海外のポケモンバトルではポケモンに普通以上の力を与える方法が存在する。特別な
必殺技や通常とは違う進化、巨大化させて戦う・・・様々な種類があるが、いずれも
実はポケモンに害をもたらす可能性があるとして研究家たちが調査を続けている。
本来持つ力を超えたパフォーマンスを発揮させるのだから当然の話で、競技用の
ポケモンとしての寿命や日々の健康状態を注意深く観察していた。
いまシルバーがポケットの中で手にしているロケット団製の薬はそれらの遥かに
上を行くもので、どんな非力な野生ポケモンでも怪物と化し、敵を肉片に変える。
姿や大きさはそのままに、身体能力を飛躍的に、一瞬のうちに高める薬だ。身体への
副作用は言うまでもなく、薬を投与されたポケモンはすぐに全身が崩壊する。
まさに最終手段、何が何でも絶対に勝たなくてはいけない時にしか使えない禁断の品だ。
「・・・お、お前・・・!いや、お前たち!どこからオレに話しかけている!?」
アポロの声が聞こえたことで辺りを探し始めるシルバーだが、幹部たちはいない。
すぐそばで話しかけられているようだったが、客席の最前列にすら彼らの姿は
見つからない。すると少ししてから多くの疑問の答えが一斉に返ってきた。
「シルバー様!私たちの声は一方通行!よってあなたが何かを尋ねたとしても私たちの
もとには届きません!最初にそれをご理解ください!私たちが伝えるだけです」
「実は今日、この俺ラムダが変装の技を使って坊っちゃんの服にこっそりつけて
おいたんですよ、俺たちからの声が届く小型の機械を!もし聞こえていたら
怪しまれるといけない、適当な理由をつけてタイムを要求してくださいよ。
その間に俺たちの声を聞いてあの薬を使う決意を固めてもらいましょう!」
シルバーが何を言っても向こうには届かない。だがあまりこのまま時間が過ぎれば
審判団が痺れを切らせる。言われたように一度バトルを中断させるべきだった。
「・・・す、すいません・・・タイム・・・・・・願います」
「ム?なぜだ。君が倒れていたから試合が止まっているというのにまたタイム?」
「ゴルバットの様子がおかしい。ケガをしているかもしれない、見させてくれ」
ゴルバットを言い訳の道具にして休憩時間を求めた。審判団の反応は悪かったが、
対戦相手のアカネは何も警戒せず彼の申し出を寛容に受け入れた。
「ふっふ、うちもバトルの最初でタイムをもろたんや。構わんで?」
「・・・そうか、優勢に進めている君がそう言うのなら中断を認めよう」
試合が止まっている間にカビゴンの混乱が治るのだから、中断はアカネにとっても
よいことだった。さすがのアカネもシルバーが嘘をついて時間を取ろうとしている
ことくらいはわかっていたが、何を狙っていようがどうせ最後の悪あがき、大した
脅威ではないと考えていた。しかしナツメは警戒を強めていた。試合再開後、突然に
シルバーとゴルバットが豹変しアカネを一分もしないうちに殺しかねないと。
惨劇を回避するために隣に座る元ロケット団の女にそのためのヒントを求めた。
「・・・一つ聞きたいのだが・・・わたしたちがロケット団のアジトで破壊した
ロケット団復活のための最終兵器を製造する機械・・・確かポケモンを急激に
強化するための薬を開発していたと言っていたな。あなたはその機械の前で
見張り番をしていたのだ。どんな薬だったか詳しくわかるはずだ」
「はい、まだ試作を繰り返している段階で、安定した量の生産はできませんでした。
あれは歴史上最悪のドーピングアイテムです。たった数分の力と引き換えに
そのポケモンの命を奪う恐ろしい薬でした。ナツメさんたちが来てくれなかったら
今日にも完成していたかもしれないと思うと・・・恐ろしい話です」
ロケット団員でありながらポケモンを心から愛していたこの女が実はぎりぎりの
ところで薬の研究を遅らせていた。ウパーと協力してこっそりと不純物を流し込み
データを狂わせたり、機械のメンテナンスを長引かせたりしていたのだ。それも
そろそろ限界というところでナツメとアカネが現れ研究を停止に追い込めた。
「今のところ四、五分くらいしかその力を保てないと幹部たちが言っていました。
最終的には十分程度暴れられるようにするとも。ですが薬を使ってから早ければ
効果が切れてすぐに、遅くても数時間でポケモンは死ぬ、そのことに変わりは
なかったそうです。あんなものが世に出なかったことはほんとうによかった、
そう思っています。ナツメさんたちへの感謝は尽きません」 「うぱっ!」
「・・・・・・いや、すでに製造された試作品はまだどこかに残っているだろう。
そうか、四分か五分が限界か。ならばどうにかなりそうだ。バトルが止まっている
いまのうちだ、こちらも作戦会議といこう!おい、アカネ!ちょっと来い!」
「・・・ん?ナツメか、今行くで。もううちの勝ちは目前なのに何の用かいな・・・」
アカネがフィールドを離れ陣営に戻っていった。その間もシルバーへの幹部たちの
言葉は続いている。シルバーはゴルバットの翼や口などを気にする演技をしながら
彼らの声に耳を傾けていた。いまだどうすべきか決めかねている。
「シルバー様、いまあなたが持つ薬こそ最後の一つです!実は我々の拠点は数日前、
あなたの敵である三人の女によって壊滅させられてしまった・・・憎きナツメに
アカネ、それに裏切り者であるウパーを連れた下っ端のせいで何もかも失って
しまったのです!ですがその薬があればまだ復活は可能です!」
「ポケモンバトルが行われているあらゆる地域で必ず大勢いるからです。ポケモンが
どうなろうが勝利して自分が栄光を受けられるのならそれでいいというトレーナーが!
彼らがシルバー様の勝利を目にすれば、確実に私たちに先行投資してくれるでしょう。
その金を使い開発と研究を復活させ、ロケット団そのものも完全復活を果たすのです」
一度限りの使い捨てのポケモンを使い頂点に立つチャンピオンが世界中のリーグで
次々と誕生するだろう。その最初の男にシルバーがなろうとしている。
「・・・・・・・・・」
「何をやっても勝てばいい!あなたもそう考えておられるはずです!特に今回は
死んでしまうかもしれないという戦い、ならばもう決まりでしょう!」
「俺たちとしてもあんたに勝ってもらわなくちゃいけないんですよ!薬の代わりは
作ろうと思えばできる、だがサカキ様の後継者である坊っちゃん、あんたが
死んだら俺たちはもう終わりだ!あんたの代わりは誰もいないんだ!」
(・・・そうか、こいつらは親父がもう絶対にロケット団に戻らないから次は
息子のオレをトップに据えようという狙いか。確かに以前からこの連中は
親父をまるで神のように崇拝していた。とはいえあれほどの悪党が神のはずが
ない、となるとふさわしい呼び方は大魔王か閻魔か・・・まあロクなもんじゃ
ねーな。そしてその血が流れるオレは言うなら・・・地獄の皇太子ってわけか)
もしこの薬を使えばカビゴンは死に、その結果アカネも死ぬことになる。今回は
互いに了承済みの末にこんな危険なバトルを行っているが、今後これに頼るたびに
相手の、そして自分のポケモンを殺すことになる。心は耐えられるだろうか。
すでにポケモンを殺し人間まで殺害したのだから後はもう何人殺っても同じだ、
そのように自分に言い聞かせ、何十年も戦い続けられるだろうか。
「シルバー様!とにかく今はあなたが生きて帰ることだけを考えてください!」
「死んでしまったら後悔もできません。いろいろと悩むのは生きていればこそ!
さあ、もうそろそろこの通信装置の時間切れ、私たちは信じております。
あなたが正しい決定を下し、新たな時代の王として覚醒することを・・・!」
だんだんと幹部たちの声が小さくなっていく。彼らが数日前シルバーに薬を託したのは
ロケット団の科学力を実感させ、自分たちのもとに引き寄せるためだった。今でも
それは変わらないが、こんな危険なバトルを行うのは彼らにも当然予期できなかった
話であり、しかも死が迫るという切羽詰まったところまでシルバーが追い詰められ、
当初の意図とは全く違うが薬を渡しておいてほんとうによかったと思っていた。仮に
今回シルバーが悪の道を選ばなかったとしても彼が生還すれば何度でも機会はあるが、
命を落とすようなことがあればロケット団の復活は未来永劫完全になくなる。
(あいつらがオレを生かそうとするのはロケット団の未来のためだ、純粋な動機じゃ
ないのは確かだ。だが死んじまったら全て終わり、その言葉は事実だ・・・。
そうさ、正々堂々と戦い善戦したところで勝たなきゃ無意味だ。何をしようが勝てば
全ては正義・・・オレはずっとそう信じて戦い続けてきたじゃないか)
ここから正攻法で戦い勝利を得るのは至難の業だ。シルバーは一つのミスも許されない
どころか、常に最善の選択をし続けなければ僅かなチャンスも生まれない。それだけでは
まだ足りず、奇跡のような偶然や一生に一度あるかどうかの幸運を味方にしなくては
逆転はない、そう言い切れる状況だ。対するアカネは多少の失策は問題ないうえに
残るポケモンの数と物理攻撃の強さで押し切ってしまえばそれで勝ちなのだから頭を
使う必要すらない。適当に指示を出していればポケモンたちが勝手に終わらせてくれる。
だが、シルバーが今も手の中で握っているこの薬さえ使えば何もかもが変わる。
超重量級のカビゴンだろうが防御力を高めたハピナスだろうが関係なくその脂肪を
貫き、腹に大きな風穴を開けるだろう。もっと悲惨な光景になるかもしれないほどだ。
シルバーも極力避けたかった最後の手段だがこれ以外に方法は思いつかなかった。
(散々ロケット団を潰すと言っていたオレだが・・・本質はあいつらの側の人間
だったようだ。この薬をさっさと捨てずに今日まで持っていたのがいい証拠だ。
自分の安全、勝利、栄光と金を得るためなら・・・ポケモンは使い捨ての道具、
そう思っている人間と思われようが・・・・・・それが真実だった)
そして誰にも聞こえないような小声で幹部たちへの答えを口にするのだった。
「・・・わかった・・・お前たちと手を組もう。全ては勝利のために」
とうとうこの決断をした。ライバルであり友人のゴールド、初恋の相手クリス、
やっと尊敬できる父と認められるようになったサカキを裏切ってでもバトルに
勝ち、生き残ると決めた。シルバーにはゴルバットしか残っていないので、
必然的に薬を与えるポケモンは決まっていた。このゴルバットがこれから数分で
アカネを文字通り殺す最強の兵器となる。代償として半日も持たずに肉体が
崩壊して救世主ゴルバットも死ぬが、そうしなくてはシルバーが死ぬことになる。
「すまない・・・他に誰もいない以上、犠牲はお前ということになるが・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そのころアカネたちも作戦会議を行っていた。そんな必要はないとアカネは口に
していたが、ナツメにはすでにフィールドの反対側で行われている事柄について
おおよその想像はついていた。シルバーがサカキの息子だとナツメは見抜いている。
そして幹部たちがロケット団復活のために奔走し、世界中の欲深い人間が揃って
喉から手が出るほど切望する薬を開発したこともロケット団にいた女から聞いた。
それだけ情報が揃っていれば、この不自然な中断の意味も容易に察することができた。
「・・・うちの勝利はもうすぐや。今さらアドバイスはいらんで?」
「いや、注意すべきは試合再開の直後だ。対処を間違えるとあなたは死ぬ。だから
いまのうちに話をしておきたい。おそらくこの後シルバーの雰囲気が豹変する。
その瞬間、すぐにカビゴンをボールに戻さなければ・・・命はない!」
「豹変~?そりゃそうやろ。もう崖っぷちなんやから死に物狂いでかかってくるのは
当たり前やないか。どんだけ必死になったとこでうちらの勝ちは変わらんわ!」
アカネはすっかり勝った気分でいる。緩んだ顔で笑うがナツメは語気を強めた。
「すぐにカビゴンは下げろと言っている。その後は何でもいいから遅延行為を続けろ。
トイレに行かせろと叫んでもいい。とにかく数分間時間を稼ぐことだけを考えろ」
「ハァ?なんでうちがそんな恥かかなアカンねん。速攻で終わらせたる!」
「・・・いいか、やつはとんでもないものを隠し持っている。わたしたちが壊滅させた
ロケット団のアジトで開発されていた、常軌を逸したレベルでポケモンの能力を
上げるドーピングアイテム・・・やつは持っている。使わずに勝てれば問題ないと
最初は考えていたようだがあなたに追い詰められて自棄になったらしい」
「・・・?」 「・・・!?」 「うぱ~」
なぜいきなりそんな道具の話を、アカネはそう思う。つい今までそれについて話していた
ウパーを連れた女でも、どうしてその薬を対戦相手のあの少年が、そう疑問に感じる。
しかし二人は黙ってナツメの言葉に耳を傾ける。今日までナツメは一回聞いただけでは
理解し難い言葉を何度も口にしてきた。後になってそれが真実であり素晴らしい教訓
だったとわかる、そんな経験を共に過ごした短い期間でたくさん味わってきたからだ。
「相手を殺すだけでなく薬を与えたポケモンもすぐに死ぬという、最後の最後まで
やつが躊躇していたのも頷けるほどの悪魔の薬だ・・・逃げるしか対処法はない、
戦おうなどとは絶対に思うな。数分間しか効力は続かないのだからその時間だけ
いま言ったようにあらゆる手を使って凌げばこちらの被害はないようだ」
「・・・な、なんて罰当たりな薬や・・・」
「もし・・・あれを使えばチャンピオンになれるとしても私は絶対に拒否します。
大事なポケモンを犠牲にしてまで何が欲しいというのでしょう!」 「うぱ!」
大半のポケモントレーナーがこの女と同じ考えだろう。ドーピングで勝利を手にする、
それすら論外であるのに自分の育ててきたポケモンの命すらどうでもいいという
人間に対して嫌悪感を抱くのは当然だ。そうであるべきなのだが、ナツメは言う。
「しかしセキエイ高原を含めたこの国のポケモンリーグ、それに海外のリーグの
チャンピオンが全員あの薬の使い手になったら・・・世の中の常識や風潮は
もともと移り変わりが激しいからな。わたしたちは少数派になるだろう。
当たり前のようにあれが認められ、本気で頂点を目指す人間はみんな使う。
欲望に忠実な者が多いのだからそのような時代が来ても驚かない」
「・・・ま、まさか、そんな・・・」 「うぱ~っ」
「現に数十年前といまでは社会は何もかも違う。昔の人々からすれば考えも及ばない
恥知らずな言葉や服装や振る舞い、それが現在では普通に受け入れられている。
何が悪いのかもわからずに・・・ポケモンバトルの世界も同じだ」
世界中の人々が注目するこのバトルでの結果は非常に重要だった。ここでアカネが
シルバーの前に倒れるようなことがあれば、ロケット団の思惑通りに話は進む。
最初は裕福な資産家たちがシルバーに近づき圧倒的な強さの秘密を知ろうとする。
彼らの支援を受けて禁断の実の研究と改良が進められ、性能を向上させたうえで
コストを抑え、安定して生産ができるようになる。それでも一般庶民に手が出る
値段にはならないが、一流トレーナーたちなら容易に取引できる価格にできる。
「そんな未来を避けるためにもうちが勝たんとな」
「そうだな・・・だが勝敗よりもあなた自身とポケモンたちの命が最優先だ。
薬の効果が切れるまでの長いタイムが認められなかったら棄権するべきだ。
だからあの薬のせいであなたが死ぬ危険は実は全くないのだが・・・」
ナツメはシルバーとゴルバットの様子を眺める。それからアカネに視線を戻した。
「もしやつが別の手段・・・つまりあの薬に頼らず、違う方法によって新たなる力を
手に入れたならあなたは真っ向から戦わないとならない。しかもその場合、やつは
偽物ではない、しっかりとした強さを得ている。全力で対抗しないと危ないだろう」
「・・・・・・?」
あのサカキの息子なのだ。悪の道に堕ちてルール無用の戦いに持ち込むかもしれない。
だが父のようにそこから立ち返り、真の強者となる見込みもじゅうぶんにある。事実、
ポケモン泥棒としての過去を恥じて実際に反省の思いを行動で示している。どちらに
転ぶか、あとはシルバー次第だ。ナツメは彼の決定を注意深く見守っていた。
自分がこれからしようとしている大罪を敵の陣営に見破られているなどとは夢にも
思わないシルバーは、すでに勝利した後どう動くのが正しいかを脳内で確認している。
『・・・こ、これは・・・ゴルバットの一撃がカビゴンの胴体を破壊した—————っ!
ほ、骨や内臓が散乱し・・・・・・第一試合、決着だ——————っ!!』
カビゴンが死ねばアカネも絶命する。勝者と認められた瞬間、すぐにゴルバットを
モンスターボールに戻せばいい。いつまでも外に出していたら薬の副作用で変な
死に方をして皆に疑われる。ドーピング検査に引っかからないようになっていると
説明を受けたが、ボールの中でひっそりと息を引き取ってもらえばもう検査すら
できない。不自然すぎる逆転負けに抗議をしようにもアカネも死亡している。
まさに死人に口なしだ。あとは大喜びしてごまかせばどうにでもなるだろう。
『あんな力が・・・どうやったんだ?』
『さあな、お前たちの信じる絆とかいうやつかもな。オレにもわからないが・・・』
不可能を可能にする人とポケモンの絆の力。それを目に見える形でアカネやレッドが
放った眩しい謎の光。言い訳のための材料は十分だ。ナツメとフーディンもすぐに
自分に疑惑の目を向けず、最初は倒れたアカネに意識を奪われるはずだ。
(フン・・・最低だな。正反対の行為をしているというのにあの力を勝因にして
自分の大罪の隠れ蓑にするんだからな・・・そろそろ覚悟を決めなきゃな。
オレは最低の人間だがそれで構わない!もともとこいつはオレがいなけりゃ
とっくに死んでいた。だからその命をどう使うのかオレに権利がある!)
シルバーがこのゴルバットと出会ったのは旅を始めてすぐのことで、ワニノコに
次いで二番目に手に入れたポケモンだった。とはいえ普通にモンスターボールを
投げて捕まえたのではない。研究所からの通報によりポケモン泥棒の犯人として
顔が出回っていることを恐れていたので、ワカバタウンから近い街や大都市コガネを
過ぎなければショップなどの施設には入れない。ゴルバット、つまりズバットを
見つけたのは当然それよりも前であり、しかも本来生息している洞窟ではなかった。
人通りの少ない道路にズバットは倒れていた。周りに人もポケモンも誰もいなかった。
『・・・ギャシュ————・・・・・・』
『なんだこいつ・・・だいぶ弱ってやがる。このままだと死ぬだろうな。でも
ズバットってやつはこんなところにいるはずがないポケモンだ。太陽の光が
苦手なのにここまでフラフラ出てきた間抜けは死んで当然だがな・・・・・・』
そのまま立ち去ろうとした。しかしシルバーはズバットのすぐそばに一つだけ
モンスターボールが落ちているのを見た。これは貴重だ。ショップを利用できない
シルバーは他人の捨てた道具や落とし物を拾って最大限活用しなければならず、
ワニノコ一体だけでは野良試合のバトルにも勝てないから金を失う一方だ。
『よし、やったぜ!これでゴールドとかいったか・・・あいつに勝てる強いポケモンを
捕まえられる!即戦力になれるようなやつを手に入れて・・・・・・』
間違っても足元で死にかけているズバットが即戦力のはずがない。第一シルバーは
ズバットというポケモンを嫌っている。彼が憎むロケット団員に支給されるポケモンは
たいていコラッタかこいつであり、幼いころ嫌というほど目にしてきた。簡単に
配られるほどのポケモンなので、珍しくないうえに弱い。いくら頭数が必要な状況で
あったとしてもズバットはない、そう思っていたのだが足がその場から動かなかった。
『・・・・・・ポケモンはモンスターボールに入れることで怪我や病気による衰弱が
食い止められる・・・そう書いてあったな。死なずにすむと・・・・・・』
『・・・ギ————・・・・・・』
なぜ素通りしようと思っているのにこのズバットを見捨てられないのか。しばらく
待っても人が来る気配がない。ついにシルバーはズバットをボールに入れると、
ワニノコがいるボールの隣にそれを収め、溜め息をつきながら歩き出した。
『このままじゃ寝覚めが悪いからやっただけだ。そのうち強いポケモンを捕まえたら
どこかの洞窟に放せばいい・・・それだけの話だ』
後になってそのズバットはどこかのトレーナーがタマゴから孵化させたばかりの
状態で捨てていったものだとわかった。野生のズバットでは覚えられない技、
ふきとばしがすぐに使えたことや育て屋の老夫婦の話から簡単にその結論に至った。
『なるほどな、お前も親に見捨てられたやつだったのか。オレも似たようなものだ。
だがオレの親父はクズだ。あんなやつと離れられてよかったと思っているほどだ、
お前もクソ野郎に育てられるよりオレに鍛えられたほうが強くなれる・・・だから
あの日捨てられてむしろよかった、そう思わせてやるぜ、このオレがな』
『シャギャ————、シャギャ—————!!』
ワニノコがアリゲイツ、オーダイルと成長し、ズバットもゴルバットになった。
また多くのポケモンたちが仲間に加わったがゴルバットは常にシルバーの主力として
共に旅を続け、この大一番でも最後の切り札として期待された。それが災いして
残るポケモンはゴルバットだけ、よって死に至る危険な薬を投与されるのは彼となった。
「・・・・・・あとはその大きく開いた口にこいつを投げ入れるだけだ・・・」
ゴルバットを犠牲にしてでもこの戦いを絶対に制する、そう決めたはずなのに
最後の最後、腕と指が動かない。これ以上待たせると審判団もアカネたちも
挙動不審な動きに気がつき、薬を与える機会を失う。さっさとしなくてはいけない。
「・・・ルバー・・・シルバー!」
「・・・・・・!?」
そうわかってはいても歴史を動かしかねない大罪を躊躇うシルバーに、またしても
どこからか声が聞こえてきた。幹部たちの機械はすでに役割を終えている。サカキや
ゴールドとは距離があるうえに彼らの声とも違う。しかも今回も自分にしか聞こえない
謎の声、その主は何者なのか。またしても答えはすぐにわかった。
「シルバー・・・いま右手で隠し持っているその薬を・・・とうとう使うのかい?
戦えるのはぼくだけ、ということはぼくがそれを飲むことになるのかな」
「・・・!!お、お前は・・・ゴルバット・・・!」
ゴルバットが人の言葉を話せるわけがない。これは思っていたより出血が酷いせいで
意識が朦朧としているために聞こえる夢か幻だとシルバーは冷静に分析している。
しかしそれを振り払わずに、自分の創造した幻のゴルバットと会話がしたくなった。
役目を終えたらこの世を去っていく彼との別れの挨拶となるからだった。