が離れたこの場所まで伝わってきた。
「いくで、なおこ!粉々にしたれ!ばくれつパンチ—————!!」
「プリャア——————!!」
その右腕から放たれようとしていたのは、食らってしまえば混乱してしまうほど
脳が揺さぶられる強烈な格闘技、ばくれつパンチだ。キリンリキへの愛と
シルバーたちへの怒りを乗せた非常に重い一撃となるだろう。格闘タイプの
攻撃技から大ダメージを受けるニューラではとても受け切れたものではない。
(・・・しかしあの大振りでは・・・まず外れる!ばくれつパンチ自体が
そもそも二回に一回成功すればいいという技だ!冷静さを失ったあの
プクリンじゃあオレのニューラに当てられるはずがない!が・・・)
アカネは強運だ。そしてプクリンの執念は本物だ。ふみつけ攻撃程度であの痛み、
もし一発KO確実のばくれつパンチなどまともに決まったら自分はどれほどの
衝撃と痛みを味わうのか。これだけの不安が一秒足らずの間にシルバーの脳裏を
駆け巡った。外れるに決まっている、しかしもし間違って命中すれば・・・・・・!
「プリャ———————っ!!」
「うおおっ・・・!うおおおおおおおお」
渾身のばくれつパンチだった。だがプクリンの右腕は空を切り、攻撃は外れた。
「プゥ—————・・・・・・」
『空振りだ————っ!ニューラはすでに逃れていた——————っ!』
「・・・・・・なるほどなぁ・・・そう逃げたか!」
フィールドのどこにもニューラはいなかった。そう、すでにニューラは・・・。
「パンチが決まる前にボールに戻しとったんやな」
「・・・・・・・・・」
シルバーが選んだ決断は究極の回避だった。これなら確実に攻撃を受けない。
しかしこのルールではこれでニューラは戦闘不能、もう使えなくなってしまった。
「・・・なるほど、あんな一撃を受けてしまったらどの道戦えない!ならば
ポケモンが瀕死状態になって傷つく前にボールに戻したというわけか!」
「シルバーもアカネに劣らずポケモンを第一に考えている!大したやつだ」
会場の観客たちはシルバーを称えた。各地の一流トレーナーたちもそうした。
だがすぐそばで見ているサカキたちには事の真相がわかっていた。
「あの攻撃は九割九分外れていたはず、シルバーもわかっていただろうに」
「ところがもし命中すれば・・・万が一を恐れて逃げてしまった。これが通常の
バトルであれば彼も弱気にはならなかっただろう。しかしポケモンと痛みを
共有するという特殊な条件が最終的にまずい判断を生んでしまった」
サカキとキョウは冷静に解説するも表情は険しい。もちろんゴールドたちも
気が気ではない。ニューラの身を案じたのではなく自分が傷つきたくないから
逃げた、この弱さをもしアカネに知られてしまったら確実にそこから崩される。
たった一回の失敗、バレなければ何事もなくバトルは続くが・・・。
「・・・・・・・・・」
アカネはシルバーを見つめながら白い歯を見せて笑っていた。全て見抜かれていた。