ポケットモンスターS   作:O江原K

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第116話 KING

 

長かった第一試合が終わり、いよいよ第二試合、ナツメとゴールドの勝負が始まる。

先勝したサカキ陣営のゴールドが勝てば決勝戦を行うまでもなく全てが終わる。

 

「ナツメ~・・・ホンマ頼んだで!負けたうちが言うのもアレやけどあんたが

 負けてもうたらうちらみんな破滅や!カントージョウトどころかよくわからん国に

 ほとぼりが冷めるまで逃亡生活せなアカン・・・あんたにかかっとるんや!」

 

「そうだな、ここは何が何でも勝たないといけない。自ら勝利を譲ったあなたの高潔さが

 失敗だったと言われないためにもわたしが敗れるわけにはいかない」

 

いつも通りのナツメのように見えた。だが、ナツメはここで思わぬ行動に出た。

フィールドに歩きかけていたが戻ってきて、アカネを優しく抱きしめた。

 

 

「!?・・・ひ、人前やいうのにずいぶんと大胆な・・・」

 

「・・・アカネ、わたしはあなたを心から誇りに思う。あなたと過ごしたこの一か月弱、

 ほんとうに楽しかった。こんなに充実し満たされていた時間はわたしがジムリーダーに

 なってからは一度もなかった。あなたとの出会いは最大の幸運だった」

 

「ハハ・・・恥ずかしいからやめーや。そんな改まって言わんでも・・・」

 

「あなたがどう思っているかはわからないがわたしにとってあなたはただの師弟関係

 以上の者だった。そう、自分の命以上に大切な親友であり、恋人のような・・・。

 そして家族だ。あなたは年の離れた妹、いや・・・娘と呼ぶべきかもしれないが、

 とにかくわたしはそれほどあなたのことを愛していたことを忘れないでほしい。

 ・・・気持ち悪いと感じたかもしれないがとにかくいま、それを伝えたかった」

 

ナツメの告白にアカネはすっかり顔を真っ赤にしてナツメを強く抱き返していた。

アカネもまた特別な感情を持っていたからだ。ジムリーダー仲間から嫌われ真の

友人と呼べる人間がいなかった彼女を初めて正当に評価してくれたのがナツメであり、

他の仲間たちが警戒心を抱くなかでアカネだけはすぐにナツメと親しくなった。

そのおかげで彼女から多くを学び、吸収することができ、メンバー五人の中で唯一

早い段階から謎の力に目覚め、人としてもトレーナーとしても急成長を続けている。

 

「気持ち悪いだなんて・・・そんなわけあるかいな。うちだってあんたと同じ・・・」

 

「・・・・・・それを聞いて安心した。わたしにはいま家族は一人もいないし恋人など

 生涯通して無縁の存在だった。友と呼べる者もポケモンを除けば全く思い浮かばない。

 だからそこの感覚が狂っているのかも、と思ったがそうではなかったようだ。

 わたしが最後まで得られないと諦めかけていたものはここにあった、それで十分だ」

 

 

ナツメの様子が何か変だと気がついたのはナツメとアカネの抱擁をそばで見ている

元ロケット団の女とウパーだった。観衆やサカキたちよりは文字通りの距離も心の

距離も近く、それでいてアカネほどべったりと密着しているわけではないので冷静に

異変を感じ取った。ナツメがフィールドに向かう前に聞いておかなければならなかった。

 

「ナ・・・ナツメさん、それじゃあまるで別れの前の挨拶みたいじゃないですか。

 そういうのはあんまり縁起がよくないというか・・・」 「うぱ~っ・・・」

 

するとナツメは彼女たちの鋭さを察し、アカネを自分の身体から離すと、右手を

女の肩に、左手をウパーの頭の上に置いてから、直接疑問に答えることはせずに話した。

 

「当然あなたたちのことも大切に思っている。こうしてわたしについてきてくれた

 数少ない仲間だ。アカネと同じようにあなたたちもわたしに欠かせない存在だ」

 

「・・・・・・」 「う、うぱ・・・」

 

「物事に絶対はない。わたしであっても戦いに敗れ命を落とすかもしれない。そのときは

 あなたたちがアカネを支えてやってほしい。わたしがようやく見つけた希望の光、

 それを絶やしてはならない。あなたたちの責任は重大だ、頼んだぞ」

 

「ハ、ハイっ!でもそうならないように願うばかりです!」 「うぱぱ!」

 

このときナツメはすでにゴールドとのバトルが、そして対抗戦の結果がどうなろうが

今日中に死ぬと決めている。もしかしたらそうなるかもしれない、という話し方で

ワイルド・ワンズのコンビを納得させたが実はその未来は確実に訪れることになっている。

この最後の最後になってまでアカネや仲間たちを欺いている自分に苛立ちと悲しみを

覚えながら、それらを隠し通すナツメは心の内で密かに皆への別れを告げ終えていた。

 

 

「さあ、もういいだろう。アカネ、あなたのバトルの熱が冷めないうちにわたしも

 戦いの舞台に立とう。現チャンピオンとの勝負、楽しいに決まっているからな」

 

「おお!やる気マンマンやな!あんなクソガキ容赦なくブチ殺したれ!」

 

対面からもゴールドが陣営から出て所定の位置に向かってくる。すぐにでもバトルを

始めたいという気迫が感じ取れるが、ナツメのほうはいまだ戦う顔ではなかった。

バトルの前に一つ、どうしてもはっきりさせなければならない点があったからだ。

 

「しかしやつのあなたへの憎しみと殺意はかなり根深い。先ほどの勝負、友である

 シルバーの勝利が決定した瞬間もやつの表情はどこか不満が残っていた。勝利を

 喜んではいるがあなたを殺し損ねた失望が目立ち、しかもあなたが敗退したことで

 直接戦い命を奪うチャンスを逸したことをいまだに惜しんでいるようだ」

 

「あのガキ・・・最初のジム戦でうちに負けたんをいまだに恨んどるんか?

 それ以外何も理由が思い当たらん。別に嫌われたままでもエエけど・・・」

 

「だから戦いの前にやつの口からそれを聞く!ほんとうにあなたが悪いのか、

 それとも別の要因があるのか・・・勝負の最中や終了後ではなくいま吐かせる」

 

 

第二試合を戦う二人がフィールドの中央で睨み合いの形になった。スタジアムの

声援はチャンピオン・ゴールドへ向けられたもの一色であり、すでに彼の応援歌が

歌われ、楽器の音と共に響いていた。どうにか至近距離での会話はできた。

 

「・・・ナツメ、お前の野望はここで終わりだ。三週間前、記念式典をお前たちが

 邪魔したのがこの騒動の始まりだった。たくさんの人を言葉で傷つけ、暴力で

 痛めつけ、洗脳して自分の仲間にしたお前の罪は重い。サカキさんに代わって

 人間の面を被った悪魔、鬼畜を倒す。それが王者であるおれの責務だ」

 

ナツメの口の上手さに対抗できる者は少なく、その挑発に乗ってしまったグリーンや

イツキの悲惨な結果を知っているゴールドは、自分の言葉にナツメがどう返してきても

クールでいられるように身構えていた。しかしナツメはゴールドの想定の上を行った。

 

「ククク・・・酷い人間、それはあなたも同じではないか。シルバーを応援している

 ように見せかけて実はアカネの死ばかりを願い求め、こんな終わり方なら早々に

 シルバーには棄権してもらったほうが自分の手でアカネを殺せたのに、とすら

 考えているあなたの邪悪さには驚かされる。善人を装う分わたしよりも卑劣だ」

 

「・・・・・・!な、何を言っている!確かにあのクズをこの世から消し去れなかった、

 その無念さはある。でも一番大事なのはシルバーの無事と勝利だった!自分の目的の

 ためなら平気で仲間を捨てるお前なんかといっしょにするな!」

 

ゴールドはどうにか対抗したが、ギリギリだった。ナツメが超能力者であるという事実を

改めて思い知り、僅かに恐怖していた。自分でもこれはよくない考えだと戒めていた

心の奥底の思考を正確に言い当てられたからだ。ここでもし『心を読んだのか』と

言おうものなら流れは一気にナツメのものになるし、沈黙していれば何も言い返せない、

つまり肯定だと認めることになってしまう。知力勝負をしていい相手ではないと

わかった以上、早くバトルを始めたほうがいいのだがナツメはそれを許さない。

 

「あなたが友をどう思っているかに興味はない。わたしが尋ねたいのはアカネへの

 常軌を逸した憎悪だ。ジムリーダーとして失格、最低のトレーナーだと幾度も

 アカネを批判しその地位を奪おうと躍起になり、ついには殺そうとまでしている。

 だがあなたも先ほどのバトルを見ていたはずだ、それでいてなお主張するのか?

 アカネは自分の快楽のためなら何でもするクズであり腫れ物のような者であると」

 

「・・・・・・それは・・・・・・」

 

「もしそうならあなたが脳か視力がまともに機能していない人間であるとして話は

 片づく。しかしあなたはほんとうのところわかっている。アカネがすでに昔の

 アカネではなく、素行や品格を理由に糾弾するのは無理があるということを。

 なのに憎しみを捨てきれない原因をそろそろ皆の前で明らかにするべきだ。

 このままでは誰も納得せず、あなたの逆恨みだと結論するだろう」

 

たった一分ほどの会話で目標達成の寸前だ。ナツメの狙い通りに場は流れていく。

 

「ゴールドさん・・・私も知りたいです!いま教えてくれませんか!」

 

「フム・・・その女に同調するのは癪だが重要な話だ、わたしも聞きたい」

 

ミカンやサカキもゴールドに全てを話すようにと近づいてきた。やがていつまでも

バトルが始まらないことで声援も一旦静まり、ナツメたちが何を論じ合っているのか

全体に知れ渡るようになった。これでゴールドに逃げ場はなくなった。

 

「あなたの恨みが正しいものであれば隠す必要などない。アカネに落ち度があるのなら

 仲間であるからといって肩入れはせずわたしも後で彼女を矯正する。とにかくわけを

 聞かないことにはその判断すらできないではないか。あなたを慕うミカンや後ろの

 連中を安心させるためにも今、大勢の証人の前で正当性を主張してみせろ」

 

ゴールドは数回首を横に振りながら帽子で目元を覆った。ところが再び視線を

ナツメに向けると、その表情は怒りに満たされていた。我慢の限界といった顔だ。

 

「・・・わかった。いいだろう、教えてやるよ!お前にも、ミカンやクリスにも、

 この会場の客やテレビとラジオの先にいる人間たちみんなに、お前の手下が

 どれだけ愚かで腐ったカスだったかを!おれがアカネを恨むのは当然だとな!」

 

「ほう、ようやくその気になったか。前置きはいいからとっとと話してくれ」

 

「言われなくてもそのつもりさ。だがどうしてもあの事件を語るには数年前からの

 積み重ね、そこから始めなくちゃいけない。おれの無念を伝えるためにも」

 

 

ゴールドがまだ八歳、旅立ちの二年前から彼の回想は始まる。舞台は他でもない

彼の故郷ワカバタウン、幼いゴールドは運命の出会いを経験した。

 

 

 

 

 

『は—————っ、面白くないな。早くジョウトを、全国を旅して回りたいぜ』

 

ポケモンスクールで同世代の子どもたちと授業を受けていたゴールドだが、その

つまらなさに飽き飽きしていた。こんな座学を何時間も続けたところで将来何の

役に立つのか、強いトレーナーになるために効果があるのか、そう思っていたからだ。

退屈すぎてどうしようもないが決められたぶんだけ授業に出なければ十歳になっても

ポケモンを連れて旅することが許されない。よほど素質に満ち溢れていれば推薦という

方法で資格を得られる場合もあるが、普通の家庭、それも貧しい母子家庭で育った

ゴールドはポケモンと接する機会がこれまで一度もなく、地道にやるしかなかった。

 

『ちっ・・・クリスの家みたいにたくさんペットのポケモンがいたりトレーナーと

 知り合いだったりすれば早かったのにな・・・また明日も同じことの繰り返しかよ』

 

一日の授業が終わり、皆は講師のトレーナーにわからなかったところを聞きにいき、

自ら補習を願い求める意欲ある子どもたちが多いなかでゴールドはまっすぐ家に帰った。

寄り道はしていない。危険な草むらには入っていない。それでも危機は訪れた。

 

 

『・・・こいつはクヌギダマ・・・!木の上から落ちて転がってきたのか!?』

 

『グロラァ・・・・・・』

 

ポケモンも武器も持っていない少年ではとても太刀打ちできない相手だ。ゴールドが

スクールで得た知識の通り、滅多に木から降りてこないが、地面に落とされると

怒りのあまり自爆してはじけ飛ぶ。今にも爆発を始めそうで、逃げる間もなかった。

 

『・・・・・・!!だ、だめだ・・・!死・・・・・・』

 

ゴールドの恐れは大げさではない。死ななかったとしても生涯残るような重い怪我を

負うだろう。偶然起きた不運を恨む時間すらなく何もかも終わる、そのときだった。

草むらから小さな影が現れると、光の玉のようになって空中を回転しながら猛スピードで

クヌギダマを貫き、何重にも重ねられた厚い木の皮の殻が粉々に砕け散った。

まるで自爆した後みたいに残骸が散らばるなか、ゴールドを救った英雄は二本の足

ではなく、一本の立派な尻尾で立っていた。そのポケモンのこともゴールドは知っていた。

 

『オ・・・オタチ!オタチにこんなパワーとスピードが・・・・・・!!』

 

『キュ—————・・・キュア?』

 

スクールの同級生たちとも話題になっていた。オタチなんか腐るほど野生にいるが

将来トレーナーとして旅をするときにこいつを捕まえる必要はないと。もっと強い

ポケモンを揃えないとエリートトレーナーになるどころか目先のバトルにも勝てない。

こんなポケモンはバトルに興味のない女子が喜ぶだけだと笑っていたのだが、いま

目の前にいるオタチは図鑑やテレビで見たどんなポケモンよりも格好よかった。

尻尾で体を支えるのをやめて両足で立つようになると、ますます強者の風格に満ちていた。

 

『あ・・・ああ!おれは大丈夫だ。けど・・・どうして助けてくれたんだ!?』

 

『キュ—————、オッオッオ!』

 

『・・・そんなセリフ・・・おれも一度言ってみたいな。そうだ、お礼がしたい!

 家からポケモンでも食えるっていうお菓子を持ってくる!そのへんの木の実よりも

 ずっとうまいはずだぜ、このへんで待っててくれ、すぐ戻る!』

 

不思議なことにゴールドはオタチと会話ができていた。オタチは最初に怪我はないかと

尋ね、次にゴールドを助けた理由を聞かれると、人を助けるのに理由がいるのかい、と

答えたのだ。この不思議な経験はその後も続いたが、他のポケモン相手に試してみても

一度もうまくいっていない。チャンピオンになった現在まで、このオタチだけだった。

 

『・・・どうだ、また持ってきてあげるから明日もここで会えないか?おれはまだ

 ポケモンを捕まえていい年齢じゃないし、家で飼うより二人とも気楽だろ?

 お前のことをもっと知りたいんだ。お願いだ、おれの初めてのポケモンになってくれ!』

 

『キュアッ!キャオ——ッ!』

 

この日からゴールドはオタチと毎日遊ぶようになった。やがてポケモンスクールに

行くことがますます無駄でくだらないものだという思いが強くなって授業をサボり、

とうとう卒業前に追放されたが構わなかった。オタチと一日過ごすだけで学校で

得られる一か月分の知識に勝る経験ができたからだ。群れを成して身を守る種族で

あるはずなのにこのオタチは何も怖いものはないと堂々と道の真ん中を一人で歩き、

気の向いたときにメスを左右に置いて遊ぶ。ゴールドが憧れとする男の姿だった。

 

ゴールドが十歳になるまで秘密の交友は続いた。誰にもバレないままゴールドは

トレーナーとして、オタチはバトルポケモンとしての力を身につけ、伸ばしていた。

固い友情を築き続け、ただ遊んでいただけなのに『怪物』が生まれつつあった。

 

『お前の名前は・・・キヨシローだ!ふだんはキヨシって呼ぶからな!

 おれたちなら絶対になれる、セキエイ高原の『KING』に!』

 

 

 

 

 

ゴールドの過去を病院のテレビで聞いているのは、ナツメの屋敷から出た後に病院に

戻ってきたグリーン、それにツクシと見舞いに来たハヤトだった。グリーンとツクシは

共にフーディンの暴力の前に重傷を負い、すぐには現場に復帰できない身体だった。

 

「こいつは初めて聞いたな。あいつの初めてのポケモンってヒノアラシだったはずだろ?

 才能を認められて研究所からただでもらった・・・オレと同じパターンだ。きっと

 どのメディアのインタビューでも言ってないだろうが・・・」

 

ゴールドがオタチといたことなど自分はもちろん誰も知らないのではないか、

グリーンはそう考えたが、ここにいる残りの二人は違った。

 

「いや・・・おれは知っている!知っているなんてものじゃない、実際に戦った!

 それまで緊張しまくっていたゴールドくんがオタチを出した途端自信に満ち溢れた」

 

「ええ。ぼくもジムバッジを賭けた戦いで彼のオタチを相手にして完敗でした。

 強いなんてものじゃない、初級者相手用のポケモンじゃ何もさせてもらえません。

 オタチのレベルはもちろん、ゴールドくんとの息がこれ以上なくピッタリで・・・」

 

二人はゴールドとオタチのコンビを知っている。この二人だけでなく、ゴールドが

コガネジムに挑むまでに彼とバトルをしたトレーナーたちはあのオタチの強さを

味わっている。たださすがにチャンピオンになってまでオタチは使わないだろうと

そのトレーナーたちやハヤトとツクシもそれぞれ勝手に結論を下していた。

コガネジムでのバトル以降、オタチの姿が消えた意味を深く考えていなかった。

 

 

 

「・・・だいたい話は読めた。あなたにとってそれほどの思い入れがあるポケモンが

 いまここには・・・というよりもうあなたの手元にいないのだろう。その理由が

 アカネに敗れたことなのか?扱いやすいポケモンが最初は活躍しても高いレベルに

 挑むにつれて通用しなくなってくる、だからレギュラーから外すというのはよく聞く

 話だ。しかしそれならあなた一人の問題であり誰のせいでもないはずだが・・・」

 

「いや、キヨシローはどんなポケモンよりも強くなれたと断言できる。おれがエースと

 呼ばれるポケモンを置いていないのがその証拠だ。あいつ以上に信頼できるポケモン、

 一心同体になって戦えるポケモンはいない。セキエイのチャンピオンとして百体以上も

 ポケモンを育ててきて無敗を続けているおれが心からそう言える。史上最強のコンビと

 言われるレッドとピカチュウ・・・それすら超えることだってできたはずだ!」

 

ゴールドはレッドと直接話したことすらない。一週間前にエリカとのバトルを客席で

見ていただけで、面識は無いに等しい。もちろん互いにこれほどの有名人なのだから

全く知らないというわけではないが、ゴールドがチャンピオンになるずっと前に

姿を消していたレッドの強さをゴールドは過去の映像とデータで読み取るしかなく、

どちらが強いかと問われても謙遜抜きで『わからない』と答えるだけだった。

しかしレッドとピカチュウ、自分とオタチのコンビならどちらが上か、それには即答できた。

 

「あのピカチュウはどれだけ強くなっても進化せずにいた・・・キヨシローもオオタチに

 なることを望まずに戦い続けた。圧倒的なバトルセンスを持ち、バトル中に使える技は

 四つなんて限界はない!そこのところも似ていた。敵なんてどこにもいなかった」

 

レッドのピカチュウが覚醒し王者の片鱗を見せ始めたのはマサラタウンを出てから

しばらく経験を積んだ後のことで、数々の戦いやエリカとの訓練によってレッド共々

もともと眠っていた素質が引き出された。ゴールドとオタチには二年間の準備期間が

あったとはいえほとんど遊んでいたにすぎず、もし本格的なトレーニングに励んだと

したら、どれほどのレベルに達していたのか想像すらできなかった。この国で

頂点に立つなど通過点で、世界のKINGとなっていた未来も大いにありえた。

 

「・・・そうか、あのときあいつが言っていたのはこのことだったのか!」

 

グリーンがようやく思い出した。対抗戦の初日、ナツメがイツキとの戦いでケーシィ、

ユンゲラーと続けて出したときにゴールドとこの話になっていたことを。進化前の

貧弱なはずのポケモンで勝ち進む、おれの永遠のライバルの相棒がそうだったと

苦々しく口にしたときゴールドも自分もそういうポケモンはよく知っていると答えたのだ。

 

「てっきりあいつもレッドとピカチュウのことを言っているものとばかり・・・。

 絶対的なエースがいたレッドやワタルと比べられることが多かったからそれで

 嫌な顔をしていたのかと思ったがそんな簡単な問題じゃなかったということか」

 

 

そしてゴールドの語るオタチの強さに嘘はない。シルバーの出番が終わっても客席に

潜み続けていたロケット団の四幹部、彼らはいずれもゴールドとのポケモンバトルに

惨敗しているが、そのなかで唯一オタチと戦った経験を持つランスは仲間たちに

今日初めてその日のことを話すのだった。

 

「・・・ヒワダタウンでの私をリーダーとしたヤドンの尻尾を売る小銭稼ぎ、それを

 たった一人の少年に潰されたと報告しましたが、少年・・・ゴールドが使ったのは

 オタチただ一体だけ!私と下っ端たちは命を取るつもりで戦い約数十のポケモンを

 一斉に襲いかからせましたがあのオタチがでんこうせっかの技を使うだけですぐに

 まとめて瀕死にされてしまったのです。そんなもの恥以外の何物でもないうえに

 言ったところで信じてもらえるはずがないので黙っていたのですが・・・」

 

「マジかよ・・・俺たちが相手したバクフーンやデンリュウも強かったがそれ以上か!」

 

「ええ。あのどうにもならない絶望はシルフカンパニーをナツメ一人で攻め取られ

 私も足を負傷した・・・あの日以来でした。手段を選ばずに目的を果たせといっても

 その手段が一つもないのでは大人しく撤退するしかないでしょう」

 

 

ナツメもゴールドが真実を語っていることを疑わず、そのオタチとゴールドが別れる

原因とされているアカネに数歩近づき、穏やかな口調で記憶はあるかを尋ねる。

 

「どうだアカネ、わかったか?ゴールドがなぜ激しく憤っているのかを」

 

アカネは脳をフル回転させ、片隅の欠片まで探った。オタチというキーワードが

手助けし、ようやくゴールドとのバトルに勝った以上のことを思い出した。

 

「ああ・・・確かにあのガキが最後に出してきたのはオタチやった。自信満々に

 うちに挑んできて返り討ちに遭うトレーナーなんか珍しくないしいちいち覚えて

 られんから細かいところは忘れとったが・・・ミルちゃんが倒したんや。

 勢いのついたころがる攻撃で完全ノックアウト、そんな感じやったと・・・」

 

「・・・・・・やっと思い出したのか、馬鹿女が。そうさ、お前のミルタンクの

 執拗な攻撃の前におれとキヨシは負けた。それだけじゃない、お前が攻撃を

 やめなかったせいで重傷を負ったんだ。すぐにポケモンセンターに行ったが・・・」

 

ころがる攻撃、クリスとミカンは一週間前の謎が解けた。アカネはカツラとの

バトルでもミルタンクに転がるように指示した。そのときゴールドが大量の汗を

流しながら震え、青ざめていたのを。ひどいトラウマになっていたのだ。

ところがナツメはゴールドに痛烈な言葉を浴びせる。彼への同情は一切ないようだ。

 

「そうか、それは気の毒だったな。だが珍しい話ではないうえに責任が重いのは

 あなたのほうだ。こんなガキに負けられんと相当頭に血が上っていたであろう

 アカネにも非はあるが悪いのはあなただ。一度冷静になって考えたらどうだ」

 

「・・・何だと!?」

 

「あなたの話しぶりから察するに、そのオタチを絶対的に信頼していたのはわかる。

 だから敗れそうになってもここから逆転するかもしれないと期待して負けを認めず

 最悪の結果になった。どんな強いポケモンにも限界はあると理解さえしていれば

 モンスターボールに戻せたはずだ。アカネを責めるのは間違っている!」

 

スタジアムに流れかけたアカネへの糾弾の空気を一蹴し、そのままゴールドに投げつけた。

 

「・・・ナツメ・・・ホンマにあんたにゃ頭が上がらんわ・・・」

 

「あなたを守ろうとしたわけではない、客観的に見たとしてもやつが悪い。

 それを他人のせいにして罪悪感から逃れようとする、そんなものは見過ごせない。

 これでもういいだろう。大観衆の前でやつが逆恨みをしていたと証明できた」

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「ゴールドさん・・・バトルはできますか?一度休んだほうが・・・」

 

にやりと笑うナツメとは正反対にゴールドの顔色は沈む。ミカンたちが心配して

陣営から飛び出したが、彼は振り返らずに手で制し、彼女たちを近づけなかった。

するとその直後、ゴールドは顔を上げ、大きな声で狂ったように笑い始めた。

 

 

「アハハ、ア—————ハッハッハッハ!ワハハハハハハ!!」

 

「気でも触れたか?」

 

「ハハハハ・・・いやいや、お前らの言う通りだと思ったんだ。自分のせいで

 ポケモンが大怪我をした、その責任を他人に押しつけるとんでもない甘ったれた

 ガキ、確かにそうだろうな、話がこれで終わったのなら!」

 

いままで笑っていたかと思えば、今度は全身が怒りに満たされている。あの笑いは

作っていたものに過ぎず、ゴールドはずっと業火のごとき憎悪と憤怒に支配されていた。

 

 

「ほう、バトルで負けてそれで終わりではないと・・・だがそれから何がある?

 何かがあったところでますますアカネには関係のない話になると思うのだが」

 

「いいや・・・この先こそ肝心だ!キヨシが死んだ真の原因はアカネにある、

 聞けばお前もそれを納得するだろう!いかにそこのクズが無能すぎる女だったか、

 愚かで怠慢で罪深い・・・最低のクソだということを教えてやるっ!!」


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