『・・・・・・ここならきっとだいじょうぶ。あなたたちポケモンは野生で生きるにせよ
人間と生きるにせよ・・・自由に、幸福に、精いっぱい生きてほしい。間違っても
戦争や金儲けの道具になっちゃいけない・・・。どうか・・・・・・』
トキワの森の奥深く、一人の少女が倒れていた。持っていた食物は皆自分のポケモンに
惜しまず渡し、自らは痩せ細ってついに力尽きた。彼女のポケモンへの愛は本物で、
多くのトレーナーが軍にポケモンを兵器として提供するなかで拒否して逃げた。
最期の瞬間、ポケモンたちに囲まれている喜びに微笑みを浮かべながら彼女は息絶えた。
無敗のトレーナー、クリフジの最期は静かに森のなかでポケモンたちに看取られて。
史上最強のトレーナー、クリフジの栄光と死。その詳細を知る者は少なく、特にいまの
カントーとジョウトを支える若きトレーナーはほとんどその名すら知らなかった。
「・・・・・・生涯無敗の女王クリフジ・・・・・・昔の話とはいえ凄いトレーナーや。
だったらどうして・・・・・・」
「自分たちは知らなかったのか、と聞きたいのでしょう、アカネ。その理由は簡単。
クリフジにポケモンを差し出すように強要し拒否した彼女を追い詰め死に至らせた、
それは他でもないこの国とポケモン協会だから。そして彼女を含む大勢のトレーナーと
ポケモンたちを爆弾によって殺したのが他の国、いまポケモンリーグが繁栄している
国々だから。自分たちの血の罪を隠すためにクリフジの存在を隠した!」
ナツメは戦後十年も経たずに生まれ、エスパーの力を恐れた両親によって家にいた時期に
クリフジについて書かれた記事を読む機会があった。本格的に検閲が始まり彼女に関する
情報がなくなる前に知ることができ、後にフーディンとなったクリフジに改めて聞くことで詳しく当時の様子を理解できたのだった。
「この会場に集まった各地のチャンピオンたちも当然知っているのに黙っている。なぜか?自分がクリフジに比べ遥かに劣っていて、それでいて商業主義に染まっているかを
認めているから。だからわたしはそいつらを除き去ろうと動いたんだ!」
力強く語るも、ナツメの口から血が零れた。フーディンにより回復したとはいえまだ
完調ではない。呼吸の様子からも、無理をしているのは明らかだった。
「・・・・・・ナツメさん、少し休んだほうが・・・・・・」
ワイルド・ワンズの手を借りてナツメは椅子に座る。トレーナーがいるべき位置のすぐ後ろ、
そこに椅子が置かれ、彼女たち、そしてアカネも共に座った。
「・・・あなたたちもわたしたちと運命を共にすると?」
「その通りや。今さら離れろ言われてもできるか!んなこと!」
ナツメの怒りや暴言は見せかけだけのものだったことはすでに暴かれている。しかし、
その怒りが本物だったとき、その条件ははっきりしていた。他人のために怒るときだ。
アカネを悪く言う者たちを叱責し、ワイルド・ワンズの二人がバッジを賭けたバトルを
するためにエキスパートトレーナーを一喝した。そしていま、フーディンのために
声を張り上げて都合の悪い歴史を隠す人々を非難したのだ。アカネたちがナツメに付き
従い、そしてフーディンの後ろに座る理由でもあった。
「あのフーディンもナツメさんと同じ、自分の正体と過去を隠して活動を続けて、
今回の目的も復讐ではなくこれからの時代のポケモンとポケモンを真に愛する人間が
苦しむことのない世を創るため・・・・・・」 「うぱ!」
「あんたらの仲間になれた、誇りに感じとるで、うちらは」
弟子であり仲間、親友でもある者たちの言葉にナツメは穏やかに微笑んだ。そして
一度目を閉じると再び真剣な表情になり、フーディンに語りかけた。
「クリフジ・・・・・・わたしはあなたのトレーナーとしては不適格だった。でも
その仲間としてここで観戦することを認めてもらえるかしら?」
それに対しフーディンは振り返らず、前を向いたまま返答した。
「・・・構わない。そこで見ているといい。誰が正しく新たな時代を築く者かを。
あなたたち自身がその目で確かめ、証人となるべき・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
フーディンがまだ喋っている間にそれを遮る影が二つ。サカキとスピアーが一歩前に出た。
「ならばそれはお前の敗北という結果、つまり間違っていたのはお前という証しを皆の
前で明らかにする機会になる。滅びるべきはお前とその思想だ」
「・・・・・・」
「自らに歯向かう者、不要だとみなした者を暴力により排除し、残った者は恐怖で
統治する・・・結局お前が忌み嫌ったポケモンリーグの長老たちや数十年前の戦争を
推し進めた者たちと同じだ。現にお前は何人も殺害し、後ろにいるナツメが介入し
救わなければもっと多くの命を奪っていた。許されることではない」
サカキはフーディンを断罪する。しかしフーディンの様子は一切変わらない。
「フン、よく言えたものだ。己の過去を棚に上げて・・・・・・」
彼がロケット団のボスだったと知るフーディンならではの返しだった。サカキもまた
自身の秘密が公になる危機を迎えながらも、動揺や焦りはまるで見られなかった。
それどころか、隠すつもりなどないことを示してみせた。会場にいたかつての部下たち、
ロケット団にいた時期から信頼し、この度の復活の協力者でもあった四人を見つけると、
「お前たち!ここに来い!わたしのバトルを見届けよ!」
背後に座らせてセコンドとした。しかも彼らだけではなく・・・・・・。
「そして四人の幹部たちよ!お前たちも来るのだ!そしてわたしの後ろに座せ!」
アポロ、ラムダ、アテナ、ランスの四人をも呼びつけた。サカキとは違い彼らは
ロケット団の中心であると知られている人物たちで、彼らを仲間と認め後ろに
座らせるということはサカキの正体が明らかになる可能性を大いに高める行為だった。
「・・・・・・どうした、出てこないのか!ならばお前たちは二度とわたしとは縁が
切れた他人となる!わたしの息子ともだ!今後決して近づくことを許さん!」
その言葉に、元幹部の四人は慌てて飛び出してきた。そしてフィールドに立つ。
「サ、サカキさま!我らのような者を呼んでくださり光栄です!ですが・・・」
「よい。あのナツメとフーディン・・・いや、かつてわたしが出会った少女トウメイと
伝説の最強トレーナー、クリフジと呼ぶのが正しいか。やつらがその正体を明かして
戦う以上わたしだけが善人の皮を被るわけにもいかない。それにごく一部の人間は
怪しいと思い始めたが大半は我々の正体に気がついていない」
こうして互いの陣営のセコンドが集結した。フーディンはトレーナーなしで戦い、
サカキはトレーナーが立つポジションに立ちスピアーがフィールドの中心に残った。
「これが決勝戦・・・・・・わたしが勝利すればこのセキエイ管轄の地方を手始めに
世界を変える。ポケモンのための世界にな。だがお前たちが勝利した場合はどうする?
権力者たちが善良なトレーナーを使い金儲けをしポケモンたちの血を飲む腐敗した体制、
それを続けるのか?長老たちの代わりにお前たちが頂点の座を手に入れるのが狙いか?」
「・・・・・・・・・」
「答えぬか。だがそれでもいい。何を目的としどのような未来を思い描こうが絶対に
果たされないのだから聞く必要などなかった。もう邪魔をするゴミもいないようだ。
わたしとお前のバトルを始めようではないか」
多くのエキスパートトレーナーのエースポケモンを軽くねじ伏せ、数分前にはスイクン、
ハガネール、エンテイを粉砕したフーディン。一方のスピアーもフーディン同様、普通の
ポケモンではないことはすでに証明し、一対一の勝負でフーディンに勝つ可能性があると
したらこのスピアーしかいないと誰もが希望を託していた。
「・・・・・・さて!では最初にお前の力がどれほどのものか試すとするか」
フーディンが先に動いた。しかし何らかの技を出そうとする動きはない。言葉の通り
まずはスピアーの力量を確かめようとしていた。
「スピアー!かげぶんしんだ!」
サカキとスピアーはそれに付き合おうとはしなかった。フーディンとの接触を拒み、
一気に数メートルは上昇したスピアーの次なる一手は速かった。
「わたしたちはお前の能力に興味がない。求めているのは勝利だけだ!」
「・・・速攻で終わらせる、という魂胆か」
「言われるまでもない!ミサイルばり―――――っ!!」
無数の鋭利な針がスピアーから放たれる。普通の個体であるスピアーが放つミサイルばりは一度に二本から五本程度だが、数十本がフーディンを取り囲み逃げ道をふさいだ。
特別なのは針の数だけではない。その太さも二倍以上。並のポケモンであれば戦闘不能で
済めばいいが急所に何本か刺さったら即死だ。
「―――――――ッ!!」
そのミサイル針が全てフーディンに命中し、フィールドそのものが陥没してフーディンも
同時に姿が見えなくなった。土煙の激しさから、凄まじい衝撃であるのは明らかだ。
「・・・フーディン!」
バトルが始まってからまだ一分も経っていない。スピアーの強さにスタジアムは騒然とし、
実力を知ってはいたが想像以上だったことにナツメたちもフーディンの安否が気になり
思わずフィールドに入りそうになった。しかしすぐにフーディンが地上に舞い戻る。
『・・・・・・早々に決着かと思われたがフーディンが戻ってきて・・・無傷だ!?
なんとフーディンは無傷!あの攻撃をまともに受けたのにダメージゼロなのか!』
傷一つない。自己再生したにせよ、本当に効かなかったにせよ信じられない光景だ。
「・・・なるほど、速さだけではやはり倒せないか。このスピアーの本気のミサイルばりは
こんなものではない。スピードと命中を重視したぶんこうなってしまったか」
「それを聞いて安心した。この程度が全力なら期待外れもいいところだ。あまりレベルが
低い戦いになると八百長を怪しまれる。わたしに挑戦したのだからもっと楽しませて
くれないと困る。さて・・・攻撃はまあ合格だ。防御はどうだろうか」
フーディンが前進する。スピアーは受けるのではなく攻め手を緩めずに対抗した。
「・・・・・・・・・」
スピアーの前足が刃に変わる。いあいぎりでフーディンの胴体を一刀両断する気だ。
主導権を手放さないために攻撃を続けたが、やや前のめりになっているとも言える。
フーディンにはそれが読み取れる。スピアーの右足を左手で掴んでみせた。
「・・・・・・!!」
「攻めの一手で勝てるほどわたしは甘くない。今度はこちらの攻撃を受けてもらうぞ」
フーディンはスピアーを掴んで動きを封じたまま右手に力を込める。オーラや錯覚
というわけではなく、文字通り赤く燃えていた。グリーンのブースターとのバトルで
炎ポケモンのブースターよりも上だと見せつけるために放ったほのおのパンチだった。
「・・・!!」
「はっ!はぁっ!!」
掛け声と共にフーディンがスピアーの顔面にパンチを繰り返す。スピアーが苦手とする
炎、パンチそのものの威力で追い込んでいく。
『おおっ!これは凄い!フーディンがスピアーを一方的に殴っている!一気に攻める
作戦だったスピアーのほうが防戦一方だ――――――っ!!』
これが新世界を築くと誓った元最強のトレーナー、現最強のポケモンの力だ。