ポケットモンスターS   作:O江原K

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第122話 華麗なる粉の舞

 

ナツメが自室の机に置いた遺書を見つけたレッドとエリカはリザードンの背に乗って

セキエイ高原、そのスタジアムのすぐそばにまで迫っていた。あんなものを目にして

しまっては黙ってテレビ観戦しているわけにはいかず、バトルを止めることまでは

考えていないもののナツメが自ら命を絶つような素振りがないかを注視するために

ここまでやってきた。空から試合の様子を眺めようとよく見える位置まで近づくと、

すでに先客がいた。その男はカントーとジョウトでは馴染みのないドラゴンポケモンに

乗っていて、レッドたちに気がつくとすぐに大喜びしながら声をかけてきた。

 

 

「おお・・・あんたらは!いや、自己紹介は結構だ。オレはあんたらを知っている。

 特にレッド、あんたの強さは以前からオレの地元でも噂になっていた!ぜひ記念に

 写真を撮りたいところだが・・・それよりもバトルがしたい!チケットがどうしても

 手に入らなかったからこんな真似をするハメになったが最高にツイてたぜ!」

 

「・・・あなたがわたくしたちを知っているとしてもこちらはあなたを知りません」

 

「ん?そうだったな。実はオレもあんたと同じくジムリーダーなんだが、他の地方なら

 チャンピオンになれる力があるって言われている。だがほんとうにそうなのか?

 オレの熱狂的なファンが声を大きくしているだけかもしれないし、だったら実際に

 試してみるのが手っ取り早いと思っていたところにこれ以上ない相手が現れた!」

 

この男はやる気に満ち溢れ声は弾んでいたがエリカは明らかに不機嫌だった。

互いのポケモンを除けばレッドと二人きりだったはずが、この日が終わるまで

ずっと邪魔者がそばにいることが決定的になったからだ。失望と苛立ちを隠さず、

 

「ならばいまフィールドにいるゴールド、あの方と戦えばよいではありませんか。

 レッドには劣るとしても現在のチャンピオンは彼なのですから。明日にでも

 対戦を申し出てどうぞご自由に勝負を楽しんできてください」

 

 

レッドに尋ねるまでもなく、お前など相手にしないという意思を明確に示した。

しかし男のほうも、最初はエリカのイメージと異なる厳しい話し方に驚いていたが

すぐには引き下がらず、ゴールドではなくレッドと戦いたい理由を語った。

 

「いや、あのチャンピオンには・・・正直魅力を感じねーんだ。強い弱いとか

 そういう問題じゃなくて・・・説明すんのは難しいけれどあんたらならわかるだろ?

 ヤツには何かが足りない。ヤツに勝ったところで最高の気分だぜ!とはならない

 はずだし、負けたとしても悔しくて夜も眠れないほどじゃないだろう」

 

「・・・・・・ええ、その通りです!見直しましたよ、あなた」

 

「それに実力のほうもな・・・見ろよ、劣勢もいいところだ。ここまでほとんど

 いいところなく三連敗だ。ようやく一矢報いそうな対面になったが・・・」

 

レッドとエリカもナツメからこのバトルで繰り出すポケモンの順番を知らされていた。

ゴールドがどう出てくるかもナツメは予想し、それが見事に全て的中しているのを

スタジアムの電光掲示板が示していた。ナツメのリードに安堵する一方で、その

読みがちょうどいま、外れていた。最後の切り札と思われていたバクフーンが

早くも登場し、別のポケモンと戦うはずだったモルフォンでは太刀打ちできない相手だ。

 

「映像を見たけれど、あのバクフーンは強いよ。彼の他のポケモンたちより

 一枚上の力がある。どっしりとした、本物の強さがね。だからナツメさんも

 とても警戒していたポケモンだ・・・まさかこんなに早く出てくるとは」

 

レッドも認めるほどの実力を持つバクフーン。これがゴールドの焦り、徐々に

追い詰められている苦しい状態から抜け出すための安易な対処法であればそこまで

怖くはないが、もっと恐ろしいものの序章に過ぎないとすれば———。

 

「ナツメなら平気ですよ。彼女はチャンピオンよりも勝ったものを持っている、

 この一週間でわたくしたちはそれを知りました。こんな不利、問題にはなりません」

 

「・・・そうだった。僕たちは誰よりもわかっている。心配は無用だった」

 

そして手を握り、互いの頬が触れるほど体を寄せながら二人はバトルの観戦を始めた。

 

 

(・・・おいおい、オレ様がいちゃいけない空気になってねーか?でも最初から

 いたのはこっちでこいつらは後から来たんだぜ?それにこれ以上離れたら

 試合が見れなくなるし逆に近づいたら警備員に注意されちまう。意地でも

 こいつらのそばに居続けてやる!そして必ずレッドとバトルをしてやるぜ!)

 

自分たちだけの世界に入ろうとしている二人に圧力を受けるこの男に同情の視線を

向けたのはレッドのピカチュウだった。彼もリザードンの背に乗っていた。

戦うことになるかもしれないこの男のポケモンたちの実力を確かめておきたい

ところだが、それよりも今は地上で行われているバトルのほうが大事だとわかっていた。

 

 

 

モルフォンの目つきが、口調が変わった。バクフーンを倒すあてがあるというのだ。

 

「・・・急にどうしたんでしょう、モルフォンのあの自信は!ナツメさんですら

 ここは厳しいと思っているのに勝機はじゅうぶんあるかのような・・・」

 

「さあ・・・うちにもわからんわ。ただ・・・」

 

誰に対しても敬語を使い、腰の低かったモルフォンが明らかに別人になるのを

見たのは外野の彼女たちも初めてではなかった。屋敷にいた間、あるとき限定で

モルフォンはまるで二重人格のように皆への、更にはナツメへの接し方も変化した。

どちらが真のモルフォンなのかわからないところは、主人のナツメ譲りだった。

 

 

「ほう・・・勝てる道筋が見えているのか。強がりではなさそうだな」

 

「ええ。でもそれには条件がある。あなたにも一つだけ協力してほしい」

 

「もちろんだ、あの強敵を倒すためだ、多少の労力は惜しまないから何でも言え」

 

自分のポケモンの願いだ。ナツメが断るはずはない。モルフォンは小さく微笑んだ。

 

「そう、簡単なこと・・・私を名前で呼んでほしい、それだけ」

 

「・・・・・・!」

 

バクフーンを倒すための鍵、それは誰もが予想できないところにあった。

 

 

 

 

『うん・・・やっぱりいいわ、あなたたちを見ていると次から次へと言葉が

 湧き出てくる!いまのうちにしっかり書き留めておかないと・・・』

 

ペンを持てるポケモンたちを呼びつけ、彼らはモルフォンの言ったとおりに

紙に書き記していった。複数の文章を同時に作り上げている。

 

『あなたの色の赤い靴、私の恋と一緒に消えたまま・・・いや、『私の』はいらないか。

 いつも履いてた運動靴、ぼろぼろになった赤い靴、いつの間にやら消えたまま・・・

 うん、なかなかいい感じ。そしてこっちのほうの出だしは・・・』

 

突然いなくなってしまった恋人を想う詩をスリーパーに代筆させている横では、

甘い愛の詩をフーディンに書かせる。いつもは雑用やトレーニングの準備を率先して

行っているのでそのぶん皆このわがままを喜んで受け入れていた。ちなみにこの

二つはどちらもレッドとエリカを題材にしたものだった。

 

『まさかモルフォン・・・ZUZUとかいう名前やったか。作詞家の才能があった

 なんてなぁ。そんでこっちもここまでの腕前とは・・・たまげたで」

 

モルフォンが作詞し、それに曲をつけていたのはなんとナツメだった。自宅に

ナツメを招いたときにギターをうまく弾いていたのをアカネは覚えているが、

自分で作曲までできるのかと驚かされた。モルフォンに付き合ってやっていると

いうよりはナツメ自身も楽しみながらやっているようだった。

 

『・・・これならオッケーが出るかもしれん。ナツメ、ちょっとええか?』

 

『ん?どうした』

 

『実は・・・CDを出さないか誘われとる。ホラ、うち大人気アイドルトレーナーやし

 ラジオで歌ったのが結構評判よかったらしくてな、こんな話が出たんや。本業を

 大事にせいって怒られる思たけど今のあんたを見てたら案外・・・』

 

認めてくれるのではないかと期待して以前から持ちかけられていた話を打ち明けた。

するとナツメは背中を押すどころかそれ以上の力添えを提案した。

 

『おお、面白いじゃないか!だったらわたしたちがあなたの歌を作ってやろう!』

 

『ならいま作っているやつもアカネちゃんに歌ってもらったらいいわ。せっかくだし

 いきなりアルバムにしても楽しそう。いまはたくさんアイデアがでてくるもの』

 

普段はアカネどの、と自らを呼ぶモルフォンが軽くアカネちゃんと言ったことにも

びっくりさせられたが、それ以上に二人のやる気にアカネは圧倒されていた。

 

『海外でレコーディングしてみるってどうかしら?』

 

『いいな。その合間に現地の店を食べ歩こう。グルメ本が出せるくらい』

 

 

実はナツメの他のポケモンたちも音楽が得意であり好きだった。エーフィと

バリヤードはボーカルで、スリーパーとフーディンは器用に楽器を演奏する。

バンドを組んで夕食の後に腕前を披露すると、屋敷に招かれていた皆がその

完成度の高さに圧倒された。ポケモンがここまでできるのかと。

 

『いい息抜き、趣味の一つだと言うが・・・凄いな。オレたちのポケモンの

 遊びなんてボールで遊ぶか広い場所を駆け回るくらいだってのに』

 

『あ・・・この歌、聞いたことがある。父上が小さいころ流行って今でも時々

 車のなかで流してる・・・なんて曲名だったかな・・・』

 

若者の心の葛藤や恋心、戦争を憎む重い歌を歌ったかと思えばコミックソングで

皆を和ませる。楽しいもの、よいものであれば何でもやるべきだという気持ちの

表れだった。アカネはすでにわかっていたことだが、厳格で排他的だとされている

ナツメは実のところ融通が利く柔軟な人物で、それぞれの個性を生かし、伸ばす

ように勧めていた。超能力や自分の権力によって他の人間やポケモンたちを

無理に従わせることを望まず、各自が自分の意思で成長し続けるようにした。

 

『じゃあ次は私が作詞、ナツメが作曲した・・・』

 

モルフォンのZUZUとナツメの曲はどこか昔の雰囲気がありながら未来を

歌っているようにも聞こえ、舞台や背景も現実ではない幻想の世界に思えた。

まさにこのナツメの屋敷のようだった。訓練のための施設や実戦用スタジアム、

趣味の部屋や膨大なデータが集められた資料室にプロよりも立派な調理器具。

欲しいものを片っ端から集めた理想的な空間からは生活感がなく、ナツメが

真にどのような人間であるのかをわかりにくくさせていた。

 

 

 

 

「そう、バトルではあなたのポケモンのなかで一番弱く大したとりえもない私が

 唯一輝けるひとときのように・・・ほんとうの名前で呼んでほしい!そうすれば

 あのバクフーンを倒すことだってできる!だから・・・」

 

モルフォンの願いに後ろで不満を口にしているのはエーフィだった。

 

「ちょっとちょっと、そーいうのはズルいって!私たちだってナツメちゃんに

 ちゃんと名前で呼ばれたいけど試合のときは我慢しようって約束だったのに!」

 

頬を膨らませながらその場でゴロゴロとしていた。しかしスリーパーとフーディンは

何も言わずにしっかりと立っていた。彼らも自分の固有の名で呼ばれたいという思いは

あるが、勝利のために必要というわけではない。今日最も大切なのはこのゴールド戦、

そして続く決勝戦で勝利することであり、そのためなら個人的な願望は後回しだ。

 

 

「ここまでの三連敗・・・おれの犯した失敗はのんびりと構えすぎたことだ。

 勝って当たり前なんだからという気の緩みをやつらにつけ込まれてやられた。

 だからワッショー、お前には最初から全力攻撃でいってもらう。防衛戦ですら

 相手のために手加減しているお前だが今日はいい。遠慮なく燃やし尽くせ」

 

「ゴォ——————・・・」

 

ゴールドとバクフーンの準備は整っている。ナツメに残された時間は少ない。

しばらくモルフォンの目をじっと見つめたまま黙っていたナツメだが、ついに

口を開いて声を発した。それもモルフォンにだけ聞こえる小さな声ではなく、

しっかりと通った勢いのある音量で。

 

 

「よし・・・いけ、ZUZU・・・かずみ!今のあなたはわたしの最高の相棒だ!」

 

「・・・・・・ありがとう。これで・・・必要な勇気と力に満たされた!」

 

 

ナツメが自分のポケモンを名前で呼んだことにスタジアムはざわめいた。これまで

一度もなかったうえに、ナツメのイメージが崩れるものだったからだ。

 

『お————っと、これは意外!ナツメがモルフォンを確かにズズ、かずみと呼んだ!

 冷血な策略家の思わぬ一面が明らかになったぞ—————っ!』

 

「フ・・・こいつが勇気を出してわたしに頼んできたのだからわたしも小さな

 プライドにこだわっているわけにはいかない。まして勝利のためならば!」

 

 

両者の用意が終わり試合再開、その合図と同時にバクフーンが猛ダッシュを決めた。

 

「いけ——————っ!!一撃で決めろ、だいもんじだ—————っ!!」

 

いつでも倒せる相手だという油断が敗北につながった反省から、いきなりの

大技でモルフォンを仕留めにきた。ゴールドがワッショーと呼ぶバクフーンの

だいもんじは普通のポケモンよりも威力、命中共に頭一つ抜けていた。対する

モルフォンも真っ向からぶつかる勢いでバクフーンに迫っていった。

 

「とりゃ—————っ!!」

 

「ハハハ、バカが!待たせたくせに何の策もなく突っ込んでくるだけか!」

 

「ガァ——————!!」

 

ナツメは指示を出していない。全てをモルフォンに任せた。日ごろからポケモンが

自分で考え行動できるようにノーサインのバトルを練習していたがいまはそれとは

少し異なる。モルフォンがどうするのか、それを見てみたかっただけだった。

 

 

(・・・ナツメ・・・そう、私はズルい。かつて私を救ってくれたあなたを

 もっと独占したいといつも思っている。他の仲間たちと仲よくしていると

 とても嫉妬する・・・でもそんな私をあなたは優しく受け入れてくれた!)

 

バクフーンが炎を吐きだそうとした瞬間、モルフォンの体が光った。

 

「だから・・・私はここで輝いてみせる!全てはあなたのために————っ!」

 

叫びと同時にモルフォンは粉を放った。その粉は光り輝き、とても眩しかった。

 

「ガギャッ!?」

 

『こ、これは—————!?モルフォンの体そのものではなくこの粉が光の

 正体だったようだ!あまりにも眩しく様子が見えないぞ———っ!』

 

バクフーンはおろか、ゴールドを含めた互いの陣営、審判団と実況席すらも

目がくらむ。ナツメはこの現象の正体にいち早く気がついた。

 

 

(そうか・・・あれをこっそりと持ち出していたのか・・・)

 

モルフォンの粉は自らの体で作り出したものではなく、もともと持っていた

アイテムだった。非常に珍しいとされる、『光の粉』と呼ばれる希少品だ。

高レベルなポケモンバトルとは無縁の資産家たちが所持していたのでポケモンに

持たせるとどのような影響があるのかという研究は進んでいなかった。

 

 

「ウ・・・ウギャオ——————!!」

 

予期できなかった眩しさでバクフーンの技の体勢が崩れた。どうにかだいもんじを

放ったが、再び目が見えるようになったときそこには無傷のモルフォンがいた。

 

『外れた—————!!この至近距離でバクフーンの攻撃が外れたぞ————っ!!』

 

「・・・クッ!何てことだ!誰よりも正確なお前の炎が・・・!も、もう一撃だ!」

 

 

一回の失敗程度では王者と彼の最強のポケモンは止まらない。しかしこの賭けに

勝利したモルフォンは最大の山場を乗り越えた。あとは実力を発揮するだけだ。

 

「その前に私の番だわ!今度は正真正銘私の体から————っ!!」

 

光の粉を凌ぐほどの量の粉が巨大な球体となり、バクフーンに降りかかった。

 

「これが私の最大の武器!しびれごな——————っ!!」

 

絶対に麻痺させてやるという強い思いからの攻撃。バクフーンは避けられなかった。

 

「・・・ウウ・・・・・・」 「ワ、ワッショー!」

 

『バクフーン!しびれごなをまともに食らった!体が痺れて動きが鈍ったぞ!』

 

「これでスピードも私が上回った!この勝負、私の勝ちだ————!!」

 

彼女が得意とする技がもう一つあった。全身を震わせて怪しげな音波を発した。

 

「ウガガガガ・・・・・・アギャオ—————!!」

 

どうにか体を動かしたバクフーンだったが、その目つきは異常で呼吸も荒い。

そのまま自分を攻撃し始め、痺れては自傷するという醜態を晒し続けた。

 

 

『モルフォンのちょうおんぱが見事に決まった—————っ!!自由を奪い、

 まともな思考を奪い、そして直接手を下さずに体力を奪っているぞ!』

 

しびれごなもちょうおんぱも本来であればそこまで成功率は高くない。だが

ゴールドのバクフーンがだいもんじに磨きをかけていたようにモルフォンも

この二つの技の精度を高め続け、ほぼ確実に命中させられるようになったのだ。

 

「くそ・・・この混乱さえどうにか解ければ・・・」

 

「くくく、かずみ!やつには倒れるまであのままでいてもらおうではないか!」

 

「もちろん!敵の嫌がることを徹底して続ける、それが大事だわ!」

 

もう少しで正気を取り戻すだろうというところでモルフォンのサイケこうせんが

バクフーンを襲った。大したダメージではないが、再び脳がやられてしまった。

 

 

『・・・これは悪夢の光景だ!チャンピオンのエースであるはずのバクフーンが

 モルフォンに翻弄されている!こうなるともはや運が悪いとかずる賢い戦略に

 嵌ったとかいう言い訳はできない!ゴールドとナツメのトレーナーとしての

 圧倒的な実力の差だ!ゴールドはまだ一体も倒せていないどころかまともな

 ダメージすらほとんど与えることができずに四連敗が目前だ————っ!』

 

「違うな・・・わたしがゴールドより優れているわけではない。この展開は

 わたしのポケモンたちの活躍の結果、そしてバクフーンを抑えつけたのは

 かずみの勇気と技の訓練の賜物だ!」

 

光の粉を持っていても確実に相手の視界を妨げるのは難しく、うまくいかない

可能性のほうが実は高かった。バクフーンの大技をまともに受けたらただでは

すまないという恐怖を捨て去り、迷いなく立ち向かったことが奇跡を生んだ。

 

 

「今のしびれごな・・・完璧だった。僕のポケモンたちでも回避できないな」

 

レッドがモルフォンを褒めると、ピカチュウとリザードンが頷いて同意した。

 

「うふふ、わたくしは草ポケモンのマスターですからわたくしのポケモンたちの

 しびれごなやどく、ねむりごなの精度は他の方々のそれを遥かに凌ぎます。

 それを知り謙虚に指導を求めてきた彼女の心も見事なものだと言えるでしょう」

 

ナツメの屋敷に本人を含めた五人のトレーナーが集った最初の十日間、その後

もっと大勢の実力者たちが招かれた昨日までの一週間、モルフォンはエリカの

ポケモンたちに近づき、技を磨くために教えを受け続けていた。

 

「あのモルフォンはわたくしが連れていた子たちよりもずっと年上です。それでも

 自分よりラフレシアやウツボットのほうが上だと認めるのは難しいものです。

 力関係を人間よりも重視するポケモンという生き物であればなおさらのこと」

 

「全てはナツメさんのために・・・か。そう考えるならそこまで皆に愛されている

 ナツメさんがトレーナーとしてゴールドくんを上回っているというのは正しいと

 言えるのだろうね。当然ポケモンたちの真の強さも」

 

レッドとエリカはナツメと彼女のポケモンたちを称える。そばにいた他の地方から

やってきたジムリーダーの男も二人と同じ思いを抱いていた。

 

「・・・なるほどな・・・伝説の王者レッドを除いたこの地方のレベルは低いと

 聞いていたが嘘だったってわけか。どんどん面白くなってきやがる。こいつは

 しばらくここから離れられなくなった。海外渡航と休業の届け出準備をしないとな!」

 

彼のように、他所から観戦にきたトレーナー、それにナツメと親しくなった者たちは

この快進撃を喜び、心から称賛した。一方で大勢の地元のファンたちは、人気絶頂の

若き王者がセキエイ高原を破壊しようとする悪魔に蹂躙されるのを嘆き悲しんだ。

このまま終わってほしくないと願いながらもこれまでの展開と流れを考えればそれは

淡い期待であり厳しい。スタジアムはすっかり通夜のような空気になった。

 

 

「いいじゃんいいじゃん!一番面倒そうだったバクフーンが自滅するのももう

 時間の問題。私たちの完全勝利が間近だよ!まずはいいスタートだね!」

 

「ウム・・・続く試合のこともある。どれだけ消耗せずに勝利できるかが

 重要だったが我が主ナツメと我らの力であればこれくらいは容易いことだ」

 

ナツメのポケモン三体もこのゴールドとのバトルは何事も起きずに勝てると

疑わなかった。そろそろモルフォンがバクフーンを倒すだろうし、ゴールドの

残り二体はバクフーン以下でしかない。普通に戦えばどうにでもなる。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ただ、ナツメだけがバトルの勝敗はまだ決していないと思っていた。それどころか

危ういとさえ感じている。あまりにも出来過ぎだからその反動が、という理由ではない。

その理由は彼女にもわからない。しかしその悪寒は無視することができなくなっていた。

 


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