ポケットモンスターS   作:O江原K

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第13話 処刑

試合中に突然フーディンが高らかに叫んだ、主人であるナツメとフーディンの野望。

『ポケモンと人間の関係の逆転』という衝撃的な内容にトレーナーたちは

黙っていられるわけもなく、次々と言葉を飛ばした。

 

「そんなことありえるものか!どうかしている!」

 

「正気かナツメ!万が一そんな世界になったらあんたも・・・」

 

それらの声をフーディンは両手を広げて遮り、そして返答した。

 

「ご安心ください。わたしたちが憎み忌み嫌うのはポケモンを金儲けの道具や

 奴隷のようにしかみなしていない者たちです!愛情をもってポケモンと接し

 敬意を払う人々はそこまで恐れることはありません。むしろこのわたしと共に

 新たな世界を導いていく資格があると言えるでしょう。その点ナツメさんは

 素晴らしいお方です。わたしが自分のマスターとして唯一認めた方なのですから」

 

絶対的な信頼を抱いているようだ。フーディンの言葉にナツメのほほが緩んだ。

 

 

「・・・ボクにはそうは思えないが・・・。そこのナツメよりもポケモンを愛し

 尊敬されるにふさわしい優秀なトレーナーなんていくらでもいるだろう」

 

すっかり蚊帳の外だったバトル相手のイツキ。フーディンは余裕の表情で答えた。

 

「少なくともあなたはそれに該当しませんねぇ。自分が名声を得るために

 ポケモンを使い、実力差もわきまえずに無謀な戦いを強いた。

 その結果がこのザマです。よくわかったのではありませんか?」

 

いまだに倒れているイツキの自慢のパートナー、ネイティオ。フーディンは

ネイティオに対しても語りかけたが、実際には人間のもとにいるすべての

ポケモンに向かって話し始めたのだ。先ほどまでが人間相手ならば今度は

ポケモン相手に、ということだった。

 

 

「わたしの怒りは人間どもに対してだけではありません。彼らを増長させる原因と

 なったポケモンたちをもわたしは許せません。人間相手にただの動物のように

 尻尾を振って媚び続けた結果がこの現状なのですから。安楽と引き換えに

 自由と誇り、そして尊厳を失ってしまった事態を招いた罪は重大です。

 わたしの目指す新たな世には不要なので排除いたします」

 

そう言うと倒れていたネイティオの視線にまで腰をおろし、選択を迫った。

 

「さて・・・あなたはどちらでしょうね、ネイティオさん?今からあなたに

 それを示す機会を与えてあげましょう」

 

「・・・トゥ・・・・・・トゥー・・・?」

 

「あなたは優秀なポケモンです。このわたしが久々の実戦とはいえ何度も

 軽くないダメージを負うとは予想外でした。あなたの非凡な素質は

 ここで失われるにはもったいない。ましていまそんな無能で自己本位な

 トレーナーのもとで飼われているだなんて・・・同情しますよ」

 

するとナツメが何かを取り出した。市販されているハイパーボールだった。

その指先で器用にくるくると回している。中身は空っぽのようだ。

それをネイティオによく見えるようにフーディンは指さした。そして、

 

「簡単なことです。自らそのボールに入りあなたもナツメさんのポケモンと

 なりなさい。こうなることがわかっていながら無謀にも戦いを挑んで

 あなたをこのような目に遭わせた男とは違いナツメさんはあなたを大切に

 してくれます。いま命が助かるだけでなく生涯幸福でいられますよ」

 

生か死を選べというのだ。悪魔の誘いのように思えたが、これからの

ネイティオの行動によりナツメとフーディンは天使にも悪魔にもなりえる。

いや、その命をどうしようか自由にできるという点で彼女たちはいま

ネイティオにとって気まぐれな神ですらあった。

 

 

『こ、こ、これは異常事態!なんとバトル中に他人のポケモンを自分のものに

 しようというのです!まさにありえない暴挙と言うほかありません!』

 

「禁じられている道具の使用だ!あいつを反則負けにしろ――――っ!!」

 

ゴールドが叫んだ。しかしフーディンは両腕を広げて笑いながら言った。

 

「反則?道具の使用?該当しませんよ。そりゃあわたしたちが力づくで彼の

 ポケモンを泥棒しようというのならいけませんがこのネイティオは自らの

 意思で試合放棄するだけなのです。そしてそこのクズの手を離れ

 ポケモン界の頂点に立つ資格のある方のもとで新たに生きるのです。

 さあ、ご決断を!断ればどうなるか、言うまでもありませんよね!」

 

ふらふらと力を振り絞ってネイティオが立ち上がった。歩くのもやっとの

重傷であったが、一歩ずつ、一歩ずつナツメのもとへと進んでいく。それを見て

フーディンはにやりと醜悪な笑みを見せたが、ナツメのほうは厳しい表情を

いっそう険しくしているようだった。その真意は誰にもわからない。

 

 

「・・・ネ、ネイティオ・・・・・・・・・」

 

イツキは引き留めることもできずそれをただ見ていることしかできない。確かに

自分は目の前の怪物相手に悲惨な結果になることもありえるとわかっていながら

ネイティオを戦わせた。今日だけではない。これまでもずっとチャンピオンに

なるために毎日ハードトレーニングを課してきた。主力ポケモンである

ネイティオには他のポケモン以上に厳しく鞭を振るってきたのだ。二人三脚の

つもりで日々鍛錬を重ねていたのは自分だけで、ポケモンは嫌がっていたの

かもしれない。見限られてしまっても仕方がない――――。

彼の目の前が真っ暗になりかけたところで、ネイティオがくるりと振り返った。

 

「・・・・・・・・・!!」

 

「おお、そうですね。あのような男であっても別れの挨拶くらいは済ませて

 おくといいでしょう。どうぞどうぞ!」

 

ネイティオはイツキの顔を未来が見えるというその目でじっと見ていた。

だが今、未来ではなく彼との過去、出会った時からの思い出がその脳裏にあった。

 

 

『よーしっ!これからボクがキミの親だ!ネイティ、よろしくね!』

 

『トゥー!!』

 

草むらでいつも通りの毎日を過ごしていたとき、トレーナーですらなかった

幼いイツキにゲットされてから全く違う日々が始まった。確かにあのまま

野生のポケモンでいたほうが気楽で苦労はなかっただろうが、果たして

今のような満足感や達成感を得ることができただろうか。潜在能力を限界まで

発揮し強敵たち相手に勝利を得る充実は、彼が与えてくれたものだった。

 

『やったよネイティオ!ぼくたちが!今日からポケモンリーグの四天王だ!』

 

『トゥートゥー!』

 

『ハハハ・・・こんなときでもお前は何を考えているのかよくわからない顔だなァ。

 でも確かにここで喜んでいるようじゃボクもまだまだ甘かった。チャンピオンに

 ならなきゃいけないんだから。明日からもっと厳しくなるぞ、いいね!?』

 

彼と共にこのカントー・ジョウトリーグの、やがては世界一の座を手にする。

決して強制されているからではなく、自らの意思でそうしようと決めた

ではないか。ネイティオはこれまでの思い出のごく一部を思い返しただけで

十分だった。そして自然と足が動いていた。

 

 

「トゥア――――ッ!!」

 

『こ・・・これはネイティオ!フーディンの顔に後ろ足で泥をかけた―――っ!!

 振り返ったのはイツキとの決別ではなくこのためだったのか――――っ!!』

 

フーディンの顔が泥で汚された。よってどのような表情、反応であるかわからなかった。

それを気にすることもなくネイティオはその向きのままイツキのもとへと歩き出す。

 

「トゥ――・・・トゥ――――ッ!!」

 

「・・・お、お前をそんな目に遭わせたこんなボクを見捨てないでくれるのか・・・!

 ネイティオ・・・・・・ネイティオ―――――っ!!」

 

イツキはトレーナーがいるべきスペースを乗り出し、ネイティオのもとに

駆けだした。すぐにでも相棒を抱きしめてやりたかったからだ。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

その様子を眺めていたナツメから僅かに一瞬険しさが消え、尊いものを見守る穏やかな

顔つきになったが、それに気がつく者は誰もいなかった。泥を払い終えたフーディンが

表には出さないが激しい怒りを抱いていることが明らかだったからだ。あと少しで

互いに手が届くという位置まで来ていたイツキとネイティオが突然金縛りのように

動きが止まり、ネイティオのほうがフーディンのもとへと引っ張られていたからだ。

 

「ネイティオ―――――っ!!」

 

「フフ・・・残念です。ではもういいでしょう。さあすべてのポケモンを扱う

 人間、それにポケモンたちよ!わたしたちに逆らう者の末路をいま

 お見せして差し上げましょう!よーくご覧ください!」

 

「トゥギャァ!」

 

ネイティオの全身がミシミシと音を立てている。骨が何本か折られているようだ。

そして超能力によりフーディンはネイティオを連れてみるみる上昇していく。

 

「さあ、これがわたしの必殺技です!」

 

「やめろ――――っ!」

 

フーディンは集中力を高め、そして空中に留まらせていた眼前のネイティオに、

 

 

「サイコキネシス―――――ッ!!」

 

先ほどの試合でカスミのスターミーが見せたサイコキネシスの数倍の威力だった。

その膨大な念力でネイティオは地面へと急降下させられ、しかもその先には・・・。

 

「・・・・・・・・・!!」

 

イツキがいた。フィールドに降りてきてしまっていた彼めがけてネイティオを放ったのだ。

 

「あがっ・・・・・・!!」 「トゥガァ――――――ッ!!」

 

高速の弾となって放たれたネイティオとイツキが激突し、吹っ飛ばされてから

地面に落ちた。共に口から吐血し、倒れたまま動かない。場内は静まり返り、

やがてしばらくしてから我に返ったかのように審判役が試合終了の合図を送った。

 

 

『し・・・四天王のイツキとネイティオ・・・・・・突如現れた怪物フーディンを

 相手に最後まで抵抗しましたが完敗!ポケモンリーグ側は悪夢の四連敗です・・・』

 

ナツメが右腕を高々とあげ、フーディンも両手で独特のポーズを作って天に掲げた。

するとようやく観客たちも反応した。ブーイングという形によって。

 

「ふざけんじゃね―――っ!外道が――――っ!」 「人殺し――――!」

 

場内からの罵声の嵐にも飄々とした顔でいるナツメとフーディン。特にこの

惨劇の実行犯であるフーディンはブーイングすらも快感であるかのような顔だった。

 

「さて・・・公開処刑の完了です。こうなりたくなければ・・・・・・・・・」

 

「ああっ!あれは・・・・・・」

 

突然その笑みと言葉が止んだ。刑を執行したと思っていた一人と一匹が

生きていたからだ。地を這いながらもついにその手を取り合った。

 

 

「・・・ま・・・負けたからって・・・ボクたちのやることは・・・

 変わりはしない。また明日からトレーニングのやり直しだ・・・」

 

「トゥ~・・・トゥ~・・・・・・」

 

「・・・それを聞いてほっとした。こ、今度こそあいつに勝とう・・・・・・」

 

同時に意識を失ったが、すぐに救護班がやってきてイツキたちを運び出した。

軽傷でないことは確かだが、彼らの様子から命に別状はないようだ。

フーディンはなぜ自分の技が完全には決まらなかったのかあごに手を当てて

僅かに考えると、すぐにその答えにたどり着いた。ナツメに歩み寄って言う。

 

「やってくれましたねナツメさん。なぜです?あいつらは生かしておく必要など

 なかったでしょうに。わたしの技が炸裂する寸前で邪魔しましたね?

 ご自身の念力を使って威力を削いだでしょう」

 

フーディンの問いにナツメは少しの間沈黙した。なぜイツキたちを助けたのか

返答に困っているのだろうかと見ている者たちも彼女の答えを待った。

するとナツメはフーディンにも負けず劣らずの悪い笑みを浮かべてこう言った。

 

「殺してしまったらそれでお終い。だがこうしておけばやつらは

 わたしたちの力の生き証人となる。わたしたちに逆らうとどうなるか、

 その象徴として傷の痛みに苦しみ悶え続けてもらわなくてはいけない。

 どんな者でも有効活用できるってこと・・・それだけの話」

 

「おお、さすがはナツメさん。あのクズどもにも価値を見いだされるとは素晴らしい

 お方です。さて・・・どうやらご不満があるようですね、皆さんは」

 

 

ナツメとフーディンのすぐそばにまでグリーンとミカン、この場にいたジムリーダーや

優秀なトレーナーたちが詰め寄ってきていた。彼らだけではない。ナツメにとって

仲間であるはずのカンナたちまでもが敵意を抱いているようだ。すぐにでも

次なる戦いが始まってしまいそうな勢いだった。


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