ポケットモンスターS   作:O江原K

14 / 148
第14話 最後の砦

対戦相手をトレーナーごと痛めつけ重い傷を負わせたナツメとフーディン。

その暴挙にいてもたってもいられなくなったトレーナーたちが次々と

前に出てきて、罪の意識とは無縁の様子でいる彼女たちを囲んだ。

その先頭に立っていたグリーンは特に怒りに満たされていた。

 

「・・・お前らだけはただじゃ済まさねー。ポケモンだけじゃなくて

 トレーナーにまで危害を加えるとはやってくれたじゃねぇか」

 

「何をおっしゃいますか。危険区域に入り込んできたのはイツキさんの

 ほうですよ?たまたま運悪くわたしの技の巻き添えになってしまったのです」

 

フーディンは悪びれずに、煽るような態度で応じた。それを聞いていっそう敵意に

燃えたのはカリンだった。ナツメたちの味方であるはずなのに憤りを隠さずに、

 

「あいつ・・・イツキは私と同じときにいっしょに四天王に選ばれた、

 弟みたいな存在だった。いまは真逆の立場にいるとはいえ・・・

 その仇をとるためにあんたたちと今すぐ戦いたくなってきたわ」

 

「おやおやこれは恐ろしい気迫だ。ですがあなたが悪ポケモンの使い手だからと

 いってわたしたちに簡単に勝てるなどと思わないでください。その程度の

 対策もなしにここに来ているほどナツメさんもわたしも甘くはありません。

 何ならグリーンさんとお二方・・・いや、それ以外の方々もまとめていま

 お相手しようではありませんか!大乱闘バトルだろうが構いませんよ!」

 

文句のある者は誰でも来いとフーディンは指で挑発的なポーズを作った。ナツメも

自身の持つ他のポケモンをいまにも繰り出しそうな勢いだ。ルール無用の

戦いが始まってしまいそうな場を収めたのはこの騒ぎに加わっていなかった

チャンピオンのゴールドだった。彼の目は違うものを見ていた。

 

「待ってください!」

 

「何だゴールド、止めるな!どんな手を使ってもこいつらはここで・・・」

 

「まだ戦いは続いています!ハヤトさんはまだ・・・頑張っています!」

 

その言葉にトレーナーたち、そして観客たちも『えっ』という声が出た。

確かに電光掲示板でハヤトと相手のアカネの戦いの模様が映し出されていた。

 

「ま・・・まだやっていたのか。てっきりもう終わったものだと・・・」

 

「戦況は互いに残り一体です。ヨルノズクとミルタンクが先鋒として出て

 すでに戦闘不能となりました。ですがエースのピジョットを温存して

 いたぶんハヤトさんのほうが有利!押し切れるはずです!」

 

ゴールドの言うとおり、今アカネのポケモンはピクシーであり、ミルタンクには

劣るだろう。ハヤトに分があるかもしれない。

 

「しかしよく見ていたな。おれたちはすっかり他の試合に意識が向いていたぜ。

 鳥使いのジムリーダーハヤト・・・お前が注目する何かがあるのか?」

 

「ええ。ぼくが初めてジムに挑戦したときのリーダー、それがハヤトさんです。

 そしてジムリーダーの方たちの中でも最も尊敬している人です」

 

 

 

 

今となっては誰もがその名を知る若き新チャンピオン、ゴールド。そんな彼でも

当然新米トレーナーのときはあった。故郷ワカバタウンを旅立ち、数匹の

ポケモンを連れてキキョウシティにまでやってきた。ポケモンジムというものを

生まれて初めて目にし、しかも挑戦するために中へ入るのは勇気がいた。

そして足を踏み入れて早々に大人のトレーナーたちから侮りの目で見られると、

 

『おいおいきみ、ここがどこかわかっているのかな~?田舎者のツラをしているけれども』

 

『・・・え、えーと、確かここはジムですよね?ポケモン勝負を・・・』

 

『やめときなって。お遊びなら向こうの公園のほうがいいぜ。オシッコちびりそうに

 なっちまっても公衆トイレがあるからなぁ~。さあ、ホントに涙と小便で

 この神聖なジムを汚す前にとっとと出ていきな!おれたちが優しいうちに・・・』

 

相手にされないどころか威圧的な態度で追い出されそうになった。やはり来るべき

場所ではなかったのかと足が震えたが、ジムの奥から一人の男が近づいてきた。

 

『いや・・・違うな。出ていくのはお前たちのほうだ。ポケモンジムは誰の

 挑戦をも拒まない。お前たちだって初めは彼と同じだったはずじゃないか』

 

『・・・ハ、ハヤトさん・・・・・・』

 

このジムで最も高い地位にいるハヤトが自ら入口にまでやってきたのだ。

ゴールド相手に威張り散らしていた大人のトレーナーたちがすっかり

委縮してしまっていた。

 

『初心を忘れた者に成長はない。つまりこのジムにいる理由はないということだ。

 わかったなら早く出ていけ。すぐにおれの目の前から消えろ!』

 

『はっ・・・はっ・・・』 『はひ~~~っ!』

 

厳しい口調で命じてトレーナーたちを追い出したハヤトはゴールドのほうを見ると、

その厳しい締まった顔つきこそ変わらなかったが声は穏やかになった。

 

『すまなかった。さあ、キミのポケモンの実力を見せてもらおうか!』

 

『は、はい!よろしくお願いします!』

 

ただポケモンバトルが強いだけではない。人間として優れているからこそ

ジムリーダーなのだ。自分もそんな男に、そんなポケモントレーナーになりたい。

ゴールドが本格的な旅立ちを決意した瞬間だった。

 

 

 

 

「そのときのバトルは今でも忘れません。ハヤトさんはぼくのレベルに合わせて

ポッポとピジョンを使ってきましたが決して手抜きなんてしていない全力の

勝負をしてくれました。だからこそバッジを受け取った時の感動は格別でした」

 

「おれも初めてのジム挑戦は緊張したぜ。しかも最初は負けちまったんだぜ?

 そのときタケシに岩タイプ相手にはどう戦えばいいのかを優しく丁寧に

 教えてもらったよ。家の近くじゃあ岩ポケモンなんていなかったからな」

 

グリーンが解説の席にいたタケシに視線を送ると、彼も微笑みを返した。

どんなトレーナーであろうが通る道だった。だからこそそれら若き初心者を

立派に育てるというのがジムリーダーたちに課せられた務めの一つだった。

ハヤトやタケシはその点で申し分ないリーダーだった。

 

 

「・・・だからハヤトさんが負けるわけがない。あんな最低のやつ相手に。

 負けるなんてことがあっちゃいけないんだ・・・・・・」

 

「・・・・・・ゴ、ゴールド?」

 

「あ・・・すいません。試合を見ましょう」

 

一瞬だけ見せた、憎悪に満ちたゴールドの顔にグリーンは寒気を感じたが

すぐによく知る彼に戻っていたため気のせいだったと自らを強引に納得させた。

この二人だけでなく、一触即発だったトレーナーたちもまだ試合が続いていると

いうことで一度離れ、観戦に戻った。五対五の対抗戦、最後のバトルだった。

 

 

 

「・・・四連敗で既におれたちの負け越し、惨敗は決まった。だがアカネ、

 お前だけはおれの手で倒してやる。腐ってもジムリーダーでありながら

 このような真似をしたのは断じて許せんが、それに関係なくおれは

 お前のことが気に入らなかったのだ」

 

「ほ~ん、しょせんは電撃でイチコロのカスがよう吠えるで。焼き鳥にして

 食ったるわ。ピーちゃん!カントーから仕入れた技マシンで覚えたアレや!」

 

「ピ~ッ!!」

 

ピーちゃんと呼ばれたピクシーが駆け回る。勢いをつけているようだ。

そして高くジャンプしながらピジョット目がけて蹴りを放った。

 

『あ――っと!ピクシーのメガトンキック!』

 

しかし攻撃は外れた。ピジョットが寸前でかわし、大技は命中せずに終わった。

 

「ピ―――――!!」

 

「ジョワッ!」

 

すぐにもう一度メガトンキックを敢行するも、またしても華麗な回避の前に不発。

実はこの二人のバトルがここまで長引いたのもハヤトの二匹の鳥ポケモンが

最初からアカネのミルタンク、そしてこのピクシーとまともにぶつかり合わずに

攻撃を回避することに重きを置いた戦いをしていたからであった。

 

「ちょこまか逃げ回りよって・・・小賢しいチンケな作戦やな」

 

「フン。頭を使うのも戦いの重要な要素だ。お前のように運任せしか

 脳のない馬鹿とは違う。運だけでここまでやってきたお前とはな」

 

「あっはっは、運も実力のうちやで!強運は選ばれし者の証や。オヤジの跡継いで

 必死こいてジムリーダーになったあんたなんかとは格が違う、ってこっちゃな!」

 

 

攻めに出てこないハヤトを煽って前のめりにさせようというのか、それとも深く

考えずに暴言を連発しているのか。ハヤトは冷静さを保つことに集中した。

トレーナーのいら立ちがポケモンに伝染しないように思いを整えた。

 

「ハハハ、慣れない心理戦なんてするのはやめろ。いま不利なのはお前だ。

 おれのほうは最も信頼するピジョットが残っているのに対しお前は

 浅はかにもミルタンクを失っている。どうにかしたいからといって

 足りない頭を使って劣勢を打開しようという気持ちはわかるが」

 

「言ってくれるやないか。でも別にうちはあんたと違ってケチな真似をする

 つもりはないで。本当のことを口にしとるだけや。ピーちゃん!」

 

「ピョ――――――――――!!」

 

何度かわされてもまたしてもメガトンキックの動きだ。ピジョットはそれを見て

ハヤトの指示を待つまでもなく回避の構えをとっていた。すでに目が慣れていた。

 

「あはは!何回も見たからもう余裕で避けられるって顔やなぁ。けどその

 態度・・・あんたらにとって足元をすくわれることにならなきゃええけどな!」

 

「・・・・・・?」

 

「ずっと守っているのは思った以上にしんどいもんやで。たとえ目は冴えていようが

 体力のほうは確実に奪われてるんと違うか?そのへんのザコ相手ならともかく

 うちのような最上級者相手にそいつは致命傷や!」

 

ピジョットの速力がほんの少しだけ落ちていた。ピクシーはそこを見逃さなかった。

 

 

「ピャア――――――!!!」

 

「ビギャッ・・・!」

 

渾身のキックがピジョットの背中をとらえた。壁に向かって吹っ飛んでいく。

 

「そのまま地獄に落ちろ―――――っ!!」

 

アカネの声と共に勢いよくピジョットが飛ばされる。しかし飛行ポケモンである

ピジョットは壁に激突する寸前で翼を広げて上空へ逃れた。

 

「ちっ・・・もうちょっとで決着やったのに・・・」

 

悔しがるアカネをハヤトは冷ややかな目で見ていた。そして笑いを浮かべると、

 

「ふっ、ピジョット相手にあんな攻撃で決まると思っていたのか、馬鹿が。

 たまたま急所に当たれば勝つとか何もかもうまくいけば倒せるとか・・・

 いつまでそんなおめでたい考えでポケモンバトルをしているのやら」

 

「おっ・・・なんやなんや、こんなときに説教かいな?」

 

「説教だと?もはや何を言っても無駄な奴に説教なんかするものか。

 お前の愚かな行為の糾弾をしているのだ。お前はジムリーダーとしての戦いでも

 運任せに転がったりメロメロの技を使ったり、初心者たちに何の教訓も与えずに

 力にものを言わせて勝っているそうじゃないか」

 

アカネはポケモンリーグ本部からの指示通り、対戦相手のレベルに応じたポケモンを

使うという点は守っていた。だがそれ以外は酷く、指導や教育とは程遠い内容の

バトルを展開し、自らが勝てばそれで満足といった自己中心的な戦いばかりであった。

そのため彼女のコガネジムは悪評高く、レギュラーバッジを手にすることは

初心者、上級者問わず苦行であると言われていた。現にアカネはカントー・ジョウトの

すべてのジムリーダーのなかで最もバッジを渡さない女だった。最高勝率と言えば

聞こえはいいが、本来の職務とは逸脱していた。

 

「それだけでも問題であるのに負けたら周囲の目も気にせず泣きわめくときた。

 お前が恥知らずに好き勝手振る舞うせいでおれやツクシくんたちまで迷惑だ!

 これではあの温厚なチャンピオンがお前を更迭させようとしたのも至極当然と

 言えるだろう。これ以上見て見ぬふりをしていては取り返しがつかないと

 ゴールドくんは動いたのだ―――っ!」

 

 

戦いを見守るゴールドはハヤトの言葉に頷いていた。まだ年若く、ポケモンバトル

以外のチャンピオンとしての責務はワタルやリーグの職員、幹部たちに協力を

仰いでいた彼が唯一、自ら積極的に動いたのがアカネのジムリーダー解任だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。