ポケットモンスターS   作:O江原K

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第109話 シルバーの意地

 

シルバーの過去の罪が暴かれた。ポケモン研究所からワニノコを盗み出し、それから

数か月後にもポケモンマニアの家からニューラを奪った。そのニューラはこの試合の

最初に出てきている。ゴールドとクリスは全てを知っていた。

 

「シルバーくんは・・・ああするしかなかった。タンバシティのマニアはポケモンを

 虐待する変態だった。ニューラもその被害者、シルバーくんはすぐに助けようとした」

 

「ああ、今ではニューラも精神的な傷が癒えた。シルバーがうまくやったからだ」

 

ニューラが盗まれたとき、そのマニアは被害届を出したがこれが原因で愚行が明らかに

なり、自身が御用となった。彼の所持していたポケモンは信頼できるトレーナーたちに

引き取られ、ゴールドはツボツボを、クリスはサニーゴを受け取っていた。

 

 

「・・・だったらシルバーさんが最初から警察に行けばよかったではありませんか。

 どんな理由があろうとポケモンを盗んだことを正当化するなんてできません」

 

ミカンは変わらず冷めた口調でシルバーを否定した。彼女の言葉こそ正論だった。

 

「百歩譲ってそのときは虐待されていたニューラを救うためにやったとしても、

 ワニノコの件はどうなんですか?何一つ擁護できる点はないでしょう」

 

「う・・・そう言われると何も言えないな」

 

ミカンがゴールド相手であるにも関わらずここまで厳しく言うのは、やはり彼を

愛しているからだ。大観衆を相手にシルバーの汚名をどうにかしようとゴールドが

犯罪を肯定するような発言をしたら、ゴールドが世間から批難されることになるだろう。

感情的になりつつある彼をここで我に返らせるためにはっきりと間違いを指摘した。

 

「そうだな・・・これはあいつ自身の問題だ。おれたちが助けるべきじゃない」

 

願い通りの結果となった。ミカンとしてはゴールドの名前に傷がつかなければそれで

構わないので、シルバーが孤立無援になろうがどうでもいいと思っていた。

 

 

「しかし・・・彼はポケモンリーグに挑戦こそしていないがチャンピオンロードで

 エリートトレーナーたちを圧倒しているのを私も知っている。公認バッジを

 八つ集めていなければ警備員に追い返されるはずだが?」

 

「キョウさん、シルバーくんはちゃんとバッジを八つ持っています。一つも

 持っていない私がこっそり入ろうとしても厳重な警備は崩せませんでした。

 チコちゃんたちにも手伝ってもらっていろんな作戦を試したんですが・・・」

 

「・・・そ、そんなことをしたのか?それはいかんよ!」

 

キョウとクリスの話が聞こえてきたのだろう。アカネがまたもや吠えた。

 

「こいつがバッジを!?うちはこんなのに負けた記憶はないで!ジョウトを旅して

 回っとる言うんならカントーのバッジはないはずや。だったらうちらのバッジを

 集めなアカンのやが・・・なあミカン、こいつとジムで戦ったことはあるか!?」

 

「・・・・・・」

 

あっさりと首を横に振った。ミカンもシルバーと会ったのは一週間前、ワカバタウンで

初めて彼と対面した。シルバーがジョウトのバッジを持っていることすら寝耳に水だった。

もちろん審判団のシジマとヤナギもそんな覚えはない。今日まで彼を知らなかったほどだ。

 

「くくく・・・わたしを含めたカントーのジムリーダーたちに聞いてもシルバーなんて

 男は聞いたことも見たこともないと口を揃えるだろう。そもそもポケモン泥棒として

 顔が知れている人間がジムに挑戦なんかできるはずがないだろう」

 

「ナツメの言う通りや。どうせバッジも盗んだか金で買ったかしたんやろ?

 どうすんねん、会場のこの空気!みんなあんたにガッカリしとるで」

 

「・・・・・・」

 

シルバーは一言も返さない。返す言葉がないからだ。ミカンによって釘を刺された

ゴールドも動けずにいたが、サカキは違う。アカネの暴言をこれ以上許さなかった。

 

 

「フッ、あまり調子に乗るな、小娘。君は偉そうに物が言えた立場か?シルバー以上に

 重い罪を犯しているくせにすっかり棚に上げているようだな。ジムの金を横領し

 チャンピオンの像を破壊した・・・合計数千万円の被害額だ」

 

「・・・ハハッ!どうせそこのガキは今日限りでチャンピオンの座を剥奪されるんや。

 ただのションベンたれの像なんて一円の価値もあらへんわ!」

 

「好きなだけ言うがいい。後で災いを身に受けるのは君だ、逃れられるなどと思うな。

 まあ君はいいとして・・・その後ろにいる女は国際警察に指名手配されているほどだ。

 そんな人間でもバトルに参加できるのが今回の戦いだ。なのに今さらシルバーの過去を

 理由にこの場にふさわしくないなどと言うのはおかしな話ではないのか?」

 

シルバーがどんな経歴を持ち後ろめたい過去があろうがバトルとは別問題、それを

改めて思い起こさせることでアカネを黙らせようとした。ところが彼女は止まらない。

 

「だったらなおさらや!ポケモンをビジネスパートナーだのぬかしよるアホは

 バトルでも期待外れの連続や!ポケモンといっしょに傷つくのを拒否するだけでも

 うちは我慢ならんのに、木のマネをした岩ポケモンを出すのが精一杯、ちょいと

 考えりゃあわかるカウンターにも簡単にハマりよった。こんなザコ相手に勝った

 ところでちっともうれしくなんかあらへんわ!ナメくさるのもええ加減にせい!」

 

そしてサカキたちを指さし、そこに座る全員に向かって呼びかけた。

 

「このまま続けたとこでこいつが死ぬだけや!そこでうちからひとつ提案がある!

 仕切り直しといこうやないか!ゴールドはナツメとのバトルが控えとるから

 抜きとして、他の誰でも構わん!今すぐこいつと代わってうちと戦え!」

 

「・・・は?」

 

まさかの選手交代を要求した。つまらない勝負を早々に打ち切り、心を熱くさせる

バトルに移りたいという。場内はますます騒然とし始めた。

 

「サカキとキョウ・・・どっちのオッサンでもエエわ。そっちの名前は知らんが

 なかなかの太ももの持ち主の姉ちゃん、あんたが来ても大歓迎や。もちろん

 ミカン、あんたとのバトルも面白そうや。ポケモンドロボーくんに比べりゃあ

 ずっと楽しい勝負になるのは確かなんやからな—————っ!!」

 

この暴走をナツメは放置している。つまり好きなようにやれと背中を押している。

あとはサカキたち次第だ。少し間が開いたがミカンとキョウが席から立った。

 

「私が行ってもいいですね?相手はパワータイプが多いですが私の鋼ポケモンなら

 そのほとんどの攻撃が止まります。相性を考えたら私が適任ですから」

 

「いや、私だ!アカネの作戦はセンスや勘、もしくは偶然によるものばかりだ。

 私の頭脳を生かした策や罠とどちらが上か・・・純粋に試したくなってきた!」

 

二人ともアカネの言葉をそこまで腹立たしく感じていない。ミカンはゴールドのため

一番有利に戦える自分が出ることで勝利を確実なものとするべく立候補し、キョウは

その言葉通りだった。その場の直感や持ち前の才能に任せた戦いと、緻密に計算された

戦い、正解なのはどちらかをアカネとのバトルにより知りたかったので立ち上がった。

 

「あらあら、あなたの大好きなお父さんが戦うかもしれないわ」

 

「・・・父上・・・・・・」

 

客席にいたカリンとアンズは期待半分、不安半分といったところだった。カリンに

とってもキョウは大事な四天王仲間であり、その戦いが見られるというのは嬉しいが

命を賭けた勝負なのだからどうしても心配する。アンズの思いはカリンの数倍以上だ。

つい昨日までナツメの屋敷でアカネの特訓に協力した二人であったが、キョウが

出てくるとあったら何とも言えない心境のままバトルを見ていなくてはならない。

 

「・・・・・・やっぱり父上には下がってもらったほうがいいかも・・・」

 

「ええ・・・キョウさんのバトルならいくらでも別の機会に楽しめるもの」

 

つくづく今回のバトルのルールが異常であると思い知らされていた。ミカンの

ファンである観客も、頼むから座っていてくれと祈るほどだった。本来であれば

待ってましたと拍手で迎えるはずなのに、危険すぎる戦いが願いを逆転させる。

 

 

「どうしたものか。ここはコイントスで公平に決めるとするか」

 

「キョウさんは策士ですから・・・私のコインを使いましょう!」

 

どちらが出るか、キョウとミカンはコインの裏表で決めようとしていた。だが

その必要はないと二人の前に立ったのはサカキだ。もう一度着席するように言う。

 

「盛り上がっているところ悪いが・・・このままシルバーに戦ってもらう」

 

「・・・いいのか?確かに彼に勝機はまだあるが・・・」

 

「傷は問題ないとしてもあれだけ挑発された後です。まともに戦えるか・・・」

 

プライドをズタズタにされるような発言をずっと聞かされたシルバーは怒りに

身を任せ自滅する展開が濃厚だと誰もが思う。しかしゴールドとクリスは違った。

 

「ミカン、あいつの場合はそうじゃない。おれはあいつをよく知っているから

 保証できる。普通の人間ならあまりにも怒ると冷静じゃなくなって力を

 出し切れない。でもシルバーは逆なんだよ」

 

「シルバーくんは怒れば怒るほどその力が増すの!それはポケモンたちにも

 伝染して・・・いつもより鋭い動きとパワーが敵を圧倒する!」

 

「・・・・・・・・・」

 

二人の信頼に応えるようにシルバーが顔を伏せたまま立ち上がった。瀕死の

ドンファンをモンスターボールに戻すと、四番目のボールを手に持った。

 

「あぁ~?まだやるつもりかい。あんたはもうエエわ。とっとと外に出て・・・」

 

次の瞬間だった。これまでより一層きつい目つきのシルバーが大声で叫んだ。

 

 

「ブヒブヒうるせえぞ、このブタ女が———————っ!!」

 

 

スタジアムのざわめきを切り裂く怒鳴り声だった。表情や言葉だけではなく

全身からアカネへの激しい怒りが伝わってくる。それと同時に出てきたのは

リングマで、シルバーと同じく呼吸は荒く、相当感情が昂っているようすだった。

 

「うわっ、またヤバそうなやつが出てきたで!さゆりの余力じゃ受け切れんわ!」

 

アカネは慌ててラッキーをボールに戻した。これで互いに三体失った。ピッピが

まだ使用可能ではあるが先に五体目のポケモンをアカネはリングマ相手に繰り出した。

ラッキーときたら次はハピナスだ。ラッキー以上に無尽蔵のスタミナを誇る。

 

「いけ————っ、たえこ!あんたに決めたで—————っ!!」

 

「ハッピィ!ハピピ—————ッ!!」

 

ラッキーと特徴は変わらないため、今回もカウンターがあるかもしれないという

脅しでもあった。しかしシルバーたちはそれに屈さない。またしても初手から

攻撃の構え、リングマはその尖ったツメを振り上げた。

 

「ガァ——————!!」 

 

これはまずい、そう口には出さなかったがアカネは小さく舌打ちした。ハピナスには

カウンターを仕込んでいない。リングマの強烈な攻撃に反撃できないのだ。これから

襲ってくるであろう衝撃と痛みに耐えられるように手足に力を込めて待っていた。

 

「そこだ————っ!」 「ウガァ————————ッ!!」

 

リングマが腕を振り抜くと『バシッ!』という音が響いた。攻撃が決まったしるしだ。

 

「ハピッ・・・・・・」

 

ところがハピナスのダメージは浅い。アカネもそこまで痛みを感じなかった。

 

「ふふふ・・・あははは!何や何や!大したことないやないか!こんならあのまま

 さゆりを残しときゃあよかったわ!この程度の傷ならタマゴうみを使う必要は

 ないで!たえこ、食べ残しですぐに回復や!」

 

ハピナスに食事の食べ残しを持たせていた。こんな攻撃しか来ないのなら攻守の間に

少しずつ回復するだけで間に合う。またしても楽な勝負だとほくそ笑んだ。

 

「主人が主人ならこいつもとんだ見掛け倒しやったで・・・・・・ん?」

 

ところが異常事態が発生した。ハピナスが体のどこを探しても食べ残しが

見つからないようで、慌てながら辺りをきょろきょろとしているではないか。

 

「ハピッ?ハピィ—————っ!?」

 

「さっきまで持ってたやないか!こんなときに何を・・・・・・!」

 

アカネ、そしてハピナスも言葉を失った。探していた大事な食べ残しが敵、

リングマの手にあるのを目にしたからだ。一瞬のうちに盗まれていた。

 

「・・・・・・攻撃の隙に・・・?」

 

「ああ。今のはダメージを与えるのが目的じゃない、どろぼうという立派な

 ポケモンの技なんだよ。厄介な道具は先に奪い取っておかなくちゃな」

 

「ケッ、主人がドロボーならそのポケモンもドロボーかい。しょーもな・・・」

 

悪態をつくアカネに対し、シルバーとリングマの怒りはいっそう激しく燃えた。

 

 

「だったら今から教えてやる!お前の肥え太ったポケモンたちこそくだらない

 存在だということをな!これがオレたちの本気だ————っ!!」

 

「グオオオオオ———————ッ!!」

 

シルバーの思いを乗せてリングマが猛突進する。これを避ける術はなかった。

 

「な、なんちゅう迫力や!アカン、たえこ!」

 

「どうだ、熱いバトルがしたかったんだろ!もう二度とやりたくなくなるまで

 味わうがいいぜ!いけ、リングマ!殺すつもりでやれ—————っ!!」

 

「ガァ——————!!」 

 

リングマが一瞬でハピナスを吹っ飛ばした。超スピードで飛ばされる先には・・・。

 

『あ—————っと!これは危ない!このままだと激突だ—————っ!!』

 

「・・・・・・・・・!!」

 

ハピナスが飛んできた、そう思ったときには目と鼻の先だった。アカネが何を

しようともう遅すぎる。衝撃に備えて身を守る暇すらなかった。

 

 

「ピャギャ——————ッ!!」 「あぐっ・・・!」

 

『クラッシュだ——————っ!!アカネとハピナスがもろにぶつかった————!!

 シルバーとリングマの狙いはこれだったのか!?トレーナーアタックが見事に

 決まったぞ——————っ!第一試合はこれで決着か——————っ!?』

 

この戦いでは認められている攻撃とはいえ、ほんとうに起きてしまった惨劇に場内は

悲鳴に包まれた。激突の後、アカネはハピナスの下敷きになって埋もれてしまった。

 

「きゃ——————っ!!」 「さ、殺人だ——————っ!!」

 

互いの頭部が激しくぶつかり、しかも体重45キロ以上の個体がほとんどと言われる

ハピナスの下で生き埋めだ。勝負あり、と多くの者が考えた。それでもシルバーは

気を緩めない。ぬか喜びが危険であることを先ほど思い知ったばかりだからだ。

 

 

「・・・・・・・・・ハ、ハッピィ・・・」

 

ハピナスがどうにか立ち上がった。そしてハピナスに手伝われながらアカネが

続いて姿を見せた。衝突のダメージに加え、ポケモンが受けた傷の重さに合わせて

トレーナーもダメージを受けるという今回のバトルのオプションによる負傷は

大きく、ついに額からの流血で顔じゅうが真っ赤になっていた。しかしその表情に

少しも苦痛や恐怖はない。それどころか笑みを見せる余裕すらあった。

 

「・・・ふっふ・・・その通りや。こんな熱い戦いを待ってたんや」

 

「そうか・・・期待に応えられて何よりだぜ」

 

バトル続行だった。これには客席のエキスパートトレーナーたちも驚いた。

 

「あんな状態から立ち上がってくるなんて・・・きっと日々の修行の成果!」

 

「いや、あれは気合だね!あの血は燃え滾る熱気そのもの!」

 

この二人の少女は北の地方のジムリーダーだった。アカネと年齢が同じくらいの

二人だが、あれほどのダメージを受けて笑いながら起き上がるアカネの根性と

タフネスには恐れ入ったようだ。もしシルバーも彼女たちのような反応でいたら

初動が遅れていただろう。集中を切らさずにいたため即座に追撃に移行できた。

 

 

『これは驚いた———っ!生きているどころか元気たっぷりだ————っ!』

 

「フン・・・こんな一撃で勝負が終わらないことくらいわかっていた。そんな

 贅肉たっぷりのブタ饅頭みたいな物体が飛んできて下敷きになったからって

 思ったほど痛みやダメージはないはずだ。それだけ柔らかいんだ、あるとしても

 当たり所が悪くて失神、その程度だというのは計算済みだ・・・だが!」

 

またもリングマを走らせる。巨体と強力を誇る熊はすぐにハピナスを捕らえると、

その頭部を持ったままフィールドの端まで向かった。目の前にはフェンスがある。

 

「ここで倒れていたほうがお前にとっては幸せだっただろうなぁ————っ!!

 これから先は更なる拷問ショーの始まり、苦痛と絶望のオンパレードがお前らを

 待ち構えているからだ————————っ!!」

 

「グオオオオオ————————ッ!!」

 

シルバーの合図と同時にリングマが雄叫びをあげながらハピナスの頭をフェンスに

叩きつけた。頑丈な壁が破壊されるのではないかという勢いで何度もそうした。

 

『あ———っ、これは厳しいラフファイトだ————っ!!リングマ、力任せに

 ハピナスを痛めつけていく————っ!頭蓋骨を砕く勢いだ————っ!!』

 

「・・・ハビビ・・・・・・」

 

ハピナスはダウン寸前だ。しかしリングマはそれを許さない。目は血走り口からは

大量の涎がこぼれている。獰猛で理性の欠片もない熊は強烈な引っ掻き攻撃で

無理矢理ハピナスを叩き起こすと、その後は自慢の両腕で連続パンチを放った。

 

「ウガッ、ウガッ、ウガアアアア———————!!」

 

『こ、この異常な様子は・・・あばれる攻撃だ!混乱するほどに暴れ敵を倒す、

 リングマのためにあるかのような技だ————っ!』

 

「ビギャッ・・・ビギャッ・・・」

 

ハピナスの顔が痛ましく腫れ上がる。もちろんアカネのダメージも深刻だった。

 

「うげっ、ぐへっ、あうっ・・・・・・!」

 

とうとう口から吐血するようになった。しかも休みなくダメージを受けることで

ハピナスをモンスターボールに戻すことすらできない、大ピンチだった。

 

 

「いけ————っ、もっと痛めつけろ————っ!」

 

「お前に言われなくてもわかってるぜ、このまま一気に終わらせてやる!」

 

ゴールドの声に返事をする余裕も出てきた。勢いは完全にシルバーだ。

 

「ギブアップなんて許すな!絶対に仕留めろ————っ!!」

 

アカネへの憎しみが抑えきれず、命を奪えと叫ぶゴールド。そばで見ている者たちを

不安に感じさせるほどだったが、実はそんな心配をしている場合ではなかった。これだけ

一方的な展開で、自分もポケモンも瀕死目前だというのにアカネは不気味に微笑み

続けていたからだ。出血多量のせいで頭がおかしくなったとしか皆考えていなかった。

 

 

「・・・ふっふ~ん・・・もうそろそろオッケーや。このアカネちゃんが無抵抗で

 攻撃を受け続けるだけ・・・なんて都合のエエ話があると本気で思っとるんか?」

 

「負け惜しみはよせ!お前たちはこのまま手も足も出ないままオレの前に倒れる!

 ブタどもの血抜き作業もそろそろ仕上げの段階だ—————っ!!」

 

「うちらは・・・とっくに技を出しとった。ここらで十分やろ。たえこ!

 もう我慢の時間は終わりや!今からはうちらが地獄を見せたる番や!」

 

「芸の無いやつだ・・・またカウンターか?それともがまんの技か?そんなもの

 発動する前に潰してやればいいだけだ!リングマ、とどめだ—————っ!!」

 

何を企んでいようが関係ない、リングマがハピナスを倒すための最後の一撃を

放った。殴る蹴る叩く、いろんな攻めを見せたが最後は自慢の爪で決めにいった。

ニューラの爪以上の破壊力を誇る最強の武器で死闘の決着をつけようと興奮も

最高潮に達していた。もうそろそろ暴れ疲れて混乱するころだろう。

 

 

「うおお————っ、くたばりやがれ—————っ!!」 「ガ—————!!」

 

リングマの大きな爪がハピナスの胴体を完全に切り裂いた。これでハピナスを

戦闘不能にするどころかアカネにも致命傷を与えて勝利、そうなるはずの一撃だった。

ところが、シルバーたちにとって悪夢のような展開が待っていた。

 

『おっとこれは————っ!?リングマ渾身の攻撃だがほとんど効いていない!』

 

これまでの攻撃の中で最も手応えが悪く、ハピナスも全く痛がっていない。

傷跡すら残せず、むしろ傷が入ったのは攻撃したはずのリングマの爪だった。

 

「・・・・・・ガギャラ——————っ!?」

 

自慢の爪が粉々に割れてしまった。どうなっているのかわからないうちにハピナスが

のっしのっしと迫ってくる。そしてすてみタックルの構えで突進してきた。

 

「お、落ち着け!攻撃が不発に終わった理由はわからねー、だが冷静になれ!

 あいつの攻撃力なんかゴミ以下だ、しっかり対処すれば何でもない!」

 

リングマを落ち着かせようとするシルバーが動揺を隠せていない。いや、仮に

完璧な精神で適切な指示を出せたとしてもすでに手遅れだった。

 

「たえこ、マイ、ラ—————ブ!」 「ハッピャ——————!!」

 

「・・・・・・!!」

 

アカネの声によってハピナスの力がいっそう増し加わる。非力なタックルだと

警戒を怠ったリングマのみぞおちに炸裂した捨て身の攻撃は信じがたい威力を

叩きだした。フィールドの外まで数メートルは吹っ飛ばし、同時にシルバーにも

大ダメージを与えた。アカネ以上の吐血と共にその場に膝をついて蹲った。

 

「ゲホッ!!がはぁっ・・・!うぐぐ・・・・・・」

 

「シ、シルバーくん!」

 

クリスが思わずフィールドに駆け寄りそうになりサカキたちに制止された。

リングマは完全にダウンこそしていないがしばらく起き上がれそうもないうえに

目の焦点がおぼろな混乱状態だ。混乱しているのはシルバーも同じだった。

 

「どうして・・・ハピナスにこんな攻撃が・・・?いや、それ以前にリングマの

 爪を割るほどの防御力をいつの間に・・・・・・あの攻撃さえ決まっていれば」

 

「ふっふ~ん、うちらの絆が起こした奇跡・・・と言いたいとこやけど今回は

 のろいの技をこっそり何回も使わせてもらった。あんたたちが上機嫌で

 暴れとる隙に・・・たえこの弱点である攻撃と防御は武器に生まれ変わった!

 うちらをいたぶるために時間をかけて攻めたのが命取りになったのぉ!」

 

「呪い・・・いや、鈍いの技・・・もともとのろまなそいつにとっては何の

 リスクもありゃしない・・・オレとしたことが・・・不覚!」

 

攻撃を終えたハピナスはアカネの隣に立っていた。アカネがその頭を優しく撫でると

しあわせポケモンと呼ばれるその顔がますます幸せそうになった。傷だらけの体を

摺り寄せて愛情を表現したが、アカネも流血しているので今さら服は汚れなかった。

たえこマイラブ、その叫びへの返事をアカネは心地よく堪能していた。

 

 

「ふふふ・・・どれだけ怒ってパワーアップしようがそれがあんたの限界や。

 うちらには絶対に届かない、やっぱりあんたはこの舞台じゃ力不足や!」

 

「・・・・・・・・・」

 

シルバーはすでに認めていた。このままでは勝機はゼロ、勝利を得るためには

普通を超えた何らかの力が必要だということを。

 


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