ポケットモンスターS   作:O江原K

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第112話 ソウルシルバー

意を決し、まさに悪魔の薬を与えようとしている寸前だった。ゴルバットの声が突然

聞こえてきたことにシルバーは戸惑ったが、これは本物の声ではない。自分にしか

届かず、しかも大声で返答しても誰も気がついていない。意図せずに生み出した

幻だとわかっている。それでもそのゴルバットが何を言うかを聞きたかった。

 

「お前・・・こんなときになぜ?そんなことをするのはやめてくれと言いたいのか?

 そりゃあそうだよな、一瞬だけ最強のポケモンになれるがその後は燃え尽きて

 死んじまう・・・そんな薬、誰も飲みたくないに決まっている。だが・・・」

 

「いや、違うよシルバー、その逆さ!ぼくは是非ともそれをきみから受けたい!

 ぼくたちのデビュー戦なんだからどうしても勝ちたい試合だ。ぼくしかいないと

 いうのだからそれ以外の選択肢はない!さあ、迷う時間も惜しい!」

 

ああ、やっぱりそうだ・・・シルバーはそう思う。これは自分に都合のいい幻だ。

ゴルバットを犠牲にして得る勝利、どうしても罪悪感は残る。だがゴルバット自身が

それを志願しているとあれば少しは気分も和らぐ。こんな幻を創り出してまで

これから行う悪を正当化させようとしている己の卑怯者ぶりにシルバーは腹が立った。

 

「フン、何言ってやがる。死んじまうんだぞ!この薬を使ったらお前は!オレたちの

 デビュー戦だの初勝利だの・・・死んだらぜんぶ意味ないだろうが!」

 

「そうかな?ぼくたちはきみのおかげで今日まで生きられた。生まれてすぐに捨てられて

 死にかけていたところを拾われたぼくなんかは特にその思いが強い。そのきみが

 このままでは負けるだけでなく命を落とす、黙って見ていられるはずがない!」

 

献身的な態度を崩さない幻のゴルバット。シルバーは戦いを降りるつもりは全くない。

もはや禁断の薬に手を出して勝利するか何もせずに敗れ去るかのどちらかだ、それしか

頭にない。実際はナツメの忠告によりシルバーの秘密兵器の存在を知ったアカネが

対策してくることをシルバーは知らないし、死んでしまうほどの事態になる前にサカキが

試合を止めるだろう。シルバーが思っているような極端な二択にはならない。

 

「なるほど、だがオレはお前たちを散々使えないだの雑魚だのと罵ってきた・・・

 そんなオレに何の恩があって命を張れるんだ!言ってみやがれ!」

 

自分を相手に怒っている場合ではないのだが、あまりにも酷かったのでつい声を荒げた。

ポケモンの心を捏造することまでするのか、それほど腐りきっていたのかと。すると

ゴルバットの声の様子が変わった。シルバーの叫びに対し懐かしむような口調になる。

 

「いや・・・そういう思い出ならたくさんあるさ。まだポケモンセンターに入れない

 旅のはじめのころ、ぼくたちは毎日野宿だった。食べ物がないときだってあったけど

 いつもきみはぼくたちを優先してくれた。自分だってお腹が空いて辛いというのに」

 

「・・・・・・そんなことも・・・まああったな、ほんとうに初めのころだな」

 

 

リュックサックの中に残っていたのは人間が食べるための缶詰だった。しかしそれ以外

何もないと知ったとき、シルバーは中身を出すと一人でどこかへと去っていく。

 

『フン、この缶詰、一回食ってみたがマズすぎてとても食えたモンじゃねぇ。お前ら

 ポケモン、しかも弱っちいやつらに罰として食わせるのがお似合いだ・・・』

 

ポケモンたちが自分に遠慮しないためにシルバーはその場を離れたのだ。その缶詰は

実のところ値段の高かったものであり、ポケモンに食べさせるには勿体ないものだった。

ズバット、ゴース、アリゲイツ。一体に対し一缶ずつ与えたのだが、彼らに一度食事を

我慢させればシルバーはこの夜どころかあと二食は保証されていたのに全てを与えて

自分だけ空腹のまま食物が手に入る翌日の昼まで過ごすことになった。

 

 

「一回だけのことじゃなかった。何度もきみはそうしてくれた。それにショップにも

 入れなかったからキズぐすりも満足に手に入らない・・・だからきみはコガネの

 地下で怪しいババアからカンポー薬を買った。でもそれじゃあ終わらなかった」

 

「・・・・・・」

 

 

市販の薬より安く、よく効くがとても苦い、ポケモンに嫌われると有名なカンポー薬。

コガネシティの地下街名物ではあるが、アカネのようなトレーナーはもちろん敬遠する。

ポケモンにはおいしいものを食べさせてやりたいという思いから、カンポーなんかを

使うくらいだったら値段が高くても市販の回復アイテムを、あとはじっくりと時間をかけ

ポケモンセンターなどで休養させる。しかしシルバーはこんな大都市の施設にはまだまだ

泥棒事件のほとぼりが冷めるまで入れない。薄暗い地下街のカンポー屋しかなかった。

 

『オレ以上の犯罪者がうじゃうじゃいやがるこの地下街のおかげでしばらくは回復薬に

 困らない・・・だが問題はこの味だ・・・オレが食うわけじゃないが・・・・・・』

 

シルバーはカンポーの苦味を少しでも和らげる方法を探した。自分の手配書が回って

いないであろう田舎や古びた店で本を集め、独自に研究を進めた。苦い部分を全て

取り除いてしまうと本来の効力も薄くなる。どうすれば一番バランスのいい地点に

たどり着けるか、どんな食物と共に与えるのがよいのか。旅をしながらシルバーの

知識と技術はみるみる増し加わり、不正な手段で手に入れた八個のバッジを胸に

チャンピオンロードに挑むころには当初の理想を遥かに超えるほどの成果を得た。

 

 

「ぼくは特にチョウジタウンのあたりできみがくれた改良版ふっかつそうがとても

 記憶に残っている。あれはすっごく元気が出た。あのへんからきみの腕も

 専門家顔負けになっていった・・・失敗はちっともなくなりぼくたちはカンポーの

 時間が楽しみになったほどだ。だからといってわざと怪我したりはしていないよ」

 

「・・・チョウジタウンの・・・?そんなことあったか・・・?」

 

シルバーは思い出せなかったが、これは自分が生み出した幻だ。記憶の片隅に

残っている出来事なのだろう、そう考えて違和感を揉み消した。加えて自分では

もう少し前に完璧なコツを掴んだと思っていたのだが、幻のゴルバットは違う

地点でそうなったと言っている。これもおかしな話だったが、深く理由を考えようと

する前にゴルバットが言葉を続ける。この話の核心になっていた。

 

「そう、だからシルバー・・・きみはすでに・・・いや、旅を始めてから案外すぐに

 真の強さのためには何が必要か理解し、それを行動で示していた!ゴールドや

 ワタルたちに指摘されるよりずっと前から・・・きみはわかっていたんだ!」

 

灯台のデンリュウを看病するためにジムを閉めたミカン、彼女のために海を越えて

薬を取ってきたゴールド。その二人の考えは甘い、戦えないポケモンなんか無価値

なのだから見捨てたらいいとシルバーは笑ったが、即座にゴールドから叱責された。

そう思っているうちは絶対に自分には勝てないと言われた。セキエイの先代王者

ワタルも、素質に満ちたシルバーに足りないものはポケモンへの信頼と絆、愛情だと

教えたが、その時点でシルバーにもわかっている事柄のはずだった。

 

「それなのにどうしてきみは別のところに強さの理由を求め、今日も人間とポケモンは

 ビジネスパートナーとしての関係に過ぎないと言ったのか・・・その原因はもう

 わかっている。ゴールドにずっと勝てなかったせいだ。どれだけぼくたちに愛情を

 注いでも連戦連敗、これが正しいとわかっていてもこのまま続けていてはいつまでも

 彼を倒せない・・・だからきみは間違った方向に正解を求めようとしたんだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「だからこの苦境はきみのせいじゃない!期待に応えられなかったぼくたちの責任だ」

 

シルバーが捻じ曲がったわけを自分たちの力不足にある、とゴルバットは言い切った。

だがシルバーはそんな言葉を求めてはいない。ポケモンのレベルに差はない、トレーナーの差だとはっきり言われたほうが気が楽だった。勝てないと思ったら忌み嫌っていた連中の

発明品に手を出し、ポケモンを犠牲にしてまで自分の勝利と栄光を求めようとする男を

批難し、否定してほしかった。自分に苛立ち、幻に対して八つ当たりする。

 

 

「・・・ああ、そうさ!お前たちさえもっと役に立てばオレは余計な遠回りをせずに

 済んだんだ!ゴールドたちに言われなくたってオレはとうの昔に気がついていた!

 なのにお前たちが弱いからオレは邪道に強さを求めるしかなくなったんだ!」

 

吐き捨てるようにしてゴルバットの意見を肯定した。お前たちのせいだと。

だが、それでもゴルバットはくすりと笑うと、穏やかな声でシルバーに返答した。

 

「・・・・・・いつもきみはそうだ。自分だけ悪者のふりをする。きつい言葉を

 吐いてぼくたちに責任を押しつけているように聞こえるけれど実は違う。

 こう言っておけばバトルの勝敗がポケモンの差ではなくトレーナーの差だったと

 皆を騙せるからだ・・・自分ひとりだけ責められて傷つけばいいと思い、

 ぼくたちをかばってのことだったんだろう?不器用なきみらしいよ」

 

(・・・ちっ・・・さすがは自分で作り出した幻だ。憎いくらいにわかってやがる)

 

多くのトレーナーがシルバーの演技に騙された。敗れるとポケモンを罵倒する彼を

見て、こんなトレーナーでは弱くて当然と思い込ませる。友であるゴールドすら

つまずかせたが、自分たちは違うとゴルバットは胸を張って言う。

 

「きみの優しさや友情はしっかりと伝わっている!今、ぼくたちがそれに応える番だ!

 その薬をきみが手に入れた日からぼくたちの間では誰がそれを使うかで言い争いに

 なったよ。もちろん、全員自分がその役になりたいって主張して譲らなかった」

 

「バカ言うな・・・何度も言うようだがこいつを使ったら・・・」

 

「構わないさ。きみのために一瞬でも輝けるのならそれで!今日メンバーから外れた

 ゲンガーにレアコイル、フーディンも思いは同じだ。それに・・・きみが直前で

 別れる決断をした彼も・・・いつもきみへの感謝を口にしていたよ」

 

 

彼、というのはオーダイルのことだ。他のポケモンたちと違い快適な環境での生活が

約束されていたところを連れ去られ、冒険の中でも一番過酷だった初期を知っている。

恨みこそしても感謝などしているはずがない。何度も瀕死にして酷い言葉を飛ばした。

 

「彼は昨日の晩、きみがこうするだろうとわかっていたようだ。そして付き合いの長い

 ぼくと思い出話をしながらしみじみとこう語ったよ。ゴールドにもクリスタルにも

 選ばれなかったおれは生涯研究所で過ごすだけの何の楽しみもない日々が待っている、

 それはとてつもない絶望だったと。研究所の人間たちはおれに食事を与えて満腹には

 してくれるだろうが決して満足はさせてくれない、そうわかっていたからだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「でもシルバーがおれを連れ出してくれたおかげで暗い未来に光が差し込んできた!

 毎日のように熱い戦いと未知の場所を旅する冒険ができた、だから嫌な思い出なんか

 何一つなかったと・・・人間の言葉が話せるのならすぐにでもシルバーに伝えたい、

 満面の笑みで言った。勝利も敗戦も喜びも落胆も、全てが最高だったと笑っていた」

 

「・・・あいつが・・・?まさか」

 

これは自分自身の脳内にあるものが語っているはずだ、こんなはずはないとシルバーは

動揺し、混乱しかけた。オーダイルが実は自分に感謝しているなどとは期待すらせず、

全く想像もしていなかったからだ。ようやく解放され研究所に帰れたことをきっと

大喜びしている、そう確信していたのでそれ以外の考えが入る余地などないはずだ。

 

「おれは研究所に戻されるだろうがもう少ししたら必ずまたシルバーが引き取りに

 来てくれると信じている、オーダイルは最後にそれだけ言ってモンスターボールに

 入った。だから彼の希望に応えるためにもシルバー、きみがここで敗れるわけには

 いかないんだ!さあ、早くその手にあるものをぼくの口の中に!」

 

 

かなり大きな声で話しているのに誰もこちらを見ていないのだからほんとうに

ゴルバットが話しているわけがない。しかも薬をぜひ使ってくれだのこれまで

育ててくれてありがとうだの、ありえないことばかりを自分に訴えてくる。

だが、もしこれが科学や理論では説明できない人とポケモンの絆が生み出す

奇跡の力によるものだとすれば——。シルバーはゴルバットに更に近づいた。

 

「・・・なあゴルバット、普通に考えたら馬鹿らしすぎることを聞くが・・・

 もしここまでの全ての現象がおれの都合のいい妄想や願いなどではなくお前の意思、

 それも本心から生じたものだったら・・・右の翼だけを高く上げてくれないか?」

 

人はポケモンの言葉がわからないがポケモンは人の言葉の意味を理解している。

ましてシルバーとゴルバットはしばらくの間『会話』していたのだから、正確な答えが

返ってくる。これは幻なのか、もしくはゴルバットの真の言葉だったのか。

その決着に時間はいらなかった。ゴルバットが右の翼を動かすとシルバーの肩に、

心配しなくてもいいんだと言うかのように優しく、それでも力を込めて触れた。

 

 

「・・・・・・!!お、お前・・・!!」

 

「そうだよシルバー、なぜこうしてきみと話せるのかぼくにもわからないけれど・・・

 いま伝えたことがぼくの、いや・・・ぼくたちみんなの嘘偽りない気持ちだ!

 きみの愛情や優しさはゴールドやワタルたちにだって負けるものか!それどころか

 勝っていると大声でこの会場の人間たち全員に叫びたい!ぼくたちさえ強ければ

 きみはもっと早くこのセキエイの舞台に立てたんだ。さあ、本当にもう時間が

 なくなってきた。全てはぼくたちの勝利のために、早くそれを・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・ゴル、バット・・・・・・」

 

シルバーの声と体が震えていた。そして止まっていた時間が動き出す。

 

 

「もういいだろう。どうする、シルバーくん?バトルを続行するのか、それとも

 棄権し敗北を認めるのか?これ以上皆を待たせることはできんぞ」

 

試合再開を促すヤナギの声だった。シルバーは審判団のほうを見ずに返答した。

 

「オレにギブアップの言葉はない・・・バトルは続ける。だが・・・

 あと少しだけ待ってくれ。こいつをやらないことにはタイムの意味が・・・」

 

シルバーがポケットをごそごそと漁りだした。注目されている最中だというのに

突然始めた不審な動きを見逃す者などいるはずもない。すぐに制止の声がかかった。

 

「お、おい!ちょっと待て—————っ!」 「ユー!何を出そうとしている!?」

 

シジマとマチスがシルバーに動きを止めるように指示した。禁止されているアイテムを

与える行為を警戒したためだったが、まさか自分と相手、両方の命を確実に奪うほどの

薬だとは夢にも思わないだろう。一方、その正体を知っているアカネはというと、

 

「・・・きたきたきた!とうとうきたで、ナツメ!」

 

ここが勝負どころだ。もし審判の目をごまかしてシルバーが薬を使ったならば、最初の

対処を間違えた場合何もできずに負けて死ぬ。究極の瞬間を前に興奮が高まっていた。

 

「・・・まずい!いくら小さいブツでもこれじゃあ見つかる!」 「シルバー様!」

 

この会場のどこかから観戦していたロケット団の幹部たちも気が気でない。いくらでも

チャンスはあったのに最悪のタイミングでシルバーが動いてしまった。もし薬の存在が

バレたらシルバーは失格、薬は没収だ。諸悪の根源が会場にいることまで彼が全て

告白したら逮捕される恐れもある。シルバーは当然彼らの顔を知っている。それに加え

元ロケット団の女、そしてサカキがいるのだ。今からでは変装も間に合わない。

 

「いいか、そのままだ・・・余計な動作はするな。そのままその手の中にある物を

 我々に、そして全ての観客に見せるんだ。できない場合は反則負けとするぞ」

 

完全に追い詰められ、ゴルバットはシルバーの周りを落ち着かない様子でうろうろする。

そしてシルバーがどんな表情でいるかを覗き見たが、驚くべきことに、彼は笑っていた。

だがそれは最後の望みが絶たれたことから生じる諦めの笑いではなく、つい今さっき

ゴルバット自身がシルバーに対して見せた、『安心していいんだ』と言うかのような

優しく穏やかでありながらもしっかりとした力強さを含んだ笑みだった。

 

「・・・・・・!」

 

「フ・・・言われなくても出すさ。ポケットの中から出さなきゃどの道意味がない。

 この瞬間までどうするか迷っていたが・・・さあ、反則かどうか判断してくれ」

 

シルバーは勢いよくそれを取り出すと、誰の目にも明らかになるように高く掲げた。

スクリーンに大きく映し出され、場内からは大きなどよめきが起きた。

 

 

『こ、これは・・・ハチマキだ————っ!何の変哲もないただのハチマキ!』

 

白いハチマキだ。しかもきあいのハチマキのような特別なものではなく、真っ白な

生地に手書きで『必勝』と書いてあるだけで、審判団が実際に手に取って確かめる

必要がないほどにシンプルなものだった。それをシルバーはゴルバットの額に巻いた。

 

「・・・ハ、ハチマキ・・・?それなら隠さずに堂々と出せばいいものを」

 

「フッ・・・オレの柄じゃないからな。バトルに一切影響しない、ただオレの思いを

 託しただけのダサいハチマキ・・・こんなもの、まるでそこの女やオレの後ろにいる

 やつらと同じに思われちまう。だがせっかく用意したんだ、悔いは残したくない」

 

大本命のあの薬はどうしたんだ、そう訴えてくるゴルバットにシルバーは言った。

 

 

「あんなもの使わなくたってオレたちなら勝てるだろ?お前のおかげでようやく

 オレに足りないものがわかった・・・お前たちへの信頼というよりは・・・」

 

「・・・・・・ようやくわかってくれたようだね。きみは自分を信じることが

 できずにいたんだ。こんな自分がポケモンたちから好かれているはずがない、

 だから愛情や絆を武器に戦うだなんて不可能だ・・・そう思い込んでしまっていた」

 

「お前たちが命を捨ててでもオレのために戦うと言ってくれたんだ。だったらオレも

 この魂の全て、ほんとうに必要なものを胸に戦うが来た!その決意の証がいま

 お前に渡したハチマキだ!もうオレに自分自身や他人を騙す戦法は必要ない!」

 

シルバーの魂が熱く燃え上がる。ついに覚醒の瞬間がやってきた。

 

「・・・こ、これは・・・!!」 「シルバーくん!」

 

顔色や目つきが変わったというだけではない。もっとわかりやすい形で現れた。

 

 

『な、な、なんと——————っ!?長い中断を終え試合続行を決めたシルバーが

 再び立ち上がった瞬間、全身が銀色の光に包まれている—————っ!!』

 

実況の声、観客の騒ぎ、そして背後の仲間たちの言葉でようやく本人が気がつく。

 

「・・・そうか・・・この力がお前と話ができる奇跡をもたらしてくれたのか。

 オレには生涯無縁だと思っていた不思議な力・・・フフ、オレはひどく遠回りを

 していたらしいな。自分を信じる、それだけでよかったんだ・・・・・・」

 

手っ取り早くポケモンを手に入れるために泥棒をしたのがトレーナー人生の始まりだった。

しかしそのせいでしばらく公の場を明るいうちは歩けず、施設が使えなかったせいで

カンポー薬の名人になったほどだ。最初に近道をしたせいで遠回りを強いられた。

 

その後も強くなるためにあらゆる効果的な方法、時には抜け道を探したりもした。

ゴールドやワタルを一日で逆転するための新たな何かを求めたが見つからなかった。

実は目指していたゴールは目の前にあったのにふらふらと余計に彷徨ってしまった。

 

だからこそ、最後の関門を突破したシルバーには確かな強さがある。遠回りも

暗中模索の日々も無駄ではなく、時間をかけてポケモンたちと向き合っていたからだ。

基礎がしっかりと形成されたのだから、目覚めたときのパワーアップは凄まじい。

 

 

「・・・くくく、やつは・・・薬を使わなかったようだな。こうなると勝負は・・・」

 

バトル再開が正式にコールされたためすでにアカネとナツメは離れている。その前に

ナツメは、シルバーが偽りの力ではなく本物の力を身につけて戻ってきた場合は

薬を使われたとき以上に大変な展開になると警告を与えていた。

 

「あははっ!ヘボが今さら気合を入れ直したトコでうちの圧倒的有利は変わらんわ!

 長いタイムのおかげでシンシアの混乱も治ってもうたで?しかも残りは三対一、

 無駄な足掻きとはいまのあんたのことを言うんや!」

 

「・・・・・・」

 

アカネの言う通りだ。ここから逆転するにはまだ足りない。シルバーが銀色の光を

放ったところで敗北寸前からの勝利には少なくともあと一つは奇跡が必要だ。

 

「シルバーくん・・・あの光が出たってことは・・・」

 

「ああ。先を越されちまったのは意外だが喜ぶべきだ。ブタクズ女アカネはともかく、

 伝説の王者レッドの領域に到達したんだからな・・・あのシルバーが!でも惜しい。

 もう少し覚醒が早けりゃ勝負はわからなかったが・・・」

 

やはり自分がアカネを討つしかない、とゴールドは指の骨を鳴らしていた。おそらく

あと数分でシルバーは力及ばず敗れる。まずは最初の敵ナツメに勝たなくてはならず、

今から脳内でイメージを形作り様々な展開への対応を思い描いていた。

 

 

(ち・・・どいつもこいつもオレの勝ちはもうない・・・そう言いたげな顔だぜ。

 もともと心からオレに期待している奴なんていなかったが・・・)

 

友人であるゴールドとクリスですらすでに諦めている。これ以上ダメージを受けて

重大な事故になる前に自分から棄権してくれ、そう言っているようにすら見える。

そんなとき、シルバーは自らの陣営の後方でじっと立っている父と目が合った。

 

「・・・・・・」

 

(・・・お、親父!その目は・・・まだオレを見限っていない!外野からの

 ギブアップなんてない、最後まで勝利を目指して戦えという無言の激励だ!)

 

サカキだけではない。シルバーにとって父よりも近い存在が諦めていない。

絶対に勝つべきバトルで絆の深さを再認識した、彼の相棒だった。

 

 

「うおおっ!?ゴルバット、お前・・・!?」

 

『お—————っと!シルバーだけではない!なんとゴルバットまでもが

 全身から眩しい光を放っているぞ!これはいったい—————っ!?』

 

シルバーの輝きと同じほどの光によって観客席はもちろん、すぐそばで見ていても

視界が遮られまともに目を開けていることができなくなった。

 

「な・・・なんや!?どないなっとるんや!」 「・・・・・・・・・」

 

同じフィールドに立つアカネであってもその現象を肉眼で確認できない。

唯一隣で共に立つシルバーだけがゴルバットの身に起きた変化を目撃した。

そしてようやく光が収まったとき、そこにゴルバットはもういなかった。

 

 

『ひ、光の中から・・・新たなポケモン、クロバットが姿を現した—————っ!!』


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