ポケットモンスターS   作:O江原K

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第129話 悲しくてやりきれない

 

コイキングを失ったその日、まだトウメイという名だった幼いナツメは一晩中

涙を流し続けた。力が暴走したとはいえ、自分の手で親友の命を奪ったのだ。

これではいけないと両親は彼女を慰めるためすぐに次のポケモンを連れてきた。

今回はナゾノクサだった。コイキング同様どこにでもいるポケモンで、バトルの

経験を積ませて成長させればクサイハナとなり危険性が増すが、特別な訓練をせず

ナゾノクサのまま飼うぶんには問題なかった。素人にはちょうどいいポケモンだ。

 

『ノリちゃんの好きな月の夜だね。ちょっと外に出てみようよ!』

 

『ナゾッ!』

 

このナゾノクサもオスで、元々のりひこという名前がつけられているのを両親が

引き取り、ナツメはノリちゃんという愛称で呼んだ。もともと小柄なナゾノクサだが

平均よりもさらに小さな個体で、まさにペット向きの体つきだった。

 

『早くもずっと昔からの友のようになれるとは。トウメイにはポケモンの心が

 読めるのかもしれないな。どんな感じで読むのかはわからないが』

 

コイキングに続きナゾノクサともすぐに仲良くなった娘を見て父は、これも

超能力によるものかと考えた。しかし実のところ、ナツメはその力に少しも

頼ろうとはしなかった。純粋な愛情と熱意が友情を築いた。

 

『その体の大きさでそんなに高くジャンプできるなんて、凄いよノリちゃん!』

 

『ナゾッ!ナ~ゾ~ッ!』

 

完全に消えはしなかったが、コイキングとの別れの痛みが癒えていった。

 

 

『・・・・・・ナ~~~っ・・・』

 

幸せな日々が一変したのは、ナゾノクサが病気になったときだった。専門家では

ないので体調が悪いのはわかるがどうすれば回復するかがわからない。当時は

ポケモンセンターがあまり普及していない時代で、専門の医師の数も少なければ

庶民が出せる治療代でもなかった。ポケモンと共に生きる人間が増え、需要が

高まったので誰でも安心してポケモンを育てられる環境が整っていった。

 

『う~む・・・だめだな・・・弱っていく一方だ』

 

このままナゾノクサが死ねば娘はまた悲しむ。どこかで金を工面してポケモン専門の

病院に連れていくことも両親は選択肢に入れた。一方ナツメは自分の厄介な能力が

皆の喜ぶよいものを生み出せる可能性を探していた。

 

『もしかしたら・・・わたしが治せるかもしれない、ノリちゃんを』

 

ポケモンバトルに興味を持ち、たまに許可される外出の機会には街のテレビで中継を

食い入るように眺め、新聞や父の持ち帰る雑誌にも目を通して独学で研究した結果、

自分の超能力はエスパータイプのポケモンが使う技と似たようなことができるという

答えを得た。相手を傷つけ破壊する技が多い中で、じこさいせいという回復の術に

ナツメは惹かれた。その技術を応用して他者を癒すこともできるのではないかと。

 

『たとえわたしが病気になったとしても・・・』

 

もし簡単に治せないのなら、物体移動のテレポートと併せることでナゾノクサの病を

自分が肩代わりできるかもしれないと考えた。自分なら病院で診てもらえる。仮に

これが人間にとっても重病であるとしても、ナツメは迷わなかった。親友を救うため

僅かではあっても光り輝く希望の道に賭けることに決めた。

 

 

『ノリちゃん、こっちに来て。そしてわたしの目をよく見つめて・・・』

 

『ナ・・・』

 

元気いっぱいに飛び跳ねていたナゾノクサが、体を少しだけ動かすのも苦しいまでに

弱っていた。それでも愛する少女の瞳を見ると、それらが全て吹き飛んで消え去っていく

感覚だった。彼自身、もうすぐ自分は死ぬと察していた。仮に最高の技術で治療を

受けたとしても完治はできず、痛みと苦しみを抱えたまま死を先延ばしさせられるだけ

だという予感があった。だが、救いをもたらしてくれる存在はすぐそばにいた。

 

『ナゾッ・・・!ナァ~~~ッ・・・』

 

『いい調子・・・!これなら・・・・・・うっ!』

 

ナゾノクサから苦痛がだんだんと消えていくのが目に見える形で明らかになるが、

病や傷を取り除く奇跡は物体や人体を破壊するだけよりも遥かにエネルギーを要する。

全身のあらゆる箇所から悲鳴が上がり、激しい痛みが襲ってきた。

 

『ノリちゃんはこんな小さな体で病気と戦ってきたんだ。わたしだって・・・!』

 

このまま続けたら眼球が潰れるかもしれないほどの負担が両眼にかかり、頭痛も

幼い少女には耐え切れないはずのものになっていたが、ナツメは意識を切らさず

最後までやり遂げる決意でいた。だが、これ以上の無理を許さなかったのは

他でもない自分の力だった。コイキングのおさむのときと同じく、自身の体を

守るために意に反して超能力が働いた。危険を排除しようとしたのだろう。

 

『・・・・・・』

 

『・・・・・・ノ、ノリちゃん・・・?』

 

とても安らかで病から解放された顔だった。それも当然だ。ナゾノクサは

一瞬のうちに死んでしまったのだから。ナツメの力がその命を終わらせたのだ。

 

 

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

二度目の悲劇にナツメは声も出さずに泣いた。そしてこの日から彼女の思いを

支配する問いかけが深く刻まれた。どれだけ誰かを愛し優しくしようとしても

最後には破壊してしまう。そんな自分に価値はあるのか、生まれてきた意味は

あるのか————。感情も表情も豊かだったはずの少女は笑わなくなっていった。

 

『・・・おれたちの思っていたよりもトウメイの力は・・・・・・』

 

『何でもできるんじゃないかしら。この子の底知れないエスパーパワーなら・・・』

 

ナゾノクサの死から半年ほどが過ぎた日だった。仕事先で父がとある情報を耳に入れた。

この国は今後必ず起きるであろう大戦に備えていると。表向きは軍隊を持たないが

裏で準備を始めていた。その一つが殺戮兵器となるポケモン、『ミュウツー』を

誕生させ、研究を進め更なる改良と大量製造により武器を用意することだった。

そして彼らは異能の人間を探していた。強力な超能力者は特にそれに該当する。

 

『・・・もし私がそんな人間を紹介できたなら、報酬に何をくれますか』

 

父の言葉に彼らは喜び、前金の時点でとてつもない額の金を惜しみなく与えた。

続けて、信憑性のある言葉だが実際にそれを見せてほしいというリクエストがあり、

ポケモンを殺してみせてくれ、そう言ってポッポを渡したのだった。

 

 

『わたしはもう・・・ポケモンと暮らすことなんか・・・』

 

『いや、トウメイ。諦めるのはよくない。三度目の正直といこうじゃないか。

 今度こそ成功することが先の二匹への何よりの供養になると思うぞ』

 

『・・・・・・お父さん・・・ありがとう』

 

もしナツメが父の心を読もうとしていたならこのときわかっていただろう。すでに

父は娘への愛よりも悪魔がもたらす欲望に支配されかけていることに。そして

これまでの二つのケースよりも早くその機会は訪れた。ポケモンの戦意を促し

凶暴にさせる薬を受け取った父はそれをポッポの食事に混ぜ、計画を実行した。

研究員たちも気づかれないところからこれから起こる出来事の行方を見守っていた。

 

 

『ギャ————!!シャアアァ————————ッ』

 

狂ったように羽を散らしながら不規則に飛び回り、最初に目に入ったナツメを

攻撃するためにかぜおこしを放った。大人しかったポッポが突然暴れだしたことに

ナツメは動揺したが、どうすべきか頭で決める前に超能力が働き攻撃を防いだ。

 

『ギャシャ————————ッ!!』

 

次なる攻撃のためにでんこうせっかの動きでナツメを襲った。とはいえこの程度の

速さであれば超能力を持つナツメであれば避けられた。というのも、このポッポは

あくまで実験用であり、人を襲い攻撃が成功したとしても大事に至らないように

するために能力を不自然な形で奪われたポケモンだったからだ。ナツメの力が

本物かどうかを試すため用意されるにふさわしい『道具』だった。

 

『危ないトウメイ!お前の力でそいつを抑えるんだ!』

 

『あなたの力ならできる!早く念力を使って・・・』

 

このときにはすでに母も父と同様、大金に目が眩んでいた。夫婦揃って白々しい

台詞を口にしてナツメの力の発動を求めた。しかしナツメに変化はなかった。

 

『・・・・・・・・・!』

 

『どうしたの!?そのままじゃ・・・ああっ!!』

 

ポッポの攻撃を正面から受け、そのままナツメは壁に激突した。ポッポのくちばしが

脇腹に突き刺さったままだったが、ナツメは自分ではなくポッポのことを思いやった。

 

 

『・・・お願い・・・いつものあなたに戻って・・・そうじゃないと・・・・・・』

 

『ク・・・クルル・・・・・・シャ———————!!』

 

一瞬だけ正気を取り戻したかに見えたが、すぐに理性を失い攻撃を再開した。

くちばしでナツメの肉をさらに抉ろうとして脇腹に深く刺しこんだ。

 

『わたし・・・わたしは・・・・・・あ、ああ————っ』

 

『ギャボッ!?』

 

両親や研究者たちが望んだ通りの展開になった。ポッポの体は内部から破壊された。

 

 

『フム、反応が多少鈍かったがあの殺傷力なら期待以上だ。次は・・・』

 

あと一回か二回の実験の後に本格的にエスパー計画は始まることとなった。

ポッポが死んだ翌日にはもう家に次なるポケモンがやってきていた。今度は

コラッタで、ポッポとは違い最初から血走った目つきで異常な息遣いをしていた。

ここまでくると、ナツメももう理解した。父と母が自分に何を求めているかが。

 

『・・・・・・うん・・・わかった』

 

超能力に頼らず、むしろ封じ込めて生きられるように助けてくれた二人はもういない。

人やポケモンを傷つける恐ろしい力を利用しようと企んでいる。それでもナツメは

両親の心を覗くことはせず、二人を信じた。自分が間違っているかもしれないと。

そしてコラッタはナツメを見た途端にすぐに襲いかかってきたが、彼女はこのポケモンを

救う道を最後まで探した。ポッポの時もあと一歩までできていたのだから今回こそは、と。

 

だが、結果は同じだった。このときナツメはぼーっとした気持ちのまま結論を出した。

わたしはとても醜い人間であり、誰からも愛されるべきではない存在だと。

 

 

『ただいま、今日も早い時間で帰ることができたよ。ほら、みやげだ』

 

『食事の前に一杯いかがかしら?私はそろそろやめておくけれど』

 

トノバン家の生活はガラリと変わった。父は以前よりも楽な仕事をしているが

金は余っている。豪邸と呼べる家に引っ越し、毎日の食事の質も上がった。

母の腹にはナツメの弟か妹になる胎児がいる。裕福でゆとりのある穏やかな日々。

二人は将来に希望を持てることを喜んでいた。だからナツメの変化に気づかなかった。

 

『・・・お父さん、お母さん。次のポケモンは・・・まだこないのかな?』

 

『ん・・・そうだな。嫌な事故が続いたせいで躊躇っていたが・・・』

 

『トウメイも成長したんだし今度は大きなポケモンでもいいんじゃない?』

 

『そうだね、楽しみにしてるよ。できれば早いうちに・・・』

 

表向きは今まで通りだが、それは彼女の演技だった。感情や言葉の全てが作り物だった。

気を許せるはずの家族にさえ本心を隠し、当たり障りのない人間を演じた。心の奥の

寂しさや絶望を誰にも言えないまま、もうしばらくすれば国の研究所で本格的な

超能力の訓練が始まる。そこでは多くのポケモンを殺すことになるだろう。彼女の

思い描いていた希望や夢とは真逆の暗い未来が待っていた。

 

 

 

『ところで・・・君はポケモンを持っていないようだけどポケモンは好き?

 ぼくは特に虫ポケモンが好きなんだ。格好よくて強いから!君は?』

 

『ええ、大好き。戦うのは好きじゃないけど、どんなポケモンもいっしょにいて

 楽しいし、心が通い合ったと思えた瞬間はとてもうれしい。いまはいないけれど

 家でポケモンを育てていたこともあったの。そのときのポケモンは・・・』

 

ナゾノクサを失ってから父が変わってしまうまでの間に、彼女は両親と共に

カントー地方のトキワシティに旅行に来ていた。彼女はジョウトの人間だった。

そこで一人の虫取り少年と出会い、彼に夢を語った。傷つけられたものを治す

人間になりたいと。破壊されたものを諦めず、再生させて立ち上がらせたいと。

 

『うん、約束するよ。ぼくは最強の、最高のトレーナーになる。このカントーで、

 それに君のいるジョウトでも一番強いトレーナーになってみせる!君は

 戦うのが嫌いだと言っていたから・・・ポケモンに一番優しい人になってよ!

 一番強いぼくと一番優しい君が手を組めばすごいことになりそうだからね!』

 

『ええ。そのときを楽しみに待っているわ』

 

 

おそらく年下と思われる少年とトキワの森で約束を交わした。彼はきっと

夢を叶え、美しい森の主である蜂ポケモンに認められるトレーナーになるだろう。

だが自分はだめだった。ポケモンたちにとって最も忌まわしい存在になりつつある。

 

 

『・・・・・・このまま素顔を見せることすらできないまま生きていくのかな』

 

人生は劇場のようなものだ、自分は実体を持たない女優だ。己を殺しているほうが

現実と向き合うよりまだよかった。しかし最後にもう一度、これから先は化物として

生きていくほかにないのか、抗ってみたくなった。そのときナツメはこっそり家を出て

近くの草むらに行った。野生のポケモンたちは全然いなかったが、木の陰に一体だけ

隠れているものを見つけた。体を隠しても小さな二つのキノコが出てしまっていた。

 

『この子は確か・・・パラス!どうしてこんなところに一人だけで?』

 

『・・・・・・・・・』

 

まだ幼いパラスは怯えていた。それでもナツメをしばらく眺めてから警戒を

解くと、爪先で辺りを指し示す。何者かの暴力的な活動によって荒らされていた。

この痕跡は間違いなく人間が作ったものだろう。このパラスの仲間たちは残らず

捕獲されたか殺されたか、とにかく乱暴に引き離されたのだと読み取れる。

後にジョウト地方では野生のパラスが発見されなくなったことを考えると、

正真正銘最後の一体がこのパラスだったと言える。

 

『人間のせいでひどい目に遭ったのに・・・わたしを信じてくれるの?』

 

『・・・・・・キシャッ!』

 

あと少しで自分もポケモンの命を弄ぶ者たちの仲間入りだ。いや、これまでに

四体ものポケモンをすでに殺している。すでにあちら側の人間なのかもしれない。

だがパラスはそんな自分に懐いた。ナツメは驚きと同時に気持ちがとても安らいだ。

光を失い壊れていくのを待つだけだった心が蘇るかもしれないと思った。

 

『パシャ!パッシャ!』

 

パラスのほうはナツメが善い人間だとすぐにわかった。このパラスに限った話ではなく、

ポケモンは人間の言葉がわかるうえに善悪に敏感だ。ナツメがどんな人間かをすぐに

理解した。加えて彼女はずっと二つのキノコのほうを見て話しかけてくれている。

背中に生えているキノコこそが本体であると知っていて、それを重んじて接してくれる。

 

『じゃあ・・・わたしの家にくる?そしてあなたの名前は今日から・・・まつたけ!

 まつたけ、わたしの家族になろうよ。いまのわたしはあなたと同じ独りぼっち』

 

『・・・パ!』

 

大きな家に引っ越したのが幸いし、隠れてパラスを飼える。初めて自分で連れてきた

ポケモンであり、昔の両親であれば笑顔で報告に行ったがいまはできない。パラスとの

二人きりの時間を邪魔する存在でしかなくなってしまったからだ。

 

ナツメの予感は悪いことに的中してしまう。三か月の幸せな時間が過ぎたときだった。

 

 

 

『・・・・・・トウメイ・・・このポケモンはお前の大切な友達なんだろう?』

 

『えっ・・・う、うん。実は少し前に外の草むらで・・・』

 

娘が友について語ろうとしていることすらどうでもいいと思ったのだろう。

ナツメの話を遮り、父は嫌な笑みを浮かべてパラスをナツメの眼前に差し出した。

 

『ウメ・・・こいつを殺してみせてくれ。父さんと母さんのために』

 

 

超能力の研究者たちはナツメの力を見て合格点を出したが、唯一物足りない点として

本能が危機を察してからでなければポケモンを倒すほどの強力なパワーが出せないと

いうところを挙げた。自らの明確な意志で、危害を加えられる心配のない無抵抗の

ポケモンを殺せるのか、それさえクリアすれば完璧だと告げていたのだった。

 

『そのパラスだって・・・いつ暴れだすかわからない。どんなに頑張って

 面倒を見たところで病気になったり寿命がきたりするじゃないか。それに

 最後はいつもお前のその手で終わらせてきた。大したことじゃないだろう』

 

『・・・大したことじゃ・・・ない?』

 

『お前の能力さえあれば何でもできる。この贅沢な暮らしだって通過点だ。

 もっと豪華な家に住める。もっと金が手に入る。そのためにはどうしても

 犠牲が必要だ。これまで人類はずっとそうやって生きてきた。さあウメ、

 私たちのために、そしてお前の未来のために念力を放つんだ、パラスに!』

 

『・・・・・・1!』

 

 

父の激励と同時にナツメの目が赤くなり、これまでで最も強い光を放った。

そして長い髪の毛が逆立ち、物凄いパワーが秘められているのは明白だった。

 

『こ、これは凄いわ!』 『ああ!ウメのパワーは無限だ・・・』

 

自分たちの娘は世界をも動かす力を持っている、父と母の興奮は最高潮に達した。

だが、その念力の標的がパラスではないと気がついた瞬間にはもう遅かった。

 

 

『・・・あ・・・あなたたちなんか・・・もうお父さんとお母さんじゃない。いや!

 人間の姿をした悪魔だ!ポケモンたちの平和のためにも・・・くらえ!』

 

最初にこの力を使ったのも、ポケモンを虐げる少年たち相手だった。無意識に

発動したので彼らの足を破壊するにとどまったが、今回は極めて強い殺意と共に

はっきりと狙いを定めている。パラスをはじめとした罪なきポケモンたちを

外道から守るという思いもある。殺人のための念力を解き放った。

 

『ぐ・・・ぐあああ———————っ・・・』 『アア————っ』

 

『ハァ——————・・・ハァ—————・・・ハ———・・・・・・』

 

 

脳内を直接攻撃された二人は目や鼻、耳から血を噴き出して崩れ落ちた。ナツメは

それを冷めた目で見ている。この二人は死に値する人間なのだから惨めな最期も

当然だと。娘にそこまで憎悪の気持ちを抱かせた両親の罪は重いが、このまま

悪人として死んでいけばまだよかった。彼らは死の間際、大きな過ちを犯した。

 

 

『・・・・・・』 『・・・・・・』

 

『・・・わたしへの恨み節くらいなら聞いてあげるよ・・・』

 

今にも息絶えるであろう二人の口元が微かに動いているのを見てナツメは

倒れる二人のそばに顔を近づけた。すると、両親は手を伸ばして娘の頭に

手を伸ばした。優しく乗せられた手のぬくもりは、ナツメがよく覚えている

大好きだったころの父と母と全く同じものだった。

 

『トウメイ・・・わ、私たちが間違っていた。すまなかった・・・』

 

『あなたはこの世で誰よりも優しい子なのに・・・あんなひどいことをさせて・・・』

 

この化け物め、手に負える存在じゃなかった、そんなことを言われるものだと

決めつけていたナツメは、世界が止まったかのような感覚に襲われた。

 

 

『・・・え・・・い、いまなんて・・・・・・?』

 

『許してくれなくてもいい・・・ただ・・・決して自分を責めないでくれ・・・』

 

『あなたならきっと何でもできる。でもその人間離れした力でじゃない。

 それを凌ぐ深い愛が・・・必ずあなたを幸せにしてくれるから・・・・・・』

 

 

この手で殺害した二人の前で、ナツメは動けずにいた。自分を責めるなと言われたが、

二人を狂わせたのは他でもない自分だ。自分さえいなければこんなことにはならず、

命を落とさなかった。二人ではない。母のなかにいた子どもを含め、三人を殺したのだ。

 

 

 

『あ・・・あああ・・・・・・あああああ——————————————っ!!』

 

 

 

 

 

少女の慟哭がスタジアムに響き渡った。その限りない絶望と悲しみはどれだけ

叫んでも収まることはなく、彼女の涙が枯れるまで止まらない。セレビィが

見せる映像では一分程度にされたが、実際には数時間、もしくは数十時間と

それは続いていたのかもしれない。そして場面は突如移り、街となった。

 

 

『・・・わたしに価値なんてなかった。結局全てを台無しにするだけの存在だった。

 でもあなただけは傷つけずに終われた。今までありがとう、そしてさようなら』

 

モンスターボールに入れたままパラスを人間や凶暴な野生ポケモンの危険がほぼない

ところに残して別れると、ナツメはしっかりとした足取りで街を歩いた。電気屋の

テレビでは、遺伝子ポケモンの研究が進んでいることを科学者たちが得意気に語る。

 

『・・・・・・わたしのこの力・・・もしできるのならどうかあのかわいそうな

 ポケモンのもとに届くように。そしてわたしなんかとは違うほんとうに優しい

 人と出会えますように・・・・・・』

 

祈りにも似た言葉を告げてから街中を去り、目的の場所に到着した。昔ながらの

建物、特に寺が多いエンジュシティで最も高い寺にいた。深夜であり、周りには

誰もいない。すでに決断をした彼女に迷いも躊躇いもなかった。

 

 

『死にたい・・・いや、消えてなくなりたい。わたしの夢もこの心も超能力も

 何もかもが意味のないものだった。これ以上悲しくてやりきれなくなる前に

 いなくなってしまいたい・・・・・・・・・』

 

 

地に吸い込まれるかのようにエンジュの寺から飛び降りた。これで彼女の

人生劇場は終わるはずだった。ところが、いまだ物語は続いていた。


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