ポケットモンスターS   作:O江原K

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第114話 超爆インパクト

 

バトルのクライマックス、シルバーがクロバットに最後に出した指示は必殺技の

はかいこうせん。威力、精度共に完璧な光線がカビゴンを撃った。カビゴンは

前のめりに倒れ、アカネも頭を地に強打し出血したままダウンした。

 

「よっしゃ—————っ!!期待のルーキーがデビュー戦を飾ったぞ————っ!!」

 

スタジアムが歓喜の声に満ち、シルバーコールが沸き上がった。その一方で、

 

「だが・・・ちょっと待て。アカネは・・・まさか死んじまったのか?」

 

命を賭けるとは聞いていたが、ほんとうに命のやり取りが目の前で行われるとは

思ってもみなかった観客は恐ろしさと寒気を覚えた。カビゴンは恐らく瀕死状態で

済むだろうがアカネは駄目かもしれない。危険な倒れ方をしてから動かないからだ。

 

 

「・・・勝った、勝ったのね!シルバーくんが!」

 

人数が多いせいで決して広くないスペースの中でクリスが飛び跳ねて喜んだ。そして

ゴールドも体を震わせてシルバーを見つめていた。勝利しただけでなく、クロバットを

はじめとしたポケモンたちとの固い絆を明らかにしたからだ。

 

「ゴ、ゴールドさん・・・」

 

ミカンはゆっくりと手を差し出した。この機に乗じてゴールドの手を握れたら、

そんなささやかな期待を込めての行為だったが、それ以上になって返ってきた。

 

「・・・・・・きゃっ!?」

 

「やった・・・!シルバーが勝ったのも最高だが、生きる資格のないクズが一人

 この世から消え去った!これ以上ない一日になった・・・ほんとうにうれしいぜ!

 来年からこの日付を祝日にしたいくらいだ、そうだろミカン!とにかくやった!」

 

興奮を抑えきれないゴールドが抱きついてきた。たまたまそばにいたのがミカンだった

からにすぎないのだが、彼女は口をぱくぱくさせながらもしっかりゴールドを抱き返した。

 

(・・・こ、これは・・・!シルバーさんには感謝してもしきれません!)

 

あとは審判団がシルバーの勝利を正式に決定するだけだ。ヤナギは勝負ありとして

場内に試合終了の合図を響かせようとした。ところがそれを制止する声が飛んだ。

 

 

「・・・待て!このバトルは外野が勝敗を決する資格はないと最初に確認したはず

 ではないか。審判団は反則行為の有無だけを見ていればいい、当人もしくは同じ

 陣営の者がこれ以上試合を続けられないと判断した場合しか試合は終わらない!」

 

大の字に倒れたままのアカネの後ろからナツメが強い口調で勝負はまだだと主張する。

確かに試合前に皆が同意した。ポケモンをすべて失うか、棄権、もしくは死によっての

決着以外はないと。しかしヤナギは呆れと憤りの両方を秘めた目でナツメに返答した。

 

「お前は本気でまだ試合が続けられると思っているのか?そこで倒れている

 愛弟子を見て何も感じないのか。もう手遅れかもしれないが今すぐにでも病院に

 搬送する、それしかないだろう!お前はやはり人の皮を被った悪魔だった!」

 

「・・・・・・わたしが悪魔だろうが畜生だろうが今は関係ない。アカネにまだ

 戦う気力と体力があるかどうかだが・・・見ろ、経験豊かなあなたたちですら

 思いもよらない展開になるだろう。黙って刮目していることだ」

 

ナツメがそう言い終えた瞬間だった。ゴールドがその異変に一番に気がついた。

すぐにミカンを振りほどき、先ほどとは違う種類の震えに全身を包んでいた。

 

 

「・・・・・・な、なんてこった・・・あいつは・・・生きている!」

 

「・・・え!?」

 

ゴールドの言葉を聞きミカンも、遅れてクリスやサカキも倒れるアカネを見た。

 

「ピ——————っ!!」 「ハッピ!ハッピ—————!!」

 

スタンバイしていたピッピとハピナスが涙を流しながらアカネを呼んでいた。

頼むから目を覚ましてくれ、その願いに応えるかのようにアカネの両手の指先が

動き始めた。痙攣ではない、自らの意思で動かしているのが見てわかった。

 

「シルバ—————ッ!!まだ戦いは終わってないぞ!確実にとどめをさせ!

 そいつをすぐに殺せ!最後の最後まで気を抜くな——————っ!!」

 

トレーナーへの直接攻撃すら許されているバトルだ。掴みかけた勝利を逃さないために

早く追撃しろとゴールドは叫ぶ。とはいえシルバーを案じているというよりは、

 

「・・・ゴールド・・・」 「ゴールドくん」

 

アカネへの憎しみが勝り、息の根を止めるようにとシルバーに叫んでいるのだ。

だが、いまのシルバーにはゴールドの願いを叶える力はもう残っていなかった。

 

「ちょっとゴールド!あんた・・・異常よ!もう十分じゃない、立ち上がれないわ!」

 

「うるせぇぞクリス!ゴミにかける温情なんか必要ない!さっさと・・・」

 

「それに・・・シルバーくんをよく見て!シルバーくんだってもう限界なのよ!」

 

クリスに指摘されてゴールドは我に返った。シルバーも立っているのがやっとという

状態だった。このバトル中に受けた肉体のダメージ、大舞台でのデビュー戦による

心身の疲労は銀色の光によって明らかにされた特別な力であってもごまかしが

きかなくなっている。クロバットも難易度の高い動きを続け、しかもはかいこうせんを

放った後だ。すぐに更なる攻撃に移るのは誰が見ても不可能だった。

 

「・・・ちっ、悪運の強いブタ女だ・・・!」

 

これでは仕方ないと渋々席に座ったゴールド。彼にとっては不満の残る結果となった。

 

 

(・・・頼む、そのまま寝ていろ・・・!あれだけ暴れたんだ、もう休め!)

 

息を切らしながらアカネを見つめるのはシルバーだ。祈るような思いだった。

 

(オレはゴールドとは違う、お前の命までは求めていない!勝てりゃそれでいいんだ!

 さっきの攻撃がオレとクロバットの最後の一撃だった・・・万が一これを凌がれたら

 今度こそオレたちはジ・エンドだ・・・頼む、終わってくれ!)

 

残されたわずかな力を振り絞って放った渾身の攻撃だった。自分はもちろん

クロバットもぎりぎりだったとわかる。はかいこうせんの反動もある。

これで決着してくれ、そう願っていたところで最初の絶望が彼らを襲った。

 

 

「ゴゴ・・・ウオオオオ——————ッ!!」

 

『な・・・なんということだ!カビゴンが・・・瀕死は確実と思われたカビゴンが

 起き上がったぞ!クロバットのはかいこうせんではパワーが足りなかったのか!』

 

吠えながらカビゴンは立った。傷つきながらもその目はまだ生きていた。

 

「・・・そんな・・・!で、でもアカネが戦えなければ無意味!勝負はやっぱり・・・」

 

あとはアカネ、彼女次第だ。カビゴンが立ち上がったことへの驚愕、動揺のざわめきが

スタジアムを支配していたが、それらを凌ぐ笑い声がシルバーを地獄へ突き落した。

 

 

「・・・・・・ふ・・・ふふふ・・・あはははは、あ————はっはっはっは!!

 またまた昼寝をしてもうた・・・でももう目が覚めたで。みんな、待たせたなあ!」

 

大きなあくびをするポーズを見せながらアカネが勢いよく起き上がる。死んだとすら

思われていたにも関わらず、躍動感溢れる動きで余力十分をアピールした。

 

「ピ————!!」 「ハッピ————!!」 「ゴ———ン!」

 

「みんなのおかげですぐに戻ってこれたで。心配させてすまんな!」

 

アカネのポケモンたちは奇跡の復活に大喜びだ。もちろん後ろで応援し続けていた、

 

「うぱ—————っ!」 「アカネさ————ん!」

 

元ロケット団の女とウパーのコンビ、『ワイルドワンズ』も両手を高く上げて拍手を送る。

ナツメは黙っていたが、その口元は確かに笑っていた。

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・な、なんで立ち上がれる・・・!?はかいこうせんのダメージは

 もちろん・・・あれだけ頭を強打して血が流れているというのに・・・」

 

シルバーだけではない。客席にいる世界でもトップクラスのトレーナーたちですら

完全ダウンからの生還にはただ驚くばかりで、常軌を逸した体力と精神力に圧倒された。

 

(・・・あれほどのダメージを受けたら・・・いくらポケモントレーナーとして

 優れていてもあんな女の子では普通立ち上がってこれない!彼女以上にバトルの

 センスがある子どもたちを数多く知っているが・・・あの状態から帰還するのは

 誰一人無理だと断言できる。なんてタフネス、なんて根性だ・・・!)

 

「ハハハ、残念やったなぁ!別に初めてやないからな、うちにとってこのくらいのケガは。

 意外なところで昔の経験が生きてくるんやとしみじみ感じとるで」

 

決して軽傷ではない頭部の負傷。慣れっこであるかのようにアカネは語る。

 

「小さいころは二回もオトンに落っことされたからなぁ・・・そのたびに大流血やで」

 

 

『よっしゃ、粘れ、粘れ!おおお!やりよった、万馬券じゃ—————っ!!

 これで今夜はご馳走じゃ・・・ん?やけに背中が軽いような・・・・・・?』

 

喜びのあまり肩車していたアカネを落とし、換金も後回しにしてすぐに病院へ向かった。

野球の観戦でもサヨナラ勝ちの瞬間、アカネは頭からコンクリートに落下していた。

 

 

「本気で怒ったオカンに殺されそうになっとったオトンのボコボコの顔が懐かしいで。

 まあ惜しいのはあれがなけりゃあうちは今ごろ天才美少女としてコガネ大学に

 飛び級で入って首席で卒業してたはずなのになぁ———————っ!!」

 

アカネの妄想に真っ先に突っ込みを入れたのはゴールドだった。

 

「ちっ、馬鹿が・・・!お前なんか牛や豚といっしょに勉強するのが精一杯だ!

 生まれつき虫以下の脳味噌のくせに・・・なあシルバー!お前からも何か・・・」

 

ところがシルバーは何も言わない。まさかアカネの言う通りだと思っているはずは

ないだろう。どうしたのかと彼の様子を見ると、息を切らしながら片膝をついていた。

 

「・・・シ、シルバー・・・・・・」

 

「気にするな・・・タフなバトルだからな、少し疲れが来ただけだ・・・」

 

勝負を決するはずの技を放ち、一度は決まったかに思えただけに、そこを凌がれて

しまったことでシルバーとクロバットの心は折られた。これでも勝てないのかと。

アカネの言葉に何かを返す力もなく、倒れずにいるのがやっとだった。

 

自分はなりふり構わずサバイバルの旅を続けてきた叩き上げの男であり、ぜいたくを

重ねたジムリーダーのアカネはエリート。だから根性勝負、接戦での勝利への執念なら

負けないとシルバーは自信を持っていた。だが、実のところコガネの貧乏一家の生まれで

十歳になるまでポケモンを持てなかったアカネに対し、金に溢れた何不自由ない家で

ポケモンたちとの接触も多かったシルバーのほうがエリートと呼ぶにふさわしかった。

 

「・・・アカネと初めて戦うとそこを勘違いしちゃうのよね。私もだったけど」

 

「ああ・・・我らも認めたあのナツメが高く評価しているのだ」

 

戦いをすぐそばで楽しめるSS席、そこに座っていたブルーとミュウツーが一週間前、

ハナダの洞窟での出来事を振り返りながら語り合う。ミュウツーはブルーのような

どこにでもいる人間の少女に変装していた。すでに大量の食品の空き容器があった。

 

 

「疲れているだけ・・・だったらうちらも遠慮はいらんわな!シンシア!」

 

「・・・・・・はっ!!」

 

アカネのゴーサインと同時にカビゴンがダッシュし、クロバットの翼を掴むと、

 

「ガァ——————!!」 「バッギャ—————ッ・・・」

 

強烈なずつき攻撃をぶちかました。まともに食らったクロバットは悶絶し、

ダメージを共有するシルバーは血を吐き出した後に倒れた。覚醒の証である

銀色の光が弱くなっていき、完全に消えてしまうのも時間の問題だった。

 

 

『シルバー・・・これは危ないダウンだ!戦う意志は残っているようだがもはや

 体がついてこれないか———っ?悪夢の展開をもう一度ひっくり返すのは・・・』

 

両腕の力を使い這いつくばる状態から抜け出そうとするシルバー。それでもクロバット

共々すぐに動き出すのは無理で、それを知ったアカネはとんでもない暴挙に出た。

 

「ふっふっふ・・・最後の瞬間が近づいとる。もっと間近で味わわんとなぁ!」

 

『な・・・なんと!アカネがトレーナーのいるべきスペースからポケモンたちが

 バトルを繰り広げるエリアに入ってきた—————っ!!命が要らないのか!

 まだ試合は終わっていないしタイムもかかっていないぞ!これは————っ!?』

 

危険すぎる行為に誰もが目を疑い、これから何が起きるのか全く予測できず混乱した。

そんな周りの空気などどこ吹く風のアカネはカビゴンの隣まで歩いてくると、そのまま

カビゴンに飛び乗り、幼き日の父との思い出と同じように肩車される姿勢になった。

 

 

「さて・・・ギブアップの時間やな。いろいろあったけどこれで終いや!

 もう動けないやろ?うちが聞いといたるから自分の口で宣言せい」

 

「・・・な・・・何度言えばわかるんだ?オレはギブアップなんか・・・」

 

「そう言うと思ったで!ならしゃーないな!うちもあんたと同じや。あんたごとき

 この手で殺そうが何とも思わん。遠慮なくとどめを決めさせてもらうで」

 

今度はアカネが最後の一撃に入ろうとする。そこにクリスから待ったの声が入った。

 

「待ちなさいよ!もう勝負は・・・決まったも同然じゃない!命まで取らなくたって

 あんたの勝利は変わらない!そこまでする必要がどこにあるの!?」

 

ところがアカネはシルバーを容赦するようにという願い出をすぐに払いのけ、一喝する。

 

「スパッツの姉ちゃん、あんたはアホか!そのガキはさっきうちを本気で殺しに

 来たんやで?あんたも応援してたやないか。なのにうちにはやめろだなんて

 都合のエエ話が通るワケあるかいな!世の中ナメんなや、ダボが!」

 

そしてシルバーに対しても宣言する。攻撃をやめるつもりは一切ないことを。

 

「油断したり手ェ抜いたらエライ目に遭うのは今わかった。せやから最後まで

 全力でやらせてもらうで。ぎりぎり死なないように・・・そんな調整は

 うちにはできん。まあ・・・なるべく一瞬で地獄に落とす努力はしたる」

 

「・・・・・・ぐぐっ・・・・・・」 「シャ———・・・・・・」

 

「うちの力を封じようといろいろ頑張ったとこまではよかった・・・けど

 あんたごときあの力がなくても勝てる!ナツメに勝たにゃあならんのや、

 確かにあの力はスゴい、でも頼りっぱなしっちゅうのも芸がないからなぁ!」

 

シルバーよりも自分のほうが何もかも上だと勝ち誇る。現に覚醒したシルバーの

渾身の一撃を耐えきってみせた。そしてシルバーの最大の武器すらも切り捨てた。

 

「ポケモンたちの友情と絆・・・そこでうちらに勝とうなんて甘すぎやな。

 うちとこの子たちのそれはあんたたちの数百倍・・・いや、それ以上や!」

 

アカネが頭部に強い衝撃を受けて意識が飛んだのは幼いころ父に落とされた二回

だけではない。ポケモンたちとの体を張ったコミュニケーションでそれ以上の

回数の病院行きを味わっていた。ピッピやトゲピーといった無害に思える非力な

ポケモンでも怒るときは怒る。知り合ったばかりで懐いていなければなおさらだ。

仲がよくなってもポケモンとの距離が近すぎるせいであわや大惨事となる事態を

何度も経験しながらもポケモンの友であることをやめなかった。

 

 

「このアカネちゃんと仲間たちは足を止めずに成長し続ける。一歩一歩前へ、

 なんて気の遠くなるスピードやない。そのためには踏み台が必要や。加速を

 手助けするちょうどエエ踏み台が!それがあんたやったってわけや!」

 

「・・・ググ・・・・・・」

 

「最初にナツメの別荘でバトルを仕掛けたら・・・6-0の大惨敗やった。何を

 どうすりゃあマシになるのかすらわからん完敗や。でも昨日・・・最後の

 練習試合でとうとう引き分けまでいったんや!あとはこの本番でナツメを

 倒す!そのバトルまで秘密にするつもりやった技で勝負を決めたる!」

 

 

ナツメと引き分けた、その言葉に場内の反応は鈍かった。大切な決戦の前日に

アカネの機嫌とコンディションを上げるためにナツメが上手に芝居をして接戦を

演じたに過ぎない、ナツメの掌で踊らされているのだとしか考えない。しかし

実際にその場にいた者たちはその目で見ていた。真剣勝負の末の引き分けを。

 

 

 

『・・・ミルタンク・・・戦闘不能!だが・・・バリヤードも戦闘不能だ!

 両者勝利のために立っているべき時間の前に倒れた!この勝負、ドローだ!』

 

ナツメの別荘で行われていた豪華メンバーたちによるスパーリング。各々が

最終日ということもあり至るところでバトルに明け暮れていたが、中央での

いっそう激しいバトルにやがて手を止め観戦し、その瞬間を目撃した。

手加減も遠慮も一切ない、アカネがナツメの喉元にあと一歩まで迫った瞬間を。

 

『う、嘘でしょ!ついこの間はあんなにボロ負けだったのに・・・』

 

『ほんとうにもう少しだったわ!あそこまでいったらあとちょっとだったのに!

 ま・・・そのぶん私たちの楽しみが残ったわけだけど・・・』

 

最初から仲間だったカンナやカリンの驚きは特に大きく、条件をつけない両者が

勝利を狙う形のバトルではとうとうナツメに一勝もできなかった他の者たちも

しばらく声が出なかった。これほどまでナツメを追い詰めたトレーナーはこの

一週間、ジョウトとカントーのトップたちのなかで一人もいなかったからだ。

 

『すごい・・・!勝ったも同然ですよ!アカネさん!』 『うぱ~~~っ!』

 

ワイルド・ワンズが駆け寄ってくる。アカネはそれに応えしばらくは笑っていたが、

すぐにバトルの間と同じほどの鋭い目つきに戻った。そしてナツメの目の前に立つと、

 

『・・・うちの最終目標はここやない。あんたに勝つ、それが狙いなんやから』

 

その志の高さ、前だけを見る言葉にグリーンやワタルから口笛が飛ぶ。素晴らしい、と。

するとナツメはアカネの目をじっと見つめ、無表情のまま尋ねてきた。

 

『ほんとうか?我慢しているだけで・・・実は飛び跳ねて喜び叫びたいのだろう?』

 

全てを見透かしている目だった。アカネは照れるようにして笑みを見せると右手を

高く掲げて握りこぶしをつくると、何回もその場でジャンプしながら陽気な声で言う。

 

『ははは!当たり前やんか!やっとあんたの世界に届いたんやで!?二人とも全力を

 出した勝負で引き分けまできたんや!最初に戦ったときは絶対に届かんと思った

 その背中が・・・とうとう追いついて隣に並べたんや!うれしいに決まっとる!』

 

やっぱりか、とギャラリーたちは脱力した。アカネもきまりが悪そうに言葉を続ける。

 

『まあ・・・でもこれで大騒ぎしとったらあんたに怒られるやろ?まだ勝ってもないのに

 甘すぎるってな。こんなんじゃあ明日落とし穴に落ちる、調子に乗るなって・・・』

 

だから一度は喜びを堪えたと正直に言った。真の喜びはその先に控えているのだから

慢心するなと厳しい口調で釘を刺されるだろう。そう思いナツメの顔をもう一度見ると、

なんとその顔は安らかな笑顔、アカネが『天使のような』と常々表現していたあの顔だった。

 

『ふふふ、そんなことはない。わたしは心からうれしかった。この短い期間で

 こんなに成長している姿を見せてくれた・・・もしこのギャラリーの目がなければ

 わたしのほうがあなた以上に喜びを爆発させているところだった』

 

『・・・・・・ナツメ』

 

『だから明日・・・もっとわたしを楽しませ、喜ばせてほしい。もちろんわたしも

 負けず嫌いだから全力であなたを倒すつもりで戦う。明日の試合があなたとの

 最後の勝負となるだろう。あなたの持つすべてをわたしにぶつけてもらいたい』

 

そして握手を交わした。その約束が果たされるためにはアカネもナツメも第一試合に

勝利しなければならない。しかも最高の状態で戦うには圧勝が必要だ。アカネは

ミルタンクとピクシーを温存するのに加え、必殺技の存在を隠していた。

 

 

 

ナツメとの戦いで初公開されるはずだった必殺技を一足早くここで使うとアカネは

宣言し、カビゴンに直接耳打ちすると、主人の決断に快く応じ、力強く頷いた。

 

『お———っと!まだその底を見せていなかったのか!?この一連の対抗戦で

 幾度も我々を驚かせてきたアカネ!またしても『ディープ・インパクト』を

 全世界に与えるつもりか——————っ!?』

 

その実況に対しアカネが反応する。外の声に付き合うほどの余裕がある証明だった。

 

「ハッ!ディープインパクト?そんなチンケなもんやない!うちらの勢いは

 もっと上!メガ・・・ギガ・・・それ以上の力で相手を蹴散らすこの

 必殺技・・・『超爆インパクト』とでも名付けとくか、今んとこは」

 

アカネが超爆インパクトと呼ぶ、おそらくはオリジナルのフィニッシュ技。

 

「シンシア、いくで!クロバット目がけて一直線や—————っ!!」

 

「ウオオオオ————————ッ!!」

 

一旦後ろに下がったカビゴンが、肩車を続けたまま突進した。助走によって

もの凄い勢いを乗せてクロバットを、そしてシルバーを仕留めて余りある

パワーがあるというのは確実だった。

 

 

「シルバーくん、クロバット!逃げて———————っ!!」

 

「・・・・・・・・・」

 

攻撃をかわす以外助かる方法はない。しかし虫の息の彼らはもう動けなかった。


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