ポケットモンスターS   作:O江原K

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第117話 激しい雨

 

ゴールドの怒りはピークに達していた。コガネジムでの最初の戦いでアカネに敗れ、

旅に出る前からの相棒オタチが重傷を負った。互いに熱くなり過ぎた結果の悲劇で、

ジムリーダーであるアカネが冷静さを欠いていたのがまずかったと考える人間も

いるだろうが、ナツメはゴールドに責任があるとした。オタチの力を過信して

無理をさせたのは彼であり、オタチをすぐそばで見ていたのだからバトルを終了

できるのはゴールドのほうだったと言う。よってゴールドがアカネを憎むのは

逆恨みだと証明し、大勢の者がナツメの言葉に同調しかけたときだった。

 

「・・・その先にまだ泣き言が続くというのか。ずいぶん長くなりそうだな」

 

「ああそうさ!それだけの時間おれはお前の手下、アカネを忌み嫌い続けてきた!

 無能極まりないクズのせいでおれの親友キヨシローは死んだのだからな!あの

 バトルが終わった後はまだキヨシは生きていたのに・・・そのゴミ女が殺したも

 同然だ!もう隠しはしねぇ、聞かせてやるよ、さすがのお前も庇えないだろう!」

 

バトル後すぐにポケモンセンターへと走ったゴールド。そこから第二の話が始まった。

 

 

 

 

 

『・・・ど、どうですか・・・キヨシローの様子は・・・』

 

他のポケモンたちは一晩休ませたら回復するとのことだが、オタチは別室へと

連れていかれ治療を受けている。バトルの途中で足を痛めていて、それを押して

勝負を続けたためミルタンクの猛攻を食らい更なる怪我に至ってしまった。

ゴールドは自分を責めた。このときはまだ『おれが悪い』と思っていたのだ。

 

『残念ですが・・・あれだけ酷いと・・・・・・』

 

『そ、そんな馬鹿な・・・!怪我はしたけれどそこまでのはずは・・・』

 

『いいえ、死ぬことはありません。ありませんが・・・』

 

最悪の事態は免れたが、それと同じほどつらい宣告が医師から下された。

 

『きみのオタチはもう二度と・・・ポケモンバトルはできないだろう』

 

『・・・・・・・・・・・・え?』

 

『激しい戦いには耐えられない。また同じことがあれば今度こそ命を落としてしまう。

 人間と生活させるよりも長期間の療養を経た後にもともとの住処に帰してやるのが

 一番いい選択肢だろう。そのほうが傷が癒えるのも早いと証明されている。きみとの

 経験があるから野生のポケモンたち相手であれば軽く勝てるはずだ』

 

もう共に戦えないどころか別れを勧められた。それがオタチにとって最善だと。

 

『・・・・・・少しだけ考えさせてください・・・キヨシに会えますか?』

 

オタチの意識は戻っていた。許可をもらうとゴールドはすぐにオタチのもとに向かい、

まずは謝りそれから今後のことをゆっくり話し合うつもりだった。ところがオタチは

ゴールドに話をさせなかった。ゴールドがどうすべきか、最後のアドバイスを与えた。

 

『キュ—————・・・・・・キュララ』

 

『・・・・・・・・・』

 

俺は足手纏いになるからここまでだ、オタチはそう言ったのだ。オタチとゴールドは

意思を通わせることができるのだが、今この時だけはできないほうがよかった。

 

『キュアァ・・・キュ——————ッ』

 

自分の身体のことは自分が一番よくわかっている、これ以上お前たちとは行けない。

いつでも強気で勢いに満ちていたオタチが小さな鳴き声でそう語るものだから、

ゴールドは何も言えずにただ頷いてオタチの病室を、ポケモンセンターを後にした。

 

 

『・・・こんな夜にお前と暴れられないなんて・・・・・・』

 

この日は雨だったが、すでに止んでいた。この雨上がりの夜空に今までのように

小さな少年とオタチの弱そうなコンビだと見下してくるトレーナーをぶっ飛ばして

彼らから勝ち取った賞金でぜいたくに朝まで楽しむ。時に警察官に呼び止められても

ポケモン勝負に持ち込んでやはり賞金を手に入れる。それがもうできないのだ。

 

そしてゴールドはコガネのポケモンセンターにオタチの所有権を放棄すると伝えた。

この大型施設では戦えなくなったポケモンを引き取り、野生で暮らしていけるように

十分治療と訓練を施してから野に戻すサービスを行っていた。いつまでも俺に構わず

先に行けとオタチが言うものだからゴールドは泣く泣くその通りにした。

 

『そうだ・・・またワカバタウンに会いに戻ればいいだけじゃないか。あそこに

 放すようにお願いした・・・メスポケモンと遊んでいるときに行ったらびっくり

 するだろうな。そしておれが成長した姿を見せて安心させてやらないと・・・』

 

ゴールドはその後もコガネに滞在したが、一度決めた別れをこれ以上引きずりたく

なかったのでオタチのいるポケモンセンターとは離れた地区でトレーニングを

続けていた。最初のうちは喪失感から身が入らなかったが、オタチのためにも

絶対アカネにリベンジして旅を続ける、そう思うとだんだんとやる気が戻ってきた。

まだゴールドはアカネを嫌っていない。全く恨んでいないわけではないが、

真剣勝負である以上こうなるのも仕方ないと自らを納得させていた。

 

 

オタチを託してからわずか一週間後だった。ゴールドの世界が変わった運命の日は。

 

 

『よし、今日はこれまでにしておこう。おれもお前たちもあいつがいなくなる前の状態に

 戻ってきた。おれは二度と同じ失敗はしたくない。お前たちも絶対に無理するな。

 焦らずじっくりと強くなればいいんだ。だから休息も大事な訓練の一つなんだ』

 

この日はアカネとのジム戦の日以来の雨だった。しかも季節外れの激しい雨だ。

 

『どんなに激しく降っていても止まない雨はない・・・おれたちも・・・』

 

宿のベッドに寝転がり、テレビをつけた。そのニュースはゴールドとポケモンたちの

心臓を何度も何度も突き刺すような・・・衝撃的で魂を凍らせるものだった。

 

 

『本日昼過ぎ、ポケモン保護法違反の容疑で業者の男数人が逮捕されました。男たちは

 コガネシティのポケモンセンターと契約し負傷ポケモンのリハビリと野生に戻す

 までを請け負っていましたが、全く怪我が癒えていないポケモンを野に放ち大量に

 死なせたとされています。いずれも容疑を大筋で認めているとのことで・・・』

 

『・・・・・・え?コガネのポケモンセンター・・・・・・まさか』

 

『ポケモンセンター側もそれを把握しておきながら業者との取引を続けていたという

 関係者の話もあり、警察は捜査を続けていくことになりそうです。以前から一部の

 トレーナーたちによる疑いの目がかけられていましたがついに本格的に・・・』

 

どこかの森の映像が数秒だけ流された。無責任な業者たちにより放されたポケモンは

野生のポケモンに抵抗できず殺されたり、自力で餌を得られないため飢えて死んだり、

いずれも悲惨な姿で横たわっていた。その中に、ゴールドが見間違うはずのない

親友がいた。うつぶせに倒れたまま全く動いていなかった。体も、その大きな尻尾も。

 

『・・・あ・・・あ・・・あああ・・・!キヨシ・・・・・・・・・』

 

 

ああ、誰よりも強くてカッコいい男、不死身だと思っていたキヨシローでも死ぬんだ。

ゴールドはぼんやりとそう呟くと、動揺を隠せないポケモンたちをモンスターボールに

戻し、自身はあてもなく街を歩き、そのあたりのベンチに座ると三十分は泣いた。

激しい雨も人目も気にせず、気のすむまで泣いてやがて疲れて宿へ戻って寝た。

 

 

ニュースから数日、さすがにトレーニングの気力も湧かずワカバへの帰郷も考えていた

ゴールドだったが、街の電気屋のテレビからあの事件の続報が流れていた。その場を

離れることもできたが、オタチの死についてもっと詳しく知ることができるかも

しれないと思いテレビの前に立っていた。このときすでにゴールドもポケモンセンター

から謝罪され、遺体を探したがゴールドのオタチは見つからなかったと報告されている。

おそらく野生のポケモンに食べられてしまったのだろう。ぼろぼろに朽ち果てた姿を

目にするのとどちらがよいかと問われてもすぐに答えは出せないかもしれないが。

 

『あの違法業者はポケモン協会の上層部の親族が経営しているとか。だからこれまで

 多くの疑惑が噂されながらも野放しになっていましたが何者かによって彼らの犯罪の

 現場を収めたデータが新聞社やテレビ局にばら撒かれ隠し通せなくなったらしいですよ』

 

『さすがに写真や映像の現物が出回っては庇えないと判断したのでしょうね。しかし

 逆に言えばそうでもしない限り誰も動けなかったとも考えられます。つい二週間前にも

 ジムリーダーにこの件について調べるようにと市民の要望が寄せられていましたが』

 

『その街でのポケモンに関わる問題に対処するのもジムリーダーの仕事ですからね。

 とはいえコガネジムもリーダーのアカネも平常運転でしたよ。やっぱり上からの

 圧力が厳しかったんじゃないですか?仕方ないでしょう、これは』

 

アカネがこの件を知っていた、その言葉にゴールドは今日の予定を変更し、コガネの

地下街や情報通の者たちのもとを巡り、自分が納得するまで調査を続けた。その結果

わかったことは、ゴールドがアカネを恨むには十分な量の証拠と真実だった。

 

 

先代の中年リーダーが突然解任され、協会の特例でジムリーダーになったアカネだが

権力に屈して発言や行動を曲げたことはこれまで一度もない、だから利口な他の同僚

ジムリーダーたちと衝突する回数も多いがそれは熱心さと正義感に満ちているからだ。

 

それならどうしてポケモンを愛する人間であればすぐに動くはずの事件に手をつけ

なかったのか。答えは簡単だった。依頼をすっかり忘れてほったらかしにしていたのだ。

 

『今日のゲストはコガネジムリーダー、プリティギャルのアカネちゃん!』

 

『みんな元気にしとるか~?うちは今日もこの通り!肌も髪も絶好調やで!』

 

ゴールドがコガネに来てからジムに挑むまでは間があったが、アカネはテレビや

ラジオに出ては調子のいい言葉を口にして大笑いを続けていた。おそらくどこかで

取り組まなければいけない仕事を与えられたはずなのに放置し、ゴールドと対戦して

オタチを必要以上に痛めつけたのだ。少しでも問題を把握し資料に目を通していれば

避けられたはずの事故だった。仮にオタチが重傷を負うのが変わらないとしても

別のポケモンセンターを自ら紹介するなどして適切に処置できたはずだった。

 

 

『・・・あいつが・・・あいつのせいでキヨシは死んだんだ!あいつさえ真面目に

 仕事をしていればキヨシは今でも生きていた!許さねえ・・・絶対に許さねえ!!』

 

ゴールドはポケモンたちの猛特訓を始め、圧倒的な力でアカネとの再戦を制した。

それだけでは足りず、チャンピオンとなってからも普段はバトルに専念し難儀な

職務は協会の長老たちやワタルに任せていたというのにアカネを訴えて失脚させる

証拠を探すことだけは積極的に自らの足で行っていた。愛するポケモンを奪われる、

自分と同じ苦しみを与えてアカネへの復讐を遂げるために王者の権威を行使していた。

 

 

 

 

 

「・・・これが全てだ。そこのクズがおれのポケモンを殺したも同然、おれが

 恨み続けるのも当たり前の話だとわかってもらえただろう。しかもつい最近まで

 動物のような恥知らずな言動を続けてきたんだ。本来ならセキエイスタジアムで

 試合をさせることすらあってはならないゴミクズだ。異論はあるか?」

 

自分の初めてのポケモンであり親友、オタチのキヨシローが死んだ一番の原因は

アカネにあるとゴールドは証明した。この話を始める前にアカネを無能すぎる

ジムリーダーであり怠慢で罪深い、そう罵倒したのも理にかなっていると。

怒りに任せた暴言ではなく、全てがアカネをこれ以上なく表現していると。

 

(・・・・・・う・・・ううううっ・・・!こりゃあ言い逃れできん・・・!

 ぜんぶうちのせいやないか!あのガキの逆恨みやない、正当な怒りや・・・)

 

糾弾されたアカネはだらだらと油のような汗を流すと、両手で頭を抱えた。

言われてみれば思い当たるところがあったからだ。書類の山の中に投げたまま

後回しにし続けた多くの業務の中の一つにその件があったかもしれない。己の

性格であれば本来すぐに動いたはずだ。それなのにゴールドのポケモンを

オーバーキルし、事件の発覚後も懲りずに好き勝手に振る舞い続けたくさんの

挑戦者のポケモンをポケモンセンターに直行させた。愚か極まりなかった。

 

「アカネさん・・・」 「う・・・うぱ・・・」

 

「・・・あ・・・ああ。あんたらとこの会場の連中に言われんでもわかっとる。

 正しいのはゴールドで・・・うちは何を言われようがしゃーないドアホ・・・」

 

アカネがゆっくりと椅子から立ち、ふらふらと謝罪のためにフィールドへ向かおうと

歩き始める。ところが、ナツメは振り返って両手を前に突き出し、アカネに来るなと

言うかのようだ。そしてゴールドと論じ合っていた先ほどよりも大きな声で言った。

 

 

「アカネ!自分に非がないのに頭を下げることはない!堂々としていなさい!」

 

またしてもアカネは悪くないと言う。さすがにアカネもいまはその好意に応えられない。

 

「・・・ナツメ・・・あんたがうちを守ろうとしてくれるのはありがたい。とっても

 うれしいんやけど今回ばかりはどうしようもあらへんがな・・・これは」

 

「いや、違う。あなたを贔屓して味方になっているとでも思ったか?わたしは

 こいつの話を聞き、誰に対しても公平な考えで判断した。悪いのはあなたではない!

 大観衆の空気や相手の勢いに飲まれて心を折られてはならない、いまこの場も今後も!」

 

そしてゴールドと向き合う形に戻ると、いまだにアカネを助けるナツメに呆れ顔の

ゴールドに対し、ナツメはやはり厳しくはっきりとした口調で彼の主張に反論した。

 

「ゴールド、もしアカネがあなたと戦う日より前、その問題に誠実に取り組んだとして

 あなたとの勝負までに解決できていた・・・あなたは本気でそう思っているのか?

 ジムリーダーの権限や行動範囲には限りがある。ポケモン協会の上の者たちが

 介入し警察すら動けなかったのはあなたも知っているではないか。アカネが依頼を

 忘れていたのとあなたのオタチの死は無関係だ、アカネに責任はない」

 

「・・・だったら何か。業者やコガネのポケモンセンターのやつらが一番悪いと?

 そりゃあそう言えるさ。あいつらが金のためにやっていたんだから。でも連中は

 もう裁かれている。一人だけのうのうと何のお咎めもなく生きているクズには

 おれがこの手で破滅を与えてやらないといけないんだ!オレだけの恨みじゃない、

 キヨシと同じように死んでいったポケモンたちやバッジを賭けたバトルでそいつに

 痛めつけられて泣かされた大勢のトレーナーとポケモンのためにも・・・!」

 

「いや・・・ちょっと違うな。確かにあの連中は矯正不可能などうしようもない連中だ。

 しかしあなたのオタチが命を落とした、そのことで一番罪が重いのは彼らでもない」

 

そしてゴールドを指さし、何も躊躇うことなくはっきりと口にした。

 

「そう。他でもないゴールド、あなただ。あなたが最も悪いと断言しよう」

 

 

場内は騒然となった。どこまでゴールドを挑発し苛立たせたら満足するのか。すでに

バトルへ向けての仕込みをしているのは明らかで、無敗の絶対王者の平常心を失わせ

そこから崩していこうというナツメの策略だ。そうでもなければゴールドが一番悪いと

全ての話を聞いたうえでどうして言えるだろうか。まともな会話をするだけ無駄だった。

 

「・・・いや、違う。なぜかわたしにはわかる!やつはほんとうにそう思っているのだ!

 それでも説教が目的ではない、理解していない者に真理を教えようとしている!」

 

サカキがそう言い終えたと同時に、ナツメはまた話を始めていた。まさか自分が最も

責任が重いと言われるだなんて想像もしていなかったゴールドを諭すようにして。

 

 

「ゴールド、あなたがオタチの死をアカネのせいだと憤り恨み続けてきたのは

 結局のところ罪悪感から逃れたかっただけ。あなたもほんとうはわかっている。

 アカネの仕事のやり方やポケモンを金儲けの道具としか考えていないやつらの被害に

 遭ったことよりも自分の行いが決定的な失敗だったという事実に。だからずっと

 誰にもこの話をしなかった・・・いや、できなかったのではないか?」

 

「・・・失敗・・・おれが?」

 

「周りの人間、またオタチ本人に何を言われようが別れるべきではなかった。たとえ

 半年、一年・・・それ以上時間がかかり旅を中断、もしくは中止せざるをえなかったと

 しても、真の友であるなら支え続ける、それが正解だったとわたしは思う。どうして

 それができなかったのかと苦しみ続けるのをあなたは拒否し、悲しみと後悔を怨念に

 変えたようだが、負の感情を別の負の感情に置き換えただけで何も解決していない!」

 

ゴールドの確固とした怒りにひびが入った音がした。アカネに全てを押しつけ自分は

被害者だというその考えこそが自分自身を騙し続けてきたことに他ならないと彼も

とうの昔に気がついていたからだ。冒険の旅をやめてオタチの世話に時間を費やすのは

夢を諦めるという決定だ。我慢と自己犠牲の日々を心のどこかで嫌ったのではないか?

親友を裏切って自分が楽な道を選んだのではないか?その葛藤からも逃げていたのだ。

 

「もちろんこれはわたしの個人的な意見だ。あなたはそこで先に進んだからこそ

 セキエイ高原の王者となった。何をするにも犠牲は必要であり、どちらが正しい

 決断だったかなんて生涯の終わりになってみなければわからない」

 

「・・・おれは・・・」

 

「だが賢い人間なら早い段階でそれがわかる。あなたも理解しているはずだ。いま真に

 幸せで毎日が楽しいと言えないのはあの日の自分のせいだと!王者の栄光よりも

 大事なものがあり、それを手放し失ったのは軽率な決定の結果だったと。だから

 アカネを敵視するのをやめ、初めてその姿を見て興味を抱き、ポケモンを愛する

 素晴らしい少女であったと知り好意を抱いていたころに戻りなさい。それが

 あなたにとって最善の道であり更なる進化を促すものとなるだろう」

 

 

ナツメが語り終えるとスタジアムは静寂に包まれた。ナツメはゴールドの間違いを

徹底的に明らかにしたが、落ち度を罵倒するどころか説教や批難でもなかった。

どうすべきかを述べ、彼を説得して健全な方向へ導こうとしていた。これまで人々が

ナツメに抱いていたイメージとは全く違うものだったので皆は驚き戸惑っていた。

 

「さ、さすがはナツメさん!ただアカネさんを守っただけじゃなくてチャンピオンに

 正論を突きつけてあれだけ根深かった殺意までも捨てさせようとしている!まだ

 バトルが始まる前なのにすでに圧倒的リードをつくってしまった!」 「うぱぁ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・アカネさん?」

 

すでにナツメと触れ合いよく知っているワイルド・ワンズは笑顔を見せた。

もちろんアカネも、と思われたが、いま彼女の瞳からは大粒の涙が流れていた。

 

 

「なぁあんたら・・・ナツメはホンマに素敵で最高のトレーナーやな!」

 

「アカネさん・・・・・・」 「うぱ~~~っ・・・」

 

「ナツメは口がうまいだけやない、ちゃんと自分でやっとるから偉いんや!」

 

ゴールドに対し、ナツメは自分の経験から話をしていた。ナツメのポケモンたちは

彼女の努力と辛抱と愛情、諦めない心によっていまここにいるとこの一週間、彼ら

自らそれを語ってアカネに教えてくれていた。モルフォン、スリーパー、フーディン。

いずれも重大な欠陥や病を抱え処分されてもおかしくなかったがナツメはいつまでも

待ち続けた。共に苦難を克服し、成長していこうと常に支え寄り添っていた。

 

「あれがうちらリニア団の頼れるリーダー、誰よりも愛に満ちたナツメや!」

 

「・・・・・・はい!」 「うぱ————っ!」

 

 

アカネたちは改めて感動したが、あとはゴールドにも届くのかどうか。過去の失敗を

認め、しかしそれに押し潰されずに前へ歩もうとしてくれるのか。期待して彼の第一声を

待ったが、その顔にはいまだ憎しみからの不敵な笑みが残ったままだった。

 

 

「・・・フン、おれの戦意を奪おうなんて作戦には乗らないさ。おれにも落ち度は

 あると認める。でもお前が必死に庇っている女がポケモン界にいらない人間で、

 排除するために全力を尽くすというチャンピオンの使命は変わらない!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「ここでお前を倒せば全てが解決する。誰が正しかったか、はっきりするだろう」

 

変化を拒否し、アカネ、そしてナツメへの強い怒りを抱いたままだった。

 

「そうか・・・ならばそれでいい。この世界はポケモンバトルで全ての争いを決着

 させるのが常だ。マフィアのボスですら無力な少年が相手でも負けたら大人しく

 引き下がるのだからな。あなたが不要な重荷を抱えたまま勝負を始めるのは

 残念だがこうなった以上アカネの安全のためにも全力で倒させてもらう」

 

「重荷・・・?バカ言うな。お前たち悪党への怒りこそおれのパワーの源だ。

 むしろ力を100パーセント以上引き出すための大事な調味料だ!そして

 とことんおれをコケにするお前がいまはアカネ以上に許せない!覚悟しろ!」

 

ゴールドの宣戦布告を聞き、ナツメは心の中で密かに笑った。もとからゴールドを

すぐに変化させるなど無理だとわかっており、いまはアカネへの強い敵意を

別のところ、つまり自分に向けさせるだけでいいと考えそれは果たされたからだ。

この長い一日が終わるときにもこのままではいけないが、少しずつでいい。

 

やはり全てはバトルで決まる。どちらが本物か、その主張が正当なものであるか。

しかし、その考えを受け入れない者たちが突如スタジアムに乱入しバトルの開始を

妨げた。武力や強い権力を持つ組織の前には誰も逆らえないと信じる集団だった。

 

 

「そのバトル待った!セキエイ高原のポケモン協会の会長らを殺害し、それ以外にも

 多くの罪に問われている重罪人ナツメ!さすがにここでは逃げ場があるまい!

 抵抗せずに大人しく我らに降伏するしかお前に道はない、観念しろ!」

 

ナツメを追っていた国際警察だった。すでに三十人以上でフィールドを取り囲んでいた。

彼らは拳銃に加えポケモンたちを武器として携帯し、確実なる逮捕に自信を見せた。


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