ポケットモンスターS   作:O江原K

141 / 148
第141話 クリフジ

 

フーディンの腕がナツメの胸を貫いた。アカネの顔に再びその血が飛び散った。

しかし絶望は先ほどよりもはるかに上だ。目の前で処刑人によって貫き通されたのだ。

 

「そ・・・そんな・・・うわ・・・うわ~~~~~っ!」

 

アカネの叫び、スタジアムの悲鳴もよそに、ナツメは穏やかな顔だった。

 

「・・・本来なら・・・・・・自分の手で終わりにするはずだったこの命。

 あなたの手を煩わせることになった、それだけが後悔だ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

フーディンへの謝罪というよりは礼を言うような口調だった。そしてアカネを見ると、

 

「まさかフーディンのバリアーを壊すなんて・・・あなたの成長速度はわたしの

 想像以上だった。アカネ、あなたはすでにわたしを超えて・・・」

 

「死ぬな―――――っ!ナツメ―――――っ!!」

 

「もう一度コガネの地下街のおいしいラーメンを食べるという約束を破ってごめん。

 わたしのできなかったことはあなたの新たな友人たちと共に・・・・・・」

 

 

そのとき、ナツメの言葉が止まる。まさか事切れてしまったのかと思われたが彼女は

いまだ目を開いている。体も小刻みに震えている。いや、その目は先ほどより活力を

取り戻し、体からはエネルギーが感じられる。

 

 

「・・・・・・ぐっ・・・フーディン・・・・・・」

 

フーディンの腕は貫通したはずだった。ところがいま見るとナツメの背中は元通りだ。

 

「なんや・・・?何が起こっとる?」

 

アカネがナツメの背後から表に回ると、ナツメの傷がみるみる回復していった。

おそらくは見えない内臓や骨も。ついに全快の状態になったところでフーディンは

腕を引き抜いた。ナツメの胴体に穴は開いていなかった。

 

「・・・・・・な、治った!?フーディン、これはあんたが!?」

 

「・・・この奇跡は説明するよりも経験するほうが早い。ハァッ!!」

 

アカネのぼろぼろに砕けた両手にフーディンは何かをふりかけた。するとむき出しに

なっていた骨や割れた爪が再生されほんの小さな傷口まで塞がっていく。謎の液体の

正体が気になるアカネは手に残っていたそれを舐めてみた。ハピナスのタマゴ以上に

身体全体にパワーや熱が駆け巡るのを瞬時に感じた。

 

「ああ~~~~~っ!!この漲るパワーは~~~~っ!?」

 

「わたしがかつてエンジュの寺から飛び降りたナツメ、そのときはトウメイという

 名だったか・・・その命を救うだけでなく不老不死の力を分け与えるために

 必要なのはわたしの血!その血液を直接ナツメの体内に流し込んだのだ」

 

「え・・・?不老不死・・・?うち、いま飲んじゃったんやけど・・・・・・」

 

 

常人の数倍、限界までダメージを受けてようやく死ぬという自然の理を逸脱した体。

アカネが一人青ざめる横でナツメはフーディンに小さな声で問いかけた。

 

「なぜ・・・なぜわたしの命を救った?あなたはわたしを裁くと言ったはず。

 貴重な血とエネルギーを消費してまでわたしを生かしておくなど・・・・・・」

 

フーディンはナツメに背を向けた。やはりそれほど大きくない声で答えるのだった。

 

「フン、自ら死を望んでいる者を殺しても処罰にならない。わたしが与えた命を

 粗末にした罪は生き続けることでしか償えぬ。苦しみのなか生きるしかないのだ」

 

「・・・・・・」

 

「それに・・・確かにあなたはわたしのトレーナーとしては力不足もいいところだ。

 だがわたしの理解者、同志、何より・・・親友として今後も必要な存在だ。ここで

 死なせてしまってはわたしの生涯最大の失態となるだろう」

 

「・・・・・・わかった。あなたの思いは・・・伝わった」

 

 

ナツメが自分の力で立ち上がり、自らを納得させるように数回頷いた。すると胸に、

そして腰と続けて衝撃を受けて再び倒れた。正面からはアカネ、背後からは仲間の

ワイルド・ワンズのコンビがタックルのような形で抱きついていた。

 

「・・・・・・・・・」

 

「ナツメさん!よかった・・・!ほんとうに・・・生きていてくれて」 「うぱ~!!」

 

「ああ、細かいことはもうどうでもエエわ!あんたがここにおるだけでうちは・・・」

 

フーディンにより涙を流せない体にされたナツメの代わりに激しく泣いていた。

力及ばず一蹴されたもののナツメを救おうと立ち上がったクリスにミカン、加えて

国際警察の若者もゆっくりとその輪に加わった。いずれも心から安堵し、喜んでいる。

 

「は~。まさかあの怪物がこんなマネをするなんてね。世の中わからないものだわ」

 

「ゴールドさんの性格からして絶対にリベンジマッチを求めるでしょう。その機会が

 永遠に失われては大変なところでした。ポケモン界の未来のためにも」

 

中心にいるナツメは無表情のまま、自分のそばに集まる者たちを眺めていた。

そのとき彼女が何を考えていたのかは誰もわからなかった。

 

 

 

彼女たちから離れるとフーディンは数歩歩いたところにいた彼らの前に立った。

 

「仲間割れなどしているときではない。倒すべき敵は・・・・・・」

 

「わたしたち、ということだ」 「・・・・・・・・・」

 

サカキ、そしてスピアーがフーディンを睨み返した。そう、決勝戦の始まりだ。

 

「ナツメはもはやわたしのトレーナーではない。だが決勝進出の権利をわたしが

 引継ぎ戦いの場に立つ。わたし一人でお前たちごときどうにでもなる」

 

「こちらもシルバーが勝ち取った権利を行使するということになる。本来なら

 絶対に勝利しなくてはならないバトル、こんな戦術もあったのだが・・・・・・」

 

サカキがモンスターボールを一気に五つ放り投げた。すると彼のポケモンたちが

出てきたのだが、そのメンバーはいつもの彼のベストメンバーとは違う顔ぶれだった。

 

 

「サカキのポケモンを見ろ!意外なメンバーだが何がしたいかハッキリしている!」

 

イワーク、ハガネール、ゴローニャ、マルマイン、ベトベトン。いずれも自力で、もしくは

技マシンによってだいばくはつを覚えるポケモンたち。狙いは明らかで、スピアーと

フーディンの対決の前に少しでも体力を奪おうというわけだ。これが6対1の戦い方だ。

 

「わたしのポケモンたちも了承してくれている。サイドンやニドキングは控えに回る

 ことを、そしてこいつらは怪物のスタミナを削る役割を受け入れたが・・・」

 

一度出したポケモンをサカキは再びボールに戻した。そしてそのボールをキョウに渡し、手元から放してしまった。

 

「どういうつもりだ」

 

「スピアーが一対一を望んでいる。どちらも言い訳のできない決着のために」

 

数の有利を放棄し、相棒の願いを叶える。これで両者の違いはただ一つ、スピアーは

トレーナーとしてサカキを認め彼と共に戦うのに対し、フーディンはナツメを器では

ないとして、トレーナーがいるべき場所に誰も置かずにバトルに臨もうとしている点だ。

 

「並のポケモンであれば人間の適切な指示は不可欠。自らの考えだけでは力量差など

 簡単に逆転する。神々とされているセレビィやルギアですら暴走し無様に敗れた。

 だがわたしは違う!わたしは神をも超えた存在、わたし以上に的確な判断をして

 最善の行動ができる者などもはやこの世にいない。わたしこそが最強のポケモンで

 最強のトレーナーであると全世界の生物が知る日は到来した」

 

 

誰よりも強いポケモンであり、ポケモンを導く力も世界一、この傲慢な発言は多くの

人間とポケモンを敵に回した。なかにはフーディン陣営であるはずのアカネたちも

入っていた。ナツメの命を救ったとはいえ、その後は無能として捨てたも同然だ。

自らの背後に立つことすら許さず、ナツメと仲間たちは離れた場所にいた。

 

「ホンマにムカつくで・・・何様や、アイツ!」

 

フーディンが規格外の強さを持つということはこれまで何度も目にしている。自らが

不老不死であるだけでなくナツメにもその力を与えた。歯向かう者たちには圧倒的な

実力差でどちらが正義かを教えた。それでもフーディンを認めることはアカネには

できなかった。ナツメが認めてもそれに従うことは彼女の心が許さなかった。

 

「なぁナツメ、あんたさっき、フーディンのことを『クリフジ』って呼んどった。

 あいつが何者か・・・うちに教えてくれんか?あんたは知っとるんやろ?」

 

「ナツメさん、私たちにも聞かせてください!」 「うぱっ!」

 

誰よりも優しいナツメがなぜあの暴君と手を組み、従いさえするのか。そのヒントは

ナツメがこぼした、クリフジという名にあるのではないかとアカネは睨んだのだ。

 

「ふふ・・・アカネ、あなたはほんとうに鋭い。そう、あのフーディンの真の名は

 クリフジ!かつてトウメイという名前でありながらナツメとなったわたしと違い

 彼女は今でもクリフジだ。本人が名乗ろうとしないだけで」

 

「クリフジ・・・・・・何者なんや?」

 

「自分では世界大戦の際に命を落としたポケモン、しかし神によって使命を与えられ

 転生しフーディンとして蘇ったと説明していたがそれには嘘がある。彼女はかつて

 人間、それもわたしたちと同じポケモントレーナーだったのだ!」

 

ナツメの言葉にアカネとワイルド・ワンズは驚きを隠せない。いや、ナツメはあえて

人々が聞こえるようにするために大きな声で語ったのでそれはスタジアムの観客、

テレビやラジオの視聴者にも広がった。この勝手な行動にフーディンが振り向く。

 

「余計なことを喋るな、ナツメ。その時代のことなど・・・・・・」

 

「いや、あなたについて、そしてわたしが生まれる少し前のあの日々については皆が

 知るべき点だ。でなければあなたはただの悪魔、破壊者だと誤解されたままだ。

 どうしても口封じがしたければわたしを殺せばいい。死のうとしていたわたしを

 わざわざ生き長らえさせたあなたがそんな無意味な真似をするとも思えないが」

 

「フン・・・・・・」

 

フーディンは何もしなかった。ナツメが語り続けることを黙認したようだ。

 

 

「ふ~っ。とんでもない威圧感や。で・・・クリフジっつーのは?」

 

「・・・一週間前のことだ。レッドが最強のトレーナーだと主張するエリカに対し

 わたしがそうではないと言ったことを覚えているか?確かにレッド、それにゴールド、

 彼らは強い。他の地方のチャンピオンたちと比べても一つ頭が抜けているほどに。

 二人のどちらかを歴代最強と言いたくなるのもわかる。だが・・・」

 

レッドやゴールドを称える者たち、それに各地方の王者や彼らの仲間たちの前で、

暗黙の了解でタブーとされている、史上最も強いトレーナーは誰なのかという議論に

ナツメは踏み込んだ。それに対する明確な答えもあった。

 

「誰も寄せ付けず影をも踏ませない『異次元の逃亡者』レッドも、『世紀末覇王』と

 呼ばれるゴールドも・・・クリフジには及ばない。わたしも実際に彼女の戦いを

 この目で見ることはできなかった。でも彼女がわたしが幾年も眠っていた間に

 流し込んだ記憶のなかで見たそれは・・・どんなトレーナーよりも上だった」

 

 

 

 

 

彼女が生まれたのは半世紀以上前、最初の世界大戦が終わってから間もなくだった。

同世代にオーキドやキクコの名があり、セキエイ高原でのポケモンバトルがようやく

近代化していたころに彼女はトレーナーとしてデビューした。当時の戦いの映像は

もちろんのこと公式の記録すらほとんど残っていない。写真が数枚見つかっただけで

大騒ぎされるほどの時代をクリフジはポケモンたちと駆け抜けた。

 

 

『・・・・・・!戻れ、ラッタ!ぐぐ・・・・・・』

 

『ありがとう、チョーキチ。今日もいい動きだった』

 

彼女がチョーキチと呼んだポケモンは笑顔でボールに戻っていった。この日も彼女は

バトルに勝利した。どのトレーナーと比べてもポケモンへの指示が迅速でしかも

最善手、相手の弱点やポケモンの急所をすぐに見抜きそこへの攻撃を命令できる。

何よりポケモンとの意思疎通において誰も彼女の足下に及ばなかった。オーキドと

キクコであっても彼女が出場する大会では彼女に敗れ去るのだった。

 

当時の主要な大会を11連覇、そもそも通算で11回の出場だったのだから無敗だ。

バトルで倒されるポケモンの数も極めて少なく、トーナメントではなくリーグ戦で

あってもクリフジに負けはなかった。最強の少女は常に頂点であり続けた。

 

 

眩しく輝く聖なる光よりも美しく、そして明るかった。それでいてどんなナタよりも

切れ味鋭く相手を切り裂いた。どんな人気のあるスターよりも人々の心をつかむ

飽きさせない勝利のパターンを持ち、時には皇帝よりも絶対的な王者であることを

圧倒的な蹂躙で証明してみせた。それがクリフジだった。

 

どんな怪物よりも豪快な圧勝劇、過去の英雄たちよりも深い衝撃を与え、腕のいい

金細工師よりも黄金に愛され、空に浮かぶ飛行機雲よりも無限の可能性があった。

 

そして彼女とポケモンたちは誰にも負けないままいなくなった。あまりにも情報や

データが不足していること、当時対戦した者たちが惨敗の記憶を封じたことで彼女の

歴史は後の時代にはほとんど伝わらなかった。その名を知らない者すら大勢いるほどだ。

 

 

 

 

 

「無敗のままいなくなった・・・・・・どうして?」

 

アカネの率直な疑問。それに対しナツメの声がやや小さくなる。

 

「・・・残念なことにここからは以前に彼女が語った通りだ。戦争は激しさを増し

 ポケモンバトルの大会も目的は戦場で使えるポケモンを見極めるため開かれた。

 観客たちではなく軍人が試合を観戦するようになり、笑顔や歓声が消えていった」

 

「・・・・・・・・・」

 

「そして彼女は・・・ポケモンたちを守るために死んだ。それから数十年、戦争を

 知らない人間は増えたがポケモンを利用し虐げる人間の数も増えてしまった。

 だから彼女、クリフジは立ち上がった。愛するポケモンたちのための世を創ろうと」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。