ジムリーダーとなったナツメはオスのユンゲラー、モルフォン、スリーパーと仲間を
増やしていった。そしてジムリーダーとしての活動に夢を膨らませていた。
『ただ強さが求められるだけなら戦うのが好きじゃないわたしには厳しい。でも
ジムリーダーはポケモンとの生活の方法や正しい接し方を皆に教える仕事もある。
言葉が通じない人間とポケモンがどうやったら真の友達になれるか伝える、これも
わたしたちが目指す世界のための活動になるんじゃないかな?』
バトルで実力を見せつけ人々を従わせ、またポケモンを私利私欲のため虐げる悪人を
始末することだけが目指している世界への道ではない。派手さはないが地道で堅実な
方法もあるとナツメは相棒のフーディンに語った。しかし反応はいまいちだった。
『あまり理想を抱かないほうがいい。わたしがなぜ特別な力を持つあなたを選び、
対話や教育ではなく戦闘と制裁により世を変えようとしているか、あなたもいずれ
わかるだろう。あなたの考える以上に腐敗と堕落は根づいてしまっているからだ』
思い通りに事が進まないとナツメがわかったのはそれからすぐだった。ポケモンとの
絆をどれだけ熱く語ろうとしても人々が求めるのは超能力によるわかりやすい
パフォーマンスのほうだった。スプーンを曲げてみせろ、カードを透視してほしい。
ポケモンへの愛情豊かなナツメではなくエスパー少女ナツメを皆が待ち望み、それは
ナツメにとってはとても不快でストレスの溜まることだった。
『・・・ねぇ、もしかしたら今も私たちの心・・・あのナツメに』
『読まれている、のかもしれないな・・・なるべく何も考えないようにしているが』
そしてジムリーダー仲間たちもナツメのエスパー能力を恐れ、心を閉ざし距離を置いた。
格闘道場から正規のジムの座を奪い取ったことや力を用いて裏で暗躍しているという
悪い噂が、彼女がいかに正しい言葉を話しても疑いの目を向けられる理由となった。
『わたしは違う・・・何も使っていないのに』
実のところ彼女は超能力に頼ろうとはせず、人の心を読もうともしなかった。誠実に
接するなら皆近づいてくれるだろうと期待していたが誰も信じようとしなかった。
そして人を信じることの愚かさをその身で知ったのはヤマブキシティを占領した
ロケット団、彼らが乗っ取ったシルフカンパニーで首領と対峙したときだった。
『・・・やはり!ジムリーダーのナツメ、お前か!』
『・・・・・・・・・』
その男は幼き日にトキワの森で将来の夢を語り合ったあの少年だった。自分より先に
ジムリーダーとなり人々からの尊敬を得ていたがほんとうの顔は金もうけのためなら
何でもするロケット団のボスだった。表面上は冷静に彼と交渉し、暴挙を見逃す
代価にシルフの機密情報を自由に閲覧できる権利を手にしたが、その日の夜ナツメは荒れた。
『どうして誰もわかってくれないんだ!』
限界まで酒を飲んで叫び、眼前の物を殴って叩き壊した。自分のポケモンたち以外は
いない場所だったので人々に知られることはなかったが、ポケモンたちは彼女にどう
声をかけていいかわからず、一人にさせるのが一番とその場を離れるだけだった。
『・・・こんなときでも涙が出ないのか・・・ふふっ、おかしい』
フーディンは不老不死の体を与える代わりに多くの制約を与えた。使命に専念
するために、まず生殖機能を奪った。そしてもう一つ、泣くことを許さなかった。
涙は不要どころか邪魔であり、適切な行動の妨げになりかねないからだった。
『・・・構わないよ。わたしの涙はもう、あの日に枯れてしまったから』
親友だったポケモンたちの命、最後には両親と母親の腹の中にいる子どもの命まで
この手で絶ってしまった。すでに涙は枯れ果てたと思いフーディンを受け入れた。
しかし想像以上に悲しみを感じる瞬間は多く、心のままに泣けないのは苦しかった。
ロケット団のボスの正体を知った翌日から、ナツメはフーディンの過激で暴虐的な
活動に自ら加わるようになった。自分のポケモンたち以外とはあまり接さなくなり、
ジムでの戦い方も挑戦者を圧倒するか数値上の調整のため手加減するかの極端な
ものになる。一見希望を捨ててしまったかのように映ったが、諦めていなかった。
『もう一度じっくりとあなたのポケモンたち、特に・・・あなたが幼いときから
共にいるスピアーと向き合うことだ。その目をしっかりと見て話すんだ。
腐った偽りの帝国の王の座をポケモンたちは喜んでいるのかよく考えろ』
自分を裏切った男に対しても悔い改めて復活することを願った。後に彼が
英雄レッドに敗れることを超能力無しで予告し、その敗北をきっかけに
やり直すように強く勧めた。また、彼の部下たちのなかでもポケモンとの絆に
目覚める可能性が少しでもある者たちを生かしておき、期待して待ち望んだ。
彼らの力が正しい方向に向いたとき、必ず自分以上のトレーナーになると。
『素晴らしい勝利だった!あなたとポケモンの深い絆がこの勝利を生んだのだから』
『・・・・・・え?』
皆が見放したアカネに対してもナツメは短所ではなく長所に目を向け、彼女が自分の
持つ素質とポケモンへの愛を最大限に発揮できるように励まし支え続けた。もともと
ナツメのポケモンたちは皆捨てられたか負傷や悪癖のせいで絶望の底にいるか、
普通の人間からすれば価値のない、終わったポケモン揃いだ。人間もポケモンも、
諦めなければ再生できる、何度でも立ち上がれると心から信じた。
若き日のナツメがそうだった。力を制御できずにひどく泣き悲しんでも諦めず、
地底まで落とされても、海の底に沈んでも舞い上がった。若い自分のように
もはやどうしようもないと思われているような見限られた者たちであったとしても
再生し、それまで以上に強くなれると希望を捨てなかった。
だから彼女は他人のせいで押しつぶされることはなかった。幼いときからずっと
抱き続けてきた己に対する疑問がナツメを追い詰め、病ませた。『わたしには
価値があるか、生まれてきた意味があるか』、その答えがいつまでたっても
出てこなかった。静かな部屋でふと考えた。自分がいなくても変わらないと。
わたしが何もしなくてもロケット団のボスはレッドに敗れたことでポケモンの修行を
一からやり直しただろう。カンナのラプラスの繁殖相手も見つかっただろうし、
カリンは自力で気の合う友を手に入れられた。レッドとエリカが再会し結ばれたのも、
アカネを中心として多くのトレーナーが謎の力に目覚めたのも全ては本人たちの
資質と求め続けた心が可能にした奇跡であり、わたしの行為に意味はなかった、
ナツメはそう結論した。少し遅れて後になるとしても、必ず彼らは幸せになれた。
『・・・やはりわたしはちっぽけで必要のない存在だった』
もともとナツメはそのような思いを抱いていたが、今回の戦いでトレーナーたちが
成長し、復活し、覚醒するたびに大きな喜びを抱くと共に自分の価値のなさを
実感させられ、病は悪化していった。フーディンに新たな命を与えられてから
今日に至るまで彼女を苦しめる病、それはうつ病だった。誰にも相談せず
隠れながら薬を飲み続け、どうにか生きようとしてきたが大きな区切りとなる
対抗戦の決勝、その先まで考える余裕がもう残っていなかった。だから最後の夜、
すらすらと遺書を書き上げた。そこにはこう記されていた。
『死にたいというよりは生きていたくない、それが本心であり決断の理由だ。
ただ消えていなくなりたい・・・それだけのことだ。詮索しないでほしい』
それが全てであり、偽りはなかった。残酷で無法な侵略者を装い、フーディンや
仲間たちと多くの暴力を重ね自らに嘘をつき続けてきたナツメの心の内だった。
その証拠に、ゴールドとのバトルの直前で彼女は真意を隠さずに話した。
『・・・ああ。言われるまでもなくわたしは価値のない・・・ちっぽけな人間だ。
わたしがこれまでしてきたこと、この超能力、語った言葉の全てはくだらないし
意味がない。誰もわたしなど必要としていないし、わたしもいらないと思っている』
無駄に災厄をまき散らすだけだったと自分の人生を振り返り、もう舞い上がれないと
ギブアップした。まず誰もやろうとしないだろうが追悼イベントなどするなと遺書の
最後に書かれており、同時に自ら命を絶った後にその始末をする人たちや自らの
ポケモン、そして結成して間もないリニア団の仲間への言葉で締めくくられていた。
『面倒な後始末をさせることをお詫びします。ごめんなさい、そしてありがとう』
仕事で使う部屋の一つにすでに準備がされていた。仮に対抗戦で勝ち勝利の美酒に
酔うとしても誰にも気づかれずにそこへ向かい、決断通りにすると決めていた。
首を吊って今度こそ生き延びることがないように用意を整えていたのだった。
セレビィによる上演会は終わった。広い会場の超満員の観衆、ナツメを知る者も
そうでない者も、善人も悪人も、すっかり黙ってしまい異様な静寂が支配した。
よって最初に語り始めたのは仕掛け人であるセレビィだ。狙い通りの展開になった。
「どうです、これで明らかになりました。ナツメ、あなたが口ではどれだけ強く
自らの権威を誇り人々を罵倒していても実は寂しさと無力感に満たされた
小さな人間に過ぎないことが証明されたのです。あなたが惑わそうとした多くの
人間もこれで目が覚めたでしょう。全てを露わにされた気持ちはいかがです?」
「・・・ふ・・・なんだこれは。やはり終わりまででたらめだらけではないか。
こんなものをわざわざ映し出して余計な時間を使うなど・・・」
一貫してセレビィの映像は偽りだと言い続けたナツメだが、それを否定する声があった。
「違う!ナツメさん!あなたの悲しみは・・・本物だ!」
リザードンの背に乗ったレッドとエリカが上空から急接近してきた。エリカの手には
ナツメの部屋で見つけ、持ち出してきた遺書があった。
「・・・あなたたち!なぜここへ・・・!わたしの屋敷にいるはずでは」
「こんなものを発見してどうしてのんびりとテレビの前に座っていられますか!
この遺書のそばにはあなたが服用していた薬が散らばっていたのも見ました。
麻薬かもと思いましたが・・・心の病のためのものだったのですね」
セレビィの時渡りの力が本物である証拠が二つも出てきた。レッドとエリカだけでなく
ナツメのそばにいる共に戦うポケモンたちも彼女に迫り、問い詰め始めた。
「・・・ナ、ナツメ!あなた・・・もう治ったって言っていたじゃない!」
「そうです、我が主!カントーとジョウトの頂点に立ち新たな幕開けとなる
明日からはどうしようかと語らいあったばかりではありませんか!なのに・・・」
主人がうつと戦っていたことをポケモンたちも知っていた。己の超能力を原因とした
多くの悩みや望んでいない暴力行為の数々、ほんとうの自分を見せられず涙すらも
封じられた苦しみと戦うナツメを見ていた。だが、今日この後に自ら命を絶つという
非常に大きな決定についてはポケモンたちも知らされていなかった。
「・・・・・・な、何がどうなって・・・」
他のポケモンたちがナツメを囲むなかで、いちばん幼く経験の浅い、加入したのも
最後だったエーフィはひどく動揺してしまい、その場でおろおろとするだけだった。
「あなたの偽物ぶりにポケモンも困っているではありませんか。虚栄と幻想により
築かれたあなたの王国が崩れ去っていく・・・敵ながら惨めなものですね。やはり
この世に本物はゴールド一人!どんな正義もゴールドを模倣し劣化させた存在に
過ぎず、悪は残らずゴールドの手で除き去られるのです!全世界の人間よ、誰を
称えるべきかこれではっきりとわかったでしょう、それは————————・・・」
この場のギャラリーにだけでなく、中継を通してバトルの行く末を見届ける世界の
ありとあらゆる人々にセレビィは宣言した。ところがそれに真っ向から反抗し、
高らかに語っているところを妨げる声があった。神に逆らったのだ。
「う・・・うぱ——————————っ!!」
ナツメたちの仲間であり元ロケット団の女の相棒、ウパーが全身を震わせて叫んだ。
「・・・どうしましたか?気でも狂いましたか?」
「違う!ウパっちは正気だ!あんたたちの間違いを私と証明したいんだ!」
女のほうも珍しく感情を前面に出し、勇気を奮い起こしてセレビィに対して吼える。
「あんたとルギアは確かに神だ、でも神さまらしいことなんかしてないじゃないか!
私たちのような弱くて不幸な存在は気にも留めずに強い者の味方になってるだけ、
ありがたくもなんともない!そこのゴールドくんだって扱いに困ってるだろうに!」
「・・・・・・は?」
「でもナツメさんは私たちを助けてくれた。誰からも相手にされずに利用されて
捨てられて、クズのまま死んでいくはずだった私たちの命を救っただけじゃない、
これから先の希望と生きる活力を与えてくれた真の救世主なんだ!」
ロケット団最後のアジトで仲間になるよう誘われ、隠れ家の別荘にも同行した。
そこにはカントーとジョウトのエキスパートトレーナーたちが集合していて、
いきなり実際にバトルをする機会すら与えられたのだ。それだけでなく、その後の
一週間も彼らとトレーニングし多くの経験を積むことができた。だが彼女とウパーの
シンデレラストーリーはこの先も続くことになっていたのだ。
『・・・ねえあなた。私に憧れてポケモントレーナーになろうとした、でもその年は
裏口受験の数が多くて不合格になったって話だったわね、確か・・・』
『は、はい。でもそうなっていなければウパっちと出会うこともなかったわけで、
こうしてカンナさんと直接話せる機会なんて一生来ないでしょうから・・・』
『そうかしら?あの謎の力をずいぶん早くモノにしたじゃないの。素質はあるわ。
そのウパーのおかげというのは認めるけれど遠回りをしたせいでまだまだ私と
互角に戦うのは厳しそうね。だから・・・こんなのはどうかしら?』
カンナはとある招待状をワイルド・ワンズに見せた。そこには新しく作られた
人工島でポケモントレーナーたちを集めて大規模な大会を行うと書かれている。
『・・・これは・・・どこかの大富豪が自分の力を見せつけるための企画とか
ニュースでもやっていた・・・カンナさん、出場されるんですか?』
『少し前までだったら辞退だったわ。あなたたちが来る前日にここで引退式まで
開いてもらったくらいだもの。ユウゾウの結婚相手もいるし、現役はもう終わりと
決めていた。でも・・・あなたたちやナツメやアカネ、ワタルとバトルをして
私もユウゾウも気が変わった。使うポケモンは一体、トレーナー三人でチームを
組んで戦うという変則ルールの大会に参加する気になった。そしてそのメンバーに
あなたとウパーをぜひスカウトしたい!どうかしら!?』
『・・・・・・わ、私たちが!?もももちろん!ありがたく・・・』
持っているポケモンがウパーだけという彼女であってもその大会であれば実力を
十二分に発揮できる。憧れのトレーナーからの誘いに歓喜は頂点に達した。
『残りの一人はまだ考えてないの。現地で探しても面白いかもしれないわ』
『・・・だったらおれとカイリューが立候補しようじゃないか!』
後ろから話に割り込んだのはワタルだった。カンナとは昔からの仲でありラプラスを
探す件でも彼女の力になった。今回も助けになろうと自ら名乗り出た。
『あら、あなたは忙しいでしょ。協会の仕事やチャンピオンの補助が・・・』
『ナツメのせいでぜんぶ消えてなくなったよ。ゴールドくんもそろそろ一人で
自立するべきだし、チャンピオンでも四天王でもないおれは暇なんだ。
それに・・・いまはお前よりもそっちに用があってな・・・』
『私たちに、ですか?ワタルさんが・・・』
そこまで身構えずにいたものだから、続く言葉に必要以上に驚く羽目になった。
カンナには聞こえないように小声で話し始めた。
『どこかできみと会った、朧げな記憶をもとにそう言ったがやっと思い出した。
きみはチョウジタウンの土産屋、その地下にいた。エリカが口にした『ロケットの
残骸』という一言が引っかかっていたんだが・・・ゴールドくんとおれがアジトを
壊滅させるため潜入したとき、確かにきみはそこにいた。そうだね?』
『・・・・・・!!い、いや・・・・・・その、はい・・・』
もともと怪しまれていたのが、こうして確信を持って近づいてきたのだから
言い訳をしても無駄だと思い、諦めて認めた。このままばれないまま最後まで
やり過ごせると安心していたころに突然言われた。非常にまずい展開だ。
『ということは・・・私を警察に連れていくとか・・・?それともこの場で・・・』
大勢の同僚たちが引き渡されていくのを陰から見ていたし、ゴールドやワタルの
ポケモンの攻撃が直撃し重傷を負った者もいた。同じ目に遭うかと覚悟したが、
『・・・いや、そんなことはしない。いや、以前までのおれならそうしていた。
話も聞かずに拘束し、許せん悪党だと思ったら破壊光線を直接叩き込んでやった。
それがおれの正義だった。だがそれは間違いかもしれないとあいつに教えられた』
『あいつ・・・?』
『考えなくてもわかるだろう。ナツメだよ。あいつは何度も言っているじゃないか。
失敗してもやり直せる、再生できると。その失敗や罪の代償は払うことになるが
永遠に罪悪感に悩まされるべきではない、諦めなければ何度でも舞い上がれる。
だからおれもきみのこれまでではなくこれからに注目してみたいんだよ』
『ワタルさん・・・・・・』
優しく微笑むワタルの顔を見て彼女は安心した。そのときアカネがそばを通り過ぎ、
『ふっふ・・・乗せられちゃアカンで~?いまの言葉は嘘やないにしてもワタルの
本命はやっぱりカンナやからなぁ。いっしょにおるためのダシにされとるで』
『・・・ア、アカネ!馬鹿なことを・・・』
『いつも直線的なのにカンナが関わると回りくどくなるんやで、ワタルは。ふひひ』
『お、おい!ちょっと待て———————っ!』
悪戯好きな小悪魔を追いかけてワタルが席を立った。一連のやり取りをわけも
わからないまま見ていたカンナは首を傾げながらワイルド・ワンズに近寄った。
『・・・どうしたの?まさかワタルに口説かれたりした?』
『い、いや・・・違います。何でもない話です。それより・・・チームを組むと
いうのなら名前を決めておくべきじゃありませんか?』
『そうね。まあ正式決定は後でいいとして・・・候補の一つがこれ、
ハイパーランチャーズ・・・どうかしら、印象は』
『はい!ハイパーランチャーズ、ワクワクする名前です!』
「ナツメさんがいてもいなくてもこうなっただなんてとても思えません!
ちっぽけで意味がないだなんて・・・冗談でも言わないでください!」
「僕たちも同じ意見だ!あなたのおかげで僕はシロガネ山から出られたんだ!
そしてエリカだけじゃない、サカキさんやグリーンのような昔のライバルと
もう一度バトルができた。アカネちゃんたち新しいトレーナーとも出会い
力をもらえた。僕たちの止まっていた時間はあなたが動かしてくれたんだ!」
レッドの言葉にエリカも頷く。ナツメが最初に動かなければ皆、あのままだったと。
胸を張っていいはずなのになぜ自ら死を選ぶまでにナツメが病んでしまったのか
若い彼らにはわからなかった。だが、かつて夢を語り合った男サカキはナツメの
心境が理解できた。繊細で人一倍優しい彼女だからこうなったのだと。
(・・・やつは・・・己の目的を果たすために最初は真っ当なやり方で我々の
心を動かそうとした。だがわたしを含めた大勢に根拠のない恐れや偏見のせいで
退けられ、最も望まない形、自らの人並み外れた力とフーディンたち優秀な
ポケモンたちの暴力で成し遂げざるをえなかった。そのため理想の光景を
目にすればするほど一瞬の喜びの後にとてつもない虚しさが襲ってきたのだろう)
サカキの推察は寸分の狂いもなく当たっていた。超能力に頼らずに自分の夢を
叶えるという願いが果たされず、結局力にものを言わせて生きてしまった。
やがて全てが矛盾だらけの己が嫌になり、これ以上舞い上がれなくなってしまった。
スピアーの幻のなかで彼女を天使のようだと思ったサカキはいま、自然に感じた。
(・・・『愛に飢えた最後の天使』・・・それがやつを表す最もふさわしい表現だ)
様々な思いのこもった視線が集中している。一方でいの一番に騒ぎそうなアカネは
いまだうつむき黙ったままだ。この異様な空気をナツメ自ら打ち破ろうとした。
「ゴースト、攻撃再開だ!ナイトヘッドでセレビィの精神を削れ!」
「・・・・・・!」
自己再生の回復量を上回れないナイトヘッドだが、悪夢を繰り返し見せることで
肉体ではなく心のほうを破壊する狙いがあった。しかしルギアと違いセレビィには
それも通じない。余裕たっぷりに攻撃を受けきってみせると、くすりと笑った。
「・・・このまま回復を続けてもよいのですが・・・それでは芸がありません。
あなたたちを倒す方法などいくらでもあると教えるためにもこういうのは
いかかでしょうか、げんしのちから—————っ!」
セレビィにしか使えないというわけではないが珍しい攻撃技でゴーストを攻めた。
防御に秀でているゴーストにとっては大したダメージではない。ルギアの得意技
サイコキネシスすら余裕で耐えきるのだから、げんしのちからなど何でもない。
「くくく、驕りが出たか?あのまま回復に専念すればよかったものを」
「いずれわかるでしょう、もう一度、げんしのちから———————っ!!」
再び同じ攻撃だ。やはり僅かな衝撃しかない。一見無意味な繰り返しだが、
先ほどよりも多少威力が上がっていた。実際に受けたゴーストにはわかった。
「さて、これで準備は完了です。サイコキネシス—————ッ!」
『セレビィ、ここでげんしのちからをやめてサイコキネシスに変更だ!だがあの
ルギアですら崩せなかったゴーストの壁を突破できるのか—————っ!?』
安定した戦いぶりを続けてきたセレビィが隙を見せ、ナツメにも勝機が出た、
誰もがそう思ったときだった。サイコキネシスの勢いでゴーストが吹っ飛ばされた。
「———————!」 「ぐあっ!?」
ゴーストの体力が一気に削られ、ナツメにも重いダメージが入る。ゴースト同様
ナツメも地面に倒れ、うつ伏せに地を這うようになった。セレビィは突然の
高火力攻撃についての説明を勝ち誇るでもなく淡々と始めた。
「げんしのちから・・・これはあなた方を痛めつけるための技ではありません。
これにより私の能力を高めることが狙いだったのです。並のポケモンでは
そう都合よくはいきませんが私であれば本気を出せば高い確率でそれが可能!
私が油断したと思っていたのなら甘いです。むしろこれまで手加減を重ねて
きましたがとうとう本気であなた方を狩ろうと動き始めたのですよ」
「・・・・・・くっ・・・」
攻撃は当然として、他の能力もぐーんと上がってしまった。これではゴースト以外の
誰を出しても勝ち目は薄い。敗北の二文字が現実味を帯びていた。
(・・・どうにか粘ってきたが・・・とうとうこれまでか・・・・・・)
口にはしなかったがナツメも試合を諦める方向に思考が傾いていた。この強烈な
一撃のみならずこれまでの蓄積されたダメージのせいで起き上がりたくても
そうできない。続けたところで傷口を広げるだけだ。元から今日死ぬ気でいる
自分はどうでもいいがポケモンたちを守るためにここが潮時だと思った瞬間だった。
「私はこの世界で最高のトレーナーだと疑う余地のないゴールドに平然と逆らい
あろうことか愚弄したあなたを完膚なきまでに打ち砕くつもりです。そして
あなたを倒した後はあなた以上にゴールドに敵対するアカネを惨殺すると
決めているのです!私たちが大罪人と定めた者の処刑・・・今から楽しみですね」
ゴールドが勝利すれば今日の勝負は決し、これ以上のバトルは必要ないはずだ。
しかしオタチの死の責任をアカネに求めるゴールドと、彼の守り神として彼の望む
全てを成し遂げ、敵を残らず殲滅しようとするセレビィとルギアがこれで終わらせる
はずがなかったと明らかになった。そのときナツメの目に再度闘志が戻った。
「・・・わ、わたしはどの道死ぬべき人間だ・・・戦いで命を落とそうが
首を吊ろうが結果は同じこと、これ以上生きていたくないのだから・・・」
「た・・・立つというのですか?その体で・・・まだ勝負を!?」
「でもアカネは違う。わたしが見つけた光り輝く希望だ!わたしが果たせなかった
数多くの夢を実現できるアカネを奪われるわけには断じていかない———っ!」
数えきれないほど自分の、そして大切な者たちの血が流れた。涙は文字通り枯れた。
それでも信じ続け、希望を捨てなかった幼き日の自らのように、ナツメは立った。
すでに飛べる翼はもがれたが、口の中の砂を噛みながら這い上がった。
ゴールドとナツメのバトルの決着が迫っていた。上空にいるフーディンは一言も
発さず、姿勢や表情も一切変えないまま事の結末を見届けようとしていた。