ポケットモンスターS   作:O江原K

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第132話 永遠の嘘をついてくれ

 

セレビィの強化されたサイコキネシスを受け、ゴーストと共に深手を負い

沈みかけたナツメが立ち上がった。長丁場となったこのバトルはまだ続く。

 

『こ・・・これは凄い!ノックアウトは確実と思われたナツメが再び起きて

 バトルを続行しようとしているぞ!だがセレビィに対して有効打がない

 この現状、果たして打開できるのか—————っ!?』

 

げんしのちからを使い自身の能力を高めたセレビィにはもはや攻防どちらにおいても

太刀打ちする手段がないように思えた。無駄な悪あがきと誰もが見た。

 

「・・・愚かですね。せっかくこのまま倒れていれば命だけは容赦してあげようと

 思っていたのに・・・いや、自ら死を望むあなたにとってこんな温情はどの道

 無意味でしたか。さて、次こそ終わりにして差し上げましょう」

 

「・・・・・・・・・」

 

「決着の前に一度回復しておきましょうか。万全の形で勝利の瞬間を迎えたいので」

 

 

セレビィがじこさいせいの準備に入ったが、あらかじめ予告したのはセレビィが

初めて見せた気の緩みからの隙だった。技を出すよりも先にナツメはゴーストを

自分のそばに戻し、すでにかなり傷ついているバリヤードを再び送り込んだ。

 

「何をしようがすでに勝敗は決しました!じこさいせい!これで盤石!」

 

「それはどうかしら!?アンコール———————ッ!!」

 

なぜナツメがバリヤードを選んだのか。セレビィが回復技を使うと宣言したからだ。

独特の手拍子でセレビィの行動を束縛し、自由を奪う手段がこのアンコールだ。

 

『お————っと!ここでアンコールの技が決まった!セレビィにも効果ありだ!

 そしてバリヤードは早々に自ら控えポケモンたちのもとに戻っていくぞ!』

 

ナツメの指示を待たずにバリヤードが戻り、代わりにスリーパーが飛び出してきた。

 

「くだらない・・・私に対する嫌がらせですか?それともほんの少しでも延命

 しようという浅はかな考えからこのようなその場しのぎを・・・」

 

「実際にその身で味わえばわかること!くらえ———————っ!!」

 

スリーパーの両腕から禍々しい色をした毒素が放たれセレビィを飲み込む。

ただの毒ではない。物凄い速さで全身を蝕み戦闘不能に至らせる猛毒だ。

 

「これは・・・どくどく攻撃だ!なるほど、相手は回復を続けるのだから一見

 意味はないがそうではない!もしアンコール状態からの脱出が長引けば・・・」

 

「時間が経過すればするほどダメージが倍増する、それが猛毒だ!そのうち

 じこさいせいでも追いつかないほどの猛毒ダメージが入る!」

 

アンコールからのどくどくを決め、場にはもう一度ゴーストが出ていた。

突破不可能なほど防御力が上がったセレビィ相手にはもうこの戦法しかなかった。

 

 

「さ、さすがナツメや!あるやないか、逆転の道が!あんたは大した・・・」

 

ナツメの壮絶な過去を知りすっかり黙ってしまっていたアカネが元気を取り戻し、

顔を上げて大きな声で叫んだ。だが、その声をかけた相手のナツメの様子が変だ。

 

「・・・・・・・・・」

 

「ナ・・・ナツメ?」

 

立っているのがやっとなのは明らかで、受けた打撃と疲労の蓄積が深刻だった。

序盤に激しい攻撃を幾度も食らったゴールドは二体の神々が守っていたがナツメは

フーディンからの保護を受けていない。ルギアとセレビィの猛攻がもたらした

ダメージは、確実にナツメを弱らせていた。たとえ不老不死の体であろうと

痛いものは痛いし致命傷を受けた場合はそのまま死んでしまうのだ。普通の人間に

比べたら耐性がある程度に過ぎず、すでにデッドラインに突入していた。

 

「ナツメ———————っ!」 「ナツメさん!」 「うぱ~~っ」

 

声援を送る仲間たちの声を背で受けても、応える余裕がない。それをセレビィは

嘲笑い、どうせしばらく攻撃できないのだからと別の方法で攻めてきた。

 

 

「・・・ふふふ、熱心な声援ですが何から何まで偽物であるあなたにはそれすらも

 偽りであるとわかります。あなた自身がそれを知っています」

 

どういう意味なのか、ゴールドや皆がセレビィに問う前にナツメが返答した。

 

「そうか・・・くくく、さすがに神だ、ここまで見抜いてしまうとは・・・」

 

まさにお手上げだ、そんな表情でナツメは衝撃的な事実を続けて口にした。

 

「あなたの言う通りわたしへの尊敬や信頼はすべて造られたものに過ぎない。

 つまり・・・わたしは彼女たちを多かれ少なかれ密かに洗脳していた・・・!」

 

 

洗脳し自分の仲間にしていた、とナツメは語る。もちろん誰もそんな自覚はない。

 

「・・・ナツメ!そんなはずがないでしょう!」 「ナツメさん、それは・・・」

 

エリカとワイルド・ワンズ、それぞれ入れ替わりにナツメの仲間となった。

自分の意思でナツメと手を組み、共に戦うと決めたはずで洗脳などありえない。

思考もしっかりしていて、とても操られているとは思えなかったからだ。

 

「くくく・・・それがもうわたしの術中に嵌っている証だ。完全に意識を支配し

 コントロールするのではなく一部分だけを手中に置いた。だっておかしいだろう?

 わたしなんかの仲間になるだけでなく誰からも愛される若き英雄ゴールドを倒せと

 応援するなど・・・まともな頭をしていれば決してやらない行為じゃないか」

 

「違う!みんなあなたのポケモンへの愛と正義の心に惹かれて・・・」

 

「レッド、わたしはエリカたちやいま後ろにいる彼女たちだけではない。あなたや

 数日前まで屋敷にいたトレーナー全員にも同じ力を使った。少し考えれば

 わたしを支持するような発言すら控えるべきなのはわかるはずなのにいまの

 あなたたちにはそれができない。この術をわたしが解こうとしていないから」

 

少数ながら現れた理解者や真の友人、それも超能力によって手にした偽りの存在、

ナツメはこの窮地で自ら告白した。だが、この言葉こそが嘘であり友情や愛は

本物だと信じるアカネがフィールド間際まで近づきナツメに向かい叫んだ。

 

「ナツメ!もうエエやろ!いつまで自分だけ悪者のつもりなんや!もうみんな

 わかっとる!これ以上無理する必要なんてもう・・・・・・」

 

「・・・アカネ!少し黙って落ち着きなさい!」

 

そのとき、客席からの強い声がアカネを制した。声の主はカリンだった。

 

「・・・・・・カリン・・・」

 

(アカネ、ついこの間、話をしたばかりよ。あなたはわかっているはずじゃない)

 

 

 

 

 

三日前、ナツメの屋敷でのスパーリング中、休憩時間が重なった二人は並んで

座っていた。落ち着いた空気でジュースを飲みながら大した内容のない雑談を

していたが、その途中でアカネは真剣な相談を始めた。ナツメに関することだった。

 

『・・・そう、あなたはそれが不満だと。一番の親友であるはずなのに・・・』

 

『当たり前や!親友やったら何でも隠さず分かち合うモンやないか!ナツメは

 いまだにうちに隠し事ばかりや。いや、隠すどころか騙しとる!』

 

アカネはナツメが実際にはどんな人間かを他の者たちよりも先に知っている。

とはいえその過去や心の病についてはアカネも知らなかったところだが、

ナツメがまだほんとうの自分を完全には見せてくれないこと、重要な何かを

教えてくれないでいることはわかっていて、憤りを抱いていた。もっと心を

許してくれてもいいんじゃないか、もっと仲よくなってもいいんじゃないかと。

 

しかし、カリンは穏やかに、そして静かにアカネが気づくべき点を思い出させた。

 

『・・・ナツメはこれまでも嘘をついてきた。でもそれは私たちが嫌いだったから、

 もしくはどうでもよかったからじゃなかった。あなたも知っての通りね』

 

自分の仲間である四人の仲間を都合のいい手駒と呼んだり、勝とうが負けようが

興味がないと言い放ったり、あえて怒りを買うような発言を繰り返してきた。

だがそれは彼女たちの力の覚醒を促すための策であり、実のところは仲間たちの

悩みや苦しみを理解し、それが取り除かれ輝きに満ちた未来への道を開くために

裏で一人努力を続けていた。自分が嫌われ時には傷つくことも厭わずにだ。

 

『そして私たち以上にナツメはアカネ、あなたのことを愛している。だから

 必要なことはそのうちむこうから言ってくれるのを待てばいい。それでも

 言わないのならそれは触れるべきでないことだという話。親友だとしても

 何から何まで教えなきゃいけないっていうのは逆に辛いものよ?』

 

『う~ん・・・うちはもっとナツメを知りたいだけなんやけど・・・』

 

『そのへんは価値観の違いだから何が正解というのはないのかもしれないわね。

 ただ一つ、ナツメの嘘が許せないとしてもそれは愛ゆえに、ということを

 わかっていればきっとあなたも言えるわ、『永遠の嘘をついてくれ』ってね』

 

いつまでも種を明かしてくれないとしても深い愛がそうさせているのであれば

こちらもずっとそれを聞いていればいい、それがカリンの意見だった。

 

『・・・なんか大人の女の言葉やなぁ。悪女って感じやわ~』

 

『こらこら、私は悪ポケモンの使い手ってだけで悪女じゃないわよ』

 

違うのか?といった顔でシバやグリーンが通り過ぎていった。その態度に不機嫌に

なりながらもカリンは彼らを追いかけずにアカネとの会話を続けた。とはいえ

ミユキという名のヤミカラスが彼らを狙いに定めて飛んでいったが。

 

『本物の悪女っていうのはまさにナツメのような存在よ。どんな状況でも素顔を

 完全には見せずにそれ以上に決して涙を人には見せない。私にはとても真似

 できないわ。だからナツメを真に全部理解するというのはきっと無理だわ』

 

 

 

 

 

アカネの両眼から涙が溢れていた。ナツメが嘘をつく理由など簡単だったからだ。

洗脳していると言っておけば彼女が敗れた後、それに加担した者たちへの処分は

情状酌量され大幅に軽くなるだろう。共犯者ではなく利用された被害者だからだ。

そしてナツメは泣かないというよりも、泣けない体にされていたことを知った。

ほんとうのナツメはとても感情豊かで、よく笑いよく泣いていた。もしそんな

制約をフーディンに課されていなければ何度も自分のために涙を流してくれた場面が

いくつもあった。そう思うとアカネは感情を堪えることができなかった。

 

「ナツメ———————ッ!嘘偽りないあんたの姿を解放するんや!うちらはもう

 あんたの悲しい戦いを見るのは御免や!今からでもちっとも遅くは・・・」

 

心からの願いを込めた叫びだったが、この程度でナツメは揺らがなかった。

 

「く・・・くくく。どうだ、これこそわたしの洗脳が生きている証。この呪いを

 解くにはわたしが死ぬしかない。だからあなたたちは私の勝利ではなく敗死を

 祈り求めるべきなのだ!だが残念だったな、わたしは負けるつもりはない。

 そろそろ全身に猛毒が回ってきただろう、セレビィ!そのまま力尽きろ!」

 

セレビィのアンコール状態がようやく解除された。回復を強制的に繰り返して

きたためまだダメージはないが、ナツメの言う通りもう頃合いだ。自ら回復を

試みたところで追いつかなくなるほどのダメージが入るはずだった。

 

「・・・私が力尽きる?ありえませんね。このゴールドが私と共にいる日の限り

 あなた方のような者のくだらない策で沈む私ではありません!ハァッ!」

 

そのとき、スタジアムに鈴の音が鳴り響いた。リンリンリン、リンリンリンと

美しい音色であるが、ナツメと彼女を応援する者たちにとっては破滅を知らせる

鈴だった。一瞬にしてセレビィから猛毒が消え去っていく。

 

『セレビィの猛毒がどこかへ飛んでいったぞ———っ!』

 

「いやしのすず・・・私どころか控えている仲間全員の異常を癒せるのです。

 とはいえいまは私だけですが・・・私一人でもはや十分でしょう!」

 

「・・・・・・・・・!!」

 

 

ナツメの狙いをまんまと打ち破ったセレビィが攻勢に出る。すぐにゴーストの

真正面に立つと、その頭を掴んで試合を決める一撃を加えるために力を込めた。

 

「さあ・・・終わりです。直接サイコキネシスを食らわせて・・・決着!

 いろいろやってくれましたがあなたたちにこれ以上打つ手はないはずです」

 

「ぐっ・・・まだまだ!ゴースト、さいみんじゅつ!」

 

「・・・・・・・・・!」

 

これだけの至近距離なら、と催眠を試み、セレビィが眠っている隙に逆転への

道筋を探ろうとした。だが、ゴーストの頑張りも虚しく、術は不発に終わった。

 

「・・・苦し紛れもいいところ・・・これがあなたとポケモンたちの限界です。

 ナツメ、バトルの前にあなたはこの試合は『ゴールド対決だ』などと言って

 いましたね。その名を体現する輝きに満ちた若き王ゴールドとゴールドバッジを

 管理する自分、どちらが本物なのかなどと・・・」

 

「・・・・・・」

 

「ゴールドの完勝がここに証明されました。あなたなど黄金に憧れるだけ、

 天運と才能が足りないせいで銀や銅に甘んじる『ステイ・ゴールド』に

 過ぎません。幼い日の輝きや未来への希望をいくら追い求めても決して届かない、

 あなた自身がそれを嫌というほどわかっているからこそ自ら命を絶とうと

 思い定めるまでに心を壊してしまっている———————っ!」

 

 

世界の支配者になろうという野望はない。ただ皆にとって幸せな未来が来ればいいと

思っているだけだった。他の地方では科学者や宗教家、権力者や大富豪が人間も

ポケモンも自らの意のままに操ろうとする兆しがある。彼らを成敗し名を挙げようと

張り切ってはいない。彼らも最初は真っ当な正義や平和を目指していたのだから、

破滅や死ではなく再生と復活を願い求めた。燃え盛る熱意が正しい方向に向かえば

素晴しい結果になるからだ。その代表例が彼女のよく知るサカキだった。

 

 

「ナツメ・・・!あなたが求めていたものは・・・」

 

バリヤード、それにナツメのポケモンたちはようやく気がついた。もしかしたら

ナツメが欲していたものはもっとささやかで単純なものだったのではないかと。

 

 

 

 

 

『後片付けは明日でいいだろう。それにこいつらが汚したのだ。自分たちで

 掃除してもらうのが筋だ。わたしたちもそろそろ寝るとするか』

 

多くのトレーナーたちが自らの屋敷に集い、彼らを帰らせる前の最後の夜、

宴会はとても盛り上がった。食べて飲み、皆で歌い、トレーナーもポケモンも

楽しんだ。普段から遊び好きな者も堅物で知られる者も仲よく床に倒れていた。

 

『・・・わたしも珍しく飲み過ぎたか。部屋まで共に来てくれるか、あなたたち』

 

自分のポケモンたちに体を支えてくれるように頼んだ。珍しい、というよりは

全くなかったことにポケモンたちは面食らったが、主人の願いにすぐに応じた。

部屋に向かう途中、ナツメは終始笑顔だった。酔って笑い上戸になったと

いうよりは、酒のせいで演技ができず、仮面のないほんとうの顔が出ていた。

 

 

『・・・いや・・・さすがはカントーとジョウトのオールスターたち。早くも

 あの力をマスターしたか使いこなす寸前まで皆がたどり着くなんて・・・。

 いいものを見せてもらったな。これ以上ない最高の結果になった・・・』

 

人とポケモンとの絆が生み出す謎の力、ナツメが初めてそれを発見したのは

自分と戦うヤマブキジムの挑戦者レッドを覆う光を見たときだった。敗北が

確実なところからでも、溢れ湧きだすその力が奇跡を可能にする。それから

三年以上経ち、アカネや彼女に触れたエリカやブルー、元ロケット団の女も

それぞれの魂の色の光を眩しく放った。そしてこの一週間で屋敷に集った

実力者たちは全員、その感覚をモノにした。ただ一人、ナツメを除いて。

 

『・・・・・・し、しかし・・・我が主はとうとうこの力には・・・』

 

『わたしはいいんだよ。あなたたちが凄いおかげでわたし自身はトレーナーとして

 才能がないんだからあの力は使えない。みんな最後まで気づかなかったけどね。

 それに心に汚れのない人間しか選ばれない。悪人たちはまだしも何の罪も

 犯していないポケモンや人間も殺したわたしには無理なのはわかっていた』

 

ナツメの過去はポケモンたちも一通り聞いている。とはいえ誰よりも早く

この力の存在を知り研究を続けてきたのだから会得を諦めていないものだと

思い、ナツメにもその資格があると彼女の愛情に救われた彼らは信じていた。

 

『・・・ナツメ、まだできないって決まったわけじゃ・・・』

 

『いや、できないよ。何度も試みてみたけれど駄目だった。でもその代わりに

 アカネたちがそれを可能にしてくれた。それがとてもうれしいんだ、わたしは』

 

残念だという気持ちよりも喜びのほうが上回っている、それは確かだった。

そして穏やかな笑みで語り続けるナツメはまだ幼い少女のようだった。

 

『今日は楽しかったなぁ。わたしなんかにみんなが優しくしてくれて、大事に

 してくれて・・・いっしょに食べて歌って、これなら明日も頑張れるなぁ』

 

ナツメの料理を皆で食べ、彼女のギターに合わせて輪になって歌った。これまで

常人では経験できないような出来事を幾度も味わい、選ばれし人間の特権である

超能力を使いこなす彼女にとって、あまりにも普通でどこにでもある幸福のよう

だったが、そんな生き方をナツメは望んでいたのではないか。

 

『もう、ナツメちゃん!試合は明日じゃなくて明後日だよ。ちゃんとしないと!』

 

『うふふ・・・そうだった。もう寝たほうがいいかもね』

 

理想とかけ離れた日々や暴虐により流した多くの血のゆえにナツメが心を病み、

うつ病になっていたことはポケモンたちも知っていたが、最近の様子を見る限り

すでに克服したと勘違いしていた。しかし実は一日一日が彼女にとって戦いだった。

そのため明日も頑張れる、その言葉に間違いはなかった。いまこのときの喜びも

いつまで続くかわからず、冷静になった時に無力感や自己嫌悪に襲われるのだ。

 

『わたしに価値はあるか、わたしに意味はあったのか』

 

その答えを最後まで見つけることができず、とうとう決戦の日を迎えたのだ。

すでに糸はぷつりと切れていて、今日この日で全てを終わらせると決断した。

 

 

 

 

 

「悪人のように振る舞ってもそれはただの見せかけ、とはいえ善人として生きるには

 多くの罪の罪悪感が許さない、何者でもない自分を演じ続けてきたあなたなど

 空っぽな存在!だからいつまでたっても望んでいる黄金は手に入らない。生涯を

 かけた黄金郷を目指す旅も、金の直前で『ステイ』することになる!よって

 あなたはステイゴールドと呼ばれ、真の覇王には永遠に届かない——————っ!」

 

「・・・・・・・・・!!」

 

パワーが強くなる。ゴーストは耐えきろうとするが、だんだん苦しくなる。

声を発さないゴーストではあるが、その苦悶は隠せない。同時にそれはトレーナーの

ナツメにも厳しいダメージが入っている証拠で、頭を押さえて苦しみ始めた。

 

「ぐ・・・ぐうぅ~~~っ・・・」

 

「ナツメ!あんたならできる!今からでも・・・あの力で!」

 

「そうですナツメ!わたくしたちに教えてくれたのはあなたではありませんか!」

 

アカネやエリカが大声で力の発動を促す。彼女たちは知らないからだ。ナツメが

使いたくても使えない、届きそうで届かなかったことを。

 

 

「・・・・・・うああぁ~~~~っ!!こ、こんなもの~~~っ!わたしには

 フーディンと共に新たな世界を支配する天命がある!倒れるわけには・・・!」

 

「あなたは誰よりも優しく人々を、ポケモンを、そして正義を愛している!けれども

 生まれつき持っていた恐ろしい能力のゆえに誰からも正しく理解されない。そして

 あなた自身が自分は救われない人間だと認め、受け入れてしまった。その心の

 深い悲しみは決して癒えることなくあなたを刺し通し続けている——————っ!」

 

「・・・・・・・・・!」

 

 

セレビィの声に僅かに同情や哀れみが感じ取れたそのときだった。ゴーストの体から

嫌な音が鳴り響いた。サイコキネシスにより頭部に重大なダメージが入ったのだ。

 

「うぐぁ~~~~~~~っ!!」

 

それと同時に、ナツメの額も裂け、大量の血が噴き出した。その血はまるで彼女が

流したくても流せない大粒の涙のようにも見えた。最後の力を振り絞りながら、

それでも人々の前では嘘をつき続け実体のない自分を演じ続けた彼女の涙だった。

 

 

「ナツメ———————!」

 

『あ—————っと!アカネの叫びも虚しくゴーストがセレビィによって

 空中に放り投げられた!そしてセレビィが下がり・・・ルギアだ!ルギアが

 猛然とゴーストを、ナツメを倒すために迫っていくぞ———————っ!!』

 

最後のとどめは譲るという約束通り、セレビィはゴールドの隣に戻りルギアが

戦場に戻ってきた。凶暴な海の神が決着をつけるべく全身に力を込めた。

 

「自他共に認める無価値で無意味な人生・・・この私が終わらせてやろう!」

 

ゴーストにもナツメにも逃れる力は残っていない。ルギアの力が強まっていく。

 

 

「究極奥義!エアロブラスト———————ッ!!」

 

 

空気の渦による真空波がゴーストを貫いた。勝負を決定づける一撃だった。


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