ポケットモンスターS   作:O江原K

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第125話 サディスティック・ミカ

 

ナツメの五番目のポケモン、バリヤード。楽勝かと思われていたバトルがルギアの

登場で厳しいものになってしまった一部始終をボールの中から全て見ていた。

 

「・・・ここはあなたに頼るしかない。いけそうか?」

 

「いけそうも何も・・・私がやらないと終わりじゃない」

 

バリヤードはナツメのそばに控える、先に登場した四体に目をやった。スリーパーと

モルフォンはルギアの攻撃でダメージを受け、しばらくは休む必要がある。

となると残りは二体だが、フーディンはトレーナーへの直接攻撃を狙うルギアから

ナツメを守らなくてはならないし、エーフィはというと、

 

「あわわ・・・」

 

ずっと調子よくヘラヘラ笑っていたというのに伝説の神の前にすっかり怯えてしまい、

これでは戦力に数えるのは難しい。バリヤードはわざとらしく溜め息をついた。

 

「ハァ————・・・予想通りね。アレはまだ肝心なところじゃ役に立たないわ。

 このバトルではもう使えないと思った方がいいんじゃないかしら?」

 

「まあ気を失っていないだけましだろう。それにしてもあなたはいつも通りだな」

 

実際にその力を目の当たりにして尚、バリヤードの好戦的な顔つきは変わらない。

 

「当たり前じゃない。むしろ楽しみで興奮を抑えるのに苦労している。偉そうにしてる

 あのアホ面をこの手で倒して大恥かかせることができると思うと・・・」

 

ルギア相手でもサディスティックな態度。その不敬な発言を神は聞き逃さなかった。

 

 

「ほう・・・私がお前たちの到底及ばない、遥かなる高みにいると知ったうえで

 そのような言葉を吐くとは・・・少しは身の程をわきまえたらどうだ?私は

 鬼ではない。私を畏れ権威を認める者には手心を加えてやってもよいのだが」

 

「ははっ!何様のつもりかしら。自分がまだ神だと思っているのならお笑いだわ。

 そこのゴールドのポケモンになった時点であんたはもう伝説の海の神なんかじゃ

 なくなっている。トレーナーに使われる一ポケモンに過ぎないのよ」

 

もしルギアが誰のポケモンでもなければ神のままだった、バリヤードの言葉の意味は

そこだった。神として人間やポケモンが起こす騒動をこれ以上見過ごせない、秩序を

正すためにやって来た、そう言うのであればルギアに対し多少の敬意も払っただろう。

 

「ゴールドを侮辱し逆らうのが許せない、あんたが私たちを倒そうとしている一番の

 理由はそれなんでしょう?ますますどこにでもいるポケモンと変わらない」

 

「・・・・・・」

 

「それなのに中途半端に自分は神だと信じ『どっちつかず』の状態でいる、

 そんな相手に私たちが負けるはずがないってわけよ。ねえ、ナツメ」

 

バリヤードの指摘には理があった。ゴールドのモンスターボールから出てきた以上、

ルギアはゴールドを主人と認めたポケモンのうちの一体でしかない。同じように

伝説の存在として崇められていたスイクンは、クリスと共に行くと決めてからは

他のポケモンたちに対し威張ったり、クリスに自分を特別扱いすることを要求

したりせずに、大勢のうちの一人として生きていくことを受け入れた。

 

 

「確かにそうだ。人間と生きる決定をした以上、それまでの自分を捨ててこれからは

 新たな段階に入ったと認めなければならない。あのルギアはそれができていない」

 

「・・・ミュウツー・・・あなたがそう言えるようになるなんて」

 

いまは人間の少女に変装して観戦しているミュウツーもバリヤードに同意した。

ブルーと肩を並べて座っているが、彼女の長年の相棒ピクシーからその座を

奪おうとは考えていない。もともとのブルーの仲間たちに、自分たちは対等であると

最初に自ら語ることで、圧倒的な力に恐怖していたポケモンたちを安心させた。

 

「とはいえ研究所から脱走した後は洞窟に引き籠っていた私とは違い、やつは

 海を制御する力を長年行使してきたのだろう。ポケモンバトルという枠内での

 戦い方でも強大で破壊的な攻撃を次々と繰り出すに違いない」

 

「・・・ナツメのポケモンたちで勝てるかしら?」

 

「心配するな、ブルー。やつはお前と同じ、私が認めた人間だ」

 

簡単に沈むはずがない、ミュウツーはそう断言し、ブルーもニヤリと笑った。

 

 

 

ルギアを倒すと宣言したバリヤードだが、このまま一対一で戦って勝てるとは

考えていない。チームで力を合わせて倒す必要があるとわかっていた。

 

「大変な役割を任せることになったが・・・頼んだぞ、ミカ」

 

「ええ、ナツメ。作戦は聞くまでもない、私たちの考えは一致しているから」

 

バリヤードの名前はミカといった。出す技の順番や求められている役割、すでに

全て頭のなかでまとまっていた。打ち合わせなど一切しなくてもこの場の状況と

ナツメとの長年の付き合いがバリヤードに何をすべきかを理解させていた。

 

 

「フン!お前たちの狙いなど私にはお見通しだ!バリヤードという種族は防御壁を

 張ることに長けている!逆に言えばそれ以外は何もない————っ!!」

 

「・・・くっ、バリアー!」

 

「さあ、私はスピードスターを放つ!バリヤード、お前自身の前に壁を作るか、

 それとも主人たちのほうか・・・確率二分の一のゲームを楽しもうではないか!」

 

いかにサディスティック・ミカと呼ばれていても今回の仕事は防御ただ一点。ルギアも

それをわかっているからこそ、反撃を警戒せずに悪趣味な遊びを始めたのだ。

 

「どちらを守るか決めたか————っ!?いくぞ—————!!」

 

命中重視のノーマル技スピードスターであってもルギアが放ったとあれば

バリアーなしでは危険な一撃となる。バリヤードの勘が試されていた。

 

 

『スピードスターが飛び出したぞ!バリヤードはどうする————っ!?』

 

攻撃が炸裂した瞬間、スタジアム全体に響くほどの衝撃音がした。技の威力も

凄まじかったが、これは壁によって攻撃が相殺された音に他ならなかった。

 

「・・・・・・」

 

『おっと!ルギアはバリヤードを狙っていた!しかしバリヤードも自分の目の前に

 バリアーを展開していた!僅かなダメージはありそうですが問題なさそうだ!』

 

バリヤードが読み勝った。ダメージをかなり軽減し、攻撃を凌いだ。

 

 

「フン、まずは主人と仲間たちを守るものと思っていたが・・・」

 

「あんたがそう予想するだろうと思っていた。こんな簡単に読まれるなんて

 やっぱり相当頭が悪いみたいね、自称海の神様は・・・あははは!」

 

「きさま~~~~っ!叩き殺してくれるわ————っ!!」

 

憤ったルギアはまたしてもスピードスターを放とうとしている。普通に考えれば

感情に任せてバリヤードを連続攻撃する構えだが、この怒りは芝居かもしれない。

 

「実はナツメさんたちを攻撃しようとしているのでは?」 「うぱ~~っ」

 

バリヤードはすでにバリアーで守られている。ルギアの本気の攻撃が来たとしても

一発で倒されることはないだろう。無防備のナツメたちの前に壁を張るのが無難だ。

 

「己の無力さを思い知れ!スピードスタ—————ッ!!」

 

「こちらももう一度・・・バリアー!」

 

外野のアカネやワイルド・ワンズがああだこうだと叫んでいても、ナツメはこの間

バリヤードに一つも指示を出さなかった。命の危機が迫る状況でもバリヤードへの

信頼は揺らがず、全て任せていた。そのほうがよい結果になると信じていたからだ。

 

 

「・・・・・・ヌ、ヌゥ~~~~~っ!?」

 

「ふふふ・・・二回目も私の勝ち。残念だったわね、ルギア様!」

 

ルギアの激怒は偽物だった。だが、それでもバリヤードを攻撃したのは彼女が

それを見抜きナツメたちを守ろうとすると予測したためだ。だが、またもや

一歩上を行かれた。裏の裏だと見切ったバリヤードが自らにバリアーを重ね、

力の入った一撃も先ほどとほぼ同程度、僅かなダメージでかわしてみせた。

 

『バリヤードの頭脳のほうが伝説の神よりも上なのか————っ!?これで

 ますます強固な壁を得たバリヤードが優位に立ちそうだ————っ!!』

 

さすがのルギアもとうとう本気で苛立ちを露わにした。怒りの感情自体は

最初から沸き上がっていて、ここまではコントロールして戦ってきたがついに

憤慨し、抑えることができなくなった。

 

「凡庸で下等なポケモンがいい気になりおって!いかに私の攻撃を防ごうが

 完全にガードできているわけではない!その壁ごと破壊してやる————っ!!」

 

「・・・冷静になるんだ、ルギア!スピードスターはもう・・・」

 

「いや、ここは任せてもらうぞ、ゴールド!ただ勝利するだけでは満足できん!

 完全に屈服させ、地に頭をつけて謝罪させねばならない!支えとする拠り所を

 正面から粉砕して初めてやつらに屈辱の敗北を与えられるのだからな!」

 

激情に身を任せ、ゴールドの指示も無視してスピードスター一本でバリヤードを

捻じ伏せることに固執している。これがナツメとバリヤードの狙っていた展開だった。

 

「あれだけバランスを欠けば・・・すぐに疲れるはず!たとえ伝説のポケモンでも!」

 

「体力も精神も・・・両方削れる!うまくやりゃあ隙を突いて倒せるかもしれんで!」

 

勝てるわけがないと思われたバトルに光が見えた。驕り高ぶっていたルギアを

暴走させ自滅に至らせる作戦、それだけが現状唯一勝利を掴める方法だった。

 

 

「ハハハ————っ!!どこまで耐えられるか見せてみろ————っ!!」

 

バリヤードも無傷とはいかず、少しずつダメージが蓄積している。それでも

ルギアを消耗させ、この間に自分とナツメたちのバリアーを完璧に張り終えた。

 

「うまい!これで突破口が見えた!完全に翻弄している!」

 

「・・・・・・いや・・・確かにナツメとバリヤードのほうが無駄なく力を出し切り

 有利に立ち回っている。そこまでしても押しているのはルギアのほうだ」

 

バリアーのせいで時間はかかるだろうがこのまま強引に攻めてもルギアの勝ちだ。

あまりにも力の差があると多少のミスや失態があろうが大した問題ではないのだ。

そしてルギアはまだ全力を出していない。ルギアを怒らせ、完膚なきまでに痛めつけ

黙らせてやろうという思いを抱かせたせいで、とうとうリミッターが解除された。

 

 

「・・・!?この気配・・・!ひかりのかべ!」

 

「言ってやったはずだ、貧相な壁ごと叩き壊してやるとな————っ!!これぞ

 海の神としての私の真の力!奥義、ハイドロポンプ—————っ!!」

 

スピードスターで少しずつ削ってくるものと思っていた。だが予想以上に痺れを

切らすのが早かった。直前で察知できたが回避は不可能で、大量の水が襲ってくる。

ひかりのかべで対処したが、半減されているとは思えないほどの衝撃が走った。

 

「・・・がっ!?」 「ゴホッ!」

 

パワーだけが取り柄のポケモンの全力パンチを無防備な状態でボディに食らった以上に

内臓を痛めつける暴力的な水。バリヤードは数メートル飛ばされたうえで仰向けに倒れ、

ポケモンのダメージがトレーナーにも入るためナツメもその場で吐血した。

 

 

「あんなハイドロポンプは・・・今まで見たことがない!多分これからも!」

 

水ポケモンの力を最大限に引き出せるスペシャリストはカスミの他にも国内外から

集結していた。それぞれが水ポケモンの扱いならばその地方のチャンピオンよりも

優れたトレーナーたちだが、ハイドロポンプという技でこれほどの威力が出るという

ことすら知らなかった。いや、知らないほうがずっと幸せだっただろう。どれだけ

修行を重ねようがこの高みには絶対に届かないという絶望を味わったからだ。

 

 

『バリヤード、ダウンだ!これはダメか————っ!!』

 

「フフフ・・・私にこの奥義を使わせただけで大したものだ。しかし所詮は

 そこまでだ。起き上がることはできまい。大人しく眠っていたほうが・・・」

 

ルギアはすでに勝利したものとして語る。しかしすぐにそれをよしとしない者、

つまりバリヤードは立ち上がり戦闘続行の意志を示した。会場内のエキスパートと

呼ばれるトレーナーたちが絶句するほどの技を受けてもその顔に絶望は全くない。

 

「・・・ふ・・・やっぱり神どころか普通のポケモンよりも頭は悪いうえに目も節穴と

 いうのだからどうしようもないわね。誰が起き上がれない・・・ですって?」

 

「・・・無理をするな。強がりを口にしても深い傷を負ったことは目に見えている。

 お前たちでは私とゴールドには勝てない。続ければ続けるだけ苦痛は増し無力さを

 晒すだけだ・・・このようになっ!!」

 

ルギアがまたしてもハイドロポンプを放った。喋りながら、不意を突く狙いのある

攻撃だったので威力は先ほどより落ちている。それでも直撃すれば立っていられない。

 

「うぐっ・・・!!」

 

「どうだ、あと一発食らえば確実にお前は終わりだ。しかしお前も不運なポケモンだ。

 ゴールドほどの素晴らしい人間とはいかなくとも、せめてどこにでもいるような

 トレーナーと共に暮らしていればこんな目に遭わずに済んだものを・・・」

 

ナツメと出会いさえしなければルギアとのバトルなどという一方的に痛めつけられる

勝ち目のないバトルをすることもなかった。戦意を削ぐための言葉だったが、これが

逆にバリヤードを燃え上がらせ、もう一度立ち上がる力を与えていた。ナツメのポケモンに

なった過去の記憶を思い起こすきっかけとなったからだ。

 

 

 

 

 

人とポケモンは力を合わせ共に生きていくことができると言われているが、バリヤードという種族は特にそうだった。気性が大人しいので人間の指示に従い、人型でしかも

エスパーポケモンであるため意思を通わせるのも容易で、生活に溶け込みやすい。

得意のバリアーで主人を守るバリヤードがいれば、サーカスで活躍するバリヤードもいた。

彼らも人間たちといることを好み、野生のバリヤードはほとんど見つかっていない。

僅かに存在するそれらも、人間たちが捕獲してくれることも待ち望んでいた。

 

『バリリ~~・・・』 『バリッ!バリッ!』

 

人間たちが近づいてくるという噂に家族も仲間たちも期待が高まっている様子で、

もちろん彼女もそうだった。人間と生活することで真の力が発揮され、生きる喜びを

得られる。早くそのときが来ないかと待ちわびていた。

 

(・・・いよいよこの日が・・・!どんな人が私を選ぶのだろう。このパントマイムを

 披露するにしても、ただ家の仕事の手伝いをするだけでもこれまでの生活からは

 決して得られない満足感があると言われている!この間遠くで見たポケモン同士を

 戦わせる勝負・・・それもまた面白そう!どんな人間でも・・・楽しみだわ!)

 

どのような人間でもいい、と彼女は思っていたが、実はどのような人間に捕獲されようが

それを拒んではならないという掟がバリヤード一族にはあった。我々は人間と共に

生きるべき種族であり、その運命と自然の理に逆らってはならないと。彼らに反抗せず

笑顔と愛嬌を忘れずに自ら進んでその後についていくべきであり、万が一人間に

危害を加え掟に逆らう者がいれば永遠に続く呪いを末代まで身に受けることになると。

 

 

『バリッ!バリリ~~~!』 『バリャ!バ———リ————!!』

 

数人の人間たちがやってきた。我先にと若いバリヤードたちがアピールのために

駆けていった。自慢の見えない壁を披露し、ぜひ自分を捕まえてくれと意気込んだ。

だが彼らは不運だった。この人間たちは『どのような人間でも』と言われてはいたが

その中でも最低と呼ぶにふさわしい者たちだったからだ。

 

『フム、バリヤードというのは人間に媚びるポケモンだというが本当のようだな。

 どれ・・・こいつらはそこまで顔がよくないし動きが悪い。バリアーのレベルが

 どの程度か確かめれば十分だろう。やれ、お前たち!はかいこうせんだ!』

 

男たちはボールから強力なポケモンを出し、持つ技のなかでも最大の威力が出る

攻撃を一斉に放った。ろくに訓練もされていない野生のバリヤードたちのバリアーを

簡単に突破し、次々と屠っていった。体が粉々になる強烈な攻撃を受けた者も

いれば、死体も残らないほどの一撃の前に散っていった者もいた。

 

『・・・!?』 『バ・・・バリ・・・・・・』

 

『そうだ・・・大人しくしていればいい。おっ・・・そっちのやつはまだ息がある。

 この体力があれば休みなしで働かせても一年くらい持つかもな。そっちの数匹は

 あんたらにくれてやる。おれは奴隷目的だがあんたらは繁殖用が欲しいんだろ?』

 

『ああ、だからオスはいらない。だんだん取引の値段が落ちてきているからな。

 これからは量よりも質で勝負だよ。能力の高そうな個体やまだ子を産んでいない

 若いメスを仕入れたい。おお!そっちにちょうどいい親子がいるではないか!』

 

男たちの一人が喜びながら見つけたのは、優秀な母体になるであろう二体のメス、

片方は優れた能力を持つであろう母親、その隣にいるのはまだ幼い娘だった。

掟に従い、ボールで捕獲されるのを震えながら待つしかなかった。

 

『・・・・・・・・・!!』

 

そう、それは彼女の母親と妹だった。多くの仲間たちがモノとして捕らえられ、

それに値しないとみなされたら容赦なく殺されているのを目にしていた。

バリヤード特有の穏やかな顔つきを険しくさせながら男と家族の間に割って入った。

 

『なんだ~~~?お前。お前から捕まえてほしいのか?それにしちゃあ反抗的な

 目をしてるじゃねーか。いいか、お前らバリヤードに限らずポケモンなんて

 人間様の家畜なんだよ。お前みたいなやつ、誰もいらねーんだよ!』

 

『バリャ・・・・・・!!』

 

乱暴に蹴飛ばされ、木に激突して意識を失いそうになった。しかし、激しい怒りが

それを許さなかった。愛する母と妹を守りたいという思いよりも、こんな人間たちは

決して生かしてはおけない、その思いが並々ならぬパワーを彼女に与えていた。

 

 

(・・・気が遠くなるほど昔から続く一族の掟・・・そして私たちの生まれてきた

 理由・・・それでも私は!このまま黙って見過ごせるほど大人じゃない!)

 

そのとき、彼女の目つきはバリヤードというポケモンのものとは思えないほど鋭く

変化し、無条件で従うはずの人間が相手でも躊躇わずに殺せる顔になっていた。

 

 

『ハァ—————ッ!!』

 

『・・・な、何だお前・・・・・・グガァ————!!』

 

『バリガァ—————!!』

 

今にも自分の家族たちを捕獲しようとしていた男を念力で攻撃し、脳を破壊した。

この騒ぎに男の仲間やそのポケモンたちも駆けつけてきたが、それらすべてを

生まれて初めて使う大技、サイコキネシスで体の自由を奪うと岩に叩きつけ、

地面に何度も頭を激突させ、最後は海に捨てた。容赦なく人間たちを撃退し、

感情も落ち着いて息を整えたとき、自分のしたことの重さがわかった。

 

『・・・・・・』 『・・・・・・』

 

『バ・・・バリ・・・・・・』

 

これで人間たちはしばらくの間、この場に足を運ばなくなるだろう。すぐに噂が広まり、

野生のポケモンに何人も襲われたようなところに誰も近づかないのは目に見えている。

今回の人間たちとは違う、善良なトレーナーが訪れる機会ももうなくなってしまったのだ。

仲間たちの生きる目的と夢を奪ったのはあの人間たちではなく自分だと悟り、彼女は

何も言わず静かに一人で群れから離れた。声をかける者も誰もいなかった。

 

それから間もなく、彼女はナツメに出会った。このときナツメはまだ特別な力を持つ

フーディン以外にはポケモンを連れておらず、つまりフーディンを除けば彼女が

ナツメの最初のポケモンだった。

 

 

 

 

 

「ふ・・・ふふふ。ナツメと共にいなかったらもっと幸せだった・・・ですって?

 冗談もいい加減にしてほしいわ。ナツメのポケモンになったからこそ・・・

 伝説の神を倒すっていうこれ以上ない貴重な体験ができる!あの日には想像も

 できなかった最高の瞬間が一秒ずつ近づいてきている————っ!!」

 

ルギアはバリヤードの折れない闘志に感心するのではなく、冷ややかな目で

彼女を見下し、心底侮蔑しながら嘲り始めた。

 

「フン、愚かだな。お前は駒として利用されているだけだ。そもそもお前も日々

 ポケモンバトルを戦うポケモンならわかるはずだ。私のゴールドとそこの女の

 どちらが優れたトレーナーであり従う価値があるかくらいのことは・・・」

 

すると意外なことにバリヤードは笑い、ルギアの言葉を否定せずに同意した。

 

「あはは・・・確かに。そっちはその齢でチャンピオン、しかもあんたのような伝説の

 ポケモンに認められるほどのトレーナー、世界でもトップクラスだと言えるわね。

 一方ナツメは大きな大会の優勝もなくジムリーダーどまり、トレーナーとしての

 センスもそこまでじゃない。最初のころなんか酷かったわ。とてもジムリーダーに

 なれるとは思えないくらい下手で、私たちがカバーしてあげないと全然勝てなかった」

 

「ほう、素直に認めるのだな、己の主人の無能ぶりを。薄情だが賢い行動だ。この調子で

 我々の偉大さを認め崇めるならこれまでの無礼を不問としても構わないのだぞ?」

 

主人を売って自身の保身を図るような発言に動揺し、続く展開に不安を隠せない

アカネたちとは対照的にナツメは表情を変えずにしっかりと立ったままだった。

古くからの親友が自らを裏切るはずはないと確信していたからだ。

 

 

「・・・でも、ポケモントレーナーは戦いに勝つだけが仕事じゃない。私たちと

 心を通わせ、感動を共有し共に成長していく・・・そこまで含めて評価を下せる。

 だからナツメはあんたの主人よりもずっと上にいるって胸を張って言えるのよ!」

 

バトルを始める前に比べ、体は傷ついても戦う心は燃え上がり、静まる気配がない。

失意のうちに群れを去ってから今日までのナツメとの記憶が世界最強の王者と

伝説の神を恐れない勇気と力をバリヤードに与えていた。全てが順風満帆では

なかった日々、それでも彼女にとっての最高の思い出の時間だった。


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