ポケットモンスターS   作:O江原K

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第115話 傷だらけの勝者

 

アカネを肩車したままカビゴンが猛突進してくる。クロバットに攻撃を回避する余力は

なく、敗北が迫っていた。地面に倒れたままのシルバーはカビゴンの足音がだんだんと

近づくのを感じ取っているが動けない。しかしまだ諦めてはいなかった。思考を停止

させず、何ができるか頭を最大限に働かせて考え、抗おうとした。

 

(・・・あの一撃を受けたら・・・クロバットは吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。

 当たり所が悪けりゃ死んじまうかもしれない・・・勝ち負けどころじゃなくなる!)

 

クロバットが命を落とせばシルバーの命も奪われるのがこの戦いのルールだ。人間と

ポケモンが運命を共にする、それが重要なキーワードであることに彼は気がついた。

 

「そ・・・そうだ。さっき教わったばかりじゃねえか。オレもあいつらも・・・

 互いに思いが通じない限りは真の強さは得られないと。どちらかが自分のことだけ

 考えていたら不可能!でも自分が犠牲になればいいという気持ち、それもだめだ」

 

 

深い愛情ゆえのものではあったが、シルバーもクロバットも今日このバトルの途中まで

失敗していた。シルバーは敗戦の矛先がポケモンたちに向かわないために自分が嫌われ役になればいいと悪役を演じ、全てを一人で背負い続けた。ポケモンたちが実は自分を

愛してくれていると信じることができず、絆の力を最初から諦めていたのだ。

 

クロバットもシルバーのためなら自分の命すら捨てて構わないと決意し、シルバーが

隠し持っていた禁断の薬を飲ませてくれと訴えた。それは間違った自己犠牲であり、

このまま戦っても勝てない、だから手っ取り早い反則で勝つというのは長い目で見れば

シルバーにとっても悪いことだ。我慢し、忍耐し、辛抱しなければ成長はないからだ。

 

「喜びだけじゃない・・・苦しみも共有し・・・死ぬときだっていっしょだ!

 オレはまだ死ねない!だからあいつを死なせるわけにはいかない!そのために

 もう一度・・・最後の力をくれ——————っ!!」

 

シルバーとクロバットが真の絆と信頼に目覚めた瞬間に発動した、銀色に輝く

謎の力。一度は掴みかけた勝利が逃げていき、劣勢極まり消えかけていたその力が

叫びと共にシルバーの全身を再度包み込んだ。銀の光が眩しく人々の視界を奪った。

 

「シルバー・・・!まだ立ち上がろうと・・・!」 「闘志は死んでいないぞ!」

 

何が起きているか眩しさで確認できなくても、シルバーが何かをしようとしていることは

フィールドから最も遠い客席の者でもわかった。この光がカビゴンへの目くらましに

なるのを期待する人々もいたが、いまのカビゴンにそれは通じなかった。集中力が

最高に高まっているうえに、狙いはすでに定めていたからだ。

 

 

「ウガァ————————!!」

 

「思った以上に長引いてもうたけど・・・これで終いや—————っ!!」

 

攻撃が決まる、その寸前になってアカネがカビゴンの肩を使って勢いよく空へ飛んだ。

 

『アカネが空を舞った————っ!完勝をアピールするための派手なパフォーマンスだ!』

 

そして空中にとどまったまま、勝利を決定する必殺技の名前を叫んだ。

 

「くらえ——————っ!!超・爆!インパクト———————っ!!」

 

「うおおおおおおお—————っ!」

 

それと同時にシルバーが立ち、右斜め後方へと駆けていた。もう動く力はないと

思われたが、残る力を振り絞って目的の地点へとダッシュしていた。

 

 

「ガ————————ッ!!」

 

アカネとカビゴンがナツメとの勝負までとっておくはずだったオリジナル必殺技、

超爆インパクト。すてみタックルのさらに上を行くパワーでクロバットに全体重を

叩きつけた。翼を持つクロバットであってもその衝撃に抵抗することはできず

フェンスに激突するほどの勢いで吹っ飛ばされた。

 

「・・・・・・・・・・・・!!」

 

ところがその軌道を遮るようにしてシルバーが立っていた。両手を大きく広げ、

クロバットを受け止めようと構えている。これならクロバットは助かるだろうが、

シルバーがただでは済まないだろう。スタジアムに多くの悲鳴が響いた。

 

「む・・・無茶だシルバー!とても受け止めきれないぞ!」 「いや—————っ!!」

 

「オレたちは勝たないといけない!ここは堪えて反撃の・・・・・・・・・」

 

その瞬間、皆の恐れていた通りの惨劇が起きた。クロバットの体重は平均75キロ、

しかも超爆インパクトで吹っ飛ばされたせいでそれ以上の重力がかかっているのだ。

 

 

「うがっ!!」 「ガヒュ—————ッ!!」

 

激しい衝突音と共にシルバー、そしてクロバットは力なく倒れた。一方のアカネは

空中で見事な一回転を決めると、攻撃を終えたカビゴンの伸ばした腕に胸から着地し、

再び地面に降り立った。カビゴンとアカネは堂々と立ち、シルバーたちを見下ろした。

 

 

「・・・シ、シルバーが・・・・・・」 「負け・・・ちゃった・・・・・・」

 

ゴールドとクリスだけではない。会場中が倒れるシルバーとクロバットの姿を見て

だんだんと言葉を失っていった。健闘を続けていたがとうとう力尽きたのだ。

 

「・・・ウガガ・・・・・・」

 

攻撃を決めたカビゴンもその場に膝をついた。あれほどの高威力を秘めた技、

使い手にも相当の反動が返ってくるのは当然だった。しばらくは動けないだろう。

 

「まるですてみタックルとはかいこうせんを両方詰め込んだような技だった。

 あれではダメージを受けるしすぐには行動できない。まさに最後のとどめに

 使うべき必殺技だ・・・あんなものを食らって立ち上がれるはずがない」

 

「ああ・・・まさかあのアカネもあれほどとは・・・要注意だな」

 

各地から訪れたトレーナーたちはナツメだけを警戒し、アカネはそれほど脅威ではないと

考えていたが、認識を改める必要があった。この一撃を受けたらたとえ体力が満タンの

状態であっても一発で瀕死にさせられる。どんな体力自慢のポケモンだとしても。

 

 

『け・・・決着か—————っ!さすがに立ち上がることはできないでしょう!

 仮に再度起きたとしてもシルバーにはもうポケモンは残っていません!』

 

「練習のとき以上に抜群の感触やで・・・本番に強いうちらの本領発揮や!」

 

勝負は決まった、誰もがそう思った。もちろんアカネも。彼女はカビゴンの背中を

ぽんぽんと数回優しく叩いて労い、シルバーたちに背を向けてナツメの待つ陣営へと

戻っていこうとした。だが、背後から何らかの気配がする。どこへ行くんだ、待て、と。

 

 

 

『あ・・・ああ!なんとこれは・・・シルバーが・・・それにクロバットも!互いに

 支え合いながら立ち上がり一歩ずつアカネたちのもとに近づいている————っ!!』

 

シルバーたちは生きていた。それだけでなく、いまだバトルを続けようという目つきだ。

 

「ハ・・・ハハハ・・・!こ、こんな生ぬるい攻撃で終わったと・・・思ったかよ?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「オレの・・・いや、オレたちの底力を・・・絆の力をナメてもらっちゃ困るんだよ!」

 

クロバットがなぜ瀕死の状態で立てるのか、腕や足、更に肋骨など多くの部位を

骨折し、内臓へのダメージや出血も重いシルバーがいまだ笑っていられるのか。

それだけでなく、アカネとカビゴンに対し攻撃をすることができるのだろうか。

 

 

「このバトルは・・・トレーナーが攻撃しようが・・・ポケモンが敵のトレーナーに

 直接攻撃を加えようが・・・・・・何でもありのルールだったはずだぜ・・・!」

 

「・・・・・・」 「・・・・・・」

 

シルバーがカビゴンの腹にパンチを当てた。しかし震えながらの弱々しい拳では

痛みを与えられない。クロバットもそれに続き、アカネの腕を翼で打った。本来なら

人間の腕など砕くどころか斬り落とせるほどの威力があるが、いまのクロバットは

もはや虫の息だ。痣にすらならないであろう攻撃でしかなかった。やがてずるずると

シルバー、クロバット共に倒れたが、腕を動かそうとするのはやめなかった。

 

 

「・・・くそっ!言いたくはないが今のあいつにオーダイルがいれば!カビゴンは

 もう動けないしあの女だって限界が近いんだ・・・じゅうぶん勝てたんだ!」

 

「シルバーさんの覚醒がもう少し早ければ・・・それでも勝敗は逆だったのに!」

 

ゴールドとミカンが嘆くようにして、紙一重の勝負に敗れたシルバーを悔やむ。

客席からもシルバーの惜敗を惜しむ声が聞こえるなか、クリスは激しく怒りながら

サカキに詰め寄っていた。今にも殴り掛かりそうな形相だった。

 

「もういいでしょう!早くそのタオルを投げなさいよ!あとはこの私がやる!

 まさかアンタ、シルバーくんを見殺しにする気じゃないでしょうね!?」

 

「・・・やつ自身がまだ続行を望んでいる。それにこの一戦はわたしとナツメの・・・」

 

「代理戦争って言いたいの!?くだらない!アンタバカじゃないの!これ以上

 やったらシルバーくんが死んじゃうことくらいどんなアホでもわかるでしょ!?

 次やれば絶対にアカネに勝てる!こうなったら私が乱入して試合を壊して・・・」

 

 

誰もが考え、口にした。次回はシルバーが勝つと。シルバーも六体のポケモンを

用意し、公式ルールで戦えばリベンジできる。超爆インパクトすら耐えきったのだ。

デビュー戦でこれなら更なる成長は確実だ。このバトルだって紙一重の差もなかった。

そんな声が大きくなるなか、アカネは離れた場所にいるナツメに向かって叫んだ。

 

「ナツメ!今からうちは好き勝手ワガママにやる、構わんか!?」

 

「・・・・・・ああ、好きにするといい」

 

ナツメはそれを快諾した。するとアカネは振り返り、シルバーたちを見下ろした。

いよいよほんとうに殺人が起こる、クリスはもちろんのこと会場に潜んでいた

ロケット団の四幹部すらシルバーを助けるために割って入ろうと決めたとき、

アカネはシルバーに向かって静かに語り始めた。

 

 

「まったく・・・うちも負けず嫌いやけどあんたらはそれ以上やな。ボロ雑巾同然に

 痛めつけられてまだ負けを認めんとはなぁ・・・オモロすぎるで」

 

「オレは・・・まだやれるぜ・・・・・・さあ、続きを・・・・・・」

 

「あんたがやめる気ないんならしゃーないわ。この勝負は・・・・・・」

 

三つのモンスターボールを取り出した。まずはすでに疲労困憊のカビゴンをボールに

入れると、残る二つでなんと待機していたピッピとハピナスを戻した。

 

 

『・・・こ、こ、これは—————っ!?アカネが手持ちのポケモンを全て

 下げてしまったぞ!シルバーのクロバットはまだ残っている!一度ボールに

 戻したポケモンは戦闘不能扱い、ということは———————っ!?』

 

「あんたの勝ちや。1-0、最後まで生き残ったのはあんたのほうやった」

 

棄権も同然の形でバトルが終わった。予想もしなかった結末に場内ははじめ

静まり返り、やがてざわざわとしたかと思えば割れんばかりの大歓声に変わった。

 

 

『第一試合、勝者、シルバ———————ッ!!終始アカネの勢いに圧され

 苦しいバトルが続いたがとうとう屈さず!最後の最後まで戦い続ける執念が

 アカネを制し、デビュー戦を白星で飾った———————っ!!』

 

「シルバー!シルバー!シルバー!」 「シルバ———————ッ!!」

 

勝利を称えるコールが鳴りやまない。そんな中で彼はアカネに対して吠えた。

 

「ふ・・・ふざけるな!こんな『おまけ』みたいな勝利・・・どういうつもりだ!?

 オレへの情けか?それとも生き恥をかかせる気か!どっちにしたって・・・」

 

するとアカネはポケットから何かを取り出す。それは彼女がジムリーダーを務める

コガネジム制覇の証、レギュラーバッジだった。右手でバッジをいじりながら語る。

 

「認定バッジを賭けた戦いは・・・たとえ挑戦者が負けたとしてもジムリーダーが

 素晴らしいトレーナー、そう認めるならバッジをあげてもいいっちゅう決まりがある。

 うちはもちろん今まで一度もそんなお情けをかけたことはなかったし、最近はどこの

 ジムでも廃れつつあるルールらしいで・・・だからもし一か月前のうちやったら

 こんな真似はせんかったし、あんたを殺すまでバトルを続けたはずや」

 

「・・・・・・それが・・・なぜ?」

 

「ナツメに教えられたんや。真の勝利とは何か、そしてジムリーダーやないとしても

 自分より下のトレーナーをどう育てたらエエか・・・おかげでうちは成長できた。

 ここであんたの息の根を止めたらうちはずっとモヤモヤするハメになった」

 

ジョウトとカントーのトレーナーたちを自らの別荘に集めたナツメはその一番最初に

皆の前でアカネのこれまでの歩みで失敗している点を指摘した。ジムリーダーとして

活動している期間を考えれば指導する側の人間であるはずなのに、いまだに多くを

教えてもらわなければならないほど知識も知恵も常識も不足していると。そして

実際に手本を示しながら今後どう変化していけばいいかをアカネに示した。もちろん

短所を補うせいで彼女の長所が消えないように注意しながら教え込んでいた。

 

 

『・・・私たちに・・・ゴールドバッジを!戦ってもいないのに?』 『うぱ・・・』

 

『いま言った通りだ。あなたたちはそれにふさわしいとわたしが認めた。そして

 バッジを八つ入手した、これがゴールではない。わたしたちと同じステージに

 立っただけだ。人とポケモンの歩みに終わりはない、もっとわたしを喜ばせてほしい』

 

そしてアカネはナツメの模範に倣い、シルバーを勝者としたのだった。

 

 

「この会場の頭がお花畑のザコどもはもしかしたらあんたが勝てたかも、そう言うとる。

 六体目がいれば、その力に目覚めるのが早ければ、デビュー戦でなければ・・・。

 今までうちはただ勝てりゃオッケー、そう思っとった。けどそれじゃあホンマの勝利や

 あらへん。もしもとかもう一度やればとか・・・誰もそんな言い訳もできんほどに

 完勝してこそ真の勝利や!だからあんたとはこの一戦だけで終わるわけにはいかん!」

 

「・・・お、お前を含めた誰もが認める勝利のために・・・今日は譲るというのか?」

 

「光栄に思えや。うちと決着をつけるために戦う資格がある、そう認められたことを」

 

ここでシルバーの命を奪えば、初めから互いに全力であればどちらが勝っていたか、

その答えを出す機会を永遠に失う。負けず嫌いなアカネがこのバトルの勝利を

譲ったのは、後々さらに成長したシルバーと再度戦い、これほどの重傷を負いながら

戦意を失わないシルバーに、そして人々に自分のほうが上だと認めさせるためだった。

もちろんそれでもシルバーは諦めないだろう。ポケモンたちとの絆をもっと深め、

トレーニングを重ねてリベンジしてくる。その彼を何度でも退け、ずっと上であると

証明する。シルバーだけでなく他の大勢のトレーナー相手にもそれを繰り返すことで

アカネは自らが望む世界で一番、真のチャンピオンとなることができるのだ。

 

 

「全部ジムに置いてきたつもりやったけど・・・一個だけポッケから出し忘れとった。

 うちが勝ったようなモンやし負けたとは言わん。うちが認めたトレーナーの証として

 こいつをあんたにやるわ。一生の宝にするんやで」

 

アカネが持っていたバッジを下手投げで放ると、うつ伏せに倒れるシルバーの眼前に

落ちた。すでにバッジを八個手にしており、レギュラーバッジもその中に入っていた。

しかし全て盗んだり金で買ったりしたものであり、自力で手に入れたのは初めてだった。

 

「しょせんはポケモンドロボー、ただの金目当てかと思うたが・・見直したで」

 

 

アカネはにやりと笑うとそのまま背を向けて歩き出した。そしてアカネが去ると

すぐにクリスが駆けてきてしゃがみこむと、シルバーを抱きかかえた。

 

「・・・・・・ク、クリス・・・・・・」

 

「よかった・・・!シルバーくんが死ななくて・・・ほんとうによかった!」

 

その瞳は涙で溢れそうになっていた。勝利を称えるのではなく、危険な戦場からの

生還に安堵する。力強い攻撃や窮地でも諦めない根性よりも、ついにポケモンたちと

完全にわかり合い、強い絆で結ばれたことに対する感動。その思いはシルバーにも

伝わり、密かに恋する少女のぬくもりを感じながらようやく気が楽になった。

 

 

(・・・フン・・・無様なバトルになっちまった。あれだけ自信たっぷりに

 デカい口を叩いておきながら譲られた勝利で格好悪く生き残るだなんて・・・

 情けないにも程がある!だが・・・とても満ち足りた気分なのも確かだ)

 

バトルが終わり、欲しかったものが全て手に入った。日陰を歩んできたシルバーにとって

これほどの大観衆の前でバトルを行い、勝者として祝福の声援を受けるなど夢のまた夢の話だった。ポケモンたちから愛されていることを知り、己の手でジムリーダーからバッジを

受け取り、クリスがすぐそばにいる。相手のバトル放棄で得た白星という勝ち方以外は

十分すぎる結果となった。その勝利を父サカキも認めてくれているからだ。

 

「・・・・・・」

 

(親父・・・!その笑顔は・・・フッ、そうか。あんたも喜んでくれているか。

 だったら安心だ。この戦いには親子という特別な関係で臨むことはないと互いに

 最初に誓ったからな。父親としてじゃない、カントーの帝王と呼ばれる最強の男、

 そいつがオレの勝ちが胸を張っていいものだって言ってくれるのなら・・・)

 

 

「シルバー様・・・見事なデビュー戦でした!」 「ああ・・・最高だったぜ」

 

自分たちの用意した禁断の薬が使われなかったにも拘らず幹部たちは離れた場所から

その勝利を称える。首領サカキの息子として幼いころのシルバーをよく知っている

四人だ。ロケット団の復活よりも彼の雄姿が見られたことを心から喜んだ。

 

「さすがはサカキ様の一人息子!これからは親子で腕を磨き合ってもっと強い

トレーナーになるわ。もう私たちの側にはこないでしょうけどこれでいいのね」

 

「ええ。そしてここで危険な戦いから離脱できたのもよかった。負傷しましたが

 そのおかげで戦いを終えられる・・・その強運もあのお方譲りと言えるでしょう」

 

フィールドに救急車が入ってきた。シルバーはあっという間に担架に乗せられ、

拍手で送られながら運ばれていく。クリスがついてこようとしたが彼は制止する。

 

「・・・シルバーくん」

 

「フフフ・・・クリス、お前はここに残っていろ。オレの出番はもう終わった。

 だからオレに構わなくていい・・・ゴールドを支えてやってくれ」

 

「・・・・・・わかった。あいつのことは私たちに任せてゆっくり休んでね」

 

人に言われて自分の意思を曲げる男ではないとわかっているクリスは大人しく

引き下がり、陣営に戻っていった。彼女と入れ替わり、今度はサカキが車に

乗せられる寸前のシルバーのもとにきて、誰にも聞かれないような声で囁いた。

 

「あの娘を帰してよかったのか?つきっきりで看病してもらえる好機だったぞ」

 

「・・・何を言うかと思えば・・・いいんだよ。オレは今日、親父のおかげで

 トレーナーとして壁を破った。もっと上を目指すためには女と遊んでいる暇

 なんてない・・・ポケモンたちと向き合う時間をこれまで以上に増やさないと」

 

「なるほど。だがあの娘はわたしに対して物怖じせず噛みついてくるほどの者だ。

 その強心臓ぶり、お前も学ぶところが大いにあるはずだ。付き合いをやめる

 必要などない。むしろこれからは関係を深めていくべきだと勧めるがな」

 

「ハハハ・・・そういう見方もあるか・・・伊達に歳を食っちゃいないんだな」

 

 

車の扉が閉まる寸前、シルバーは残った力で手を伸ばす。サカキはそれに

応えて息子の手を強く握り、固い握手を交わした。最後にシルバーは言った。

 

「・・・負けんなよ、親父。ほんとうならオレがこのまま次のバトルにも勝つ

 予定だったが少し疲れた・・・試合の権利を親父に返す。だから親父の勝利は

 オレの勝利でもある。あとのことは・・・任せたぜ!」

 

シルバーが気を失ったと同時にバタンという音がしてその姿が見えなくなった。

 

「ああ・・・お前の勝利は無駄にしない。必ず我らが勝者となると約束しよう」

 

 

 

 

「う~ん・・・うちらの超爆インパクト・・・あれで決まりや思ったけどなぁ。

 耐えられる、ちゅうことはまだまだ改良せなアカンか・・・」

 

首を捻りながらアカネが帰ってきた。抜群の手応えで技が決まったのにクロバットも

シルバーも立ちあがった。見た目よりも威力がなかったのかもと思い、どこが

足りなかったのかを考えていたが、このアカネの独り言をナツメは聞き逃さなかった。

 

「・・・いや、通常の試合ならクロバットは倒れたまま起きなかっただろう。

 瀕死どころか死んでいたかもしれないほどの強烈な技だったからな。だが今日は

 フーディンによる特別なフィールドでの戦いだった。それが全てだ」

 

トレーナーがポケモンと痛みを共有し、ポケモンを大切にしない人間、ポケモンを導く

能力が足りない人間には制裁が下るとフーディンが語った独特の空間だ。アカネも

シルバーも幾度もダメージを受けたが二人とも生きてバトルを終えることができた。

 

「わたしもこれについて全てを知らない。だから推察に過ぎないが・・・おそらく

 ポケモンを愛し全てを分かち合おうとする、わたしやフーディンが合格と認める

 トレーナーへのダメージは軽くなるようになっているのではないかと思う。

 クロバットを守るためにその身で受け止めようとしたシルバーは普通であれば

 即死だった。あなただってハピナスのタマゴで回復だのもともとタフだのと

 言っていたが・・・いまこうやって元気に会話などできるはずがないほどの怪我だ」

 

「まあ・・・それはそうやな。冷静に考えりゃうちも病院行きやからなぁ。

 別に痩せ我慢はしとらんで?まだまだ戦える体力は残っとる」

 

「ああ、それではっきりした。フーディンはすでに選別を始めている。あなたも

 シルバーもフーディンに受け入れられた。裁きを下す必要はないと。そして

 わたしもあなたを褒めたい。あのままシルバーを殺して勝利することもできたと

 いうのに自ら勝負の場を降りた・・・更なる成長と完全なる勝利のために!」

 

チームとしての利益を無視した勝手な行動にひょっとしたら怒られるのではないかと

少しだけ不安だったアカネにとって、ナツメから高く評価されたことは大きな喜びだった。

フーディンにどう思われようが構わないが、ナツメに見捨てられては終わりだ。

しばらくは何も手につかず、布団から出る気力も湧かないだろう。

 

 

「わたしが伝えたかった、わかってほしかったことは全てあなたの中にある。

 形こそ敗戦となったがわたしからすれば百点満点以上の試合だった!よって

 あなたに教えることはもう何もない。これでわたしも安心して・・・・・・」

 

言葉の途中でナツメが目を逸らし、これから戦うゴールドに視線を移したので、アカネも

ワイルド・ワンズも『これで安心して戦いに専念できる』とナツメは言おうとしている、

そう考えた。しかし彼女たちはナツメが今日死のうとしていることを知らない。

 

安心して死ねる、そう口にしようとしたが悲しみのためアカネたちの姿を直視できず

適当なところに視線を変えてごまかしただけだった。自らの死は決定事項で、命に

未練はないが己を慕う仲間たちとの別れへの寂しさは断ち切ることができなかった。

 


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