ポケットモンスターS   作:O江原K

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第120話 チャンス

 

バンギラスがエーフィに敗北した、その衝撃はスタジアムをいまだ大きなどよめきで

満たしている。ゴールドがCHABOと呼ぶバンギラスをボールに戻し次のポケモンを

出そうとする前にナツメはエーフィに合図を送った。こちらも交代するようだ。

 

「よし、見事な働きだったぞ!いったん帰ってこい、あなたの出番はまた後でだ!」

 

「りょーかい!急いで戻ればじゅうぶん間に合うね、次の勝負に!」

 

ゴールドが出すポケモンを見てから交代相手を選ぶのではなく、すでに決めているので

ナツメの動きと指示は速かった。よってほぼ同時に互いの二番手ポケモンが姿を見せた。

 

 

「ムマ~~~~~~っ!」

 

「まずは想定通りの展開!ここからは私の仕事です、必ずや期待に応え・・・・・・

 こ、これは!なんと美しい、美しすぎるお方だ———————っ!」

 

これ以上真逆な存在があるだろうか。ゴールドのポケモンはムウマ、ゴーストタイプで

ありながら可愛らしい姿であり、誰からも愛される。ゴールドのムウマはオスだが

男性と女性両方からの人気を集めた。一方のナツメはスリーパーを送り出した。

ただでさえ好かれる要素の乏しい外見であるのに幼い子供を連れ去るという、ムウマの

いたずらとは比べ物にならないほど危険で深刻な害をもたらすポケモンだった。

 

「死ね——————っ!」 「帰れ!帰れ!」「消えろ——————っ!!」

 

しかもナツメのスリーパーは幼ければ幼いほど欲情し、ポケモンだろうが人間だろうが

構わないという、小児性愛界の重鎮と呼ばれるまでになっていた。それをよく知る

観客からはスリーパーへの罵声が止むことなく飛び続けた。

 

 

「よし・・・狙い通りだ。ケンチ、危ない役目だけどしっかりやれよ」

 

「ム~~~マ!ムマムマムマ!」

 

百体以上はトップリーグで戦うに恥じないポケモンがいるゴールドに対し、ナツメが

公の舞台で使ったことのあるポケモンは現在上空にいるあのフーディンを除けば

たったの五体しかいない。もちろんイツキ戦で起用した、フーディンが連れてきた

低レベルのケーシィとユンゲラーは除いているがそれでも五体しかいないのだ。

対策を講じるのはとても容易く、特に悪癖持ちのスリーパーが相手ならなおさらだ。

 

「敵は勝手に自滅するだろう。でもそれじゃあおれたちのような王者にふさわしくない。

 だからお前を選んだんだ。やつが鼻の下を伸ばして下半身に全身が乗っ取られたまま

 飛びかかって来るとき・・・自慢のシャドーボールを叩きこむんだ!」

 

いっそのことベイビィポケモンを出すという手もあったが、それではスリーパーにしか

通用しない。エスパーポケモン全てに優位に戦えるムウマを大事なメンバーに入れたのは

当然の選択だった。ほろびのうたやみちづれといった危険な技やくろいまなざし、加えて

いたみわけという嫌らしい技も使えるが、今回は攻め重視でバトルに臨ませていた。

 

 

『おっと、この対面は今度もゴールドが有利か!同じゴーストポケモンでもゲンガーより

 ムウマのほうがエスパー攻撃を抜群の効果で受けないためナツメ殺しに向いている!

 バンギラスよりは脆いが素早いうえに器用だぞ———っ!』

 

「頑張って————っ!!」 「今日もキュートだわ————!」

 

ケンチと名づけられたムウマにはファンが多い。ゴールドのバトルを欠かさず見ていると

してもその存在を知らない者もいたバンギラスと違い試合経験は豊富で、大舞台でも

動じない。悪い流れの立ち上がりでも心配なく場に送り出せるポケモンだった。

 

「ム~~~~~マ!」

 

速いムウマが先手を取った。しかしいきなりシャドーボールを放つのではなく、

まずは吸いこまれるような瞳でスリーパーを見つめ、自分の世界に引き込んだ。

 

『これはムウマの得意技、くろいまなざしだ—————っ!!もうスリーパーは

 決して逃げられない!ムウマがいる限り場に縛りつけられるぞ!』

 

ただでさえムウマの姿を見た瞬間から興奮したままのスリーパーをナツメが

交代できないようにするのが最初にすべきことだった。使い物にならないのは

明らかで、ただ負けるだけでなくもっと厄介な事態を招きかねなかった。

 

 

「・・・ほんとうにこれでいいの?ゴールドのほうが交代したいはずじゃないの?

 いくら有利でもいつ襲われてもおかしくない危険なロリコンが相手だなんて」

 

「それは大丈夫です。バトル中にそんな行為をしたら反則が取られます。今回の

 バトルの始めに反則だけは審判団が裁定できるとあのフーディンも言いました。

 そうなれば私たちのポケモンも複数で助けに入れます。危険はありません」

 

実際にスリーパーに襲われかけた経験を持つミカンがゴールドの意図を推察し、

クリスに説明する。こんな大観衆の目の前で対戦相手を性的に襲おうとすれば

即失格、すぐに戦闘不能ポケモンとして扱われるだろう。反則行為の一覧には

載せられているがそんな実例は一度もないのでどれほどのペナルティになるか

確かなことは言えないが、バトルそのものがナツメの負けで終わる可能性もあれば、

それは免れても二、三体は使えなくなる罰を受けるとしても文句は言えない。

 

「じゃああいつがムウマをスリーパーにぶつけたのって・・・反則狙い?」

 

「ゴールドさんはそんな小さい人じゃありません!きっとスリーパーがトレーナーの

 指示を無視して棒立ちになるのを待っているんでしょう。倒すだけならすぐにでも

 できるはず、それでもスリーパーがいるうちに場を整えるほうが後々に生きます」

 

ミカンの読みは当たっていた。ムウマはかげぶんしんを覚えており、スリーパーが

ムウマの可愛らしい姿に見とれて動けないうちに絶対的な回避率を得てから攻撃に

出る。ナツメのポケモンたちの攻撃がちっとも命中しないまま一人で全抜きも狙える、

その起点にスリーパーはこれ以上ない存在だった。

 

 

「逃げられない・・・か。しかしあなたのやることに変わりはない、やれ!」

 

「・・・は、はい!この自慢の振り子があればどんな者でも~っ・・・」

 

ナツメの声で我に返ったスリーパーが紐で吊るした振り子を揺らしてムウマを

睡眠に誘う。さすがはこの道のプロであり、ムウマはすぐに横になって寝た。

 

「ム~~~~~・・・・・・」

 

『あ————っと!ムウマ、ぐうぐうと眠ってしまった!』

 

「・・・・・・・・・ゴクリ」

 

無防備に眠る幼い少年ムウマ。スリーパーの息が荒くなっていった。

 

「ち・・・簡単にはいかないか。でも時間がかかるだけの話だ。あの様子だったら

 ケンチを傷つけるのを嫌って何もできないか・・・もしくは爆発してみんなに

 取り押さえられるかだ。あいつのロリコンは重症だ、死ぬまで治るものか!」

 

ムウマが眠っているのはスリーパーを誘惑する演技ではない。攻めに転じるなら

絶好の機会であるのにスリーパーは動けない。今すぐにでも飛びかかって欲求を

満たしたい、だがそんなことをすれば自分だけでなくナツメまで大恥をかく。

葛藤に悶えるスリーパーに対し、ナツメが静かな口調で語りかけた。

 

 

「・・・あなたの悪癖は最初に比べてずっとよくなった。いま我慢できているのが

 その証・・・確かに成長している。しかしあの宝石のような体を攻撃するまでは

 まだできないはずだ・・・無理しなくていい、後はわたしたちに任せて戻れ!」

 

「ナ、ナツメさん・・・・・・!」

 

スリーパーの唇は強く噛みしめすぎて切れてしまい、血が流れていた。ムウマの技で

交代できない状態にあるが、ムウマが退場しなくてもスリーパーが帰れる方法があった。

戦闘不能になることだ。体の痛みや戦意の喪失を訴えて自分から退けばいいのだ。

敵の能力アップの起点になるよりはさっさとリタイアしたほうが皆のためになる。

 

「・・・・・・わ、私は・・・・・・!」

 

バトルをやめていいとナツメが言ったのは試合に勝つためではない。自分を気遣い

これ以上苦しまないようにという優しさからだとスリーパーはわかった。そもそも

今までずっとナツメは優しく支えてくれた。先の見えない治療に共に励み、失態を

犯したときはそのフォローに走り回ってくれた。この大一番でも変わっていなかった。

彼女の愛情にスリーパーはついに立ち上がった。体の震えと呼吸の乱れは止まっていた。

 

 

「ナツメさん、ここは私に任せていただきたい。これは私の試練です。試練では

 ありますがピンチではない、乗り越えることで新たな一歩を踏み出せるチャンスと

 私は考えています。これまでもそうしてくれあように、どうか私を信じてください!」

 

「・・・・・・わかった、いいだろう。全て任せた!」

 

ナツメの横に控えるエーフィ、後ろでバトルを眺めるアカネとワイルド・ワンズは

大きな不安に満たされた。ほんとうに大丈夫かよ、と。でも彼女たちもスリーパーが

ナツメと己の悪癖を克服しようと必死の努力を重ねていたのを知っている。そして

息を整えたスリーパーの目を見て、すぐに不安は期待へと変わった。

 

「いける・・・いけるで!一生で数えるほどしかない、本気の目つきや、あれは!

 もうロリコンスリーパーは死んだ!どこかへ飛んで行ってもうたんや!」

 

「はい、アカネさんのポケモンやウパっちを締まりのない顔で眺めていた時と同じ

 ポケモンとは思えない・・・完全に生まれ変わったようです!」

 

 

(・・・違いますよ、お二人とも。完全に欲望を捨て去ることなど今はおろか将来も

 おそらく不可能。洗脳でもして私の頭ごと作り変えてほんとうに別人にならない限り。

 でも・・・この方はそれをする力があるのにそうはせず私に寄り添い続けてくれた!

 だからこの大事な局面で・・・私の心はこれまでになく熱く燃えている!)

 

スリーパーは眠るムウマを見つめる。そして小声で言うのだった。

 

「体の小さな尊い者たち、幼子たち・・・確かに美しく守られるべき存在だ。

 だがこの勝負の場に上がった以上は全力で叩きのめすだけだ!私が最も大切に

 するのは今日出会ったばかりの者ではない、ナツメさんと仲間たちだ!」

 

そして標的を定めると、溜めていた念力を一気に放出した。

 

「迷いは消え去った!サイコキネシス————っ!」

 

「・・・・・・ムマッ!?」

 

強力な一撃がムウマを直撃し、来るはずのなかった攻撃にムウマとゴールドは面食らう。

 

「バカなっ!まさか攻撃してくるなんて!ケ、ケンチ!」

 

「ムガ・・・ムゥマァ~~~~っ」

 

媚びるような仕草でスリーパーを乱しにかかるが、効果はなかった。

 

「そんなもので私は止まらない!まだまだ—————っ!!」

 

「ムギャッ!!ム・・・ムマ—————ッ!!」

 

二度目の被弾でもムウマは倒れなかった。もはや実力で勝つしかないとわかったので

シャドーボールを放ち反撃に出た。エスパーポケモンに対し威力倍増ではあるが、

スリーパー同様ムウマの攻撃力も乏しく、この程度では戦闘不能にはできない。

むしろあと一撃食らえば耐え切れないのはムウマのほうで・・・。

 

 

「ムミャ———————・・・・・・」

 

「・・・・・・ぐっ・・・!戻れ!」

 

ゴールドが非常に渋い顔をしながらムウマをボールに戻した。

 

 

『ムウマ、瀕死状態からの戦闘不能————っ!またしても相性をひっくり返して

 ナツメ側のポケモンが勝利した!王者が二連敗スタートは非常に珍しい光景だ!』

 

「や・・・やりよった!あいつとうとう・・・自分に勝ったで!」

 

スリーパーがラジオで嗚咽しながら己とナツメの話を語ったとき、隣でもらい泣きした

アカネの瞳には今日も涙があった。自分のことのように喜び、感動していた。

 

 

「・・・こ、今度こそ・・・いけ!コウゾー!」

 

悔やんでいる暇はない。すぐにゴールドは三体目、コウゾーという名前をつけた

ヘラクロスを繰り出した。だが、見ると場にはすでにスリーパーではなくナツメの

第三のエスパーポケモン、フーディンが立って待ち構えていたのだった。

 

 

『・・・は、早い!瞬時のうちにスリーパーはエーフィの隣に、そしてフィールドには

 フーディンがいる!これも超能力者ならではのナツメの早業か—————っ!?』

 

「フーディン対ヘラクロス・・・!ヘラクロスはエスパーを狩れる虫ポケモンだが

格闘タイプでもある!この勝負はノーガードの殴り合い、それも最初の一撃で

 決まる公算が高いハイリスクハイリターンな勝負になる!」

 

「いや、フーディンのほうが素早いから一撃で終わるのなら勝つのはそっち、でも

 たいていの場合サイコキネシスすら一回は受けきれると証明されています!」

 

「ならば勝つのはヘラクロスだ。バンギラスのように急所に攻撃を受けない限りはな。

 ようやくゴールドくんが一勝できるか・・・あとは他のポケモンを倒すためにも

 どの程度体力を残してフーディンを倒せるかが重要だな」

 

ヘラクロスが有利というのはアカネたちもわかっていた。逞しいツノを突き出して

敵を刺し通す、虫ポケモン最強の技メガホーンの使い手として注目されている

ポケモンだったからだ。こんな技を受けたら一瞬で最悪の結末すらありえる。

 

「アカン!防御はまるでダメなフーディンがあんなもんを食らったら一発で

 全身ぐしゃぐしゃに・・・・・・大変なことになるで!」

 

「しかもこのバトルはポケモンの受けたダメージがトレーナーにも入ります!

 せっかく最高のスタートを決めたナツメさんが衝撃と痛みに耐え切れず倒れて

 試合終了になるほどの威力が・・・あのメガホーンにはあります!」 「うぱ!」

 

だから攻撃を急所に当てて勝つ、それしかないように思えた。もしくはフーディンと

ヘラクロスのバトルポケモンとしての練度に余程差があることに期待するかだった。

しかしこのヘラクロスはバンギラスはもちろんのこと、ムウマ以上に大事な試合の

メンバーに選ばれることが多く、正統派として活躍を続けるポケモンだ。一撃で

倒すのは困難だと最もよくわかっているのはフーディン自身だった。

 

「・・・我が主よ、昨日の夜もその話題になったが・・・私のサイコキネシスはまだ

 ピークの八割ほどの威力に過ぎない。慢性的な痛みは消えたが違和感はある」

 

フーディンが一時期サイコキネシスを封印して戦わなくてはならなかったほどの

右肘の痛々しい手術痕に目をやった。全部で九回の手術、約200の針が入った

ガラスの肘だ。今度壊したらもう再起はできない、加えて日常生活にも支障が

出るだろうと宣告されている。全力を出したくても出せないのだ。

 

「だから・・・あの作戦で行くというのだな?確かにそれが最善だ」

 

「ああ。彼らはあなたがサイコキネシスで少ないチャンスに賭けてくるとしか

 考えていないだろう。わたしたちのこともあなたの右肘のことも何も知らずに

 このバトルに挑んでいるのだからあっさりと引っかかってくれるだろう」

 

短い会話だったが、事前に打ち合わせは終わっていた。ヘラクロスが相手であるなら

最初はどう動くか、すでにナツメはフーディンに伝えていた。ゴールドは自分たちを

じゅうぶんに研究していない、という確信も強まったので作戦は変えなかった。

 

もしゴールドが、シルバーがアカネを徹底的に調べるために出演したラジオ番組まで

視聴したそのやり方に倣っていたならスリーパーが自分の性癖と戦い乗り越えようと

しているのを知ることができ、そこにつけ込むだけの安易な戦いはしなかっただろう。

変わらずムウマをぶつけるにしても敵の自滅だけを頼りにはせず、もっと引き締まった

戦術を練ってきていたはずなので、彼は自分たちを知らないとナツメは結論したのだった。

 

 

「いけっ!フーディン、やつらを絶望へ叩き落せ!」 「ハァ—————!!」

 

「コウゾー!おまえのやることは一つだ!でもアレだけは用心しろ!」 

 

大方の予想通り真っ向勝負だ。フーディンもヘラクロスも敵を倒すことしか

頭の中にない、そう言わんばかりにフィールドの中心でぶつかろうとしている。

 

「ヘラ————————ッ!!」

 

「よし、そいつはあなたをメガホーンで突き刺す以外考えていない!計算通りだ!」

 

ナツメが笑った。サイコキネシスをまともに受けても体力は残り、メガホーンで

逆転勝ち。ゴールドたちの考えなどそれしかないという読みが当たったように

見えたからだ。どうせメガホーンの他にも体力が少なければ少ないほど威力の上がる

きしかいせい攻撃を覚えさせているのだろう。フーディンを倒した後は命中率の高い

そちらに切り替えて次々と瀕死ポケモンの山を築くという算段などお見通しで、

だからナツメは最初からサイコキネシスではなく別の技で入るように指示を出していた。

 

 

『あ————っと!フーディンの動きが変化したぞ!サイコキネシスを放つ構え

 ではない!左腕を動かして・・・これはパンチだ!パンチ攻撃だ————っ!』

 

「どんな強力なパワーの持ち主も凍ってしまえば宝の持ち腐れ!ハァッ!!」

 

意表を突いたれいとうパンチだった。当然サイコキネシスよりも与えるダメージは

ずっと少ないが、全く警戒していないところにこのパンチが飛んでくるとすぐに

全身が凍りつき、動けなくなる。僅かでも意識していればなかなか氷漬けとは

ならないが、今回は完全に決まったかに思えた。だが、ゴールドの笑い声が響いた。

 

「ハハハ・・・残念!お前たちのチンケな作戦くらいおれにはお見通しだ———っ!」

 

「!」

 

「お前のフーディンが右肘を痛めている・・・ポケモンセンターやセキエイ本部で

 ほんの小さな噂になっていたんだ!手術を繰り返しているともな————っ!

 だから一撃でコウゾーを倒すのは諦めて凍らせようとしたんだろうが無駄だ!」

 

ナツメの読みが外れた。ゴールドは知っていたのだ。後ろめたい話ではないので

肘の負傷や手術の件を隠さずにいたせいでたまたまゴールドの耳にも入っていた。

まだ対抗戦が始まる前の話であり二人は敵対関係ではなかったが、そんなポケモンも

いるのかとその日から今日までずっとゴールドの頭の片隅に記憶は残っていた。

 

「今からじゃあ作戦変更はできない!いや、サイコキネシスを放ってきてくれたって

 構わない!急に変えたんじゃ大した威力にはならないだろうからな!コウゾー、

 言ったとおり、フーディンの左腕のパンチで凍らされることだけに気をつけて

 攻撃を受けきったらメガホーンで大きな風穴を開けてやれ—————っ!!」

 

「ヘラ!フェラァ———————!!」

 

特別な行動をしなくても、フーディンがれいとうパンチで左から殴ってくる、

それだけわかっていれば氷漬けにはならない。軽く受け止めて終わりだ。

 

 

「・・・ウソやん!ナツメが・・・読み負けた!?ありえへん!」

 

「・・・ムム・・・」

 

ナツメの様子からも、完全に自分たちが上を行ったとゴールドは初勝利を確信した。

だが、彼は大きな間違いを犯していた。一週間前にナツメがハナダの洞窟でブルーに

語った言葉を使うなら、『無知でいるほうがましだった』のだ。スリーパーの弱点も

中途半端に情報があったせいでそれを狙いどころと定め、失敗した。最初から

どこにでもいるスリーパーと同じと思っていたほうが結果としてはずっとよかった。

 

フーディンの右肘についても、全く考慮に入れないかもっと調査をするべきだった。

そうすれば、勝ち誇っていたところから叩き落されることもなかっただろう。

 

 

「・・・私の怪我を知っていたか。だが・・・私が我が主をどれほど愛し敬っているか、

 我が主がどれほど私のために労力と時間を注いでくださり、どうすればその優しさに

 応えられるかを私がずっと考えていることまではわかるまい—————!!」

 

「何ィ!?」 「ヘラァッ!!」

 

『フーディンが左腕を動かすのをやめたぞ!いや、もともと冷気とパワーを

 溜めていたのは右だ!右腕でヘラクロスの胴体にパンチを入れる構えだ!』

 

肘の手術とリハビリについては知っていた。しかしナツメがそのために多くの犠牲を払い

フーディンを支えていたかをゴールドは知らなかった。勝てるはずのジム戦で連敗を

喫し、最新の治療のため多額の費用を支払いそれでもフーディンを見捨てなかったことを。

もしかしたらサイコキネシスでくるかもしれないと考えてはいたが、まさかの右腕を

使ったれいとうパンチの可能性は微塵も考慮に入れていなかった。

 

「観念しろヘラクロス!うりゃあ—————っ!」

 

「ヘガ・・・・・・」

 

腹部からあっという間に全身へと凍結が進んでいく。こうなると試合は早かった。

 

「これでゆっくりと仕留められる。サイコキネシス!」

 

凍ったままでは起死回生の反撃も瀕死寸前で堪えることもできない。ゴールドが

ヘラクロスに危険なメガホーン以外にどんな技を仕込みどんなアイテムを持たせて

バトルに臨ませたか、いろいろと想像するのも無駄になった。とどめの一撃を

受ける前にゴールドがボールを取り出し、まさに手も足も出ない敗北を待つばかりの

自身のポケモンを戻したからだ。これで若き王者は苦しい三連敗となった。

 

 

『ゴ・・・ゴールド・・・またも敗北!ここまでくると受け入れがたい事実を

 認めるしかないのか!?これは不運や慢心による劣勢ではない、ナツメと

 ゴールドの実力、ポケモンたちのレベルの差が明らかであると!』

 

やること全部がうまくいかず、常に見下ろされて戦っているような感覚。

スタジアムは静かになっていた。ここまでいいところがないゴールドを

誰も知らなかったからだ。屈辱の敗北が急速に迫っていた。

 

「くくく、フーディンめ、無茶な真似を・・・わたしも驚かされた。だがこれで

 3-0・・・予告した完封ゲームまであと半分か。思っていた以上に順調だ。

 さて、あなたもそろそろ嫌な汗が噴き出してきたか。どうだ、気分は?」

 

「・・・・・・ぐぐぐっ・・・」

 

今まで自分が負かしてきた挑戦者たちもこんな思いをしていたのか、と弱気な

思考がちらついてきた一方でゴールドは疑問も浮かんでいた。ここまで敵の

思い通りに事が進むのはおかしい、何かのトリック、裏があるのではないかと。

そうでもなければ無敗の王者である自分がジムリーダー相手に何もできずに

三連敗などするはずがない、そう思ったとき導き出される一つの答えがあった。

 

(まさか・・・おれの心が読まれている?繰り出すポケモンの順番も戦術も)


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