ポケットモンスターS   作:O江原K

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第134話 人生という劇場

 

そのメスのイーブイはカントーの港町にいた。『カエラ』という名前で、彼女に

そう名付けたのは『ジゴロウ』というトレーナーだった。最初から期待される

何かを持っていた二人ではないが、バトルで結果を出すことで次第に注目され

仲良しコンビとしてテレビに出演するほどになった。やがてカエラはエーフィに

進化し、アイドルポケモンとして扱われた。まさに順風満帆な日々だった。

 

『今日も絶好調だったね、ジゴちゃん!このまま全国制覇狙っちゃう?』

 

『おうそうだな、いいじゃんいいじゃん。ここで細々とやってんのも好きだけど

 世の中のほうが俺たちを放っておかないだろうしな、やってやるか!』

 

この時点でエーフィはすでに人の言葉を流ちょうに話せていた。幼いころから

教育したとしてもポケモンがこうなるケースは稀で、ストレスを与えるので

やめたほうがいいと研究結果が出ている。しかしこのエーフィ、カエラは

天才であり、何より主人を愛していたので特別に教えられなくても自分の力で

人と話せるようになった。大した労力をかけずに習得したのだ。

 

カントーはおろか全国という舞台でもトップを掴める、そう思った矢先だった。

 

 

『・・・・・・ジゴちゃん・・・・・・?』

 

彼女のトレーナーが突然死んだ。何の前兆もない病気だった。血を吐いてトイレで

倒れているところを見つけたエーフィは、自力で助けを呼ぶか救急車を呼ぶことも

できたがしばらくそこから動かずに沈黙していた。すでに彼は死んでいて、今から

何をしてももう遅いとわかっていたからだ。

 

一週間もしないうちに次のトレーナーに引き取られることになった。ジムリーダーの

マチスとも親交の深いジェントルマンのヴィンセントが二代目の主人となり、彼は

優秀なトレーナーで生活環境はこれまでよりとてもよいものとなったが、エーフィは

だんだんとつまらなくなっていった。善良なトレーナーである新しい主人に反抗する

わけにもいかず、少しずつ元気と輝きを失ってしまいヴィンセントを困らせた。

 

『フム・・・私の手では復活できそうにもない。だがあの方なら・・・』

 

エスパーポケモンのスペシャリストであり、しかも人々が匙を投げ見捨てたような

問題を抱えるポケモンを蘇らせたというヤマブキジムのリーダーならば、と彼は

思い立った。ヤマブキにいる彼の友人がナツメに偏見を抱いていない珍しい人物で、

ポケモンに関する問題があればナツメに頼るようにと勧めていたのだ。

 

『あなたにこのエーフィ、彼女の前の主人がカエラと呼んだこの子を託したい。

 もし以前のような活発さが戻ったならそのままあなたがこの子と共にいるべきで、

 逆にうまくいかなかったり重荷に感じるようであれば遠慮なく戻してください』

 

『・・・なぜわたしに?この国で誰よりも悪評が広まっている人間だというのに』

 

『悪評・・・それはあなたのことをよく知らない者たちが声を大きくしている

 だけのこと。私の友人を含め、ヤマブキシティの人々・・・それも立場の低い

 市民はあなたに好意的な人間が多いと聞いています。リニア工事の影響で

 立ち退きを迫られた住民たちにあなたは私財から彼らの生活を支えたと・・・』

 

ヤマブキとジョウトのコガネを結ぶ、夢のリニア計画。数十年前から計画だけは

存在していたが、数々の反対により実現に至らずにいた。そこに経済界を動かす

影響力を持ったロケット団が介入し、反対派を時には金で、時には暴力で黙らせ

とうとう全線開通に向けた工事が決定した。ヤマブキシティの住人は住む家を

追われ、国からは何の足しにもならない些細な金を渡されただけだった。

 

『リニアか・・・あれはわたしが乗りたいだけのことだ。本来なら住民に犠牲を

 強いる計画に断固反対すべき存在であったのだからこれくらいはしないとな。

 子どものときからの憧れを責務より優先させてしまっているのだから』

 

ナツメが幼いころ、この時点では彼女のポケモン以外誰も知らないことであるが、

つまりは四十年ほど昔のことだ。そのときからリニアは噂になっていた。ナツメは

家を失った人々に、十分すぎるほどの金を渡し、新たな住居を見つける助けをした。

シルフカンパニーをはじめとした大企業や富豪たちの弱みを握り、脅し取った金が

数えきれない額に達していたのにも関わらずナツメが裕福になっていなかったのは

こういうところにあった。自分のために使おうとは考えなかったのだ。別荘や

趣味のための道具は全てジムリーダー職の給料から支払って手に入れたものだった。

 

『あなたは絶対に見捨てない、そう信じることができるエピソードです。

 この子についても必ず笑顔を蘇らせて下さると確信しています』

 

 

こうしてエーフィはナツメのもとにきた。ナツメの他のポケモンたち同様、

最初から懐いていたわけではない。無難に元の飼い主の後を引き継ごうとした

ヴィンセントとは違い、ナツメは方針も育て方も独特でありすぐには馴染めず、

彼女が善人だとわかっていてもエーフィは逆らい、時には手を出した。

 

『・・・ナツメさん、大丈夫ですか?そろそろ我々からも強く言い聞かせますか?』

 

『いや、何もしなくていい。あなたたちだってああだったじゃないか。あいつの

 場合は最初のトレーナーへの愛情が強すぎるだけだ。わたしのやり方に染まれば

 その男のことを忘れてしまうも同然と考えているのだろう』

 

『・・・・・・』

 

『そうではないことを教えるには時間がかかる。わたしたちは失ってしまった

 愛する者の代わりにはなれないし、悲しみは和らいだとしても完全には癒えない。

 ただ、少しずつ新たな生活に慣れて愛する者のことを考える時間が減ったとしても

 忘れてしまうわけではない、それだけの話だ。だから強引に命令したり超能力で

 いいなりにさせたりしてはいけない。大事なものを得られなくなるから』

 

 

何度引っかかれ、爪が肉を抉ってもナツメはエーフィを諦めず、彼女との時間を

大切にした。やがてエーフィもナツメを認め、惹かれるようになった。いや、

最初からナツメを受け入れてもいいと思っていたが、愛していた最初の主人との

思い出と新たなパートナーとの全く異なる生活との間で葛藤があったために

素直になるのが遅れた。心を開いてからは誰よりも早く皆の輪に入った。

 

 

『タイムマシンにお願い・・・?つまり過去のどんな時代にも行けるなら?』

 

『ああ。好きな時代にひとっ飛びだ。まあ現実の話じゃないからそんなに真剣に

 考えなくてもいいんだが・・・あなたならやはりジゴロウとの日々に戻り、

 やつが病気になる未来を変えようとするか?阻止できるなら・・・』

 

エーフィは少しだけ考えた。だが、すぐに満面の笑みでこう言い切った。

 

『いいや、あれは運命だったんだ。だからどうやっても変えられなかった気がする。

 それよりもナツメちゃんと出会ってすぐのときに行きたいな。そうすれば無駄に

 意地を張ってた時間のぶんもナツメちゃんたちと楽しく遊べたのにな~って』

 

『・・・・・・カエラ・・・』

 

調子のいいお世辞やご機嫌取りではなく、心からそう言ったエーフィの姿に

ナツメもまた深く喜び、笑顔になった。いま、ここには確かな絆があった。

 

『ま、ミカおばさんがもうちょっとやさしくなれるようにしつけに行くのは

 ありかもしれないね。サディスティックすぎるよ・・・あっ!!』

 

『・・・どうぞどうぞ、続けなさい。じっくり聞いてあげるから』

 

バリヤードのミカが登場し、エーフィの顔が真っ青になった。その様子を

他のポケモンたちはやれやれと思いつつも微笑ましく見守っていた。

 

 

オスのフーディン幸之助、スリーパーのパトリック、バリヤードのミカ。それに

モルフォンのかずみにはズズという別名もあり、そしてエーフィのカエラ。

その場にはいなかったが、ナツメに第二の生を与えた特別なフーディンと

気がついたらそばにいる謎に満ちた物言わぬゴースト。これがかつて

『トノバン家』の娘として生まれ育ったナツメの仲間たちだった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・あああ・・・フー・・・フ————・・・・・・」

 

猛攻撃の前にナツメは倒れた。仲間たちも彼女を守ろうと次々とやられた。

上空にいるこの場を仕切るフーディンは公平な勝負を守るため何もしてくれない。

そしていま、逃げようとした自分をかばいバリヤードが目の前で倒された。

いまにでも壊れてしまいそうな心のエーフィに、ルギアが一歩ずつ迫ってきた。

 

 

『これは危険だ———っ!エーフィ、逃げられない———————っ!!』

 

しかしルギアからは攻撃の気配がなかった。先ほどとは違い、すぐにでも

エーフィを倒そうという闘志も消え、方針が変わっているのは明らかだった。

 

 

「・・・弱き者よ。私は主人を見捨て逃げ出すお前に裁きを下そうとしたが

 その考えを改めた。私には決して勝てないと始めからわかっていたお前は

 賢明だ。よって・・・このまま倒すべきではないと考えた」

 

「・・・・・・・・・え?」

 

「二つの選択肢がある。無様に転がるお前の主人や仲間たちと共に私の

 エアロブラストを食らうか、それとも滅びを免れるか、その二つだ。

 今すぐゴールドと我々に忠誠を誓いナツメなどという塵芥を捨てて

 我々の仲間になるというのならそれでいいと言っているのだ」

 

 

まさかの誘いだったが、似たようなことは一連の騒動の初日、すでに

人々は見ていた。仕掛けたのはナツメと暴虐の女王フーディンだった。

その当事者で、今も入院中のイツキはすぐにそれに気がついた。

 

「・・・あれは!ボクのネイティオが言われたのと同じ・・・!」

 

主人を捨ててナツメのポケモンとなるようにとネイティオは手招きされた。

応じれば死の危機から救うが断るなら命を奪うという究極の選択だった。

 

「ネイティオは悪魔の奴隷になる道を選ばずボクのもとにとどまってくれた。

 でもあのエーフィにそれだけの精神力があるかどうか・・・」

 

どれだけナツメを愛していたとしても、突如訪れた恐怖に屈して裏切ってしまう

可能性はある。イツキとネイティオのときはナツメが介入し彼らが死なないよう

助けてくれたが、今回は誰の救いも期待できない。助かるためには従うしかない。

 

 

 

「さあどうする?ゴールドを新たなる主人と認めるのなら服従の印を見せよ」

 

「あ・・・あああああ・・・・・・」

 

上から見下ろしてくるルギアのプレッシャーに、エーフィはとうとう負けた。

 

「ありがとうございます・・・ナツメちゃんとの関係を今日で終わりにすれば

 助けてくれるんですね?ど、どうか命だけは勘弁してください・・・」

 

その様子をうつ伏せに倒れたままナツメは見ていたが、裏切りを悲しんだりはせず、

それでいいと胸をなでおろしていた。意地を張って大怪我をするよりも無事でいて

くれたほうがずっと嬉しいからだ。敗北が決定的になった以上、せめてエーフィには

無傷のままフィールドを退いてもらいたかった。このまま終わってくれと願った。

 

 

「私の足を舐めようというのか。素晴らしい心がけだがそれはゴールドに・・・」

 

エーフィの口がルギアの足に触れた。汚れた足を洗いましょうという、これ以上ない

屈服のポーズだった。ところが、エーフィが出したのは舌ではなく鋭い牙だった。

 

 

「・・・・・・ぐおおおおっ!?」

 

「簡単に騙されてくれてよかった!誰がアンタたちの仲間になんてなるかぁ!」

 

かみつく攻撃でルギアを驚かせると、素早く地面の砂を集めて球状にした。

これはすなかけの技に他ならない。この二つの技は彼女がまだ最初の主人のもとで

イーブイだったときに覚えたものだった。

 

「逆らうか・・・せっかく助かるチャンスを与えてやったというのに・・・。

 しかもそこまでしておいて次なる行動がすなかけとは・・・呆れて物も言えん!」

 

「黙ってくらえ————っ!シャ———————ッ!!」

 

非力で些細な抵抗だ。あえて食らってやろうという強者の余裕がルギアにはあった。

こんな砂が少し目に入ったところで結末に変わりはない、そう高を括っていた。

だが、この砂は特殊な状態になっていて、ただ視界を妨げる程度の役目ではなかった。

 

「あぐっ!こ、この鋭い痛みはなんだ!?」

 

「思い知ったか!私もいま思い出した、ナツメちゃんの残した武器だ!」

 

このバトルが始まる直前で国際警察がフィールドに押し入り、ナツメを逮捕するため

実力行使に出た。彼らをナツメとポケモンたちは必要以上に痛めつけ撃退し、それに

怒った客が投げ込んだジュースの瓶すらもナツメは利用して敵の頭を殴った。

この破片がちょうどそのまま残っていたのだ。まとめて投げつければダメージになる。

 

「ナツメちゃんやみんなの痛みをまだまだ思い知れ!うりゃ—————っ!!」

 

休む間を与えず目に集中攻撃。ずつきのような攻撃でルギアを怯ませる。

 

 

「ギャオ—————ッ」

 

『ルギアが両眼に手をやって悶絶している—————っ!!』

 

翼を使い上空へ退こうとするルギアをエーフィは逃がそうとしなかった。

エスパーパワーで自らも宙に浮き、神殺しの一撃を放つ構えだった。

 

「私の狙いはその目を使い物にさせなくするなんて甘いもんじゃない!眼球を

 突き破ってアンタの頭部を完全に壊してやること!それで初めてみんなの仇が

 とれる!私の怒りをくらえ—————————っ!!」

 

まさに速攻、そして猛攻だった。執拗に一点を攻め、ありったけの力を込めた。

ルギアにはエスパー技もつい最近エーフィが目覚めた格闘のパワーも効果が薄い。

だから最後までイーブイ時代に教えられた技で決着をつけようとした。

彼女のこれまでの生涯の全てを、仲間たちの思いをぶつけた攻撃だった。

 

 

『これは・・・!とっしんか?それともすてみタックルか!?いや、そもそも

 正式なポケモンバトルの技なのかすらも怪しいぞ!しかしルギアを倒すため

 全身全霊の攻撃であることは確かだ———————っ!!』

 

「死ね——————————————っ!!」

 

宣言通りルギアの顔面と頭部を破壊する勢いの特攻だった。あとはこれがジョウトで

古くから神として崇められる存在に届くのか否か。人間とポケモンの絆が不可能を

可能にするのかどうか。エーフィとルギアのぶつかり合う激しい音と共にその答えが

人々の前で明らかにされた。

 

 

 

「・・・・・・うう・・・!」

 

『・・・エ、エーフィ渾身の攻撃が・・・受け止められてしまった・・・!』

 

ルギアが両手でエーフィの両前足を掴み、完璧に身を守ってみせた。目が赤く

なっているが、ルギアには余裕が見られた。このときすでに勝負は決まっていた。

 

「フフフ・・・これがお前の本気か。ひやりとさせられたがこの程度とは・・・

 まあそれも仕方がないか。お前が怒りの炎に包まれているのならともかく」

 

ルギアは下向きになっていたエーフィの顔を大衆の前に見せつけた。

 

「このような悲しみと悔しさに満ちた攻撃など残念だが私には通用しない。

 まさか勝負の途中で涙など流しているようでは・・・話にならないな」

 

唇を噛みしめながら泣いていた。どんどん倒されてしまった仲間たち、もはや

死を待つばかりのナツメ、そして自分を庇って沈んだバリヤード。口では

怒りをこめた復讐の一撃だと叫んだが、そんな勢いはすでになかったのだ。

 

 

「ハハハ、すでに敗北と破滅が確実だとお前はわかっていたのだ。どうにか自らを

 奮い立たせ私に逆らったまではいいが情けない醜態を晒しおって・・・」

 

嘲笑するルギア。だが、エーフィはすすり泣きしながらもルギアに言った。

 

「何が・・・何がおかしい、何が悪いんだ!涙の理由は・・・私がただ弱いから、

 それだけじゃないんだ!私とナツメちゃんの友情と深い絆の証明なんだよ!」

 

「・・・・・・?」

 

「ナツメちゃんはなぁ!どれだけ悲しくても傷ついても・・・絶対に泣けないんだ。

 みんなから誤解されて、誰にも本心を言えなくて、大事な約束をした人にも

 裏切られて・・・それでも涙を流せないんだ!悲しみの顔をいつも笑いに変えて、

 強い人間を演じるしかなかった・・・私たちも何もしてあげられなかった」

 

もし並行世界というものが存在し、ナツメにあれほどの過去がなく、表現としては

妙なものになるが『普通の超能力者』だとしたら。やはりエスパーの力よりも

大切なものを見つけ、それを使わない人生を選んだかもしれない。自分のポケモンや

親友たちすら騙し通した演技力で、劇場や映画の大女優になっていた可能性もある。

だが、このナツメは幼き日に自ら命を絶とうとし、再び生きる代償に涙を奪われた。

 

 

「だから私がナツメちゃんの代わりに泣くんだ!いいことも悪いこともいっしょに

 分け合う、それがポケモンと人間のほんとうに目指すべき姿だって教えてくれた

 ナツメちゃんのために流す涙をお前なんかに笑われてたまるか———————っ!!」

 

 

「・・・カ・・・カエラ・・・・・・」

 

地に倒れながらもエーフィの攻撃、そして涙の叫びを見て聞いていたナツメ。

額から流れる血が目を通り、頬を伝っていた。まるで血の涙のようだった。

 

 

「でもお前たちには絶対にわかんないだろうなぁ!だってほんとうの友情と信頼が

 ぜ~んぜん築けていないんだから!お前とセレビィはゴールドに自分たちの

 正義を押しつけて無理やり納得させているだけだし、ゴールドもお前たちが

 悪いことをしていてもちっとも止めようとしない!思いはバラバラで、ただの

 チームメイトに過ぎないってこの会場のみんながきっとわかっているだろうね!」

 

「・・・・・・何だと?」

 

「真の親友だったら愛しているからこそダメなことはダメって言う!おかしいと

 思ったらちゃんと話し合う!もっとお互いを知ろうとする!ナツメちゃん、

 それに大事なみんなは私にそう接してくれた。だからわかるんだよ、お前らは

 友達なんかじゃない、いっしょにいるだけのもっと薄っぺらい関係だ・・・」

 

 

そのとき、たびたび激怒してきたルギアの怒りがこの日最も激しくなった。

ゴールドとの友情と信頼を否定され、薄い関係だと断言されたからだ。

 

「黙れ———————っ!下等なポケモンが———————っ!!」

 

スタジアムにグシャッという音が響いた。誰もが悪い予感を抱かざるをえないほど

嫌な音だった。そしてエーフィの苦痛の叫びをかき消すほどの悲鳴がこだまする。

 

「うわ——————っ!」 「キャアァ———————ッ!!」

 

ポケモンバトルのエキスパートトレーナー、ジムリーダーやそれ以上の力を持つ

実力者たちですら絶叫した。まだ若い少女たちであれば特にそうだった。

 

『あ・・・ああ———————っ!ルギアの力任せの攻撃で・・・・・・

 エーフィの前足二本が折れ・・・いや、折れたというよりは・・・あああ!』

 

皮で繋がっているだけで、骨が完全に切断されていた。その箇所が場内にいくつか

設置されている大型ビジョンにはっきり映し出され、すぐに画面は真っ暗にされた。

 

 

「とっとと消えろ!無礼者め—————っ!」

 

空中にとどまっていた二体だが、ルギアはエーフィを地面に捨てた。力なく

落下していくだけに見えたエーフィだが、心はまだ死んでいなかった。

 

「ああああああ———————っ!」

 

腹の底からの咆哮と同時に、体内に残るエスパーの力でもう一度上昇する。

 

『ど、どこに!どこにこんな力があるというのか!エーフィ、両前足が

 動かなくなったというのになおもルギアに立ち向かう!これがポケモンの、

 いや!人間とポケモンの真の絆のなせる業なのか———————っ!?』

 

「ガアアアアァァァ!ルラァァァアア——————————————ッ!!」

 

直前の攻撃以上に技でも何でもない、本能と感情に動かされた突撃だった。

 

「隙だらけだ・・・そしてこれが最後の攻撃だ!究極奥義———————」

 

そしてルギアの餌食だった。何度も使用しておりこれがラストになるだろうと

ルギアもわかっている、しかしそれで十分という、戦いを終わらせる奥義。

 

 

「とどめだ、エアロブラスト——————————————!!」

 

「がはぁ———————・・・・・・・・・」

 

 

エーフィの額の赤い玉が砕け散った。確実に瀕死状態であったが、ルギアは

すぐにエーフィの体を掴み、力いっぱいに最も大きな液晶ビジョン目がけ、

 

「完全決着だ、その死に様で我らとゴールドを讃えるのだ———————っ!」

 

命を奪うつもりで投げつけた。衝突すれば死んでしまうのは間違いない。

 

 

(・・・も、もうダメだ。何も考えられなく・・・ナツメちゃん、ジゴちゃん、

 それにみんな・・・私もちょっとは・・・・・・強くなれたかな)

 

 

「エーフィ!逃げて———————っ!」 「いかん、気を失っているぞ!」

 

僅か数秒でエーフィの全身が痛めつけられ絶命する。どうにかしなければと

会場のトレーナーたちがモンスターボールに手を伸ばすも、とても間に合わない。

ブルーのミュウツーやワイルド・ワンズのウパーなど、もともと外にいる者たちで

あったとしてもすでにどうしようもない速さでエーフィの体は飛ばされていた。

 

だが、不思議なことにナツメだけはいまこのときが、とてもスローに流れていた。

エーフィがゆっくりと、徐々に動いているように見えたのだ。

 

(あなたは・・・・・・絶対にわたしが死なせはしない!)

 

テレポートを試みた。しかしその力はもうなかった。残る手段はもう一つ、

こちらの方が必要なエネルギーは多いため厳しいと思っていたが、朦朧とする

意識のなかでこれなら成功できるという超能力の技があった。

 

(・・・そうか、引き換えにするぶん・・・今だけは力が少なくてもよかったんだ)

 

 

ナツメが強く念じた瞬間、とても眩しい光が彼女の体から放たれ、一秒にも満たない

一瞬の間だけ全ての者の視界が妨げられた。そして再び見えるようになったとき、

ナツメが倒れていた場所には両前足をひどく損傷したエーフィが横たわっていた。

 

「エ、エーフィだ!重傷だし息も絶え絶えだが・・・生きているぞ!」

 

「いきなり現れたわ!液晶に投げつけられていたはずなのに・・・・・・」

 

 

人々はすぐに本来エーフィがいるはずの空中に目をやった。そこには彼女の

身代わりとなった、物体の入れ替えの能力を使った超能力者がいた。何が

起こったのかを皆が理解した瞬間に、ナツメの体が叩きつけられた。

 

 

「ああああ———————っ!!」 「うおおお———————っ」

 

大の男たちですら目を覆った。全身の骨が砕かれ、目や耳などあらゆるところから

出血し、液晶の破片と共にナツメが落下していく。地上三階程度の高さから落ちて

いくが、衝撃を和らげるバリアーや墜落を回避する奇術を使う気配はなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

地に落ちる直前、血で汚れた顔には微笑みがあった。最後に命を救えたという

思いからだったのか、それともようやく死ぬことができるという安心だったのか。

顔から地面に激突し、力なくうつ伏せになったままナツメは倒れた。ドクドクと

血の池が広がっていくなか、ピクリとも動かなくなった。


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