『あ・・・あああ・・・今度こそ完全決着だ!ゴールドと彼に付き従う神々が
圧倒的な力でナツメと彼女のポケモンたちの絆ごと打ち砕いた!この様子では
もはや試合続行のために立ち上がることはおろか・・・・・・』
実況の声にすら震えが混ざっていた。エーフィを庇って大型の液晶ビジョンに
叩きつけられ、そのまま三階ほどの高さから落下し、顔面から地面に墜ちたのだ。
バトルの終了は当然として、ナツメの命も絶望的な状況だった。
「・・・・・・終わった・・・これで数十年はゴールドの時代が続く」
執拗に攻撃を続けたルギアも後ろを向いた。勝負を決める一撃が決まったからだ。
「うわ・・・うああ・・・あああああ———————っ!!」
あってはならない、受け入れられない光景にアカネが泣きながら叫んだ。
「ナツメ———————っ!いやや、ナツメ———————っ!!」
「アカネさん!ダメです、落ち着いてください!いまフィールドに入ったら
絶対にあいつらに殺されます!」 「うぱ—————っ!」
「放せ—————っ!!ナツメが死ぬわけない!うちらと交わした約束が
たっぷり残っとるんや!早よ助けに行かな・・・ナツメ———————っ!」
アカネを抑えつける元ロケット団の女とウパー、それに出番がなかったため
無傷だったアカネの残ったポケモンたちも目には涙が溢れていた。誰も口には
出さずにいたが、何もかも終わったというのは明らかだった。
「・・・ナツメ!」 「ナツメさん!」 「ナツメ・・・おいっ!」
リザードンの背に乗るレッドとエリカ、客席にいたワタルやカンナたちといった
ナツメの別荘に招待された者たちも彼女の名を呼びかけた。ブルーとミュウツー、
それに彼女の過去や真の心を知った大勢の者たちもそれに加わった。
「フン・・・無駄なことを。ゴールド、お前は何も気にするな。あの女は自ら
死を求めていたのだ。だから勝てぬ勝負と知っていて最後まで我らに抗った。
我々の殺人ではない。自ら命を絶ったのだ・・・」
「・・・・・・・・・」
ルギアの言葉通り、ナツメに向かい必死に叫び続けるのはすでに無駄だった。
すでに彼女の心臓は止まり、全く呼吸をしていなかったからだ。
「・・・ここはいい場所だ。天国も地獄もクソくらえだと言ったこともあったが
撤回しないといけないな。生前の記憶が徐々に薄れていくが・・・まさか
わたしがこっちに来られるとは。真逆の人生だったはずだが・・・・・・」
とある門の前、そこは待機所のようなものだった。自らの名を呼ばれ最後の審査を
通過すれば晴れて入ることを許される。だがその国に入る前からすでに地上では
味わえないほどの素晴らしい環境だった。片手に美酒を持って座りながら、
生きていたころの苦しみが和らいでいくのを彼女は実感していた。
「酒は美味いし天使は美人ばかりだ。毎日自堕落に楽しく生きていけそうだ」
アルコールに強かったはずだがすでに酔いが回っている。いい気分のまま天界の
一員になれる瞬間を彼女は待っていた。すると、地上から物凄い速さで五つの
魂が火の玉のように迫ってくるのを彼女は目にした。他の亡者や天使たちが
慌てて逃げ出す中、自らの目の前にまでやってきた彼らが何者か、すぐにわかった。
「・・・・・・!これは・・・あなたたちは!」
「ナツメちゃん・・・いや、ぼくたちといたときはトウメイという名前だったね。
ぼくたちのこと、ずっと覚えてくれていたんだね、わかったってことは」
ナツメの幼い日々、親友だった彼らを忘れるはずがなかった。初めてのポケモン、
コイキングのおさむを先頭に、のりひこという名のナゾノクサ、更にポッポと
コラッタがいる。最後のポケモンとなった、まつたけと名づけたパラスも。
「ああ・・・まさかみんなにまた会えるなんて・・・でもどうしてわたしに会いに?
みんなわたしがこの手で命を奪って不幸にしたというのに。うん、そうか。
こんなわたしが天国に入るなんて許せないから復讐に来たってわけだね」
「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」
「いいよ。わたしもそれを望んでいる。みんながわたしを恨むのは当然だもの。
あれから後もみんなへの罪滅ぼしのつもりでいろいろやっていたけれど何もかも
無意味で虚しいことだらけだった。みんなの手でわたしに正当な罰を与えてほしい。
魂が完全に消滅して二度と復活も転生もできないほどに・・・」
目を閉じて永遠に滅びることを受け入れた。ところがポケモンたちの願いは
そうではなかった。いつまでも攻撃が来ないので再び目を開けたナツメを見て言う。
「違う、ぼくたちはきみを連れ戻すために来た。まだぎりぎり間に合う」
「連れ戻す・・・ああ、だんだんはっきり思い出してきた。わたしは戦いで
死んだんだった。あの場所にもう一回戻れっていうの?もっと傷ついて
痛めつけられてから死ねってことかぁ。それでみんなの気が晴れるなら・・・」
「・・・トウメイ!ぼくらは誰もきみを恨んでもいなければ憎んでもいない!
きみとの思い出は全部喜びと笑顔に満ちた宝物、抱いている気持ちは感謝と
心からの愛情だけだ!それをまずはわかってもらいたい!」
パラスを除き、ナツメが力を制御できずに暴走した超能力によって死んだ
彼らだというのに、ナツメを愛し感謝しているという。友情を裏切ったと
自らを長年責め続けたナツメにとって、都合のいい妄想を抱くことすら一度も
なかったほどの言葉だ。驚くばかりの彼女に対し、ポケモンたちは続けて言う。
「最後の日・・・池から出てきたぼくをきみは優しく抱きしめてくれた。
ヒレが刺さって肌に食い込んでもやめようとしなかった。あれほどの
優しさと友情をこの身で味わったんだ、幸せ以外の何物でもない」
「ぼくのときもそうだった。ぼくの病気をそのまま自分が引き受けるつもりで
きみは治癒の能力を使った。あの瞬間に痛みがまるでなくなったんだ。
あそこまでしてくれるトレーナーは世界中探したってそうはいないさ」
コイキングとナゾノクサが『その日』のことを振り返る。コイキングは寿命、
ナゾノクサは難病で先は長くなかった。だからナツメの愛情を感じながら
生涯を終えられたことに彼らは今でも喜びを抱いているようだ。
「・・・でも・・・わたしは二人を殺したじゃないか!なんで・・・」
「覚えているだろう?どの道ぼくはあの日死んでいた。もっと衰弱した後にね。
きみは破壊の力でぼくの命を奪ったと思っているけれど実は違う。あれは
癒しの、救いの超能力だった。安らかで穏やかな気持ちのまま静かに意識を
失って命を終えられるように・・・きみの優しさがそうさせたんだ」
「・・・・・・え・・・・・・」
「ぼくの病気だってそうだ。あの時代どころかいまでも治らなかっただろう
苦しい病気だった。だけどトウメイのおかげでぼくは最後とても楽だった。
死への恐怖も絶望もない・・・きみがそれを取り除いてくれたんだから。
体だけじゃない、心まで癒してくれたんだ・・・優しいきみのエスパーパワーが」
長く生活を共にしたコイキングとナゾノクサだけではない。父親がナツメの力を
確かめるために実験用ポケモンとして国から受け取り、数日でナツメを襲うように
仕向けられ殺されたポッポとコラッタも思いは同じだった。
「おれたちはあの連中に投薬されてもう手遅れだった。だが死に際にお前に
触れられただけでもポケモンに生まれたことを悔やまなかったぜ」
「そうだ、だから我々の心残りは他のところにある。お前はずっと苦しんで
いたというのに助けになれなかったことだ。我らはずっとそばで見ていたのに」
「・・・ずっとそばで?みんなは天国にいたんじゃ?」
しかしここでナツメは気がついた。自分を追って彼らは地上からやってきた。
ならば今までどこにいたのか。パラスがその説明を始めた。
「最後まで生きたぼくがいまだに漂っていた四つの魂を集めた。全員がきみに
恩返しをするためにこの世に残っていたんだ。みんなパワーがとても弱って
しまっていたから全員でようやく一つの体を共有するのがやっとだった。
それも言葉を発することのできない幽霊ポケモンにしかなれなかったよ」
決して喋らない幽霊、それだけでナツメは彼らの正体に気がついた。
「ま・・・まさか!あなたたちが屋敷にいたゴースト・・・!」
「そうだよ。きみを生き返らせたフーディンが抜けたせいで空いた六番目の枠、
そこに入ったゴーストさ。ようやくきみと話すことができてとてもうれしい。
でも時間はあまりないんだ。早く帰らないときみは完全に死んでしまう!」
五体のポケモンがナツメの背を押し腕を引っ張る。しかし彼女は動こうとしない。
「どうした!さあ、早く!」
「・・・わたしはみんなが思っているよりずっと弱いんだ。体は成長したけれど
この頭・・・脳はまだみんなといたころ、子どものままなんだ。これ以上
苦しむよりもここでみんなとまた遊んでいたいと思っているの」
無理に戻ったところでろくでもないものばかりだ。生涯中ずっと自分の無力さと
悲しみに心を痛めた毎日だった。世の中は思っているよりずっと汚れていた。
ならばせっかく天に入れるチャンス、このまま留まっていたかった。だが、
ナツメは忘れている。それでは真の幸福には決して届かないことを。
「・・・トウメイ、確かにできることならぼくたちもきみを独り占めしたい。
だけどそうはいかない。あれを見てほしい。きみをとても愛している
ポケモンはぼくたちだけじゃない。みんなきみの帰還を待っている!」
これまで決して見えなかった地上の様子が映った。そこには倒れるナツメに対して
叫び続けるポケモンたちがいた。何を言っているのかまではわからないが、
どうか目を開けてくれ、もう一度立ってくれと呼びかけているのは明らかだろう。
「・・・!あ・・・あれは!」
ナツメのポケモンたちは傷だらけだったが、一番ひどい重傷を負ったエーフィ以外は
皆起き上がっていた。一体残らず戦闘不能状態と判定されてもおかしくないのに
ナツメのために痛みも疲れも忘れて喉が潰れる勢いで名前を呼んでいるのだ。
「・・・・・・・・・」
「ポケモンだけじゃない。人間の友達だってちゃんといるじゃないか」
仲間であるアカネとワイルド・ワンズ、それに加え多くのトレーナーたちが
奇跡の復活を求めてナツメの名を叫ぶ。しっかり地上の声が聞こえる位置まで
向かうと、もっとたくさんの声援が、絶叫が天にまで届くのだった。
「何をしているのです!早く立ち上がるのです———————っ!」
「お前がここで倒れたら俺たちの未来すら否定されちまうだろうが————っ」
必死の形相で叫ぶのは敵対関係にあり、実際に多くの危害を加え合ったロケット団の
元四幹部たちだった。ナツメは彼らに関しても希望を捨てず、心の奥に眠る善が
悪を打ち破る日を信じていた。生き方を改めるチャンスはあると。だから彼らの
命を奪う機会があってもそうはせず、大事なものに気がつく瞬間を待った。
「あんたがボスに・・・そしてボスが私たちに思い出させてくれたポケモンとの
真の友情・・・!そのあんたが負けたら全部に無駄になるじゃない!」
彼らも生まれたときから悪人だったわけではない。環境が、不運が、世間が彼らに
その道を歩ませた。同じように人生のある地点で歯車が狂い巨悪の根源になろうと
していた者たちも、ナツメの生涯とこの戦いに心を動かされ、もしかしたらまだ
普通の人間が得られるようなささやかな幸せを手に入れる可能性が残っていると。
「ハハハ、大人気だね。悪人たち、そうなろうとしている人たちですらきみに
夢と希望を乗せている。子どものように目を輝かせながら」
「・・・なんだか物騒な言葉ばっかりだから複雑だなぁ」
お前が死んだら私が代わって汚れた世を終わらせるだの、すべての人間たちから
ポケモンを没収してワタクシだけがポケモンを使える世界にしてやるだの、不穏で
過激な発言も数多く飛んでいた。ただし彼らの願いは同じだった。『そうなるのが
いやだったら、立ち上がれ。死の淵から戻って来い』と。
「てめぇナツメ—————っ!このまま逃げる気じゃねーだろうな!おれたちに
たった一回勝っただけで格上になった気分のまま・・・許さねーぞ!」
「ボクたちは実のところ負けていない!圧倒的な力を持つフーディンが
暴れまくっただけで、トレーナーとしての腕はボクたちのほうが上だった!
一刻も早く再戦して間違いを正さなければ気が済まない————っ!」
病院にいるグリーンとイツキがモニター越しに吼えていた。共にまともなバトルで
敗れたわけではない。彼らの言う通り自らを神の使いと名乗るフーディン一人で
三タテを決められ、トレーナーの実力を発揮するどころではなかった。とはいえ、
フーディンは命を取る気でいたところをナツメが介入したため二人は助かったのも
事実だ。恨み半分、恩義半分、その思いの結果がもう一度勝負しろというわけだ。
まさにトレーナーらしい発想だが、彼らの数倍この生き方をしてきた女がいた。
「ヒヒヒ・・・だったらアタシが先だよ、ナツメと戦うのは!だってそうだろう、
一週間前にしっかり再戦の約束をした。いや、それよりもずっと前・・・
四十年は前になるか、いつか戦おうと誓い合った仲なんだから!邪魔者の
乱入なしで心行くまで勝負しようじゃないか、のう、あの日の少女よ!」
「・・・キクコ・・・・・・」
ひどい目に遭わせたはずの三人が、いまナツメにエールを送っている。また、
ナツメの生き様は別の境遇の者たちにも大きな影響を与えていた。
「ゴールドに届かないだのゴールドの前でステイするだの・・・言われっ放しで
いいのかよ!?天才や神には何があっても勝てやしない、そんなの御免だぜ!」
「・・・シルバー!?戻ってきていたのか!ケガは大丈夫なのか!?いや、
それよりもどうして敵の応援なんか・・・」
「決まってるだろう!そいつがお前に負けたらおれにもお前に勝つチャンスは
一生来ないからだ!せっかく今日新しい力に目覚めはしたが・・・努力や
ポケモンとの絆が無意味だったらお前には二度と勝てねぇんだよ!」
シルバーのような人間は珍しくなかった。レッドとエリカがセキエイに到着したとき
上空にいた他の地方のドラゴン使いのジムリーダー、彼もチャンピオン相手には
何回挑んでも一度も勝てずにいる。物語の主人公のような派手な存在、王や英雄と
讃えられるような天才相手に凡人が何をやっても無駄である、そんな無慈悲な現実に
抗おうとしたのがいまのナツメだ。ナツメの敗北は凡人たちの負けをも意味する。
「揃いも揃って無駄なことを・・・見てわからないのか、そいつはもうすでに
死んでいる!何を呼びかけたところでわからぬとは愚か者どもめ」
ルギアはやや苛立ち気味に吐き捨てる。自分たちが世界を脅かす無法者を
撃退し破滅に追いやったというのに大観衆のほとんどは喜びも感謝もない。
ゴールドを讃えることすらなく、処刑された罪人の復活を求めているからだ。
この状況にはもう一体の神であるセレビィも不機嫌を隠さなかった。
「ええ、絶対にありえない奇跡を信じる狂人たちがこれほど多いとは・・・」
「いいえ、ありえます!それも奇跡などではない、現実的な出来事として
ナツメは立ちあがります!いや、絶対にここから逆転劇を見せてくれます!」
「・・・・・・!あなたは確か・・・」
セレビィに正面から反論したのはエリカだ。彼女には珍しく、大きな声で語る。
「そのナツメはどれだけ悪人を演じても深い愛情と慈悲を隠せませんでした。
自分のポケモンのため、仲間のため・・・時にはわたくしのような者のためにも
自らを犠牲にして救おうとしたのです。超能力でも回復できなかった彼女の
体に残る傷の数々がそれを証明しています!全てが他者のために負った傷です」
持っていた短刀で自ら命を捨てようとしたエリカを間一髪助けたときの傷は
ナツメの手首にうっすら残ったままだった。そうしなければエリカは倒れ、
レッドとの愛は二度と再び花開くことはなかったのだ。
「そんな彼女がこれだけの声に応えないなどということが果たしてあるでしょうか。
わたくしたちの願いが失望に変わる・・・それこそ決してありえません!」
「その通りや!また地下街でラーメンを食べる、ラジオの収録でいっしょに歌う、
何よりバトルの決着・・・うちとナツメの約束はまだまだ残っとるんや!
こんなトコで死ぬタマやない!もう昼寝は終わりやろ、なぁナツメ!」
親友であるアカネも当然エリカ以上に声を出す。だが、この状況でこの男が
ナツメに向かい思いをぶつけるなど、誰がわかっただろうか。彼は席を立ち
身を乗り出しながら、いまだ倒れたままのナツメに目覚めるよう呼びかけた。
「・・・その女たちの言葉は真実だ!お前は誰よりも人々を愛している。だから
一度誓った約束を破るなど考えられん!かつてお前とあの森で交わした約束を
守らずに裏切ったわたしのような人間とは違う!」
「・・・・・・サ、サカキさん!?」
「この世で最もポケモンに優しい人間になると言ったではないか!わたしたちの、
そしてフーディンとスピアーの勝負を楽しみにしていると笑っていたではないか!
さあ、そろそろ休憩はいいだろう。早く起き上がってそこの連中を蹴散らし、
それからわたしと心行くまで語り合おうではないか、なあナツメ!」
シルバーとは違い、まだ陣営に残っているというのにサカキは本心を隠さずに
ナツメの大逆転を願い、復活を求めた。場内には一瞬だけ動揺が走ったが、
サカキの声をきっかけにますます皆は大声で叫ぶようになり収拾がつかなくなった。
怒り、悲しみ、希望、哀願に命令・・・誰もが思い思いに感情をぶちまけた。
それでも皆がナツメの生還、それだけでなくゴールドを倒すことを希望した。
「・・・どうだい、凄いじゃないか。敵たちの心まで動かすなんて。これでもまだ
地上に帰りたくないかい、トウメイ。みんながきみを・・・」
きみは愛されている、それがわかっただろうとゴーストを形成していた五体の
ポケモンはナツメに問いかけた。ところが、そのナツメに笑顔や喜びはなく、
溢れ出る涙を抑えきれず両手で顔を覆いながら声を出して泣き始めた。
「・・・・・・わたし・・・どれだけ長く生きてもあのころと同じままなんだ。
体が大きくなってたくさん知識を取り入れても心の中身は成長していない」
これもフーディンに与えられた歪な制約の一つだった。目覚めるにふさわしい時が
来るまで眠ったまま待機させられたため実際の年齢は五十近くであるのに、肉体は
フーディンが言うところの『全盛』の地点から変わらないまま、そして心、つまり
ナツメの核は少女のときから成長しないようにされた。なぜそうなったのかは
いまだにフーディンは明らかにしていない。大人になり正義や愛情が薄らぐことを
恐れたのか、手駒として扱いやすいと思ったのか、それとも偶然の結果だったのか。
「・・・みんながあんなにわたしなんかを応援してくれて・・・とてもうれしい。
だけどまたいつか元通りになっちゃう。わたし自身もあの沈んだ暗い気持ちに
襲われて死にたくなる。だからいま・・・幸せな気持ちのままいなくなりたい」
「・・・・・・・・・」
「ここならわたしでも泣きたいときは泣ける、笑いたければ誰の目も気にせずに
笑える。あっちだとそれができないせいで・・・わたしは人生という劇場が
終わるまでずっと芝居を続けなくちゃいけない。このまま終わりに・・・」
いまなら生きていた間の数多くの苦しみも忘れられる。望まぬ力を授かり他者から
誤解され、ある時は裏切られ・・・その末に自分はちっぽけで無意味だったと
絶望し自ら命を絶つことまで考えた、その人生の終わりとしては上出来だ。
だが、ナツメを連れ戻しに来た五つの魂はもう一度地上に彼女の注意を向けさせた。
「・・・いいや、そんな心配はもういらない。きみの代わりに泣いてくれた親友が
たくさんいるじゃないか。アカネもエーフィのカエラも・・・いや、もっと多くの
人たちがきみの悲しみに共感し辛いことを分け合おうとしてくれる、これからは」
「それに昔のことも素顔もバレたんだ。演技のための芝居も仮面もいらない。
何も飾らない素のままでいたほうが物事がうまくいくってわかっただろう?」
「・・・・・・わたしがもう一度戻っても・・・いいのかな?」
「いいに決まってるだろう!さあ、ぼくたちといっしょに!」
五体のポケモンたちは笑顔で、ナツメの手を取った。ナツメもほんとうはどうすれば
いいのかわかっている。天国はいいところだが自分がいるべき場所ではないことも。
再び現世に帰る最後の一押しが欲しかっただけだ。これからは皆が、そして正体が
明らかになったゴーストがいる。涙を拭いて地上へと続く階段へ向かおうとした
まさにそのとき、何者かによって待ったがかけられた。
『なぁ~お前、何をやっとんのや。天国っちゅうトコをナメとるんか、コラ!
勝手に出ていくだなんて・・・しかもお前は前科持ちやないか—————っ!』
「前科・・・ああ、その声、覚えている!確か・・・神様!
思い出した、わたしはあのときも・・・!」
『三十五年前くらいやったなぁ。そん時もお前は気がついたら地上に逃げとった。
忘れたとは言わせへんで?うちの評判ガタガタや。どないしてくれるんや』
なぜかコガネやエンジュあたりの訛りで語りかけてくる、『神様』。二回も天国入りを
拒否した魂は前代未聞のようで、姿は見えないがとても怒っている様子だ。
『なぁ~お前、三度目はないで。ココで酒浸りの楽しい毎日に浸ればエエやんか』
「・・・いや、確かにいい場所だった。だけどわたしには下のほうがいいみたい。
思い通りにいかなくて苦しみばかりでも確かな生き甲斐のある下界が。またすぐに
死ぬことになるだろうけれど天国はもうじゅうぶんかなぁ」
ここまで言えば神も諦め、呆れてこう言うだろう。仕方のないやつだ、ならば
出ていけと。そして長い階段を下って元に戻る。その途中で踏み外さなければ
いいかなとナツメが思っていたところ、神は急に笑い出した。
『ハハハ・・・ホンマにしょーもないやっちゃな、お前は!救いようがないわ。
ほたら~・・・ほたら~~~・・・くたばれ~~~~~~~~っ!!』
「え!?う、うわ~~~~~~っ!!」 「ぎゃー!!」
ナツメとゴーストを形成する五つのポケモンの魂が地上に投げ落とされた。
物凄い速度で落下していき、このままだと地面に激突、その勢いで地を突き破り
地獄送りになるほどの勢いだった。都合のいい復活など神は許さなかった。
だが、現世に近づくにつれて数々の記憶、それに加えエスパーの力がみるみる
自身のうちに戻って来るのをナツメは感じた。そして倒れる自分の体を見つけた。
「嫌っていた力に頼るのは皮肉だけど・・・こうなったら何でもありだ!」
「ああ、それでいいんだ!思い悩み過ぎず適当なくらいがちょうどいい。
そういう意味でやっぱりアカネはきみにとっていい親友だったと思うよ」
「ふふふ、そうかも。じゃあみんな、準備はいい?それ———————っ!」
ルギアとセレビィは圧倒的な群衆の声に苛立ちを募らせるばかりだった。なぜ
勝者であるゴールドではなく敗死したナツメを皆が求めるのか。さっさと勝利を
知らせる鐘を響かせろと審判席に目をやったが、他でもない彼らが審判たちに
危害を加え排除する暴挙に出たのだ。誰も試合を終わらせようとしない。
「もういいだろう!死人が再び立ち上がってしかも戦いを続けるだと!?
くだらん喚きを黙らせるにはどうすればいい!その死体を完全に破壊すれば
お前たちは黙るというのなら今すぐ粉々にしてやるわ———————っ!」
「・・・・・・あああ・・・あれは!」
ルギアがかぜおこしを仕掛けようとした瞬間だった。ナツメの体が確かに動いた。
僅かに動く、痙攣しているといった微かなものではなく、その両手には力があり、
どうして生き返った、と驚いたときにはナツメはすでに二つの足で立っていた。
『なんと・・・何ということだ———————っ!!ナツメが復活した!
絶望の淵、地の果てから舞い上がってきた!皆の声が届いたのか、死んだと
思われていたナツメが我々の目の前で立っている———————っ!!』
「あ・・・あ・・・ありえんだろ!どうしてこんなことが!」
「ふふふ・・・絶対に涙を流せない体でよかった。そうじゃなかったら・・・
恥ずかしくてとても起き上がれなかっただろうからな———————っ!!」