ポケットモンスターS   作:O江原K

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第130話 歪な存在

今から少なくとも三十五年は昔のことだった。自らの超能力によって愛していた

ポケモンたちを、そして両親と母の腹にいた子を殺めた少女はエンジュシティの

歴史ある寺から身を投げた。セレビィの生み出した映像はここでいったん止まった。

 

「どうですか、これが先ほどルギアも触れたあなたの罪の歴史です。

 こうして人々の前で明らかにされましたが・・・何かありますか?」

 

ナツメがどう答えるのかセレビィは待っていた。だが、彼女は揺らがない。

 

「・・・・・・くくく、まだあれが幼い日のわたしだというのか?あの娘は

 たったいま飛び降りて死んでしまったではないか。彼女の人生という劇場は

 あれにて幕を下ろした。滅茶苦茶ではないか、あなたの言葉は・・・」

 

自分ではないという姿勢を崩さなかった。しかし後ろにいるアカネが叫んだ。

 

 

「いや、違う!うちにはわかる・・・あれはあんたや!」

 

「・・・どうしたアカネ、こんなくだらないショーに騙されるな」

 

「あんたはカントー者のふりをしとったけど・・・いま思い返せばジョウトの

 人間や言われても納得いく!そのヒントはあったんや!」

 

コガネシティの街並みを見た時、中心街ではその変化に驚く一方でアカネの

実家がある昔ながらの地区では懐かしむような目で眺めていた。その翌日に

地下街でラーメンを食べた際も、ジョウト風の味付けを好んで食べていた。

 

「それに・・・あのポケモンたち!一週間前のキクコとのバトルで・・・!」

 

「・・・!」

 

キクコのゲンガーは窮地に追い詰められると最後の手段、のろいを発動した。

フーディンには彼女が殺したポケモン協会の長老たちの魂が襲いかかり、

トレーナーのナツメにも五つの亡霊が迫っていた。それがコイキング、ナゾノクサ、

それにポッポとコラッタ、終わりにパラスだった。相手の記憶や罪悪感を利用した

呪いの術だったが、その日の夜にナツメに聞いてみたところ自分で殺したと認めた。

実際にはパラスのことは殺していないが投身を決めたため一方的に別れを告げた

罪の意識があったのだろう。バリヤードやスリーパーが厳しい視線を向けて

張り詰めた空気になったのも、これは事実であるという証明だ。アカネの追及に

とうとうナツメも黙ってしまった。一切反論も否定もできなくなったからだ。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・ナツメ・・・・・・」

 

人間の娘の姿に変装し客席から観戦していたミュウツーが、突然涙を流し始めた。

隣にいるブルーは驚いたが、どうして泣いているのかその理由をすぐに察した。

 

「ミュウツー・・・まさかあなたが施設を逃げ出したのは!」

 

「ああ・・・あの日だ。ナツメが私のことを想い、願いを込めたとき・・・」

 

死ぬための場所に向かう途中でミュウツーのことを知ったナツメは、自分のなかに

眠る力が人間に利用される哀れなポケモンのもとに届くようにと祈っていた。

自分と同様に深い絶望の底にいるミュウツーがいつか幸福を掴めるようにとも。

 

「どうやってもあの地獄から脱出できなかった。だがあの日、私のパワーが

 ほんの数十秒、信じられないほどに増し加わったのだ。私の力がそれを可能に

 したと思っていたが、遠い地からあんな後ろ盾があったからだったとは・・・」

 

「・・・だからナツメはミュウツーのことを知っていた。そして私を試してから

 ミュウツーと共に行くようにとあなたを私に託したんだ・・・」

 

 

そしてもう一人、ナツメの過去に『出演』していた男がいた。幼い日の姿であり

名前は出ていなかったので誰もその正体に気がついていないが本人はわかる。

トキワの森で将来の夢を誓い合った虫取り少年、そう、サカキだった。

 

(・・・・・・・・・そうか・・・これで全てが納得できる・・・・・・)

 

数十年前の初恋の少女とナツメの言葉がとても似たものであり、もしかすると

ナツメは彼女と接触を持っているか、確率は極めて低いが彼女の娘なのではないか、

そう思うようにもなっていた。しかしこの日の朝、スピアーによって夢の中で

幻を与えられた。そしてルギアの口からナツメは自分とほぼ同い年だと知った。

 

(そうだとすれば・・・わたしは大きな過ちを・・・・・・!)

 

すでに正解にたどり着いてはいる。だが完全に認めてしまうわけにはいかなかった。

ロケット団のボスとしての歩みは彼女を裏切り傷つける行為に他ならず、しかも

彼女のほうはおそらく全てをわかっていた。ずっとそれを見ていたのだ。

 

 

 

「・・・でもあんな高いところから落ちて無事でいられた理由がわからない。

 それにほんとうに昔の人間だっていうなら化粧や若作りにだって限界がある。

 どう見ても三十歳にすらなっていないのはいったい・・・?セレビィ!」

 

セレビィの主人であるゴールドもここでは観衆の一人になっていた。いまだ

残る多くの謎について尋ねたが、セレビィは小さく笑った。ゴールドが自らを

求めていることを嬉しく感じたのかもしれないが、この幻の神からは感情を

読み取れない。実際に何を思っているかはわからないままだ。

 

「その答えはこれからお見せする最後の幻でわかります。それでは・・・」

 

 

再び時渡りの力を使った上映会が始まろうとしていたそのときだった。

ナツメとゴーストが動いた。ゴーストはすでに攻撃の構えに入っている。

 

「あなたの力は面白いがここはポケモンバトルのための場所だ、もういいだろう!

 これ以上付き合う趣味はない、ゴースト!ナイトヘッドで黙らせろ!」

 

「・・・・・・」

 

奇襲が決まり、セレビィに攻撃が入った。反則ではなかったが、これまでの

ナツメならこんな行動は絶対にしない。余裕が失われている証拠だった。

 

「一気に畳みかけろ!二度と変な芸が披露できないように・・・」

 

ルギアを追い込んでいったのと同じように、セレビィにも効いていた。見た目で

判断する限りルギアよりも早く体力を奪えそうだ。ところがセレビィは息を吐くと

目を閉じて、すぐに自らのほうが勝っていることを示し始めた。

 

 

『あ———っと!バトル再開かと思われましたが・・・ゴーストのナイトヘッドに

 対してセレビィはじこさいせいだ!涼しい顔であっという間に回復—————っ!』

 

実はルギアもこの技が使えたのだが、神である自分が下等なポケモンたちを相手に

回復をするなど恥以外の何物でもないと考え封じていた。圧倒的な力の差を見せつけ

勝つことでゴールドの名声がますます高まるという狙いのためだ。一方でセレビィは

これを恥ずかしいだとかプライドが許さないだとかは全く思わず、確実に、完璧に

ゴールドのために勝利を掴もうとする。二人の方針と理想には微妙なズレが生じて

いるのだが、大きな目的が同じなので致命的な事態を招くことはなかった。

 

「ナイトヘッド以外に私に通用する攻撃がないのはわかっています。このまま回復を

 続けていればいずれ技を使える回数の限界が先に来るでしょう。さあ、映画の

 再開といきましょう!ナツメ、あなたの無力さと矮小ぶりを露わにするために」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

これ以上生きていたくないと地面へ飛び降りたナツメだったが、衝突の寸前で

またしても己の体を守るための力が勝手に働いていた。だが、この世から消えたいと

強い気持ちを持っていたので弱く発動し、結果として命を守る最低限の力しか

出なかった。重症であり、頭の損傷も大きかった。彼女が夜中を選んだため

発見が遅れ結局死に至る可能性もあった。ところが、この一部始終を見ていた者がいた。

 

 

『・・・地に体が叩きつけられる寸前に放たれた力・・・エスパーか。

 これはいい拾い物かもしれない。死なないうちに持って帰るとするか』

 

その者こそ、いま世界を自分の望む形に造り替えようとする魔王、フーディンだった。

己の力を用いてナツメの体の傷を癒し、誰にも見つからない場所に寝かせていた。

傷は治ったが意識が戻らない。脳へのダメージが大きいことと、ナツメに再び

目覚めようとする意志が薄いことが原因だった。その昏睡状態のなか、夢を見ていた。

 

 

『わたしのところに来なくても、お金儲けやバトルで勝つためだけにポケモンを使う

 人じゃなくて、ポケモンが大好きな優しい人のところに行ってくれるといいな。

 生まれてきてよかった、生きていて幸せだとあのポケモンが思えるような人に

 出会えますように・・・・・・』

 

夢の中でも現実世界の情報が少しずつ流れ込んでいた。グレンタウンの研究所から

ミュウツーが逃げ出し、まだ見つかっていないニュースだ。やがてこの事件は

規制がかかり報道を禁じられるようになった。だがこの騒ぎのため、ナツメの

両親が変死していたことや彼女が行方不明になった件は目立たなかった。

 

『・・・人とポケモンの距離は近づいている。いずれはみんなが・・・・・・』

 

戦火の爪痕も消え去りつつあり、この国が豊かになるにつれて人々の暮らしには

ポケモンと生きていく余裕が生まれた。一部の限られた人間だけでなく誰もが

生活の中にポケモンがいる、そんな時代が始まろうとしていた。ナツメが

一命を取り留めてから五年が過ぎたとき、フーディンが彼女の夢に現れた。

 

 

『・・・あなたは?すでに死んでいるわたしに何の用で来たの?』

 

『わたしはフーディン・・・しかし普通のフーディンではない。あなたを生かし

 来たるべき日に目覚めさせるべく管理している者だ。あなたが眠り続けている間も

 体は成長し、しばらくすれば二十歳になるだろう。肉体のピークは今日この日で

 あるため、あなたの体の変化をここで止めさせてもらった。その報告に来た』

 

『わたしはもういいよ。このまま静かに寝ていたい。生き返ったとしても

 またわたしの超能力がみんなを傷つけてしまうから・・・』

 

何度悲しみの涙を流しても諦めようとしなかったナツメだが、すっかり消極的に

なっていた。それでもフーディンは咎めずに誘いの言葉を続けた。

 

『あなたの不幸は超能力を適切にコントロールできるように指導してくれる人間が

 いなかったことだ。このわたしがその役を引き受けようではないか。あなたが

 望んでいる形でその天から授けられし力が使えると約束しよう』

 

『例えば・・・人間とポケモンが真の友情で結ばれる世界を目指すというのは?』

 

『おお、素晴らしい!まさしくそれこそわたしも希望している世の形だ!もし

 あなたがどうしても生き返りたくないというのなら静かに命を終わらせてやる

 つもりでいたがわたしの提案に興味を持ったようだな。ではそのために必要な

 条件と制約を今から教えよう。それでもよければ新たな命を授けよう』

 

 

フーディンはこの先ナツメが受け入れるべきいくつかの重要な事柄と掟、つまり

ルールを告げた。死んでいたはずの体を再び甦らせるためには不自然なパワーを

加える必要があり、しかも野望に満ちたフーディンの仲間になるというのだから

事前に了承を得るべき点は多かった。それを黙って聞いていたナツメは、しばらく

考えた後にフーディンの手を掴んで言った。

 

『・・・もう一度やり直せるというのならぜんぶ些細なこと。実際に地に落下した

 だけじゃない、心も地の底まで落とされたわたしがまた舞い上がれるという希望を

 くれるあなたの言う通りにする。まずは・・・目覚めの時を静かに待つんだっけ』

 

『ああ、それまではこのわたしの血を用いてあなたの生命機能を維持する。

 最も力強く美しい姿のまま眠り続けるがいい。わたしたちが活動を始める

 最高のタイミングで必ずわたしはあなたに声をかけるだろう』

 

 

 

そしてフーディンが誓い通りナツメを呼び起こしたのはそれからさらに二十年以上が

過ぎた後だった。この時点ですでにナツメは歪な存在になっていた。頭は自ら寺から

飛び降りた十歳を少し過ぎたときのままで、外見は十代後半、なのに実際の年齢は

四十歳を上回り知識や経験はどんどん増し加えられていく。バランスが壊れていた。

 

『この時代のことはだいぶ把握できた。思っていた以上にポケモンと人間の距離が

 近くなっていてびっくりだったよ。そのぶん悪い人間も増えたみたいだけどね。

 それで・・・今日はジムリーダーになるんだね?わたしたちがこれから数年かけて

 成し遂げようとしている計画がいよいよ本格的に始動するんだ』

 

『ああ。ジムリーダーという地位を手に入れることで協会の上層部やこの地方の

 現在のトップトレーナーの情報が入手しやすくなる。発言力や影響力を増し加え

 地盤を築きながら運命の日への準備を進めるのだ』

 

『昔より女の人のトレーナーも増えてるんだね。ジムリーダーにも何人も・・・』

 

カントーのジムリーダー紹介の冊子を眺めるナツメは、とあるページで手を止めた。

顔も名前も馴染みのない者たちばかりのなかで、彼のことは確かに知っていた。

彼が人々に尊敬され、それでいてカントーで最強の男。ナツメの頬が緩んでいた。

 

『・・・どうしたというのだ?あなた、何か心当たりはないか?』

 

『あんたがわからないのに私が知るわけないでしょ』

 

ナツメにはまだ最初のフーディンとバリヤードの二体しか仲間はいなかった。だが

それでも十分とフーディンはゴーサインを出し、最も手っ取り早く念願の立場を

手に入れやすく、立地条件も素晴らしいヤマブキシティのジムを標的に定めた。

 

 

 

『・・・ほう、道場破り・・・いくらエスパーポケモンとはいえたった二体で?

 面白い冗談じゃないかお姉サン。どれ、名前くらいは聞いてやるとするか』

 

『えーと・・・ナツメ、わたしはナツメです』

 

両親から与えられたトウメイという名はすでに捨て去った。フーディンの用意した

ナツメ、それが彼女のこれからの名前だった。戸籍をはじめとした身分にかかわるもの

全てをフーディンが偽装し、ポケモントレーナーの資格どころかジムリーダー試験に

合格したことにすらなっていた。あとは実際にジムを手に入れるだけだ。

 

『ジムのトレーナー全員、最後にジムリーダーにも勝利する。一切の休憩は禁止、

 回復の道具もなしだ。だからジムを乗っ取るルールなんてものは存在するが

 一度も達成されていない理由がわかるだろう。それにジム側が挑戦を受けるか

 どうか選べるんだ。そんな無謀な奴らにいちいち付き合ってられないからな』

 

『えっ・・・受けてくれないんですか?』

 

『ハッハッハ!考えるまでもなく勝つのは俺たちだろう!だが断らせてもらおう!

 まずは認定バッジを賭けた勝負から始めたらどうだ、新米の姉ちゃんよ!』

 

 

するとフーディンが大きなバッグを放り投げ、ジムトレーナーである空手家たちの

中央に落とした。そのなかを見てみると、ぎっしりと札束が詰まっているのだった。

 

『・・・・・・ぐおっ!ほ・・・本物!?いくら・・・あるんだ!?』

 

『五千万円あります。勝負を受けてくれるだけで二千万お渡しします。わたしたちが

 負けたら残りの三千万も差し上げます。皆さんは大事なものを賭けるのですから

 わたしたちもこんな形で応じることができたらと思いました。どうでしょうか』

 

ポケモンの密売に関わっていた経済界の重鎮を脅して強請り取った五千万だった。

フーディンがそれを率先して行い、ナツメは略奪にも近い行為に躊躇っていたが、

貪欲に金を得た者たちから回収しポケモン界の未来のために利用すると説明を受け

納得することにした。ジムリーダーになることができれば食うには困らない給料が

手に入る。目的のためには金を惜しまず使う必要があった。

 

 

『ホーホッホ!どうです、ただ試合を行うだけで二千万、しかも勝てばプラス三千!

 我々はたった二体であなたたちの格闘ポケモン全員をお相手すると言っているのです。

 もう一度じっくり考えて勝負をするかどうかお決めに・・・』

 

ナツメに忠実なポケモンを演じるフーディンの問いもまだ途中であったが、

魅力的な餌に釣られたヤマブキジムのメンバーたちは喜んで首を縦に振った。

 

『金持ちの酔狂か!?いいだろう、やってやろうではないか!』

 

ジムの運営のための資金はポケモン協会から決められた額の予算に基づいて

支給されるが、足りない分は自分たちで埋め合わせなければならない。ヤマブキの

空手王たちはそのやりくりが下手だったので、フーディンに目をつけられた。

 

金など余っているタマムシジムのエリカなら五千万程度では動じなかっただろう。

また九割九分九厘勝てる勝負だと思っても、負ける確率はゼロではない、負けたら

ジムを奪われると冷静に考えれば彼女でなくてもほとんどのジムリーダーが勝負を

受けずにナツメたちを追い返していたはずだ。事実ヤマブキジムも一度はそうした。

しかし目の前の誘惑に抵抗できなかった。この大金があればしばらく経営は安泰、

最新鋭のトレーニングもできる、と思いは膨らみ取り返しのつかない事態を招いた。

 

 

 

『・・・ぐおおお~~~っ・・・!ま、まさか~~~っ!!』

 

『カ・・・カラテ大王兼リーダー!これからどうすれば——————っ・・・』

 

ナツメたちは勝利した。まさかの敗戦に発狂寸前の男たちをよそにフーディンは

新たなジムに必要な品を物色し始めた。バリヤードもそれに加わったが、二体は

ナツメの腕前が考えていた以上に未熟で才能が無いとこの一戦で気がついた。

 

『私たちがうまくやったから勝てたようなもので・・・この先が思いやられるわ。

 あんたの計画どころかジムリーダーとしてやっていくのも厳しいんじゃない?

 三十年近くかけたとか言うけれど人選を間違ったとしか思えない』

 

『・・・フフフ、確かにこれから少しは成長してもらわないと困るが・・・わたしが

 目立ち過ぎぬように役割を果たしてくれればそれでよい。あまりトレーナーとして

 有能であると超能力を使えることもあり思いあがる可能性がある。エスパーの

 力は必要だがポケモントレーナーの資質は最低限あれば十分だ』

 

 

フーディンがナツメに要求した条件の一つにフーディンの行いに決して逆らわず、

裏切らないというものがあった。しかしナツメの自由も与えられていてフーディンの

最終的な目的に反しなければやり方は問われなかった。有用な駒としての役目を

こなし続ける、そこから外れずにいる限りそれ以上は縛られなかった。

 

 

『うぐぐ・・・明日からどうすれば・・・』

 

『・・・皆さんがここを出ていく必要はありません。正規のジムの座を頂きましたが

 この建物や土地まで取るつもりはありません。すでに用意は済ませています。

 それにヤマブキシティは大都市ですから数の少ないわたしたちだけではきっと

 手が回らないでしょう。ジムが二つあってもよいのではないでしょうか』

 

『ム・・・!ということは・・・これからも我らはここにいていいのか!?』

 

フーディンが今回求めたのはナツメがジムリーダーとなりリーダー会議や街の

権力者たちの会合に出席し発言できる権利を得ることだった。敗者たちについては

どうでもいいと思っていたので具体的な指示を与えていなかった。するとナツメは

彼らが今後も活動を続けられる提案を出したのだ。

 

『ええ、いきなり新しいジムができたとなると混乱が起きるでしょう。わたしたちの

 準備が整ってから世間に発表としましょう。その後ももしかしたら認定戦の委託を

 することもあるかもしれません。そのときはお願いできませんか?』

 

『あ・・・あれほど無礼に振る舞ったうえに完敗した我々に・・・!

 なんとありがたい話だ!全てそちらの言われた通りにさせてもらおう!』

 

 

このジムをそのまま奪って簡単に改装すれば数日中にニュー・ヤマブキジムの誕生も

可能だった。正式なルールで認められている勝負に勝ったのだから人々も最初は

驚くだろうがすぐに受け入れるはずだ。身分や生い立ちをフーディンによって

見事に偽造されているので反対するジムリーダーも出ないようにされていた。

 

『・・・ナツメ、いいの?土地の用意なんてやってないじゃない。数か月はかかる。

 正式なジムリーダーの変更は裏では先に進めておくとして・・・表向きはまだ

 リーダーじゃないんだからいろいろと遠回りに・・・・・・』

 

『それなら問題ないよ、ミカ。わたしたちの仲間を増やすための時間が要るし、

 わたしももっと勉強しないと。時間はたっぷりあるんだから、ね、フーディン』

 

ミカ、と呼ばれたバリヤードはフーディンの出方に注意を払った。もし彼女が

ナツメの行動に激怒し何かをしてくるのであれば守らなくてはならないからだ。

だがフーディンは一言も発さず、そこから動かないことでナツメの行いを許容した。

 

『・・・・・・確かに私たちだけじゃキツい。化物級のパワーを持つフーディンが

 そう頻繁に出てきても悪目立ちしてよくないことになるし・・・二人がそれで

 いいなら私も止めはしない。どこかの素人にもスキルアップしてほしいしね』

 

『あはは・・・もうちょっと落ち着いて試合ができないとダメだよね』

 

 

 

フーディンはナツメがトレーナーとして凡庸であることは先にも述べたように

問題視していなかった。不安があるとすれば、救う必要のない者たちに厚情の手を

差し伸べたことだった。悪人を容赦せずに排除すべきという思いは強いが

そこから自分が不正な利得を受ける行為に抵抗感を持つナツメが、悪人ではない

弱者や何らかの事情のせいで苦しい立場にいる人々に余計な手助けをすることで

計画が台無しになるかもしれないという懸念があった。

 

 

(構わなくてよいクズどもに足を引っ張られなければよいが・・・この者は

 正義感が強く、悪であれば実の親であっても殺せるところを買ったが、

 優しすぎる、というのは明らかな短所だ。身を滅ぼしかねないぞ)

 

 

 

時間はあるとナツメが語ったのは、フーディンによって特別な体を与えられて

いたからだった。ナツメの外見が若いまま維持されていたのは眠っている間に

フーディンが自らの血をナツメに飲ませ続けたからだった。神に選ばれ転生したと

語るフーディンには老化や寿命は存在せず、その血を分け与えた者もそうなる。

 

絶対に死なないというわけではないが、姿が今後一切変わらない不老不死ともいえる

存在になることをナツメは受け入れた。これもフーディンが課した条件の一つであり、

共に新たな世界を創り導く者が些細なことで死なないようにするための処置だった。

衰えにより思うように動けなくなり思考が鈍る事態も面倒で厄介なので排除した。

 

完璧な存在である己の同志も完璧でなければならないというフーディンの考えが

大いに反映された存在、それがナツメだった。幼き日に死んでいたはずが奇跡的な

力によって生かされ、再び蘇りポケモンのための世の中を実現させるため奔走する。

フーディンのおかげで超能力のコントロールもできるようになったナツメの第二の

人生はうまくいくように思えたが、このときからすでに崩壊の気配があった。


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