ポケットモンスターS   作:O江原K

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第118話 ちっぽけ

バトルが始まろうとしていたところに乱入者の集団が現れた。ナツメを逮捕しようと

武装してやってきた国際警察のエリートたち三十人余りだった。あっという間に

アカネとワイルド・ワンズのコンビを、そしてサカキたちとゴールドを後ろに

退かせ、ナツメを取り囲む形になった。もはやバトルどころではなくなった。

 

「これはいったい・・・いきなり何なの!?」

 

「うるさいぞ小娘、とっとと邪魔にならないところまで失せろ!お前もあの女の

 ようになりたくなければ大人しく我々の言う通りにするのだ!」

 

「・・・・・・ハァ?誰にモノ言ってるのかしら、オッサン?」

 

関係のないクリスに対しても高圧的で今にも殴りかかりそうな剣幕で怒鳴りつける。

気の強いクリスは怒り国際警察相手に喧嘩を仕掛けようとしたがゴールドとミカンに

押さえつけられた。勝ち負けの問題ではない。いかに名家クリスエス家の娘でも

国際警察に逆らい業務の妨害をしたとあってはただではすまないからだ。

 

「・・・まさかこんな結末で終わるとは・・・複雑な気分だな」

 

「フン・・・余計なことを。せめてこの日の勝負の終わりまで待てなかったのか」

 

キョウとサカキは互いに何とも言えない顔で語り合う。サカキは一週間前に友人であり

元国際警察の男からナツメが狙われていると教えられていた。仕事熱心な男がいて、

ナツメを逮捕してやると意気込んでいるらしいと。その彼はコガネのラジオ局の前で

返り討ちに遭い、手を負傷した上に遠い地に飛ばされたがどうにか帰還し今日も

この場にいた。しかし彼ですらこの中では立場が低い。一番権力を持っていると

思われる指揮官風の太った男の隣に立ち、やや沈んだ顔で尋ねるだけだった。

 

「・・・場内に多くの混乱が生じています。この場でなくともよかったのでは?」

 

「黙れ、いまこの瞬間がベストなのだ。世界中の注目を集めるバトルの舞台で

 我らの有能ぶりを見せつける、やつを逮捕するには最高の場面だ。見ろ、

 いまや大観衆の主役は我らだ。ポケモントレーナーなどいくらその世界で

 優秀だろうがたかが知れている。最近は思い上がるクズどもが増えているがな」

 

「・・・・・・・・・」

 

指揮官の男の右にはナツメに敗れた男が、左には男なのか女なのか一目ではわからない

中性的な若者が立っていた。何かあったときに指揮官を守るボディーガードなのだろう。

 

「た、た、大変なことになってしまいました・・・・・・もうおしまいだぁ!」

 

元ロケット団の女はおろおろとするだけだった。もうナツメを助けに入る隙は無い。

ナツメが逮捕されたら次は自分たちの番だ。しかしアカネはしっかりと立っていた。

 

「いや、ナツメを信じるんや。こんな連中に負けるわけないやんか!」 「うぱ!」

 

「アカネさん、ウパっち・・・!そうでした、心配する必要なんて何もなかった!」

 

仲間を安心させながらもアカネは国際警察にばれないようにボールを構えていた。

 

(・・・ナツメ・・・うちもいざとなりゃあ戦いに加わるで。やつらとやり合うたら

 いっしょに指名手配やろが・・・あんたといっしょなら何も怖くない)

 

 

ナツメはというと、すでに退路を断たれた形になっても少しも怯えず、敵たちが

手にしている拳銃と彼らのポケモンたちを眺めていた。そして堂々と言葉を発した。

 

「拳銃とポケモン、あなたたちはいったいどちらでわたしを捕まえるつもりなのか。

 もし拳銃だというのならこのセキエイスタジアムではない別のところでわたしを

 包囲し拘束すべきだった。だがポケモンであればあなたたちの挑戦を受けよう。

 これから始まるバトルへの準備運動、そしてちょっとしたパフォーマンス代わりに」

 

「パフォーマンス~~~?ふざけおって。確かに我々はポケモンを使ってお前を

 捕まえる計画でいる。銃は最終手段だ。しかし三十対一のポケモンバトルで

 どうするつもりかね?むしろ我々の強さを見せつけることになると思うが」

 

「最初にこんな目立つ舞台を選んで逮捕劇をパフォーマンスにしようとしたのは

 あなたたちのほうではないか。一瞬で全員を地球の裏側に飛ばしてやることも

 できるがそちらが派手な演出を望むのであれば・・・・・・始めよう!」

 

大観衆からの称賛や拍手喝采などナツメにとってはどうでもいい。ナツメがいま

気にかけているのはこの緊急事態でも上空から黙って眺めているだけのフーディンだ。

もともと今日のバトルはフーディンに対しナツメが実力を証明する舞台だった。

前回の試合の最中に意見の相違が生じ、怪物フーディン抜きでもチャンピオンに勝つ、

それが今後も対等の関係を続けていくための条件だ。まずはその肩慣らしだ。

 

 

 

「歯向かう言葉の数々・・・降伏の意思なしと受け取った!よかろう、お前の好きな

 ポケモンバトルで引導を渡してやる!超ハンデキャップバトル、スタートだ!」

 

三十人ほどの男たちが同時にポケモンたちを繰り出した。一人あたり二、三体だ。

地を駆けるポケモン、空を飛ぶポケモン、様々な種族のものがナツメに襲いかかる。

ナツメも自分の持つポケモン全てのボールを投げて応戦すると思われたが、敵の

群れを一瞥するとたったの二体、エーフィとバリヤードだけを外に出した。

 

「え~?私だけでいいのに。こんな口うるさいオバサンと組まなくても・・・」

 

エーフィがまずはへらへらとした顔で不満を口にする。するとバリヤードは心から

不快そうにエーフィを睨みつけると、ナツメのもとに歩み寄りやはり抗議した。

 

「私のほうこそあの小娘は不要どころか邪魔!足手まといがいては不覚を取るわ!」

 

二体しか出さないナツメも異常だが、そのエーフィとバリヤードはどちらも自分だけで

十分だというのだ。自信過剰で命知らずな言動の連続に観衆は驚くし敵たちは怒る。

ナツメは皆に聞こえるように自分のポケモンたちに説明の言葉を語った。

 

 

「くくく・・・言われずともわかっている、あなたたちのどちらかだけで蹴散らせる

 相手だということは。あのポケモンたちは訓練こそされているが毛並みは悪く

 痩せている。まともに手入れなどされていないのだからな。だがこれはショーだ」

 

「ショー・・・・・・」 「・・・・・・」

 

「ただ倒すだけでは面白くない、圧倒的な力で蹂躙し、粉砕し、殲滅しろ!

 誰がこの先世界を支配するにふさわしいか愚か者どもに教えてやるためにもな!」

 

ナツメの両目が赤く光ったように見えた。その瞬間、エーフィとバリヤードはそれぞれ

逆へと視線を向け、ナツメを捕らえようと襲いかかるポケモンたちを狙いに定めた。

 

「だったら手加減はいらないってことだよね!くらえ———————っ!!」

 

「グギャオオ——————・・・・・・」

 

エーフィのサイコキネシス一撃で十体以上のポケモンが戦闘不能になった。

 

「警察とロケット団のポケモンが大差ないとは笑わせてくれるわ。ハァッ!!」

 

サイケこうせんを連射し、バリヤードはエーフィ以上に瀕死のポケモンの山を築いた。

それを見たポケモンに指示を出すために前方に出ていた隊員たちは一目散に逃げていった。

 

「ウアガァ——————・・・・・・」 「キュヒュ—————・・・・・・」

 

「ポ、ポケモンたちを戻さなくてよいのですか!このままでは・・・!!」

 

「構わん!やつらは仕事の道具だ!そんなもののために危険を冒せるか!ポケモンは

 人にどこまでも従順だ、これで我らを恨むこともあるまいに・・・」

 

 

全く躊躇せずにポケモンを見捨てて態勢を立て直すべくナツメたちから離れていく。

それを許すナツメではなかった。一分もしないうちに全てのポケモンを倒した二体に

腕の動きだけで指示を出すとエーフィとバリヤードは応じ、超能力をその隊員たちに

向かって発動させた。彼らの体は宙に浮いたまま自由が利かなくなった。

 

「なんだ・・・急に身動きが・・・・・・」 「く、苦しい・・・・・・」

 

「・・・あなたたちのような人間が人とポケモンの関係を語るだけで忌々しい。

 やれ、エーフィ、バリヤード!このような人間どもに災いをもたらすために

 わたしたちは立ち上がったのだ!ポケモンたちの怒りと悲しみを教えてやれ!」

 

「言われなくてもそのつもり・・・いくわ、せ—————の!」

 

「や、やめろ・・・・・・うわ———————っ!!」

 

仲が悪い間柄のはずだが呼吸はぴったりだった。全く同じタイミングに自分の操る男の

体を急発進させ、空中で激しくクラッシュさせた。頭部で衝突させたので頭蓋骨同士が

ぶつかり合い砕ける音が響き、凄惨な光景だけでなくその音だけで人々を恐怖させた。

 

「きゃ——————っ!!」 「こ・・・この悪魔どもが—————っ!!」

 

怒った客が手にしていたジュースの瓶をナツメに放った。しかし顔の手前で停止する。

 

「くくく・・・わざわざ武器を提供してくれるとは・・・ありがたいことだ!」

 

「きさま・・・まさかそれで——————っ!ブゲッ!!」

 

そのまま瓶を持つとちょうどいいところにいた男の顎を殴りぬけた。やりたい放題とは

まさにこのことで、ナツメとポケモンたちの前に次々と国際警察は醜態を晒した。

スタジアムにはそれぞれの地方で大きな影響力を持つ組織のトップも多く来場し、

なかには自分たちの理想のためなら大量の命を奪ってもいいと考える悪人たちも

いたが、彼らでさえここまで目立った仕方で国際警察に逆らい、打ち倒すだろうか。

手を組もうとしていた者たちも恐れ知らずのナツメを見て考えを改めざるをえなかった。

 

 

「・・・!!そ、それは・・・おやめください!」

 

「ええい、権力の前にはどうすることもできないポケモントレーナー風情が!

 もう許せん!生け捕りは諦めた、この場で射殺してくれようぞ—————っ!!」

 

連戦連敗を繰り返す不甲斐ない部下たち、どこまでも不遜なナツメにとうとう我慢の

限界だと指揮官は銃を構え、そして一気に数発発砲した。全て頭に着弾するはずだった。

 

「バカが・・・ナツメに銃なんか通用するはずねーだろ。何も調べてこなかったのか?」

 

「まあ私たちも最初はそれで痛い目に遭いましたからね。無理もないでしょう」

 

客席にいたロケット団の四幹部が鼻で笑っていた。世界でも有数の超エリートの

国際警察幹部も世の中のクズ扱いである自分たちと何ら変わらなかったと。

 

「・・・・・・」

 

「え・・・ええ!?弾が止まって・・・・・・あっ!!」

 

ナツメが止めた弾丸を指先ではじき返すとまずは両膝に、そして銃を持つ手元を撃った。

膝を破壊され指を吹き飛ばされ、立っていられなくなった太った男は崩れ落ちた。

激痛のあまり失禁し、そのまま失神した。その無様な姿は世界中に配信されている。

 

 

「ぶごごごご・・・・・・」

 

「くくく・・・あははは、あ—————はっはっはっは!」

 

罪なきポケモンたちには深手を与えず、人間たちには重傷と惨めな敗北を与えた。

誰も容赦されず、起き上がったり会話をしたりできる状態の者は一人もいなかった。

僅かな時間での完全勝利劇にナツメは悪魔のように笑い続けていた。

 

「やった・・・!あいつらを一人残らず倒しちゃいました!」 「うぱ—————!!」

 

「圧倒的強さやな・・・うちが助けに入るまでもなかったなぁ」

 

 

リーダーの頼れる後ろ姿にアカネたちは歓喜する。しかしそのナツメの顔を大画面の

テレビで見ていたかつての、いや、今も密かな仲間である彼女は異変を見抜いていた。

 

 

「・・・わたくしには・・・あの人、ナツメが無理をしてあの表情と笑いをつくって

 いるように見えます。どうにか自分を残虐な悪者にしようと・・・・・・」

 

ナツメの屋敷に残るように言われていたエリカだった。会場に姿を見せるのは危険だと

忠告され、勧め通りレッドと二人でテレビでの観戦をしていた。これまでは他に誰も

いないのをいいことに体を密着させ桃色の空気の中で楽しんでいたのだが、ナツメの

暴虐のパフォーマンスにより中断させられた。二人はナツメがほんとうはどんな人間か、

アカネたちと同じようにすでにわかっているが、実はそれを抜きにしてもエリカは

違和感を覚えていた。今日この時ではなく以前から疑問を抱いていたが確信に変わった。

 

「・・・誰だって二面性くらいあるさ。ゴールドくんだってエリカが知る限りでは

 真面目で誰とも問題を起こさない優等生だったんだろ?ところがそれは表の顔だった。

 でもどちらも演技じゃない、幼さが残る彼の不安定な一面に過ぎない」

 

「うふふ・・・まあわたくしも人のことは言えません。あなたとスタジアムで再会

 するまではナツメたちにすら狂人扱いされていたほどですから。あなたを想う心が

 強すぎたゆえにそうなった、つまりいつも通り振る舞うわたくしもあなたを求めて

 暴走するわたくしも本物のわたくしというわけです。ですがナツメは違う。

 この一週間、もしかしたら真の顔を見せたのは指で数える程度しか・・・」

 

理由はわからないが、ナツメは真の自分を隠している。なぜ悪役を演じるのか、

何が嘘で何が真実なのか、誰に尋ねられたところで一言も答えなかった。その

数少ない貴重なほんとうのナツメと最も多く接したのはアカネだが、彼女でも

ナツメの全てを知るまでには至らなかった。

 

 

 

「・・・残るはあなたたち二人か。戦う気がないように見えるが・・・?」

 

ラジオ塔でナツメを逮捕しようとしたが失敗した男、それに周りの同僚たちよりも

明らかに若い、いまだ性別がわからない者の二人はバトルに加わらなかった。

まずはいまだ治療中の男のほうが、いまは動かない理由を告げた。

 

「お前は捕まえなくちゃいけない。しかしこんなやり方ではなく、身柄の確保に

 最もふさわしい時間と場所を選ぶ。それは今日ではないし、ポケモンたちを

 勝ち目のない戦いに挑ませ傷つけて行うようなものでもないという話だ」

 

正義感と熱意に加え、ポケモンへの愛もごろごろと倒れる仲間たちより上のようだ。

そしてもう一人、ここまで口を開いていなかった若者が僅かに微笑みながら続ける。

 

「わたしはあなたのバトルが見たい・・・いや、この騒動が終わったらすぐにでも

 バトルがしたい。わたしを久々に楽しませてくれるトレーナーだとわかった!」

 

「くくく・・・ずいぶんと上から目線だな。だがあなたが他のクズどもと違うのは

 明らかだ。ジムリーダーや四天王以上のトレーナーかもという気配を感じる。

 戦いが終わってからでいいと言ってくれるのなら話は早い。その申し出受けよう。

 まあ・・・わたしがゴールドに敗れ死んでしまったら約束は果たせない、そうなる

 可能性もあるということだけ覚えていてもらいたい」

 

すんなりと勝負を受けてもらったのは意外だったが、それよりもナツメが負けて死ぬ

事態もありえると考えていたことが若者にとっては驚きだった。死んだあとでは

どんな決まりも無効なのだからあっさり話が進んだとすら思えてしまった。

 

「・・・・・・え?あ、ああ・・・」

 

「そのためにまずは掃除をしてもらおう。邪魔なゴミを回収しどこかへと捨てなさい。

 どうせ外にも大勢の隊員が控えているのだろう?彼らに仕事をさせたらよい」

 

敗北者たちが次々と運ばれていく。ナツメと警察隊の乱闘が終わり、これでバトルが

打ち切りになることなく予定通り始まるので、ナツメが逮捕されずに残念、とはならず

喜びに満ちた大観衆の歓声が次第に元通り大きくなっていくのだった。互いの陣営が

再び所定の位置に戻り、ゴールドもフィールドの中心に戻ってきた。

 

 

「あのまま捕まれば不戦勝だったのに・・・なんて顔ではないな。さすがは王者、

 バトルで決着がつけられることを心から嬉しいと思っているようだ」

 

「もちろんさ。お前を倒すのはおれの役目だ。アカネよりもおれのほうがキヨシの

 死の責任が重いなんてふざけたセリフをほざくやつを許すわけにはいかないからな。

 お前の野望はこれまでだ。お前がいかに無価値な人間かを証明してやる!」

 

ナツメを批判し責めたところで倍返しになって返ってくるだけだ。もう余計な会話は

せずにバトルを始めさせようとサカキたちが動き始める前にナツメが語り始めた。

遅かったか、とゴールド陣営は顔を顰めたが、ナツメの言葉の刃はゴールドに

向けられず、彼女自身を突き刺すかのようだった。

 

 

 

「・・・ああ。言われるまでもなくわたしは価値のない・・・ちっぽけな人間だ。

 わたしがこれまでしてきたこと、この超能力、語った言葉の全てはくだらないし

 意味がない。誰もわたしなど必要としていないし、わたしもいらないと思っている」

 

「・・・・・・は?」

 

ゴールドだけではない。アカネも、サカキも、彼女を良く知る者たちやそうでない

大勢の人々も同じ反応をするだけだった。全く想定外の発言だったからだ。

 

「わたしがいなくてもアカネは成長しただろうしレッドとエリカは一つになっていた。

 カンナやカリンの夢も叶っていたに違いない。それに・・・そこの男もわたしが

 何もしなかったところでいつかはカントーの帝王として復活を遂げていたのだから、

 わたしの力で何かが動いた、そんなものは最初から最後まで何一つなかったんだ」

 

「ナ・・・ナツメ。どうしたのだ、お前はさっきから何を言っている?」

 

思わずサカキが言葉の真意を問う。それに対しナツメは彼から目を逸らしながら答える。

 

「ふふっ・・・裏はない、そのままの意味だ。さあ、皆が待っている、話はそろそろ

 終わりにしてバトルを始めよう。そのためにいまこの場に立っているのだから」

 

「あ、ああ・・・そうだ、そうだよな。時間が押しているしな・・・」

 

これは自分を撹乱させようとしているだけだ、ゴールドは無理矢理そう納得するしか

できなかった。集中を欠いて勝てる相手ではないからだ。普通にやればこちらが勝つ、

だからナツメはあらゆる策を用いて必死に足掻いていると自分に言い聞かせた。

 

 

「・・・・・・なぜ・・・なぜあんな言葉のときに・・・・・・」

 

「エリカ・・・!」

 

画面の向こう側のナツメを見たエリカはショックを受けていた。これまでで最も

ナツメが本心を語っている、考えていることを隠さずに明らかにしていると思えたのが

どうしてあのような消極的で己を無価値な人間だとするようなものだったのか。

何かの間違いであると信じ、そのための手掛かりを得るためにいつもであれば

不在時には鍵がかかっていたナツメの自室へと急いだ。いま、その扉は開いていた。

 

「・・・これは薬!まさか・・・麻薬?その横の封筒は・・・」

 

ナツメが日々使用していた謎の薬が散乱していた。まだ量はあるようだが、

もういらないということなのか。だがそれよりも重要なものが置いてあった。

はっきりと『遺書』と書かれた封筒の中に二枚の紙が入っており、エリカは

すぐにレッドのもとにそれを持っていった。そして二人で内容を確認した。

 

「レッド・・・!すぐにこれを!」

 

「エリカがそんなに慌てるだなんてただ事じゃなさそうだ・・・い、遺書だって!?」

 

その文章の前半は先ほどナツメが語った言葉とほぼ同じだった。自分の存在も超能力も

全てが世に必要とされず、自分もまた必要だとは感じていないという内容だ。

続けて後半、そこに直接的に自ら命を捨てる旨が書き残されていた。

 

 

『死にたいというよりは生きていたくない、それが本心であり決断の理由だ。

 ただ消えていなくなりたい・・・それだけのことだ。詮索しないでほしい』

 

この別荘をはじめ持っていた資産を全てレッドやワイルド・ワンズに譲渡したのは

自ら命を絶つ前に持ち物を整理するためだった。もう一枚の紙には決して追悼の

行事などするなと書かれていて、それ以外にも残されたもので処分しきれなかった

品々についての『お願い』があった。ほとんどは捨ててほしいとのことだった。

 

 

「大変だ・・・戦いで死ぬ覚悟があるだけだと思っていたけど違った!勝っても

 負けても・・・命を絶つつもりでいるんだ、あの人は!」

 

「こうしてのんびりなんてしていられません!わたくしたちもすぐにスタジアムへ!」

 

レッドとエリカのポケモンたちも二人の仲を邪魔しないところからバトルの様子を

眺めていたが、すぐにピカチュウとリザードン、それにエリカのポケモンの数体が

やってきて速やかに出発の用意を整えた。そして皆でリザードンの大きな背に乗った。

 

一週間前、エリカはナツメに命を救われた。ならば今度は自分たちが助ける番だと

大急ぎでセキエイ高原を目指し飛び立つ。固い意志で己の死を強く望んでいる人間を

生かすことが果たしてほんとうに助ける行為なのかはわからないが、迷うよりも先に

まずは彼女のもとへ向かい真意を確かめなければならなかった。


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