ポケットモンスターS   作:O江原K

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第137話 遥かなる黄金旅程

 

セレビィは森の中でずっとひとりきりだった。この世のどこかにあると

されている時の狭間にセレビィの群れがいるのだが、仲間たちと違い体が

赤いこのセレビィは群れを追い出された。平和の色ではなく争いや流血を

連想させる不吉な体色のせいで迫害され、追放されてしまった。やがて世界は

二度の大戦を含む戦争に満ちた時代に入り、平和を愛するセレビィの群れに

悪影響を及ぼし絶滅したため、追放されたおかげで助かったとも言える。

 

だが、ウバメの森で暮らすようになっても人間や他のポケモンたちは誰も

その存在にすら気がつかなかった。長年の孤独は死以上の苦しみをもたらした。

 

 

そんなとき、一人の少年が近づいてきた。きっと木の上にいるポケモンか誰かの

落とした道具が目当てでそうしているのだろうとセレビィは昼寝を続けようとした。

ところが彼の視線は間違いなくセレビィに向けられている。真に清い心と百年に

一人いるかいないかという才能を持った選ばれし人間でなければセレビィを

その目で見て接触を持つことはできない。まさか、この少年こそが—————。

 

『見たことのないポケモンだ。図鑑のデータにもない・・・』

 

『・・・!あなたは・・・!私が見えるのですか!?』

 

『ん?当たり前だろ?見えなきゃ近づいたりしない。いや、ちょっと待て!

 どうして人間の言葉が話せるんだ!?人に飼われていたわけでもなさそうだ。

 いろいろと混乱してきたけど、それ以上にワクワクしている。会話ができるなら

 ボールはいらないな。もしお前がよければおれといっしょに来ないか?』

 

 

その数分後、謎のポケモンの正体がジョウトの幻の神であると本人から聞かされ

ゴールドは腰を抜かしそうになったが、すぐに仲間の一員として受け入れた

その柔軟さはさすが少年、しかも大物になる素質ありとされているゴールドだった。

セレビィがバトルに参加することはなかったが、後にメンバーに加わった海の神

ルギアと共にゴールドを支えた。相談役として、教師として、友人として彼の

話に耳を傾けアドバイスを与えた。自分たちこそが誰よりもゴールドから信頼され

心を許された親友なのだとセレビィたちは誇りに思っていた。他のポケモンや

人間たちよりも、身体も心もずっとゴールドのそばにいると。

 

ところが、ゴールドにとっては違った。最高の親友は他にいたのだ。

 

『・・・このゼリー・・・いや、他のものを買おう。あのころと違って

 金に余裕はあるんだ。それに・・・また思い出してしまうから』

 

『・・・・・・?どうしたのですか、ゴールド?』

 

『いや、何でもない。ただ・・・あいつ、キヨシローの大好物がゼリーだった、

 それだけのことさ。百円どころか十円を大事にしなきゃいけない毎日で、

 こんな安物しか買えなかった。でも、あのころが一番楽しかったかもしれない』

 

『・・・・・・・・・』

 

すでに亡くなっていたオタチのキヨシロー。彼の存在がゴールドのなかでは

いまだに大きく、セレビィやルギア、それにバクフーンたち他のポケモンが

どう頑張っても彼を超えることはできなかった。それでもセレビィは諦めず、

どうにかしてゴールドの一番になろうとした。だからゴールドの思考や

目指すところが悪くても決して咎めたり叱ったりせず、手放しで称賛した。

 

セキエイで防衛戦を続け国内に専念することは若いゴールドの成長を妨げる

無駄な時間であることも知っていたし、オタチが死んだことをアカネだけの

せいにして恨みを抱き続ける虚しさもわかっていたが、ゴールドに嫌われたく

ないために真っ向から反対の意見を口にはしなかった。だが、それこそが

ナツメと彼女のポケモンたちから見れば間違った友情と愛に他ならなかった。

 

 

 

 

 

『ああ———————っ!!空中でエーフィが残った足の二本を使って力強く

 セレビィの首を絞めている!完全に固められているせいで抵抗もできない様子!』

 

皮一枚で繋がっていた前足二本を捨ててまで持ち込んだこの体勢。しかもいま

エーフィはナツメと共に力を限界以上に高める謎の力に満たされている。

白い光に包まれたエーフィの絞め技から脱出することはセレビィにもできなかった。

 

「・・・あなたはさっき言ったね。ナツメちゃんは光り輝く黄金の未来を子どもの

 ころから夢見ながら最後までそれにあと少し届かなかった『ステイゴールド』と。

 ゴールドの前でステイするから・・・そんな理由でそう名付けたんだったね」

 

「・・・・・・」

 

「でも私・・・私たちの思いは違う。いま、ナツメちゃんはあなたの親友を倒して

 真のゴールド対決を制する!私があなたに勝つことによって———————っ!」

 

 

しっかりと固めて動きを封じたままエーフィは急降下を始めた。その先に待つのは

地面だけだ。どこにも逃げ場のない、完全なる決着が迫っていた。

 

「ナツメちゃんには運も才能も神様も近づいてこなかった!だけど絶対に諦めず

 自分の道を歩み続けた!だからその手には小さいけれど確かな金があった。

 今度は私たちがそれに応える番だ!その金をもっと輝かせてみせる!」

 

「く・・・!こんなもの・・・!」

 

「私たちは金細工師(オルフェーヴル)としてこれからもナツメちゃんといっしょに

 歩き続ける!今日はゴールじゃない、輝く未来へのスタートなんだ——————っ!」

 

エーフィがそう叫んだ瞬間、彼女とナツメを覆う光に変化が生じた。背中に羽が

生えたような形に変化し、ますます天使と呼ぶにふさわしいものになった。

降下のスピードも増し、いよいよセレビィは絶体絶命の窮地に追い込まれた。

 

 

「いけ————っ!カエラ、そのまま叩きつけるんだ———————っ!」

 

「セレビィ!しっかりしろ!なんとか直撃だけは避けろ———————っ!」

 

ナツメとゴールドが互いに相棒に向かって声を飛ばす。二人が決定的に違うのは、

ポケモンと真の絆、それに愛情で結ばれている証を身に纏ったナツメとは違い、

最後までゴールドはその力を得られなかったということだ。そのためセレビィが

持てる力以上を出し奇跡を起こすことなどもちろんできない。

 

 

「わ・・・私だって!ゴールドのことが大好きで誰よりも愛している!ゴールドが

 いなくなったら生きていけない!だからゴールドのために命だって捨てられる!」

 

「セレビィ———————っ!」

 

「ゴールドも私のことを愛してくれて・・・なのにどうして私たちにはその力が

 発動しない!他の多くの凡庸な者たちですら我が物としたはずの力が・・・!

 最高のトレーナーと神である私に・・・どうして背を向ける~~~っ!?」

 

これまでほとんど感情を表に出さずにいたセレビィが、ついにポーカーフェイスを

捨てて自分の思いを前面に出した。しかしそれはゴールドと真の絆で結ばれていない

悲しみ、これからやって来るであろう激痛と敗北の屈辱に対する恐怖という

負の感情であったことは皮肉だった。

 

 

「・・・い、いやだ———————っ!!」

 

「セレビィ—————ッ!うおおおおお——————————————っ!!

 これが私たちのおんがえしの集大成!どこまでも光り輝く黄金の船、

 ゴールドシップに乗って始まるドリームジャーニーの第一歩!」

 

すでに墜落回避はできなくなった地面寸前でエーフィはセレビィから離れ、

自身はぎりぎり宙に浮いた状態になった。地に激突するのはセレビィだけだ。

 

 

「遥かなる黄金旅程———————っ!!」

 

「アガァ——————————————!!」

 

 

ナツメが天から帰って来てからポケモンたちは様々な攻撃を繰り出したが、

全てはおんがえしだ。最後までこの一つの技しか使わなかった。セレビィが

頭からフィールドに落ち、強い衝撃のせいでバウンドして再び浮き上がると

今度は背中で落下し、気絶したまま動かなかった。

 

「・・・!よくやってくれた、カエラ!わたしのトレーナー人生で最高の

 瞬間だった・・・あなた自身これ以上ない手応えだったはず」

 

「うん・・・でも私だけじゃない。みんなでやったんだよ」

 

「ふふっ、成長したね、カエラ。昨日までのあなたならぜんぶ自分の手柄に

 していたはずなのに・・・そうしてどんどん強くなっていくんだよ」

 

 

一方のエーフィは無事にナツメの腕に着地していた。いつまでも起き上がらない

セレビィとは対照的な姿に、試合の決着を確信した場内からはこの日、いや、

ここ数年で最も大きな歓声が沸き、セキエイ高原一帯に響いた。放っておけば

いつまでも続くと思われた祝福がピタリと止まったのは、神々の支えを失って

セレビィと同時にダウンしたはずのゴールドが起き上がっていたからだ。

 

「・・・ナツメちゃん!あいつ、まだ・・・!」 「・・・・・・」

 

口からも頭からも出血し、立っているだけでやっとのゴールドが、右のこぶしを

強く握ってゆっくりと、左右にふらつきながらもナツメたちに迫っている。

 

「・・・・・・こ、このバトルは・・・・・・ポケモン全員をボールに戻さなきゃ

 終わらない・・・ルールだった。相手のトレーナーを直接攻撃することも、

 ト、トレーナーが自分の手で攻撃するのもオッケーだったはずだ・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

「こいつらはおれのために頑張ってくれた・・・つ、次はおれの番だ・・・!

 おれが倒れさえしなきゃ・・・お前たちを倒せば・・・勝利はおれたちの・・・」

 

 

このときゴールド側の陣営はただこの光景を呆然と眺めているだけだった。

多くの観客と同じように、ゴールドが依然戦う気でいることに驚きながらも、

いまだに最後の大技、ナツメとポケモンたちが生んだ究極のおんがえしの余韻に

酔いしれてまともな思考ができずにいたからだ。普段は最も沈着冷静な心を持つ

サカキが、いまは一番ナツメの姿をじっと見つめたまま動かなかった。

 

(あの日・・・トキワの森でわたしは最強に、彼女は最も優しくなると誓い合った。

 数十年の時が経ちその約束が果たされることになるとは・・・・・・)

 

思わず目頭が熱くなったが、その感動から我に返らせる声があった。

 

「何をしているんですか!そのタオルを・・・ええい、よこしてください!」

 

これ以上の試合続行は危険だと外野が判断した際にバトルを中止させるための

タオルは第一試合からずっとサカキが持っていた。ところがすっかりそれを

手にしているのも忘れ、握りしめたままになっていたのを強引に奪われた。

 

「・・・・・・!」

 

この空間のなかで唯一、ナツメに酔っていなかったミカンだった。サカキから

タオルを取ると、それを持ったままフィールドに入り走っていった。そして

空高く放り投げると、ふらふらと歩いていたゴールドを後ろから抱きしめて

彼の動きを強引に止めた。これ以外にバトルを止める手段はなかった。

 

「・・・ミ、ミカン・・・・・・勝負はまだ・・・・・・」

 

「もう・・・もういいんですゴールドさん・・・あなたは立派に戦い抜きました」

 

試合放棄のタオル投入、加えて第三者の乱入。ルギアに襲撃された審判団が

機能しないとしても、完全にバトルが終わったとみなすには十分だった。

 

 

 

『し、試合終了———————っ!!語ることが多すぎてどうまとめたらよいのか

 まだ整理がつかないのが事実だが・・・超長期戦となった本日の第二試合、

 真のゴールドを決める対決として無敗の王者を退けた勝者は!ポケモン協会への

 反乱軍リーダー、ナツメだ———————っ!!しかもボロボロではあるものの

 誰一人戦闘不能扱いにはなっておらず、予告していたパーフェクトゲーム、

 6-0をこの大一番で有言実行してみせた——————————っ!!』

 

スタジアムに二度目の大歓声が沸き上がった。興奮は最高潮に達し、感動から

涙する観客も少なくなかった。その一人に海外から来た、巨大な研究施設の

トップがいた。彼も世の中を正しくしようと活動を続けていたが限界を悟り、

汚れた世を滅ぼし一部の者だけが生き残ればよいという危険な思想に至った。

 

「なぜだ・・・たくさんの血が流れ野蛮に傷つけあったというのに・・・なぜ

 私はこれ以上なく美しいものを見ている気分になり泣いている・・・?」

 

観客の声援に応えナツメとポケモンたちはフィールドの中央に立ち、ナツメを

中心に皆で手をつないで横一列に立ち、深々と礼をしていた。

 

「私にもできるのか・・・もう一度あの者たちのように生きることが・・・」

 

その後に男は地元に帰ると、醜い世界を一瞬で変えるための兵器を残らず処分した。

次に、若き日の自分のノートを取り出し、身近な人間一人とポケモン一体を

救うことができる研究を再開した。自分の手で即座に世を清くするよりも

地道に長い時間をかけて徐々に美しくする希望を次の世代に残すためだった。

 

 

「・・・勝ったとはいえ・・・さすがに疲れた。もう限界・・・・・・」

 

「ああ。これ以上は意識を保っていられない・・・ム?これは・・・」

 

ナツメのポケモンたちの張り詰めていた気持ちが緩み、力尽きて次々と倒れていく

そのとき、上空から小さな物体がたくさん降ってきた。それに触れると失われた

体力や活力が戻り、六体とも気を失わずに済んだ。その正体は元気のかたまり、

落とし主はリザードンの背に乗るレッドだった。惜しみなく貴重な非売品を投げる。

 

「レッド!こんなに大量に・・・・・・ありがとう」

 

「シロガネ山で手に入れた最高級のかたまりだ。でもこれでも治しきれないほど

 ナツメさんたちのポケモンの傷は深い。特に前足を失ったエーフィは深刻だ。

 すぐにポケモンセンターへ連れていき必要なポケモンは手術をするべきだ」

 

「ええ、その通り・・・みんな、ほんとうによく頑張ってくれた。

 モンスターボールに入って休んで、傷が癒えるまでゆっくりおやすみ。

 あなたたち、ここはお願いしたい。大急ぎでポケモンセンターへ!」

 

「・・・はい!お任せください!行くよ、ウパっち!」 「うぱ!」

 

 

六つのボールがワイルド・ワンズに渡され、元ロケット団の女とウパーは

最も近いポケモンセンターへと走っていった。そして目と顔を真っ赤にした

アカネがナツメの胸に飛び込み、ナツメもアカネを優しく抱き返した。

 

「ナツメ~~~っ・・・よかった、ホンマによかった!うちはもうダメかと・・・

 あんたが死んでまうって何度泣いたことか・・・・・・」

 

「ふふふ・・・いまも泣いているじゃない。心配させてごめんなさい。

 わたし自身途中で敗北と死を受け入れた。でもどうしても勝たなくちゃ

 いけないと思い出してからはポケモンたちが頑張ってくれた。絶対に

 無理だと思っていたこの力も手にすることができたし、最後の最後に

 予想外のご褒美がたくさんもらえていまはとても満足している」

 

「・・・最後・・・?それってどういう・・・」

 

まだ自ら命を絶つ気でいるのか、そう聞こうとしたところでナツメがアカネの

唇に人差し指を置いてそれを止めた。都合の悪い質問を封じたわけではなく、

ミカンに膝枕されていたゴールドが片膝をつきながらこちらを見ていたからだ。

 

 

「・・・・・・」

 

「ぐぐっ・・・なんて無様な敗戦だ・・・最初はあんたの策略に屈して四連敗、

 ルギアとセレビィという禁断のカードを切ったにも関わらず6-0の完全敗北!

 これじゃあチャンピオンの座は返上だ。約束通り辞めざるをえないだろう。

 そこのアカネの言うようにコガネの地下街の便所掃除でも何でもやるさ・・・」

 

「・・・ゴールドさん・・・」

 

全てにおいて完敗を認め、正式な王座防衛戦ではない一戦だったが自ら退くと

はっきり口にした。これ以上王者でいることなどできなかった。

 

「このチャンピオンの王座・・・あんたが座るにふさわしい。あんたが嫌なら

 アカネにでもやればいい。もうおれのものじゃない、好きにしてくれ」

 

「わたしもそんなものいらない。アカネにいずれはこの称号を手にしてほしいと

 願うが無条件で渡しても意味はない。とはいえゴールド、あなたがチャンピオンを

 降りることにはバトルが始まる前、それに途中も言ったことだけど大賛成だ。

 しばらくは空位にしておきいずれトーナメントでもやって皆で争えばいい」

 

セキエイ高原のポケモンリーグチャンピオンはしばらく空位となりそうだ。

若き覇王が自らの決定をそう簡単には覆さないだろう。意地を貫き通すはずだ。

 

「・・・ナツメさん、なぜあなたはゴールドさんがチャンピオンをやめることを

 以前からこれほど強く勧めているのですか?一部の解説者やファンのように

 敵なしのセキエイリーグで弱い者いじめをしないで他の地方で腕を磨けという

 意見を・・・いや、あなたのことです、もっと深い理由があるのでしょう?」

 

ミカンがナツメに尋ねる。最後の技に入る寸前、エーフィは確かに言ったからだ。

ナツメはゴールドをも救うつもりだと。自らの命を狙う敵すらも愛情の対象だと。

 

「うん・・・鋭いな。少しずつ説明しよう。まずポケモンリーグのチャンピオン、

 日々防衛を続けるトレーナーとポケモンへの重圧やストレスは計り知れない!

 古今東西の歴代チャンピオンのほとんどが挑戦者に敗れてただのトレーナーに

 戻った時、さわやかでほっとした顔になっている。やっと解放されると」

 

「ゴールドさんはそんなやわな人じゃありません!鋼のように強い心を持つと

 この私、鋼ポケモンのスペシャリストであるミカンが保障します!」

 

「ふふっ、あなたはほんとうに彼のことが好きなんだね。最初は皆が彼を応援し

 わたしの死を求めていた会場がやがてわたしの味方となりついにはほぼ全員が、

 あなたたちの陣営ですらわたしに共感したり勝利を願う者たちで溢れたけれど

 ミカン、あなただけは違った。最後まで流されることなく彼の側に立った。

 その思いがこれからも錆びつくことなく強固なものであるように願っている」

 

ナツメは優しく笑い、ミカンとついでにゴールドの顔は赤くなった。

 

「さて、話を戻そう。確かにあなたの言う通りだ。ゴールドはまだ若いし使う

 ポケモンの数も百を超える。他の地方のチャンピオンたちとは根本的に違う。

 彼らは長期政権を築いているけれどわたしが見る限り全員ピークは過ぎているし

 限界が近い!ポケモンたちは疲弊し彼ら自身も心のどこかで敗北を望んでいる。

 あと一年か二年の間に・・・ほぼ全ての主要なリーグで王者の交代が起きる!」

 

場内はどよめいた。セキエイ以外のポケモンリーグに詳しい人間なら尚更だった。

どの地方のチャンピオンも安泰で、脅かす者などいないからだ。

 

「・・・いかにあの人が超能力者で未来を予言できるとしても・・・これだけは

 絶対に外れます!そうですよね?あなたが負けることなんて・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

この会場にも各地の王者がいた。その隣に座る者たちはナツメの言葉に憤り、

こんなことは起こらないと言う。だが、当のチャンピオンたちは自覚していた。

ナツメの言葉が実現する日は近いと。主力ポケモンたちは激しいバトルの毎日で

疲れが抜けなくなり、挑戦者にも研究されている。一部の者について言えば、

すでに誰に負けることになるか、またはそうなってほしいという相手まで

定まっていた。現に北の女王と呼ばれる女チャンピオンは自分のお気に入りの

少女を今日連れてきていて、心の中で後継者にすると決めていた。

 

 

「ゴールドは彼らとは異なり・・・望めばずっと王者でいることもできる。

 でもいまゴールドがセキエイに留まり続けている理由がいけない!弱者たち

 相手に無難な戦いを繰り返す、一部で非難されるその理由よりもっと悪質だ!」

 

「・・・・・・・・・」

 

「もうわかっているはず。アカネへの憎しみが原因だ。危険人物を監視していなきゃ

 いけないとかジムリーダーの地位を剥奪してやりたいとか・・・そのために王者の

 特権を乱用しようとした!正義感に満ちポケモンを愛する英雄の唯一の失敗だ」

 

ゴールドは何も言えなかった。逆恨みゆえの常軌を逸した固執、初恋の相手で

ありながら親友を間接的に殺されたという複雑な経緯が少年を歪ませた。

 

「みんなあなたの間違いに気がついていた。だけど誰も指摘できなかった。

 その動機は様々だけど、みんなあなたを愛していたから、嫌われたくなかった。

 へそを曲げてそっぽを向かれたり遠くに行かれるのが怖かったから・・・」

 

ゴールドを男として愛するセレビィやミカン、彼の友人であるシルバーやクリス、

ポケモンリーグの四天王たちやすでにいない協会の長老たち。ゴールドを

どう見ているかはそれぞれ違うが、誰もがゴールドを愛し、そばにいてほしいと

願っていた。長老たちはゴールドに商品価値があるから彼を好んでいたわけだが、

それでも大切な存在であり外敵から守りたいという思いは他の者たちと同じだった。

 

 

「でもそれだけ愛されるのはやはり『真のゴールド』があなたである証拠。

 わたしは最後まで自分の生きる意味も価値もわからなかった人間だ。でも

 あなたは違う。だからこそ停滞はもったいない。各地方のチャンピオンや

 隠れた実力者でも絶対にできない偉業を成し遂げる力があなたにはある」

 

「・・・・・・偉業だって?」

 

「いま現役のトレーナーで世界最強かもしれないと言われているうちの一人、

 二代前のセキエイチャンピオン、レッドと戦いこれに勝利する力が!」

 

これまで何度も比較対象にされてきた男の名。完敗を喫してなおも伝説の男に

勝利する資質があると断言され、敗戦と負傷の影響で朧になっていた若き王の

瞳に輝きが戻った。

 


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